弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2024年7月28日

水族館飼育係だけが見られる世界

生物


(霧山昴)
著者 下村 実 、 出版 ナツメ社

 これは面白くて楽しい本でした。水族館だからもちろん魚を扱うわけです。でも、ジンベエザメって、これも魚なんですかね...。最大全身14メートルという、最大の魚類。イルカやクジラはもっと大きいわけです。こうなると、魚って何者なのか...という疑問も湧いてきます。
 ジンベエザメの「ハナコ」さん。立ち泳ぎして、1ヶ所にとどまって餌を食べるそうです。慣れてくると、頭をなでさせてくれ、背ビレにつかまっても悠々と泳いでいく。いやあ、ここまで慣れるのですね...。
 ただし、頭をなでられて喜ぶのは犬と一部の哺乳類だけ。多くの生き物にとって頭頂部は急所なので、触られるのは嫌なこと。
ジンベエザメは24時間、泳いでいる。寝ているあいだも泳ぐ。これって、マグロと同じですよね。
 水族館の飼育係になるのに、特別な免許は必要ない。ただ、潜水士の資格はもっていたら都合がよいし、潜水経験があって、泳げたら、うれしい。
 ただし、飼育係も接客業なので、コミュニケーション力は重要。人間同士で話し合うコミュニケ―ション能力がないと、生物たちと通じ合うのは無理。なーるほど、ですね。意思伝達は必要なのですね、相手が魚であっても...。
 マンボウの体表についていた寄生虫を指でこすって取ってやると、1回しただけなのに、マンボウはそれを覚えていて、著者を見ると、近寄ってくるようになったそうです。ちゃんと人間を見分けているのです。
毒をもつ生物は多いので、要注意。アカエイは痛い。カラスエイは激痛。マダラトビエイも激痛。ハオコゼは痛い。ゴンズイも痛い。カカクラゲは激痛。アンドンクラゲも同じく激痛。オオスズメバチは熱い痛い、苦しい。そしてミノカサゴは激痛かつ苦しい。
 ヤモリは、「チーチー」と鳴くそうです。わが家の台所の窓にはヤモリが夜になると貼りつきます。でも、「チーチー」なんて鳴き声を聞いたことはありません。本当に鳴くのでしょうか...。
 同じ水槽に小さい魚と大きな魚を入れて共存させるための秘訣(ポイント)は、小さい魚を先に入れて優先権を与え、小さい魚が逃げ隠れできるようにする。大きな魚には適正に餌を与えて、極力空腹にならないようにする(もっとも肥満にも気をつけるとのこと)。
 水族館で魚を飼うときに気をつけないといけないのは、「衝突死」が多いこと。つまり、水槽のアクリルガラスに衝突して死んでしまう個体が少なくないそうです。
 日本は水族館大国と言われるほど、水族館が多く、100館もあるとのことです。
 鹿児島の水族館も大きな水族館ですけれど、沖縄の「美ら海(ちゅらうみ)水族館」のスケールの大きさにはど肝を抜かれました。スカイツリーにも「すみだ水族館」があるそうです。
 著者は「さかなクン」と同じで、幼いころから「魚、大好き少年」だったようです。それを一生の仕事にしたというのです。すばらしいことですよね、尊敬します。
(2024年5月刊。1540円)

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2024年7月27日

かくれ里

社会


(霧山昴)
著者 白洲 正子 、 出版 新潮社

 1971年に初版が刊行された本の新装版です。なので、「ゲバ棒を持った学生」という表現も出てきます。私の大学生時代のころ、大学を暴力で支配しようとした全共闘の学生を指しているのです。彼らのなかの多くは、今は立派に社会に貢献していますが、なかには暴力賛美を今も唱えている人がいたりします。残念です。
 著者は1910年生まれで、1998年に亡くなりました。女性として初めて能舞台に立ったそうです。ええっ、能って男だけの世界だったのですか...。
この本は著者が1970年から71年にかけて2年間、「芸術新潮」に連載した随筆をまとめたものです。京都や奈良、北陸など、各地をまわってそこで得た見聞記が主体ですので、そのころの各地の風情がよく伝わってきます。
岐阜県可児(かに)町の山中に住む陶芸家(荒川豊蔵氏)の自宅を訪問して山菜尽くしの夕食をごちそうになっています。いろり端のある荒川氏宅は見事な茅葺(かやぶ)きの田舎家です。今も残っているのでしょうか。思わず見とれてしまうほど、堂々たる古民家です。
 古い農村の行事には公開をはばかるものが多い。豊穣の祭りには、必ず性の身振りがつきまとう。それは神聖な行為であり、おまじないでもあった。だから、ふだんは厳しい男女の仲も、祭りの日は大目に見られた。要するに、性の開放があったということです。
 日本全国の木地師には筒井、小椋(おぐら。小倉、大倉)が多い。木地師の本拠は近江の愛知郡小椋谷。木地師は椀をつくるかたわらで、能面も製作していたようです。
 金勝(こんぜ)族は金属、丹生(にう)族は水銀、木地師は木材を扱っていた。そこへ大陸からの帰化人(今は渡来人と言います)が入ってきて、加工の技術を教え、器用な日本人は、たちまちそれを自分のものとした。
 日本の仮面は、おそらく神像の代用品としてつくられ、神事から次第に芸能の世界へ移って行った。
 丹は朱砂とか辰砂を意味し、その鉱脈のあるところに「丹生」(にう)の名前がついている。朱砂は煮詰めると水銀になる。古墳の内部に朱を塗るのは、悪魔よけと防腐剤をかねている。
 丹生神社は全国に138ヶ所あり、半分以上が和歌山県に集中している。
僧侶と稚児の関係。戦国時代の武将が男色、同性愛にふけっていたのは有名です。たとえば、織田信長と森蘭丸です。最澄と空海は、泰範という弟子を争ったとのこと。知りませんでした。
 「稚児灌頂」という文書には、一種の儀式にまで発展した、男色の秘戯が記してあるという。うひゃあ、そうなんですか...。師弟の間柄も、肉体関係を結ぶことによって、本当に血の通った伝授が行われたのだろうとのことです。
見事なカラー写真があって、目と心を洗い流してくれます。
 残念なのは、頻繁に「にも関わらず」と書かれていることです。もちろん「関」は間違いで「拘」です。校正段階で正すべきでした。生前の著者の間違いをそのまま残すべきではありません。
(2021年4月刊。3400円+税)

