福岡県弁護士会 宣言・決議・声明・計画
声明
2017年4月20日
修習給付金を創設する改正裁判所法の成立にあたっての会長声明
1 本年4月19日、司法修習生に対して修習給付金を支給する制度を創設する改正裁判所法(以下、「本法」という)が成立した。本法の施行は本年11月1日が予定されており、本年採用される第71期司法修習生から修習給付金が支給されることとなる。
2 司法修習生は、そのほとんどが、司法修習終了後は直ちに、三権の一翼である司法の担い手である法曹(弁護士・裁判官・検察官)となり、国民の権利を擁護し、司法制度を支えるという公共的な役割を担うべく、職務としての司法修習に専念する。このような公共的役割を持つことに鑑み、司法修習生に対しては、戦後60余年にわたり、国家公務員に準じた処遇をして給与が支給されていた(給費制)。しかし、2011年(平成23年)11月、この給費制が廃止され無給とされ、修習期間中に生活費等が必要な司法修習生に対しては国が資金を貸与する制度(貸与制)に変更された。
司法修習生は法律で修習専念義務を負い、原則として副業が禁止されていることから、修習期間中の生活費等をまかなうため司法修習生の多くが貸与を受けることとなった。
しかし、貸与金はあくまで「借金」であることから、大学や法科大学院における奨学金等の負債に加えて、貸与金として更に数百万円の負債を追加負担せざるを得ない事態が生じることとなり、その経済的負担の重さに対する不安の声が、貸与制の下で修習を行った司法修習生のみならず、法曹を志望する学生などからもあがるようになり、それが法曹志願者の減少の一因となっていた。
3 当会は、日本弁護士連合会と共に、貸与制による経済的負担の増加によって、有為な人材が法曹を目指さなくなり、ひいては日本の司法制度が弱体化するおそれがあるとして、給費制の存続ないし復活、司法修習生に対する経済的支援の必要性を訴えてきた。また、司法制度は、社会にあまねく法の支配を行き渡らせ、市民の権利を実現するための根幹的な社会的インフラであるから、国はかかる公共的価値を実現する司法制度を担う法曹になる司法修習生を公費をもって養成するべきであること、このような理念のもとに、我が国では、終戦直後から司法修習生に対し給与が支払われてきたことなどを、シンポジウムや市民集会の開催などによって、多くの市民の方々にご理解いただくべく活動を行ってきた。
その結果、司法修習生に対する経済的支援の必要性について、多くの市民の皆様や国会議員の方々などからの賛同が寄せられるようになり、その力強い後押しのおかげで本法が成立するに至ったものである。
当会は、これを機に、会員一同において、法曹が担っている社会的使命を改めて強く噛み締めるとともに、これまでご理解とご支援をお寄せ頂いた市民の皆様、多くの関係者の皆様方に篤く感謝を申し上げる次第である。
4 本法に伴い、今年度採用の第71期以降の司法修習生に対して、基本給付金として一律月額13.5万円、さらに、住居給付金(上限3.5万円)、移転給付金が支給されることが定められる見込みである。なお、現行の貸与制は、貸与額等を見直した上で上記の給付制度と併存することとされた。
本法は、司法修習生に対する一律での給付が実現したという点において、司法修習生の経済的負担を和らげるものであり、司法修習生に対する経済的支援としての大きな前進である。これによって法曹志願者の減少の改善に資するものとして歓迎する。
5 とはいえ、本法によっても、なお次の2つの課題が残る。
第1は、本法による給付金額は、経済的不安なく安心して司法修習に専念できるための費用として十分であるか、司法修習の意義及び今後の司法修習の実態もふまえて、その適正額について引き続き検討が続けられるべきことである。
第2は、本法の成立により、新第65期から第70期の司法修習生のみが無給での司法修習を強いられたこととなり、給費制のもとで修習した貸与制導入以前の司法修習生及び修習給付金の支給を受ける第71期以降の司法修習生と比較して、著しい不公平が生じることである。
6 よって、当会としては、本法の成立をひとまず大きな前進と高く評価して受け止めつつも、今後も、上記2点の課題につき、引き続き取り組みを続けていく所存である。
2017年(平成29年)4月20日
福岡県弁護士会
