弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

人間

2012年12月31日

日本鍼灸へのまなざし

著者  松田 博公 、 出版  ヒューマンワード

息子が東京・西国分寺で鍼灸師として働いていますので、少しその世界をのぞいてみようと思って読んだ本です。どの世界も職業の奥は深いわけですが、この鍼灸の世界も歴史と底深さがありますね。私も、ときどき自宅で娘から灸をすえてもらっています。温かくて、ときに熱さも感じますが、とても気持ちのいいもので、心地よい眠りに入れます。
 韓国のテレビの「チャングムの近い」は見ていませんが、それにも鍼灸が出てくるそうですね。同じく「ホジュン」の方は、本だけは読みました。素晴らしい本でした。ぐいぐいと作中の世界に引きずり込まれていきます。
 この本を書いた著者は、私より年長の、元ジャーナリストです。岩波新書『鍼灸の挑戦』も書いているそうですが、そちらはまだ読んでいません。日本と中国、そして韓国の鍼灸治療の現場を比較しているところもあって、大変面白く読み通しました。
 『病家須知』という江戸時代(1832年)の本がある。そのころ、病者の療養や出産、老人介護は、すべて家族の暮らしの一部だった。武士にも「介護休暇」や「産休」が与えられていた。自分と家族の身体と心の健康は自分で守るのが当然で、専門家の支援を仰ぐのは、その後だという自立ケア社会が成立していた。
 うひゃひゃ、江戸時代って、今より進んでいるところもあったんですね・・・。
むやみに薬を使用するな。祈祷を僧侶や修験者に頼むのは、ほとんど無益なことだ。心から祈れば、神仏にも伝わり、感応がある。
 食欲・睡眠欲・色欲の三欲を管理する。
鍼も灸も、生体にとっては極くささやかな刺激、微細な情報である。それ自体が強引に治すというより、不断に働いている体のおのずからなる治癒作用を応援している。つまり、生体に活力があるかないかが、鍼灸の効果を作用する。
 病気を治す自然の力の働きは、心地よい肯定的な過程をとるとは限らない。むしろ逆。病気になると、からだは熱を発し、汗を流し、下痢、腹痛、嘔吐などを繰り返す。この苦しくて悩ましい症状は、第一義的には、細菌やウィルス、有害物質を排除し、無毒化しようとする身体の防御反応、治癒反応である。こんな症状があるからこそ治癒するとヒポクラテスはこう考えた。
 なーるほど、そういうことだったのですね。だから、熱発や下痢があったとき、それを無理して止めるのは身体にかえって良くないわけなんですね・・・。
 1991年にスイス・アルプスの山中で発見された5200年前の「アイスマン」には、右膝などに入れずみがあり、それは鍼治療のあとだと考えられている。シベリアのアルタイ山中の男性ミイラにも、背中と足首に入れずみがある。これも鍼灸のせい・・・。
脳が絶対的な支配者として人体に君臨しているという、脳は至高の帝王であるという身体観は、現代科学と医学のイデオロギーであり、思いこみである可能性がある。
 中国医学の五臓、肝・心・脾・肺・腎は、心の神気のコントロールを受けつつ、それぞれ独自に精神性と機能を分けもち、五行の相生相克の論理に従って、半自立的に他の臓器と関係しながら、全体として統合されている。
 境界たる皮膚のほうが、生命維持機能のみを考えた場合、脳より上位にあることも可能である。
日本鍼灸の蘇生が熱っぽく語られる本でもありました。
(2010年6月刊。3300円+税)

2012年12月25日

群れは、なぜ同じ方向を目指すのか?

