会長日記

2014年8月

会 長 三 浦 邦 俊(37期)

7月4日に開催された東北弁連大会に九弁連理事の立場で参加してきました。

定期大会に先立って開催されたシンポジウムは、民主主義というものを考えさせられるもので、大変勉強になりました。

1 東日本震災から3年を経過した今でも復興は遅れ、混乱していること

3.11東日本震災から3年と4ヶ月が経過しているにも関わらず、復興は遅れて混乱が生じていると聞いて、先ずは驚きました。

最初に、仙台弁護士会の災害復興支援特別委員会が宮城県内の7つの被災自治体の職員に対して行ったインタビューに基づく基調報告がありました。

これによると、復興遅延の最大の原因は、復興に要する予算について、既存の予算要求・配分のシステムによったために、市場原理に基づく産業の復興に合わせられない、すなわち、津波で工場の建物が流されたので高台に移転したとしても元の土地の買取りが進まない、移転先の権利調整は何時になったら出来るのか判らないという問題が発生して、事業再開したくても被災地では出来ないという状態に陥ったということのようでした。また、被災住民の集団移転の問題についても、迅速な対応ができなかったことから、住民の意思としても、予定された移転場所にもう移転しない、他県に移転するなどという現象が発生し、せっかく作成した計画が、実施までに時間がかかり過ぎたことが原因で機能しないという現象が発生しているとの報告がありました。

また、住宅の再建については、防災集団移転促進事業、被災した土地基盤整備に関しては、建築制限と区画整理というメニューしか復興の手段がない、既存の制度では住民のニーズにあった復興策の策定ができないというのです。

住民の要望を聞きながら、既存の予算制度、法制度を使って復興計画を作っても、達成時期を明示した実現可能な計画を作成できない、その結果民意が離れるという悪循環に陥っているという報告でした。

支援のための人材も不足している、ボランティアで手助けをしたいとの申出を受けても、自治体としては直ちに受け入れられない、自衛隊を除けば、必要な人材として国や県の職員が投入されていない、災害時に、国や他の地方自治体の職員が相互に支援するシステムもないので、圧倒的に人手が足りないという現象が生じているとの報告でした。

2 片山善博慶應大学教授(元鳥取県知事、総務大臣)の話

平成12年10月に発生した鳥取県西部地震の時の鳥取県知事であり、地方自治を大学で講義されている片山善博慶應大学教授によると、大規模災害の際の住宅再建支援については、阪神淡路震災のときに、個人の住宅の再建に財政的支援を行うことは憲法違反になるとして、当時の財務官僚が反対したことから、平成12年までは倒壊した住宅の再建のための資金を税金から支出する制度がなかったのだそうです。

鳥取県知事であった当時、マグニチュード7.3の地震によって、橋も道路も壊れたが、被災地を訪問して一番最初に言われたことは、先ずは、身内の安否で、何とかみんな無事でよかったということであったが、その次は住宅が壊れたことで、自分は高齢となって住んでいるところを離れたくない、心配した東京に住んでいる息子が東京で一緒に暮らそうと言ってくれるが、とても、東京で暮らす気にはなれないと言われたため、県の制度で、住宅再建の支援金を出す制度を作ろうとしたところ、財務省に呼び出され、憲法違反だと言われたということです。憲法のどこにそんなことが書いてあるのかと聞くと、その役人は黙ってしまったが、さらに、個人に税金からお金を出すことは税法の準則に反するというので、橋や道路を再建する金を出したが、結局、それを利用する住民がいなくなったら意味がないから、やはり住宅再建の支援金は出すべきではないかと言ったら、また、黙ってしまったので、鳥取に帰って、支援金を出せる制度作りを進めたところ、今度は、東京からワザワザ鳥取に訪ねてきて、住宅再建支援の制度を作るのを止めてくれないかと頼みにきた。理由は、阪神淡路の震災のときに憲法違反として作らなかった制度を鳥取県で作られると困るというので、「応じられない」と言うとどうなるのですかと尋ねると、他の面で、色々お困りになることも生じると思いますと答えるので、地方交付税とかの支給を制限するという趣旨かというと、めっそうもないというような答えをするので、万一、そんなことが起きたら、今日の話を全部暴露するからなと申しつけたせいか、結局、住宅支援制度を作ったものの、鳥取県は、何らの不利益を受けなかったという県知事時代の体験を話されました。今回の東日本震災の場合には、初めから住宅再建支援金の制度が利用されている、阪神淡路のときには、憲法違反と言っていた制度が実現したのは、必要性を訴えた住民の話が汲み上げられた結果であり、官僚が中央で考えた結果ではないとの指摘をされていました。

