弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

人間

2011年9月20日

脳科学の教科書

著者   理化学研究所 、 出版   岩波ジュニア新書

 ジュニア新書というから、ごく平易な脳科学の手引き書かと思うと、実はなかなか難解な解説書ではありました。いえ、ケチをつけているのではありません。脳科学の最新の到達点が学べる本ではあるのです。それだからこそ、私にとっては少々難しすぎるところもあったというわけです。
 人間の脳には、1000億個のニューロン(神経細胞)が存在する。
 構造的にも機能的にも、「やわらか」であるという点において、脳は非常に優れたコンピュータであると言える。
 大脳皮質のしわを広げると、新聞紙一枚分の面積になる。
 5つの感覚系のうち、嗅覚だけは異なった道筋をたどって大脳へ入ってくる。視覚と聴覚が密接な関係にあるのは日ごろ実感しています。一生懸命に本を読んでいると、耳に栓をしたように聞こえなくなることがしばしばだからです。臭いについては、かなり鈍くなっていることも認めます。花の香りも、よほど鼻を近づけないと分かりません。
 人間の小脳には、600~800億個の顆粒細胞が存在している。これは、中枢神経系の全ニューロン数の7割を占める。ニューロンの主要な機能は外部から情報を受けとり、電気信号に変換し、標的細胞へと伝達すること。
 樹状突起がもっとも高度に枝分かれしたニューロンは小脳のプルキンエ細胞であり、ひとつのプルキンエ細胞の樹状突起には10万個以上もの入力端子が接続している。
 ニューロン情報の伝え方には、二種類ある。一つはニューロン内部での興奮伝導、もうひとつはシナプス伝導。前者は電気信号による伝搬、後者は化学物質を介した伝導である。
 ここで伝搬と伝導の使い分けられていることに注目します。ニューロン内部での情報伝導のために、ニューロン自身が電気信号を発生している。電気信号を使って情報を伝えるという性質に関しては、脳とコンピュータは類似している。
 ニューロン内部では、電気信号によって興奮が伝わっていくが、ニューロンとニューロンのあいだでは、ほとんどの場合、化学伝達によって情報は伝えられる。この化学伝達は、脳に固有のものである。
 シナプスにおける主役は、神経伝達物質である。興奮性ニューロンで働いている神経伝達物質は、グルタミン酸。これがなくては脳はまったく機能できなくなるというほど、グルタミン酸は重要な興奮性神経伝達物質である。
 人間の脳幹は、爬虫類脳だという概念は、現在崩れている。基本的な脳の領域は、どの脊椎動物でも共通だと考えられている。
 最近の研究で、大人の脳の中にも、新たなニューロンを生み出す能力をもった細胞「神経幹細胞」が存在することが分かってきた。
 人間は350種類の、マウスは1000種類もの匂いセンサーの鼻の奥にもっている。
 運動をつかさどるのは小脳で、知能をつかさどるのは大脳だと言われることがあるが、これは誤りだ。脳神経系は、全体としてネットワークを形つくって機能を発揮する。ひとつの機能をひとつの脳部位にあてはめる単純化は誤る。
 PTSDは、忘れることができなくなるのではなく、安全だという新しい記憶を獲得することができなくなる症状である。PTSDの症状を抑えるには、D・ミクロセリンという薬が効果的。この物質は、記憶の形成にかかわることを説明してきた、NMDA受容体の働きを強める物質なのである。
 人間という存在が、いかに複雑なものであるかがなんとなく分かってくる良書です。
(2011年4月刊。980円+税)

2011年9月18日

身も心も

著者   盛田 隆一 、 出版   光文社

 75歳の老人が妻に先立たれて茫然としているなかで、絵画サークルに入っているうちに女性と親しくなっていくストーリーです。
 老いらくの恋もいいかな、なんて思いながら読んでいると、とんでもない現実が二人それぞれに重たくのしかかってきます。優しく話を聞いてくれる女性のほうにも、なかなか他人には言えない辛い過去がありました。
 男性の方は、老いらくの恋が息子夫婦に発覚すると、財産の帰属を心配されたり、世間様に恥ずかしい、みっともないなどと冷たい仕打ちを受けてしまいます。私が弁護士として現実に受任したことのあるケースによく似ています。子どもは大きくなると、親の遺産を我が物であるかのように錯覚し、第三者の介入を許しません。恋愛感情は打算だけで成り立っていると警戒するばかりです。
 そして、なにより最大の問題は頭と身体の老化です。次第に自分への自信を失います。現実に病気に倒れてしまうことが起きます。そうすると、必要なのは介護です。誰が介護してくれるのか、その費用は持ち合わせているのか・・・。深刻な現実が迫ります。
制限時間迫る、高齢者の恋愛が炙り出すものは。
 これが本のオビに大書されているサブタイトルです。そうなんですね、若いときとは違って、制限時間が迫っているというわけです。それでも、いくつになっても若者のように素敵な恋をしたいものです。そう思いませんか・・・。
(2011年6月刊。1200円+税)

