福岡県弁護士会コラム(会内広報誌「月報」より)

月報記事

必要なのは語学力ではなく、声を掛けるほんの少しの勇気である! −初めての国際会議に参加して−

国際委員会委員 奈倉 梨莉子(68期)

(1) はじめに

去る平成29年9月18日から21日、ホテルニューオータニ東京にて、LAWASIA東京大会2017大会が開催されました。

LAWASIAとは、アジア・太平洋地域の弁護士・裁判官・検事・法学者・法律専門職等が参加する団体であり、年に一度、持ち回りで各国の法律家が一堂に会する年次大会を開催しています。ローエイシアの年次大会が日本で開催されるのは、1945年の第4回大会、2003年の第18回大会に続いて3回目とのことで、私自身、LAWASIAの登録会員ではありませんが、この度日弁連及び当会の若手支援制度を利用して、本大会への参加が叶いました。本稿では、初めて「国際会議」なるものに参加した者の目線で、その魅力を少しでもお伝えできればと思います。

(2) 公式セッション

本大会では、34の公式セッション(1セッション90分)が用意されており、各セッションでは、各国の司法制度やビジネス法、国際人権問題など各国に共通する問題をテーマに、各国のスピーカー(通常4,5名)による報告、またそれに対する他のスピーカーや受講者との間の意見交換が行われました。各セッションでは、基本的に英語が使用されますが、全てのセッションに日英同時通訳がつくため、リスニングがあまり得意でないという方も心配はありません。私は、4日間を通じ、計7つのセッションを受講致しましたが、中でも最も印象的だったのは、「移民をめぐる諸問題~とくに『家族』と『子ども』に焦点を当てて」と題するセッションを受講したときのことでした。同セッションでは、ドイツ人法曹によりスリランカにおける海外への出稼ぎ女性家事労働者の問題についての報告が行われたのですが、これに対し会場にいたスリランカ政府関係者の受講者から、ドイツ人法曹が報告のベースとした報告書の公表後スリランカにおける出稼ぎ女性家事労働者の問題は大幅に改善されており、残された子らへの支援も十分に施されているという趣旨の10分以上に亘る猛烈な反論がなされたのです。どちらの言い分が正しいのかということではなく、ある国の抱える問題点を他国から観察した場合と自国の内側から見た場合にどのように違って見えるのかを知り、またリアルタイムの情報を得ることができる点も国際会議の醍醐味の一つではないかと思います。

(3) 外国人法曹との交流

LAWASIAでは、公式セッションのほか、私のように初めて国際会議に参加した若手のためのビギナーズイントロダクションや外国人法曹のためのアクティビティ(皇居ランや大相撲秋場所の観戦等)も用意されていました。また各セッションの合間には、コーヒーブレイクの時間が30分間設けられており、このコーヒーブレイクの時間こそ、国際会議ならではの体験ができるのではないかと思います。面識のない初対面の相手からの「コーヒーにミルクは使いますか」という一言から会話が始まり、「どこの出身か」、「名刺を交換しましょう」、「専門は何か」、「どのセッションが興味深かったか」とどんどん会話は広がっていきます。当然、この間の会話には通訳はつかないため、コーヒー片手に何とか自力で会話をしなければなりません。初日には、中々コーヒーブレイクの時間に馴染めなかった私も、最終日には、臆せず自分から話しかけられるほどになりました。

また3日目の夜には、ガラディナーというパーティが開かれ、約1600名の出席者が盛装して参加しました。9~10名で1テーブルを作り、ディナーを共にします。ディナーの途中には、日本人書道家による書道パフォーマンスが行われ、大いに盛り上がりました。

(4) おわりに

今回、LAWASIAに参加して、語学力もさることながら、近くにいる見ず知らずの誰かに一言自分から話しかける勇気を持つこと(馴れが重要)、そして何よりも伝えたい「何か」(参加の目的や自身の専門性など)を持つことが大切であると感じました。いつか、本大会で出会った誰かともう一度国際会議で再会できればと夢見ています。

LAWASIA東京大会2017に行ってきました!

会員 柏熊 志薫(60期)

わたくし、支援を受けられる若手弁護士の枠に辛うじて滑り込むことができ、去る9月19日~21日、LAWASIA 東京大会2017に出席する機会をいただきました。

LAWASIA(The Law Association for Asia and the Pacific)とは、1966年に設立された、アジア・太平洋地域(ESCAP)の弁護士・裁判官・検事・法学者・法律専門職等が参加している団体です。今年は14年振りに東京で開催されたということで、開会式には皇太子ご夫妻もご列席され、歴史ある国際会議であることを肌身で実感しました。

会場には、日本だけではなく、中国、韓国、台湾、香港、マレーシア、シンガポール、インド、スリランカ、オーストラリア等からたくさんの法律家が来て、熱気で溢れていました。ビジネス、公益、刑事、人権、家事等の様々なセッションが用意されており、どれも興味深かったのですが、残念ながら体は一つしかなく・・・。普段の業務に密接に関連する、養育費や高齢者対応や、子どもの権利等のセッションに参加してきました。

各セッションは、その分野の専門家である各国のスピーカーが自国の法制度や直面する課題について報告し、コーディネータも交えて参加者との質疑応答や議論を行っていく形式になっていました。その一つ一つを語ると長くなってしまうので、印象に残ったお話をいくつかご紹介します。

<養育費の受け取りを保障するための制度>

日本では、養育費は当事者間で協議(合意)ができない場合は家庭裁判所が決定します。

ところが、オーストラリアでは行政機関が金額を決定し、その決定金額に不服がある場合に裁判所での手続が取られます。また、行政機関への申請はオンラインでできるようになり、迅速に金額が決まるようなシステムが出来ています。

そして、実際に子どもを監護養育している者に養育費の申請権があり、例えば、祖父母が孫を育てている場合には、祖父母が、父親と母親双方に対して養育費を支払うよう申請することができます。

さらには養育費と税金や年金は連動しており、養育費が不十分な場合には公的補助が受けられる一方、基準額以上の養育費を受け取っている場合には年金が減額されるなど、子どもの養育が、その両親任せにされるのではなく国や自治体の制度として組み入れていました。

<各国の後見人制度について>

日本をはじめとする東南アジア諸国では、本人の判断能力の程度に応じて、補助する役割を持つ人に代理権や補助権を与え、また、財産管理の責任を負わせる制度があります(日本では後見・保佐・補助に該当します。)。そして、後見人による不正行為(資金の着服や横領)が横行しているのは各国共通する問題でもありました。

セッションの中では、さらに仮想事例<認知症ドライバーが事故を起こした場合の法的責任は誰が負うか>について議論されました。

日本や台湾等は一般の不法行為制度に基づいて、本人に責任能力がない場合は家族の監督責任の問題が生じます(必ず責任を負う訳ではありませんが、問題にはなり得ます)。オーストラリアでは、家族に責任を負わせるのではなく、国家が保障するべきであるという価値判断の下、保険や公的制度で賠償を行っていくということでした。

