弁護士会の読書
※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。
人間
2011年4月25日
最新脳科学でわかった五感の驚異
著者 ローレンス・D・ローゼンブラム 、 出版 講談社
びっくりすることがたくさん。脳は大人になったら死滅するだけ。そんな常識が次々にひっくり返されています。
脳は経験によって、その仕組みや構成が変わりうる。かつては特定の知覚能力だけを司ると考えられていた脳の領域が、異なる知覚機能をその感覚内でも別の感覚にまたがっても割り当て直す潜在能力があることが分かった。
ということは、私のように還暦を過ぎても、まだ脳は可塑性があるということです。逆に、いくら若くても、あきらめていたら、脳は固定してしまって、役に立たないものになる危険もあるということではないでしょうか・・・。飽くなき知的好奇心こそ人間の、人間たる所以なのですよね。
盲目の男性がマウンテンバイクで山中をツーリングしているというのです。うひゃあ、と思いました。そして、信号音つき野球ボールをつかって、攻守ともに正確にプレーする盲目のチームがたくさんあります。もちろん、選手は皆、目が見えないか、目隠しを着用しているのです。選手は、音のおかげで一瞬先を聞きとっています。
足音を聞くだけで、その人の性格が分かる。ええーっ、そうなんですか。気をつけましょう。
犬は1秒間に6回の早さでにおいを嗅ぐ。人間は1秒にひと嗅ぎする。人間は2つの鼻の穴を通ってくるにおいを比べることで、においの所在を確認している。なーるほど。
たとえば、不動産業者は家の展示会をしているとき、クッキーを焼いて、家のぬくもり感や居心地の良さを演出する。なるほど、なるほど、よく分かります。
アリは、ほかのアリが脅かされているにおいを感じると、たちまちちりぢりになる。ハツカネズミは、自分が食べられそうになった場所に不安のにおいを残すことで、天敵の居場所を知らせあっている。ふむふむ、そういうことをしているのですね。
魅力的な顔は、左右の釣り合いがとれている。魅力的であり続けるコツは、学び続けること。好奇心を失わず、なんでも学ぶこと。学ぼうというその意気込みが、人を輝かせる。それが美しさだ。
妊娠の可能期間中の女性は左右のバランスのとれた男性のにおいを好む。男性は、妊娠可能期の女性の体臭を好む。うひゃあ、そうなんですか。
左右のバランスがあまり良くない動物は、正常よりも発育速度が鈍く、寿命は短い。そして、繁殖力も弱い。左右のバランスが悪いと、遺伝子的にも、肉体的、精神的にも劣り、認知能力や知能指数も低いことが予想される。むむむ、そうなんですか・・・。
食べ物や飲み物の品質についての予想が、そのおいしさの度合いを左右する。質の良いワインだと思って飲んでいるときのほうが安物だといわれて同じワインを飲んでいるときよりも、快感に関わる脳の領域がはるかに活性化する。上等のワインを飲んでいると思うことで、そのワインの実際の質にかかわらず、この快感領域の活動を高めることがある。脳の快感領域に関する限り、私たちは払った(つもりの)額にみあったものを実際、確実に得ている。ソムリエがひと口飲んだとき脳にまず見られるのは、味覚と嗅覚の情報が集まる領域の活性化だ。ソムリエは、ワインの味と香りを表現するための概念理解力と言語能力が豊かに発達している。なにかを味わうことは、におい、感触、見た目、そして音に至るまでの無数の影響による、味は予想や知識にも左右される。
低い声のほうが高い声よりも分かりやすい。女性や子どもより、男性の声のほうが理解しやすい。手で触ると、顔の表情もほぼ正確に認識できる。
知覚のなかで、これほど多くの情報がこれほど素早く伝わるのは、人の顔をおいてほかにはない。顔を見れば、その人の素性、性別、感情状態、意図、遺伝的健全さ、生殖能力、そして言葉によるメッセージすら、たちまち分かる。
