福岡県弁護士会 宣言・決議・声明・計画
声明
2021年7月 8日
早期に民法を改正し、選択的夫婦別姓制を導入するよう求める会長声明
2021年6月23日、最高裁判所大法廷(大谷直人裁判長)は、夫婦同姓(夫婦同氏)を強制する民法750条と戸籍法74条1号について、憲法24条に違反するものではないと判断しました。
夫婦同姓を定めた民法規定については、2015年12月16日に「合憲」とする最高裁判決が存在します。今回の大法廷決定は、2015年の判決以降の社会や国民の意識の変化等を認めながらも、同判決を引用したのみで実質的な検討は行わず、夫婦同姓を強制し別姓夫婦に法律婚の効果を認めないことがなぜ許されるのかという本質的な問いには答えませんでした。多数決原理で是正されにくい少数者の権利侵害状況を救済するのがまさに司法の役割であり、最高裁判所がその任務を果たさなかったことは、極めて不当です。
しかしながら、2015年の最高裁判決では、5人の裁判官が、夫婦同姓の強制は憲法24条違反であるとの意見を述べています。今回の大法廷決定でも、4人の裁判官が網羅的な検討を行い、夫婦同姓の強制は憲法24条違反であると述べ、国会が長期間に亘りこの問題を放置してきたことを厳しく批判しています。さらに、いずれの多数意見も、制度の在り方は国会で論ぜられ判断されるべきと、立法府の取組みを促しています。
もとより氏名は重要な人格権であり(1988年2月16日・最高裁判所判決参照)、改姓は、望んで行う場合は別として、アイデンティティの喪失に加え、個人の識別を阻害し、結果として、変更前の氏名に紐付けられていた当該個人に対する信用や評価が損なわれる等の重大な不利益をもたらします。現行法下では、婚姻によって当事者の一方がこの不利益を被り不平等な状況が生じさせられます。現時点でも婚姻時に改姓する大多数は女性である実情は変わらず、性別による不平等が存在しています。
選択的夫婦別姓制は、1996年に法制審議会によって答申されているにもかかわらず、四半世紀を経ても未だ成立していません。
当会は、これまで、夫婦同姓の強制(民法750条)が憲法第13条、第14条及び第24条に反するものであることを繰り返し指摘し、是正を求めてきました(2010年4月22日会長声明、2015年5月27日総会決議、2015年12月17日会長声明)。
国際的に見ても、民法制定当時(1947年)と異なり、夫婦同姓を強制する法制度を残すのは日本の他にありません。国連女性差別撤廃委員会からは、女性に対する差別を助長する制度として、2003年から2016年までに3度に亘り是正勧告がなされました。これに対し、政府は法改正をする方針であると説明してきましたが、現在までの間、国会に改正法案を提出するには至っていません。
もはや先延ばしは許されません。当会は、あらゆる形態の家族が尊重され、性別による不平等が解消されることを目指して、改めて、民法750条を改正し、望む人だけが改姓し望まない改姓が強制されない選択的夫婦別姓制を導入する立法を速やかに行うよう、強く求めます。
2021年(令和3年)7月7日
福岡県弁護士会 会長 伊 藤 巧 示
2021年5月 6日
マイナンバーカードの義務化とデジタル関連法案に反対する会長声明
1 はじめに
本年3月,マイナンバーカードと健康保険証の一体化の試験運用が開始され,今秋にも本格運用が開始されようとしている。さらに,特別定額給付金の支給が迅速に行われなかったことの改善などを目的として,マイナンバーカードの積極的な活用を一つの柱とするデジタル関連法案が国会に提出され,すでに衆議院で一部修正の上承認され,参議院で審議されている。これらには,以下に述べる問題点がある。
2 マイナンバーカードの義務化について
(1) 権利が義務になる問題点
健康保険証の一体化に加え,マイナンバーカードと運転免許証の一体化も,2024年度を目標として進められている。健康保険証については,現行のものを廃止することにより,政府は2022年度末にはほぼ全国民がカードを取得することを目標にしている。医療サービスを受けようとする者の全員が持たざるを得ないのなら,利便性を求めるものの権利ではなく,事実上の義務化に逆転すると言うほかない。
当会は,マイナンバー制度に対して,病気や障がいなどのセンシティブな情報の収集・蓄積と名寄せの手段となり,プライバシー権を侵害するとして反対してきた(2013年(平成25年)5月10日「共通番号法」制定に反対する声明等)。マイナンバーカードが任意の制度とされている趣旨は,プライバシー権を重視する市民に「カードを持たない自由」を保障するというプライバシー保護が根幹にある。事実上の義務化は,このプライバシー保護の根幹を犯すものとして許されない。
また,入力ミスにより,本人の患者情報が確認できない不具合のほか,他人の患者情報がひも付けされるなどの重大な問題事象が生じたため,本年3月の本格運用がいったん延期されている。本格運用がなされれば,同意を前提として患者の投薬状況等について照会が可能となるが,内容が誤っている場合,他の患者のプライバシーを侵害するばかりでなく,誤認により本人の適切な治療が妨げられる恐れすらある。ヒューマンエラーを前提とすると,利便性があるとは到底考えられず,生命健康の利益を上回るはずがない。
これに対し,健康保険証との一体化のメリットとして資格過誤の防止が挙げられているが,係る資格過誤の割合はわずかに0.27%にすぎない。しかも,現行の健康保険証が併用されること,なりすまし防止のためには目視でもよいことからすると,患者の指紋を逐一チェックするに等しい顔認証チェックは過剰なプライバシー侵害として,いわゆる比例原則に反している。
