福岡県弁護士会 宣言・決議・声明・計画

声明

2020年6月12日

緊急声明~修習資金の貸与を受けた元司法修習生に対する貸与金返還の一律猶予を求める~

1 新型コロナウイルス感染症の全国的な流行、さらに本年4月の緊急事態宣言の発令といった未曾有の事態により、市民生活には甚大な影響が生じている。営業自粛や顧客減少による資金繰りの悪化、賃金カットや解雇、契約のキャンセル、借金返済不能、家庭内でのDV等、深刻な問題が噴出しており、司法に対する法的なニーズは高まっている。しかし、その一方で、この間、全国の裁判所では特に緊急性を要する一部の事件を除いて裁判期日が取り消されたほか、弁護士会の法律相談はじめ法テラス、行政機関等主催の法律相談もほぼ全て中止される等、紛争解決機能に重大な停滞が生じた。
 こうした事態の中で、当会では、新型コロナウイルス問題対応として市民・労働者や事業者に対する各種無料電話相談を行ってきているほか、緊急事態宣言期間中は面談相談から無料の電話相談に切り替えて市民からの相談に対応するなど、司法アクセスを止めないための対応に努めてきた。各弁護士も、市民からの相談・依頼に対応するためにそれぞれに工夫を凝らしてきた。こうした活動に、弁護士になって数年の若手の多くが、積極的な役割を果たしている。
2 このような状況の中で、若手弁護士のうち、司法修習生に対する修習資金(以下「貸与金」という。)の貸与を受けた弁護士については、本年度分の貸与金の返金期限が7月25日に迫っている(平成29年最高裁判所規則第4号による改正前の司法修習生の修習資金の貸与等に関する規則第7条、修習資金貸与要綱第16条第1項)。
 しかしながら、新型コロナウイルスによる社会生活、経済活動への影響は未曾有の世界的規模のものであり、収入減少等の影響は弁護士にも深刻に及んでいる。特に、弁護士業務を開始して数年ほどしか経過していない若手弁護士への影響は大きく、本年度の貸与金の返済資金を準備することが難しくなるという事態に直面している者もいる。
 因みに、貸与金の返還については、平成29年法律第23号による改正前の裁判所法第67条の2第3項において、一定の場合には最高裁判所が返還期限を猶予することができる旨が定められており、新型コロナウイルス感染防止対策に伴う収入減は「災害、傷病その他やむを得ない理由により返還することが困難となった場合」にあたると解される。また、貸与金の返還期限の猶予を求める場合の申請期限は、原則として当年の5月31日までとされており、提出期限経過後の申請も可能とはいえ、返還期限後に猶予申請が承認された場合には返還期限の翌日から猶予申請が承認される日までの間について延滞金(年14.5%)が発生する(最高裁判所HP)。緊急事態宣言の発令が4月7日であったことや、これによる社会生活、経済活動への影響がその後日を追って現実化、拡大・深刻化してきている状況に鑑みれば、申請のための期限は極めて短く、期限内の対応は困難というべきである。そもそも今回の新型コロナウイルス問題がもたらしつつある社会経済的な極めて深刻なダメージを考えれば、かかる個別的な申請にかからしめる返還猶予の対応では全く不十分と言わざるを得ない。
3 司法は、三権の一翼として、法の支配を実現し国民の権利を護るべき役目があり、その司法の担い手としての公共的使命を負う法曹を、高度な技術と倫理感を備えるべく養成することは、本来的に国の責務である。従って、司法修習生が修習専念義務(兼職禁止)の下でも経済的な不安なく修習に専念できるような修習制度、すなわち給費または給付金の支給により、国から修習中の生活の保障を受けたうえでの修習こそあるべき姿である。そのような見地から戦後60余年にわたり維持されてきた給費制が、2011年(平成23年)に廃止され、2017年(平成29年)に修習給付金制度として部分復活されるまでの間の司法修習生(司法修習第新65期から第70期)、合計約1万1000人(全法曹の約4分の1に相当し、いわゆる「谷間世代」と呼ばれる)は、給費も修習給付金も支給されず無給を強いられ、その多くが貸与金に頼らざるを得なかったものであり、その余の世代に比して、特に不公平・不平等な状況下におかれ、貸与金返済問題や経済的窮状が若手法曹としての使命感に基づくチャレンジへの足かせにもなっている。社会の期待に応え、司法の使命、法曹としての使命を遺憾なく発揮できる態勢を維持するためには、谷間世代の不公平・不平等の是正こそが肝要であることはいうまでもない。
当会は、谷間世代が被っている不公平・不平等の是正を求め、2018年1月に会長声明を発出するとともに、是正施策の一環として、日本弁護士連合会が実施中の谷間世代弁護士に対する一律の給付金(20万円)制度に加えて、当会独自策として、5年間の分割で総額上限30万円の給付金を支給する制度を本年度から実施している。しかしながら、法曹の養成は国の責務であることに鑑み、今後とも、国に対して、一律給付などによる谷間世代の不公平・不平等の抜本的是正策の実現を求めていくものである
4 新型コロナウイルスによる国民生活への影響は、当面の間、相当程度深刻に持続することが予想されるところ、社会的弱者に対する法的サービスを担う弁護士の活動がますます重要になると考えられる。また、直接接触を避け、オンラインでの対応が必要となるなど、弁護士の活動も新たな形で行っていく必要が出てくることも疑いない。このような状況では、進取の精神に富んだ若手弁護士こそがその中心的担い手となるはずである。しかしながら、新型コロナウイルス感染防止対策に伴う収入減の中での貸与金の返済という負担は、若手弁護士の志に基づくチャレンジへの更なる足かせとなりかねないものである。法曹養成の責務を負う国としては、さしあたり、本年度の貸与金の返還の一律猶予(また、これに応じて各年度の返還期限を順次1年ずつ繰り下げること)を緊急不可欠な施策として実施すべきである。
5 よって、当会は、最高裁判所に対し、貸与金の返還義務者に対する本年度の返還を一律猶予(前同)するよう求める。