会長 作 間 功
2017年3月24日
長時間労働に関する適正な規制を求める会長声明
過労死等防止対策推進法の施行(2014年11月1日)後も相次ぐ過労死・過労自死事件の発生などから,長時間労働の是正に向けた動きが強まり,現在,政府は,罰則つきの時間外労働の上限規制を検討している。政府が,長時間労働の是正に向けた実効的な措置を取ろうとすることは,積極的に評価できる。
もっとも,報道によれば,政府は上限規制の具体的水準として,原則として月45時間,年間360時間,例外として繁忙期には「月100時間未満」,「2か月ないし6か月平均80時間」までの時間外労働を認める方針であるとされている。しかし,繁忙期には「月100時間未満」,「2か月ないし6か月平均80時間」まで時間外労働を認めるという水準は,過労死基準とも呼ばれる厚生労働省が定めた「脳血管疾患及び虚血性心疾患等の認定基準」(2001年12月12日基発1063号)と同程度のものであり,労働者の命と健康の確保のためには,時間外労働の上限規制として不適当である。
我が国の労働現場では,依然として長時間労働が常態化しており,その是正は,仕事と生活の調和(ワークライフバランス)の維持の観点のみならず,労働者の命と健康の確保の観点からも喫緊の重要課題である。
以上より,当会は,長時間労働の是正に向けて,以下の規制を求める。
① 時間外労働の上限規制の水準を少なくとも過労死基準を大幅に下回るものとすべきであること(例えば,日本弁護士連合会の2016年11月24日付「『あるべき労働時間法制』に関する意見書」は,労働時間の限度基準として,「将来的には,1日2時間(1日の最大労働時間10時間),1週8時間(1週の最大労働時間48時間),年間180時間程度を目指すべきである」としている。)
② 労働者の疲労回復,健康確保,生活時間確保のため,労働者の勤務終了から勤務開始までの時間を相当時間確保することを使用者に義務づける勤務間インターバル規制を導入すること
③ 労働者のメンタルヘルス対策の観点から,雇用主に対して課される労働時間の把握義務を強化すること
④ 労働基準監督官による監督の実施数を増加させ,監督行政の実効性を確保するため,労働基準監督官の増員と監督体制を強化すること
2017年(平成29年)3月23日
福岡県弁護士会
会 長 原 田 直 子
2017年3月10日
ホームレスの自立の支援等に関する特別措置法の期限延長を求める会長声明
ホームレスの自立の支援等に関する特別措置法(以下「本法」という。)が、2017年(平成29年)8月7日の期限到来を迎える。
本法は、2002年(平成14年)8月7日に施行され、2012年(平成24年)8月7日に5年間、施行期間が延長された。その後2015年(平成27年)4月からは生活困窮者自立支援法(以下「新法」という。)が施行されている。
本法はホームレスの支援について国の責務を認めた画期的な法律であり、これにより緊急支援、就労施策、住宅施策などを含めた総合的支援施策の実施が可能となった。
これに基づき、民間団体と行政による官民一体の体制作りが各地でなされ、一定の成果があがった。2003年に実施された最初のホームレス実態調査では、全国で25,296名の路上生活者が確認されたが、その後の全国の取り組みにより、2016年1月時点で6235名に減少したとの報告がある。本法施行以後、路上生活者が減少しているということは言える。
当会も、関係機関と連携し、同法に基づく支援事業として、福岡市就労自立支援施設や抱樸館福岡(ホームレス支援のための一時宿泊施設)での巡回相談を行うほか、北九州市勝山公園での炊き出し時の法律相談の実施、会員の寄付を募りNPO法人抱樸に物資援助を行うなど様々なホームレス支援に取り組んでいる。
ところで、本法に基づいて実施されてきた①ホームレス総合相談推進事業、②ホームレス緊急一時宿泊事業、③ホームレス自立支援事業等は、新法の施行により①については新法の自立相談支援事業に、②及び③については新法の一時生活支援事業に財源の位置づけが移行して実施されている。これまでのホームレス自立支援法の下に実施されてきたホームレス対策事業は、新法の生活困窮者自立支援において実施することとなる。