「誰もが高齢者になり、また、高齢者を抱える家族にもなる可能性があるのに、なぜ個人や家族に責任を負わせるという議論が存在するのかショックだ」というオーストラリアのスピーカーのコメントがありました。

日本も超高齢化社会に突入し、高齢者ドライバーによる事故が後を絶ちません。ただ、公的制度で補償するということは国民の税金で負担することを意味しますから、日本でコンセンサスを得るにはまだ時間がかかりそうです。

<子どもと家族をめぐる移民の問題>

ドイツの弁護士より、自国での移民の受け入れ政策について紹介があり、シリアの難民の子どもがドイツに行った後、離れ離れになった親との再会をドイツで保障するか否かは、「出入国管理」と「子の最善の利益」の利益衡量になるという話がありました。

今、ドイツは難民問題への対応が国家的な課題になっていて、ニュースでも取り上げられているように、政権の帰趨に影響する重要な施策の一つです。

このセッションで、私がとても印象深く感じたのは、最後にインドの弁護士が意見を述べた場面でした。

「利益衡量によって、《保護される子ども》と《保護されない子ども》が出てきてしまう。人道的視点が後回しになってしまわないか?」

「ロヒンギャの問題に直面している。迫害を受けている子どもたちを前に、国の政策を理由にして限界があると言っていいのか?」

<さいごに>

人種、地域、宗教、歴史的背景、経済水準等を異にする各国の法律家同士の議論は、聞いているだけでも鳥肌が立ち、迫力がありました。

さて、このド迫力の国際会議での議論をどうやって聞いたのかって?

そりゃあ、英語を勉強し直しました。My English is rusty. から始めて。でも、全部のセッションで同時通訳がついていましたけど(笑)。

最後に、この大会参加のための支援(費用補助)をしてくださった日弁連と弁護士会、そして、事務所と家を丸3日間空けるにもかかわらず、快く送り出してくれた事務所メンバーと家族に感謝致します。ありがとうございました!

児童相談所の常勤弁護士となって

会員 一宮 里枝子(67期)

1 始めに

私が、福岡県の児童相談所の常勤の弁護士となって半年が経ちました。

朝8時半からの勤務、土曜日曜は原則休みというこれまでとは全く違った公務員生活が身体に馴染んできたころです。

児童相談所と聞くと世間ではどのようなイメージを持たれているでしょうか。子どもを勝手に連れて行くとんでもない行政機関?子どもを守るために走り回っている熱い思いを持った専門家集団?ネットで検索してみると、児童相談所に対する様々な見方があることを思い知ります。虐待件数の増加が取り沙汰されたり、虐待事件が刑事事件となり新聞やテレビで大きく取り上げられることも少なくない昨今、児童相談所の中で弁護士が何をしているのか、ここで少しご紹介させていただきたいと思います。

2 児童相談所での業務
(1) 日常の業務

児童相談所が関わる子どもの問題は、虐待だけでなく、障がい、非行、育成に関することなど、多岐に及びますが、その中で常勤の弁護士の業務は「法的対応」となんとも大きく構えたものになっています。

具体的には、児童福祉法28条審判申立、親権喪失・停止審判申立、未成年後見申立、ぐ犯や触法犯の家裁送致にかかる準備としての書面作成、証拠収集というまさに「弁護士」が常勤で助かる!という業務がまず挙げられます。

そうはいっても、家庭裁判所への申立等は頻繁にあるわけではないので、申立等が想定されそうなケースつまり対応困難なケースに関して、職員からの相談を受けたり、職員と協議したり、保護者との面談に同席したり、市町村・学校・病院等関係機関との会議に出席することが日々の主な業務となっています。福岡県内にある6か所の児童相談所のケースにおいて、このような業務をこなしていくと毎日があっという間に過ぎていく、そのような日常を送っています(もちろん、合間で書面の起案もしています)。

(2) 面談・会議では

子どもの一時保護後、児童相談所に子どもを返せと怒鳴り込んでくる保護者との面談に立ち会うことがあります。虐待の疑いがあることを伝えてもわかっていただける保護者がいることは稀で、勝手に連れて行ったと怒鳴り散らされることがほとんどです。また、ネグレクトの疑いがある保護者、一時保護中の子どもの保護者、施設入所中の子どもの保護者等、様々な保護者と面談をします。言ってもいないことを弁護士に言われたと申し立てる保護者がいたり、どこに地雷があるかわからずふとした一言で怒りが沸点に達する保護者がいたり、児童相談所への恨みつらみを聞かされることばかりです。「普通、大人になってこんなに人に怒られることないよなー」と思いながらも、粘り強く面談を続ける日々です。

病院や学校、市町村との会議では「児相は何も動いてくれない」という不満が充満した状態で、私が参加することになります(まさに、9回ツーアウト満塁のピンチでマウンドに上がるピッチャーです。)。関係機関の方は、児童相談所が強大な権限を持っているかのように勘違いをされていたりしますので、児童相談所としては何が出来て、そのためにどういう要件が必要かをお話しします。そして、児相に投げたら終わりではなく、関係機関の皆様にも連携して動いてもらわなければならないと理解していただくこと、このようなことを訴えるのが私の役目となっています。

このように、どこに行っても「嫌われ者」の児童相談所の職員として、あらゆる場所で色々言われ、その時はさすがに腹が立ったり後悔することがないわけでもないですが、なぜか、とてもやりがいを感じています。それは、職員一丸となって同じ思いでケースに対応していることが大きいのではないかと思っています。

(3) 中に入って感じること

児童相談所の中に入って大変驚いたのは、私が行っているような弁護士が必要とされる対応を、これまでは職員が行っていたという事実でした。平成28年度の福岡県(福岡市、北九州市は除く)の6児童相談所での相談対応件数は、2300件と発表されており、年々増加傾向にあります。職員は、泣き声通告、虐待通告があれば安全確認に駆けつけ、朝から夜まで休む間もなく走り回っています。そのような日々のケース対応に追われながら、慣れない手続にも対応していたのだと思います。そういう意味で、(私が役に立っているかどうかはさておき)常勤弁護士の設置は大きな意味があったのではないかと実感しています。

私は、常勤となる前は、子どもの権利委員会の有志の弁護士で結成された協力弁護団の一員として児童相談所に関わっていましたが、定期的に児童相談所を巡回して職員の法律相談を受けることがメインで実際ケースに直接関わることはありませんでした。

弁護士から初期からケースに関わることで、その後の手続が適切かつ迅速に遂行できればと願いながら日々の業務を務めていきたいと思いっています。

3 これからも

この半年間、弁護士一人では多様な問題に対応することに不安もあり、私一人では解決できないこともありました。そのような時は、子どもの権利委員会の先生方、他児童相談所の先生方にサポートいただきながら、乗り切ってまいりました。この場をお借りして、サポートいただいた先生方にはお礼申し上げます。