2020年(令和2年)6月12日

福岡県弁護士会

会長 多川一成

2020年5月15日

刑事収容施設における一般面会の制限に関する会長声明

 令和2年4月7日,日本政府により,新型コロナウイルス感染症を対象とする新型インフルエンザ等対策特別措置法に基づき,福岡県を含む7都府県を対象とする緊急事態宣言が発令された。
 これに先立つ同月6日,法務省は,矯正施設の長等に対して「新型インフルエンザ等緊急事態宣言が発出された場合における矯正施設の運営について(通知)」を発出し,緊急事態宣言の対象区域に所在する刑事施設において,弁護人等及び領事以外の者については面会を原則として実施しないこととした。
 政府は,その後同月16日に,緊急事態宣言の対象区域を全国に拡大するとともに,従前からの対象区域に6道府県を加えた13都道府県を特定警戒都道府県と位置づけた。
 これを受けて法務省は,同月17日,矯正施設の長等に対して,新たに「新型インフルエンザ等の緊急事態宣言下における矯正施設等の運営について(通知)」を発出し,同月6日付の通知の効力を停止したうえで,特定警戒都道府県に所在する刑事施設では,引き続き弁護人等及び領事以外の者については面会を原則として実施しないこととした。
 これらの通知を受けて,福岡拘置所を初めとする対象となる刑事施設では,同月8日以降,一般面会の受付業務自体を行っていなかった。その後,同年5月14日の緊急事態宣言の対象区域変更により同宣言が解除された福岡拘置所等の一般面会は再開されたものの,解除されなかった都道府県の刑事施設における上記通達に基づく運用は依然として継続されるものと思われる。また,再び感染状況が悪化して緊急事態宣言の対象区域が拡がれば,福岡拘置所等でも上記運用が再開される可能性が高い。
 刑事収容施設及び被収容者等の処遇に関する法律(以下「刑事収容施設法」という。)は,被収容者の権利義務の範囲並びにこれを制限することのできる根拠及び限界を定めることを眼目の一つとして,監獄法を改めて制定された法律であり,未決拘禁者の面会権を保障したうえで,規律秩序を維持するための措置等について詳細な規定を設けている。そして,刑事収容施設法では,感染症の拡大防止を目的として未決拘禁者の面会権を制限することを許容する規定を設けていないのであり,一般面会を原則として実施しないとの上記通達及びこれに基づく運用は刑事収容施設法に違反している。
 これに対して法務省は,国有財産法に基づく庁舎管理権としての運用であり,違法ではないとするようである。
 しかし,そもそも国有財産法は,「他の法律に特別の定めのある場合を除」いて国有財産の管理等に関して定めた法律であって(同法1条),刑事収容施設法に面会制限に関する特別の定めがある以上,これに反する形で庁舎管理権を行使することは法律上許されない。
 実質的に考えても,未決拘禁者の面会権は,未決拘禁者が外部との交通を維持するうえで必要不可欠なものであり,憲法上の表現の自由とも関わる重要な権利であること(林眞琴ほか『逐条解説刑事収容施設法(第3版)』〔有斐閣,2017年〕540頁)や,既にみた刑事収容施設法の立法趣旨に鑑みると,未決拘禁者の面会権を制限する措置については刑事収容施設法に根拠規定が必要であり,国有財産法のような一般的,抽象的な法令の規定がこれに代わり得るものとは考え難い。
 したがって,国有財産法の規定は,上記通達及びこれに基づく運用の法律上の根拠とならないから,上記通達及びこれに基づく運用は,現行法の下では違法と言わざるを得ない。感染症の拡大防止を目的として未決拘禁者の面会権を制限しようとするのであれば,立法措置が必要である。
 国は,刑事収容施設における感染症の拡大を防止して被収容者の生命,身体を保護する責務を有するだけでなく,未決拘禁者の面会権の重要性に鑑み,これを保障する責務をも有する。したがって,立法に当たっては,一般面会を制限する措置を発動するための要件や執り得る措置の内容について専門科学的な見地から吟味されるべきことはもちろん,直接の面会を制限せざるを得ない場合に備え,電話やインターネットを利用した面会等の代替措置を整備することが検討されなければならない(なお,一般面会は,未決拘禁者以外の被収容者にとっても重要なものであるから,拘禁の本質に反しない限り,できる限り尊重されるべきであり,併せて検討されるべきである。)。
 そこで,当会は,国に対し,新型コロナウイルス感染症の拡大を防止するとともに刑事収容施設における被収容者の面会権を保障するための措置として,早急に次のことを行うよう求める。
1 刑事収容施設における一般面会を制限する措置を発動するための要件や執り得る措置の内容について専門科学的な見地から吟味して立法すること
2 刑事収容施設における電話やインターネットを利用した面会等の代替措置を含む法制度及び体制を整備すること

