弁護士会の読書
※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。
人間
2011年2月11日
だまし絵のトリック
著者 杉原 厚吉、 化学同人 出版
人間の目は簡単に騙せるものなんですよね。たとえば、エッシャーの不思議な絵を見て、思わずこれはどなっているのだろう・・・・と、謎の世界に引きずりこまれてしまいます。
無限階段という絵があります。階段が口の字型につながっている。この階段を登っていくと、いつのまにか元の場所に戻っている。登り続けても、同じところをぐるぐる回るだけで、終わりがなく無限に登り続ける。
この本の著者は、だまし絵に描かれている立体は本当につくれないかという疑問に挑戦しています。これが理科系の頭なのですね。そして、方程式を編み出し、コンピューターを使って作図するのです。たいしたものです。偉いです。どんなひとなのか、末尾の著者紹介を見ると、なんと私の同世代でした。大学生のころ、すれ違ったこともあるわけです。すごい人だなあと改めて感嘆したことでした。
だまし絵の作り方がいくつも解説されています。簡潔なだまし絵ほど美しい。うむむ、なるほど、そうですね・・・・。
人は写真を見たとき、そこに奥行きの情報はなく、タテと横だけに広がった二次元の構造であるにもかかわらず、欠けた奥行きを苦もなく知覚でき、旅の思い出にふけることができる。それは、人が生活の中で蓄えた、立体と画像の関係に関する多くの手がかりを総合的に利用して、奥行きを中断しているためと考えられる。だから、だまし絵の錯覚は生活体験をたくさん踏んで、立体とその絵の関係をある程度理解してからでないと起こらない。小学校に入る前の子どもはだまし絵を見ても不思議がらない。このくらいの年齢の子どもは、ピカソの絵のようにつじつまのあわない絵を平気で描くことができる。
うむむ、そういうことなんですか・・・・。なるほど、ですね。
著者は2010年5月に、アメリカへ行って、錯覚コンテストなるものに参加し、優勝したそうです。そのときの映像がユーチューブで見れるというので、私ものぞいてみました。不思議な映像がたしかにありました。ピンポン玉のような球体が坂道をのぼっていきます。同じ平面にあるのに、その窓を横から一つの棒が貫くのです。とてもありえない映像なのですが、謎ときがされていて、なーるほど、なーんだ、そうだったのか・・・・という感じです。
エッシャーの絵を方程式とコンピューターで解説するなんて、その発想に頭が下がりました。
(2010年9月刊。1400円+税)
2011年1月24日
手足のないチアリーダー
著者 佐野 有美、 主婦と生活社 出版
笑顔の素晴らしい女性です。その笑顔を見ていると、自然にこちらの頬がゆるみ、顔がほぐれてきます。
写真を見ると、あの乙武さんと同じような電動車イスにちょこんと乗っています。両手はまったくありません。右足もほとんどなく、左足は普通にあります(あるようです)が、足の指は3本だけです。その足指で電動車イスを操作します。
こんな「不自由な」身体で、どうしてこんな天使のような笑顔の女性(ひと)になれるのか、その謎を解き明かしてくれる本です。私の愛読する新聞で紹介されていましたので、早速に注文して読んでみました。届いてから読み始めるのが待ち遠しくてなりませんでした。そして、その期待は裏切られませんでした。ただただ、ありがとうございますと感謝してしまいました。
そんな魅惑の笑顔の彼女にも思春期を迎えた中学生時代は大変だったようです。それはそうですよね。思春期というのは、誰にだって難しい年頃です。ずっと優等生だと思われていた私だって、親とろくに口もきいていませんでしたから・・・・。
彼女を高校のチアリーダー部に仲間として受け入れた友達も素敵なはじける笑顔で紹介されています。まさに青春が爆発しているという勢い、エネルギーを感じます。
赤ちゃんのころからの写真がたくさんあって、本文がよく理解できます。手足がなくても、人間は周囲の理解と応援があればこんなにも見事に成長するのだということがよく分かります。父親もしっかり支えたようですが、母親は介護に明け暮れて、それこそ大変だったことでしょう。そして、そんな大恩ある母親に思春期(反抗期)には辛くあたってしまうのです・・・・。
手足のほとんどない赤ちゃんが生まれたとき、両親はどんな反応をするのでしょうか・・・・。
著者は1歳半まで乳児院に預けられます。そして、乳児院から一時帰宅したときの著者の反応は・・・・?