しかしながら新法には「ホームレスに関する問題の解決」を目的と明記する規定が存在せず、また国と地方自治体に基本方針・実施計画の策定を義務づけ、国にホームレスの実態に関する全国調査の実施を義務づける規定が全く存在しない。本法が上記期限到来によって失効することにより、ホームレス支援が国の責務であることが曖昧になる危険がある。また上記計画策定や実態調査が行われなくなる恐れは大きくなる。
また、路上生活者の人の数は減少したとはいえ、未だ全国で6000人以上の路上生活者が確認されており(民間団体の調査によれば、それ以上の路上生活者が確認されている)、ホームレス問題はなくなっていない。ホームレス問題の解決を国の責務とする本法の必要性は全く失われていないことは明らかである。本法の上記施行期限の到来によってホームレス問題の解決の施策に関する根拠法がなくなる事態があってはならない。
よって当会は、本法の施行期限を一定期間延長したうえで、その期限内にホームレス問題の解決を恒久法に位置づける方策を検討し必要な法改正を行うことを求める。
2017年(平成29年)3月9日
福岡県弁護士会
会長 原田直子
2016年12月13日
「特定複合観光施設区域の整備の推進に関する法律案」(いわゆる「カジノ解禁推進法案」)に対し反対し、廃案を求める会長声明
2016年12月2日に「特定複合観光施設区域の整備の推進に関する法律案」が衆議院の内閣委員会で可決された。
当会は、2014年10月15日付けで「特定複合観光施設区域の整備の推進に関する法律案」(いわゆる「カジノ解禁推進法案」)に反対する会長声明において、カジノが合法化されることにより、「暴力団員その他カジノ施設に対する関与が不適当な者の関与」、「犯罪の発生」、「風俗環境の悪化」、「青少年の健全育成への悪影響」、「入場者がカジノ施設を利用したことに伴い受ける悪影響」(カジノ解禁推進法案10条)などの問題が生じることを指摘していた。また、ギャンブル依存症は経済的破綻をもたらすのみならず、自らを死に追いやる危険性もある深刻な問題であること、カジノ解禁推進法案が成立すれば、刑事罰をもって賭博を禁止してきた立法趣旨が損なわれることなどを併せて指摘し、カジノ解禁推進法案に強く反対してきた。
そもそも賭博が刑罰をもって禁止されているのは(刑法185条、186条)、人の射幸心に付け込んで賭博を行わせることで、国民の勤労意欲を削ぎ、国民の健全な経済活動や勤労観念を阻害するからである。現行法制度の下、賭博を行うことができるのは特別法に基づいて許可を受けた公営団体のみとされているのは、上記のような危険性に鑑みてのことである。したがって、民間企業における賭博を認めるにあたっては、上記の危険性に対する具体的かつ十分な手当てが行われていなければならない。
しかしながら、カジノ解禁推進法案は、2013年12月に国会に提出されたものの実質的な議論が行われないまま2014年11月の衆議院解散に際して一旦廃案となり、その後、2015年4月に再提出されたものの1年半以上もの間全く審議されていなかったものが、2016年11月30日に急遽内閣委員会で審議入りをし、僅かその3日後には採決に至ったというものである。この経緯からも明らかなとおり、上記の危険性に対して慎重な議論がされたとは到底言えず、また、本法案について国民のコンセンサスを得たとも考えられない。
諸外国のカジノ事情の調査結果などを見ても、却ってカジノを設置した自治体周辺の人口が減少したり、IR型カジノの倒産が続くなど、カジノを設置したとしても、必ずしも期待していたほどの経済効果がもたらされないことが見て取れる。
我が国においては、ギャンブル依存からの脱却や暴力団その他の反社会的勢力の排除を支援して、国民が安心した生活を送り、健全な経済活動を行える環境を整えることこそが喫緊の課題となっているというべきである。
よって、当会は、カジノ解禁推進法案に改めて強く反対し、その廃案を求める。
2016年(平成28年)12月13日
福岡県弁護士会
会長 原田直子
2016年11月11日
死刑執行に関する会長声明
1 本日,福岡拘置所において1名の死刑確定者に対して死刑が執行された。
この執行は,昨年12月から1年にも満たない期間の3回、5人目の死刑執行であり,裁判員制度の下で死刑が確定し,執行された2例目となるものである。
