福岡県弁護士会 宣言・決議・声明・計画
声明
2013年10月11日
特定秘密保護法案に関する会長声明
特定秘密保護法案に関する会長声明
1 特定秘密保護法案を巡る動き
政府は、2013年(平成25年)9月3日に「特定秘密の保護に関する法律案の概要」を、同月26日には特定秘密保護法案(以下「本法案」という。)の原案を公表し、同年10月に開会予定の臨時国会に本法案を提出する意向を示している。
2 本法案の根本的な問題点
本法案は、その個々的な内容でも重大な問題を含んでいるが、そもそも、行政情報は可能な限り主権者である国民に開示されることが原則であり、現状ではよりいっそう情報公開が進められるべきである。しかるに、これを隠蔽し、その情報に国民の側からアクセスしようとする様々な活動を処罰し、またそれによってそのような活動を萎縮させる法制度をつくることは、憲法の保障する国民の「知る権利」の重大な侵害であり、ひいては「知る権利」の行使に基づく主権者たる国民自身による統治という国民主権原理に反するというべきである。
3 法案提出にあたっての政府の対応の問題点と国民の反応
このように根本的な問題を含む本法案であるが、政府は、これに対するパブリックコメントの提出期限を本法案の概要を発表したわずか2週間後に締め切った。
通常は1ヶ月程度はおかれる期間を、本法案のように国民の重要な権利の侵害となる虞れのある法案についてわずか2週間としたことは極めて不当な対応というほかない。
これに対し、国民は、このわずかな期間に約9万件もの意見を寄せ、そのうちの約8割が反対の意見であったことなど、本法案に対し高い関心と危機意識をもっていることを明らかにしている。
4 本法案の内容の問題点
本法案は、行政機関の長が「特定秘密」を指定し、その漏えいやこれを探ろうとした行為を厳罰をもって禁ずるとともに、「特定秘密」を取り扱う者自体の人的管理を行うというものである。
(1)特定秘密の対象の範囲の拡大と不明確さ
本法案は、対象となる「特定秘密」について、①防衛、②外交、③特定有害活動の防止、④テロリズムの防止の4分野を別表で示しているが、特定秘密の範囲については、1985年(昭和60年)に国会に上程されたものの国民世論の反対によって廃案とされた「国家秘密に係るスパイ行為等の防止に関する法律案」よりも拡大されている。
そして、その内容を特定するためとして各分野の該当項目を列挙した「別表」によってもその記載が包括的であるため対象とされる事項の範囲が不明確である。
(2)特定秘密の指定権者と恣意的運用のおそれ
本法案は、「特定秘密」の指定権限は行政機関の長としているため、行政機関自身が自己に都合の悪い情報を秘匿する手段に利用する虞れがあるにもかかわらず、本法案にはその恣意的運用を防止する制度が何ら定められていない。
(3)重罰化と処罰対象行及び対象者の拡大
本法案では、国家公務員法の法定刑よりも重い刑罰を科すことはもとより、その処罰範囲も故意の漏えい行為だけでなく、過失の漏えい行為、漏えい行為の未遂や共謀、教唆、扇動並びに特定秘密の取得行為とその共謀、教唆、扇動についてまでも処罰対象行為としているうえ、共謀、教唆、扇動は実行行為の着手がなくとも処罰するとしている(いわゆる「独立教唆」等)。
処罰対象者としても、取材活動をおこなうマズメデイア関係者はもとより、国政調査権を担う国会議員をも対象者としているなど、その対象者は広範囲に及ぶ。
(4)適性評価制度
本法案は、特定秘密の取扱者の人的管理のために「適性評価制度」を導入し、過去の懲戒処分歴、非違経歴や信用情報などを対象者の同意を得たうえで調査し評価するとしている。
しかしながら、調査に際しては対象者の知人らに対する聞き込みや公私の団体に照会をすることも可能であり、また調査対象には対象者の家族や同居人まで含まれており、このような極めてセンシティブな情報を行政機関・警察によって収集されること自体が重大なプライバシー侵害に該当する。
5 当会の意見
このように国民主権原理に反し重大な憲法上の権利を侵害する特定秘密保護法の立法化に対し、当会は断固として反対し、政府に対しては本法案の国会上程を速やかに断念することを強く求める。
2013年(平成25年)10月11日
福岡県弁護士会
会長 橋 本 千 尋
2013年9月20日
東京電力福島第一原子力発電所事故による損害賠償請求権の時効期間を延長する特別措置法の制定を求める会長声明
1.原子力発電所事故とその被害者及び被害の状況
2011年(平成23年)3月11日に発生した東日本大震災に伴う東京電力福島第一原子力発電所の事故(以下「本件事故」という。)から2年6ヶ月が経過した。