いつも笑っていた。母を見てはニコニコ。父の後ろ姿を目で追ってはニコニコ。お姉ちゃんが一緒に遊んでくれてニコニコ。そして、自宅で家族と一緒に暮らすことになります。
乳児のころは、身体を見られても平気。障害児のなかにいたら、みんな違ってあたりまえだったから。そして、3歳すぎて、母親に質問する。
「ねえ、お母さん。どうして私には手と足がないの?」
この質問に、親は何と答えたらいいのでしょうか・・・・。
小学校に上がる前のこと。いちばん悲しいのは、「あのこがかわいそう」という言葉。私は、別に、かわいそうでもなんでもないのに・・・・。なかなか言えない言葉ですね。乙武さんも同じように書いていたように思います。
そして、親の熱意で普通小学校に入学できたのでした。その条件は登校から下校まで母親が一日中付き添うこと。
小学校の学芸会でいつも主役に立候補した。1年で孫悟空、2年でアラジン。体育館のステージに歩行器に乗って、さっそうと登場する。
手足がなくても、水泳で100メートルも泳げるようになった。
ところが、やがて、気が強く何事にも自分の意志を通し、いつも友達に囲まれていた著者は、いつのまにか友達の気持ちが分からない傲慢な女の子になっていた、というのです。自我のめざめ、そして、悔悟の日々が始まります。
そして、高校に入り、チアリーディング部に入り、再び自分を取り戻すのでした・・・・。
ぜひぜひぜひ、あなたに強く一読をおすすめします。心の震える本です。
(2011年1月刊。1200円+税)
2011年1月16日
よみがえる脳
著者 生田 哲、 サイエンス・アイ新書 出版
かつて脳細胞は大人になるにつれ、死滅していくだけとされていました。しかし、今では、脳細胞も生成していることが分かっています。だから、あきらめる必要はないのです。
この本は、運動が脳に良いこと、タバコは脳にも悪いことなども強調しています。
脳は、環境の変化に対応し、年齢に関係なく、どんどん変化していく。脳の本質は変わりやすいことなのである。
カナリヤは平均して10年生きるが、毎年新しい曲を学んで歌う。毎春、同じ鳥がまったく違った歌をうたいだす。うへーっ、そうなんですか・・・・。一度じっくり聞いてみたいですね。
タバコは頭を悪くする。タバコの煙にふくまれる一酸化炭素が血液中のヘモグロビンというタンパク質と結合することによって、脳が酸欠状態になり、脳に一過性の障害が起きる。また、タバコの喫煙によって発生するアセトアルデヒトという毒物がアセチルコリン、ノルアドレナリン、ドーパミンなどといった脳内の伝達物質に存在するアミノ基と科学反応を起こして生成するシッフ塩基という毒物が、脳内の神経細胞にダメージを与える。うへーっ、こんな大切なことをもっと国は国民に知らせるべきです。小学生のときから教えておけば、こんなに有毒なタバコを吸う人は絶滅する可能性がありますよね。タバコは税収に貢献しているなんてことは、もう言わないでくださいね。
エクササイズ(運動)でうつ病が治り、脳は活性化するといいます。抗うつ薬を服用してうつから回復した人で、改善効果を10ヶ月後も維持できた人は55%、再発率は38%。これに対して、エクササイズだけでうつから回復した人の88%が改善効果を10ヵ月後も維持していたし、再発したのもわずか8%でしかなかった。そうなんですか・・・・。
エクササイズの達成感が自己評価を高め、気分を向上させ、うつを改善する。
瞑想でも脳の機能が改善するそうです。これはありうると思いますが、残念ながら、瞑想を体験したことはありません。分かりやすい説明で、すっと読んで納得できました。
(2010年12月刊。952円+税)
2010年12月 6日
人間はどこから来たのか、どこへ行くのか
著者 高間 大介、 角川文庫 出版
いま同じ日本に住んでいる、同じ日本人といっても、その先祖が日本にたどり着いた経路はさまざま。日本にホモ・サピエンスが到達したのは、3万年から4万年前のこと。主な3ルートのうち、北のサハリンルートから人が入ってきたのはもっとも遅く、2万年前以降のこと。日本にやってきたのと同じ祖先の別の一派がアメリカ大陸を南下して遠くペルーにまで到達した。
DNA分析によると、たしかに人類は一つなのである。ホモ・サピエンスは、およそ15万年前にアフリカで誕生し、世界各地で進化した。彼ら以外のヒトを駆逐しながら、全世界に広がっていき、置き換わっていった。
人類(ヒト)の出アフリカは、わずか1回ないし数回の出来事だった。その規模も、一番少ない見積もりで150人、大きくても2000人。それが全世界に広がっていった。うひゃあ、人間ってわずか2000人足らずだったのですか・・・・。いまは、68億人になっています。
