弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

人間

2014年11月22日

調理場という戦場


著者  斉須 政雄 、 出版  幻冬舎文庫

 私とほとんど同世代の著名なシェフの体験記です。
 フランスに渡って、その料理界に12年間いて、日本に帰って東京の「コート・ドール」の料理長に就任し、1992年からは、オーナーシェフとして活躍しています。
 フランス料理界での苦労話は身につまされます。ひたすら堪え忍んだのです。
 ひとつひとつの行程を丁寧にクリアしていなければ、大切な料理をあたり前に作ることができない。大きなことだけをやろうとしても、ひとつずつの行動が伴わないといけない。裾野が広がっていない山は高くない。日常生活の積み重ねが、いかに大切か。
 窮地に陥って、どうしようもないときほど、日常生活でやってきた下地があからさまに出てくる。それまでやってきたことを上手に生かして乗り切るか、パニックになって終わってしまうか。それは、日常生活でのちょっとした心がけの差だ。
イザというときに、あきらめることはないか。志を持っているか。
 相手に不快感を与えることを怖がったり、職場でのつきあいがうまくいくことだけを願って、人との友好関係を壊せないような人は、結局、何にも踏み込めない、無能な人だ。
 自分の習慣を変えず、流れるままに過ごしていたら、きっと10年後も人をうらやんでいるだけだろう。だったら、仕事以外のものは捨てよう。
言葉は、人と人とのかけ橋であり、自分とまわりが一緒に生きていくうえでの潤滑油でもあり、個人がやすらぐメロディーでもある。そして、言葉は、体をつくるものでもある。
 こいつは牙をむくかもしれないなという部分を相手にきちんと認知させないと、こちらがグロッキーになるまで、相手方からやられてしまう。
 いい人なだけではないということを体から発するためには、勤勉なだけではダメ。のべつまくなしに働く甘さだけでなく、必要なときに必要な力を出せることが大切なのだ。
乱雑な厨房からは、乱雑な料理しか生まれない。大声でわめきたてる厨房からは、端正な料理は生まれない。
 掃除することは、料理人としての誇りを保つための最低条件である。
 日常性をすり込ませることで、お客さんとのコミュニケーションをとることができる。超絶技巧の積み重ねだけでしか出来ないものを出していては、お客さんは疲れてしまう。
 一緒に食べている人との楽しい会話を促すような料理こそすばらしい。
採用するときの基準は二つ。気立てと健康。入ったら、まず片付けものと掃除。次にお菓子。その後、魚を下ろさせる。次はオードブル。
 いやはや、料理の世界も本当に奥が深いですね。
(2014年8月刊。600円+税)

2014年11月 9日

虹の岬の喫茶店


著者  森沢 明夫 、 出版  幻冬舎文庫

 不思議なストーリー展開の本です。でも、それでいいのです。多少あいまいで、ええっ、どうしてそうなるのと不思議感があるくらいが、ちょうどいいのです。何事も論理的にきちんとしすぎると、ギスギスしてきます。心にゆとりをもたせるためには、いくらかのミステリーがあったほうが前向き思考になじむのです。
 映画「ふしぎな岬の物語」も早速みました。この本を読んでいましたから、本にあって映画にないもの、映画にあって本にないものが分かりました。両者あいまって、映画を見終わったとき、ほんわかした気持ちになって帰路につきました。いい映画をみた後は、いつも、ありがとうございましたと心の中で叫んでしまいます。
 この本、そして映画は、吉永小百合のために書かれ、つくられたようなものです。彼女も年齢(とし)をとりました。でも、本当に美しいです。反核・平和のために今も大きな声をあげているのも偉いものです。ギラギラしたところがなく、ちょっととぼけた味わいすら出しているところが、たまらなくいいのですよね。
 吉永小百合の、私にとっての秘密は、週に何日もプールで泳いでいるというのに、顔にゴーグルの跡が見あたらないことです。私なんか、週に1回しか泳いでいませんが、目のまわりには、はっきりしたくぼみがあります。
 ゴーグルの違いなのでしょうか・・・。誰か、その秘密を知っていたら、教えてください。
岬の先にある古ぼけた喫茶店が舞台です。実際に、房総半島に、こんな喫茶店があるそうです。誰か、ブログで紹介してくださいな。でも、常連以外の客はなさそうですから、きっと採算はとれないでしょうね。それでは長続きしないのではないかと心配になります。
 毎朝、湧き水を汲みに行って、コーヒーを湧かします。そして、「おいしくな-れ、おいしくなーれ」と呪文をとなえるのです。
 ブラックのコーヒーって、私はあまり好みではありませんが、本当においしそうです。そんな青息吐息の喫茶店に、食いつめた刃物職人が夜中に泥棒に入ります。女主人は、「泥棒さんも大変ね」と声をかけ、心を通わせるのです。
 私も、弁護士として、同じような思いを何度もしました。食いつめたあげく、無人の倉庫に泥棒に入ったところ、たまたまやって来たパトカーにライトを浴びせられ、逃げようとしたけれど、何日も食べていなかった空腹のため、何歩も走れないで倒れてしまったというケースを担当しました。私と同世代の人たちが食うに困って「犯罪」には知る姿をみると、本当に身につまされます。
 安倍首相の進めている弱者切り捨て政策は本当に許せません。たまには、ほんわり、じんわり感を味わいたい人には、強くおすすめの本であり、映画です。
(2014年6月刊。648円+税)