本件事故は、その原因究明はもとより汚染水の流出など事故そのものの収束にも見通しが立っていない状況である。被害者についても、その人数やそれぞれの被害についてその全容は明らかでなく、その深刻化や長期化の虞れが濃厚な事態となっている。
2.損害賠償請求権と消滅時効
このような状況にあるにもかかわらず、本件事故に関する損害賠償請求権は、民法第724条前段の定める「被害者又はその法定代理人が損害及び加害者を知った時から3年間」の消滅時効の主張により、その実効性を喪失する虞れが大である。
信義則の観点から消滅時効の主張は許されないとの法的見解も見受けられるが、現状では現行民法の適用を排除できる明確な根拠は見出しがたく、仮に、信義則上、時効の利益を享受する援用権の行使が制限されるとしても、訴訟の場での争点となるものであり、立証責任も被害者に負担させられる可能性が高く、法的紛争解決の手法上は、信義則を中心とした法理論は実際の被害者救済の実効性に乏しい。
3.特例法の内容と被害者救済の実効性の欠如
この点に関し、本年6月、「東日本大震災に係る原子力損害賠償紛争についての原子力紛争審査会による和解仲介手続の利用に係る時効の中断に関する法律」(以下「特例法」という。)が成立した。
この特例法の趣旨は、紛争解決センターへの和解仲介手続が打切りとなった場合に手続打切りの通知を受けた日から1ヵ月以内に裁判所に訴訟を提起すれば、和解仲介申立時に訴えを提起したものとみなすことで時効中断を認めるものに過ぎない。
そして、文部科学省によると、和解仲介手続申立は、本年8月16日現在、約7400件(成立件数約4900件)だけで、想定される被害者の数に比してごく一部にとどまっている。しかも、時効中断は、和解仲介申立をした損害項目に限られているため、申立てていなかった損害項目には時効中断の効力は及ばない。また、手続きの打切りの通知を受けた日から1ヵ月以内に訴えを提起しなければならないという点も、被害者に対して被害回復に困難を強いることになる。
したがって、特例法は被害者救済の観点からは極めて不十分なものと言わざるを得ない。
4.日本弁護士連合会の意見書
以上の点を踏まえ、日本弁護士連合会(以下「日弁連」という。)は、本年7月18日、「東京電力福島第一原子力発電所事故による損害賠償請求権の時効期間を延長する特別措置法の制定を求める意見書」を公表した。
本件事故による損害賠償請求権への現行民法の消滅時効の適用は不当として、特別措置法の制定を求めるものであり、具体的には「権利行使が可能となったときから10年間」の時効期間とすることを基本とし、5年以内の時効期間の更なる延長を含めた見直しをおこなうことや、事故から一定期間が経過した後に顕在化する損害についてはその損害が明らかになった時を時効期間の起算点とするという点を付加するものである。
5.当会の意見
当会としても、本件事故に関する損害賠償請求権が3年間の消滅時効に服するとされることは、被害者の救済を放擲するものであって正義に反し絶対に容認できない。
被害者の現状を考えると、日弁連の意見書のように時効期間を率先して定める意見を述べることにも躊躇を覚えるが、単に時効制度の適用を排除することのみを求めたり、内容を示さずに救済立法の制定を求める主張をすることは、法律家団体としての責任を全うしているとは思われない。
日弁連の意見書もこのような苦渋の選択として具体的な法制度を示しているものと考えられるので、当会としては、現時点では、日弁連の意見書に添った特別立法を求めることに賛同し、その旨、声明するものである。
2013年(平成25年)9月19日
福岡県弁護士会 会長 橋 本 千 尋
2013年9月17日
新たな検討体制の発足に際して給費制の復活を求める会長声明
1 本日、政府は内閣府に法曹養成制度の関係閣僚で構成する「法曹養成制度改革推進会議」を設置し、その下に置いた「法曹養成制度改革顧問会議」および「法曹養成制度改革推進室」ともども、先に公表した「法曹養成制度改革の推進について」(2013年(平成25年)7月16日付、法曹養成制度関係閣僚会議決定。以下「本決定」という。)による改革方針、改革課題についての検討を始めることとした。
2 これら課題のうち、本決定が、司法修習生に対する経済的支援策の在り方について、第67期の司法修習生(本年11月修習開始)から旅費法に準じて実務修習地への移転料の支給をすべきこと、集合修習期間中に司法研修所内の寮への入寮を保障すべきことを最高裁判所に求めたことは、法改正を必要としない範囲でさしあたり可能な一定の経済的配慮を示したものとして、その限りでは評価できる。しかし、これらの経済的支援は、あくまで現行法下での運用改善による応急措置的な、極めて限定的な方策に過ぎず、根本的には法改正による給費制の復活が不可欠である。