片山節は、これに止まらず、東日本震災が起きた直後に、官僚は「復興のために使える財源は、当年度予算の未消化分だけです。」と言い放ったというのです。災害の復旧が一番ではなく、財源の確保が一番だと言うのだそうです。片山さんに言わせれば、災害復旧を最優先して、何故国債を発行しないのか、国債発行は戦費と災害復旧費捻出のための常套手段だということは世界中の常識ではないか、この国ではこの常識が通用しない、災害復旧が一番とすれば一般予算の各項目で復興のために1割削減して、復興予算に回すというような議論があって良いはずであるが、そんな議論は全くなかった。

各省庁の官僚は、獲得した予算については、自らの金のような意識で、これを削減されることに対して異常なほどエネルギーを使う、既得権と化しており、その死守と尊重に執念を燃やす結果、予算が硬直化して、震災のような非常時に対応が出来ない、しかも被災地で現に困っている人がいるという点に関して共感をする力が中央官庁のお役人にはないとの指摘をされていました。

さらに、せっかく予算がついても、現場の声に基づいていないので使い勝手が悪い、予算が余るという現象が発生する、その一方で、復興予算として確保したものが、勝手に他に流用されるというモラルハザードが常態化するという現象があってさっぱり復興が進まない、今の地方自治体は中央からの通達を待ってからしか動かない、地方議会も住民の意思を汲み上げるという機能がなく、地方自治体執行部に依存してしまっているので、非常事態に機能しないという指摘がありました。

3 東松島市の実践について

そんな中で、宮城県東松島市の阿部秀保市長は、震災発生の前であった平成21年4月から2期目の市長に就任し、公民館を廃止して、市民センターに改組し、地域自治組織を運営するための複数の職員を採用して、公民館業務と地域まちづくり推進と地域の自治組織の運営を行う制度を作っていたそうです。市長自らが、この市民センターを巡回して、住民との対話を図っていたということで、震災発生後は、地域に配置された市の職員を通じて地域住民の声を行政がスムーズに集約することが出来た、その結果、東松島市では他の自治体よりも遥かに効率的に復興が出来ている、全国からたくさんの応援の職員も受け入れ、たくさんの予算もつけてもらっているとの話でした。

4 災害復興支援特別委員会のまとめ

同委員会は、東日本震災においては、既存の復興の制度、法律、仕組みに合わざるを得なかったことが復興の遅れと混乱の原因であったと結論つけて、第一に、東日本震災のような大規模災害にあっては、非日常的な現象であることに合った制度、法律、仕組み作りをしなければ、迅速な復興は出来ないとしています。

他方で、このような法令等の整備だけで復興が出来るかというとそうではない、復興の現場を見ていると、普段から住民の民意を汲み上げる活動をしてきた自治体とそうでない自治体では、復興の進捗とその内容に大きな違いが出ていることが明らかである、大規模災害が起きた場合に普段からやっていないことは出来ない、非常事態においては自治体及び住民の普段からの民主主義の実践が行われていなければ、スムーズな復興の推進は出来ないことが明らかとなったとして、日常的に、地方自治体と住民との間の民主的な活動がおこなわれる必要性を訴えています。

国民主権とは何か、民主主義とは何かを改めて考えるきっかけとなるシンポジウムでした。

5 まとめ

東北弁連は、会員数は約970名ですが、シンポジウムも、定期大会、懇親会も、大変な盛会でした。定期大会の中では、日弁連執行部との意見交換会において、鋭い質問、意見が出されて、これまた非常に盛り上がっていました。九州、福岡も、負けてはいられないと感じました。東北、仙台の会員の方には、大変お世話になりました。この場を借りて、御礼申し上げます。

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