弁護士会の読書
※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。
人間
2015年6月13日
腸が寿命を決める
(霧山昴)
著者 澤田 幸男・神矢 丈児 、 出版 集英社新書
人間が生きていくうえで必要な栄養素と水分を体内に取り込む(吸収する)ことができるのは、腸だけ(胃はビタミンB1、鉄、カルシウムは吸収する)。
人間が病気になるのを防ぐ、からだの「免疫システム」の80%は、腸が担っている。
口の中でのそしゃくが不十分だと、口から取り入れた食べ物は半分ほどしか消化されずに体外へ排出されてしまうことになる。そしゃくはきちんとしないと、食べ物にふくまれた栄養素の消化・分解の下準備ができない。
胃に入った食べ物は、胃壁から分泌される強力な胃酸で殺菌される。
十二指腸がないと、人間は生きていくことができない。
大腸は、栄養素を吸収することはできるが、消化できない。
大腸には、消化のための酸素を出す機能はない。大腸内には、無数の外来細菌がすみついている。人間ひとりにつき、100種類を超え、合計数は100兆個以上になる。
善玉菌(乳酸菌類)は、人間の身体には存在しない消化酵素をもっている。
酵素は、小腸で消化できなかった残りの栄養素、とくに食物繊維やオリゴ糖などの糖質類を分解し、大切なエネルギーを作り出してくれる。
健康な人の場合、便の80%は水分である。食べ物の残りカスは、3分の1ほどで、残る3分の2は、さまざまな現象によってはがれ落ちた腸内細菌だった。
腸は、もっともっと大切にされるべきだという点は、私もまったく同感です。
(2015年4月刊。740円+税)
2015年5月25日
驚異の小器官・耳の科学
(霧山昴)
著者 杉浦 彩子 、 出版 講談社ブルーバックス新書
年齢(とし)をとって、少し耳が遠くなっているようです。聞こえにくくなりました。同世代では補聴器をつけている人もいますが、幸い、まだそこまでではありません。
人間は、時間情報については、視覚よりも聴覚の方が優位な影響をもつ。目でとらえた変化に対して身体が動くよりも、音に反応して体が動く反応の方が早い。
素早い動きをしなければならないスポーツでは、聴覚が重要な役割を果たしている。
人間は、まず音を聞いてから、目で確認している。
聴覚障害の方が視覚障害よりも疎外感が深い。
胎児は、胎内で母親の心音や話し声を聞いている。
壊れた鼓膜は、すぐに再生してくる。耳鼻科では聞こえないのを治すため、わざと鼓膜を破ることがある。
キヌタ骨、ツチ骨、アブシ骨という耳小骨は、生まれたときから成人のサイズとほぼ同じ大きさをもつ例外的な骨。5万個ほどの神経細胞が小児期のあいだに、どんどん死滅して、10代では3万個台に減ってしまう。90代には1万個台になる。
母国語を聞き取るためには、小児期における神経淘汰が大切だ。これは、神経細胞の数を減らしていくことは、よく聞く言葉のパターンを覚えていくということ。
1歳までにある程度パターン認識できたかどうかが、その後の言語発達に重大な影響を及ぼす。言語の臨界期は6歳頃。言葉は、まず聞いて、話して、読んで、書いて、という4段階で発達していく。どんな複雑な言語も、まずは聞くところから始まる。繰り返し決まったパターンの発音を聞いていくことで言語を認識するための脳が育っていく。
音楽と言語では、脳の使い方が異なっている。言語中枢はあるが、音楽の方には中枢はないようだ。
最後に、耳垢について、著者は何もしないのがよいと強調しています。自然に出てくるのです。まあ気にはなりますけどね・・・。それだけのことなんです。
(2014年10月刊。860円+税)
2015年4月27日
フラガール物語
(霧山昴)
著者 清水 一利 、 出版 講談社
蒼井優の踊りには圧倒されました。映画『フラガール』の話です。大きなスクリーンでみて、また我が家のテレビでみました。
常盤炭鉱が行き詰まってつくられた常盤ハワイアンセンター。誰だって、半年もてばいいほうだと思っていました。
