弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2022年7月 3日

ツバメのひみつ


(霧山昴)
著者 長谷川 克 、 出版 緑書房

ツバメは地球規模で減少している。日本でも、10年前に比べて10分の1になっている気がする。
いやあ、本当にそうですね。ただ、私のところでは、今日も巣立ったばかりの子ツバメが飛行の練習中のようでした。というのも、畑の上を少し飛んでは、地上におりてくるからです。
昔、ツバメが多いときには、ツバメ釣りをしていたとのこと。ええっ、何のため...。もちろん、食べるためです。ツバメって、肉があまりついていない気がしますし、カラスと同じで、あまり美味しくはなさそうですが...。東南アジアの国(どこでしょう...)では、毎年10万羽のツバメが食べれているとのこと。ええっ、ウッソーと叫びたくなります。
ツバメは、赤ちゃんのとき、巣のなかで殺しあいのケンカをすることはない。兄弟間で本気で突くこともない。
ツバメの親は、子ツバメが巣立ったあとも、子の世話をしばらくは続ける。巣立ち後の子育ては大事で、巣立ち後、長くエサをやっていると、巣立ちビナの生存率が高まる。
日本のツバメは東南アジアからはるばる飛行してやってくる。ツバメは、昼間に、数羽で「渡り」をする。春の渡りは、一気に渡る。そのスピードは、7日で3000キロメートル。
ツバメのメスは、オスが「ジージー」と鳴くと、ヒナの声と混同して、間違って近づく。
ツバメのメスは、夫以外のオスと浮気して、子をなしている。また、自分の夫が魅力に欠けるときほど、浮気をして子をつくる。
ヨーロッパのツバメでは婚外子は3割もいるのに、日本では、わずかに3%のみ。
ツバメは日本に帰ってくるのは50%。前年に連れ添った相手との婚姻再開は、なかなかむずかしく、65%は離婚している。
ツバメについて、さらにいろんなことを知ることができました。それにしても、ツバメが空を飛んでいるのをじっと眺めていると、気が休まりますよね...。
(2020年8月刊。税込1980円)

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2022年7月 2日

人類の起源

人間


(霧山昴)
著者 篠田 謙一 、 出版 中公新書

DNA研究がすすみ、今までの通説がひっくり返ってしまったことも珍しくありません。たとえば、ネアンデルタール人は、ホモ・サピエンスと交雑しなかったとされていたのが、今では交雑を繰り返していたことが判明しています(これはDNA研究の成果です。どうして、そう言えるのか門外漢の私には、とんと不明です)。
現生人類(ホモ・サピエンス)がネアンデルタール人の祖先と分岐したのは60万年前のこと。そして、その後も、ネアンデルタールや他の絶滅人類とも交雑していたというのです。DNAを調べたら交雑していることが判明するというのは素人の私にも何となく想像できます。でも、それが何万年前のこと、と時期まで特定できるというのが不思議でなりません。
人類の起源は200万年前。5万年前、ホモ・サピエンス(現代人類)は、いくつかの集団に分かれていた。その一つがネアンデルタール人と交雑し、世界に広がっていった。ところが、現代ヨーロッパ人を形成する集団はネアンデルタール人とほとんど交雑していない。なので、現代ヨーロッパ人は、ネアンデルタール人のもつDNAをわずかしかもっていない。
ネアンデルタール人は、女性が生まれた集団を離れて、異なる集団の中に入っていくという婚姻形態をとっている。これはチンパンジーと同じでしたっけね。ホモ・サピエンスが種として確立したのは、アフリカ。アフリカのどこなのかは、まだ決着ついていない。今のところ、中央アフリカがもっとも可能性が高い。ネアンデルタール人とかクロマニヨン人とか、中学校そして高校でよく学ばされましたよね...。
人類の進化がどんなものだったのか、それを学校でどう子どもたちに教えるのか、教師としての悩みはきっと尽きませんよね。でも、ワクワクする面白さがあります。だって、知らないことを知ることができますからね...。
(2022年3月刊。税込1056円)