2020年(令和2年)5月14日

福岡県弁護士会

会長 多川一成

2020年4月24日

検察庁法の改正の一部に反対する会長声明

 2020年(令和2年)3月13日、内閣は、国家公務員法等の一部を改正する法律案を国会に提出した。同法案第4条は検察庁法の一部を次のとおり改正するものである。
①検察官の定年を現行の63歳から65歳へ段階的に引き上げる。
②内閣又は法務大臣が「職務の遂行上の特別の事情を勘案して」、「公務の運営に著しい支障が生ずると認められる事由として」内閣等が定める事由があると認める場合には65歳の定年後も最長3年間、勤務を延長させることができる(以下、「定年後勤務延長制」という。)。
③63歳以降は、原則として高検検事長、地検検事正等の一定の高位の官職にとどまれなくなる(以下、「役職定年制」という。)。
④役職定年制の特例措置として、前記②と同様の要件がある場合には、63歳以降もこれらの官職を継続できる。
そもそも検察官は刑事手続において起訴権限を独占し(刑事訴訟法247条)、捜査においても警察官等に対し指示・指揮をなし得る(同法193条)等、強大な権限を有することにより、行政官でありつつ実質的に刑事司法の一翼を担っている。検察官がこうした権限を独立して公平公正に行使することが極めて重要であることは、1947年(昭和22年)の検察庁法制定時、1949年(昭和24年)の国公法制定時、1981年(昭和56年)の国公法改正時等の政府答弁や条文改正等を通じて、確認されてきたところでもある。
殊に、検察官が政治的独立性を保つことができなければ、特定の政治勢力の意向に影響された権限行使がなされる結果、適正な捜査がなされなかったり、起訴不起訴の判断が左右されたりすることにより、行政権による司法権の侵害と、憲法の基本原理たる三権分立の侵害を来す危険もある。
上記定年後勤務延長制及び役職定年制の特例措置の規定は、当該規定自体が抽象的であること、及びその要件の定立及び充足性の判断を、内閣からの一定の独立性を有する人事院ですらなく内閣等に委ねていることから、内閣等の裁量的判断を基礎とするため、恣意的に運用されるおそれがある。それ自体が検察官に求められる強い政治的独立性に反し許されない。
仮に、定年後勤務延長制が導入されることになれば、検事総長から副検事に至るまでの全検察官について、65歳の定年後も勤務を継続するために、時の政治権力者やそれに連なる者の意向を慮る恐れが生じ得る。その場合に具体的対象となる事犯は、例えば、政治家の収賄事犯から、交通事犯まで様々なものがあり得る。
また、役職定年制の特例措置規定についても、検事長、検事正等の役職者が63歳以降にその役職を継続するためにはやはり同様の懸念があるが、殊にこういった検察組織の上位にある者が時の政治権力者等の意向を慮るときには、直接の権限行使にとどまらず、配下の検察官への指揮監督にあたっても政治的影響が及ぶことになるから、政治的独立性を損ねた不公正な捜査や訴追がより組織的になされる恐れがあると言わざるを得ない。
よって、当会は、国公法等改正案中の検察庁法の改正案のうち、定年後勤務延長制及び役職定年制の特例措置の導入に、断固として反対する。