著者  レン・フィッシャー 、 出版  白揚社

イナゴは、環境が混雑してくると、行動をがらりと変える。通常は隠れて単独で暮らしているが、近くに仲間が増えてくると、突如パーティー好きに豹変する。
サバクトビバッタは、仲間が接近してくると刺激を受け、セロトニンが生産される。
 ここのイナゴが最初に異動を始めるときは、まだ若く、羽もない状態であり、動きもランダムだが、集団の密度が増してくると、次第に運動の方向がそろってくる。やがて集団の密度が非常に高くなる(1平方メートルあたり80匹ほど)と劇的な転移が急速に生じ、高度に統率のとれた進軍へと変化する。
 イナゴの群れの場合、後ろのイナゴに食べられたくないという単純な欲に動かされる。移動するイナゴはエサを探しており、前にいるイナゴはおいしそうで食欲をそそる。したがって、食べられないようにするには、前進を続け、距離を保つのがいいということになる。
他の個体に衝突するのを避ける。近隣の個体群が向かっている方向を平均し、その方向に向かって動く。近隣の個体群の位置を平均し、その方向に向かって動く。
 横から向かってくる物体に反応したイナゴは、羽を畳み、一瞬のあいだ滑空状態になる。こうした対応策によって、イナゴは衝突する可能性を最小限にし、また、たとえ衝突したとしても羽を痛めることがないようにしている。
 目的地を明瞭に思い描き、そこに到達する方法をはっきりと知っている匿名の個体がわずかでもいれば、集団内の他の個体は、自分がついて行っていることも知らぬまま、それに従って目的地へと向かうことになる。そのとき必要なのは、意識しようとしまいと、他の個体たちが集団にとどまりたいと望んでいること。そして、相反する目的地をもっていないことだけである。
集団内に別の目標が存在しない限り、単に目標を持つだけで集団を導くことができる。リーダー役の成員たちが、自分たちが導いている相手からリーダーと認識される必要はない。
 グンタイアリは、巣から距離のある餌場に移動するときには、自己組織化して綺麗な三車線の経路をつくる。巣から出たアリは経路の両脇を進み、餌を持ち帰るときは中央を通る。グンタイアリは、ほとんど目が見えないが、以前に経路を通ったアリが残したフェロモンをたどること、そして新しい社会的力を使うことで、整った行動をこなすことができる。
 群衆の中を効率的に進んでいく最善の方法は、自然発生的な群衆力学のことを理解して、それに抗うのではなく、同調すること。
 危険な状況から脱出しようとして出口を探している群衆の中にいるときは、60%の時間を群衆とともに行動し、残りの40%を別の出口を自分で探すのに使うと、脱出の可能性が一番高くなる。群衆の密度が非常に高い場合は、行き先を自分でコントロールすることは、ほとんどできなくなる。
 つまり、危険を知らせる情報を見聞きしたら、速やかにそれにもとづいて行動すること。決して群衆に巻き込まれてしまうまで、待ってはいけない。
 二つのうち、どちらか一つを選ばなくてはならず、見たことや聞いたことがあるのが一方だけの場合、他に情報がなければ、覚えのある方を選ぶこと。
覚えがあるかどうかだけにもとづいて決めなければならず、覚えのある選択肢が複数あるときには、一番思いあたりやすいものを選ぶこと。
 何もしないという初期設定があるなら、そのままにしておいた方がいい場合が多い。
一時的に集団から離れ、しばらく自分の頭で考えてみることで、集団思考に陥ってしまうのを避けること。自分なりに結論を出し、それに納得してから集団に戻ること。
 群集心理に陥る危険から脱出する方法を教えてくれる本でもありました。
(2012年10月刊。2400円+税)

2012年12月10日

人類の原点を求めて

著者   ミシェル・ブリュネ 、 出版   原書房 

 古生物学者にとって、歯はこのうえなく貴重な宝である。歯は、骨の中でもっとも硬い部分であり、時間などの侵食に耐えられる可能性がきわめて高い。しかも、哺乳類の場合、歯さえ残っていれば、その個体を識別することができる。
 歯には、無数の手がかりが隠されている。たとえば、化石の哺乳類を特定したければ、たいていは、その第二大臼歯を見れば分かる。歯冠の形、咬合面の咬頭の数や形や位置、歯根の数や長さ、エナメル質の厚さを調べれば、種やその食性を判別することが可能である。
 それだけではなく、歯の位置や大きさや数、あごの形を見れば、その哺乳類の進化の程度が分かる。エナメル質の厚さ(ゴリラやチンパンジーは薄く、先史人類や現代人は厚い)や、その組織学的な構造、歯冠の形や高さ、咬合面の形を確認すれば、その動物の食性が把握できる。
 歯髄は生きている間にだんだん小さくなっていくため、歯髄の大きさから、その個体が死んだ年齢を推測することができる。歯のエナメル質の厚さは、明らかに食性と関係がある。生肉は意外に硬い。柔らかい食べ物も硬い食べ物も食べるためには、エナメル質は厚くなければならない。ゴリラやチンパンジーのように、熟した果物ややわらかい若葉しか食べないのなら、薄いエナメル質で十分だ。
人類の起源はアフリカにあります。砂漠のなかで、ヒトの化石を求めて大変な苦労をしている学者の様子がよく描かれている本です。そのおかげで、ヒトの歩みがかなり分かってきました。ありがたいことです。
(2012年7月刊。2200円+税)