これからも、様々なケースへの対応が求められると思います。毎回悩むことばかりですが、悩みながらも最善の対応ができるよう職員と一丸となって、子どもの福祉のため尽力したいと思います。

2017年10月 1日

憲法リレーエッセイ −日本国憲法公布70周年記念講演の報告−

憲法委員会委員 天久 泰(59期)

今年は日本国憲法が施行公布されて70年目になります。これを記念して8月26日の午後、福岡県弁護士会主催(日弁連、九弁連共催)の講演会が開催されました。講師は對馬達雄秋田大学名誉教授で、テーマは「反ナチ脱走兵とドイツ司法」です。会場となった福岡市中央区天神の都久志会館には約250人の市民にお出でいただきました。この記念講演会についてご報告します。

對馬教授作成の資料の冒頭にはこう書かれています。

「自己の良心を支えに人種的、政治的迫害に反対し、ヒトラー・ドイツと異なる『もう一つのドイツ』を求めた反ナチ市民に仮託して、『市民的勇気』(ツィヴィル・クラージュ)とは何か、人間として自立的に生きるとはどういうことか考えて欲しい(中略)読書を捨て一面的なネット情報を鵜呑みにした、同調思考が増す現代日本の動静、とりわけメディアと政治の急速な劣化が、全体主義の再来を招くという危惧があるからです。」
(引用終わり)講演の内容は前後半に大きく分かれ、「市民的勇気」を体現した2名の人物に焦点が当てられました。

その一人はフリッツ・バウアー。1903年にシュトゥットガルトのユダヤ人紡績商の子として生まれ、30年にドイツ最年少の裁判所判事に就任しましたが、33年に罷免されユダヤ人強制収容所生活に家族とともに送られます。35年にデンマーク、スウェーデンに長期亡命し、49年に西ドイツに帰国して判事に復帰、50年以降は検事となり、56年にはヘッセン州フランクフルト地裁検事長になります。

バウアーが検事として担当した「レーマー裁判」(52年)は、ヒトラー暗殺未遂事件(44年7月)に関与した元ドイツ兵たちについて、「外国から金をもらった売国奴で、国家反逆罪の罪人である」との演説をした極右運動家オットー・レーマーが名誉毀損罪に問われた裁判です。50年代の西ドイツでは1万5000人の判事・検事のうち66%から75%は元ナチ党員であったとされ、戦後も依然存在した極右勢力の影響下で、ナチ犯罪や戦争犯罪人に寛大な判決も多く、司法界にも色濃くナチズム期の体質が残っていました。

裁判の争点は、ナチ体制に対する抵抗が、国家反逆罪なのかという点でした。バウアーは事件が矮小化され、無罪判決が出るおそれを抱きつつ担当検事として全力を尽くしました。4日間の公開法廷の傍聴席は超満員で、審理の様子は逐一報道されました。最終論告で、バウアーは鑑定意見を踏まえ、ナチスドイツとは基本権を排除して毎日1万人単位の殺人を行う「不法国家」であり、この不法国家に対する正当防衛の権利は誰にもあること、その限りで抵抗の行動全てが合法的であること、不法国家に抵抗する権利即ち「抵抗権」は人間に付与されていることを述べました。バウアーは事件に関する報道が権威や権力に追従するドイツ人の目覚めるきっかけになることを願い、裁判を通じて国民に学んで欲しかったのです。

結果は有罪判決(禁固3ヶ月)。判決理由は、ナチ国家の実態がもはや法治国家ではなく「不法国家」であり、ヒトラー暗殺未遂事件における抵抗者達の行動は正当であるというものでした。バウアーの主張が受け入れられたのです。国内で大きな反響を呼ぶ判決でした。

ドイツは、戦後徹底的なナチズムの反省を行っていますが、その反省はバウアーの努力なくして実現しなかったといえます。

焦点が当てられたもう一人は、脱走兵であるルートヴィヒ・バウマン。バウマンは、1921年生まれ。20才のときにドイツ兵としてフランス・ボルドーの施設に派遣されましたが、間もなく脱走。すぐに軍に逮捕されて拷問を受け、40分ほどの裁判で国家反逆罪による死刑判決を宣告されます。収容施設で10ヶ月を過ごしたときに終戦を迎え、故郷ブレーメンに戻ります。帰郷したバウマンを待ち受けていたのは、脱走兵というレッテルを貼られ、日常的に「裏切り者」として罵倒される生活でした。彼は精神的に行き詰まり、アルコール依存症に陥りますが、51才のとき、脱走兵の名誉回復が自分の尊厳を得るための唯一の方法であると考え、名誉回復を求める市民運動を始めます。90年には、元脱走兵のための全国協会を立ち上げて広く賛同者を募り、その考えに共鳴する研究者を学術顧問に迎えるなどして政界と司法界に大きな影響を及ぼすようになりました。バウマンの運動を背景に、ドイツ連邦議会はナチズム体制下の法廷(人民法廷)は、ナチスの恣意的な支配のためのテロ組織であったとして、その判決は無効であるとの決議を行うに至りました。バウマンの名誉は回復されたのです。

バウマンはその活動の一環として、学生に向けた講話を多く行いました。ある講演録にはこうあります。「私には不安なことがあります。それはナチ時代の犯罪が徐々に相対化され、無害のものとされることです。そうならないように生徒たちの前で語っているのです。」バウマンの言葉は、人間の尊厳を守るため、忘却される歴史の流れに逆らいながら地道に声を上げ続けることの重要性を示しています。對馬教授の資料冒頭の言葉は、バウマンの言葉と重なります。

對馬教授には、全体主義に抗する「市民的勇気」の意義と重要性という貴重なご講演をいただきました。心より感謝申し上げます。日本国憲法は、去る大戦の背景にあった全体主義的な国家体制への反省に大きく根ざしています。この憲法が70年間にわたり私たち国民に与えてくれた「市民的勇気」とはどのようなものだったのかを振り返らずにはいられない機会となりました。これからも同様の機会を市民に向けて提供できるよう努力していきたいと思います。

あさかぜ基金だより ~卒業生の活動報告~

豊前ひまわり基金法律事務所 所長 西村 幸太郎(66期)

1 はじめに

平成28年9月、あさかぜを卒業し、同10月、福岡県豊前市にて、豊前ひまわり基金法律事務所を開設しました。早くも1年が経ちます。皆様のご支援の賜物です。

あさかぜで学んだことを活かし、どのような1年を過ごすことができたか。これまでの弁護活動を、振り返ります。

2 弁護士赴任の意味

「先生がきてくれてよかった。」

相談者の言葉に、なんと元気づけられたことでしょう。

相談者曰く、「相談できる人が近くにいるというだけで、心強いのです。これまで、正しいかどうかわからず、不安な毎日を送ることもありました。話を聞いてくれる人、アドバイスをくれる人がいるということが、どれほど心強いことか。ぜひ、この地に根を張って、人々の力になってください。」とのこと。