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2024年7月26日

tsmc、世界を動かすヒミツ

社会


(霧山昴)
著者 林 宏文 、 出版 cccメディアハウス

 半導体産業には莫大なお金がかかるのですね。
 著者は日本が半導体産業の復活のために国の投じる3500億円では、TSMCの研究開発費の3分の2にもならないので、世界に追いつくのは無理だと断じています。
 日本は、かつて半導体産業で世界をリードしていたが、今では見るかげもない。それは、設計と製造の分離という業界トレンドに乗り遅れてしまったから。日本は、過去・独自路線を歩み、産業も垂直統合型だったが、世界は分業制へと向かった。
日本の半導体産業が出遅れてしまった4つの原因。
 その1は、財閥系企業の意思決定が非常に遅い。その2は、グローバル市場で戦える人脈と能力を経営者が持っていない。その3は、強烈な閉鎖主義で、独自技術に固執し、買収や合併を嫌がった。その4は、技術偏重で、マーケティングを軽視した。
 それでも、長期的に取り組む必要のある半導体の精密機器や設備、光学、材料の分野では、日本は目覚ましい成果をあげている。たとえば、シリコンウェハー業界では、日本の信越化学工場が1位とのこと。日本も、まったくダメというのではなさそうです...。
 この本を読んで驚いたことの一つが、TSMCは研究開発部門を年中無休の24時間体制で動かしているというのです。技術者は、2日出勤したら、2日休む、「2勤2休」制で仕事をするのです。製造部門で三交代制は珍しくありませんが、研究開発で三交代制を導入して、24時間ノンストップで研究開発を続けているというのです。これは、すごいことですね...。
 TSMCの会議では、何も発言しなかった人は、次の会議からは出なくてよいとされる。ということは、会議に出席するためには意味のある発言を1回はしなくてはいけないというわけです。
 台湾のIC設計会社上位10社のうち、台湾企業が4社を占めている。
TSMCは国営企業ではない。しかし、台湾政府が出資して設立し、手厚く支援した企業。
 台湾は世界の半導体の7割を生産する力があり、そのなかでもハイエンドなプロセス技術(半導体の製造技術)の9割を独占している。
 熊本にTSMCの工場が出来ることになって、地価が上昇し、マンションが次々に建っているようです。しかし、他方で、地下水汚染を心配する地元の声が上がっています。私も大丈夫なのか、不安なんです...。IC産業なしでは世界がまわらないことは分かりますが...。TSMCのヨイショ本です。
(2024年3月刊。2700円+税)

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2024年7月25日

死の工場

日本史(戦前)