2020年(令和2年)4月24日
福岡県弁護士会 会長 多 川 一 成

2020年4月21日

新型コロナウイルス感染症拡大を受けての刑事収容施設の被収容者に関する会長声明

 新型コロナウイルス感染症は世界各地に広がり,我が国においても感染が拡大している。政府は,本年4月7日,緊急事態宣言を公示し,福岡県を含む7都府県が対象となった。同月16日以降,同宣言の対象は全国に及んでいる。
 新型コロナウイルス感染症対策専門家会議は,集団感染リスクの高い場所として,いわゆる「3つの密」(密閉空間,密集場所,密接場面)が重なった場を挙げている。刑事収容施設は,まさにこの「3つの密」が重なる場所である。既に,渋谷警察署の留置施設において集団感染が発生し,一部の拘置所においても感染例があり,判明していないだけで無症状の感染者が存在する可能性もある。現在の収容状況を前提とする限り,いずれは刑事収容施設内で大規模な集団感染が発生するおそれが高いと言わざるを得ない。既に,中国やアメリカでは刑事収容施設内で大規模な集団感染が発生しており,暴動や脱獄といった事態に至っている例もある。
 一方,これまでの我が国の医療体制は,医療関係者の不断の努力によって安心・安全が維持されてきた。しかし,新型コロナウイルス感染症の拡大による影響は,医療関係者の努力を凌駕しており,既に医療崩壊の兆しが見受けられる。物的資源の不足や医療関係者の負担は甚だしく,早晩,限界を超えることも想定しておかなければならない。
 このような状況のもとで刑事収容施設内の大規模な集団感染が発生したなら,被収容者に適切な医療が施されることは期待できず,場合によっては被収容者が命を落とすことになりかねない。このような危険は,勾留や自由刑の執行について法が想定していない不利益である。それにもかかわらず,なおも平時と同様に勾留や自由刑の執行を継続することは,被収容者を蔑ろにするものであって,到底許されるものではない。勾留や自由刑の執行は,適正な裁判や刑罰権を実現しようとするものではあるが,被収容者の生命や健康なくしてその目的を達することはできない。
 のみならず,刑事収容施設内の大規模な集団感染は,逼迫する医療体制に更なる負担をかけることになりかねず,また,職員等を介して施設外の感染リスクをも増大させ,全ての国民が様々な犠牲のもとに取り組んでいる新型コロナウイルス感染症の収束を阻害する要因にもなる。
 したがって,刑事収容施設内の大規模な集団感染を防止するための実効的かつ根本的な対策を早急に講じる必要がある。
 政府は,4月13日,刑事収容施設を含む矯正施設は「3つの密」が重なる状況が生じやすく,「職員又は被収容者にひとたび感染者が発生すると急速に感染が拡大する蓋然性が高」いことを自覚したうえで,「専門家会議の下に,副大臣主宰の矯正施設感染防止タスクフォースを設置し,専門家会議等の専門的な知見を活用しながら,矯正施設の特性を踏まえた新型コロナウイルス感染症対策に係るガイドラインの策定等を行うこと」とする方針を定めた(法務省新型コロナウイルス感染症対策基本的対処方針)。
 今後,上記タスクフォースでも検討されるであろうが,既に述べた諸問題を考慮するなら,刑事収容施設内の大規模な集団感染を防止する実効的かつ根本的な対策としては,被収容者を一定数釈放してその総数を減じ,「3つの密」の状況が生じないようにするほかないように思われる。報道によれば,アメリカのカリフォルニア州当局は,暴力犯以外の受刑者約3500人を早期に釈放すると発表しており,他の州や国でも同様の動きが見受けられるところである。我が国の報道をみても,出入国在留管理庁は,退去強制のため収容中の外国人を仮放免する制度を柔軟に活用している様子が見受けられる(なお,福岡拘置所においては,代替措置もなく一般面会を一律禁止する措置を執っているが,刑事収容施設及び被収容者等の処遇に関する法律には感染防止を目的とした一般面会の制限は規定されておらず,上記運用は同法に違反している。)。
 そこで,当会は,国並びに全ての裁判所及び裁判官に対し,新型コロナウイルス感染症の拡大を防止するための緊急かつ特別の措置として,早急に次のことを行うよう求める。
(国に対し)
1 被収容者について勾留又は刑の執行を一定期間停止して釈放する法制度を整備すること
2 前項の被収容者の基準等を策定すること
(全ての裁判所及び裁判官に対し)
1 国による法整備等を待たずに,逮捕・勾留の必要性を平時よりも厳格に判断するなどして,事案によっては,逮捕状の請求及び勾留請求を却下し,勾留を取り消し,勾留の執行を停止し,又は保釈許可の決定をすること
2 前項と同様の観点から,勾留に関する準抗告,抗告及び特別抗告を判断すること