2012年12月 3日

ヒトはなぜ難産なのか

著者   奈良 貴史 、 出版   岩波書店 

 ヒトは、腰の骨を見たら、男か女か見分けられる。安産をするか、しないかという性差が腰の骨にあらわれる。骨盤を構成する骨である寛骨と仙骨をみると、90%以上の確率で男女を判断できる。
 ところが、ニホンザルは骨盤に性差はない。オスとメスの区別は犬歯の大きさや体格の違いで見分ける。
 ヒトの形態学的定義は直立二足歩行。そのため、ヒトの骨盤は類人猿と大きく異なった独自の形をしている。難産がヒトの性差をつくり出している。
 人類は難産の出現によって、助けあう人間社会をつくり出した。お産に立ちむかうことで、人間は進化してきた。ヒトは、地球上の哺乳類のなかで、一番難産だろう。
 江戸時代の女性の死因の4分の1以上を難産か産褥死が占めていた。
ヒトは初産だったら平均15時間もかかる。かつてお産はかなり危険性の高いものだった。1900年には、年間6200人が死亡した。1940年でも、全国で5000人以上が亡くなっている。
平安時代の歴史物語「栄華物語」に登場する経産婦47人のうち11人、23.4%がお産によって死亡している。
今でも、決して100%安産ではなく、日本では毎年60~70人の妊産婦が死亡している。
多くの子どもは、母親の体を傷つけながら誕生する(会陰裂傷など)。
ヒトが難産な理由は、直立二足歩行に適応した身体構造と、脳の大きさが二大要因である。産道は、S字形の急カーブになっている。ヒトの産道は曲がりくねっているうえ、形が変化している。
現代のお産が難産なのは、女性の肥満も影響している。ただでさえ狭い産道に脂肪を蓄えている。
 人間が難産であることは人類の特質と深くかかわっていることが分かりました。
(2012年9月刊。1200円+税)

2012年11月24日

山伏と僕

著者   坂本 大三郎 、 出版   リトルモア  

 東北は山形県の山中で山伏になったという体験記です。
 九州にも英彦山(ひこさん)には山伏がいるようですね。
舞台は山形の羽黒山(はぐろさん)です。近くに月山(がっさん)や湯殿山もあります。
 山伏といっても、ふだんは普通の生活をして、修行のときだけ山にこもって山伏になるのです。
山伏は自分の葬式をあげ、自分を死者と考えて山に入る。
 山に入れば、みんな同じ仲間。どうして山伏になったのかという質問は昔はタブーになっていた。
山伏をしたから人間が皆謙虚になるということでもないようです。逆に修行に耐えたことで偉いと過信し、俗世間で騙す人もいるとのことです。人間の業(ごう)の深さを思い知りますね。
 修行中、ケータイの使用は禁止。テレビも見られない。パソコンなんて論外。
返事は、「はい」ではなく、「承(う)けたもう」のみ。
山伏の白装束は自分たちが死者となったことを、頭にかぶる白い宝冠は、胎児が母体のなかでかぶっている胞衣(えな。胎盤)を意味している。山伏の白装束が死者を意味しているって、初めて知りました。
 修行中に断食する。これは際限なく物を欲しがり、どんなに物を集めても満たされない「餓鬼」の状態を味わう行である。
護摩とは、サンスクリット語で焼くことを意味するホーマの音訳である。
 なーるほど、そうだったんですか・・・。
修行のなかで、勤行するときには、般若心経を唱える。何十回、何百回と般若心経を唱える。真暗闇の山中を歩いていくというのは恐ろしい限りです。著者の勇気に敬意を表したくなりました。
(2012年7月刊。1300円+税)

