さる八月五日、弁護士会館三階ホールにて、福岡県弁護士会主催の「裁判員制度パネルディスカッション」が行われました。
パネリストは、日弁連司法制度改革実現本部事務局次長四ノ宮啓弁護士、日弁連刑事弁護センター副委員長美奈川成章会員、日本裁判官ネットワーク・福岡高等裁判所駒谷孝雄判事、九州大学法学部内田博文教授、県弁刑事弁護等委員会委員古賀康紀会員、コーディネーターは、春山九州男・大谷辰雄両会員という超豪華メンバーが勢揃いしたこともあって、当会会員はもとより当番弁護士を支える会など一般市民の方々を含め五〇名を越える参加者が集まり、酷暑の中、三時間以上にもわたる活発な議論が展開されました。
ところで、今回のシンポジウムは、司法制度改革審議会の意見書を踏まえて、司法改革推進本部事務局や各検討会において進められている司法「改革」が、従来、弁護士会が求めていた本来の司法改革の姿とは違う方向へ向かっているのではないかという危惧感を抱く会員ら(司法「改革」を考える会)が提案したものであるため、検討会の議論状況を踏まえつつも、現在の司法「改革」作業の抱える根本的な問題点を再度確認し、今後、どのように司法「改革」問題を考え、取り組んでいくべきかという趣旨を持ったものでした。誤解を恐れずに言えば、「絶望的な刑事司法」が、今回の「改革」によって、より「絶望的」にならないのかということだったのです。
藤井会長による開会の挨拶の後、コーディネーターからの世界的に前例のない「裁判員制度」とは一体どのような制度なのかという問題提起からパネルディスカッションが出発しました。
四ノ宮弁護士は、司法審は当初、刑事司法への市民参加は時期尚早と考えていたが、地方公聴会において次々と陪審制導入の意見が出されたため、市民参加をを検討することとなり、審議委員間の陪審説と参審説の激しい対立の中で「裁判員制度」という折衷案が提言され、重大な刑事事件から導入する、否認・自白を問わない、裁判員が量刑まで関与する、判決も書く等の骨格を基本にした上で、「裁判員制度・刑事司法制度改革検討会」において、具体的な制度設計が議論されているとの経過報告がなされました。
これを受けて、美奈川会員より日弁連司法改革実現本部や刑事弁護センター、検討会のバックアップ会議についての報告がありました。
駒谷判事は、個人的見解との留保付きで、国家予算の一%に過ぎない「弱い司法」を強くするには国民参加は必要であるとしながらも、裁判とは簡単なものではなく、裁判員に裁判官と同じ評決権を付与した場合、会議に時間がかかり、「定員法」を改正して裁判官の大幅増を図らない限り、現在の裁判所の体制では「裁判員制度」は過重負担であるという現場からの問題点が示されました。
内田教授からは、まず議論のフィールド設定として、1.司法審の意見書の枠内で議論するのか、2.刑弁センターの提案している枠まで(少し)広げるのか、3.司法改革の根本的問題点、「そもそも論」まで枠を広げるのかという分析がなされた上で、1で議論をする場合であっても、(1)裁判員に対する適正手続保障の説明・捜査報道によって生じる裁判員の予断の排除、(2)裁判員の比率の圧倒的多数の確保、(3)新たな「準備手続」によって生じる裁判官と裁判員の情報格差への対処、(4)伝聞法則の厳格化(要約調書によって事実認定が悪化する危険性への対処)、(5)証拠能力・違法収集証拠排除法則の厳格化は、「裁判員制度」導入の最低限の条件であり、もし、かかる条件整備をせずに導入した場合には、現状よりも悪くなるのではないかとの指摘がなされました。
古賀会員は、刑事司法の改革には捜査手続の改革こそが必要であるが、「裁判員制度」によって公判手続だけを変えても、従来通り、供述調書の証拠能力が付与される以上、結局、捜査手続は何ら変わらない、そもそも司法審の「意見書」は、刑事司法改革の目的を迅速な国家刑罰権の実現と捉え、捜査を賛美しており、裁判の利用者である刑事被告人の権利保障を目的としていない、無辜の不処罰に対する反省もないなど問題点も多く、現在の刑事司法よりも悪くなる危険性があるという指摘がなされました。
各パネリストからの発言を踏まえ、コーディネーターより、「裁判員制度」で調書裁判の弊害は除去されるのかとの問題提起がなされ、四ノ宮弁護士からは、自白調書に影響を受けるのは裁判員より裁判官であり、弁護人は裁判員を直接説得できる点で有利であって、公判証言が中心となる以上、供述調書は少なくならざるを得ず、連日的開廷となる以上、証拠開示が進むであろうというメリットが提示されました。
しかし、古賀会員からは、楽観的ではないか、二三日間の代用監獄における身柄拘束・取調を前提とする限り、調書裁判の弊害の除去されないという疑問が出され、美奈川会員からも、自白調書が採用されれば調書に引きずられる危険があるため、捜査の可視化(取調状況の録音)や伝聞法則例外の廃止(弾劾証拠に限定)などが必要であって、それは刑事弁護センターとして「譲れない条件」であり、司法審の意見書が提案している「取調の書面による記録化」では不十分であるとの指摘がなされました。
その後、参加者からは、司法の民主化のためには市民参加に重要な意義があるとの会員の意見がだされる一方で、刑事司法の抜本的解決が必要ではないかとの一般市民からの意見も出されました。
以上が本パネルディスカッションの概要ですが、この企画を通じて、改めて「裁判員制度」の問題点が浮き彫りになったと思います。
私個人としては、司法の官僚化によって被告人の人権が侵害されたり、誤判が生じうるからこそ、その弊害を防止するために市民参加・司法の民主化が必要であるという視点を持たない司法審の基本的立場には重大な疑問をもっています。司法審の意見書が、被告人の人権保障、誤判防止という観点から刑事司法改革を議論していないため、刑事司法にとって最も重大な問題である捜査手続にメスを入れることができず、結局、「裁判員制度」に多くの問題点が生じているということです。司法審の意見書を踏まえつつも、必ずしもその枠内にとらわれることなく、本来あるべき刑事司法改革を常に議論していくべきことが、在野法曹としての弁護士会のあり方だと思います。官僚主導の刑事司法「改革」が、より絶望的な「改悪」にならないように、議論の動向を常に監視していかなければならないでしょう。
なお、ディスカッション終了後の利花苑での懇親会でも三〇名近い出席者が参加され、刑事司法改革について熱い議論が闘わされておりました。