2014年10月27日

未来のだるまちゃんへ


著者  かこ さとし 、 出版  文芸春秋

 88歳の絵本作家が自らの生い立ちを語った本です。
 わが家でも、さんざんお世話になりました。「だるまちゃんとてんぐちゃん」、「カラスのパンやさん」、そしてなんといっても「どろぼうがっこう」です。私は、子どもたちに何回も何回も読み聞かせてやりました。子どもたちは、何回読んでも、飽きることなく、いつも喜んで聞いていました。知っているセリフが出てくると、私と一緒に言うのです。それが読み手の私にも快感でした。
 独特の雰囲気の絵です。なんだか素人っぽく、やさしい絵です。1000万人の子どもが読んだ絵本だとオビに書かれていますが、長く読み継がれる価値のある絵本だと思います。
 著者は、私が学生のときに打ち込んでいた川﨑セツルメントの大先輩にあたります。
 著者は東大工学部を卒業し、昭和電工に入り、会社員として仕事しながら、川崎市古市場でセツルメント活動に関わりました。
 私も、同じ、この古市場でセツルメント活動に3年あまり、勉強そっちのけで従事しました。といっても、私は子ども会ではなく、青年労働者の山彦サークルという名前の若者サークルに加わっていました。アカ攻撃が加えられたりするなかで、ハイキングやオールナイトスケート、そしてグラフ「わかもの」を読みあわせたりしていました。そのなかで、社会の現実への目が開かれていったのです。それまでは、自分一人で大きくなってきたかのような錯覚に陥っていました。今では、残念ながら学生セツルメントはほとんど絶滅していますが、私の学生のころは全国大会に1000人以上の学生セツラーが全国から参集し、大変な熱気でした。楽しい思い出です。
 著者が川﨑・古市場でセツルメント活動に関わったのは、1950年(昭和25年)ころ、24歳のときです。そのころの古市場は、焼け野原のあとにたてられた木造のバラックみたいな平屋がずらりと並んでいた。私が古市場でセツルメント活動していたときには、労働者の多くの住む住宅街でした。高層ビルはまったくなく、個人住宅と木造二階建てアパートが混在していました。決してスラム街ではありません。
 セツルメント診療所は今もありますが、私のころは木造二階建ての小さい診療所でした。私は古市場に下宿、レジデントしていましたから、診療所の職員のみなさんに大変可愛がってもらいました。
 子どもというのは、ときには大人よりも鋭い観察者だ。
 古市場では、何より子どもたちのエネルギーに圧倒された。
 セツルメントで運動会をすると、町じゅうの子どもたちが500人くらいも押し寄せてきて、てんやわんやだった。
 子どもたちは、遊びでも何でも、時間や場所さえ与えてやれば、自分でつくり出して楽しむ力を持っているし、紙芝居をつくって見せてやらないといい成長ができないというものでもない。自分で楽しみを探し出し、その楽しみが次のエネルギーとなって伸びていく。それが生きる力であり、子どもというのは、そういう生き物なんだ。
 川﨑のガキどもが、起承転結がちゃんとあって、人間がきっちり描いていれば、見てやるよ、と教えてくれた。だから、絵本を描くときの時間配分は、お話の骨組みを作るのに8割、絵を描くのに2割としている。
 大人は先回りして子どもの心を読みとったように思っているけれど、それはたいてい早合点だったり、見当違いで、かえって子どもに辛い思いをさせていることも多い。
 大人が自分のためを思って、そうしてくれたのが分かるから、その気持ちを傷つけたら悪い、否定したら悪いと思って、子どものほうが我慢している。
 家庭環境がいいに越したことはないけれど、どんな家庭に育とうと、やっぱり肝心なのは本人の力であり、人格であり、感性だ。
 子どもというのは、本当に好きなことなら、何としてもやるのだ。どうしてもやりたいのなら、大人や先生の目をごまかしてでもやればいい。そのくらいの知恵は子どもにだってあるはず。そして、それくらいの意気込みがなかったら、自ら水準を高めて、何かを達成するというのは難しい。本当にやりたいことなら、誰になんと言われようと、やらずにはいられない。それに向かって自らの意思で自らの力を注ぐのが、子どもというものだ。
 子どもについての考え方を、根本から改める必要があると思わせる大切な指摘です。
 がこさとしの絵本を一つも読んだことがないという人が、このブログの読者のなかにおられたら、それは明らかに人生の不幸です。今すぐ本屋が図書館に行ってください。そして絵本ですから、ぜひ声を出して、できたら子どもに向かって読んでみてください。心がほんわかしてくること間違いありません。
 先輩、いい本をありがとうございました。引き続き、絵本を楽しみにしています。
(2014年6月刊。1450円+税)