さらに,法律で厳重な管理を要するとされるマイナンバーが記載されたカードを,日常生活で頻繁に利用され,携帯されることも多い健康保険証と一体化することは,制度的に矛盾しており,紛失や漏洩の機会が飛躍的に増大する。
(2) 顔認証チェックの既成事実化について
また,マイナンバーカードのICチップには顔画像データが登載されているところ,医療機関の窓口では,カードリーダーによってこの顔画像データから顔認証データ(目・耳・鼻などの位置関係等の特徴点を瞬時に数値化したもの)を生成し,顔認証チェックによる本人確認を行うことになる。
しかしながら,顔認証データは,指紋の1000倍の本人確認の精度があるため,我が国でもこれを用いた本人確認が実用化されているが,その収集・利用が強制である場合,必要性・相当性が欠ければ違法なプライバシー侵害となりうる。
この点,当会は,2014年(平成26年)5月27日に,警察が法律によらず顔認証装置を使用しないよう求める声明を発した。罪もない市民の行動を監視することが容易になり,プライバシー侵害ばかりでなく,市民の表現の自由を萎縮させる危険が大きいからである。
EU(欧州連合)では,GDPR(一般データ保護規則)9条1項で顔認証データの原則収集禁止を掲げ,空港やコンサート会場での顔認証システムの使用に際しても,同意していない客の顔認証データを取得しないようにしなければならない。
我が国でも,顔認証チェックによる本人確認について,民間における顔認証データの利用場面においても,利用できる条件等についてのルールを法律で作成しないまま運用されるべきではない。
3 デジタル関連法案について
また,すでに衆議院を通過し,参議院で審議中のデジタル関連法案は,当会が一貫して反対しているマイナンバーの利用拡張を内容とする預貯金口座の管理法案を含んでおり問題がある。
この点,デジタル関連法案には行政機関が保有する個人情報を,省庁の垣根を越えて共同でクラウド管理する(ガバメントクラウド)ことが含まれている。そのため,行政機関が保有する個人情報は,今後市民が知らない間にさらに自由に利用される懸念がある。現状でも,国が保有する個人情報について,匿名加工をして民間での利活用を図るとして,すでに国を被告とする訴訟の原告団情報が対象とされているとも言われている。
しかし,国が取得した情報は,国が自由に処分してよいわけではない。医師や弁護士が取得した情報は,守秘義務で守られ,勝手に処分されないルールにより,市民はプライバシー侵害を恐れずにサービスを受けることができるのである。
形式的には,ガバメントクラウドの対象となるのは,行政機関個人情報保護法の解釈で適合したと行政機関自身が判断したものとされるが,個人情報保護法適合性とは別の枠組みとして,プライバシー権侵害の必要性・相当性の観点から,不法行為が成立する可能性があることに配慮しておらず,適当ではない。国に対する市民の裁判を受ける憲法上の権利(憲法17条,32条)の保障に抵触する可能性すら考えられるのであり,到底許されない行為である。
現状の行政機関個人情報保護法においては,「相当の理由」さえあれば個人情報を本人の同意なく目的外利用できる条項が定められており,これを市民がチェックする機会もなくクラウドでさらに利用範囲を拡大することは危険を伴う。このようにプライバシー侵害を防ぎ得ず,拡大しかねないデジタル関連法案について,その危険性を十分に市民が理解していないまま成立させることには重大な問題がある。
そもそも,デジタル関連法案は,多くの法案と条文の変更を含んでいるにもかかわらず,全体像の主権者へのわかりやすい開示はなされておらず,リスクが周知されているとは到底言いがたい。当会としても,判明した問題点の1部を指摘できただけであり,全体像とその問題点には未だ解明できていない部分も残されている。
4 結論
よって,マイナンバーカード保有の事実上の義務化のみならず,法律による限定のないままの顔認証チェックを既成事実化することは,重大なプライバシー侵害と監視社会状況を招く懸念があり,許されない。
また,デジタル関連法案は,拙速な審議で可決されるべきではなく,参議院において否決され,廃案とされたうえ,十分な周知と主権者が同意・不同意を検討する時間が付与されるべきである。
2021年(令和3年)5月6日
福岡県弁護士会会長 伊 藤 巧 示
2021年4月28日
札幌地裁判決を受けて、改めてすべての人にとって平等な婚姻制度の実現を求める会長声明
1 2021(令和3)年3月17日、札幌地方裁判所で、同性間の婚姻ができない現在の婚姻に関する民法及び戸籍法の諸規定(以下「本件諸規定」という。)は憲法14条1項に反し、違憲である旨の判決が言い渡された。
2 同判決において、札幌地裁は、まず、同性愛者であっても異性とは婚姻できるから区別取り扱いにはあたらないとする国の主張を退けて、同性愛者のカップルは自分の性的指向に沿った相手と婚姻することができず、婚姻によって生じる法的効果を享受することができない点で、異性愛者との区別取扱いがあるということを認めた。
そして、性的指向は、性別や人種と同様に自らの意思に関わらず決定される個人の性質であり、このような人の意思によって選択・変更できない事柄に基づく区別取扱いが合理的根拠を有するかの検討については、真にやむを得ない区別取扱いであるかの観点から慎重になされなければならないとした。