2011年9月17日

困ってるひと

著者   大野 更紗 、 出版   ポプラ社

 原因不明の難病にある日突然見舞われた女子院生の壮絶なる闘病のバトル記です。
 なんともまあ、すさまじい病気です。そして、病気になったときの医療と社会保障の貧困さも浮き彫りにされています。それでも救いなのは、この本を書けるほどには楽天的な著者と、それを支える個性的なドクターたちの存在です。それがなければ、暗く、気分の落ち込むばかりの、頁をめくる元気も出てこない本だったでしょう。ところがこの本は大変だな、それで、その後どうしたんだろうと続きを読んでみようという気にさせます。
 福島の山奥、ムーミン谷からぽっと出てきて、東京は上智大学仏文科に入学した著者はビルマ(ミャンマー)の難民援助活動に邁進していたのです。それがストレスをためてしまったのでしょうか、ある日突然、まったく動けない身体になりました。
 ビルマの山奥によくぞ若い女性が入っていて、難民支援をがんばったものです。たいした勇気、そして元気でした。
 難病といっても原因不明ですから、あちこちの病院をたらいまわしにされます。ようやく、まともに患者として扱ってくれるドクターとめぐりあうことが出来ました。それにしても医師という職業も大変ですね。自分の私生活を投げうって難病患者ばかりの病棟を受けもち、不眠不休でがんばるというのですから・・・。
 現在進行形の「困ってるひと」の話です。ただただ、がんばってくださいね、応援してますとしか言いようがありません。
 この本を読むと、日本はアメリカのようになってはならない。ヨーロッパの多くの国のように医療費を無料化し、患者負担はないという国にすべきだと思いました。そのためには、医療も看護師も、もっと労働条件が保障されなければいけませんよね。それがあってこそ、患者は安心して治療に専念できるというものです。
(2010年11月刊。1800円+税)