女の子がへそ丸出しで踊る。そんな踊りにスケベな男はともかくとして、リピーターがいるはずがない。私だってそう思います。ところが、その限界を突破したのです。そして、ついに日本アカデミー賞をとる映画にまでなったのでした。
それでは、どうやってフラガールが誕生したのか、どんな苦労があったのか、知りたくなりますよね。この本は、その要求にこたえてくれるものです。
福島県いわき市のスパリゾートハワイアンで、毎日昼夜2回のステージを彩るダンシングチーム。フラガールを養成するのは常盤音楽舞踏学院。そして、この学院は昭和40年の設立から50周年を迎えた。
常盤炭鉱では1トンの石炭を掘るたびに40トンもの温泉が湧き出ていた。この温泉を掘るだけで、年に何億円ものお金がかかった。そこで、温泉を利用したレジャー施設を思いついた。すごい逆転の発想です。
1期生はがんばった。普通なら3年かかるものを、3ヶ月でやり切った。本当に、よく耐えた。
昭和41年1月に、常盤ハワイアンセンターが開業した。
私が大学に入る前の年ですから、まだ、私は高校3年生です。
オープン直後のステージには、連日、大勢の客がつめかけた。
昭和44年(1969年)に43人もいたダンサーが、どんどん減っていき、昭和51年には30人を割り、昭和55年には20人を下まわってしまい、ついに昭和63年末には12人にまで減ってしまった。史上最少の危機を迎えた。入ってくる子が少ないのに、辞める子が多かった。やっと一人前になったころに、「寿退社」していく。
学生時代にアルバイトを経験している子は長続きした。ダンサーの給料は一般のOLに比べたら高給だから、これだけの給料は、ほかではもらえないことが分かっているので、頑張ろうと思うからだ。
ソロダンサーは、いわばダンシングチームの「顔」。一番大事なのは「華」。その子がステージに立つと、周りがパーッと明るくなるような雰囲気をもっていて、群衆で踊っていても、その子だけは浮き上がって見える。そんな子でなければ、ソロはつとまらない。私生活が乱れているような子、きちんとした言葉づかいができないような子は、ソロはできない。
うむむ、なるほど、ソロになるのは厳しいものなんですね・・・。
400人のダンサーのうち、ソロになれたのは、わずか63人。踊りの技術だけでなく、日ごろの人間性やチームをまとめるリーダー的な素養までもが選考の対象となる。
2006年(平成18年)映画『フラガール』が公開され、観客125万人、興行収入150億円という大ヒットを記録した。そして、第30回日本アカデミー賞で最優秀作品賞などを受賞した。
いやあ、本当にいい映画でした。かつての炭住街がCDで再現されていましたが、本当になつかしい光景でした。
福岡県内にも、筑豊と筑後には炭住街がありふれていましたが、残念ながら今はまったくありません。もったいないことをしました。
映画『フラガール』の最後に蒼井優の踊るのがタヒチダンス「タネイムア」だ。人の汗しぶきに圧倒されます。もし、この映画をみていないという人がいたら、今すぐDVDを借りるか買うかして、みてみて下さい。今夜は、芸術に浸って、ぐっすり眠れますよ。
(2015年1月刊。2500円+税)
2015年4月20日
手のひらから広がる未来
(霧山昴)
著者 荒 美有紀 、 出版 朝日新聞出版
私の娘も、大学院生としてパリに留学中に突然、弱視になり、今は盲学校で鍼灸師の勉強をしています。世の中には、いきなり信じられない病魔に襲われることがあるのです。
この本の著者は、大学生の時、突然耳が聞こえなくなり、また視力を失ってしまったのでした。いやはや、大変な事ですよね。耳も目も不自由だなんて、想像も出来ません。それでも、大変な苦難をついに乗り越えていくのです。読んでいて、人間って、すごいと思いました。そして、彼女を支える人たちがたくさんいるのに救われます。一人娘を支えた両親の苦労は、いかばかりだったでしょうか・・・。
ヘレン・ケラーになった女子大生というサブ・タイトルがついています。今では著者に彼氏もいて、明るく前向きに生きていますが、そこにいたるまでの苦しみと悩みが、本人によって語られています。ついついホロリとさせられました。難病の名前は、神経繊維腫症Ⅱ型(NF2)。聞いたこともありません。