3 その理由として、現在の司法修習における貸与制は、実質的には司法修習生を何らの生活保障もないままに、1年間の実務修習に拘束するものとなっている。この多額の経済的負担は、法科大学院制度下での多大な時間的・経済的負担や、法曹人口の急激な増加による就職難がもたらす問題等と併せて、法曹志願者の激減をもたらす大きな要因となっている。そして、法曹志願者の激減は、プロセスとしての法曹養成を企図した新しい法曹養成制度の危機的状況を招いている。そのため、給費制の復活を含め、司法修習生に対する十分な経済的支援策を講じることは、質・量ともに豊かな法曹を養成するための絶対条件である。この点、本決定は兼業許可基準の緩和も述べるが、これは経済的支援策とは無関係であり、これを経済的支援策として位置づけるのは本末転倒である。また、この考え方は、フルタイムで修習に従事する司法修習生に対して安息の時間に労働を強いるものとなりかねず、極めて不合理である。さらに、司法修習の充実を目指すこの度の法曹養成制度改革の方向性にも逆行するものである。
4 そもそも、司法修習制度は、わが国の三権分立を支える司法を担い、基本的人権の擁護を使命とする法曹を育成するために不可欠、枢要なものであり、法曹の養成は国の責務であることを忘れてはならない。
法曹養成制度検討会議(以下「検討会議」という。)は、本決定のもととなった検討会議の取りまとめ(以下「取りまとめ」という。)に先立ち、本年4月から5月にかけて「中間的取りまとめ」に対するパブリック・コメントを募集した。その結果、全3119通の意見のうち、法曹養成課程における経済的支援に関する意見が2421通にものぼり、そのほとんどが給費制を復活させるべきという内容であった。これにより、この問題が法曹志願者を含む国民にとって重要な関心事であり、給費制が広く支持されていることが改めて明らかとなった。
そこで、検討会議では、この点に加え、かねて委員からも給費制を支持する意見や貸与制がもたらしている問題状況を懸念する意見が少なくなかったこと等を踏まえ、取りまとめでの経済的支援策はとりあえずの最低限のものにとどまり、法改正を伴う更なる経済的支援策は今後の検討体制において引き続き検討されるべきとの共通認識に到達していたものである。
5 よって、当会は、政府の新たな「法曹養成制度改革推進会議」では、以上の点を十分に踏まえ、司法修習の充実方策の一環として、給費制の復活を含む司法修習生に対する更なる経済的支援策を充実させるべく、所要の措置を早急に講ずるよう強く要望する。
2013年(平成25年) 9月 17日
福岡県弁護士会 会長 橋 本 千 尋
2013年9月12日
死刑執行に関する会長声明
死刑執行に関する会長声明
1 本日,東京拘置所において,1名の死刑確定者に対して死刑が執行された。
2 我が国では,過去において,4つの死刑確定事件(いわゆる免田事件,財田川事件,松山事件,島田事件)について再審無罪が確定している。また,2010年(平成22年)3月には足利事件について,2011年(平成23年)5月には布川事件について,いずれも無期懲役刑が確定した受刑者に対する再審無罪判決が言い渡されている。これらの過去の実例が示すとおり,死刑判決を含む重大事件において誤判の可能性が存在することは客観的な事実である。
3 しかも,我が国の死刑確定者は,国際人権(自由権)規約,国連決議に違反した状態におかれているというべきであり,特に,過酷な面会・通信の制限は,死刑確定者の再審請求,恩赦出願などの権利行使にとって大きな妨げとなっている。この間,2007年(平成19年),刑事収容施設及び被収容者等の処遇に関する法律が施行されたが,未だに死刑確定者と再審弁護人との接見に施設職員の立ち会いが付されるなど,死刑確定者の権利行使が十分に保障されているとは言い難く,このような状況の下で死刑が執行されることには大きな問題があるといわなければならない。
4 日本弁護士連合会は,本年(平成25年)2月12日,谷垣法務大臣に対し,「死刑制度の廃止について全社会的議論を開始し,死刑の執行を停止するとともに,死刑えん罪事件を未然に防ぐ措置を直ちに講じることを求める要望書」を提出して,死刑制度に関する当面の検討課題について国民的議論を行うための有識者会議を設置し,死刑制度とその運用に関する情報を広く公開し,死刑制度に関する世界の情勢について調査のうえ,調査結果と議論に基づき,今後の死刑制度の在り方について結論を出すこと,そのような議論が尽くされるまでの間,死刑の執行を停止することを改めて求めたところであった。