私にとって豊前地域は新天地。地縁もなければ知人もおらず、ゼロからのスタートです。地域に受け入れてもらえるか、連れてきた妻とともに地域に馴染むことはできるか、食べていくことはできるか、地域住民に満足していただける質の高い法的サービスを提供できるか、不安もいっぱいでした。相談者による励ましは、そんな私を奮い立たせてくれるものでした。

弁護士赴任が意義高いものとなるよう、今後も精進を重ねていきます。

3 事件処理の工夫

地域の方(に限らないとは思いますが、相対的に。)は、円満解決、迅速解決を、強く望んでいるように思います。特に、後者の要請が強いと思います。もちろん、紛争は、人間の営みの中で生じるもので、うまくいかない場合も多いのですが、ニーズに応えるため、今まで以上に、事件処理の工夫を図ろうと努力しています。

受任時にできるだけ目安となる時間を伝えること(時間がかかる場合、その理由を伝えること)、事務局と連携しクイック・レスポンスを徹底すること、経過報告書を利用し処理経過を透明化するとともに、こまめな報告をすること、それでいて前向きにやれることからどんどん進めていくこと、などなど。当たり前のことを当たり前に、地道にやっていくことが、結局は、住民の信頼を得ていくことになるのではないかと思っています。

一方、円満解決の意向に関しては、悩ましいところがあります。住民は、地域柄、面目や風評などを強く意識する傾向にあります。法的には疑問を感じざるを得ない場合でも、訴訟を回避するなど様々な理由で、高額な支払いを余儀なくされるという事案も、珍しくありません。訴訟を望まない依頼者に、それでも訴訟を勧めるような説明をすべきか、悩ましいケースも多いです。争訟を好まない地域性に配慮しつつも、法的に適切な解決を目指す、そのバランスが難しいものです。

地域に法律という物差しに則った適切な解決を浸透させていくためには時間がかかりそうですが、私がその一助になれればと思います。

4 地域への浸透

赴任直後、ある先生から次のようなご助言をいただきました。

「弁護士は、地域に根を張り、行事にも参加して、その地域を肌で感じながら、地域に浸透し、事件処理にもあたっていかなければならない。君にそのような覚悟はあるか。」

独立前は、あまり意識していませんでしたが、様々な団体が、各地で、様々な活動をしています。こうした活動に触れることで、その地域の温かさを肌で感じることができ、人脈も広がっていくように思います。事件処理においても、その地域のことをよく知り対応することが、依頼者との信頼関係の醸成、事件の進行、相手方との折衝などにおいて、弁護活動の質の向上を支えるものではないかと思います。

「なにか困ったら、あの先生に相談すればいいよ。」と言ってもらえるよう、地域に浸透し、その信頼を勝ち取って、地域に根差した弁護活動をしていきたいと思います。

5 おわりに

本当は、思い出深いいくつかの事件の紹介も行いたいです。しかし、地域の特性上、事件が特定されやすく、守秘義務の要請が強く働くと思いますので、控えざるを得ません。

思いつくままに、この1年間のことを書き記してみましたが、法の支配の国民的浸透の一助となることを目指した、私の取組みは、まだまだ始まったばかりです。今後も、弛まぬ努力と精進を続け、1人でも多くの方々の力になっていきたいと思います。

今後とも、引き続き、変わらぬご指導・ご鞭撻のほど、どうぞよろしくお願いいたします。

転ばぬ先の杖(第35回) 自殺問題は今なお非常事態、ちょっとした知識と相談窓口としての頼れる弁護士会へ

自死問題対策委員会委員 椛島 敏雅(31期)

弁護士会で自殺問題の法律相談や講演会等を実施

自殺、それは本人には取返しのつかないことであり、残された親族に対しても一生、その人生に深い傷を負わせるものです。福岡県弁護士会は、自殺は最大の人権侵害であり、本人や親族並びに社会に対して大きな災いをもたらすものとして、それを防ぐ立場から、自死問題対策委員会を設けて、自死問題支援者法律相談や自死遺族法律相談及び自死問題に関する研修会や講演会並びに専門職との交流会等の活動を行っています。

自殺対策の成果で自殺者は大幅な減少傾向にあるが、今なお非常事態は続いている

不名誉な自殺大国だった日本も、2006(平成18)年10月に自殺対策基本法が施行されて以降、個人の問題と認識されがちであった自殺問題について、2007(平成19)年6月、政府が内閣府(現在は厚労省所管)に自殺総合対策会議を設置して「誰も自殺に追い込まれることのない社会の実現を目指す」という観点から自殺総合対策大綱を策定しました。この官民挙げての総合的な自殺対策に取り組んだ結果、最も多かった2003(平成15)年の34,427人から、2016(平成28)年には21,897人まで減少しました。

福岡県も多い時は一時1,350人を超えていましたが、精神保健福祉センターが中心になって自殺対策に取組んだ結果、2015(平成27年)には937人まで減少しています。

しかしながら、今年7月に閣議決定された自殺総合対策大綱によると、「我が国の自殺死亡率は主要先進7か国の中で最も高く、年間自殺者数も2万人を超えている。かけがえのない多くの命が日々、自殺に追い込まれており、非常事態はいまだ続いている」と総括し、2026(平成38)年までに、10万人当りの自殺者数を現在の18.5から、先進7か国並みの13に減少させる目標を立てて対策に取り組む事にしています。

自殺問題の専門家によると自殺未遂者は既遂者の約10倍いて、自殺を考えた事のある自殺念慮者になると更に裾野が広がると言われています。以前、多重債務が大きな社会問題になった頃、全国クレジット・サラ金問題対策協議会でアンケート調査をしたところ、多重債務者の約4割近い人が自殺を考えたことがあるという結果が出て吃驚したことがありました。過労やパワハラ、ギャンブル依存症等でうつになって苦しんでいる人たちも同様で、自殺問題はそれだけ根深く裾野が広がっていると思います。自殺という大事に至らないため、私たちを含め、本人、その家族や友人知人の方がちょっとした知識や相談先を知っていることは大変重要なことだと思います。

自殺の背景とサイン

自殺は本人が多重債務や倒産、生活困窮、過労、パワハラ、セクハラ、いじめ、離婚問題や健康問題等の社会的要因によって追い込まれた末に生命がその人自身によって絶たれることです。また、ギャンブル依存症、アルコール依存症、統合失調症等のハイリスク者等による自殺も含めて、自殺者は自殺の前に何らかのサインを出していると言われています。早くからこの問題に取組んできたライフリンクの調査によると、自殺者の60%以上の人が自殺する1月前にいずこかに相談に行っているという結果が出ています。相談先は法律家も含まれています。追い込まれて相談に行っているのに、「それはあなたの責任です」とか、「そのくらいは仕方がないです」等と誤った「助言」をしたら、その人は自殺リスクを著しく高めてしまいます。私たちは国民の権利擁護を使命とするプロとして正しい知識を身に着け、自殺予防のゲートキーパーとしての役割を担う必要があると思います。