その上で、婚姻によって生じる法的効果を享受することは重要な法的利益であるところ、異性愛者と同性愛者との差異は性的指向が異なるのみであり、かつ、性的指向は人の意思で選択・変更できるものでないことから、そのような法的利益は同性愛者も異性愛者も等しく享受し得るものと解するのが相当であり、本件諸規定は、同性愛者と異性愛者について区別取扱いをするものであると認定した。そして、立法府は同性婚について否定的な意見や価値観を持つ国民が少なからずいることを斟酌することはできるとしたが、同性愛者が圧倒的多数の異性愛者の理解又は許容がなければ重要な法的利益である婚姻によって生じる法的効果を享受できないとするのは自らの意思で同性愛を選択したのではない同性愛者の保護にあまりにも欠けるところ、性的指向による区別取り扱いを解消することを要請する国民意識が高まっており、今後も高まり続けるであろうことや、外国においても同様の状況にあることからすれば、立法府の裁量権を行使するにあたっては限定的に斟酌されるべきとし、結論として、本件諸規定が、同性愛者に対しては、婚姻によって生じる法的効果の一部ですらもこれを享受する法的手段を提供しないとしていることは、立法府の裁量権の範囲を超えたものであり、合理的根拠を欠く差別取扱いに当たり、憲法14条1項に違反すると認めた。
3 本件諸規定が同性間の婚姻を認めないことにより、結婚を望む同性カップルはきわめて広範な分野に及ぶ法律上、事実上の不利益を被ってきた。本判決は、憲法第13条及び第24条1項違反を認めなかった点では不十分であるが、これまで長きにわたり同性カップルが被ってきた不利益を、憲法14条1項に違反する差別であると断じた点で画期的なものである。
さらに、マイノリティであるがゆえに立法の過程で実現することが困難な権利が問題となる本件につき、違憲判断を行い、人権の最後の砦としての司法の役割を正しく果たした点で、高く評価すべきものである。
4 当会は、2019(平成31)年5月29日の定期総会において、本件諸規定が同性間の婚姻を認めないことは人権侵害であり、かつ、差別であるから、政府及び国会に対して同性間の婚姻制度を整備するよう求める「すべての人にとって平等な婚姻制度の実現を求める決議」を採択した。
本判決は同決議とその方向性を一にするものであり、当会が求める同性間の婚姻制度の実現に向けて重要な意味を持つものとして歓迎する。
5 当会が「すべての人にとって平等な婚姻制度の実現を求める決議」を採択してから既に2年近くが経過し、その間、パートナーシップ制度の拡大など、社会の理解は大きく進んだと言えるが、未だに同性間の婚姻制度は整備されておらず、政府・国会において、少なくとも公式には同性間の婚姻制度の整備に向けた議論の着手すらなされていない。
その間、同性カップルに対する差別は継続し、放置されてきた。
そこで、当会は、本判決により本件諸規定が憲法違反であると認定されたことを受けて、政府及び国会に対し、本判決を真摯に受け止め、同性間の婚姻制度を直ちに整備することを改めて求める。
2021年(令和3年)4月28日
福岡県弁護士会 会長 伊 藤 巧 示
2021年2月17日
東京オリンピック・パラリンピック大会組織委員会会長の女性差別発言に抗議し,すべての個人が尊重される社会の実現を目指す会長声明
1 2021(令和3)年2月3日,公益財団法人東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会(以下「組織委員会」という。)会長である森喜朗氏は,報道陣に公開されたオンラインの公益財団法人日本オリンピック委員会の臨時評議員会において,「女性理事を4割というのは,文科省がうるさく言うんです。」「女性がたくさん入っている理事会は時間がかかる。」「女性は競争意識が強い。」「数で増やす場合は時間も規制しないとなかなか終わらないと困る。」「私どもの組織委にも女性は何人いますか?(中略)みんなわきまえておられる。」などと発言した(以下「森氏発言」という。)。
かかる森氏発言は,「女性」を一括りにした上で,女性の人数が増えることを問題視し,また女性の発言時間を規制すべきというもので,女性を意思決定から排除したいとの偏見および差別意識を表明したものといえる。
2 この点,日本国憲法は個人を尊重し(第13条),性別による差別を禁じ(第14条),国際人権規約(自由権規約第3条,第26条等)でも,性別による差別を禁じ,男女に同等の権利を確保することを求めている。
そして,組織委員会が拠り所とするオリンピック憲章においても,オリンピズムの根本原則第6項で,「このオリンピック憲章の定める権利および自由は人種,肌の色,性別,性的指向,言語,宗教,政治的またはその他の意見,国あるいは社会的な出身,財産,出自やその他の身分などによる,いかなる種類の差別もうけることなく,確実に享受されなければならない。」と規定し,性別による差別を禁止している。
また,日本国内では,男女共同参画社会の実現に向け,2003(平成15)年に内閣府男女共同参画局が「社会のあらゆる分野において,2020年までに,指導的地位に女性が占める割合が30%程度になるよう期待する」という目標を決定し,関係機関への働きかけ・連携が行われてきた。
国連が2030年までに達成をめざす「持続可能な開発目標(SDGs)」(2015年9月の国連サミットで採択)でも,目標5として「ジェンダー平等」が掲げられている。
以上のように,意思決定手続に多様な意見を反映させ,十分な議論を経て結論を得るために女性を含め多様な人々が積極的に関与すべきことは,国際社会における普遍的な価値というべきである。
森氏発言は,日本国憲法や国際人権規約の理念に反し,国際社会における普遍的な価値にも反するものであり,個人の尊重に基づく社会の在り方自体を否定するものである。