2011年9月16日

ああ認知症家族

著者   髙見 国生 、 出版   岩波書店

 この本で、私はいくつものことを新しく学ぶことができました。あなたも私も、きっとなるかもしれないのが認知症です。この本で予習していたら損はしないと思います。
 認知症になった家族をかかえて悩んでいるとき、そうか、これが人生というものかと納得できたりする。いまは認知症新時代。その前に旧時代があった。認知症を取りまく環境は、この30年のあいだに確実に変わった。間違いなく進歩している。
 旧時代には痴呆症老人と呼ばれていた。
 家族もつらい思いをしていたけれど、本人が一番つらい思いをしているんじゃないか。
2004年、それを発見・確認した。何も分からない、何もできないと思われていた認知症の人が自らの思いを語ったとき、聞く人すべてに衝撃を与えた。それから認知症新時代が始まった。
 著者は家中を徘徊する母親への防御策として、家の中に「安全地帯」をつくった。カギを付けて母親荒らされない場所だ。台所の流し台の前にはベニヤ板3枚を立てて壁をつくった。冷蔵庫のドアはひもでくくりつけ、食器棚は裏返しにし、押し入れには南京錠をつけた。すごいですね。ここまでしないといけないのですね。
 いま認知症の患者は日本全国に200万人はいる。家族の会は、30年前に京都で90人が集まって始まり、今では46都道府県に支部があって、1万人をこす会員がいる。
 人間は誰しも認知症になる可能性がある。だから、ぼけのない社会を、とか、ぼけを予防しようということではない。ぼけても安心して暮らせる社会、ぼけがなかったら、もっと安心して暮らせる社会を目ざしている。
 認知症の人は知的な部分は欠落しているが、うれしいことや悲しいこと、楽しいことは分かっている。また、家族や他人を思いやる心も残っている。
 ぼけても心は生きている。認知症という病気になっても人間としての価値は少しもなくなっていない。そうなんですか、そうなんですね。このところがもっとも抜けやすいところですね。目の前の本人を見ていると・・・。
 がんばりすぎると、燃え尽きてしまうことがある。がんばりすぎないけれど、あきらめない。
 体が元気だからこそ、介護が大変。これが認知症の特徴。ところが、要介護度の認定は基本的に寝たきりの人をモデルとしてつくられた。そこに大きな矛盾があった。
 認知症の人のもの忘れは、経験したことをそっくり忘れる。普通のもの忘れは、何を食べたかを忘れる。しかし、認知症の人は、食べたこと自体を忘れる。
 認知症の人のもの忘れは、新しいことから忘れている。つまり、昔に戻って生きている。
 80歳の女性が、今50歳だと答えたとき、50歳からあとの人生をすっかり忘れて、50歳の時代、30年前の自分に戻っている。
 認知症の人は、夫を忘れたり息子を忘れたりしているのではない。凛々しかった夫、可愛かった息子を大切に秘めて生きているのだ。だから、目の前の夫や息子に「おたく、どちらさん?」と尋ねるのも当たりまえのこと。認知症の人は、何十年か前にさかのぼった時代に戻って生きている。このことが分かれば、認知症の人の不思議な言動を理解することができる。
 うえーっ、そうなんですか。なるほど、なーるほど、よく分かりました。
認知症の人の言動にはその人なりの真実がある。
 こう言われてみると、よくよく理解できますね。ただ、そうは言っても、現実に面倒みるのは本当に大変なことだと思います。とてもじゃないけれど、家族だけでは支えきれません。社会が施設、費用の点でよくよく考えて受け入れるべきですよね。だって、だれだってなる可能性があるわけですからね。
 アメリカのレーガン、フランスのミッテラン、この有名な2人の元大統領は、いずれもアルツハイマーになったと聞いています。一読を強くおすすめします。
(2011年11月刊。1500円+税)
 福岡県弁護士会の月報の表紙に私がフランスで撮った写真を載せてもらいました。シャモニーとアヌシーです。「うまくなったね」と声をかけてもらいました。私は、「元手がかかってますから・・・」とこたえました。
 私個人のブログにもフランスの旅行記のブログをのせています。のぞいてみてください。

2011年9月14日

がん患者

著者   鳥越 俊太郎 、 出版   講談社

 まずは表紙の写真に目が惹きつけられます。大腸がん発覚から5年、手術を4回も受け、ステージ4のがん患者とオビにありますが、上半身裸の著者の肉体は健康そのもの。顔色も良すぎるほどで、ボディビルの選手権大会にこれから出るのかと思わせるほどです。
 しかし、本を読むと、やっぱりがん患者としての苦難の日々が書きしるされています。そこには嘘もハッタリもありません。かなり率直な心情が吐露されていて、思わず没入していきます。
著者には持病の痛風があった。それでも、1年365日ビールは欠かさなかった。そのビールがおいしくなくなった。これが異変の第一だった。
 私は3年前からビールを飲んでいません。ダイエットの第一歩としてビールを止めました。夏でも、冷えたミネラルウォーターを美味しく飲んでいます。まず、日本酒をやめ、次に白ワインをやめ、そしてビールをやめたのでした。逆にいうと、焼酎(主としてお湯割り)や赤ワインを外で飲み、自宅では専ら果実酒です。少し甘いのがいいのです。書面を書きながら、少しずついただいています。
 さすがに著者はマスコミ界で生きてきた人です。がん告知の瞬間からテレビカメラの前に立つのでした。これはなかなか真似できることではありませんね。
 大腸がんと分かったとき、カメラで自分自身も腸の内部を見ることができる。そのサーモンピンク色の美しさに著者は驚いています。
 私も人間ドッグには定期的に入っていますので、写真で自分の腸の内部を見ていますが、本当にきれいなものです。これは、たとえ「腹黒い」人間でも変わらずピンク色なのである。それは、そうでしょう。同じ人間なのですから・・・。
著者の大腸がんは馬蹄形に肉が盛り上がり、中央部のへこんだ部分は黒く濁った色をしている。盛り上がった、ちょうど火山の外輪山の部分からは、赤い血が幾筋が見える。これぞまさしく、まごうことなきがん部分である。
 入院中の著者の写真があります。さすがに精気のない、疲れて、さえない表情をしています。本の表紙の顔写真とはえらい違いです。それにしても可愛らしい美人の若い看護師さんにあたったようで、うらやましい限りです。
 著者の武器は二つ。好奇心と集中力。根っからの好奇心人間。努力ということばが大嫌いの生来怠け者である。そして性格は能天気。好奇心は人間の強力な武器だが、これだけでは世間は渡れない。もう一つの武器が集中力という特技だ。
私自身はコツコツ努力型で、これまでの人生を乗り切ってきました。好奇心と集中力は似ていますが・・・。
 著者は無事に大腸がんを摘出したかと思うと、次は肺、そして肝臓へもがんは転移していたのでした。著者は抗がん剤を飲みつつ副作用に苦しむことはなかったようです。そして、漢方薬によって免疫力を高める治療も同時に受けています。
 そして、今では仕事量は前の3倍。さらには週に3回事務に通って筋力トレーニングに専念しているそうです。
生活の質を確保しながらのがん患者として前向きに生きている様子の伝わってくる,
爽やかな読後感の残るいい本でした。
(2011年8月刊。1600円+税)