2012年11月 5日

痲酔をめぐるミステリー

著者   廣田 弘毅 、 出版   同人選書 

 全身麻酔は単なる眠りではない。呼吸や心循環系も抑制されている。つまり、眠っているだけではなく、息が止まって、血圧も下がっている。麻酔薬は、一般的な医薬品に比べて、安全域がきわめて狭い。麻酔機などの設備が整った場所で、熟練した麻酔医が使用してはじめて麻酔薬は「安全」と言える。
 全身麻酔のプロポフォールは鎮静目的。その投与中は血管痛といって、点滴の刺入部位が痛むことが多い。その血管痛をやわらげるために、局所麻酔薬リドカインを混ぜる。これは業界で常識となっている裏技だ。そこで、マイケルジャクソンの死は局所麻酔薬中毒による心停止の可能性がある。
麻酔薬には呼吸・循環抑制作用があるし、その作用には個人差がある。患者Aに効いた濃度が患者Bに効くとは限らない。吸入麻酔薬による眠りは、患者にとって、一瞬の出来事に感じられる。麻酔薬を投与されて「眠った」と思った次の瞬間に、「手術は終わりましたよ」という言葉を聞かされる。眠っていたという感覚がまったくない。これは30分の小手術でも、10時間の大手術でも同じで、患者は麻酔をかけられた瞬間に、手術終了後の世界にタイムスリップする。
 吸入麻酔薬は、興奮性シナプス伝達を抑制し、抑制性シナプス伝達を促進することにより、海馬の機能を完全にシャットダウンしてしまう。つまり、海馬における記憶の形成が起こらない。
 私が人間ドックに入って胃カメラを呑み込むときの状態が、まさにこれです。静脈に麻酔薬を注射されると、すとんと眠りに入り、胃カメラが抜かれたとたん目が覚めるのです。
 静脈麻酔薬プロフォール。チオペンタールからの覚醒は、「あー、よく寝た」という印象で、生理的な睡眠からの目覚めに似ている。静脈麻酔薬により、抑制性の神経伝達物質であるGABAが脳内で大量に放出されるためと考えられている。
 この静脈麻酔薬は麻酔ではない。しかし、投与された人は、スッキリ爽やかな目覚めが忘れられなくなる。吸入麻酔薬ハロタン、セボフルランでかける麻酔は安定感がある。興奮性シナプス伝達を抑制し、抑制性シナプス伝達を促進することで、ニューロンの興奮性をダブルブロックするからだ。十分な濃度の麻酔薬を投与していれば、不意な行動で手術に支障を来す心配がない。
 静脈麻酔薬プロポフォール、チオペンタールによる麻酔では強い刺激によって患者が覚醒する可能性があるので、注意が必要である。抑制性シナプスの亢進だけでは、不意な興奮性入力を抑えきれなくなる。
 安定な麻酔をとるか、眠りの質をとるか、麻酔科医は、臨床状況に応じて麻酔薬を使い分ける。
麻酔薬にもいろいろなものがあること、人間の身体とりわけ脳と眠りの関係について知らないことが盛りだくさんの本でした。
(2012年7月刊。1600円+税)

2012年11月 4日

ヘルプマン vol.8

著者   くさか 里樹 、 出版   講談社 

 マンガ本です。とても勉強になりました。介護現場の実情を知るための格好のテキストです。
申し訳ありませんが、私は介護の苦労をしていません。姉に全部やってもらいました。姉夫婦は大変だったと思います。それでも、介護問題については、弁護士として成年後見人になったりもしますし、依頼者には介護ヘルパーも多いので、このマンガ本によって認識を深めました。
認知症になった母親の介護を弟が放りだしてしまいます。そして、突然、母親を運んできてサラリーマン夫婦の兄一家に押しつけるのです。徘徊症の母親は大変です。どうにも扱いかねて、一家中がひっかきまわされるのです。
夫婦とも大切な勤めがあるので、簡単には会社を休めません。そこでヘルパーに助けを求めます。すると、登場してきたのは、なんとフィリピン人の若い女性。
フィリピン人は親を大切にします。でも、日本人とは生活習慣が異なるので、あつれきが生じて直ちにクビ。でも、次に来た日本人よりは、実はよほど良かったのでした。
 マンガなので、臭いのする汚れの場面もきれいな絵となり鼻をつまむ必要もなくさっと読めます。
 21巻シリーズですが、全巻読み通すつもりです。
(2011年12月刊。514円+税)