3 世界経済フォーラム(WEF)が毎年発表しているジェンダー・ギャップ指数(各国における男女格差を測る指標。経済活動や政治への参画度,教育水準,出生率や健康寿命などから算出。)の2020年版で,日本は153か国中121位である。日本社会が男女共同参画社会にはほど遠い現状である中,森氏発言は,差別の解消に努力しないという誤ったメッセージを世界に発信するものにほかならず,国際社会の中での日本の信用を損なわせるものである。
4 さらに,森氏発言とその後の謝罪会見,森氏発言を事実上黙認していたと取られかねない組織委員会の対応については,国内のみならず海外メディアや市民からの批判,多くのボランティアの辞退,スポンサー企業の抗議などの世論の強い反発があった。これを受けて森氏は会長辞任を表明するに至ったが,その経過を見れば,森氏のみならず組織委員会自体において問題の理解が不十分であるとの疑いを持たざるを得ない。
森氏発言や組織委員会の対応は,単に偶発的なものではなく,日本社会にいまだ性別による差別が根強く蔓延していることの表れである。組織委員会は,森氏の辞任によってこの問題の幕引きをすることなく,ジェンダー平等,男女共同参画及び多様性の尊重に向けた抜本的な改善策を示すべきである。
5 以上の次第で,当会は,森氏発言及び組織委員会の対応につき強く抗議するとともに,組織委員会に対し,再発防止の徹底と,ジェンダー平等、男女共同参画及び多様性の尊重のための抜本的な改善策の提示を求める。
また,国においては,ジェンダー平等,男女共同参画及び多様性の尊重の理念に反する行為を決して放置,容認せず,これらが尊重される社会を主体的に実現する姿勢を示すことを求める。
当会は,2016(平成28)年5月に「男女平等及び性の多様性の尊重を実現する宣言」を行い,2017(平成29)年3月に「福岡県弁護士会男女共同参画基本計画~誰もが活躍できる開かれた弁護士会であるために」を策定している。当会としても,あらゆる差別的発言を放置・容認せず,全力をあげて,すべての個人が尊重される社会の実現のために取り組む決意である。
2021(令和3)年2月17日
福岡県弁護士会
会長 多 川 一 成
2020年12月11日
発信者情報開示請求において請求者の住所地での裁判管轄を求める会長声明
発信者情報開示請求において請求者の住所地での裁判管轄を求める会長声明2020(令和2)年12月11日
福岡県弁護士会 会長 多川 一成
現行法上、インターネット上で匿名の発信者により名誉権等の人格権を傷つけられた被害者及びその遺族などの関係者(以下「被害者等」という。)は、被害回復のため、プロバイダ責任制限法(特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律)における発信者情報開示請求によって発信者を特定したうえで、改めて特定した相手に損害賠償請求をするなど、二段階、三段階の手続による必要がある。現行の制度には、被害者救済の上で様々な課題があり、このため、政府は、被害者等救済を促進するための法改正を検討する「発信者情報開示の在り方に関する研究会」を発足させ、同会は、「最終とりまとめ(案)」を公表し、その中で現行制度の検討のほか、非訟手続による新たな制度の方向性を示した。
ここで、同「最終とりまとめ(案)」では言及されていないものの、以下の理由から、現行制度を維持する場合でも、非訟手続を導入する場合でも、発信者情報開示のための手続において、同手続の請求を行う被害者等(以下「請求者」という。)の住所地に裁判管轄を認めるべきである。
まず、現行制度下における発信者情報開示請求仮処分申立、同訴訟において、その管轄は、原則として被告の住所地となるところ(民事訴訟法3条の2第1項)、コンテンツプロバイダ(サイト運営者)、アクセスプロバイダ(インターネット接続業者)の多くが東京都に存在することから、東京地裁においてその多くが取り扱われるに至っている。また、海外事業者の場合で国内に営業所がない場合、東京都千代田区を管轄する東京地裁が管轄権を有することから(民事訴訟規則10条の2及び民事訴訟規則6条の2)、結局、現状では、仮処分、訴訟のほとんどが東京地方裁判所に申し立てられている。
発信者情報開示仮処分・訴訟では、専門性が求められるため、請求者本人による対応は難しく、弁護士を依頼することが多いが、仮処分の場合、審尋(多くの場合2回)と供託手続のために、2、3往復分の交通費と日当の支出を余儀なくされる。請求者が地方在住者の場合、これらは、大きな負担となるため、請求を断念し泣き寝入りせざるを得ない場合も多い。
ところが、「最終とりまとめ(案)」でも、発信者情報開示制度における地方在住の請求者の負担が一切考慮されていない。また、新たな裁判手続として非訟事件手続の創設も検討されているが、その手続でも、地方在住の請求者の負担が一切考慮されていない。これは実質的には、被害者等の裁判を受ける権利の実現を困難ならしめる結果となりかねない。
従って、現行の発信者情報開示請求仮処分、同訴訟において、請求者の住所地においても裁判管轄を認めるべきであり、仮に新しい裁判手続を導入した場合でも、請求者の住所地に裁判管轄を認めるなど、被害者等の権利保護、司法アクセスの確保を徹底し、裁判を受ける権利を十分に尊重した制度設計を行うべきである。
以上
2020年12月10日
法制審議会答申(諮問第103号)に反対し,改めて少年法適用年齢引下げに反対する会長声明
1 はじめに
2020年(令和2年)10月29日,法制審議会少年法・刑事法(少年年齢・犯罪者処遇関係)部会は,少年法の適用年齢を18歳未満とすることの是非等について調査審議の結論を取りまとめ,法務大臣に答申した(以下「答申」という。)。
しかし,答申は,次のとおり,多くの問題をもつものであるから,当会は,答申に反対する。
2 答申の概要