身体にできた傷を治す分泌液は人間の誰もがもっている。ところが、この病気になると、傷が治ったあとも分泌が止まらない。そのため、身体中のどこかに腫瘍ができて、いろいろな神経を圧迫する。
はじめ、難聴となり、19歳のときに右手がマヒし、22歳で耳が聞こえなくなり、やがて目も見えなくなった。目と耳の両方に障害をもつ人を「盲ろう」という。東大教授でもある福島智(さとし)氏も盲ろうだ。著者はそのうえ、腰にも障害が出て、車いす利用者になった。
著者は、16歳までは視力も聴力も問題がなかった。だから、今でも、色や草花の形や人の声、ピアノなどの音色が容易に想像できる。
盲ろう者にとって、人間の最低限の要求である、安心と安全感が日常生活にない。日常生活そのものがサバイバルなのだ。ごはんを食べるのも、毎日がヤミナベ(闇鍋)状態。
最初に耳の不調を感じたのは、高校1年生の夏のこと。それで、3ヶ月に1度は、中国へ行き、中日友好病院の国際医療部で治療を受けた。
著者は、明治学院大学文学部のフランス文学科に合格した。
ところが、よく聞こえない。そして視界がどんどん白くなっていく・・・。
福島智教授は、5時間も著者に向かって話をしてくれた。もちろん指点字での会話。
死なない。めげない。引きこもらない。転んでも叩きのめされても起き上がろう。しっかり前を向いて歩いていこうということ。命ある限り、生きよう。
著者のような盲ろう者は、日本全国に1万5000人いると推計されている。しかし、派遣事業の利用登録をしている盲ろう者は1000人もいない。
著者は指点字を1週間で習得したというのです。すごいですね。そして、周囲の人たちもそれを学び、著者との交流を深めていったとのこと。本当に心温まる話です。
つらい大変な日々も多いことでしょうが、これからも、めげず、くじけず、前を向いて生きていってくださいね。こんないい本を読むと、心が洗われる思いがします。あなたもぜひご一読ください。
(2015年3月刊。1200円+税)
2015年4月13日
ラスト・ワン
著者 金子 達仁 、 出版 日本実業出版社
義足アスリートとして有名な中西麻耶のすさまじいまでの半生を描いた本です。
珍しいほどに自己主張の強い若い日本人女性のようです。アメリカでは問題なく受けいれられても、日本では大変です。やっかみ、ねたみ・・・、いろんな障害が目の前に大きな壁として立ちはだかるのです。
若い女性が労災事故にあって、右足を切断してしまうのですから、大変な衝撃だったと思います。
右足切断といっても、骨折の痛みほどは感じない。骨が折れたことを脳に伝える神経もなくなっているから。あるのは、皮膚を切った傷の痛みだけ。
このとき、中西麻耶は真っ赤なブラジャー、下は父親のトランクスをはいていた。これをはいているのを見られたら、絶対に死んじゃう。そっちでパニックになりそうだった。
右足を切断したら、そこがバーンと腫れる。
浮腫と呼ばれる症状がおさまるまでには2年ほどかかる。患者は、包帯で強くしばることによって、できるだけ元の太さに戻そうとする。太くなろうとする治癒能力と、細くしようとする人為的な力のせめぎあいの決着がつくまで、足は一日のうちでもサイズが変わってしまう。
義足をはきだすと、包帯とは比較にならないほどの大きな力がぎゅっとかかるので、より細くなるスピードが高まる。だから、あっという間に、サイズが変わる。それでも追いつかなくて、新しい義足をつくらざるをえない。その繰り返しだった。
障害者陸上の世界に入ってみると、想像していたよりも、はるかにお金がかかる。遠征の費用、義足、生活費・・・。渡航費や滞在費が全額支給されるパラリンピックと違い、世界選手権の場合、すべての経費は選手の自己負担だ。出場するためには60万円が必要だった。
中西麻耶はヌードカレンダーをつくった。それも障害の部所までさらけ出したもの。定価は1200円。ところが、なんと9000部を売り切った。
最後のページに、それまでの話とはまったく違ったことが書かれていますので、驚きましたが、私は、それよりも何よりも、障害者陸上競技の世界でのきびしい試練に中西麻耶が耐え抜いていったところに心を打たれました。
