会長日記

2018年2月1日
2018年新人弁護士歓迎会(1月11日)の挨拶より

会長 作間 功(40期)

著名な裁判官で倉田卓次さんという方がいらっしゃいます。もうお亡くなりになられましたが、立証責任や交通事故事件で大きな業績をあげられた裁判官で、博覧強記。九州にも縁があり、佐賀地裁の所長も務められました。お亡くなりになったときは、法律雑誌ジュリストで追悼特集が組まれたほどの方です。私が修習生のとき、すでに倉田判事は退官され、公証人でいらっしゃいましたが、修習生が独自に企画した講演会があり、わたしは、なぜかそのとき参加したのです。そのとき、倉田先生から我々修習生に贈られた言葉があり、それが今でも忘れられないでいるのです。その言葉を新人の皆さんに、今度は私から贈りたいと思います。

その言葉は「法律家は、泥沼に咲く蓮となれ」というものです。

泥沼に咲く蓮」。元々は仏教の経典から来た言葉のようです。幾つかの解釈がありうるように思います。

「蓮は、汚れた泥の中で美しい花を咲かせる」というのが文字どおりですが、「汚れた環境ではあるが、蓮は美しい花を咲かせる(咲かせることができる)」という解釈もありそうです。単に「泥沼で」なのか、「泥沼ではあるけれども」なのか。あるいは、「泥沼であればこそ」なのかもしれません。皆さんは、どう思われますか。

倉田判事の説明は、こうでした。「法律実務家は、両足をしっかり泥の中におかなければならない」。つまり、泥沼は「マスト」なのです。「世間から浮いた立場であってはならない」。つまり、市井の市民の心情・思い、あるいはドロドロした欲を、法律実務家はしっかり受け止めないといけない。そのうえで、「頭は高くかかげ、顔は上に向け、目は遠くを見据えて、清らかな花―美しいではなく『清らかな花』といわれましたー清らかな花を咲かせなければならない。」そのように説明されました。「泥沼に咲く蓮」。

福岡県弁護士会に登録された70期の新人弁護士の皆さんには、是非、全員が「泥沼に咲く蓮」となって欲しいと思います。

弁護士会には今、幾つもの大きな課題が山積し、個々の弁護士も決して楽でない環境が続いていますが、ひとつひとつ皆で力を合わせて乗り越えていきましょう。 

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