答申は,次のような骨子に従い,罪を犯した18歳及び19歳の者に対する処分に関する法整備を行うべきであるとする。
すなわち,18歳及び19歳の者について,犯罪の嫌疑のある事件は全て家庭裁判所に送致する。しかし,いわゆる原則逆送事件の範囲を,現行のもの(故意の犯罪行為によって被害者を死亡させた事件)から「死刑又は無期若しくは短期1年以上の刑に当たる罪の事件」まで拡大する。また,公判請求された18歳及び19歳の者については,推知報道の制限をしない。
なお,これらに加え,答申は,罪を犯した18歳及び19歳の者について,現行法上認められている資格制限の排除を明言していない。
3 答申に反対する理由
⑴ 18歳及び19歳の者を現行少年法の適用対象と明示するべきである
現行少年法は,有効に機能しており,少年の検挙人員は,2003年(平成15年)以降,絶対数のみならず,人口比でも減少を続けている。この傾向は,18歳及び19歳の少年についても同様であって,2003年(平成15年)から2018年(平成30年)の検挙人員でいえば,2万9190人から7287人にまで減少している。
現行法は,少年の健全育成を理念として掲げ,少年の資質や家庭環境に対する家庭裁判所調査官の調査や少年鑑別所での心身鑑別を通じて少年の問題点を明らかにし,個別の少年の抱える問題点に対応するための保護処分によって立ち直りを図っている。その運用についても,家庭裁判所,少年鑑別所,保護観察所,付添人など,少年を取り巻く関係者の不断の努力によって適切になされている。
先に述べた少年の検挙人員の減少は,まさにこれが有効に機能していることを示しているのであって,18歳及び19歳の者を現行少年法の適用対象に含めることを明示するべきである。
⑵ 原則逆送事件の対象を拡大すべきではない
答申に従い,短期1年以上の刑にあたる罪を逆送事件とすれば,逆送される事件の種類が大幅に増える。そして,これらの事件には,強制性交等罪や強盗罪にまで含まれている。しかも,そもそも短期1年以上の刑にあたる罪は多様であり,上述した強制性交等罪や強盗罪に限っても,犯罪の内容や経緯は様々である。
そのため,それらを一律に原則逆送とすることは,個別処遇を重視する現行少年法の理念を大幅に後退させる。
また,逆送が「原則」の文字通り運用されることとなれば,「原則」との趣旨に従った形式的,簡易的な判断や調査がなされ,18歳及び19歳の者に対する処遇が形骸化するおそれもある。このような結果となれば,新たな制度がかえって再犯防止に逆効果となる可能性すらある。
答申が嫌疑のある事件をすべて家庭裁判所に送致する手続を採用しているのは,現行少年法の全件送致主義が有効に機能していることを前提としていると思われる。
したがって,原則逆送事件の対象を拡大してはならない。
⑶ 推知報道を制限すべきである
公判請求された18歳及び19歳の者であっても,家庭裁判所に移送される可能性は残されている。にもかかわらず,公判請求がなされたことを機に実名報道等がなされれば,情報がSNS等により無制限に拡散されるうえ,拡散された情報の削除は事実上不可能である。一旦犯罪報道された者が社会復帰を図ることは極めて困難であり,推知報道の制限緩和は,取り返しのつかない結果をもたらしかねない。
また,逆送事件の範囲拡大に伴い,強盗罪や強制性交等罪に関する実名報道等の増加が予想される。この種の事件は,被害者が情報の拡大を望まない場合も多くあり,そのような情報等が拡散されるおそれもある。
したがって,公判請求された18歳及び19歳の者についても,推知報 道の禁止は貫徹されなければならない。
⑷ 資格制限の排除を明言すべきである
現行少年法は,罪を犯した少年が再び社会生活を送るための環境を整えるため,数多くの法令で定められている種々の資格制限を排除している。
このような現行少年法の趣旨は,答申が,「成熟しておらず,成長発達途上にあ」ることを認める18歳及び19歳の者にも当然に妥当する。したがって,立ち直りの弊害となる資格制限を排除することを明言しないことは,現行法の趣旨に反する。
よって,18歳及び19歳の者の立ち直りの機会を奪うことになる資格制限の排除を明言すべきである。
4 最後に
当会は,2015年(平成27年)6月25日に少年法適用対象年齢を18歳未満に引き下げることに反対する会長声明を発出し,2017年(平成29年)5月24日には対象年齢を引き下げることに反対する総会決議もした。2019年(平成31年)3月11日には,法制審議会での議論状況を踏まえ,改めて少年法適用年齢引下げに反対する会長声明も発出した。
今回の答申は,18歳及び19歳の者について,現行少年法の健全育成及び公正の理念を大幅に後退させるものであり,大きな問題がある。
当会は,今回の答申に反対するとともに,あらためて少年法適用年齢引下げに反対するものである。
2020年(令和2年)12月9日
福岡県弁護士会
会長 多 川 一 成
学生支援緊急給付金に関し困窮学生への平等な給付を求める会長声明
政府は,2020年5月19日,新型コロナウイルス感染症拡大の影響で,世帯収入,アルバイト収入等が激減し,経済的困窮に陥った学生に対し,「『学びの継続』のための学生支援緊急給付金」(以下「本給付金」という。)を創設することを閣議決定した。本年9月までに3次推薦までが行われ,給付終了となったが,今後,再追加配分の実施も検討されている。
本給付金は,経済的に困窮し学業継続に困難をきたしている学生を救済し,教育を受ける権利を保障するための措置として是非とも必要なものである。
しかしながら,本給付金の制度は以下の問題を含んでおり,速やかに是正されるべきである。