競技用のカーボンファイバーで出来た義足って、130万円ほどもするんです。高いですよね。
私としては、中西麻耶がこれからも元気に活躍することを願うばかりです。
(2014年12月刊。1500円+税)
2015年4月 6日
続・自閉症の僕が跳びはねる理由
著者 東田 直樹 、 出版 エスコアール出版部
自閉症の本人が語っています。目が開かされる思いです。
どんな言葉が、いつ出るのか、自分でも分からない。昔おぼえた絵本の一節、繰り返し聞いたコマーシャル、記憶の中で印象に残っている単語などが、勝手に口から飛び出てくる。
話を途中で止めるのも大変。どうにかなりそうなくらい、せっぱつまった感じで話している。言葉は、自分の意思ではおさまらない。言葉は、なかなかコントロールできない。
いつもと違い状況で会うと、その人が誰なのか、認識できない。記憶で一番はっきりしているのは場所だから。違う場所で会うと、その人だと分からないのは、背景が違うので、大きなヒントがなくなるから。
話そうとすると頭が真っ白になってしまい、言葉が出てこない。話せない人は、みんなが思っている以上に、繊細だ。
気温にあった服装の調節、ジャンケンもうまくできない。手にもっている物など、すぐに何でも口に入れてしまう。汚い物ときれいな物の区別が、分かりにくいのも理由の一つ。
時間は、本当につかみきれない。時間の流れを記憶しにくいので、時間そのものが苦痛だ。自閉症の人の反復行動は、自分なりの「きり」がつかなければ、終わりにはならない。自分で納得できなければ、終われない。
自分が納得した仕事については、教えられたことをしっかりやり遂げることができる。
自閉症者は、光や砂、水が好きだ。光を見れば心が躍るし、砂を触れば心が落ち着き、水を浴びれば生きていることを実感する。
カラオケが大好きな自閉症の高校生でもあります。大勢の人の前で講演している写真があります。人前で声は思うように出ないとのことですので、どうやって講演しているのでしょうか。
すぐそばに母親がついています。著者の手を握って、パニックにならないようにしている感じです。
NHKテレビでも放映されたそうですが、とても貴重な体験記だと思います。これからも元気に過ごしてほしいと心から願います。
(2014年12月刊。1600円+税)
2015年3月30日
社会脳からみた認知症
著者 伊古田 俊夫 、 出版 講談社ブルーバックス
認知症とは、正常に成人になった人が、病気や事故などのために知的能力が低下し、社会生活に支障を来すようになった状態を指す。
64歳以下で発症した認知症を若年性認知症と呼ぶ。その多くは、40~50代で発症する。若年性認知症の患者は全認知症の1%を占める。40~50代で物忘れに深刻に悩む人は、高齢期に認知症になる確率が高い。
若年性認知症は、症状の進行が早いという特徴がある。異常タンパクの生成が早いためだと考えられる。若年性認知症は周囲の人の気持ちを理解できない。他人への関心が薄くなる。性格の変化が目立つのも特徴。
日本の認知症患者は460万人をこえ、その予備軍が400万人いる。
認知症の人には、「配慮を受けている」という自覚が乏しく、同僚に感謝の気持ちを伝えられない。
認知症の人に最初にあらわれるのは、新しいことを記憶できないこと。そして、物忘れしているという自覚が薄れてくる。
日課や予定、約束や期限といった緊張感が失われると、人間の記憶力は低下していく。
認知症の第二の重要な症状は、自分の置かれた状況が分からなくなること。さらに症状がすすむと、自分が病気であることを理解できなくなる。
人の心の働きのなかで、もっとも重要なのは、他者の心や気持ちを理解するというもので、これは人間特有の働きである。
認知症の人は、詐欺的商法の相手と長時間にわたって一緒に過ごし、すっかり信用しきってしまう。警戒心がまったくない。
認知症に陥った人たちからは、苦悩が確実に減少していく。悩まなくなるのだ。
うつ病が増加している。うつ病にかかった人は、羅患歴のない人に比べて、認知症になる危険性が2~3倍も高い。