 日曜日に庭に出てナツメの実を取りました。張りに刺されるような気をつかいながらでしたが、小さなザル一杯分が集まりました。1年後のナツメ酒が楽しみです。
 珍しくツクツクボーシが鳴いていました。いよいよ夏も終わりでーす。ピンクの芙蓉の花に黒アゲハがとまってせわしげに蜜を吸っています。もうすぐ酔芙蓉の花も咲いてくれることでしょう。朝のうちは白い花、午後からは酔ったように赤い(ピンクの)花を咲かせてくれる花です。

2011年9月10日

未来ちゃん

著者  川島 小鳥  、 出版  ナナロク社 

 何、なに、この写真集って何なの・・・・。
 3歳か4歳か、そこらによくいるこまっしゃくれたフツーの女の子のスナップ写真のオンパレードです。
 ところが、この女の子、実に伸びのびとしています。いかにも屈託のない表情です。見るものの心をぐぐっと惹きつけてしまいます。
 鼻水たらしてないている顔なんて、今どきこんな強情そうな女の子がいるのかと驚かされます。単に可愛いというのではありません。もちろん憎たらしいわけでもありません。実に、生きているという、豊かな感性が写真の外まであふれ出しているのです。すごいショットをうつし撮っていると思いました。カメラを構えた人をまったく意識している気配がありません。
 表紙の写真は、ケーキでしょうか、フォークで何かを食べている様子がとらえられています。かみつくようにして食べています。おいらは生きているんだぞと叫んでいる気のする写真です。
お花畑を駆けまわる様子、道路で走っているさま、そして真白の雪世界で寝ころがっている状況。どれもこれも生命の躍動感にあふれています。
 それでも、やっぱり惹きつけられるのは泣いている写真です。しくしくと、そしてワンワンと大泣きしている女の子の顔は、小さい女の子だって世の中に主張したいことがたくさんあるんだ。それを感じさせる感動的スナップです。すごい写真集があるものだと驚嘆してしまいました。
(2011年7月刊。2000円+税)