2020年(令和2年)4月20日

福岡県弁護士会

会長 多川一成

2020年3月27日

検察官の定年後に勤務を延長する旨の閣議決定の撤回を求める会長声明

 2020年(令和2年)1月31日、内閣は、2月7日限りで検察庁法22条が定める定年(63歳)を迎え、退官する予定だった黒川弘務東京高等検察庁検事長(以下、「黒川氏」という。)について、国家公務員の定年後もその勤務を延長させ得ると定める国家公務員法(以下、「国公法」という。)81条の3を適用して、勤務を6か月延長すると閣議決定した(以下、「1.31閣議決定」といい、同条の適用による定年後の勤務延長を「定年後勤務延長」という)。
 これは従来の政府解釈(検察官には国公法の定年制の規定は適用されないという1981年(昭和56年)の国会答弁)に反するが、2020年(令和2年)2月13日以降、内閣は、国公法81条の3が検察官にも適用され、定年後勤務延長が可能であると解釈することとしたという説明を始めた。
 しかし、一般職の国家公務員の定年退職について定める国公法81条の2第1項は、「法律に別段の定めのある場合を除き」と規定している。検察官も一般職の国家公務員ではあるが、その定年については検察庁法22条が定めている。従って、検察官の場合、検察庁法22条が国公法81条の2第1項の「別段の定め」にあたるので、国公法81条の2第1項ではなく、検察庁法22条が適用されるのである。
そして、一般職の国家公務員の定年延長を認める国公法81条の3は「前条第1項の規定により退職すべきこととなる場合において」との限定を付している。
つまり、同条によって認められる定年後勤務延長は、「国公法81条の2第1項の規定により退職すべきこととなる場合」に限定されているから、同条項によることなく検察庁法22条によって定年退官する検察官については、国公法81条の3の適用による定年後勤務延長はないと解釈すべきことになる。
条文の文言を素直に解釈する限り、国公法81条の3を検察官に適用してその定年後勤務延長をすることはできない。別途、検察庁法に検察官の定年後勤務延長を可能とする規定がない以上、検察官の定年後勤務延長は不可能であると解釈するのが道理である。
 検察官の定年制が、定年後勤務延長規定の適用がない等、他の一般職と異なるものとされた立法趣旨は、検察官の職務と責任に特殊性があることによる。この点は、国公法が制定された際の同法附則13条、及び、同法制定に併せて検察庁法改正により追加された同法32条の2により、検察庁法22条は検察官の職務と責任の特殊性に基づく国公法の特例であることが、条文上、明確にされ、それら条文が現在も不変であることからも明白である。
 検察官の職務と責任の特殊性とは、刑事訴訟において公訴提起の権限を独占し(刑事訴訟法247条)、捜査においても、警察官等に対し指示・指揮をなし得る(同法193条)等、強大な権限を有することによって、行政官でありつつ実質的に刑事司法の一翼を担うことを指す。
 そのような権限を検察官が行使するに際しては、不偏不党を旨とすべきである。つまり、特定の党派にくみすることなく、公平・中立の立場を保つべきである。これが損なわれ、検察官の権限が政治的に利用されれば、行政権が司法権の公平な作用を害し、三権分立を損なうともに、司法に対する国民の信頼を確保し得なくなる。従って、検察官の人事権は検察庁法の規定上は内閣又は法務大臣にあるが、その行使に際しては政治的影響を介入させぬよう、極めて慎重な配慮がなされなければならない。
よって、検察庁法の立法趣旨からも、同法が検察官の定年後勤務延長を認める規定を置いていないのは、政治的思惑が介入しかねない定年後勤務延長を許さない趣旨であると解すべきである。
 以上のとおり、検察庁法上、検察官の定年後勤務延長は認められない。検察官に国公法81条の3を適用し、定年後勤務延長を可能とすることは、解釈の限界を超え、違法である。しかも、法律による行政(法治主義)に反し、検察官の不偏不党を害しかねないものであって、その影響は深刻である。
 よって、当会は、違法な法解釈に基づく1.31閣議決定に断固として抗議しその撤回を求めるものである。

2020年(令和2年)3月27日

福岡県弁護士会

会長 山口雅司

2020年3月 6日

福岡市が街頭監視カメラを設置しないよう求める声明

福岡市は、2020年(令和2年)度一般会計予算案に2522万円を計上し、天神・大名地区と博多駅筑紫口地区の街頭を監視カメラ約20台で監視しようとしている。
上記監視カメラの設置目的は、風俗営業法や福岡県迷惑行為防止条例、福岡市「人に優しく安全で快適なまち福岡を作る条例」では処罰対象となっていない飲食店等への客引き行為を抑止するためとされている。
 しかしながら、録画される対象のほとんどは罪もない多数の市民であり、肖像権(憲法13条)侵害が著しいため、当然に許されるものではない。法律で認められた警察の捜査活動でさえ具体的な犯罪の嫌疑を条件として許され、その場合でも、基本的人権を制約する場合には法令の根拠を必要とし(強制処分法定主義)、令状がなければ原則として行えないというのが憲法や刑事訴訟法の考え方である。
 警察自身による監視カメラの設置でさえ、京都府学連事件判決(最判昭44.12.24)、山谷監視カメラ判決(東京高判昭63.4.1)などによれば、①犯罪の現在性または犯罪発生の相当高度の蓋然性、②証拠保全の必要性・緊急性、③手段の相当性がある場合を除いて、警察が自ら公道に監視カメラを設置することは認められないとされている。また、西成監視カメラ判決(大阪地判平6.4.27)では、「特段の事情がない限り、犯罪予防目的での録画は許されないというべきである。」として、犯罪予防目的での監視カメラの設置を明示的に禁止している。
 そもそも福岡市には、警察のような捜査権限はなく、犯罪捜査目的の活動は許されない。福岡市は犯罪に該当しない行為を監視対象としているが、「モラル・マナー」の保護という犯罪捜査より軽度の利益を優先して、罪もない市民を無差別に撮影し、市民の肖像権や行動の自由を制限することは決して許されるものではない。
福岡市は、データを外部に提供し、人工知能(AI)を活用した映像解析技術による客引き対策の実証実験も行おうとしている。しかし、AIを手段とする監視が著しい人権侵害を招きかねないことは、当会が2014年(平成26年)5月27日に「法律によらず顔認証装置を使用しないよう求める声明」で指摘したところである。「モラル・マナー」違反の行為に対して、自治体がAIを使用した監視実験を行うことは著しいプライバシー権侵害である。
 基本的人権を制限する場合、法律・条例の制定過程を通じた慎重な議論が不可欠であり、そのような過程を経ることなく、予算措置だけで監視カメラを設置し、AIによる監視実験を開始することは、安心という価値に著しく偏った、罪のない膨大な市民に対する人権侵害である。
 当会は2007年(平成19年)以降、反対の意見を述べているにもかかわらず、なんら法律が制定されないまま街頭監視カメラが増設されていることに対し強く遺憾の意を表するとともに、少なくとも適切な法律・条例が制定されるまでの間は、監視カメラの設置・運用を中止するよう強く求める。