顔は、ある特殊な方法で知覚され、そのために特殊な戦略と脳の仕組みが使われている。70歳になるころには、その人の顔写真を見るだけで、その人がどんな感情を招いて生きてきたのか、知らない人でも読みとれる。この年齢になるころには、顔は、ある感情をほかの感情よりもうまく伝えられるようになっている。理由は簡単、実践を積んできたからだ。顔の皮膚の下は、50種類あまりの異なる筋肉の集まりで出来ていて、そうした筋肉が身体中でもっとも複雑な配列で関連しあっている。しかも、筋肉のつねで、鍛えれば鍛えるほど、よく動くようになる。つまり、ほほえむ回数が多い人ほど、顔で喜びを表しやすくなる。これは年齢(とし)をとるにしたがって、とくにあてはまる。人柄と表情癖が顔をつくっていく。たしかに、そうだと、私も思います。
人の印象は顔を10分の1秒も見ただけで決まる。そして、人は、自分の顔の特徴に似たところのある人をパートナーに選ぶ。これは、教養、食べ物、環境、性格がその二人のあいだで似かよっているからだ。
人間の五感のすばらしさを改めて感じました
(2011年2月刊。3150円+税)
2011年4月17日
胃の病気とピロリ菌
著者 浅香 正博 、 出版 中公新書
日本は、先進国のなかでは異例に胃がん発生の多い国である。日本における胃がんの発生件数は男女とも、今も増え続けている。そのなかで、胃がんの発生件数は男性が5万人から7万人へと急激に増えている。2020年ころには、男性の胃がん患者は10万人に達するだろう。日本における胃がんの生存率は著しく改善したが、発生件数は以前とあまり変わっていない。ピロリ菌陰性の人は、ほとんど胃がんを発生しない。
胃における消化作用の主役は、塩酸ではなく、プペシンと呼ばれる消化酵素だ。胃を摘出して自分の胃液に漬けると、他の食物と同じように、見事に消化される。
もはや、胃の病気のほとんどは、ピロリ菌なしには記載できない。ピロリ菌は新しい細菌ではなく、何十万年も前からヒトの胃に住み着き、病気を起こしてきた。ところが、胃の中は塩酸が充満し、細菌が住み着けないという「常識」に支配されてきた。
ピロリ菌は、極端に酸素の少ない環境を好むので、普通の食べ物から感染することは、まずありえない。ピロリ菌がヒトにもっとも感染しやすい時期は、乳幼児期と言われている。そして、ピロリ菌は、いったん感染すると、通常一生の間、ヒトの胃の中に留まっている。
ピロリ菌に感染すると、白血球やリンパ球などが胃粘膜に誘導され、その細胞から活性酸素やサイトカインなど種々の細胞障害物質が放出されて、細胞障害を引き起こす。現在、一種類のみでピロリ菌を完全に除箇できる薬剤は存在しない。中途半端な服薬は除菌を失敗に導くのみでなく、耐性菌の出現頻症を上昇させる。
ピロリ菌は、東アジアのものがもっとも毒性が多い。
日本では、団塊の世代やそれ以前の世代のピロリ菌の感染率は80%を超えている。そのため、食塩のとりすぎが胃がんの発生を促進する可能性がもっとも大きい。
胃のなかに胃を入れると溶けてしまう。それほど強力な塩酸を放出しているのに、胃は健全である。その秘密は胃内部の表面粘膜にある。そんな胃のなかに細菌(ピロリ菌)が棲みついて、人間に悪さをしているのです・・・・。
(2010年10月刊。740円+税)
2011年4月 7日
和解する脳
著者 池谷 裕二・鈴木 仁志、 出版 講談社
若手(と言ったら失礼にあたるでしょうね。中堅と言うべきですね)弁護士が高名な若手(同じく)と対談した本です。大変面白い話が満載でした。
人間の遺伝子は10万と推測されていたが、実は2万台だった。神経細胞は100億という人もいるが、最近では1000億という説が有力。
遺伝子と脳は、親子の関係というより、むしろ対立関係にある。遺伝子の本来の進化のあり方に対して、脳が違う動きを始めた。脳幹が大脳皮質をコントロールしていたけれど、人間では大脳皮質が脳幹をコントロールするという立場の逆転が起きている。
再起のないものは言語ではない。サルが言葉を覚えても、文法はできない。無限という概念が分かるのは、再起のできる人間だけ。無限が分かると、無限ではない有限が分かる。
3歳児は、かくれんぼが出来ない。自分から相手が見えなければ、相手も自分が見えないと思っている。つまり、他者視点でものが見えていない。3歳児は再起がまだ出来ない。
言語活動の訓練を通じて十分に脳を成熟させてあげないと、他人との関係性をよく認識できない大人になってしまいかねない。