自死念慮が懸念される相談者への対応

相談者には「ストレスが多い時は、ゆっくり休むのがいいですよ」、「眠れていますか」、「食事はとれていますか」など聞き、眠れていないことが続いている時は精神科医や県、市の精神保健福祉センターの相談窓口に繋ぎ、TALKの原則で相談に乗ることが大切です。

(Tell 誠実な態度で話しかける Ask 自殺する意思についてはっきり尋ねる Listen 傾聴する Keep safe 安全を確保する相談原則)。「死にたい」と言われた時は、「あなたに死んでほしくありません。一緒に解決方法を考えて行きましょう」と寄り添って、精神保健福祉センター等の団体や専門職に繋ぐようにしましょう。(2017.09.13記)

第60回人権大会プレシンポジウム 監視社会で失われる市民の自由を考える ―公権力から丸裸にされ、批判を封じられる主権者でいいか― に参加して

情報問題対策委員会 松本 敬介(68期)

1 はじめに

8月19日、福岡県弁護士会館3階にて、当委員会による企画のもと、第60回人権大会プレシンポジウムを開催いたしました。

特定秘密保護法、マイナンバー制度に続き、今年6月15日にはいわゆる共謀罪を盛り込んだ改正組織的犯罪処罰法が強行採決の末に成立しました。国民の表現の自由が脅かされるとともに、一方的に国民のプライバシーが吸い上げられ、国民が公権力の監視下に置かれる時代に突入しつつあります。

しかし、情報主権を巡る問題が風化しないうちに、このままでいいのか、主権者としての地位を奪われていいのかと、市民の皆様に問題意識を広く問う必要性があります。本年10月5日に大津市で開催される第60回人権擁護大会シンポジウムでも、第2分科会で「情報は誰のもの?~監視社会と情報公開を考える~」と題した企画が実施される予定ですが、情報主権を考える企画を多数発信し続けた当会では、よりタイムリーに市民の皆様と問題意識を共有するために、人権大会プレシンポジウムを企画いたしました。

今回は、ジャーナリストの斎藤貴男氏、大垣警察市民監視事件弁護団団長の山田秀樹弁護士、政治学を専門に研究していらっしゃる西南学院大学准教授の田村元彦氏をゲストにお呼びしました。

2 基調講演

まず斎藤氏から基調講演を行っていただきました。いわゆる共謀罪法の成立を受けて、未だに浸透していない同法の怖さを中心に講演していただきました。

講演の冒頭で、斎藤氏は、住基ネットが登場した際に、「俺が番号化するのか」と国民総背番号化の危機を感じたと述べました。住基ネットは、地方公共団体共同のシステムとして、国民一人ひとりに11桁の番号(住民基本コード)を割り振り、氏名、生年月日、性別、住所の「基本4情報」などが記載された各市町村の住民基本台帳をネットワーク化することで、これに関る事務を効率化するというものです。なお、12桁のマイナンバーは、この住民基本コードを基に組み立てられています。

斎藤氏は、思えばことあるごとに国家の国民総背番号化への野心が垣間見られたと回顧します。つまり、監視社会化の問題は今に始まったことではないということです。ジャーナリストとして数々の現場を取材してきた斎藤氏がこれから何を話すのか、参加者の期待が高まります。

まず、斎藤氏は、いわゆる共謀罪法の内容に言及します。

いわゆる共謀罪法の施行により、犯罪行為としては何も起こっていない計画の段階で犯罪捜査をすることが可能になるところ、どうやって捜査するかといえば、結局は会合にスパイを送り込んだり、盗聴することになると指摘します。

また、森林法違反や著作権法違反など、およそテロとは無関係の犯罪も捜査対象になることを指摘します。これでは、何でもテロと結び付けられ、単なる酒の席での冗談も捜査対象になり得ます。

結果的に検挙に至らないまでも、これでは市民が発言を自粛してしまいます。それは、捕まえようと思えば捕まえられる権限が捜査機関に付与されたこと、そういった脅威を背景にしていることを、斎藤氏は分かりやすく説明します。

「共謀罪の問題は共謀罪法の成立で終わることはない。」斎藤氏は、いわゆる共謀罪法が含む実質的な問題を考えるにあたり、国家が同時に進行させている制度全体を俯瞰することの重要性を示します。いわゆる共謀罪法の成立の他、通信傍受ができる対象犯罪の拡大化、GPS捜査の立法化など、捜査手法の高度化によって名実ともに国民監視を徹底する体制が整いつつあることを指摘します。

また国民監視のための技術も進歩しているとのことです。例えば、街中に設置されている監視カメラによって顔情報を取得・データベース化し、保有している顔写真と照合するという顔認証システムが構築されています。その他にも音声認証、果ては仕草認証というものが登場していると聞いたときには驚きました。

私達が気づかないところで、実に様々な情報が収集されているのです。

監視化の問題点は、何がいいことで悪いことかというのを各人ではなく、国家の価値基準で判断されていくことであると、斎藤氏は強調します。この判断のために情報が収集されているというわけです。

では、何故国家は監視社会化を進めていくのか、講演は佳境に入ります。

斎藤氏は、次の2つの理由があると推測します。1つは、新自由主義的な構造改革に拍車をかけて経済成長につなげるという経済戦略を採るにあたり、格差社会が更に拡大することが予想されるところ、生じた格差によって追い込まれた低所得層による反発を押さえ込むためであると推測します。

もう1つは、政府には戦時体制の構築の意図が垣間見られるが、それに反対する勢力を押さえ込むためであると推測します。

講演の最後に斎藤氏は、「国家は暴走するものだから歯止めをかける必要があるし、服従してはならないと思う。私は自分が与えられた人生を自分の意志で全うしたい」と語りました。物腰の柔らかい口調でしたが、強い信念を感じた一言でした。

3 パネルディスカッション

続いてパネルディスカッションでは、当委員会委員長の武藤弁護士がコーディネーターを務め、基調講演をしていただいた斎藤氏と、山田弁護士、田村氏にご登壇いただきました。

パネルディスカッションの最初に、山田弁護士から弁護団長を務めている大垣事件についてご紹介いただきました。

事件はいわゆる共謀罪法が施行される前の2014年に起きました。大垣警察署が、風力発電施設計画を進めている事業者を警察署に呼び出して、脱原発活動や平和運動をしていた大垣市民2人の氏名、学歴、職歴、病歴などの個人情報、地域の様々な運動の中心的役割を担っている法律事務所に関する情報を事業者に提供していたことが新聞報道により発覚しました。

