1 はじめに
月報8月号でご案内致しました、日本弁護士連合会主催・福岡県弁護士会共催の「国際仲裁セミナー」を、去る平成27年9月25日(金)に開催いたしましたので、ご報告申し上げます。
本セミナーは、弁護士、企業法務担当者等を対象として開催された無料セミナーであり、約100名程度のご参加を予定しておりましたが、後援機関による広報活動へのご協力を頂くことができ、事前に108名もの参加申込を頂き、当日も91名(弁護士53名、企業関係者27名、その他11名、実行委員会関係者を除く)もの方にご参加頂くことができました。
2 講演「国際商事仲裁の基礎知識と活用戦略~新興国取引・投資を視野に入れて~」
本セミナーは二部構成で開催され、第一部は、日弁連法律サービス展開本部国際業務推進センター・国際商事投資仲裁ADR部会委員である早川吉尚弁護士(立教大学教授)による講演「国際商事仲裁の基礎知識と活用戦略~新興国取引・投資を視野に入れて~」が行われました。
講演は、早川先生の豊富な学識と実務経験に基づく大変中身の充実した濃い内容でした。まず、新興国投資におけるリスクと法務戦略の必要性という観点から、新興国においては法的インフラ(法制度、裁判制度等)が未整備であったり、信頼性を欠くものであることも少なくなく、法的リスクヘッジ手段として国際仲裁法制を戦略的に利用することが有意義であることを強調された上で、国際仲裁法制についてわかりやすくご説明頂きました。国際商事仲裁の利点として、「国際的中立性」「専門性」「手続の柔軟性・迅速性(控訴審がない)」「秘密性(紛争の存在自体を秘密にできる)」「国境を越えた執行可能性(ニューヨーク条約の存在)」が挙げられ、具体的にご説明頂きました。問題点として、裁判では必要とされない仲裁人の報酬が負担となるのではという懸念については、国際商事紛争の解決におけるコストの大部分は弁護士報酬であり、仲裁手続の迅速性を考慮すれば、早期解決出来る場合には裁判手続よりも低いコストで解決できる場合もあるとご説明を頂きました。また、仲裁手続を利用するには当然ながら仲裁合意が必要ですが、その仲裁地の選択についても事前に十分な検討が必要であること、例えば、新興国を仲裁地とした場合、仲裁判断を現地裁判所により取り消されるリスク(仲裁合意の不存在、公序良俗違反等を理由とする)があること等についても詳しくご解説頂きました。
そして、前述したリスクに鑑みれば、新興国投資においては、投資対象国以外の仲裁機関、とりわけ主要仲裁機関(ICC、AAA、SIAC、JCAA、CIETAC)、及びインド、ベトナム、インドネシア、ロシアといった、幅広い新興国の仲裁機関の実情等についてご説明頂きました。
さらに、国家による事後規制によって海外投資主体が損害を蒙ることがないよう、国家間で投資保護協定が締結されることがあり、同協定に基づく投資協定仲裁の戦略的活用についてもご解説頂きました。
講演時間は約70分と非常に限られた時間でしたが、上記の通り非常に高いレベルのお話しをわかりやすくお話し頂くことができ、参加者にご記入頂いたアンケートでも「基本的な部分も含め、仲裁の方法、メリットをご教示いただき、非常にわかりやすかったです。」「国際商事仲裁に関する実務的知見が得られて有益だった。」「内容満足です。やはり、きちんと研究している方の話はレベルが高いです。」といった高い評価を頂きました。
3 パネルディスカッション
第二部は、早川先生に加え、国際仲裁のご経験が豊富なジェイコブソン・クリス弁護士(福岡県弁護士会)、既に海外展開をされている企業パネリストとして、鶴田直氏(環境テクノス株式会社代表取締役社長)、重光悦枝氏(重光産業株式会社代表取締役副社長)の4名パネリスト、及び紫牟田洋志弁護士(福岡県弁護士会国際委員会委員)をコーディネーターとして、パネルディスカッションを行いました。
パネルディスカッションでは、早川先生の講演を踏まえて、会場からのご質問や、企業パネリストの方からのご質問に、早川先生やジェイコブソン先生から的確な回答を頂くことができました。また、ジェイコブソン先生からは、仲裁のご経験に基づく事例のご紹介を頂き、アンケートでも「ジェイコブソン弁護士の事例の紹介はとても参考になった。」とのご意見を頂くことができました。
4 おわりに
本セミナーは、日弁連国際業務推進センターから開催のご提案を頂き、他の地域に先駆けて福岡で開催されたものです。今回のセミナーでは、前述の通り、参加者の方から大変ご好評を頂くことができました。特に企業参加者の方からは、「元々、福岡ではこのレベルのプロ(弁護士、企業実務家)向けのセミナーが全くないので、各種テーマで定期的に開催を強く望みます。(特に法務関係・国際法務関係が全くない。)よくあるのが『地方だから入門レベルで良いだろう』というセミナーですが、そのようなものは一切求めていません。実務者は、東京だろうが地方だろうが、高いレベルのセミナーを求めています。」とのご意見も頂いております。企業法務、とりわけ国際法務分野では、弁護士のアウトリーチ拡大の一環としても、地方におけるセミナー等を通じた高いレベルの情報提供・啓発活動の必要性を痛感致しました。また、高いレベルの司法サービスを提供するためには、地方の弁護士も渉外分野における最新の知見について深く学習することが不可欠であり、そのための機会を多く設ける必要性が高いことを強く感じました。