さらに、当会は、本年4月26日にも、死刑確定者に対する死刑執行について抗議し、死刑執行の停止を要請する会長声明を提出したのであり、この要請を無視した今回の執行は容認できない。
5 当会としては改めて政府に対し強く抗議の意思を表明するとともに,今後,死刑制度の存廃を含む抜本的な検討がなされ,それに基づいた施策が実施されるまで,一切の死刑執行を停止することを強く要請するものである。
2013年(平成25年)9月12日
福岡県弁護士会会長 橋 本 千 尋
2013年6月25日
憲法改正発議要件の緩和に反対する会長声明
1 日本国憲法第96条は、「この憲法の改正は、各議院の総議員の三分の二以上の賛成で、国会が、これを発議し、国民に提案してその承認を経なければならない。この承認には、特別の国民投票又は国会の定める選挙の際行はれる投票において、その過半数の賛成を必要とする。」と定める。
ところが、さきの衆議院総選挙で政権を得た自由民主党は、憲法改正の発議要件を衆参各議院の総議員の3分の2以上の賛成から過半数の賛成に緩和し、これによって憲法改正を容易にしようとしている。日本国憲法改正の発議要件が厳格にすぎることから、主権者たる国民が憲法の改正を行うことを困難にしているというのである。
2 日本国憲法は、人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果と第2次世界大戦の未曾有の犠牲という厳粛な歴史的経過を踏まえて制定された。基本的人権の尊重、国民主権および恒久平和主義を規定して、国家権力に縛りをかけることにより、その権力の横暴や濫用から国民の基本的人権を擁護する極めて重要な役割を果たしている(立憲主義)。
ところが、その時々の政治的多数派の意向により容易に憲法改正がなされると、国の基本的な在り方が著しく不安定となり、立憲主義が大きく後退して、基本的人権の保障が形骸化しかねない。憲法改正に際しては、国会においてはもちろんのこと、国民相互間においても、充実した慎重な議論を尽くすことが求められる。
そこで、日本国憲法は、憲法改正についての国会の発議要件について、法律の制定や改正とは異なり、時々の政治情勢によって容易に変動し得る総議員の過半数では足りないものとし、充実した慎重な議論を尽くして形成される国民の安定的な多数意見を反映すべく、総議員の3分の2以上としたものである。
3 そして、このような日本国憲法の規定は、諸外国の憲法改正規定と比較してみても、特段厳格なものとはいえない。
例えば、欧米諸国の代表的な例をあげると、米国では連邦議会の3分の2以上の決議と4分の3以上の州議会の承認、ドイツでは連邦議会の3分の2以上の決議と連邦参議院の3分の2以上の決議が憲法改正に必要とされている。アジア諸国をみても、韓国は我が国と同様の要件、フィリピンでは議会の4分の3以上の議決の上で国民投票が必要となっている。
このように、現代の世界の趨勢を見ても、日本国憲法第96条の改正を正当化する合理的理由はない。
4 以上のことから、当会は、我が国の最高法規であり、国民の基本的人権を保障する日本国憲法の改正発議要件の緩和には強く反対する。
2013年(平成25年)6月25日
福岡県弁護士会会長 橋 本 千 尋
2013年6月 7日
生活保護法改正法案の廃案を求める会長声明
1 2013年(平成25年)5月17日、政府は、生活保護法改正法案(以下「改正法案」という。)を閣議決定した。改正法案は、書面による申請と資料の添付を義務づける(改正法案24条1項、2項)、親族による扶養を事実上の要件とする(改正法案24条8項、28条2項、29条)などの点で、以下に述べるように保護申請を萎縮させ、申請権を侵害し、ひいては憲法上保障された生存権を侵害する可能性が極めて大きい。
2 現行の生活保護法(以下「現行法」という。)は、7条で申請保護の原則をとっている。これは恤救規則以来、旧生活保護法に至るまでとられてきた職権保護の建前を転換し、国民に保護請求権があることを明らかにしたもので、申請が保護請求権を行使するための法律的手段にまで高められるに至ったものである。そして、現行法は、保護の申請において書面の提出を義務づけず、保護の要否の判定に必要な書類の提出も申請時には義務づけていない。申請は非要式行為と解され、裁判例も口頭による申請を有効と認めている。これは、保護の開始を第一次的には困窮した人の意思に基づく申請行為に委ねつつ、その申請行為を簡素なものとすることによって、生存権をできる限り漏れなくかつ速やかに保障する趣旨に出たものである。しかし、実際には、福祉事務所の窓口で申請意思を表示しても、申請書を交付しなかったり、要否判定に必要な書類を申請書と共に提出するよう求めるなどの違法な運用が行われてきた(いわゆる「水際作戦」)。当会の生活保護支援システムにおいても、福祉事務所の窓口を訪れたにもかかわらず申請が違法に受け付けられなかったとの市民からの相談が多数寄せられている。