紛争のない社会のほうが気持ち悪い。かなり人為的に意思統一させられない限り、争いが起こるのは当然のこと。
日本の裁判では偽証が構行している。はっきり言って、そのとおりだと思います。しかし、かと言って、何が真実なのかを見抜くのは実に容易なことではありません。ですから「偽証」の立証は至難に業なのです。
脳は思いこみをする。裁判官のなかには、この事件はこうじゃないかと心証を形成すると、それ以降、その流れをサポートする証拠ばかり見ようとする。大脳皮質は作話を始める。そのとき、本人には嘘をついている自覚がない。心から自分の発言を信じている。嘘をついているときは前頭葉が活動している。本当のことを話しているときは、脳の後の方が活動している。うへーっ、そうなんですか・・・。
カウンセリングの基本は、聞くこと。誰か一人でも受け入れてあげる。受容してあげることが大切。反感をもっているときに聞いても、それは受け容れない。和解するときの究極の目標は、相対的な快感をつくり出すことに尽きる。裁判官は、提出された論理構成のなかで、「落ち着き」のいい結論にたどり着くのに一番つかいやすい論理を用いる。
和解をすすめるときにも、弁護士が決めたように思わせないようにもっていくのが重要。情報を置いておいたら、それを見た当事者が自分で決めたという形にすると、自分で将来を切り開ける。このとき、本人の納得度は高い。
これは弁護士にとって大切な指摘です。ところが、本人の納得度をあまり重視しすぎると、まとまる話もまとまりません。そのかねあいは実に難しいところです。
人間は、互恵性のシステムを遺伝的にもつ生物である。そのシステムを維持することが最終的に自分のためになる。不公正感は、もともと人間の持っている互恵的利他性から出てくる感情だと思う。
和解のもつ意義を考え直させてくれる本でもありました。
(2010年11月刊。1600円+税)
2011年4月 2日
認知症と長寿社会
著者 信濃毎日新聞取材班、 出版 講談社現代新書
世界で類のない速さで、日本の高齢化は進んでいる。65歳以上の高齢者は2872万人、人口の22.8%。この10年間で750万人、6.1ポイントも増えた。私たち団塊世代もやがて、その仲間に入ります。そのなかで静かに増えているのが認知症。200万人の患者がいる。いずれ、日本人の3人に1人は高齢者で、その9人に1人が認知症だという。
最近、政変というか革命の起きたエジプトでは25歳以下の人が全人口の過半数を占めるということです。恐らく、人々は長生きできないということなのでしょうね。なぜ、なのでしょうか・・・・?
養護老人ホームが「特養化」している。2000年に介護保険制度が導入されて、様相が一変した。特養への入所が、行政の介入する「措置」から、施設と個人の「契約」が基本となったので、入所希望が急増した。特養は満杯になって、移れなくなった。
厚生省(当時)は1999年、省令で、介護施設での身体拘束は「緊急やむを得ぬ場合」を除いて、原則禁止とした。ところが精神保健福祉法は、精神病床での必要な場合の拘束や隔離を認めている。法的にも拘束の認められた精神病床は、今、症状の激しい認知症患者の受け皿になりつつある。
アメリカでは、65歳以上の12%、85歳以上の半数が認知症で、このうち80%がアルツハイマー病とされている。アメリカのアルツハイマー病患者は53万人で、死亡原因の
7位。2000年から2006年までに死者は46%も増加した。
認知症ほど、さみしい病気はない。人買うも顔つきも変わってしまう。
認知症を社会全体で考えようという地方紙の77回にわたった連載ルポルタージュです。とても考えられた力作でした。癌より認知症の方が怖いのかもしれませんね・・・・。
(2010年11月刊。760円+税)
2011年3月28日
睡眠の科学
著者 桜井 武 、 出版 講談社ブルーバックス新書
動物は命がけで眠っている。それほど睡眠って、生き物にとって必要なものなんですね。