2014年10月20日

きみは赤ちゃん


著者  川上 未映子 、 出版  文芸春秋

 芥川賞作家の女性が、妊娠、そして出産という人生の一大事について、自らの体験を赤裸々に語り明かした本です。
 さすがは作家だという軽妙な語り口で話が進行していきます。どうやら、ブログに現在進行形で語られていたようです。ですから、臨場感があります。
 じっさいの妊娠生活は、私の想像をはるかに超えた、苛酷かつ未知すぎるものだった。
 赤ちゃん(胎児)が育たないのは、受精卵の状態によるものがほとんど。だから、母親があれこれ心配しても、育つものは育つし、育たないものは育たない。
つわりが終わったとき。吊しベーコンを思い浮かべる。瓶詰めのアンチョビ。そして排水口。これまでなら、ちょっと思い浮かべるだけでも即座に吐いていたのに、難なくクリアできた。
 そして、それからの食欲は、これまでに体験したことのないほどの凄まじさだった。とにかく、すべてを食べ尽くしていった。驚いたのは、何を食べても、頭がおかしくなるくらいに美味しいこと。
 出産費用は、普通分娩だと60万円ほど。出産時に、国から42万円が支給される。
 ところが、無痛分娩だと、国からの42万円とは別に50万円が必要となる。検診ごとに1万円かかるので、合計すると20万円。それをあわせると、ざっと140万円かかる。これも、日本では、無痛分娩が一般的ではないからだ。
 骨盤が変化していくのを自覚する。大陸が移動するかのような変化が、手にとるように分かる。みしみし鳴って、本当に分かる。
 無痛分娩の麻酔は、背中の脊髄あたりに針を刺して、管にかえて出産が終わるまでそれを刺したまま過ごすことになる。
 1ミリの子宮口が出産のときには、全開10センチになる。
 麻酔薬を入れたとたん、いっさいの痛みが、瞬間に消え去った。
 結局、著者は子宮口がいくら待っても開かず、帝王切開になったのでした。
 そして、生まれたとき、赤ちゃんを見ての気持ちが次のように語られます。
 私はきみに会えて本当にうれしい。自分が生まれてきたことに意味なんてないし、いらないけれど、でも私はきみに会うために生まれてきたんじゃないかと思うくらいに、きみに会えて本当にうれしい。この先、何がどうなるかなんて誰にも何にも分からないけれど、分からないことばっかりだけど、でも、たった今、私はそんなふうに思って、きみを胸に抱いて、そんなふうに思っている。
 帝王切開だったのに、手術の翌日に歩行。2日目にシャワー、そして5日間で退院。
 生む苦しみ、育てる楽しみをしっかり味わい尽くしたという実感がひしひしと伝わってくる貴重な本だと思いました。
(2014年9月刊。1300円+税)

