少年付添人日誌弁護士会月報「付添人日誌」より転載したものです。
雨上がりには虹を(15・4月号)
1 かわいい少年かしら?
当番弁護士で少年が回ってくると、ささやかな楽しみとして、かわいい少年かなと期待に胸膨らませて、面会に行くのが常である。この少年の場合が、どうであったかは置くとして、前歴はあるものの、前回は審判不開始であり、今回観護措置処分を受けるか否かは不明、即弁護人に付く必要はないだろうと判断して、連絡を待つことにした。4日後、鑑別所に送られたとの連絡を受ける。
2 いまどきの軽い少年
鑑別所の面会で、少年は、今回のバイク窃盗の他に、5回のバイク窃盗、さらに遡ると、小学校高学年のころの数え切れないほどの万引き歴があることを素直に述べた。悪びれた様子もなく、事実をありのままに話す少年の「もうしません。」の言葉に、どうして、もうしないと言えるのかと問い掛けると、「もうしないと決めたから。」という返事、でも、人間は決めたことがなかなか守れないでしょう、これまで決めて守れなかったことはないのと問い直すと、「たくさんありました。」、じゃ、どうしてしないと言い切れるのと畳みかけると、「決めたから。」と堂々巡りの状態であった。「軽い。」、これでは困ると、前回保護観察でなくとも、少年院に行く可能性は大だと何度も説明した。
3 切迫感のない両親
鑑別所に送られた旨、少年の自宅に電話して、母親と話したが、その電話のやり取りから伺われる母親は、鑑別所に送られるということがどれほど重大なことであるのかを認識していなかった。約2週間後、両親と面談したが、両親共に、少年が小学校時代に万引きの常習者であったことも、数回のバイク窃盗を繰り返していたことも知らず、前回の処分のことも深く認識していなかった。両親自身は、いずれも前科などは全くなく普通の生活を営んでいるが、子供の躾はできていないのである。母親は、これら窃盗について、今は、スーパーなどに物があふれているが、監視の目がないですからと、これまた、悪びれずに、淡々と話すのだった。
4 危機感のなかった付添人と少年
こんな少年や両親であっても、前回は審判不開始、不処分だったのだから、今回は保護観察だろうという予測が、付添人の私にもあったのだ。審判まで4日の金曜日夕方、調査官の報告書がまだ出来上がっておらず、調査官との面談をしたところ、「短期少年院相当」の意見であった。調査官曰く、「危機感がないんですよね。」、何度もこの「危機感がない。」という言葉を使って、保護観察相当が書けないと力説された。但し、前回は保護観察処分は受けていないので、少年院送致にはならないかもしれないが、少年に危機感を持たせるよう審判の進め方をして欲しいと裁判官に強く希望していると付け加えた。私は、思わず、「そうなんですよね、どうしたらいいんでしょう。」と相づちを打っていた。そうだ、危機感がなかったのは、少年だけでなく、私も同じだった。気を取り直して、もう一度チャンスを下さい、雇主からの嘆願書も提出します、もう一度、少年に面会して良く言って聞かせますからと、退席。
5 逆転(?)保護観察処分
審判前日の月曜日午前中、少年に面会して、このままでは少年院送致だと脅し、自分が反省していることを言葉と態度で示すように、審判の貴方の態度で決まると厳しく指導。しかし、やはり軽さの残る少年の姿に、この少年の中には、バイクがたくさん置いてあるから、盗んだという話を周りで良く聞くから、そんなに悪いことではないというストーリーがあったのだろうと少年の顔を見つめた。長年に亘り繰り返してきた過ちに、逮捕・勾留されたからと言って、どのように心からの反省をして良いのか分からないのも無理はない、人間誰しも自分のしていることの自己正当化事由を持っているものなのだろうと、鑑別所からの帰路、物思いに沈んだ。
同日午後5時ころ、意見書を家裁宛にFAXしたが、このままでは、やはり心残りになりそうだと思い直して、雇主に電話をしたところ、審判への出席が可能であるとの返事、雇主が信頼できる人物だとの感触も得た。
審判開始。裁判官が、開口一番、「君は鑑別所での態度が悪かったようだね。どうしてきちんとした態度がとれなかったんだね。」と穏やかながら厳しい口調で質問を始めた。少年は、今までとは格段と違う真面目な態度で自分なりの答えを出していた。雇主は、日頃の少年の真面目さや礼儀正しさを具体的に話し、是非仕事を続けさせたい、今回は私に任せて欲しいと説得力のある言葉で嘆願をした。審判言渡。裁判官は、少年院に送ることもできるが、雇主の方もしっかりしておられるし、付添人からも色々と指導を受けているようなので、もう一度だけチャンスを与えますと暖かい言葉を掛けた。審判終了。裁判官退席後、調査官は、雇主の方に宜しくお伝え下さい、雇主の話があったからこその処分ですと深々と頭を下げて出て行った。
廊下で少年を待つ間、両親は涙を流していた。25歳の次姉が、少年の審判が終わる前に、別の少年がおいおい泣いて出て来たが、弟も泣いているでしょうかと尋ねるで、多分泣いてないと思いますよと答えた。やはり、少年は泣いてはいなかったが、さわやかな笑顔で「頑張ります。」と胸を張った。
6 雨上がりには虹を
少年たちを見送って、お堀端の歩道を抜け、裁判所に立ち寄って八部咲きの梅を鑑賞し、事務所までの20分の道のりを軽やかに歩いた。
この事件で、裁判官面会をしなかったのは、ただの手抜きではないことを付記したい。私も弁護士業が15年ほどになり、様々の事件に出会い、基本的には少年院には行かない方が良いとは思うが、未熟な少年たちの中には、保護観察処分では、悪いことをしたという自覚が持てず、自分のしたことを許されたと思う場合もあるように思う。成人になって、窃盗事件を起こす者の中には、少年時代の付和雷同型の窃盗で処分を受けなかったことが規範意識の低下を招いたのではないかと思われる事件もあった。
今回のこの少年についても、「危機感がない。」という調査官の意見に尤もと頷ける程度に、少年は軽かった。自分が心から思えないことを、裁判官に、是非保護観察になどと通り一遍のお願いはできなかった。
少年にとって最も良き結果になると信じて、審判に臨んだが、それで正解だったと思う。頑張りますと言った少年の笑顔が印象的な事件だった。
ストレスの固まりのような生活の中で、心にゆとりを持ちたいと最近は強く思います。一つの物事に、一つの結果に拘れば大切なものを見失います。
雨の日も、雨上がりの空を鮮やかに彩る虹を見上げるゆとりを持っていたいと思います。
弁護士 宇治野みさゑ