惰眠をむさぼるという言葉があるが、睡眠は決して無駄なものではなく、動物が生存するために必須の機能であり、とくに脳という高度な情報処理機能を維持するためには絶対に必要なものなのである。身体とりわけ脳のメンテナンスのために睡眠は必須の機能である。睡眠中は、心身が覚醒状態とはまったく異なる生理的状態にあり、それが健康を維持するために非常に重要なのである。
ヒトは眠ると、まずノンレム睡眠に入る。ところが1時間から1時間半すると、脳は活動を高める。これがレム睡眠である。このとき、脳は覚醒時と同じか、それ以上に強く活動している。このレム睡眠のときの脳の強い活動の反映として夢を見る。レム睡眠時の夢は奇妙な内容で、感情をともなうようなストーリーであることが多い。これに対して、ノンレム睡眠のときに見る夢は、多くがシンプルな内容である。
睡眠は記憶を強化する。シェイクスピアは、睡眠こそ、この世の饗宴における最高の慈養であると言った(『マクベス』)。たしかに、睡眠は甘い蜜の味がしますよね。
睡眠不足は肥満になる。また心血管疾患や代謝異常のリスクを増加させる。
ノンレム睡眠は、一般的に脳の休息の時間だと考えられている。レム睡眠を「浅い睡眠」というのは間違いである。レム睡眠時には、不可解なことに、交感神経系と副交感神経系が両方とも活性化している。レム睡眠時には脳幹から脊髄にむけて運動ニューロンを麻酔させる信号が送られているため、全身の骨格筋は眼筋や耳小骨の筋肉、呼吸筋などを除いて麻酔している。そのため、レム睡眠時には脳の命令が筋肉に伴わないので、夢のなかの行動が実際の行動に反映されることはない。ただ、眼球だけは、不規則にさまざまな方向に動いている。
睡眠は脳が積極的に生み出す状態であり、外部からの刺激がなくなって起きる受動的な状態なのではない。
睡眠と覚醒はシーソーの関係にある。覚醒は、シーソーが覚醒側に傾いている状態である。大脳皮質の活動という点からみると、覚醒とは、脳の各部がさまざまな情報を処理するために活発に、かつ、ばらばらに動いている状態と言える。
健康なヒトでは、オレキシン系が適切なときに覚醒システムに助け舟を出し、シーソーの覚醒側を下に押し下げることにより、覚醒相を安定化することが可能になっている。
オレキシンの機能はいろいろあるが、そのもっとも中心的な機能は覚醒を促し維持すること。そして交感神経を活性化して、ストレスホルモンの分泌を促す。モチベーションを高めて、全身の機能を向上させる。意識を清明にし、意力を引き出す。
ヒトが眠りにつく前、一時的に手足の温度が上がるが、これは手や足の血管を拡張させて、体温を外に放散させることによって深部体温を下げている。こうして脳の温度を少し下げることによって睡眠が始まる。あまり体温を上げず、しかし暖かくして眠ることが大切だ。眠気を払いたいときは、逆に考えて、手足を冷やすといい。
時差ボケを解消するのには、光だけでなく、食事によってもリセットが可能だ。これは、いいことを知りました。今度、ためしてみることにします。
睡眠に関する科学の最先端の状況が私のような一般人にもわかりやすく解説されていて、一気に読み通しました。
(2011年11月刊。900円+税)
2011年3月 6日
世界130カ国、自転車旅行
著者 中西 大輔、 文春新書 出版
自転車で、地球を2周りしたという日本人青年の壮挙を本人が再現した本です。今どきの日本の若者もやるじゃないですか。たいしたものです。パチパチパチ・・・・。
日本を出発したのは1998年7月。アラスカを起点として、アメリカ大陸をずっと南下します。太平洋にそって南下して、ペルーではフジモリ大統領(当時)の姉に会見してもらえました。それからヨーロッパに渡り、アフリカに行き、オーストラリアへ飛ぶのです。地球2週目は、イースター島を経て、南アメリカに行き、ブラジルでサッカーのペレに会ったあと、アメリカでもカーター元大統領に会ったりしたあと、ヨーロッパへ飛びます。ポーランドではワレサ元大統領と会い、アフリカそしてインドさらには中国経由で2009年10月、ようやく日本に帰国します。すごいですね。まず、コトバはどうしていたのでしょうか。そして、危ない目にはあわなかったのでしょうか。さらには、軍資金は・・・・?次々に疑問が湧いてきますよね。