2011年8月10日

再発

著者    田中 秀一  、 出版   東京書籍

 医師ではなく、ジャーナリスト(読売新聞の医療情報部長という肩書きがついています)による本なので、専門的ではありますが、がん治療の最新の状況がよく整理されていて、分かりやすい本です。
1年間に新しくがんと診断される日本人は68万人(2005年)。がんで死亡する人は34万人(2009年)。生涯で日本人の2人に1人ががんになり、3人に一人ががんで亡くなっている。かつてに比べると、がんの治療率は高まっている。それでも、患者の半数は生還できない。その理由は、がんが「再発」と「転移」を起こすことにある。
 再発したがんは、最初の治療の後に新しくできたがんではなく、最初の治療の時に既に存在しているがんである。再発や転移が見つかったときに手術で完治させるのは難しく、原則として手術はおこなわれない。
放射線治療も、がんの種類によっては、手術と同等の効果がある。しかし、放射能治療も、手術と同じく局所的な治療法であり、がんが全身に広がっていると完治させることは出来ない。現代医療といえども、きわめて微少ながんを検知するすべをまだ持ち合わせていない。
 遠隔転移の治療が難しいのは、転移が見つかった時点ですでに、がんが血流に乗って見つかった場所以外の部位や全身にも広がっている可能性が高いからだ。
 がんを抗がん剤で完治させることは容易ではない。
 がん細胞は、ゆっくりと分裂をくり返して大きくなっていく。そして、がん細胞ができたからといって、すぐに転移する能力を持つわけではない。がん細胞にとっても、転移は命がけである。このハードルをこえて転移したがん細胞は、生存能力の高い、悪性度の高い細胞といえる。がんは、正常細胞がもっている仕組みを使って転移、増殖しているために、薬でたたこうとすれば、正常細胞や正常組織を維持する機構も傷つけることになり、治療が困難なのである。
 がんは、きわめて複雑な病気なのである。がんは人間の身体の一部が変化してできたものであり、人体がもともともっているメカニズムを組み合わせながら発生、増殖している。これは、すべて正常細胞にも備わっている仕組みだから、これらの仕組みのどの部分を抗がん剤で攻撃しても、正常細胞に影響が出てくる。ここに、がん治療の難しさがある。
 がんになっても、心身ともに健康な生活を送ることができることが大切である。バランスのとれた食事と適度の運動が理にかなっている。
 がんは、抗がん剤で一時的に縮小しても、しばらくすると再び増大することが多く、必ずしも治癒や延命にはつながらない。分子標的薬やラジオ波治療は有効なことがある。
 抗がん剤に過剰な期待をもつべきではない。
 腫瘍マーカーの数値の変化に一喜一憂すべきではない。抗がん剤によるメリットがない場合には、薬の副作用だけを受けることになるので、治療は中止すべきだ。副作用が表れる確率は100%である。
 緩和ケアには、患者を元気にし、延命をもたらす効果力がある。
抗がん剤にばかり頼るなという指摘は、なるほどと思いました。
(2011年2月刊。1000円+税)

2011年7月18日

大切な人のためにできること

著者    清宮 礼子  、 出版   文芸社

 父親が突然、末期の肺がんと宣告されたとき、本人とそして家族がどう対応したのか、娘による心打つ記録集になっています。
 父親は、私とほとんど同じ世代です。大病したこともないし、なんだか調子が悪いと思いながら放っておいて、あるとき思い切って病院に行ったら、医師から即入院を命じられたのでした。どんなにかショックだったことでしょう・・・。
コホンコホンと変な咳をして、最近ひどく疲れるんだよなー、若いころに空気で鍛えたことで気力と体力には自信を持っていた・・・。
 がんは、早期発見したら打つ手はあるし、10年も20年も立派に生存できるが、末期のがんだと診断されたときの治療法は何にもない。
抗がん剤による治療の大変さも描かれています。
 61歳の若さで、まだまだこれからというとき、もしがんが告知されたら、無念さのなかで想像もでないほどとてつもなく酷なたたかいを強いられる。自分のために、家族のために、残された期のなかで、すべきことに命をかけて勇敢に立ち向かってくれる覚悟と精神力のある人だった。
 がん治療の選択は情報が命である。もっとも重要なのは、信頼できる主治医に担当になってもらえるかどうかである。ただし、これは、めぐりあわせが大きい。
 現在のがん治療は早期発見だと比較的完治しやすい。ステージが上がるにつれ、治療による奏効率は低くなり、これをすれば治るという正解がない。がんと共存しながら、少しでも長く、少しでも豊かに生きていく、という目的に向かった選択肢しか現実には残されない場合も多い。
 がん治療の選択は、患者と家族の生き方の選択である。がん患者のとって一番の大敵は、悲しい気持ち、不安な気持ちなど、マイナスの気持ちから発生する精神的ストレスである。だから、娘である著者は太陽のような笑顔で父親に接していた。
 なかなか出来ることではありませんね・・・。映画『おくりびと』のプロモーター(宣伝担当者)である著者による痛ましいけれど、心あたたまる本です。がんになったときの予習と思って読みました。
(2011年6月刊。1200円+税)