(霧山昴)
著者 シェルダン・H・ハリス 、 出版 柏書房

 戦前の日本軍の犯した悪悪・最凶の戦争犯罪の一つが、七三一部隊による人体実験そして大量虐殺だと私は思います。
死刑囚を人体実験して殺したというのではありません(もちろん、それも許されないことです)。日本軍に反抗した、あるいは反抗しそうな人を、勝手に、何の法的手続をとることもなく、七三一部隊に送って、「マルタ(丸太)」と称して、あたかも人格をもたない物体かのように扱って、殺りくしていったのです。こんな極悪非道なことが許されるはずはありません。ところが、その凶悪犯罪をした医学者たちはまったく刑事訴追されることなく、それどころか戦後の日本の医学界そして製薬業界に君臨していたというのです。
 そして、この凶悪犯罪は、当時の軍部当局だけでなく、皇族も知悉していました。皇族たちは七三一部隊の施設の現地を何度も訪問し、部隊長の石井四郎の講演をありがたく拝聴しています。だから、七三一部隊の犯した戦争犯罪が天皇の責任に直結しないはずがなかったのです。
 それを止めたのが、なんとアメリカ軍トップでした。アメリカ軍は七三一部隊にいた石井四郎はじめとする幹部連中と取引したのです。つまり、戦争犯罪を免責してやるからといって、人体実験のデータを要求して手に入れたのでした。
 それと同時に、七三一部隊の人体実験被害者のなかに、中国人やロシア人だけでなくアメリカ人もいたという告発を握りつぶしてしまいました。もしも、七三一部隊によって殺された被害者のなかに連合軍捕虜としてアメリカ人がいたとしたら、それをアメリカ国内に知られたら、七三一部隊幹部との闇(ヤミ)取引なんか、すぐに吹き飛んでしまったはずです。
 有力な皇族であった東久邇(ひがしくに)は、七三一部隊の本拠地(平房の施設)を訪問しているし、天皇の弟の秩父宮は石井四郎の講演を聞いていて、もう一人の弟の三笠宮も平房を訪問している。また、竹田宮恒徳は主計官として、平房に頻繁に訪れている。
 昭和天皇自身も石井四郎と少なくとも公式に2回は会っている。
 日本軍による連合軍の捕虜収容所は満州の奉天にあったのです。この捕虜収容所は11942年11月から1945年8月までありました。
 日本軍がフィリピンを占領して、「バターン、死の行進」で有名な捕虜の一部を奉天に送ったのです。この収容所に2000人以上を収容し、全部で19の兵舎がありました。悪い食糧事情、不潔な宿舎そして厳しい寒さのなかで、次々に収容者は死んでいきました。直接の死因は栄養不足、ビタミン不足による死亡のようです。
 この本では、結局、アメリカとイギリス、オランダの将兵あわせて1671人が生き残ったのに、誰も日本の細菌戦の被害にあったと訴えなかったとしています。
 日本軍と石井四郎たちが、アメリカ人、イギリス人、オランダ人だけは決して手をつけなかったというのは今の私にはとても信じがたいのですが...。「厳密に統制された高度の国家機密である」とFBIがコメントしていたというのですから、やはり疑わしいこと限りありません。アメリカの公文書館のどこかに、隠された文書が埋もれたままになっているのではないでしょうか...。
(1999年7月刊。3800円+税)

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2024年7月24日

白い拷問

中東


(霧山昴)
著者 ナルゲス・モハンマディ 、 出版 講談社

 自由のために闘うイラン女性の記録です。すさまじい弾圧の叙述に読んで圧倒されます。
 著者は2023年のノーベル平和賞を受賞しています。それだけ国際的な意義があるということです。
 巻頭言によると、著者は2021年11月に12回目の逮捕を経験し、人生で4回目の独房拘禁を言い渡された。今回の逮捕は、この本、『白い拷問』が原因で、この本はイランを世界中の前で汚したからだという。
 著者は、8年2カ月の禁固刑と74回の鞭(むち)打ち刑を科された。あとで禁固刑のほうは6年に短縮されたが、これまでの刑と全部あわせると30年もの禁固刑になる。うひゃあ、恐ろしいことです。
 著者は1972年4月の生まれですから現在52歳。イランの大学では物理学を専攻し、卒業後は検査技師としても働いていますが、一貫して人権擁護の活動を展開していきました。ノーベル平和賞の受賞は獄中にいたので、代わりに10代になった双子の子どもたちが代理で出席した。
 著者は28年ものあいだ、イラン国内の11のNGO団体の創設者ないしメンバーとして活動してきたそうです。
イランのイスラム体制は、法律や強硬手段を用いて、女性や民族的・宗教的マイノリティの移動の自由や、教育を受ける権利、就業の権利を制限する社会をつくり出した。政治結社をつくったり、国に反論したり、声を上げようとすれば鞭打ち刑になり、拘禁され、処刑される。
白い拷問は長い時間をかけて、囚人のすべての外部刺激を奪い去る。その手法は独房監禁と尋問で、主に思想犯や政治犯に対して使われる。
囚人は裁判なしで拘禁されているので、上訴できる裁判所はない。裁判を経ない拘禁は、イランでは拷問と抑圧の武器として使われてきた。
 囚人は独房の照明を操作されて昼夜の感覚を失い、睡眠パターンを妨げられる。
白い拷問は根本的に身体のあり方を狂わせ、健康をむしばむ。心の傷だけではなく、神経疾患、心臓発作までも引き起こす。
独房拘禁が長引くと、身体的、精神的ダメージは深刻。孤立は人の感覚を鈍らせ、心のバランスを狂わせる。先の見通しを立てることができなくなる。思考回路が支離滅裂で、途切れがちになる。
刑務所の生活は人間としてのすべての自然な欲求を全否定されることから始まる。
 人間の基礎は、社会生活。この大前提の上に成り立っている。それが独房で、すべて奪われる。なにしろ独房では、話すことも音を聞くこともない。
 イランの女性刑務所のなかに今も入っている人権活動家の手記、これまで同じように刑務所での生活を余儀なくされた人々の手記からなる告発の本です。思わず目をそむけたくなる内容ですが、真実から目はそらしてはいけないと思って、読み通しました。
(2024年4月刊。2200円+税)

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