ところが、改正法案では、24条1項で申請書の提出を義務づけるとともに、同条2項で保護の要否の判定に必要な書類の添付を義務づけるなど、申請を要式行為に転換し、手続を煩雑なものとしている。これでは、添付書類の不備等を理由として申請行為自体があったと認めない取扱いが合法化されることとなり、いわゆる「水際作戦」を助長することになりかねない。そしてその結果、申請ができないことにより保護を受けるべき人が保護を受けられない、あるいは申請できたとしてもその時期が遅れ困窮した状態に長くとどめ置かれたりするなど、生存権を侵害するような事態が発生するおそれが極めて大きい。
このような懸念への批判を考慮してか、改正法案ではただし書きにより、申請書作成および書類の添付につき、「特別の事情があるとき」を除外事由とすることが盛り込まれた(改正法案24条1項、2項修正案)。しかしながら、条文上、申請行為を原則として要式行為とすることは変わっておらず、また「特別の事情」の解釈は第一次的には行政機関の裁量に委ねられるのであるから「水際作戦」が横行する危険性、ひいては申請者の生存権を侵害する可能性は十分にある。
3 また、現行法では、扶養義務者の扶養は保護の要件とはせず、単に優先関係にあるものとして(現行法4条2項)、現に仕送り等がなされた場合には収入認定し、その分保護費を減額することとしている。しかし、実際の運用では、あたかも親族の扶養が保護の要件であるかのごとき説明が窓口でなされ保護申請を違法に受け付けないという運用が横行し、是正のための通知が厚生労働省から出されるといった経緯もあった(保護の実施要領・課長通知問第9の2)。2006年(平成18年)、北九州市で孤独死していた56歳の独居男性が、生前二度にわたって申請意思を明確に表示していたにもかかわらず、福祉事務所から、子どもに援助してもらうようにと言われて申請を違法に拒まれていた出来事は記憶に新しい。
ところが、改正法案では、扶養が要件ではなく優先関係にすぎないとの条項はそのままに、28条2項において、保護の実施機関が、要保護者の扶養義務者その他の同居の親族等に対して報告を求めることができること、及び、29条1項2号において、保護の実施機関が要保護者又は被保護者であった者の扶養義務者について金融機関や雇主等に対し書類の閲覧や資料の提供・報告を求めることができることを規定した上、24項8号において、保護開始決定をしようとするときは、あらかじめ扶養義務者に対し書面をもって厚生労働省令で定める事項を通知することを義務づけている。このような扶養義務者への通知の義務付けや各種照会を行えば、扶養義務者への通知による親族間のあつれきを怖れる困窮者に対し、保護申請を萎縮させる効果を今以上に与えることは明らかであり、申請権ひいては憲法上保障された生存権の侵害につながる可能性が極めて大きい。
4 このように、改正法案が成立した場合には、保護申請者の申請権の侵害が生じる可能性が極めて大きく、その結果、要保護者の生存権が侵害され、市民生活に深刻な影響をもたらすことは明らかである。
当会は、憲法上保障された生存権が現実に市民に保障される社会となることをめざし、平成21年度から生存権の擁護と支援のための緊急対策本部を設け、多数の会員が登録する「生活保護支援システム」によって生活保護申請同行など生活保護法の適法な運用を求める活動を行ってきた。当会の立場からは、保護申請権ひいては生存権を侵害するおそれの大きい改正法案は到底容認することができない。
よって、当会は、改正法案について即時の廃案を求めるものである。
2013年(平成25年)6月7日
福岡県弁護士会
会 長 橋本 千尋
2013年5月10日
「共通番号法」制定に反対する声明
「共通番号法」制定に反対する声明
今国会において、「行政手続における特定の個人を識別するための番号の利用等に関する法律」案(いわゆる「共通番号法」案。以下、「本法案」という。)が提出され、昨日衆議院で可決された。