2014年10月 4日

人生は楽しんだもの勝ちだ


著者  米沢 富美子 、 出版  日本経済新聞出版社

 著者は数学と物理が大好きな少女だったようです。
 なにしろ、5歳のとき、同じように数学の好きな母親から「三角形の内角の和は二直角」というのを教わって、たちまち理解したというのです。恐るべき天才少女です。信じられません。いくつ言葉を並べても、そのときに受けた衝撃を余すところなく記述することは出来ない。
 「こんなに面白いものが世の中にあるのか」
 ええーっ・・・、だって、まだ5歳の幼稚園児なんですよ。強烈なショックを受けました。
 幾何の証明を理解する我が娘の姿に、母の体にも電気が走った。
 「これで、跡取りができた」
 母は、そう考えて、心が震えた。
 この著者の三人の娘さんたちも、やはり理系女子(リケジョ)になったようです。すごい遺伝子ですよね・・・。
 著者の父親は、昭和20年月、ニューギニアで戦死(享年30歳)。恐らく戦闘中に死んだのではなく、凍死、病死、飢え死にでしょう。戦争とはむごいものです。
 著者が小学5年生のとき、知能テストでIQ175。大阪府で一番になった。すごい少女です、まったくもって・・・。
 そして、中学では数学部に入ります。信じられません。そんな部があったなんて。24歳の数学教師が難問を一年生の著者に真剣勝負を挑むのです。
 連立方程式、因数分解、確率、統計。そして、高校の微分・積分まで・・・。
 いやはや、開いた口がふさがらないことは、このことです。
 私は、高校3年生まで理系コースにいましたが、2年生のとき、数学の才能がないことを自覚・痛感して、文系に乗り替えました。化学と物理は好きだったし、得意だったのですが、数学の「美しさ」を体感することが結局できませんでした。
高校で著者は泳げないくせに水泳部に入ったというのです。これまた大胆不敵なことです。そして、全国一斉模擬試験では、数学でなんとトップ。これまた、すごいと、読んでいるほうまで、他人事(ひとごと)ながら、快感を覚えますね。
 著者は京都大学理学部に入ると、湯川秀樹教授の講義を受けました。
 著者は日本物理学会の会長も務めたり、大活躍をしましたが、個人的には病気で「5年生存率」ゼロと診断されたこともあるのです。45歳のとき、乳がんで左右の乳房を全摘。そして70歳で甲状腺ガン。5回ものガン手術を受けたのに、手術の翌日から病室で論文を書いていたというのです。ここまでくると、神業(かみわざ)ですよね。そして、75歳になる今日も、元気なのです。
 第一に、自分の可能性に限界をもうけない。身のほど知らずということ。
 第二に、行動に移す。無謀とか、無鉄砲。
 第三に、めげない。脳天気だということ。
 第四に、優先順位をつける。
 第五に、集中力を養う。
 有限の時間と能力のなかで欲張って生きるには不可欠の要素である。一番大切なポイントは、自分の手で獲得すると決めてしまうこと。そうすると、世の中で怖いものは何もなくなる。
 人生は楽しんだもの勝ちだ。自分で、そうすることに決めれば結果は勝手に着いてくる。
 読んでいると、なんだか人生ってすばらしいね、ワクワクすることがたくさんあるんだねって思えるようになります。読んで元気の湧いてくる本です。
(2014年6月刊。1600円+税)