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2022年7月 1日

13枚のピンぼけ写真

イタリア


(霧山昴)
著者 キアラ・カルミナ―ティ 、 出版 岩波書店

ところは北イタリア、ときは第一次世界大戦のころ。平和な村に戦争が急に押し寄せてきた。オーストリア・ハンガリー帝国がセルビアに対して宣戦布告した。1914年7月のこと。
オーストリアに出稼ぎに来ていたイタリア人一家は急に帰国を迫られた。最初に一家が失ったのは仕事だった。男だろうが、女だろうが、おかまいなしに...。
出稼ぎに行っていた大勢の村人がいっぺんに帰郷したから、北イタリアの村は、お祭りさわぎになった。みんなと再会できて、毎日が村祭りのようだった。
だけど男たちには仕事がなかった。何週間かたつと、戦争が恐ろしいかぎ爪をむき出しで、家々の戸を引っかき、村から男たちを連れ去った。
そして、教会の司祭は人々に説教した。
「祖国は今、人民の忠誠心と勇気を必要としていて、誇りとともに祖国を守り抜く必要がある。戦争は、それほど長くは続かないだろう。祖国のために死ぬことを恐れてはならない。それにより、永遠の英雄になれるのだから...」
しかし、こんなことを言う司祭の声は、どこか変だった。いつもなら、自分の言葉でしっかり伝えようとするのに、今日の言葉は、なんだか自分でも心の底では信じていないみたいだ...。主人公の女の子は、おかしいと思った。
主人公の母親はオーストリアに味方するんだろ、とわざわざ文句を言いにくる者がいた。まず長男が軍隊にとられ、次に父親も軍隊にとられた。こちらは戦士ではなく、工兵として働かされる。村には、女性と子ども、そして老人だけが遺された。すぐに終わるはずの戦争は、長く続いた。
主人公は13歳の少女イオランダ。イタリアの村に戻りますが、やがて父も兄たちも軍隊にとられ、少女に恋する少年まで軍隊に入ります。そして村はオーストリア軍が占領して、逃げ出し、母と絶縁した祖母のもとへ...。
戦争は、男の人たちがはじめるものなのに、それによって多くを失うのは女の人たちなの...。
ロシアがウクライナへ軍事侵攻して4ヶ月になります。大勢の市民が殺され、傷ついています。そして、双方とも何万人もの若い兵士たちが死んでいったようです。戦争は、本当はむごいものです。
ドローンが上空から撮った動画によって戦車が爆撃され、焼失していく映像を見るたびに、この戦車には4人か5人の若者たちが乗っていたんだよね...、と悲しみを抑えられません。
戦争の不合理さを少女の眼からじんわりと伝えてくれる小説です。
タイトルからは、とても内容が想像できません...。いいのでしょうか...。
(2022年3月刊。税込1870円)