私の同級生も認知症になった人がいます。とても生真面目な性格でした。それと関係があるのでは、と思っています・・・。
(2014年11月刊。900円+税)
2015年3月16日
跳びはねる思考
著者 東田 直樹 、 出版 イースト・プレス
自閉症の人の素顔を初めて知った思いでした。
本人の書いた文章とインタビューによって、自閉症の人がどういう状況にあるのか、どんなことを考えているのかが、よく分かります。
青空を見ると泣けてくる。空を見ているときには、心を閉ざしていると思う。周りのものは一切遮断し、空にひたっている。見ているだけなのに、すべての感覚が空に吸い込まれていくよう。この感じは、自閉症患者が自分の興味のあるものに、こだわる様子に近い。
ひとつのものしか目に入らないのではなく、言いようもなく強く惹かれてしまう。それは、自分にとっての永遠の美だったり、止められない関心だったりする。心が求める。
声は呼吸するように口から出てしまう。自分の居場所がどこにあるのか分からないのと同じで、どうすればいいのかを自分で決められない。まるで壊れたロボットの中にいて、操縦に困っている人のようなのだ。
ひとりが好きなわけではない。ありのままの自分で、気持ちが穏やかな状態でいられることを望んでいる。
必要とされることが人にとっての幸せだと考えている。そのために、人は人の役に立ちたいのだ。
動いているほうが自然で、落ち着ける状態なのだ。行動を自分の意思でコントロールするのが難しい。そのため、気持ちに折りあいをつける必要がある。だから、時間がかかる。
自閉症という障害をかかえていても、ひとりの人間なんだ。
表情を自由自在に変えるなんて、信じられないこと・・・。
現実世界は、ふわふわした雲の上から人間界を見ているような感覚だ。
話せない自閉症者は、人の話を聞くだけの毎日。知能が遅れていると思われがちだが、そうとは言い切れない。人の話を黙って聞く。こんな苦行を続けられる人間が、世の中にどれくらいいるだろうか・・・。
著者は、アメリカなど外国にまで出かけて講演しています。
講演会などで他の土地へ行くと、心が解放された気分になる。誰も自分を知らないという状況が心地いい。
質疑応答とは、疑問に回答するだけでなく、登壇者と参加者の心と心をつなぐかけ橋のような対話だ。相手を思いやりながら、言葉をかわすことに意味がある。
自閉症の人の置かれている世界を垣間見ることのできる本です。
(2015年1月刊。1300円+税)
2015年1月26日
自己が心にやってくる
著者 アントニオ.R.ダマシオ 、 出版 早川書房
意識の明らかな成果としては、生命の効率的な管理と安全の確保があげられる。
脳なんかまったくない生物ですら、単細胞生物にいたるまで、一見すると知的で目的性のありそうな行動を示す。
ニューロンは再生産しない。つまり、細胞分裂しないし、再生もしない。
植物はニューロンを持たず、ニューロンがない以上、決して心を持てない。水頭無脳症の子どもは何年も生き続け、思春期を迎えることさえある。決して、植物状態などではない。それどころか、目を覚まして行動している。世話係とも無視できないほどの意思疎通ができるし、世界ともやりとりできる。彼らは明らかに心をもっている。頭や目は自由に動き、顔には情動表現があり、おもちゃやある種の音にはほほえむ。くすぐられると笑って、通常の喜びさえ表現できる。痛い刺激には顔をしかめて手を引っ込める。
渇望する物体や状況に向けて、移動もできる。たとえば陽のあたっている床へはいって、日向ぼっこをして、明らかに暖かさから便益を引き出し、満足しているように見える。
さらに、特定の人物に対する選好を示す。知らない人にはおびえ、いつもの母親や世話係の近くにいると、もっとも幸せそうだ。好き嫌いは明確で、とくに音楽の場合には、それが著しい。子どもたちは、一部の音楽をことさら気に入る。耳の方が目よりもいいらしい。水頭無脳症の少女たちは、思春期には、生理にさえなる。
身体から脳への通信と同じように、脳には神経と化学の両方の経路で身体に語りかける。神経経路は神経を使い、そのメッセージは筋肉の収縮と行動の実行を引きおこす。化学経路は、コーチゾル、テストステロン、エストロゲンなどのホルモンを使う。ホルモンの放出が体内状態を変え、内臓の働きを変える。