死刑制度の存廃について意見が分かれており、また,裁判員への負担が問題になっているにもかかわらず,国会においてほとんど議論されないまま,死刑の執行のみが行われ続けている。
2 国際社会において,死刑制度は,徐々に廃止へと向かっており,現在では国連加盟国の約3分の2が死刑を廃止又は停止をしている。そして,国連人権関連機関からは,日本を含む死刑存置国に対し,幾度となく死刑廃止に向けた行動を取ることを勧告され続けている。
このような中,日本弁護士連合会は,再審無罪となった事件(免田・財田川・松山・島田)や袴田事件再審決定に代表される誤判・冤罪の現実的危険性を踏まえ,また,いかなる者であろうとも変わり得ることを前提に社会内包摂を目指すべきことを主な理由として,本年,「死刑制度の廃止を含む刑罰制度全体の改革を求める宣言」を採択し,日本において国連犯罪防止刑事司法会議が開催される2020年までに死刑制度の廃止を目指すべきこと,また,代替刑として,刑の言渡し時に「仮釈放の可能性がない終身刑制度」,あるいは,現行の無期刑が仮釈放の開始時期を10年としている要件を加重し,仮釈放の開始期間を20年,25年等に延ばす「重無期刑制度」の導入の検討等を政府に求めたばかりである。
3 当会は,政府に対して,今回の死刑執行について強く抗議の意志を表明するとともに,早急に,死刑制度の廃止へ向けた検討がなされ,それに基づいた施策が実施されるまでの間,一切の死刑執行を停止することを強く要請するものである。
2016年(平成28年)11月11日
福岡県弁護士会会長 原 田 直 子
2016年9月19日
安保法制採択から1年を迎え、 改めて安保法制の運用・適用に反対し、廃止を求める会長声明
2015年(平成27年)9月19日に平和安全法制整備法および国際平和支援法(以下併せて「安保法制」といいます。)が強行採決されてから1年が経過しました。
安保法制が容認した集団的自衛権の行使や後方支援の拡大および武器使用基準の緩和等は、自衛隊が海外で武力行為に至る危険性が高いものであり、日本国憲法前文及び第9条に定める恒久平和主義に反するものです。また、閣議決定による憲法解釈の変更、これに基づく法律の制定は、実質的に憲法を改変するものとして立憲主義に反します。
ところが、稲田防衛大臣は、南スーダンに国連平和維持活動(PKO)の部隊として派遣されている自衛隊の交替部隊として11月に派遣される部隊について、駆けつけ警護や宿営地の共同防護の訓練を始めることを表明しました。その後の報道によれば、現にこのような訓練が開始されています。自衛隊に駆けつけ警護の任務が付与され、武器使用権限が与えられれば、自衛隊員が現地住民を殺傷し、あるいは自衛隊員が殺傷されるという危険な事態に至るおそれが極めて高くなることは明白です。
政府は、このような危険をはらむ安保法制を適用・運用すべきではなく、同法は国会において即刻廃止されるべきです。
当会は、憲法違反の安保法制に基づく運用が始まることに対して強く反対するとともに、安保法制の廃止を求めて、引き続き市民とともに取り組む決意を改めて表明するものです。
2016年(平成28年)9月19日
福岡県弁護士会
会 長 原 田 直 子
2016年7月22日
生活保護受給者が受け取る震災義援金に対して収入認定についての適正な取扱いを求める会長声明
2016年(平成28年)4月に発生した熊本大分地震に関し,熊本県に集まった義援金について,すでに第1次配分,第2次配分が行われている。
一方,被災した生活保護受給者(以下,たんに「受給者」という。)の中には,義援金を受け取った場合にそれが「収入」とみなされ,生活保護費の減額,停止または廃止がなされるのではないかという懸念を抱くケースが出てくることが想定される。実際、東日本大震災の際には、そのような取扱が見られ問題とされたことがあった。