第1に,外国人留学生に対してのみ「学業成績優秀者」の要件が課せられていることである。
本給付金の要件として「既存の支援制度を活用していること,又は既存の支援制度への申請を行う予定であること」が課せられているが,外国人留学生の場合はこれに代えて,「学業成績が優秀な者であること」,具体的には「前年度の成績評価係数が2.30以上であること」が要件とされている。これは成績上位25~30%程度に相当するとされる。他方で,学業成績以外の代替要件は定められていない。
「既存の支援制度」で求められる学業成績が上位2分の1程度であり,かつ学業成績がこれに該当しなくても学習計画書の提出等で支援を受けられる仕組みがあることに比して,外国人留学生に対しては支給要件が加重されている。
この点について,文部科学省は,「いずれ母国に帰る留学生が多い中,日本に将来貢献するような有為な人材に限る要件を定めた」と説明したと報道されている(2020年5月20日共同通信)。
しかし,新型コロナウイルス感染症拡大の影響により経済的困窮に陥った学生に対して「学びの継続」を支援する必要性は,外国人留学生についても異なることはなく,日本に将来貢献するかどうかなどという不明確な事由によって制限されるべきものではない。
加えて,政府は,2008年に「留学生30万人計画」を掲げて以降,外国人留学生を積極的に受け入れる政策をとっており,2019年末に「留学」の在留資格をもつ者は34万人を超えている(2020年3月27日出入国在留管理庁発表)。
このような国家の政策のもとで日本に留学してきた多くの外国人留学生が,新型コロナウイルス感染症拡大の影響によって生活に困窮しているのである。「学びの継続」を支援するという本給付金の趣旨からすれば,外国人留学生に対してのみ支給要件を加重し,学修意欲のある多くの留学生を支援から除外することに合理性は認められない。
第2に,本給付金の対象学校から朝鮮大学校が除外されていることである。
本給付金は,創設当時,国公私立大学(大学院含む)・短大・高専・日本語教育機関を含む専門学校に在学する学生のみを給付金の対象としたため,各種学校である朝鮮大学校及び外国大学日本校は,大学同様の高等教育機関であるにもかかわらず,対象外とされていた。
後から,外国大学日本校については新たに給付金の対象に含めることとされたが,朝鮮大学校は未だに対象外とされたままである。
しかし,朝鮮大学校については,1998年に京都大学が朝鮮大学校卒業生の大学院受験を認め合格したことを契機として,1999年8月,文部科学省が学校教育法施行規則を改正して大学院入学資格を拡充し,外国大学日本校とともにその卒業生に大学院入学資格を認めている(学校教育法102条1項・同施行規則155条1項8号・学校教育法施行規則の一部を改正する省令の施行等について(平成11年8月31日文高大第320号)第一の二)。また,2012年には社会福祉士及び介護福祉士法施行規則が改正され,朝鮮大学校卒業生にも受験資格が認められる(社会福祉士及び介護福祉士法7条3号・同施行規則1条の3第3項3号)。このように,他の外国大学日本校と同様に,朝鮮大学校を日本の高等教育機関として認める法制度が存在している。
朝鮮大学校の学生も他の高等教育機関に在籍する学生と同様に,新型コロナウイルス感染症拡大の影響により経済的に困窮しているという事情に変わりはない。各種学校の認可を受けていない外国大学日本校もこの制度の対象とされているのだから,朝鮮大学校のみを制度から除外することに合理的理由はない。
各種学校に属する朝鮮学校については,高校無償化制度および幼保無償化制度においても政府による除外が行われており,再三にわたって同様の除外,差別政策が繰り返されていることは,看過できないものである。
これらの外国人留学生に対する支給要件の加重や朝鮮大学校の排除は,憲法14条の平等原則,人種差別撤廃条約5条(e)(v),社会権規約2条2項,13条1項,2項(c)に違反する,合理的理由のない差別である。
よって,当会は,政府に対し,以上の差別を直ちに是正すべく,留学生や朝鮮大学校に通う困窮学生に対しても,他の学生と平等に給付する制度を設けたうえ,速やかに給付することを求める。
2020(令和2)年12月9日
福岡県弁護士会
会長 多川 一成
2020年9月17日
「送還忌避・長期収容問題の解決に向けた提言」の内容を踏まえた法改正に反対する会長声明
1 2020(令和2)年7月14日、法務大臣の私的懇談会である第7次出入国管理政策懇談会は、収容・送還に関する専門部会が同年6月19日に取りまとめた報告書をもって「送還忌避・長期収容問題の解決に向けた提言」(以下「本提言」という。)を行った。現在、出入国在留管理庁において、本提言を踏まえた出入国管理及び難民認定法(以下「入管法」という。)の改正が検討されており、今秋の臨時国会で法案が提出される予定という。
しかし当会は、本提言においてなされた
① 難民申請者の送還停止効に対する例外の創設
② 退去強制令書が発付されたものの本邦から退去しない行為に対する罰則の創設
③ 仮放免された者等による逃亡等の行為に対する罰則等の創設
を踏まえた法改正に対しては、以下の理由により、強く反対するとの立場をここに表明する。
2 かねてから指摘されているとおり、日本では、迫害を受けるおそれから祖国を逃れ、庇護を求めてくる人々のうち、これを難民として受け入れる数が極めて少なく、トルコのクルド人をはじめ、諸外国であれば難民と認められている人々であっても、日本ではその地位が認められていない。