2014年9月29日

猟師の肉は腐らない


著者  小泉 武夫 、 出版  新潮社

私は著者のファンです。新聞で連載されている美味しいものシリーズも愛読しています。
 コピリンコ、コピリンコ。チュルチュル。味覚飛行物体・・・。
 いつも、著者の手づくり料理を本当に美味しそうだなと思いながら、ツバを呑み込んでいるのです。ただ、ときどきゲテモノ喰いの話になると、私は後ずさりしてしまいます。私も蜂の子とか、バッタ、ザザ虫までは食べたことがあります。長野県人が好みますよね。でも、クモとかトカゲそしてサソリとか、そこらあたりまでいくと、挑戦する勇気はありません。
 著者は、よほどお腹が丈夫なようです。うらやましい限りです。
 この本は、お盆休みの前、わずか250頁の本なのに、3時間もかけて、じっくり味読しました。速読をもって任ずる私にしては、画期的な遅読です。途中、喫茶店を移動して最後まで没入して読みふけりました。それほど夢中になって読み尽くしたということなのです。
 なにしろ、奥深い山の中で、ターザンと呼ばれるような生活をしている男やもめの一人暮らしを著者がたずね、しばし生活をともにしたのです。そして、その男やもめ、いまこそ山奥で猟師をしていますが、かつては世界を飛びまわっていたのです。子どものいない猟師なのですが、実は父親から伝授されたことが山での猟師生活で生きているとのこと。ということは、この猟師が亡くなったとき、それを受け継ぐ人はいないということです。残念です。
 私は、とてもそんな勇気はありませんが、山奥でこんな生活をしている人を絶やしてはいけないと思いました。だって、たとえば、薬草栽培です。ぺんぺん草は血止めの効果があり、ヨモギには殺菌効果がある。蛇(ヤマカガシ)に著者が咬まれたとき、猟師は、手のひらでよく揉んで、傷口に塗りつけ、それで治した。同じように、もっともっとたくさんの薬草を集めて、栽培するというのです。大いに期待したいですよね。
 山に棲む赤蛇は、全身がバネで出来ているような生きもので、筋肉質のとれた身体は紡錘型をしている。その肉は地鶏に似て、とても美味しい。
 猪の肉は、ぶつ切りにして塩をまぶして、縄できつく縛って、囲炉裏の天井に吊しておく。煙で燻されて、3ヵ月くらい吊しておくと、いつまでも食べることができる。
 トイレは臭い。お尻を拭くのは干した蕗(フキ)の葉。これには消毒作用があり、お尻のまわりがきれいになる気がする。
 山での昼食にアルコールは厳禁。そんなことをしたら、命を落としてしまう。遠足ではないから、お酒は一滴もダメだ。うひゃあ、それは知りませんでした。もちろん、夜はたらふく飲むのですが・・・。
 セミの付け焼きも食べます。バットで木をぶん殴る。すると、セミは、突然の木の振動を受けて体がしびれ、脳しんとうを起こしてショック状態で飛べず、地上に落下する。それを拾って、串刺しにして、薪(たきぎ)の炎の上にかざす。
 口の中に入れると、サクリ、サクリとやや乾いた食感がして、ダ液とまじってネトネト、ネチャネチャという湿った下あたりに変わり、つぶれたセミから不思議な味の体液としょう油の塩っぽい味がしみ出してきた。イナゴの空煎りのような、カイコのさなぎのような淡いうま味とか、かすかな苦味と渋味もあって、かなりアクの強い味がする。
 虫を食うのには、焼くのに限る。煮たり、蒸したりするよりも焼くのが一番だ。
地蜂を捕るときには、赤蛙の肉をつかう。地蜂をやっつけるときには、火薬をつかう。黒いのは、桐の木でつくった木炭。黄色は硫黄の粉。白は硝石。黒7、黄1、白2の割合で混ぜて、火をつける。すごい煙が出るので、それで地蜂を麻酔させる。 地蜂は、炊き込み飯と甘煮にして食べる。
 赤蝮(まむし)を捕まえると、小さな心臓を指先でつかみ出して、口に入れて呑み込む。精力がつくという。そして、苦袋(胆のう)も呑み込む。こちらは異に効く。真っ赤な血も呑んでしまう。そして、赤蝮そのものはぶつ切りにして味噌汁にする。赤蝮の味噌汁は、まな板の上で皮をむいた赤蝮を三センチほどのぶつ切りにし、鍋に入れて水を張り、囲炉裏の自在鉤に吊して炊く。沸騰してしばらくして味噌を加えて溶かし、冬につくった高野豆腐を三枚、手でパチン、パチンと折って入れる。また、庭のヨモギをつんできて、さっと洗って、手でちぎって入れる。
地蜂の炊き込み飯は、秀逸な味がした。飯の甘く耽美な香りとしょう油の郷愁をそそる臭い。そして、地蜂のわずかな野生の匂いが混じる。地蜂は、かむと淡く優美な甘味と濃いうま味が重層してくる。
 著者は、ヤマカガシに手を咬まれたあと、アシナガバチに顔に刺されてしまいます。
 そのとき、猟師は、顔に歯糞を塗り込め、そして小便をかけるのです。どちらも、アンモニアが入っているので、毒を中和して散らしてくれるのでした・・・。
 猟師の道と工夫に思わず脱帽、というのが帯に書かれたフレーズです。いやはや、本当に、こんな知恵と工夫が消滅してしまうのは、あまりにももったいないです。
 著者と猟師に最大限の敬意を表します。本当に、いい本をありがとうございました。
(2014年7月刊。1400円+税)