2020年(令和2年)3月 6日

福岡県弁護士会会長 山 口 雅 司

2019年12月26日

死刑執行に抗議する会長声明

本日,福岡拘置所において1名の死刑確定者に対して死刑が執行された。
我が国での死刑執行は,今世紀に入ってからも,2011年を除いて毎年行われており,2001年以降これまで合計91人もの死刑確定者が,国家刑罰権の発動としての死刑執行により生命を奪われていることになる。


当会は,最近では,今年8月2日の死刑執行に対し,抗議する声明を発表し,すべての死刑の執行を停止することを強く要請した。それにもかかわらず,今回の死刑が執行されたことは,まことに遺憾であり,当会は,今回の死刑執行に対し,強く抗議するものである。


たしかに,突然に不条理な犯罪の被害にあい,大切な人を奪われた状況において,被害者の遺族が厳罰を望むことはごく自然な心情である。しかも,わが国においては,犯罪被害者及び被害者遺族に対する精神的・経済的・社会的支援がまだまだ不十分であり,十分な支援を行うことは社会全体の責務である。


しかし,そもそも,死刑は,生命を剥奪するという重大かつ深刻な人権侵害行為であること,誤判・えん罪により死刑を執行した場合には取り返しがつかないことなど様々な問題を内包している。


人権意識の国際的高まりとともに,世界で死刑を廃止または停止する国はこの数十年の間に飛躍的に増加し,法律上及び事実上の死刑廃止国は,2018年12月31日現在世界の7割を超えた。同年8月2日にはローマ・カトリック教会が,今後死刑制度に全面的に反対する方針を明らかにし,同年12月17日には,国連総会本会議において,史上最多の支持(121か国)を得て死刑廃止を視野に入れた死刑執行の停止を求める決議案が可決された。また,死刑制度を残し,現実に死刑を執行している国は,過去10年で18~25か国にすぎず(2018年度は20か国),死刑廃止は世界的な潮流という状況にある。


当会は,本件死刑執行について強く抗議の意思を表明するとともに,死刑制度についての全社会的議論を求め,この議論が尽くされるまでの間,すべての死刑の執行を停止することを強く要請するものである。


2019年(令和元年)12月26日
福岡県弁護士会会長  山 口 雅 司

2019年12月18日

中村哲医師を追悼する会長声明

長年にわたり,アフガニスタンやパキスタンで人道支援活動に従事された中村哲医師が今月4日,現地で護衛者らとともに銃撃を受け,逝去されました。
中村医師は,戦争で荒廃したアフガニスタンやパキスタンにおいて,多くの現地住民,難民の医療救援活動に従事されたばかりか,病気の根本的解決を図るには農業振興が不可欠であるとの考えのもと,農業用水確保のために,土木工学を独学され,日本の伝統工法を取り入れて,井戸の掘削事業や,大規模なかんがい・水利事業に,自ら現地で重機を操り従事されました。まさに,日本の技術を現地で活かすことで,多くの命を救われたのです。
中村医師は,2008年及び2015年に,当会主催の憲法市民集会で講演をして下さいました。その際,こうした活動の紹介とともに,日本が憲法9条を持ち,問題解決に武力を使わないという信頼があったからこそ,日本人である自分が,紛争地である現地で,命の危険にさらされることなく活動できたのだと語って下さいました。
70歳を超えてなお,現地活動の継続・発展,そして継承に意欲を燃やされていたというご本人の無念さを思うとき,当会にとっても痛恨の極みであり,謹んで哀悼の意を表します。
また,突然の銃撃・殺害という卑劣な暴挙に対して,断固として抗議するものです。
中村医師が体現し続けられたのは,人々が欠乏に苦しむことなく生活できる社会を実現するという理念の具体化でした。まさに,欠乏からの自由が平和的生存権を実現するという,日本国憲法前文と9条の価値・理念を自らの行動で体現されたのです。それはまた,日本がもつ技術・知識を提供することで他国からの信頼を得るという,真の意味での国際貢献の実践活動でもありました。さらに,そうした活動の地道な継続によって,武力に頼ることなく,自国の防衛とともに国際社会の平和を実現するという,恒久平和主義の理念を具体化する実践活動であったというべきです。
当会は,活動場所や方法は違っても,中村医師の功績・理念を心にとどめ,それを生かし,実現するための活動に,今後とも全力を挙げて取り組んでいく所存です。