2012年10月29日

脳には妙なクセがある

著者   池谷 裕二 、 出版   扶桑社 

 生後2日から5日という新生児の脳を調べると、すでに母国語と外国語を聞いたときで、左脳の反応が違っている。これは、胎児のとき、母親の腹のなかで、ずっと母国語を聞いていたからと考えるのが自然だ。
 笑顔は楽しいものを見出す能力を高めてくれる。
 人口の4%は音痴だ。音痴の人は、空間処理能力が低い。もともと音階は空間として表現されるもの。一般に男性のほうが女性よりも空間把握にすぐれている。ある実験で音痴であると判定された人の半数以上は女性だった。
20歳以前まで高かった幸福感は、20代で一気に落ち込み、40代から50代前半ころまでが最低迷期となる。そして、これを過ぎると回復を始め、調査された範囲では、最高齢である85歳に向けて上昇していく。つまり、歳をとると、より幸せを感じるようになる。
 働き盛りのビジネス人は、とかく時間に追われて心を失いがち。しかし、しかるべき時期を耐え抜けば、幸せなときが待っているということなのだろう。
 食欲のコントロールはもちろん、覚醒状態や記憶力に至るまで胃腸の支配を受けている。内臓をふくめた全身がバランスよく機能して、初めて脳の健康を保つことができる。
直感もひらめきも、「ふと思いつく」という状況は似ている。しかし、思いついたあとの様子がまるで違う。「ひらめき」は、思いついたあと、その答えの理由を言語化できる。ところが、直感は、本人にも理由の分からない確信をいう。そして、重要なことは、直感は意外と正しい。
単なる「ヤマ勘」や「でたらめ」とは決定的に異なる。ひらめきは「知的な推論」、直感は「動物的な勘」。ひらめきは陳述的、直感は非陳述的なもの。ヒトは、自分自身に対して他人なのである。
 自動判定装置が正しい反射をしてくれるか否かは、本人が過去にどれほどよい経験をしてきているかに依存している。よく生きることは、よい経験をすることである。人の成長は、反射力を鍛えるという一点に集約される。反射を的確なものにするためには、よい経験をすることしかない。
 いつも脳についての刺激的な指摘があり、大変参考になります。
(2012年9月刊。1600円+税)