2014年9月 1日

言葉をおぼえるしくみ


著者  今井 むつみ・針生 悦子 、 出版  ちくま学芸文庫

 いま、私の孫(2歳)がコトバの羅列から文章を話せる段階に移行しようとしています。どうやって単語から文章になっていくのか、私にしても興味深いところです。動画で送られてくるので、その変化がよく分かります。
 高校3年生が知っている単語は6万語。18歳といっても、初めの1年間は話せないので、17年間で6万語を獲得したことになる。1日平均100語に近い。これは、今まで知らなかった言葉を、1日に10語覚えようと言われたときの大変さを考えると、とんでもない多さである。2歳から6歳までのあいだに、子どもは平均して1日6語、多いときには1日10語を覚えていく。
 2歳児の話すコトバで、意味の誤りは5%未満でしかない。子どもは、はじめて遭遇したコトバの意味をあれこれ迷わずに推論できる。これは、第一のパラドックスだ。
 そして子どもは、その領域の単語をすべて学習し終わるまで、個々の単語が使えないというわけではない。これが第二のパラドックスだ。
 生まれたばかりの子は、他の女性の声よりは、母親の声を好む。それは、胎内で耳にした音になじんでいることを示している。
 生後5日のフランスの乳児は英語と日本語のようにリズム構造の異なる外国語を区別することが出来た。
 子どもは、一種の「思い込み」をもってコトバの学習にのぞんでおり、その「思い込み」に合致したものを最優先して語の意味を考えている。
 4歳児は、形容詞が名詞(モノの名前)ではないことは分かっている。子どもは、2歳台で最初の助数詞を使いはじめる。それからしばらくしても、子どもの使える助数詞の種類は、なかなか増えない。5歳児になっても、助数詞を間違いなく使いこなせるレベルには達しない。
 外国人にとって擬態語の学習がとても難しいということは、音と意味とのあいだの「ぴったりくる」感覚を身体で覚えるためには、幼少時に日常生活のさまざまな状況で、大量の擬態語を聞き、自分で使うことが必要だということを意味する。
 日本語では、主語によって動詞の形が変わることはない。中国語では、動詞はそもそも活用せず、いつも同じ形だ。
 英語で「2犬」というが、日本語では「2匹の犬」というように、数えるための助数詞をつける。
 英語は、主語や目的語を省略しない。日本語は、主語を省略できるのが特徴だ。
 大人と一対一で向きあったとき、大人に対して自分の意見を述べるのは良くないこととする文化圏がある。日本も、その一つですよね・・・。そのような文化的圧力の下では、子どもは本当の力を発揮できない可能性がある。
赤ちゃん学って、本当に面白いですよね・・・。
(2014年2月刊。1400円+税)

2014年8月17日

仕事道楽(新版)


著者  鈴木 敏夫 、 出版  岩波新書

 著者は私と同じ年齢(とし)です(1948年生)。つまり、憎まれっ子、世に幅かる、という団塊世代なのです。宮崎駿(はやお)監督のそばにいて、プロデューサーとして大活躍してきた人物です。
大事なのは、いま、目の前。昔は、もう、どうでもいい。宮崎駿(宮さん)とは、いつも、今のことをしゃべっている。昔の話はしたことがない。今やらなければ、いけないことを話す。それだけで、しゃべることは山ほどある。
仕事は、公私混同でやる。これに尽きる。この仕事をやってほしいと他人に頼んだら、すべてをまかせる。
 編集者型のプロデューサーは、一人の作家に作品をつくってもらうのが仕事。作家の最初の読者になって、どう相槌を打つか。相槌をうまく打つには、その作家の教養の元を知っていて、自分も同じレベルの教養を身につける必要がある。教養の共有の程度は、相槌の打ち方にあらわれる。
ジブリ全作品のなかで、『トトロ』と『火垂るの墓』は一番客の来なかった作品だった。『トトロ』が大人気を得るのは、テレビで放映されてからのこと。
 私は、うちの子どもには成人通過儀礼として、『火垂るの墓』を見なければダメだと言い続けました。私自身は一回みましたが、それで十分です。あまりに切なすぎて、夜、眠れなくなりますので・・・。子どもが可哀想で可哀想で、思い出すだけで涙が出てきてしまいます。
 この文章を読んでいる人のなかに、まだ、『火垂るの墓』をみていない人がいたら、ぜひ見てくださいと叫びたくなります。戦争の悲惨さをしっかり味わうことができます。安倍首相とアッキー夫人には、とりわけ見てほしい映画です。
 『風の谷のナウシカ』は100万人に届かなかった。ところが、『もののけ姫』は1420万人。とんでもない数字だった。
 ディズニーが、アニメ映画で唯一、興行成績でトップに立てないのが日本だ。宮崎駿はエンターティナ―、高畑勲はアーティスト。そして、二人とも理想主義者。著者は現実主義者。だから、この二人とずっとやれてきた。
 三鷹にあるスタジオ・ジブリにはまだ行っていません。ぜひ行きたいと思っています。
 楽しい本です。映画を思い出して、クスクスと笑いだしたくなります。
 でも、巨匠を支えて「現実主義者」がいたことも分かりました。ひき続き、がんばってくださいね。
(2014年5月刊。880円+税)

