一 去る二〇〇五年一〇月二四日から同月二八日にかけて、大野城市立平野中学校において、法教育研究授業が行なわれました。
本研究授業は、全国四箇所で行なわれた文部科学省委託法教育指定研究授業の一環として行なわれたものであり、全国でも初めて法曹三者の関与のもと行なわれた授業ということですから、我が国の今後の法教育の展開を考える上で重要な意味を持つ試みになったのではないかと思います。
以下ではその模様をご報告致します。
二 一口に法教育と言っても、その内容、手法に関しては多様なものが考えられるところですが、今回の研究授業では、「電車における傷害事件」を題材とし、刑事模擬裁判における量刑を考えてもらうことを通じて法的な思考能力をつけてもらうことを目指しました。
具体的には、「被告人Yが、朝の通勤電車において、よろめいて隣に立っていたXの足を踏んでしまったことからXに注意され、立腹してXを両手で突き飛ばしたところ、Xはたまたま足下に置いてあった荷物に足をすくわれて転倒し、頭を五針縫う等通院加療一月を要する傷害を負った(一年前に罰金の同種前科有り、被害弁償は一部のみでXは厳罰を望んでいる)。」との自白事件の設例について、平野中学校三年生の皆さんに、「執行猶予か実刑か」という選択を考えてもらい、班内で討論の上結論を発表してもらいました。
三 授業の司会進行は、平野中の田中浩一、佐澤昌両教諭のリードのもと行なわれ、我々法曹教員は裁判手続の説明、議論の誘導等を担当しました。
一〇月二四日及び一〇月二五日は、当会の千綿、三隅、大倉、和田(資)、不肖私の各会員がそれぞれ単独で三年生各クラスを担当し、一人三役で模擬裁判的な授業を行ないました。
また、「本番」の一〇月二八日には、三年二組及び五組を対象とした公開授業が行なわれ、裁判官役に福岡地裁から柴田寿宏判事、検察官役に福岡地検から矢吹雄太郎総務部長、弁護人役として当会から甲木会員という豪華メンバーを迎えて「全国で初めて法曹三者が教室に顔をそろえた模擬裁判」が実現しました。
四 事前準備の段階では「果たして中学生に執行猶予や実刑の選択ができるだろうか、そもそも執行猶予の意味が分かるのか?」という一抹の不安もあったのですが、中学生の刑事裁判に対する関心は想像以上に高く、班内の討論の際などは、口角泡を飛ばして熱弁する生徒さんの姿があちこちで見られました。
その内容も「Yは同じような事件で前に罰金刑になってるんだから、今回はもっと重くしなければダメだ。」とか、「Yの家族が無理をして被害弁償を頑張ったのに、刑務所行きはかわいそうなんじゃないの?」など、なかなかに的確なものが多く、感心させられました(議論が白熱しすぎて、声の大きさ等で相手を捻じ伏せようとする傾向がないでもなかったのはご愛嬌というところでしょうか)。
最終的な各班の結論としては、実刑派と執行猶予派がほぼ同数に分かれ、互角の様相を呈していました(設例を作成された市丸会員、甲木会員の功績と思います)。
五 従来、国民の司法に対する関心の低さが言われることがありましたが、今回の研究授業を見た限りでは、むしろ、法的なものに関与する機会さえ与えられれば、積極的に発言し議論しようとする興味関心の高さを感じました。
また、法曹自体に対する生徒さん達の関心の高さも窺われ(テレビ番組の影響でしょうか)、特に公開授業の際は、熟練の法曹三者によるやりとりを前にして「本物の迫力」に強い印象を受けていることが見て取れました。
今後、学校の授業に継続的に法曹教員を派遣していくのは難しい面もあると思いますが、現実に日々司法制度を運用している法曹が何らかの形で法教育の授業に関与することには、極めて大きな意義があるように思われます。
なお、一〇月二八日の公開授業の模様は、同月二九日(土)の西日本新聞朝刊三八面にて写真入りで紹介されておりますので、興味のある方は御覧下さい。