2019年(令和元年)12月18日
福岡県弁護士会
会長 山 口 雅 司

2019年11月18日

クレジット過剰与信規制の緩和に反対する会長声明

現在,経済産業省産業構造審議会商務流通情報分科会割賦販売小委員会において,割賦販売法の過剰与信規制について,以下の規制緩和が検討されている(経済産業省産業構造審議会商務流通情報分科会割賦販売小委員会,令和元年5月29日付け「中間整理~テクノロジー社会における割賦販売法制のあり方~」)。
① クレジットカード会社独自の技術やデータを活用した与信審査を行っている場合には,これを従来の支払可能見込額調査(割賦販売法第30条の2第1項)に代えることができ,さらにその場合には,指定信用情報機関への照会(指定信用情報機関の信用情報の使用)(同法第30条の2第3項)を⼀律の義務としては課さないこととする。
② 少額・低リスクのサービス(極度額10万円以下のものが想定されている)で指定信用情報機関の信用情報を使用せずとも与信できる場合には,指定信用情報機関への基礎特定信用情報の登録義務(同法35条の3の56)を課さないこととする。

 しかしそもそも,2008年の割賦販売法改正において,クレジット会社に指定信用情報機関への信用情報の照会義務,基礎特定信用情報の登録義務及び支払可能見込額調査義務が課されたのは,従前,過剰与信の防止をクレジット会社の努力義務(同法38条)に留めていたため,クレジットの過剰与信を含む多重債務被害が広がったことから,クレジット業界全体に対して,過剰与信を法的に規制するということが背景にあった。

 しかるに,上記①は,与信判断を各クレジットカード会社の独自の審査基準に委ねようとするものであり,クレジット業界全体として統⼀的な基準により過剰与信を防止しようとした前記2008年改正の趣旨を没却することになりかねない。仮に,独自の基準による与信審査をすることを認めるのであれば,その与信審査基準が現行の支払可能見込額調査に代替し得るだけの客観的かつ合理的なものであることが担保されなければならないが,この点への手当は明確ではない。
 また,指定信用情報機関の信用情報の使用義務を免除することになると,既に他社からの与信等で多重債務状態に陥っている者にもクレジットカードの利用が認められうることになり,過剰与信防止の観点から問題が大きいと言わざるを得ない。

 次に,上記②について,少額・低リスクのサービス(極度額10万円以下のものが想定されている)に関して指定信用情報機関への基礎特定信用情報の登録義務を課さないということになると,クレジット業界全体のクレジット債務額を集約して相互に利用することによって過剰与信を防止するという指定信用情報機関の役割が大きく損なわれる。言うまでもなく,一つ一つは少額であっても,多数のクレジットカード会社を利用すれば,返済不能状態に陥ることはありうるのであって,少額だからといって基礎特定信用情報の登録義務を課さないとすることには,過剰与信防止の観点から問題がある。また,多種多様なキャッシュレス決済手段が普及していくことが予想される中,少額の決済手段は,これまでクレジットカードを利用してこなかった層にとっても,比較的抵抗感なく利用できるものと受け取られる可能性が高い。特に,民法の成年年齢の引下げに伴い,クレジットカードを初めて手にするような若年者層にとっては,少額のものは心理的に利用しやすいものとして捉えられる可能性が高く,適正な与信審査がなされなければ,再び多数の多重債務者を生み出すことになりかねない。

 よって,①クレジットカード会社独自の技術やデータを活用した与信審査を行う場合に,これを従来の支払可能見込額調査(割賦販売法第30条の2第1項)に代えることを認めて,指定信用情報機関への照会(指定信用情報機関の信用情報の使用)を義務としないことには反対であり,仮にクレジットカード会社独自の審査を認めるのであれば,少なくとも,事前の措置として,当該与信審査方法の合理性を審査する手続を設けることと,事後的措置として,貸倒率又は延滞率等の客観的検証手続を設けることの両方の措置を講ずるべきである。また,②少額・低リスクのサービス(極度額10万円以下のものが想定されている)で指定信用情報機関の信用情報を使用せずとも与信できる場合であっても,指定信用情報機関への基礎特定信用情報の登録義務は維持すべきである。