2014年8月14日

睡眠のはなし


著者  内山 真 、 出版  中公新書

 眠れない夜のために。
私は幸いなことに寝つきは良いほうです。たまに、すぐに眠れないことがあるのですが、それは間違って夜7時以降にお茶かコーヒーを飲んでしまったときのことです。原因は、はっきりしています。
 ただ、夜中に一度、目を覚ますことがあります。そのときは、トイレに入って用を足し、顔を洗って、もう一度、すっきりして横になります。すると、再びすぐに寝入ることができるのです。
 睡眠をしっかりとるのが、何よりの元気の素です。徹夜なんて、弁護士になってから、したことがありません。
不眠を訴える人は、5人に1人。30人に1人は、睡眠薬を服用している。
 朝型か夜型かは、遺伝子による。つまり、生まれつきの体質である。
 中高年層が若年層より早く出勤するのは、やる気があるからではなく、脳にある睡眠調節機構の老化によるもの。
 睡眠は、他の生物と共通の仕組みで制御されている。眠っているときには、私たちは人間というより、霊長目に属する、ただの哺乳類になる。
 身体が休む時間帯に、大脳をうまく沈静化して休息・回復させ、必要なときに高い機能状態の覚醒を保証する機能のために、睡眠がある。
 高等な哺乳類にとって、睡眠とは、身体が休むときに、脳の活動をしっかり低下させ、休養させるシステムなのだ。体内の温度を積極的に下げ、まるで変温動物のようになって、脳と身体をしっかり休息させる。
 体内の温度が下がると、生命を支えている体内の化学反応が不活発化する。つまり、代謝が下がり、休息状態になる。
赤ちゃんの手が温かくなるのは、眠たいサインだといわれるのは正しい。熱を逃して、脳の温度を下げ、眠気を誘って脳を休ませている。
 一晩の80%がノンレム睡眠だ。すやすやと深い寝息をたて、ゆったりと眠っている。ノンレム睡眠のときには、日中に疲れた大脳皮質は眠っているが、脳の一部では耳から入る情報をモニターしている。
レム睡眠は、一晩の睡眠の20%を占める。呼吸が浅く、やや不規則で、目が開き加減でまぶたがピクピク動く。レム睡眠は、夢をみている睡眠だ。目の動きが活発であるのと対照的に、全身の筋肉の緊張が著しく低下している。
 ノンレム睡眠中は、レム睡眠にみられるような鮮明な夢をみることはない。大脳がほぼ完全に休んでいるからだ。ノンレム睡眠の意義は、主として脳を休ませることにある。
 もともと身体を休ませるためのレム睡眠があり、これは脳を積極的に休ませる機能はなかった。高等動物になり、大脳が発達してくるにしたがって、脳を積極的に休ませる仕組みが必要となり、ノンレム睡眠が発達した。
 身体が休むレム睡眠のときには脳は目覚めていて、脳が休むノンレム睡眠のときには、筋肉は完全に休まない。このようなシステムには、眠っているときの無防備な時間を最小限にするという利点がある。
 睡眠時間は、短すぎるのも長すぎるのも健康には良くない。6時間台、7時間台という、ほどほどがもっとも健康的。
睡眠不足は、食欲増強ホルモンであるグレリンを増やして食物に対する欲求を高め、さらに満腹ホルモンであるレプチンの分泌低下により満腹感の得られない状態をもたらす。
 うつ病の人の体温は健康な人よりも高い。体温を下げて心身を休息状態にもっていく仕組みが不調になっているためだろう。
 レム睡眠では、眼球を動かす筋と呼吸のために必要な胸部の筋以外の筋はほぼ完全に弛緩している。夢は、レム睡眠という、ごく浅い眠りの状態に随伴する内的体験だ。
 レム睡眠のときには、外部からの感覚入力と筋肉への運動出力が遮断されて、脳が外界から孤立して働いている状態である。
人間の身体の休息と脳の休息とが微妙に連動していることを知りました。
(2014年5月刊。760円+税)