本法案は、全ての国民と外国人住民に対して、社会保障と税の分野で共通に利用する識別番号を付けて、これらの分野の個人データ(納税情報、健康保険情報、年金情報等)を、情報提供ネットワークシステムを通じて確実に名寄せ・統合(データマッチング)することを可能にする制度(社会保障・税共通番号制度)を創設しようとするものである。
共通番号が用いられる行政分野(年金、労働保険、健康保険、生活保護、介護保険、税務等)の情報は、私生活全般に及び、その中には、障害、病気、貧困、無資力などの極めてセンシティブな情報も含まれている。
共通番号制度により、これらの情報が名寄せ・統合されると、収集・蓄積された個人の情報が次々と番号で特定され、連結されていくことで、その人物の行動全般を把握し、分析することが可能となり、プライバシー権を侵害するもので、国家による国民監視の道具として利用されるおそれがある。
昨年廃案となった同名の旧法案に対し、2012年(平成24年)8月7日に当会は反対する会長声明を表明したが、上記問題点は、本法案にそのまま引き継がれている。
本法案は、旧法案における危険性をさらに増大させており、到底容認できない。
すなわち、「番号の利用に関する施策の推進」を基本理念として掲げ(3条2項ないし4項)、法律の施行後3年を目途として番号の利用拡大を検討する(附則6条1項)など、官民を通じて、社会保障や税にとどまらない番号の利用拡大を強く指向しており、プライバシー侵害の危険は著しく大きい。個人の収入・資産情報が漏えいしたり、アメリカで1年あたり1兆円以上といわれるなりすまし犯罪による財産的損害が我が国でも増大するおそれも大きい。
そもそも共通番号制度は、手段にすぎず、実体法である税法や社会福祉立法がない限り、公平な税制や充実した福祉が実現しないことは以前から政府も認めてきた。しかも、旧法案で採用するとされていた給付付き税額控除制度は、現政権は採用しない方針であり、共通番号の必要性はますます乏しくなっている。
本法案は、立法目的として、法1条で、行政効率化や利便性の向上を掲げながら、2000億円もの導入コストによって得られる効果について、何らの説明も行っていない。住基ネット導入に際しては、試算が示されたが実現せず、巨額な税金の無駄遣いに終わったばかりであるにもかかわらず、このまま導入を急ぐ必要性は全く示されていない。
従って、当会は、従前から表明しているとおり、国家による国民監視のシステムにつながる本法案に反対し、参議院において否決され、廃案とされることを求める。
2013年(平成25年)5月10日
福岡県弁護士会会長 橋 本 千 尋
2013年4月26日
死刑執行に関する会長声明
死刑執行に関する会長声明
1 本日,東京拘置所において,2名の死刑確定者に対して死刑が執行された。
本年2月21日に3名の死刑執行がなされたばかりであり,わずか2ヶ月後に死刑執行が強行されたことになる。
2 我が国では,過去において,4つの死刑確定事件(いわゆる免田事件,財田川事件,松山事件,島田事件)について再審無罪が確定している。また,2010年(平成22年)3月には足利事件について,2011年(平成23年)5月には布川事件について,いずれも無期懲役刑が確定した受刑者に対する再審無罪判決が言い渡されている。これらの過去の実例が示すとおり,死刑判決を含む重大事件において誤判の可能性が存在することは客観的な事実である。
そして,今回死刑執行されたいずれの死刑確定者も上告審まで事実誤認及び量刑不当を理由に争い,うち1名は2009年(平成21年)6月に,もう1名は2011年(平成23年)12月にそれぞれ死刑確定しているが,死刑確定から短期間で死刑執行している点も冤罪・誤判の観点から極めて問題があると言わざるを得ない。
3 しかも,我が国の死刑確定者は,国際人権(自由権)規約,国連決議に違反した状態におかれているというべきであり,特に,過酷な面会・通信の制限は,死刑確定者の再審請求,恩赦出願などの権利行使にとって大きな妨げとなっている。この間,2007年(平成19年),刑事収容施設及び被収容者等の処遇に関する法律が施行されたが,未だに死刑確定者と再審弁護人との接見に施設職員の立ち会いが付されるなど,死刑確定者の権利行使が十分に保障されているとは言い難く,このような状況の下で死刑が執行されることには大きな問題があるといわなければならない。
4 日本弁護士連合会は,本年2月12日,谷垣法務大臣に対し,「死刑制度の廃止について全社会的議論を開始し,死刑の執行を停止するとともに,死刑えん罪事件を未然に防ぐ措置を直ちに講じることを求める要望書」を提出して,死刑制度に関する当面の検討課題について国民的議論を行うための有識者会議を設置し,死刑制度とその運用に関する情報を広く公開し,死刑制度に関する世界の情勢について調査のうえ,調査結果と議論に基づき,今後の死刑制度の在り方について結論を出すこと,そのような議論が尽くされるまでの間,死刑の執行を停止することを改めて求めたところであった。