本来難民として保護されるべき人々を多数とりこぼしている現状において、本提言が行った①「難民申請者の送還停止効に対する例外の創設」を認めることは、迫害を受ける人々を、時に命の危険すらある本国に送り返す危険すら内包する。さらに、本提言が行う②「退去強制令書が発付されたものの本邦から退去しない行為に対する罰則の創設」は、このような本来難民として保護すべき人々に対し、罰則を科して、迫害を受ける恐れのある祖国への帰国を迫るものでもある。これらの提言を法改正に反映させることは、日本が1981(昭和56)年10月3日に加入し翌年1月1日から発効した難民条約第33条第1項「ノン・ルフールマンの原則」(締約国は、難民を、いかなる方法によっても、人種、宗教、国籍もしくは特定の社会的集団の構成員であることまたは政治的意見のためにその生命または自由が脅威にさらされるおそれのある領域の国境へ追放しまたは送還してはならない)に照らし、許容することはできない。
また、低い認定率の中にあってもなお日本において難民と認められた人々の中には、退去強制令書の発付後、複数回申請を繰り返し、裁判を経てようやく難民としての地位を認められた者、または人道的配慮から在留特別許可を認められた者も存在する。本提言が行う①「難民申請者の送還停止効に対する例外の創設」や②「退去強制令書が発付されたものの本邦から退去しない行為に対する罰則の創設」は、司法の判断を仰ごうとする人々の裁判を受ける権利を侵害するおそれもあり、許容することはできない。
3 また、退去強制令書が発付され、入管施設に長期収容されている人々の中には、配偶者や実子等の家族がいるために日本を離れられない者、日本で生まれ育ったため現実的に日本以外に行き場がない者、日本での生活が長く母国との繋がりを完全に失ってしまった者など、帰るに帰れない事情を抱える人々が多く存在する。その中には、強制退去令書の取消訴訟などの司法手続き等を経て在留資格を付与された人々も少なからず存在する。本提言が行った②「退去強制令書が発付されたものの本邦から退去しない行為に対する罰則の創設」は、やはりこうした人々からも、裁判を受ける権利を奪うおそれがあり、許容できない。
4 本提言③「仮放免された者等による逃亡等の行為に対する罰則等の創設」は、罰則により仮放免中の逃亡を予防しようと試みるものであるが、現行法においても、逃亡すれば直ちに実質無期限収容をとる入管施設に再収容されるのだから、身体拘束の場所が一定期間刑事施設に移るだけであって、予防効果としての意味はないに等しい。
むしろこのような罰則の創設は、脆弱な地位にある外国人を支援する人たちや、彼/彼女たちから相談や依頼を受ける行政書士や弁護士などの活動を共犯として処罰する潜在的な危険があり、人道的活動を萎縮させるおそれがあり、許容することはできない。同様の問題は、②「退去強制令書が発付されたものの本邦から退去しない行為に対する罰則の創設」においても指摘できる。
5 本提言を行った収容・送還に関する専門部会は、2019(令和元)年10月、送還忌避者の増加や収容の長期化を防止するための方策を検討することを目的として設置されたが、その背景には、出入国管理庁(当時は出入国管理局)が2017(平成29)年頃より仮放免をほぼ認めないような運用を取り始め被収容者の収容が長期化したこと、2019(平成31・令和元)年頃からこうした運用に抗議するため多くの被収容者たちがハンガーストライキを始めたこと、その結果同年6月大村入国管理センターにおいてナイジェリア人の被収容者が餓死するという事件が発生したこと、これにより社会の耳目が一気に入管の長期収容問題に向けられたという経緯があった。長期収容の問題は、これまで各所から指摘されているとおり、収容は送還に必要な最小限でしか用いないこと、司法審査を導入すること、収容期間の上限を設けること、仮放免の運用基準を設置し公表すること等によってこそ解決される。本提言は、一人の収容者を餓死に追いやった長期収容の原因について、主に被収容者に帰せるのみであって、全件収容主義や実質無期限収容主義を採る日本の収容制度の問題から目を背けるものである。
よって、このような本提言の内容を踏まえた法改正に、当会は強く反対する。
2020年(令和2年)9月16日
福岡県弁護士会
会長 多川 一成
2020年8月28日
法律事務所への捜索等に抗議する会長声明
東京地方検察庁の検察官ら(以下「検察官ら」という。)は,2020年(令和2年)年1月29日,カルロス・ゴーン氏に対する出入国管理法違反,その他の者に対する同法違反(幇助)及び犯人隠避被疑事件について,同氏の別件被告事件の元弁護人ら(以下「元弁護人ら」という。)が所属する法律事務所(以下「本件事務所」という。)に対し,立ち入り,捜索(以下「本件捜索」という。)を行った。もっとも,結局,検察官らは,元弁護人らから押収拒絶権を行使された物について,差押えをせず,検察官らが押収したものは,弁護士らが任意に呈示していた面会簿のみだった。
この点,検察官らは,本件捜索に先立つ同月8日,元弁護人らにおいて押収拒絶権(刑事訴訟法105条)を行使することが可能な対象物(同氏に貸与していたパソコン)のみを明示した別の捜索差押許可状により,本件事務所に立ち入ろうとしたところ,元弁護人らに押収拒絶権を行使されたため,事務所内への捜索(立ち入り)自体を断念していた。
本件捜索は,その後,検察官らが裁判官から新たな捜索差押許可状(以下「本件令状」という。)の発付を受けたうえで行われた。本件令状は,法律事務所に通常保管されていると思われる,事件との関連性に疑問がある物をも含めて,網羅的・包括的に対象物としていた。