しかしながら,義援金は,必ずしも生活保護法上の「収入」として当然に収入認定されるものではない。すなわち,厚生労働省は,地方自治体の保護担当係長に対し,平成28年4月27日付事務連絡において,「被災者の事情を考慮し,適切な保護の実施に当たるよう,特段の配慮」を求めるべく通達している。ここでいう「適切な保護の実施」とは,「東日本大震災による被災者の生活保護の取扱いについて(その3)」(平成23年5月2日付社援保発0502第2号)でも明記されているとおり,「当該被保護世帯の自立更生のために当てられる額」については収入認定しないこととし,当該自立更生計画の策定については,「被災者の被災状況や意向を十分に配慮し,一律・機械的な取扱いとならないようする」して,費目・金額を積み上げずに包括的に一定額を自立更生に充てられるものとして計上するなど,柔軟な取扱いを行うこととされている。そして,厚生労働省も本年5月の国会答弁において,収入認定除外のために生活保護利用者が提出する「自立更生計画」について,「義援金については詳細な記述を求めていない」と回答している。
こうした国の方針に鑑みれば,今後,熊本県や各自治体においても,自立更生計画の策定や報告の時期,さらには疎明資料について,柔軟な運用を行うことが求められるというべきであり,厚生労働省も,国会において,「被災自治体が義援金の取り扱いを適切に運用するよう丁寧に周知したい」と答弁したとおり,当該周知を徹底すべきである。当会は,熊本県の隣県の弁護士会として,福岡県内に避難してきている方々の無料面談相談を実施し,熊本県弁護士会のバックアップとして無料電話相談を実施している。その相談内容は、住宅、労働、借金と多岐にわたり、被災者の方々の生活再建が容易でないことを示している。被災した受給者が安心して義援金を受け取り,生活の再建に活かすことができるよう,国に対して事務連絡の内容を改めて周知徹底するよう求めるとともに,関係各自治体に対し,職員への周知はもちろん,被災した受給者に対して義援金を硬直的に収入認定の対象にすることがないよう,柔軟な運用を行うことを求めるものである。
以上
2016年(平成28年)7月22日
福岡県弁護士会 会長 原田 直子
2016年6月10日
放送規制問題に関する会長声明
「報道の独立性は重大な脅威に直面している。」これが、国連人権理事会に指名され、2016年4月に、「意見及び表現の自由」の公式調査を実施した特別報告者の日本の現状に対する評価である。
2016年2月8日、衆議院予算委員会で、高市早苗総務大臣は、野党議員が「憲法9条改正に反対する内容を相当の時間にわたって放送した場合、電波停止になる可能性があるのか」と質問したのに対し、「行政指導しても全く改善されず公共の電波を使って繰り返される場合、それに対して何の反応もしないと約束するわけにはいかない」と述べ、放送局が政治的な公平性を欠く放送を繰り返したと判断した場合、放送法4条違反を理由に、電波法76条に基づいて電波停止を命ずる可能性に言及した。
このような発言は、誤った法解釈に基づき、放送・報道機関の表現の自由を牽制し萎縮させるものであり、我が国の民主主義を根幹から揺るがしかねないものである。
国の主権者である国民が、自ら思考し、議論を重ね、政治的な意思決定をするにあたって、情報の自由な流通が確保されていることが重要であることは論を俟たない。それゆえ、憲法21条は、国民の「知る権利」を保障するとともに国民の表現の自由の実質的保障に必要不可欠である「報道の自由」を保障しているのである。
これを受けて、放送法第1条2号は、「放送の不偏不党、真実及び自律を保障することによって、放送による表現の自由を確保すること」を放送法の目的として規定した。
表現の自由は、一度侵害されれば民主制の過程で回復することが困難である。報道の自由との関係では、仮に政府から特定の立場に偏った報道を強いられると、国民は多様な見解に触れる機会を失うとともに、偏った報道を強いた政府を批判し制御するための情報源を失うことになる。主権者として政府を制御する側の国民が、情報を統制されることによって、立場が逆転することは、過去の歴史からも明らかである。
このように、憲法及び放送法全体の趣旨に照らせば、行政機関が主体となって、放送の内容を吟味・検討することは許されない。時の政府が、放送内容の「政治的公平性」を判断し、電波法76条などの罰則規定を用いて放送事業者を威嚇することで、放送事業者が萎縮してしまっては、国民の「知る権利」は形骸化してしまう。放送法4条が、放送事業者が自律するにあたって依るべきところの倫理規範であることは明らかである。総務大臣および現内閣は放送法4条を規制規範であると解釈しているが、それは、放送法はもちろん、憲法の理念にも反する。