この要請の直後である本年2月21日に死刑執行がなされた際も,日弁連及び当会は,死刑執行に強く抗議するとともに,一切の死刑執行を停止するよう求めていたのであり,この要請を再度無視した今回の執行は到底容認できない。
5 当会としては改めて政府に対し強く抗議の意思を表明するとともに,今後,死刑制度の存廃を含む抜本的な検討がなされ,それに基づいた施策が実施されるまで,一切の死刑執行を停止することを強く要請するものである。
2013年(平成25年)4月26日
福岡県弁護士会会長 橋 本 千 尋
2013年3月 4日
公契約法及び公契約条例の制定を求める会長声明
公契約法及び公契約条例の制定を求める会長声明
平成25年3月4日
福岡県弁護士会会長 古 賀 和 孝
第1 声明の趣旨
当会は,福岡県内の各地方自治体に対し,公契約により民間の企業や団体が受注した業務に従事する労働者の労働条件の適性を確保することを目的とする条例(公契約条例)を制定すること,ならびに国に対し,これら趣旨を踏まえた法律(公契約法)を制定し,公契約条例の制定へ向け,各地方自治体を支援することを求める。
第2 意見の理由
1 公契約をめぐる労働者がおかれた状況
(1)公契約とは,国や地方自治体が行政目的を達成するために,公共工事の発注や様々な事業(サービス,物の調達等)を民間企業などに発注・委託する契約をいうところ,近年,行政改革ならびに規制緩和の下,あらゆる部門にわたって民間委託・発注等が増加しており,そのため,実に広範囲の事業を対象とするようになってきている。
一方,公契約は,談合等を防止する必要から,多くの場合,受注先企業や団体が競争入札等で決定されており,最近の不況ならびに国および地方自治体の財政難の下,効率化やコストダウンが強く求められ,とりわけ地方自治体における発注工事では,競争入札参加企業が激増し,低コスト競争が激しさを増している。
(2)このような公契約は,受注先企業・団体のみならず,その傘下に多くの下請・孫請の企業が連なる重層下請構造となっているケースが多く,こうした重層下請構造の中で,低コスト競争は,公契約に従事する労働者の労働条件の悪化を招いている。すなわち,元請・下請・孫請という重層構造の中で,下請や孫請は受注価格が削減され,その受注企業の経営を圧迫し,その業務に直接従事する労働者に低賃金が押しつけられる状況にある。とりわけ,末端労働者の一人あたり労務単価が当該地域の最低賃金を下回る事態が出現したり,末端労働者に賃金が支払われないまま,受注企業が経営破綻を引き起こして,賃金支払が不能となるなどの事例も指摘されている。
2 公契約法・公契約条例制定の意義
(1)国及び地方自治体は,法治主義の下,労働基準法等の法令の遵守が求められることはいうまでもないが,それにとどまらず,貧困を撲滅し,生存権を擁護するという憲法上の責務を担っているというべきである。
そのため,公契約実施にあたっては,当該事業に従事する労働者の労働条件が労働基準法等の法令に適合することはもちろん,公契約に従事する労働者の労働条件の適正を確保し,ひいては生存権を擁護しなければならないというべきである。
(2)また,公契約に従事する労働者の労働条件は,今や国民生活のあらゆる部面に広がっていることから,その基準が民間一般の労働条件にも広く影響する状況となっており,そのため公契約に従事する労働者の労働条件が劣悪であることは,民間一般の労働条件の基準を引き下げてしまう効果を押し及ぼすことにもつながっている。今や「官製ワーキングプア」とも呼ばれる,こうした状況を一刻も早く是正することが求められている。
(3)「官製ワーキングプア」を是正していくとりくみとして,入札にあたって最低制限価格を設定するとりくみもすでに行われているところもあるが,前述した重層下請構造の中では,元請の利益確保のために,下請や孫請は受注価格が削減され,実際に現場で業務に従事している労働者に低賃金が押しつけられるという問題を解決するには,最低制限価格を設定するだけでは足りず,そのため,公契約法や公契約条例によって,直接受注企業(元請)の責任を明確にすることが求められているといわなければならない。
3 公契約法・公契約条例の現状