このように,本件捜索は,一度は元弁護人らに押収拒絶権を行使されたため,検察官らが事務所内への捜索を断念した後に,改めて事件との関連性に疑問がある物を含む,網羅的・包括的な物を対象とする本件令状により強行されたものである。かかる事実に照らせば,検察官らが行った本件令状の請求及び執行は,本件事務所内の捜索のみを目的としていたと解さざるを得ず,元弁護人らに対する威迫行為であり,その職務を侵害する重大な違法行為であるというべきである。
よって,当会は,検察官らのこれらの行為に強く抗議する。
さらに,裁判官は,適正手続きの要請のもと,強度の人権侵害である強制処分を行う令状を発付する権限が与えられている。ところが,一度,検察官らが対象物を明示した捜索差押令状を請求し,これを執行した際に,元弁護人らが押収拒絶権を行使したため,捜索自体を断念した経緯があるにもかかわらず,本件令状のような網羅的・包括的な令状の請求に対し,裁判官が本件令状を漫然と発付したことは,令状発付時に適切な審査を期待されている裁判官の職責を放棄し,適正さを著しく欠いた令状主義の精神を没却する違法な行為であると言わざるを得ない。よって,当会は,裁判官のかかる令状発付行為に対し,併せて強く抗議する。
刑事司法を担う検察官及び裁判官が上記のような各違法な行為に及んだことは,刑事司法の公正さ及び適正手続きに対する国民の信頼を著しく損なうものであり,厳しく批判されるべきである。
2020年(令和2年)8月28日
福岡県弁護士会
会長 多川 一成
2020年7月 3日
外国人学校の幼児教育・保育施設を幼保無償化の対象とすること等を求める会長声明
1 子ども・子育て支援法の一部を改正する法律が2019年10月1日より施行され、同日より幼児教育・保育の無償化(以下「幼保無償化制度」という。)が開始された。
しかし政府は、朝鮮学校や、ブラジル人学校、インターナショナルスクールをはじめとする、各種学校の認可を受けた外国人学校の幼児教育・保育施設(以下「外国人学校幼保施設」という。)に関しては、幼保無償化制度の対象外とした。
政府はその理由を「各種学校については、幼児教育を含む個別の教育に関する基準はなく、多種多様な教育を行っており、また、児童福祉法上、認可外保育施設にも該当しないため」と説明している(2018年12月28日関係閣僚合意)。また、「法律により幼児教育の質が制度的に担保されているとは言えないこと」も挙げている(幼児教育・保育の無償化に関する自治体向けFAQ【2020年3月5日版】)。
しかし、外国人学校幼保施設は、学校教育法第134条に基づき各種学校としての認可を受け、各都道府県知事の監督に服しながら、幼稚園に相当する幼児教育を行っており、学校教育法により、教育の質を制度的に担保されている。
しかも、現行の幼保無償化制度の対象には、幼稚園の預かり保育や、ベビーシッター等を含む認可外保育施設等、まさに多種多様な形態の施設及び事業が含まれていることからすれば、外国人学校幼保施設だけを、「多種多様な教育」を理由として同制度の対象外とすることには、なんの合理的理由も見出せない。
また、実態として、認可外保育施設に相当する保育を提供している外国人幼保施設も当然存在している。しかし現状、外国人学校幼保施設が認可外保育施設として幼保無償化制度の対象となるためには、各種学校の認可を返上し、同認可によって受けている利益を放棄せざるを得ない。外国人学校幼保施設のみが、このような法的不利益を制度適用の実質的要件とされることに合理的な理由はない。
「全ての子どもが健やかに成長するように支援する」という子ども・子育て支援法第2条2項の基本理念に照らせば、外国人学校幼保施設が制度の対象外とされることに合理的理由はなく、憲法第14条、国際人権規約の社会権規約第2条2項、自由権規約第2条1項、子どもの権利条約第2条1項及び人種差別撤廃条約第2条1項(a)、(c)、第5条(e)(ⅴ)等が禁止する差別的取り扱いに該当する。
政府は、子ども・子育て支援法を速やかに改正し、あるいはその運用を改め、外国人学校幼保施設をただちに幼保無償化制度の対象とすべきである。
2 現在、現行の幼保無償化制度の対象となっていないいわゆる幼児教育類似施設について、こうした施設についても支援を行うべきではないかという問題意識の下、政府と自治体による支援の在り方を検討するべく、「地域における小学校就学前の子供を対象とした多様な集団活動等への支援の在り方に関する調査事業」が実施されている。
しかしながら、当該調査事業においても、調査対象として外国人学校幼保施設を含めるか否かは、自治体の判断にゆだねられ、また、調査対象の要件として、自治体が支援を行っていることが原則とされた。
そのため、支援を受けられていない数多くの外国人学校幼保施設が調査対象になることができなかった。特に朝鮮学校の幼保施設については、文部科学省が2016年3月29日、各自治体に対し、補助金の「適正かつ透明性ある執行」を求める通達を発し、これに呼応して多くの自治体が朝鮮学校に対する補助金を停止ないし廃止した経緯もある。
多くの外国人学校幼保施設が当該調査事業の対象外とされた結果、調査事業後の政府と自治体による支援からも置き去りにされてしまう恐れを強く懸念する。そうすることもまた、上記の幼保無償化制度からの除外と同じく、憲法や各種国際人権条約に反することはいうまでもない。
外国人学校幼保施設は、外国にルーツを持つ子どもに対して、幼児教育や保育を提供するとともに、他施設との交流など地域の多文化共生実現にとって不可欠な役割を果たしている。上記の子ども子育て支援法の理念にも照らせば、政府や自治体による積極的な支援がなされるべきことは当然である。
政府及び各自治体においては、外国人学校幼保施設に対し、今後積極的な財政的支援をしていくことを求める。
2020年(令和2年)7月2日
福岡県弁護士会 会長 多 川 一 成