競輪選手の太ももは60~80センチもあって、瞬発力がある。しかし、自転車の長距離レースの選手などは、足の細い人が多い。そうなんですか・・・・。
パンク修理など自転車の基本を学んでいないと海外遠征は難しい。うむむ、なるほど、そうでしょうね。
熊本で営業マンをしていて、3年あまりで1000万円をためたというのですよ。ところが、11年3ヶ月の旅にかかった費用は、なんと700万円。1年あたり60万円ほどでしかありません。ええーっ、嘘でしょ。と言いたいですよね。
アフリカでは警察署に泊めてもらったそうです。消防署や軍隊にも。
南アフリカをうろうろしているあいだに、スペイン語は自然にマスターした。旅行者にとっての武器は「銃」ではなく「言葉」である。なーるほど、話してこそ、分かりあえるのですよね。そして、各地で新聞やテレビの取材を受け、パスポートの役割を果たしたといいます。ふむふむ、きっとそうでしょうね。
つかった自転車は日本でつくってもらった特製品です。車体は18キロの重さ。6つのカバンに詰め込んだ荷物は40~50キロにもなる。初めて見た人からはオートバイかと見間違われるほどの重量級だ。つかったタイヤは82本、パンクは300回。ふだんは1時間で平均20キロ、一日平均100キロすすむ。
一人で何もせずに長い時間を過ごす退屈さや孤独に強いのが著者の強み。危い目にもあった。目を合わせない人間はたいがい怪しい。相手の言動を注意深く見る。話をすれば、相性がいいかどうか、だいたい分かる。相性がいい相手から「家に泊めてやる」と言われたとき、「この人なら、盗られたら盗られたでしょうがない」という気持ちで泊めてもらった。それで、盗られたことは一度もなかった。しかし、ブラジルでATM詐欺にひっかかったこともある。でも、人間って、本当にいいものだと思う。そう書いてあります。読んで心の温まる本でした。
(2010年11月刊。880円+税)
2011年3月 1日
犬になれなかった裁判官~司法官僚統制に抗して36年~
安倍晴彦、 NHK出版、 2001年5月25日
最近テレビで山崎豊子さんの「沈まぬ太陽」の映画版を見た。そういえば同じような話がわが司法界にもあったな、と思って、本書を読んでみた。
著者は、家裁勤務が長く、家裁の仕事に熱心であり、登山を趣味とし、山野の草花を愛する裁判官である。その姿は、毛利甚八さんの「家栽の人」の桑田義雄判事と重なり合う。著者は、「当事者のいうことをよく聞く」と「裁判は隣人の助言である」と基本理念とし、実に誠実に家裁の職務に取り組んだ。その時の苦労話とも笑い話ともつかぬエピソードが綴られている。著者は、「裁判官がする仕事の中では、もっとも人間的な仕事、環境であることがわかり、すっかり気に入ってしまったのである」とも言いきる。その熱意には敬服するばかりである。
しかし、ご存じのとおり、著者にはもう一つの顔がある。それは青法協裁判官部会に所属し、それを貫き通した裁判官としての顔である。もう古い話なのかもしれないが、かつての司法反動の時期、著者は家裁の支部から支部への支部めぐりの不遇な人事を強いられた。このような人事を詠んだ川柳として「渋々と支部から支部へ支部めぐり、四分の虫にも五分の魂」というものが知られている。著者を取り囲む上司、同僚の言葉が生々しい。
「君の場合、今後も、任地についても待遇についても、貴意に添えない。退官して弁護士として活躍したらどうか」
「あなたの処遇を、全国の裁判官が息を潜めて注目しているのです」
「君は合議不適だから、どの高裁の裁判長も君を受け入れるのを拒否するから無駄だ」
最近は、現職の裁判官がマスメディアでよく意見を表明する。「判決に全てを書き尽くし、決して言い訳をしない」という伝統的な裁判官の気風に変化があるようにも見えるし、組織の風通しがよくなったようにも見える。しかし、本当にそうなのか?裁判所の外にいる私にはわからないが、いや古い話ではなく、いつの時代にもなくならない普遍の話なのかもしれない、とかつて大きな組織に所属した私は、その組織に関する最近の出来事に接して思うのである。法と証拠に基づいて正義を実現するという、われわれ法律家の仕事は、その依って立つ社会の在り方との緊張関係の外にあって、超然と成り立つものではないな、と強く感じるこのごろである。