2019年(令和元年)11月14日
福岡県弁護士会
会長 山 口 雅 司

2019年8月 9日

再審制度の制度趣旨を没却する最高裁判所の大崎事件第三次再審請求棄却決定に対し抗議する会長声明

最高裁判所第一小法廷は,2019年(令和元年)6月25日,いわゆる大崎事件第三次再審請求事件(請求人原口アヤ子氏等)の特別抗告審において,検察官の特別抗告には理由がないとしたにもかかわらず,職権により,鹿児島地方裁判所の再審開始決定及び福岡高等裁判所宮崎支部の即時抗告棄却(再審開始維持)決定を取消し,再審請求を棄却した(以下「本決定」という。)。
大崎事件は,1979年(昭和54年)10月,原口アヤ子氏が,その元夫(10人兄弟の長男),義弟(二男)との計3名で共謀して被害者(四男)を殺害し,その遺体を義弟の息子も加えた計4名で遺棄したとされる事件である。原口アヤ子氏は,逮捕時から一貫して無罪を主張し続けたが,確定審では,「共犯者」とされた元夫,義弟,義弟の息子の3名の「自白」,「自白」で述べられた犯行態様と矛盾しないとする法医学鑑定及び義弟の妻の目撃供述等を主な証拠として,原口アヤ子氏に対し,懲役10年の有罪判決が下された。
原口アヤ子氏は,受刑後,第一次再審請求において,2002年(平成14年)3月26日,再審開始決定を得たが,検察官の即時抗告により同決定が取り消され,その後再審請求棄却決定が確定した。そして第二次再審請求においても,再審の扉は閉ざされていた。
今般の第三次再審請求審においては,弁護側は,被害者の死因について事件前に発生した「転落事故による出血性ショックの可能性が高い」という法医学鑑定書を新証拠として提出した。また,義弟の妻の目撃供述についても,供述心理学の専門家による鑑定によって信用性に疑問が呈された。 そして,鹿児島地方裁判所は,2017(平成29)年6月28日,「殺人の共謀も殺害行為も死体遺棄もなかった疑いを否定できない」と結論づけて,本件について2度目となる再審開始決定をした。これに対して検察官抗告がなされたが,2018年(平成30年)3月12日,福岡高等裁判所宮崎支部も再審開始の結論を維持し,検察官の即時抗告を棄却して,再審開始を認めた。
ところが,本決定は,検察官の特別抗告には刑訴法433条の理由がないとしたにもかかわらず,特別抗告を棄却せずに,原々決定及び原決定に同法435条6号の解釈適用を誤った違法があり,「取り消さなければ著しく正義に反する」と述べてこれらを取消し,同法434条,426条2項によって自判し,再審請求を棄却するという過去に前例のない,異例の決定を行った。
そもそも,再審制度は,えん罪の被害者を救済するための制度であり,この点を踏まえて,最高裁も,1975年(昭和50年)5月20日最高裁第1小法廷決定(いわゆる白鳥決定)及びそれに続く1976年(昭和51年)10月12日最高裁第1小法廷決定(いわゆる財田川決定)において,「疑わしきは被告人の利益に」という刑事司法の大原則が再審請求審においても適用されることを明らかにし,以後,この原則を踏襲してきた。とりわけ,大崎事件においては,第一次から第三次の再審請求を通じて3回の再審開始決定が出され,地裁及び高裁において,少なくともそれぞれの合議体の過半数の裁判官が確定判決に疑問を呈したのであるから,原口アヤ子氏を有罪とした確定判決に合理的な疑いが生じている可能性が高まっていた。
しかし,本決定は,事実調べを行なった原々決定及び確定審の事実認定を詳細に分析した原決定に対し,書面審理のみで結論を覆し,再審の扉を再び閉ざしてしまった。しかも,検察官が特別抗告の理由として制度上主張できない事由について,刑訴法411条1号を準用して職権で判断して再審決定を取り消したものであり,このような最高裁の判断は,再審制度の制度趣旨を没却するものであり,これこそが「著しく正義に反する」ものといわざるを得ない。
また,白鳥決定では,刑訴法435条6号の新証拠の明白性の判断手法について,新証拠と他の全証拠を「総合的に評価して...確定判決における事実認定につき合理的な疑いを生ぜしめれば足りる」とされ,財田川決定においても,「確定判決が認定した犯罪事実の不存在が確実であるとの心証を得ることを必要とするものではなく,確定判決における事実認定の正当性についての疑いが合理的な理由に基づくものであることを必要とし,かつ,これをもつて足りると解すべき」とされてきた。
しかし,本決定においては,新証拠として提出された法医学鑑定に対し,「科学的推論に基づく一つの仮説的見解を示すものとして尊重すべきである」と一定の評価を与えつつも,新たな法医学鑑定それ自体に確実な裏付け,確実な根拠,遺体から現れたすべての事象に対する合理的説明を要求し,それらを満たさないことを理由に証明力を低く評価し「決定的な証明力は有しない」と断じた。その一方で,共犯者とされた親族らの「自白」及び目撃供述については,その知的能力や供述の変遷等に関して問題があることを認めながらも,その信用性は「相応に強固だ」と評価し,新証拠によって「合理的な疑い」は生じないとした。このような判断は,明白性の判断基準のハードルを著しく引き上げるものであり,再審制度の制度趣旨に反するのみならず,「疑わしきは被告人の利益に」という刑事司法制度全体の基本理念をも揺るがしかねない危険な判断である。
当会は,このような再審制度の制度趣旨を没却し,刑事司法制度の基本理念をも揺るがしかねない本決定に強く抗議するとともに,当会としても,このような不当な判断が二度と繰り返されないためにも,再審開始決定に対する検察官の不服申立の禁止をはじめとする,えん罪被害救済に向けた再審法改正の早急な実現に尽力する決意を表明する。
                

2019年(令和元年)8月8日
福岡県弁護士会
会長 山 口 雅 司

前の10件 1  2  3  4  5  6  7  8  9  10  11

カテゴリー

Backnumber

最近のエントリー