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2022年6月30日

『西岡芳樹先生を偲ぶ』

司法


(霧山昴)
西岡芳樹、 自費出版

大阪の西岡芳樹弁護士(20期。以下、西岡さん)が昨年8月に77歳で亡くなって1年たとうとしているとき、すばらしい追悼文集ができあがりました。
 私も寄稿者の一人です。それは、西岡さんが日弁連の憲法委員会(今は憲法問題対策本部に発展的に改組された)の初代委員長で、私は、その次の次の委員長を3年間つとめたことによります。私の直前の委員長は村越進弁護士で、日弁連会長選に出馬するというので、なぜか福岡の私に声がかかったのです。
そして、この3人は、みな大学生のころセツルメント活動にいそしんだという共通項があります。私が川崎セツルで、西岡さんは亀有セツル。
この本によると、西岡さんの配偶者の恵子さんもセツラーで、ダンパで初めて出会ったらしいのに、西岡さんには何の記憶もなかったらしいとのこと。
灘中、灘高卒の西岡さんは、麻雀、パチンコ、ダンス、ボーリング、なんでもござれだけど、「何をしても虚(むな)しい」と言っていたのでした。
長めの髪をオールバックにして耳にひっかけ、細身のマンボズボンに明るい紺色のブレザー。これは、まことに生真面なセツラーにはそぐわない、「派手くるしい格好」。亀有のハウスにも、法相部ではなく、文化部に土曜日ごとにそんな格好でやってきたそうです。いやあ、川崎にはそんな派手な格好のセツラーはさすがに見かけませんでしたよ...。
弁護士になってからも相変わらずのダンディーぶりは変わりませんでした。この文集でも何人も指摘しています。
ちなみに、この冊子の編集責任者の岩田研二郎弁護士(33期)も、亀有セツルと同じ足立区の鹿浜セツルのセツラーです。
恐らく、このセツルメント活動をきっかけとして西岡さんは労弁になることを志向して、駒場で司法試験の勉強を始め、本郷の3年生のとき、さっさと合格したのでした。
そして、結婚するときに恵子さんに言ったのは...。
「ぼくはビジネスで弁護士をやるのではない。ワークでやるのだから、経済的には期待しないでほしい」
似たようなことを、娘(三女)にも西岡さんは言ったそうです。
「商売で弁護士をやってるんじゃない」
西岡さんは、文字どおり人権派弁護士として最後までがんばりました。
西岡さんが弁護士として取り組んだのは、弁護士会の人権擁護委員会(医療問題)、そして憲法委員会を別にすれば、中国在留日本人孤児国賠訴訟とマンション問題。実は、私は今も築20年以上のビルの建築瑕疵の修理代をめぐる裁判を担当していますが、その消滅時効の問題をいかにクリアーするか悩んでいて、インターネット検索したところ西岡さんの論文がヒットしたのです。それで、旧知の仲なので西岡さんの自宅兼事務所に電話をかけて教えを乞いました。いつものように優しい口調で教えてもらって助かりました。まさか、それほど西岡さんの病状がひどいとは夢にも思いませんでした。
西岡さんは、へビースモーカーだったようで、死因も肺ガン。それでも、何回も死の淵から生還し、娘や孫たちを励まし、喜ばせたようです。西岡さんがすごいのは、そのときの食事。好きなものを好きなように食べたのです。抗ガン剤のあとも、食欲があまり低下せず、恵子さんの手づくり肉じゃが、虎屋の羊かん、そして店のカレー、うなぎ弁当、かりんとう万十、チーズケーキ、プリン。いやはや、なんとも...。
実は西岡さんは自ら料理人でもありました。でっかいマグロを自分でさばいたというのには私はびっくりたまげてしまいました。
いやあ、すばらしい追悼文章です。
「自分の人生に悔いはない」と西岡さんは家族にもらしたとのこと。まことにそのとおりです。でも、昨今のキナ臭い状況をみると、西岡さんは、彼方から、なにしてるんや、なんとかせいやと渋いダミ声で叱咤激励されそうです。いえ、先生、なんとかがんばりますから...、と返したいものです。
(2022年6月刊。非売品)