2011年7月 4日

どうすれば「人」を創れるか

著者  石黒 浩    、 出版   新潮社

 自分にそっくりのロボットがいて、それを操作できるとしたら・・・・。これって、便利なようで、実は怖い話のような気がします。
 アンドロイドとは、人間酷似型ロボットのこと。アンドロイドがいると、何が見えてくるのか、そのアンドロイドは自分に何を教えてくれるのかを、この本は考えています。
 ロボット大国日本と威張っていたように思いますが、福島原発事故では、残念ながら日本のロボットは活躍できませんでした。これも「絶対安全」の神話のもとではロボットの必要性がなかったということなのでしょうか。何億円もかけていたようですが・・・・。
ロボットには不気味の谷というものがある。見かけは人間そっくりなのに、動きがぎこちないと、非常に不気味なアンドロイドになる。まるでゾンビのような不気味さが出る。見かけが人間らしいものであればあるほど、動きも人間らしくないと、人は非常に不気味な感じをもつ。
 ロボットらしい見かけから、人間の生々しい声が聞こえてきたら、見かけと声のバランスが崩れ、奇妙に思ってしまう。だから、ロボットのしゃべる声は、あらかじめ録音された合成音にしている。
アンドロイドを遠隔操作が出来るようにした。長く遠隔操作していると、だんだんそのロボットの体が自分の体のように思えてくるようになる。
 私たちは、他人が見ることのない左右逆転した鏡の中の自分の顔を自分だと重い、他人が見ている写真の顔を本当の自分とは少し違う自分と思ってみている。つまり、私たちは常に自分に対して、少し誤解しながらに日々を過ごしている。左右を入れ替えた画像は一方が男っぽい顔となり、もう一方が女っぽい顔になる。なーるほど、いつも鏡に映った顔を自分の顔とばかり思ってみていましたが、それは他人の見ているものと微妙に異なるのですね・・・・。
 時間さえかければ、人間はたいていのものに人間らしさを感じるようになる。人とは、それほどまでに適応性が高い。
電車の中でケータイで話しているのを聞くと迷惑に感じるが、客同士の会話は、それほどではない。そうでしょうか・・・・。そこで、遠隔操作のアンドロイドと話しているとどうなるか。ケータイと同じ仕組みになのに、人はやがて迷惑と感じなくなる・・・・。
 アンドロイドをつくっていくのは人間とは一体いかなる存在なのかを考えさせるものでもあることがよく分かる本でした。でも、自分そっくりロボットがいて、いつまでも若々しかったら、ちょっとどうでしょうか・・・・。やっぱり、お互い困りますよね。面白い本でした。
(2011年4月刊。1400円+税)

2011年6月27日

時計遺伝子の正体

著者    NHKサイエンスZERO  、 出版   NHK出版

 人間の身体って、本当に不思議だらけです。身体の隅々にまで体内時計があるというのです。
 体内時計は、睡眠と覚醒ばかりでなく、体温や体の働きを調節するホルモンなど、さまざまな物質の分泌をふくめて、身体の各部分をコントロールしている。
 体内時計の中心は脳の中にあって、そこは視交叉上核という。体内時計はそこだけでなく、ひとつだけでも時を刻むことのできる時計細胞が集まってつくられている。時計細胞は体の中のあちこちにある。それは男性の精巣を除いて、ほとんどの場所にあることが確認されている。心臓の時計が、肺では肺の時計が、筋肉では筋肉の時計がそれぞれのリズムを刻み、その働きをコントロールしている。
 先ほどの視交叉上核では、それぞれの時計細胞同士が話し合いをして正しい時刻を決めている。
 ええーっ、これってどういうことなんでしょうか・・・。まさか、テーブルを囲んで話し合っているわけでもないと思うんですけど・・・。
 視交叉上核の時計が身体の各部の時計に時刻の情報を送り、すべての時計を正しい時刻に調節している。この調節の方法は二つある。神経という電線を通り、電信柱のような中継点を経て電気信号で伝えるものと、血液を通して各種のホルモンを通るものがある。
体内時代を正しく調節するうえでもっとも大きな役割を果たしているのが光だ。おおよそ24時間に合わせるために、光でリセットされるという性質がある。
 時計を遅らせるほうが、時計を進めさせるよりも簡単だ。だから、海外旅行をしたときの時差ボケも、日本より西のヨーロッパへ向かった方が、東のアメリカに行ったときより早く時差ボケは解消しやすい。
 そうなんですよね。私はフランスによく行きますが、アメリカへ行ったときより、よほど身体が疲れません。
これまでの研究で、中心的な働きをする時計遺伝子が20種類みつかっている。実際には、24時間のリズムを刻んでいる遺伝子はそれよりもずっと多く、数千種類に達している。
 体内時計には3つの基本的性質がある。24時間周期でリズムを刻む、光によって調節される。温度に左右されないである。体温によって変わらないのですね。
 体内時計のリズムにしたがった規則正しい生活を送ることはとても大切なことである。
 昼夜交代勤務のような体内時計のリズムを無視して生活していると、体内時計はリズムを一時的に失う。すると、高血圧になる割合が高くなる。三交代勤務って、それでなくても大変ですよね
 人間の身体の不思議さを思い知らさる本でした。
(2011年2月刊。1000円+税)

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