2012年10月22日

ゴリラは語る

著者   山極 寿一 、 出版   講談社  

 アフリカでゴリラとともに暮らし(?)て30年以上の山極(やまぎわ)博士のお話です。
ゴリラって、本当に人間(ひと)によく似ていますよね。なにより、アイコンタクトをつかっているのが驚きでした。
サルが目を合わせるのは威嚇するため。ところが、ゴリラは目をそらすと不満を示す。サルとちがってゴリラは、顔をのぞき込まれても視線をそらさず、目と目を合わせる。この「のぞきこみ行動」は、ゴリラの挨拶のひとつ。たがいに顔を近づけ、見つめあって挨拶するのが、ゴリラの流儀。そして、ゴリラ同士では会話も存在する。
 「ゥアゥ?」(フー・アー・ユー)は、問いかけ。とにかく速やかにこたえることが必要だ。
 「ウルウルウルウル」という高くてかわいい声は求愛の声。
好物のキイチゴを見つけると、うたうように声を発する。ハミング。
 「グコグコグコ」というのは笑い声。笑い声を出すのは、人間のほかは類人猿のみ。
 ゴリラは表情から判断するのが人間に比べて難しい。しかし、ゴリラは感情が目に表れる。うれしいときには、ゴリラの目は人間以上に光る。目の色が金色に変わる。
ゴリラは、一日に何度も、そして長く遊び続ける。レスリングや追いかけっこ、ターザンごっこ、お山の大将ごっこ、ヘビダンス。遊んでいる最中の出す「グコグコグコ」という笑い声は、「自分はいま楽しいんだよ」というのを相手に伝える手段。
 動物園に飼われているゴリラが交尾できなくなっているのは、同じ年ごろの子どもたちとたっぷり遊ぶ経験をもたないから。
 ゴリラのオスは、自動的には父親にはなれない。そこには母ゴリラの見事な子離れ戦略がある。母ゴリラは子どもが1歳になるまでは、子どもを片時も離さない。ところが、1歳を過ぎたあたりから、父親であるシルバーバックのそばに子どもを置いていくことがよくある。そうやって子どもが母親のもとを離れていけるように促す。子どもは母親から父親を紹介されてはじめて、父の存在を認め、頼りにするようになる。ゴリラのオスは、メスからも子どもからも認められないと、「父親」にはなれないようにできている。
 ゴリラのグループには、「核オス」と呼ぶリーダーのシルバーバックこそいるが、オスの間に序列はない。だからゴリラは、たとえ争いを起こしても、力の強さや年齢や性別によって負けることがない。勝者も敗者もつくらない。
 大人のゴリラがケンカをすると、子どもや若者たちが引き離して止める。
 サルは、ケンカが始まると、群れのほかのメンバーはどちらかに加勢してはっきり勝負をつける。しかし、ゴリラは、むしろ仲裁を期待している。納得していないことを示すために戦う姿勢は見せる。しかし、仲裁が入ると、それ以上は争わない。
となると、人間よりゴリラは、よほど徹底した平和主義者ですね。人間は見習うべきです。人が住んでもいない領土をめぐって戦争をけしかけるなんて、「賢い」人間のすることではありませんよね。大変わかりやすい、いい本です。
(2012年8月刊。1000円+税)

2012年10月20日

風のひと、土のひと

著者   色平 哲郎 、 出版    新日本出版社 

 著者の元気のいい話を聞いたことがあります。
 大学を中退して世界を何年も放浪したなんて、すごい勇気がありますよね。臆病な私にはとても真似できません。お金もありませんでしたし、大学生のころ日本を出るなんて、一度も考えたことがありません。せいぜい東京から九州までどうやって安上がりに帰省しようかというくらいです。結局、夜行列車に乗って帰りました。まる一日、列車に乗っていた気がします。座席の下にもぐり込んで、新聞紙を敷いて、そのまま寝ていました。4人がけの席の下にもぐり込めたのです。
 著者は、長野で無医村だったような診療所で医師として働きます。大変だったようです。
 メディアの名医志向は、とどまるところを知らない。しかし、特定の名医でなければ病気は治らないというような報道姿勢は、ただでさえ崩壊現象が始まっている日本の医療を追い込むだけだ。
 長野県佐久地方には、「医療どろぼう」という言葉がある。医療保険のなかったころ、村民が医者にかかれば、診察料をごっそりとられた。現金収入の乏しい村民は、医者に診察してもらえば、「どろぼう」に入れられるようなものと覚悟を決めて往診を頼んだ。
 テレビでコメンテーターたちは、農産物をもっと安くしろと平気で言う。食料自給率が4割以下という危機的な状況や山林、野原、水源地の荒廃など、眼中にない。医療崩壊も、突きつめれば地方の農業崩壊、産業崩壊が原因だ。
 実は、地方にある医療部には地方出身者が少なく、大都市出身者が多い。都会で私立の中公一貫校や塾などに多額の投資をしたひとが地方の医学部に多く進学している。昨今の地方の切り捨てという風潮のなかで、地方に残ることを避ける傾向にある。
農村に医者が来ない、居つかない三つの理由。
 第一に、農村では勉強できず、技術が遅れて日進月歩の医学についていけなくなる。
 第二に、文化的環境から離れると子どもに医科大学に入学できるような教育を受けさせられない。
 第三に、村民は口うるさく、しかも、高給取りの医者を目の敵にする傾向がある。
果たして、現実はどうなのでしょうか・・・。
 書かれていることは、ごくもっともなことばかりでした。お医者さんも大変ですね。ともにがんばりましょう。
(2012年6月刊。1600円+税)

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