これにより、大垣署が日常的に市民の個人情報を収集するとともに、住民運動・市民運動を警察が敵視していることが明らかになったわけですが、まさにいわゆる共謀罪法施行下における日本社会を先取りした事件といえます。

続いて田村氏からは、現在の日本社会について、自分の私生活から離れた問題に対して関心を寄せないことや、経済的な観点を偏重して物事の良し悪しを判断している傾向にあることについて問題提起をしていただきました。

また、社会で起きている事象について国民が関心を寄せないことが、監視社会を招き寄せているのではと見解を示されました。

田村氏が見解を示されたことに続いて、武藤委員長から、どうやったら目の前の社会問題を一般の方に伝えられるかとの議題が提起されました。斎藤氏からは、政府の関心が少子高齢化による国内マーケットの縮小を踏まえ、外需を拡大させることにあること、原発事業を始めとするインフラ輸出を外需拡大の基盤として戦略を練っているところ、海外への輸出にあたり武装集団による護衛がグローバルスタンダードで、日本もそれに合わせたいといった思惑があると指摘されました。そして、こういった仕組みについて理解すると、現在の日本が戦前のような軍事国家に逆戻りするおそれというのは、それほど絵空事ではないということが分かります。経済ジャーナリストとしても活躍された斎藤氏の指摘は明快で、様々な観点から世の中の仕組みについて知ることの大切さに気づかされます。

また、山田弁護士からは、社会問題化している事象について、自分の生活圏に生じる問題として学ぶことが大切であること、特にいわゆる共謀罪との関係では、自分達の行動を国が勝手に思想・信条と結びつけて意味付けをするので、自分とは関係のない問題と考えてはいけないことが、田村氏からも、個人の履歴から、第三者に勝手に人格を推察されることの危うさが指摘されました。

大垣事件を例にとると、養鶏場を営む原告の方は、風力発電所の設置の影響で鶏が卵を産まなくなるという経済的損失が生じるおそれがあるため、風力発電所の設置に反対していました。ところが、大垣署は、風力発電所の設置に反対しているという事実から、その原告の方を、自然に手を加えることは許さないという思想・信条を持った活動家であると決めつけて、監視の対象にしたとのことです。

4 おわりに

およそ3時間に亘る長丁場でしたが、参加された市民の方は集中力を切らさず聞き入っており、大変充実した内容のシンポジウムでした。

当委員会では、一人ひとりの個人が尊重される社会を目指すために、今後も市民の皆様と手を取り合って、監視社会化に立ち向かう取り組みを行っていきます。

2017年9月 1日

主権者教育から考える死刑制度問題

死刑存廃検討PT座長(九弁連「死刑廃止検討PT」委員長)(日弁連「死刑廃止及び関連する刑罰制度改革実現本部」事務局長代行)岩橋 英世(56期)

1 はじめに

2017年7月15日(土)と8月6日(日)の両日にわたり、福岡県弁護士会主催(九弁連・日弁連共催)のシンポジウム「高校生向け企画(主権者教育)やってみよう『模擬国会~死刑廃止法案は可決か否決か?~』」が開催されました。

この企画は、2013年から始まった九弁連「死刑廃止を考える」連続シンポジウムの一環ですが、今回の企画は高校生向けの主権者教育を通じて「死刑制度問題」を考えてもらうという実験的な試みでもありました。

同じような企画は日弁連の第59回人権擁護大会(福井大会)の分科会でも行われていますが、この福井大会では高校の協力の下で事前準備(死刑制度に関する調査・検討)をした高校生が討論の後に採決をしました(結果は死刑廃止が多数)。

これに対し、今回の福岡シンポでは、事前配布資料は法務省のHPに掲載されている「死刑の在り方についての勉強会」のまとめの資料の一部を配布したのみで、その他の事前準備(高校による死刑制度に関する調査・検討)はできていません。

さて、死刑廃止法案は可決されたのか、否決されたのか?

2 プレシンポジウム(7月15日)

当会会員全員に、当シンポジウムのパンフレットを配布し、また会員向けメーリングリスト(allfben)にも告知していましたので、会員の皆様方には、今回のシンポジウムが(1)出前授業・(2)プレシンポジウム・(3)模擬国会の3部構成になっていたことをご存知かと思います。

しかし、残念ながら、(1)出前授業・(2)プレシンポジウム・(3)模擬国会の全てに参加した高校生は0(ゼロ)、(2)プレシンポジウムに参加した高校生は14名、(3)模擬国会に参加した高校生は33名と、当初の予定を大きく下回る参加状況でした。

プレシンポジウム(7月15日)は、参加高校生は14名ではあったものの、当会の春田弁護士によるワークショップや講師との質疑応答において活発な発言が行われ、その人数の少なさを感じさせない熱気を発してくれました。

この日のカリキュラムでは、第一東京弁護士会所属の本江威憙弁護士(元最高検公判部長)から死刑存置の理由(被害者遺族の処罰感情、それに応えることで国民の法治国家への信頼を得ること、及び、正義に適うことなど)を、笹倉香奈甲南大学法学部教授から死刑廃止の理由(死刑存廃は国際的な問題であること、アメリカの動向を踏まえた死刑廃止への必然性、死刑廃止国は被害者・遺族へのサポートも充実していることなど)を、そして、蓮見二郎九州大学大学院准教授からシティズンシップ教育について(単なる数の論理ではなく、また形式的なディベートでもなく、十分な議論を行うことが重要であること、熟議的民主主義を目指すべきことなど)の講義が行なわれました。

各々の講師の持ち時間は30分以下と短かったものの、その内容は非常に示唆的で内容の深いものでしたので、反訳ができましたら月報で報告をさせていただきます。

3 模擬国会(8月6日)

参加高校生は33名で、この内でプレシンポジウムに参加した高校生は13名でした。事前配布資料が法務省HP「死刑の在り方についての勉強会」の一部(http://www.moj.go.jp/keiji1/keiji02_00005.html)しかなく、各高校での事前準備(調査・検討)もなかったため、半数以上の参加高校生は、この日に初めて議論を行うことになりました。

十分な情報や考察が無い中で議論を行うという状況(ぶっつけ本番?)は、ある意味で多くの一般市民が死刑制度問題を考える状況と似ており、このような状況において高校生がどのような議論に流れるのかは興味深かったです。

なお、この模擬国会では、当日、参加高校生が事前に死刑存廃について考えていたこと(廃止「可決」か存置「否決」か)とは関係なく、くじ引きで一方的に廃止「可決」組と存置「否決」組に振り分けて議論をしてもらう仕組みにしました。