2011年2月28日
田舎の日曜日
著者 佐々木 幹郎、 みすず書房 出版
浅間山の麓に山小屋を作って週末ごとに生活している著者が、ツリーハウスをこしらえるという話です。森の中の自然あふれる生活が情趣豊かに描かれています。時間(とき)がゆったりと流れていく感じがよく伝わってきて、読んでると、なんとなく心の安まる思いのする本です。
どんな人が書いた本なのか巻末を見てみると、なんと私と同世代の詩人でした。もっと年長の高齢者だとばかり思って読んでいたのです。東京芸大の音楽研究科で教えているというのですから、私なんかとは違って芸術的センスが大いにあるようで、うらやましい限りです。道理で文章にもゆったりした詩的なリズムが感じられます。
ツリーハウスというから、どんなものかと思うと、要するに、子どものころ木の上につくった秘密基地をもっともらしくしたようなものです。そこで生活できるというわけでもありません。そうなると、こういうものは、結果よりも、つくっていく過程自体が楽しみなのですよね。この本も、つくり上げていく過程がたくさん紹介されていて、そこがまた興味をそそられるのです。
歌手の小室等が来てギターをひいて歌ってくれるのですが、ほかには、それといった大事件が起きるわけではありません。いえ、宮崎の新燃岳ではありませんが、浅間山が噴火することはありました。そして、可愛らしいムササビが登場します。
山小屋生活も、たまにならいいのかもしれないと思わせる本でした。でも、一年中そこで生活するとなると、本当は大変なんなんじゃないでしょうか・・・・。いえ、別にケチをつけているわけではありません。こんな環境で週末のんびり骨休みできるなんて、うらやましいと言っているだけです。
(2010年11月刊。2700円+税)
火曜日、日比谷公園に行ってきました。3月の陽気でしたが、園内にはほとんど花が咲いていません。梅もハナモモもまだつぼみ状態です。
わが家の庭の梅も今年は咲くのが遅れています。両隣の梅は咲いているのに、うちはツボミばかりです。紅梅のほうはいくらか花を咲かせています。
夕方6時くらいまでは明るく、庭仕事に精を出しことができるようになりました。それでも、春は花粉症の季節でもあります。ときどき反応して、目から涙、鼻水が出て、くしゃみを連発することがあります。ひどくならなければいいのですが・・・。
2011年2月11日
だまし絵のトリック
著者 杉原 厚吉、 化学同人 出版
人間の目は簡単に騙せるものなんですよね。たとえば、エッシャーの不思議な絵を見て、思わずこれはどなっているのだろう・・・・と、謎の世界に引きずりこまれてしまいます。
無限階段という絵があります。階段が口の字型につながっている。この階段を登っていくと、いつのまにか元の場所に戻っている。登り続けても、同じところをぐるぐる回るだけで、終わりがなく無限に登り続ける。
この本の著者は、だまし絵に描かれている立体は本当につくれないかという疑問に挑戦しています。これが理科系の頭なのですね。そして、方程式を編み出し、コンピューターを使って作図するのです。たいしたものです。偉いです。どんなひとなのか、末尾の著者紹介を見ると、なんと私の同世代でした。大学生のころ、すれ違ったこともあるわけです。すごい人だなあと改めて感嘆したことでした。
だまし絵の作り方がいくつも解説されています。簡潔なだまし絵ほど美しい。うむむ、なるほど、そうですね・・・・。
人は写真を見たとき、そこに奥行きの情報はなく、タテと横だけに広がった二次元の構造であるにもかかわらず、欠けた奥行きを苦もなく知覚でき、旅の思い出にふけることができる。それは、人が生活の中で蓄えた、立体と画像の関係に関する多くの手がかりを総合的に利用して、奥行きを中断しているためと考えられる。だから、だまし絵の錯覚は生活体験をたくさん踏んで、立体とその絵の関係をある程度理解してからでないと起こらない。小学校に入る前の子どもはだまし絵を見ても不思議がらない。このくらいの年齢の子どもは、ピカソの絵のようにつじつまのあわない絵を平気で描くことができる。