このような誤った解釈を前提に、放送事業者に対し、電波法76条に基づき電波停止を命ずる可能性について言及することは、放送事業者だけでなく、情報を発信するあらゆるメディアに対して、報道の自由を萎縮させる事態に繋がりかねない。
国連人権理事会の特別報告者は、総務大臣の発言を、「メディアを制限する脅迫として合理的に認められる。」と評する。この評価は、政府の本当の関心が報道の内容やトーンにあるとの分析によるものである。2014年11月20日、自民党が、「選挙時の報道の公平性、中立性、正当性を保障するための要求」という手紙を放送ネットワークに送付した事実、また、アベノミクスに対する報道ステーションの報道内容を批判し、「公正で中立なプログラム」を要求する手紙を送付し、この中で放送法4条1項4号の基準を十分に考慮していないと述べている事実がこの分析を裏付ける。その上で、特別報告者は、放送法4条の廃止、そして、政府自らをメディア規制活動の外に置くことを勧告している。
以上のとおりであって、総務大臣発言は、憲法・放送法の趣旨に反し、かつ、国際基準に照らしても、メディアの独立性の重大な脅威となるものである。
よって、当弁護士会は、報道の自由を萎縮させ、国民の知る権利を侵害し立憲民主主義を損なう総務大臣の発言に強く抗議し撤回を求めるとともに、政府に対し報道・表現の自由への干渉・介入となり得るような行政指導や発言を行わないよう求める。
2016年(平成28年)6月10日
福岡県弁護士会
会長 原 田 直 子
2016年5月13日
朝鮮学校に対する補助金停止に反対する会長声明
1 自由民主党は、2016年2月7日、「北朝鮮による弾道ミサイル発射に対する緊急党声明」を出し、「朝鮮学校へ補助金を支出している地方公共団体に対し、公益性の有無を厳しく指摘し、全面停止を強く指導・助言すること。」を求めた。
同年3月29日、文部科学大臣は、「北朝鮮と密接な関係を有する団体である朝鮮総聯が」朝鮮学校の「教育内容、人事及び財政に影響を及ぼしている」と指摘し、朝鮮学校68校に対し補助金を支出している28都道府県に対し、朝鮮学校のみを対象として、補助金の適正かつ透明性のある執行の確保を求める通知を発出した。
文部科学大臣の本件通知は、形式的には、朝鮮学校に通う子どもたちに配慮する姿勢を示しながら、実質的には、外交問題と補助金交付を関連づけることにより、各地方自治体における補助金の停止を促すものであり、朝鮮学校に通う子どもたちの教育を受ける権利を侵害するものであると言わざるを得ない。
2014年8月29日に公表された国連人種差別撤廃委員会の最終見解においても、日本国内で地方自治体による朝鮮学校に対する補助金の割当の継続的縮小あるいは停止が行われている現況について、日本政府が地方自治体に対し、朝鮮学校に対する補助金提供の再開あるいは維持を要請することを奨励しているところであり、本件通知は、これにも背馳するものである。
2 言うまでもなく、朝鮮学校に通う子どもたちにも、人として、自己の人格を完成、実現するために必要な学習をする固有の権利である学習権(憲法第13条、第26条1項)は勿論、児童の権利に関する条約第30条、国際人権規約A規約(「経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約(A規約)」)第13条、人種差別撤廃条約(「あらゆる形態の人種差別の撤廃に関する条約」)などにより日本社会において民族教育を受ける権利が保障されている。
地方自治体による補助金は、公立私立を問わず、学校に通う全ての子どもにかかる経済的負担の軽減を図ると同時に、子どもたちの学習権及び民族教育を受ける権利を実現するために重要な役割を果たしている。とりわけ、朝鮮学校は、第2次世界大戦後、日本での定住を余儀なくされた在日朝鮮人が、朝鮮民族の言葉や文化を後世に承継させるために設立され運営された私立学校であり、かかる歴史的経緯を踏まえ、長年にわたって補助金が交付されてきた事実を軽視してはならない。
しかるに、朝鮮民主主義人民共和国に対する日本政府の外交政策と、朝鮮学校で学ぶ子どもの教育を受ける権利を結びつけ、補助金を削減・停止すれば、朝鮮学校に通う子どもたちだけが他の学校に通う子どもたちに比べて不利益な取扱いを受けることとなり、教育を受ける権利にかかわる法の下の平等(憲法第14条)に反するおそれが高いだけでなく、朝鮮学校に通う子どもたちの学習権を侵害することになることは明らかである。