そのため、参加高校生の中には、事前に考えていた意見・理由とは逆の意見・理由について考えなければならないという負荷が掛かっていました。

このように、事前の情報が不十分だけでなく、当日に違う意見の理由付けを考えなければならないなど大変だったと思います。しかし、予想以上に参加高校生の議論は活発に繰り広げられ、頼もしさすら感じました。

白熱した議論でしたが、やはり情報が法務省HPに限定されていたため、またプレシンポジウムの笹倉教授の内容を聞いて理解できた高校生が少なかったため、議論の争点が「被害者遺族の心情」「犯罪抑止」に集中し、その他として「誤判冤罪」「国際的潮流」「死刑執行に携わる者(刑務官)の負担」が出てくる程度でした。

弁護士を含む多くの市民も同じかと思いますので、参加高校生は短い時間の中でとても良く考え抜いたと思います。

なお、採決の結果は、賛成(廃止)が12票、反対(存置)が21票で、死刑廃止法案は否決されました。

18歳は大人ですか? ~少年法適用年齢引下げ問題シンポジウム~

子どもの権利委員会 委員 古賀 祥多(69期)

去る平成29年8月5日、日本弁護士連合会、九州弁護士会連合会共催のもと、「18歳は大人ですか?~子どもたちのいま、少年法のこれから~」と題しまして、少年法適用年齢引下げ問題に関するシンポジウムが開催されました。当日は130名もの方々にご参加いただきました。

少年法適用年齢引下げ問題とは

現在、法制審議会では少年法の適用対象年齢を20歳未満から18歳未満に引き下げることが検討されています。もし適用対象年齢が引き下げられると、これまで18歳・19歳に対して行われた家庭裁判所の手厚い調査が行われなくなり、教育の機会が奪われてしまう等の問題が生じてしまいます(この点につき、シンポジウムの中では、楠田瑛介会員、吉田幹生会員から、Q&A形式での掛け合いでわかりやすく解説していただきました)。福岡県弁護士会は、平成29年5月24日の定期総会において、「少年法の適用対象年齢引下げに反対する決議」をしております

http://www.fben.jp/suggest/archives/2017/05/post_340.html)。

なお、法制審議会では、適用対象年齢引下げとともに成人を含めた犯罪者処遇一般を見直すことが検討されており、そうすることによって少年法適用年齢が引き下げられた場合の弊害が解消できるといった意見も出されていますが、犯罪者の処遇の決定を裁判所の判断を経ずに検察官が行う案などが主張されており、問題を孕んでいると言えます。

基調講演

まず、児童精神科医の高岡健さんから基調講演があり、高岡さんからは、戦後の法改革により、少年法の適用年齢が18歳未満から20歳まで引き上げられたという歴史、18歳、19歳の少年事件における家庭裁判所の調査の実績、25歳までは可塑性が認められているという脳科学の知見等、様々な観点から少年法適用年齢引下げ問題について解説していただきました。

元少年の声

続いて、元少年の方から、「自分が19歳で少年院送致になったとき、当初は素直に受け入れられなかったけれども、担当の法務教官の言葉に影響されて日々を大切に生活するようになり、少年院での教育を経て、達成感・やりがいを覚え、成長できた。これからは、今までお世話になった方を裏切るようなことは絶対にしたくない。」というお話をいただきました。

パネルディスカッション
・はじめに

パネルディスカッションでは、基調講演をしていただいた高岡さん、福岡市立福岡女子高等学校教諭の岩元優さん、特定非営利活動法人おおいた子ども支援ネット専務理事・統括所長の矢野茂生さん、家庭裁判所調査官の太田直道さん(全司法労働組合からの参加)がパネリストとして参加され(なお、太田さんは、裁判所の見解を示すものではなく、個人の考えを話すと前置きされて発言しました。)、大谷辰雄会員がコーディネーターとして参加されました。

・現在の子ども達の現状・実情について

(岩元さん)自尊感情がものすごく低い。また、経済格差が大きく、低所得の親を持つ家庭が1クラスに6、7人くらいおり、教育どころか日々の生活に困難を来している家庭もある。

(矢野さん)現在の少年達には、かつての少年のようなエネルギーを感じられない。被虐待や発達特性の問題を抱えたケースが含まれ、アセスメントが難しい少年が多い。

(太田さん)暴走族でやんちゃする少年が少なく、周りに流されて非行に走る少年が多い。ライン等で知り合った人とつるんで非行に走るケースもある。被虐待・貧困などの問題を抱える少年が多く、根深い問題を抱えている。

・18歳・19歳とはどういう世代で、大人はどのように接するべきか。

(岩元さん)一人親の場合、子どもが十分な教育を受けていないケースがあり、教育の機会を必要とする18歳・19歳が多い。また、子どもの声を聞いて心を開いてもらう必要もある。

(矢野さん)自分が知っている19歳の非行少年は、事件の中で、私を含めた様々な大人と接する中で、事件と向き合い成長した。私は、少年にとって人のつながりがとても重要であり、18歳・19歳でもその重要性は変わりない。

(太田さん)「刑事裁判所に送致された少年は、少年裁判員に送致された場合よりもより高い再犯リスクがある」というアメリカ司法省の機関の紀要があるとおり、少年に対しては刑罰ではなく教育が必要である。

・公職選挙法・民法などでの「未成年者」の概念と統一すべきとの意見について

(高岡さん)昨今の複雑な社会の実態を的確に捉え切れておらず、適切ではない。「わかりやすさ」を重視する見解は誤りであり、複雑な現代社会のあり方を踏まえれば、むしろ「わかりづらい」くらいがちょうどいい。

・少年法適用対象年齢を18歳・19歳にした場合の実名報道に関する影響

(岩元さん)実名報道がなされれば、18歳の高校生は必ず退学処分になり、かつ、他の高校はその子どもを引き受けなくなる。そうなれば、その子どもの最終学歴は中卒となってしまい、立ち直りの機会を奪ってしまう。

・18歳・19歳を「大人」とすることにより「大人としての自覚」が生まれるか

(矢野さん)少年は、自分自身で克服できないような問題が積み重なった結果非行に至ったのであり、法律が「大人」と決めたからといって少年が変わるというものではない。

・今回のシンポジウムの感想

(太田さん)少年法は被害者の気持ちに配慮した制度にすべきとの意見もあるようだが、現行制度においても、重大事件などでは逆送されて刑罰を受ける場合があることを知ってもらう必要がある。

(矢野さん)児童福祉の現場では、慈善活動だけで運用していくことには限界がある。少年が抱える問題は、その少年が成長して親となったときに次世代へと連鎖するため、少年の問題を長期的な目線で取り組むべきである。

(岩元さん)高校生は、「子ども」であり、社会に出て、社会の実態を知ることで、少しずつ大人になる。少年法適用年齢引下げには反対である、むしろ引き上げるべきである。

(高岡さん)非行少年を取り巻く問題は、被虐待・発達障害・貧困といった問題だけでなく、昨今の社会コミュニティーの解体が背景とした、いわば「関係の貧困」にある。「関係の貧困」が、現在の少年の特徴である自尊感情の低下を招き、非行の原因となっているのではないか。