うむむ、そういうことなんですか・・・・。なるほど、ですね。
著者は2010年5月に、アメリカへ行って、錯覚コンテストなるものに参加し、優勝したそうです。そのときの映像がユーチューブで見れるというので、私ものぞいてみました。不思議な映像がたしかにありました。ピンポン玉のような球体が坂道をのぼっていきます。同じ平面にあるのに、その窓を横から一つの棒が貫くのです。とてもありえない映像なのですが、謎ときがされていて、なーるほど、なーんだ、そうだったのか・・・・という感じです。
エッシャーの絵を方程式とコンピューターで解説するなんて、その発想に頭が下がりました。
(2010年9月刊。1400円+税)
2011年1月24日
手足のないチアリーダー
著者 佐野 有美、 主婦と生活社 出版
笑顔の素晴らしい女性です。その笑顔を見ていると、自然にこちらの頬がゆるみ、顔がほぐれてきます。
写真を見ると、あの乙武さんと同じような電動車イスにちょこんと乗っています。両手はまったくありません。右足もほとんどなく、左足は普通にあります(あるようです)が、足の指は3本だけです。その足指で電動車イスを操作します。
こんな「不自由な」身体で、どうしてこんな天使のような笑顔の女性(ひと)になれるのか、その謎を解き明かしてくれる本です。私の愛読する新聞で紹介されていましたので、早速に注文して読んでみました。届いてから読み始めるのが待ち遠しくてなりませんでした。そして、その期待は裏切られませんでした。ただただ、ありがとうございますと感謝してしまいました。
そんな魅惑の笑顔の彼女にも思春期を迎えた中学生時代は大変だったようです。それはそうですよね。思春期というのは、誰にだって難しい年頃です。ずっと優等生だと思われていた私だって、親とろくに口もきいていませんでしたから・・・・。
彼女を高校のチアリーダー部に仲間として受け入れた友達も素敵なはじける笑顔で紹介されています。まさに青春が爆発しているという勢い、エネルギーを感じます。
赤ちゃんのころからの写真がたくさんあって、本文がよく理解できます。手足がなくても、人間は周囲の理解と応援があればこんなにも見事に成長するのだということがよく分かります。父親もしっかり支えたようですが、母親は介護に明け暮れて、それこそ大変だったことでしょう。そして、そんな大恩ある母親に思春期(反抗期)には辛くあたってしまうのです・・・・。
手足のほとんどない赤ちゃんが生まれたとき、両親はどんな反応をするのでしょうか・・・・。
著者は1歳半まで乳児院に預けられます。そして、乳児院から一時帰宅したときの著者の反応は・・・・?
いつも笑っていた。母を見てはニコニコ。父の後ろ姿を目で追ってはニコニコ。お姉ちゃんが一緒に遊んでくれてニコニコ。そして、自宅で家族と一緒に暮らすことになります。
乳児のころは、身体を見られても平気。障害児のなかにいたら、みんな違ってあたりまえだったから。そして、3歳すぎて、母親に質問する。
「ねえ、お母さん。どうして私には手と足がないの?」
この質問に、親は何と答えたらいいのでしょうか・・・・。
小学校に上がる前のこと。いちばん悲しいのは、「あのこがかわいそう」という言葉。私は、別に、かわいそうでもなんでもないのに・・・・。なかなか言えない言葉ですね。乙武さんも同じように書いていたように思います。
そして、親の熱意で普通小学校に入学できたのでした。その条件は登校から下校まで母親が一日中付き添うこと。
小学校の学芸会でいつも主役に立候補した。1年で孫悟空、2年でアラジン。体育館のステージに歩行器に乗って、さっそうと登場する。
手足がなくても、水泳で100メートルも泳げるようになった。
ところが、やがて、気が強く何事にも自分の意志を通し、いつも友達に囲まれていた著者は、いつのまにか友達の気持ちが分からない傲慢な女の子になっていた、というのです。自我のめざめ、そして、悔悟の日々が始まります。
そして、高校に入り、チアリーディング部に入り、再び自分を取り戻すのでした・・・・。
ぜひぜひぜひ、あなたに強く一読をおすすめします。心の震える本です。
(2011年1月刊。1200円+税)