3 福岡県には、学校法人福岡朝鮮学園が運営する4つの朝鮮学校が存在するが、小川洋福岡県知事は、本年4月12日の記者会見において、朝鮮学校に対する補助金支出につき、「補助金交付要綱に基づき、適正な執行に努めていきます。」と述べ、従前どおり支出を継続することを明らかにした。茨城県や名古屋市などが、朝鮮学校に対する補助金の減額や停止を検討するなか、福岡県知事の表明は、朝鮮学校に通う子どもたちの教育を受ける権利を擁護するものとして高く評価されるものである。
4 当会は、朝鮮学校に通う子どもたちが、日本社会における全ての子どもたちと同様に等しく教育を受ける権利を享受することができるよう、文部科学省に対して、本件通知の撤回を求めるとともに、福岡県以外の地方自治体に対しては、朝鮮学校に対する補助金の支出について、補助金交付の目的を踏まえ、上記憲法及び人権条約の趣旨に合致した運用を行うよう強く求めるものである。
2016年(平成28年)5月13日
福岡県弁護士会 会長 原 田 直 子
2016年5月12日
ハンセン病「特別法廷」最高裁判所調査報告に関する会長声明
ハンセン病患者が当事者の裁判がハンセン病療養所等の「特別法廷」で行われてきた問題について、全国ハンセン病療養所入所者協議会等が最高裁に検証を求めていたところ、最高裁事務総局は、本年4月25日、有識者委員会意見とともに、検証結果(以下「調査報告書」という。)を公表した。
調査報告書によれば、ハンセン病を理由とした裁判所外の開廷場所の指定を求める上申が昭和23年から同47年まで96件あり、その内95件を認可し(1件は撤回)、不指定事例はないこと、遅くとも昭和35年以降は、他の疾患と区別すべき状況でなかったのに、定形的にハンセン病療養所等を開廷場所に指定していた運用は、不合理な差別的取扱いと強く疑われ、裁判所法69条2項に違反するもので、ハンセン病患者に対する偏見、差別の助長につながり、ハンセン病患者の人格と尊厳を傷つけたとして、深く反省し、お詫びの意を表明した。
最高裁が自ら差別的な違法行為を行ったことを認めて謝罪の意を表明し、今後、人権に対する鋭敏な意識を持って、二度と同じ過ちを繰り返さないことを表明したことは、評価できる。
他方、有識者委員会意見では、「特別法廷」は、ハンセン病患者への合理性を欠く差別として憲法14条に違反し、「激しい隔離・差別の場」であって、最高裁が指摘する掲示等をもってしても、一般の人々に実質的に公開されたというには無理があることから、憲法37条、82条の公開原則に違反する疑いが拭いきれないとし、1960年(昭和35年)以前についてもハンセン病患者への反省と謝罪があってしかるべきと指摘した。
有識者委員会がハンセン病患者に対する差別・偏見の問題をより深く考察し、「特別法廷」の違憲性を認め、最高裁の責任を追及したことは、まさに正鵠を射ている。
また、有識者委員会は、最後に、弁護士を含む法曹界・法学界の人権感覚と責任を厳しく問うた。
1952年に熊本県で起きた殺人事件で無実を訴えていたハンセン病療養所入所者の被告人が「特別法廷」で差別と偏見に基づく裁判を受け、死刑判決が下され、死刑執行された「菊池事件」について、当会は、2013年5月8日、「『菊池事件』について検察官による再審請求を求める会長声明」を公表し、最高裁の上記調査中、2016年2月13日、シンポジウム「ハンセン病『特別法廷』と司法の責任」を開催した。
しかし、それまでの間、当会は「特別法廷」問題について何らの取組みもしてこなかったのは事実であり、有識者委員会意見は重く受け止めなければならない。
当会は、基本的人権の擁護を使命とする弁護士会として、「特別法廷」の違憲性・差別の問題について、長きにわたり調査・検証を怠ってきた責任を深く自覚して痛切に反省し、ハンセン病患者・元患者、その家族の方々などに、心より謝罪の意を表する。
今後とも、当会は、真摯な自己検証とともに、ハンセン病患者・元患者、その家族の方々などの被害回復に努力し、ハンセン病問題の全面解決に向けた活動に全力を尽くす所存である。
2016(平成28)年5月12日
福岡県弁護士会会長 原 田 直 子