感想

今回のシンポジウムでは、福祉関係・教育関係・司法関係に携わっている方々や、学生の方が参加され、「具体的なエピソードを聞けて大変勉強になった」、「多様な角度から考えることができた」、「18歳・19歳の非行少年に対して教育の機会が必要だと思った」というご意見をいただきました。

私も、最近、少年事件を初めて担当し、少年が、手続の中で自分の非行と向き合い、家族の大切さ、自分を支える大人の存在に改めて気づき、成長していった様子を目の当たりにしました。今回、シンポジウムに参加して、あのときの少年のように、事件を含めた自分や家族等について見つめ直し、成長する機会を奪うことはしてはならないと思いました。少年法適用年齢引き下げについては今後国会で審議されるところですが、今回のシンポをきっかけに、市民の方々でもさらなる議論が広がればと思います。

犯罪被害者支援委員会 犯罪者支援シンポジウム「犯罪被害者支援条例を考える」(7/30)

会員 若杉 朗仁(62期)

1 はじめに

平成29年7月30日(日)、福岡市健康づくりサポートセンター「あいれふ」講堂において、福岡県弁護士会主催、日本弁護士連合会共催によるシンポジウム「犯罪被害者支援条例を考える」を開催しました。これは、平成16年に犯罪被害者等基本法(以下「基本法」といいます。)が制定された後、福岡県においては平成25年3月に「福岡県犯罪被害者取組指針(平成29年4月改定)」が策定されたものの、未だ犯罪被害者及びその家族又は遺族(以下「犯罪被害者等」といいます。)に対する支援が十分であるとは言えない現状を踏まえ、犯罪被害者等に対する、より充実した支援策を推進するための福岡県条例制定に向けた啓蒙活動の一環として開催されたものです。

2 第1部 犯罪被害者支援条例の解説

まず、当会会長作間功弁護士の御挨拶により開会となりました。

作間会長は、これまでの我が国における犯罪被害者等に対する支援の歩みについて御説明された上で、未だ支援は道半ばと言わざるを得ず、今後、犯罪被害者等に対して生活支援を含めた、きめ細かな支援を実現するためには、犯罪被害者等が生活基盤を置く地方公共団体による支援が不可欠であること、持続的な支援を提供するためには財政的な裏付けが必要であること、そのためには法的根拠としての条例が必要であること、市民の力で条例を作ることは自治の実践であり、その立法活動を支えることは法律の専門家集団である弁護士会としても大きな意義があることなどシンポジウム開催の目的等について概略を御説明されました。

引き続き、当委員会副委員長林誠弁護士において、犯罪被害者支援条例についての解説がありました。

林弁護士は、全ての犯罪被害者等は、基本法3条において、個人の尊厳が重んじられ、その尊厳にふさわしい処遇を保障される権利を有しているという基本理念について説明された後、地方公共団体は、かかる基本理念に則り、その地域の状況に応じた施策を策定及び実施する責務を有すること(同法5条)について説明されました。その上で、現状は、犯罪被害者等の中には支援を求めても無駄なのだという諦めの気持ちを持たれている人さえいる状況にあること、このような現状を改善するためには自治体及び住民の被害者支援に対する意識を向上させるとともに、犯罪被害者等の「拠り所」となるような、自治体の具体的な責務を明確にした条例を制定する必要があるのではないかという提言をされました。

その中で、林弁護士からは、例えば神奈川県では、犯罪被害者等支援に関する条例を制定したことで、横浜駅近くの利便性のある場所に「かながわ犯罪被害者サポートステーション」を開設し、犯罪被害者等が1つの窓口で一元的に途切れない支援の提供を受けることができるようになったことなど各地の具体的な取り組みについて紹介されました。

3 事例報告及びパネルディスカッション

続いて、飲酒運転の交通事故により大切な長男を亡くされた犯罪被害者遺族1名による事例報告、並びに当会委員世良洋子弁護士をコーディネーターとした同遺族4名及び精神科医本田洋子先生によるパネルディスカッションが行われました。

事例報告においては、長男を亡くされた深い悲しみのほか、御自身の二次被害に関する体験について、例えば飲酒運転を撲滅したいという気持ちからマスコミの取材に対応していたところ、インターネット上で「子供が死んだのだから黙っておけ。」「飲酒運転なんかなくなるわけがない。」などと心ない書き込みをされたり、自宅にもそのような内容の電話がかかってくるなどして、とても辛く悔しい思いをされたこと、長男の仏壇の前で毎日泣いていたところ、その様子を見ていた二男から「お兄ちゃんじゃなくて、僕が死んだらよかったね。」などと言われ、兄弟も親と同じように、又はそれ以上に傷ついているのだと気付かれたということなどについて話してくださいました。

パネルディスカッションにおいては、それぞれの御遺族の御経験(誰に相談すればよいのかさえ分からなかった、話を聞いてもらえただけで気持ちが軽くなった、自治体窓口での思いやりに欠けた対応により更に悲しみが増したという御経験等)を踏まえ、犯罪被害者遺族の立場から条例制定の必要性について意見が交わされました。また、本田医師からは、精神科医としての専門的見地を踏まえ、特に性犯罪は被害が潜在化しやすく、レイプ神話などにより被害者が極めて困難な状況に陥りやすいため、犯罪抑止に向けた実効的な教育・広報・啓蒙活動等の取り組みが必要であるという意見等が出されました。

これに引き続き、日本弁護士連合会犯罪被害者支援委員会委員長有田佳秀弁護士から、犯罪被害者等支援に関する条例制定の必要性等について総括していただいた後、閉会の運びとなりました。

4 おわりに

私は、今年の3月に検事を退官して弁護士登録しました。検事をしていた頃から、国や地方公共団体による犯罪被害者等の支援は不十分だと感じていました。国は、刑罰権を独占している一方で、犯罪被害者等に対する支援については十分に行わないことについて矛盾ないしジレンマを感じていました。たしかに、犯罪被害者等に対する支援は少数者のための施策であると言わざるを得ない側面があるとともに、支援策の具体的な内容及びその基準等を定めることが困難であるという特殊性があるため、その施策を決めることは必ずしも容易ではないのだと思います。しかし、だからこそ、まずは、常に犯罪被害者等の声に耳を傾け、誰もが手を差し伸べることができるような制度を作る必要があるのだと思います。パネルディスカッションにおいて、一人の御遺族が、「犯罪被害者支援は難しい。でもやらなければならない。」と話されていました。そのとおりだと思いました。自ら発言・発信することができる弁護士が率先し、今後も条例制定等に向けた継続的な活動を続けていく必要があるのだと考えます。

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