脳内で生じた思考は、体内で生じる情動状態を引き起こせるし、身体は脳の風景を変え、したがって思考の基盤を変えられる。
脳の状態は、ある精神状態に対応するが、特定の身体状態を引きおこす。そして、身体状態が脳にマッピングされて、継続中の精神状態に組み込まれる。情動と感情とは区別される。情動と感情は、緊密に結ばれた周期の一部ではあるが、プロセスとして区別できる。重要なのは、情動の本質と感情の本質とか違っていることを認識すること。
情動の世界は、もっぱら体内で実行される行動の世界であり、たとえば顔の表情や姿勢から、内臓や内部状態の変化などが含まれる。これに対し、情動の感情は、情動が動いているときに、心や身体の中で起こることについての複合的な知覚だ。
感情は、行動そのものではなく、行動のイメージだ。感情の世界は、脳マップ内で実行される知覚の世界だ。情動は、アイデアやある考え方を伴う行動である。
情動は、脳内で処理されたイメージが各種の情動の引き金となる部位を活性化させると機能する。
目を覚ましているというのは、意識をもつ前提条件だ。
人は、レム睡眠中には活発に夢を見るし、一晩に何度も見ている。だけど、もっとも記憶に残るのは、睡眠から目を覚ましかけてだんだん水面下から、徐々にまたは急激に水面、つまり意識状態に戻ってくるときの夢らしい。
麻酔薬は、ニューロンを過分極させて、アセチルコリンをブロックすることで作用する。アセチルコリンは、通常のニューロン間通信では、重要な分子だ。
アルツハイマーは、人間にしか見られない病気である。典型的なアルツハイマー病をもつほとんどの患者は、病気の初期も、中期も、意識は阻害されない。初期には、新しい事実情報の学習がだんだん阻害されるようになり、過去に学んだ事実情報を思い出すのも、だんだん困難になっていく。初期には、この病気の影響は小さく、社会的な穏やかさは維持され、平常な生活に近いものがある程度は維持される。しかし、やがて自伝的記憶の基盤が浸食され、そのうちあっさりと消えてしまう。
意識と脳について、深く知ることのできる本です。
(2013年11月刊。2900円+税)
2015年1月 4日
香りの力、心のアロマテラピー
著者 熊井 明子 、 出版 春秋社
私は、あまり鼻が良いほうではありません。夏の夜に庭の夜香木の花から漂ってくる強い芳香も、よほどでないと分かりません。でも、ふっと、昔、子どものころにかいだ麦わらの匂ひを感じたとき、一瞬にして子ども時代に戻ってしまうのです。匂ひには、特別の力があることを実感します。
人生は「好きなもの」が多いほど楽しい。香りも例外ではない。ハッピーな気持ちをもたらす「好きな香り」を年ごとに増やしていきたい。それは、よい思い出を増やしていくことと比例する。うれしいとき、天にも昇る心地になったときには、意識して、その瞬間の香りを記憶しよう。
みかん類の香りは、きわめてヘルシーで、好ましい。心を明るく高揚させる効果がある。
『源氏物語』には、生まれつき体が芳しい香りを発する薫君(かおるのきみ。光源氏の息子)が登場する。彼に対抗して、なんとかして女性を惹きつけるセクシーな香りをつけたいと願い、努力する匂宮(におうのみや)という貴公子も・・・。
当時の貴族の生活に、香りは欠かせないものだった。庭には、四季折々の花の香り。部屋には空薫物(そらだきもの)の香り。衣服には、薫衣香(くのえこう)を焚きしめ、えび香を添える。さらに、生霊を退ける芥子の薫物や仏前の名香(みょうごう)も。
香料として、沈香(ちんごう)、蘇合香(そごうごう)、白壇(ひゃくだん)、丁香、甲香(見香)麝香(じゃこう)など。その多くがセクシーな香りで、匂宮が身にまとった薫衣香も、こうした薫りをアレンジしたものと思われる。
匂いを大切にした生活を送るということは、さらに人間の内面を大切にした、豊かな生活だと、この本を読みながら思ったことでした。再び、匂ひ立つ美女との出会いを夢見て・・・。
(2014年10月刊。1800円+税)