2014年8月11日

記憶力の正体


著者  高橋 雅延 、 出版  ちくま新書

 私は、他人(ひと)からは記憶力がいい奴だと思われているようです。でも、自分では、記憶力がいいのか悪いのか、よく分からないというのが正直なところです。
 記憶力がいいという意味では、私は高校生だったころ、歴史は日本史も世界史も得意中の得意でした。年代も人名もよく覚えていたものです。記憶力が悪いという点では、歌詞はまったく覚えることができません。人の名前も、すぐに忘れてしまいます。
 好きこそモノの上手なれ、というとおり、歴史は大好きでしたから、その論理的帰結を理解すると、忘れることがありませんでした。歌のほうは、小学生のころから苦手意識があり、今でもカラオケと聞くとすぐに逃げ出してしまいます。人の名前は、好きな人だと一生忘れることがありません。要するに、人間の記憶というのは、感情と深く結びついているのですよね。
 この本を読んで、人間の記憶力について、本当に勉強になりました。
 人間は自然にそなわった忘却力のおかげで、次々に起きる新しいことを覚えたり、自分の考えを先に進めていくことができる。
 ありがたいことに、どれほど辛い記憶であっても、時間の経過とともに次第に忘れられ、その辛さが軽減していく。バルザックは、「多くの忘却なくして、人生を暮らしてはいけない」と語った。つまり、忘却力がなければ、いつまでも辛い記憶にとらわれ、人生を前に進めることができないのだ。
 忘れるといっても、二つの意味がある。一つは、記憶が消滅してしまうこと。もう一つは、どこかに記憶としては残るけれど、それをうまく引き出せないケース。
 長期間にわたって細部まで鮮明なまま保存されると思われていたフラッシュバブル記憶にも、多くの記憶違いが起こることが判明している。
 感情的ストレスの強さは、ある適切なレベルまでは記憶を欲するが、その最適レベルを超えると、今度は逆に記憶が悪化してしまう。
 後悔にも二つある。「やったこと」に対する後悔と、「やらなかったこと」に対する後悔。年齢に関係なく、同じ後悔でも、「やったこと」の後悔よりも、「やらなかったこと」の後悔のほうが、いつまでも記憶にとどまる。
 完了した行動よりも、未完了の行動の方が記憶によく残る。これをツァイガルニク効果と呼ぶ。
 未完了課題のほうは、やり終えることができなかったという「心残り」があるため、自然に、何度もその課題を考えてしまう。この反芻が未完了課題の記憶を長く記憶にとどめることになる。
 本人の意識のなかから、トラウマ体験が切り離され(解離)、もはやその体験を意識的には思い出せなくなってしまう。これを解離性健忘という。
 解離になることによって、耐えられない破局的な苦痛を切り離すことができる解離状態になることができる。解離状態になることで、妥協できない葛藤を解消する。つまり、現実の強制から逃れることが可能になる。
 3歳より前の自分の記憶を思い出せる人はいない。なぜか?
 子どもは、1歳前後でことばを話せるようになるが、3歳前後で過去の出来事について断片的なものから、構造をもったものへ劇的に変わる。子どもの過去についての語り方が激変し、そのことによって、その体験が長く記憶に留まるようになって、幼児期健忘は終わる。
 要するに、構造的な話し方ができるようになると、その前の断片的な話し方は追いやられてしまい、構造的な話し方にみられる記憶こそが繰り返し頭のなかに定着してしまうということなのでしょう。やっと、私の長年の謎の一つが解けました。
 不快なことを忘れ去るためにはどうしたらよいか?
 嫌なことであっても一度だけは他者に語るべきだ。語るためには話を組み立てなければならず、そのためには、自分と他者が理解できるように構造化しなければならない。理解可能な語りとして加工することで、理解できない理不尽な細部は消え去る。
 他者に語る作業では、相手が理解できるように、その内容を整理し、首尾一貫性をもたせなければならない。このことによって解離した身体記憶の断片が一貫性をもつようになり、自らの記憶として統合される。忘れたければ、二度と語らないでおけばよい。
他者に語る作業こそが、私たちの記憶に対して大きな影響を与える。
記憶の定着に重要なのは、思い出す回数を増やすこと。だから、同じ時間だけ勉強するのなら、やみくもに何度も参考書を読むよりも、何度も問題集を解いた方が記憶にとって有効なのだ。
 私たちの記憶は、決して生のまま丸覚えされるものではない。必ず、何らかの解釈を通して変容されてしまうものなのだ。
 「現在の呪縛から解放される」ため、知らないうちに、記憶をつくり変えてしまうこともある。
 人間の記憶とは、必ずしも正確な再現ばかりではない。
 とても納得できる記憶力の本でした。みなさんに、一読されることを強くおすすめします。
 ちなみに、私はフランス語の単語もよく覚えられません。でも、長年やっているうちに、どうにか聞きとれるようにはなりました。うまく話せないもどかしさを痛感しつつ、毎朝、CDを聞いて聞きとりしています。
(2014年6月刊。840円+税)

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