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2022年6月29日

教育鼎談

人間・社会


(霧山昴)
著者 内田 樹、前川 喜平、寺脇 研 、 出版 ミツイパブリッシング

とても知的刺激に満ちた本です。日本の教育の現状、そしてあるべき姿を深く深く掘り下げていて、大いに考えさせられました。実は、軽く読み飛ばそうと思って車中で読みはじめたのです。ところがどっこいでした。
私が大学に入ったとき(1967年)、授業料は月1000円、寮費(食費は別)も月1000円でした。私は記憶にありませんが、この本によると入学金も4000円だったようです。
教育費用が安いと、子どもたちには進学についての決定権がある。親が子どもの進学にうるさく干渉するのは、教育投資だと思うから。
今の日本の大学生の学力が下がっている最大の理由は、やりたくない勉強をさせられているからだ。それは進学先を自己決定できないから。高校生が自分の貯金をおろせば入学できるほどの学費だったら、子どもたちは自由気ままな進路を選ぶ。
大学教育まで、すべて教育は無償にして、好きな専門を自分で選んでいいよ。たとえ選び間違えても、何度でもやり直しができる。だって、無償なんだから。こんな環境を整えてあげることが大切だ。教育をみんなに受けさせるのは、それが社会のためになるから。
いやあ、まったく同感です。ハコやモノより、大切にすべきなのはヒト、ヒトなんですよね。今の日本の自民・公明政権には、まったく、それがありません。
人殺しをいかに効率よくするか、そんな軍事予算は惜しみなくつぎこんでいるのに、人を助ける方にはまったく目が向いていません。これを逆にすべきです。
教育を投資だと考えている親に対して子どもたちは復讐する。それは、親の期待を裏切ること。それを無意識のうちにやっている。ただし、疚(やま)しさ、罪悪感は心の底にある。
うむむ、これは、なんという鋭い指摘でしょうか...。この指摘を読んだだけでも、本書を読んで良かったと思いました。もちろん、それだけではありません。
教育というのは、学生たちの中で「学び」の意欲が起動すれば、それでいいのだ。
学生たちの「学び」が起動するのを阻害しているのは、実は学生たち自身がもつ知的なこわばり。
自分の能力の限度を勝手に設定して、自分にはそれ以上のことができるはずがないと思い込んでいる。
この自己限定の「ロックを解除する」というのが、教師の仕事だ。何がきっかけになって、学生がその気になるのかは、誰にも予見できない。
この指摘を受けて、私は大学1年生のとき、セツルメントの夏合宿で先輩セツラーが世の中の物の見方を語ったとき、ガーンとしびれたことを思い出しました。ああ、そんな見方をしたら、世の中はもっと見えてくるものがあるんだなと思い至り、必死でノートに先輩のコトバを書きしるしました。
いろいろプログラムを組むのは、そのうちのどれかがヒットするだろうという経験則にもとづく。そして、一時的に集中的にやったら、ゆっくり休む。その繰り返し。
セツルメントの夏合宿は、昼はハイキングをして、草原で男女混合の手つなぎ鬼をして楽しんでいました。夜は、みんなでグループ分けしてじっくり話し込むのです。
教育現場は、もっと「だらだら」したほうがいい。
「ゆとり教育」は失敗だったとさんざん言われたけれど、「失敗」の証拠も論拠も、どこにもない。いやあ、そうなんですね。たしかに、今の教員はペーパーの報告事項が多すぎますよね。
「不登校」は本人にとっても親にとっても困ったこと。社会性の獲得は必要なこと。それができないのは不幸なこと。本当にそう思います。
教員の考え方ややり方がてんでばらばら、できるだけ散らばっているほうがいい。そのほうが、子どもにとって、「取りつく島」があるから。教師にも生徒にも、いろんな人間がいるから学校は面白くなる。
子どもたちにとって、学校に来る動機づけ(インセンティブ)は、できるだけ多種多様であるほうがいい。本当に、そのとおりですよね。
私は市立小・中学校、県立高校、そして国立大学と、公立学校ばかりで、私立学校には行っていません。市立小・中学校には、それこそ多様な生徒がいました。つまり、「不良」もたくさんいたのです。でも、そんな生徒が身近にいたので、「免疫」も多少は身についたような気もします。
今は「大検」(大学入学資格検定)はなく、「高認」(高校卒業程度認定試験)がある。
この本には、22歳で高認に合格し、30歳で司法試験に合格して、弁護士として議員になった女性(五十嵐えり氏)が紹介されています。
大阪の維新(松井―吉村ライン)は、コロナ禍対策でひどい過ち(イソジン・雨ガッパ)をして、全国トップレベルの死亡率でしたが、教育分野でもひどい差別・選別教育をすすめています。かの森友学園も、維新政治の闇にかかわっているとこの本で指摘されています。
にもかかわらず、維新の恐ろしい正体がマスコミによってスルーされ、幻想がふりまかれて参院選を乗り切ろうとしています。日本の将来が心配です。
生きることは働くことと学ぶことだと寺脇研は強調しています。それをみんなが理解して支えあう、心豊かな社会にしたいものです。250頁の本ですが、久しぶりにずっしりと読みごたえの本に出会ったという気がしました。
発行は、旭川市の小さな出版社のようです。引き続きがんばって下さいね。いい本をありがとうございました。
(2022年4月刊。税込1980円)

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