(1)すでにわが国でも,千葉県野田市が平成21年9月に公契約条例を全会一致で成立させたことに始まり,神奈川県川崎市,東京都多摩市,神奈川県相模原市などが,相次いで公契約条例を制定しているところである。
特に,千葉県野田市では公契約条例施行後,清掃委託業務に従事した労働者の賃金が1時間あたり101円上昇するといった効果が報告されるなど,確実にその地域の労働者の賃金水準の引き上げに寄与している。
(2)ILO94号「公契約における労働条項に関する条約」は,入札する企業間で人件費が競争の材料にされている現状を一掃するため,すべての入札者に最低基準を守ることを義務づけ,公契約によって,賃金や労働条件に下方圧力がかかることのないよう,公契約に基準条項を確実に盛り込ませることを目的としている。
わが国は当該条約に批准していないものの,すでに世界中で60カ国を超える国々が批准しており,フランス,アメリカ,イギリス,ドイツなどでは,国レベルでの公契約規整を行っている。
4 まとめ
当会では,昨年10月より,県下19箇所で開設している法律相談センターに寄せられる労働者側の労働相談を全件無料化するとりくみを始めた。
当該とりくみを始めて,当会に寄せられる毎月の労働相談件数が3倍にも上る状況となっているが,このことは,いかに労働者が困難な状況に置かれているかを示すものである。
公契約に従事する労働者の現状は,上記に見たとおり,生存権を侵害された状況にあることから,当会は,ここに公契約法及び公契約条例の制定を求めるものである。
以上
2013年2月21日
死刑執行に関する会長声明
死刑執行に関する会長声明
1 本日,東京,名古屋及び大阪の各拘置所において,それぞれ1名の死刑確定者に対する死刑が執行された。
自民党政権の復活後初めて,かつ,3名もの死刑確定者に対する執行という極めて遺憾な事態である。
2 我が国では,過去,4つの死刑確定事件(いわゆる免田事件,財田川事件,松山事件,島田事件)について再審無罪が確定している。また,2010年(平成22年)3月には足利事件について,2011年(平成23年)5月には布川事件について,いずれも無期懲役刑が確定した受刑者に対する再審無罪判決が言い渡されている。これらの実例が示すとおり,死刑判決を含む重大事件にも誤判の可能性が存在することは客観的な事実である。
3 日本弁護士連合会は,本年2月12日,谷垣法務大臣に対し,「死刑制度の廃止について全社会的議論を開始し,死刑の執行を停止するとともに,死刑えん罪事件を未然に防ぐ措置を緊急に講じることを求める要望書」を提出して,死刑制度に関する当面の検討課題について国民的議論を行うための有識者会議を設置し,死刑制度とその運用に関する情報を広く公開し,死刑制度に関する世界の情勢について調査のうえ,調査結果と議論に基づき,今後の死刑制度の在り方について結論を出すこと,そのような議論が尽くされるまでの間,すべての死刑の執行を停止すること等を求めていた。その直後,この要請を無視してなされた死刑執行は,到底容認することができない。
4 死刑の廃止は国際的な趨勢であり,昨年12月20日には,国連総会において,全ての死刑存続国に対し,死刑廃止を視野に執行を停止するよう求める決議が,過去最多の111か国の賛成多数で採択された。こうした状況において,死刑制度を存置し,かつ死刑の執行を繰り返す日本の姿勢は際立っており,日本政府は,国連関係機関からも繰り返し,死刑の執行を停止し,死刑制度の廃止に向けた措置をとるよう勧告を受けてきた。昨年10月31日に実施された国連人権理事会作業部会による日本の人権状況に対する第2回目の普遍的定期審査(UPR)においても,24カ国もの国が,日本の死刑制度及びその運用の変更を求めて勧告を行っており,これは,日本が抱える最大の人権問題の一つが,死刑であることを顕著に示している。
しかも,今回執行された3名のうち,2名は,自ら控訴を取り下げたことにより死刑が確定しており,国連条約期間等から繰り返し求められている必要的上訴の要請を充たしていない。また,他の1名は,第一審の無期懲役刑判決が検察官の控訴によって覆されており,審理に携わった職業裁判官の間でも量刑判断が分かれた事案である。谷垣法務大臣は,死刑制度の運用に当たっては,「十分慎重に考える」旨表明してきたが,就任してから僅か2か月足らずで,はたして真に慎重な検討がなされたか否か,大いに疑問である。
5 当会は,改めて政府に対し強く抗議の意思を表明するとともに,今後,死刑制度の存廃を含む抜本的な検討がなされ,それに基づいた施策が実施されるまで,一切の死刑執行を停止することを強く要請するものである。
2013年(平成25年)2月21日
福岡県弁護士会会長 古 賀 和 孝