人類がアフリカから出たのは、7万年前から5万年前のこと。5万年前には、オーストラリアにいた。アフリカを出たあと、海づたいに食べ物を探しながら歩いていった。ヒトがアメリカ大陸を縦断したのは、かなり早く、1万年もかかっていない。
人類の旅の締めくくりは南太平洋の島々への移住。その始まりは台湾。6000年前台湾にいた人々が南下を始め、フィリピンの島々を経て、パプアニューギニアに到達した。3000年前にはフィジー諸島などのメラネシアへ。さらに1500年前にポリネシアのハワイ、そしてモアイ像で有名なイースター島にたどり着いた。この旅は周到に計算されていた。船は、常に風に逆らって進み、新しい島が見つからないときには引き返していった。これを証明できるものとして、タロイモやバナナ、ヤシの実などは、南の島の産物ではなく、台湾やフィリピンなどの、アジア原産の植物だということがある。
ヒトは霊長類のなかで、唯一、性を秘匿し、食を公開した種である。
ヒトは体毛の薄い裸のサルであり、直立するサルである。人間社会には、食は共同で確保するという大原則がある。狩猟採集民には、食料を配る役目は子どものことが多い。
人間の育児能力は圧倒的に高い。その例証が双子である。野生のゴリラやチンパンジーでは双子が生まれても育ちにくい。
ゴリラの出産間隔は4年、チンパンジーは5年、オランウータンは8年。ところが人間は、出産後40日すると妊娠可能になる。だから、年子の兄弟姉妹は珍しくない。ちなみに私も年子の弟です。
類人猿の母親は、長いあいだ一頭の子どもに母乳を与え続ける。授乳期間中は発情ホルモンが抑制されるため、排卵しないので、新たに妊娠することはできない。
ヒトの祖先は、隠れる場所が少なく、これといった武器を持たなかったから肉食獣にたびたび襲われた。とくに子どもが狙われた。そのため死亡率の高い人類は、それを補うため多産にならざるをえなかった・・・・。ヒトがアフリカから出ていった背景には、人口増加があったと考えられる。
人間は他人に何かを尋ねられ、その答えを考えているときには、目を頻繁にそらす。質問した相手の顔をじっと見ていない。それは、自分はちゃんと考えていることを相手に知らせる社会的なシグナルなのだ。無人販売所に目を強調したポスターを貼っておくと、それだけでちゃんとお金を払う人が増える。ええーっ、そんなに人の目を気にするんですか・・・・。
20歳前後の、これから繁殖を開始しようとする時期の男性が一番殺人が多い。
人間も、言葉をしゃべる前は歌、オスがメスに求愛のための歌を歌ったり、歌と一緒にダンスしていた。それがどんどん複雑になっていった。そんな歴史があって言葉ができあがった。そうなんですか・・・・。
わずか300頁ほどの本なのですが、とても考えさせられる、刺激的な話がもり沢山でした。あなたもぜひ読んでみてください。
(2010年6月刊。590円+税)
2010年10月 5日
ネット・バカ
著者 ニコラス・G・カー、 青土社 出版
漢字のような表語文字言語を書いている人々と、表音文字であるアルファベットを用いた言語を書いている人々とでは、脳内の回路の発達の様子がかなり異なっていることを脳スキャンは明らかにしている。
そうなんです。日本人が英語を何年も学校で勉強していても得意とする人が少ないのは、ここに大きな原因があるのです。決して学校の授業が悪いというだけではありません。
2009年までに、アメリカの大人は平均で週に時間をネットに費やしている。2005年の2倍である。そして、20代の著者がネットに費やす時間は週19時間。2歳から11歳までの子どもは週11時間をネットに使っている。2009年、平均的なアメリカのケータイ利用者・は、月400通のメッセージを送受信している。これは2006年の4倍である。
ネット使用が増えるにつれ、印刷物、新聞や雑誌そして本を読むのにつかれる時間が確実に減少している。ネットの勢力が拡大するにつれ、他のメディアの影響力は縮小していく。グリーティング・カードやハガキの販売枚数は減り、郵便総量が急激に減っている。
ネットの影響によって、新聞業界ほど動揺した業界はない。大新聞は、どこも青色吐息です。私の長男もネット派で新聞は読んでいません。「疲れる」というのです。信じられません。
ネットは注意をひきつけるが、結局は、それを分散させる。メディアから速射砲のように発射される、競合する情勢や刺激のせいで、注意は結局、散らされる。
ネットが助長する、絶え間ない時間の注意散漫状態、ネットの有する感覚刺激の不協和音は、意識的志向と無意識的志向の両面を短絡させ、深い志向あるいは創造的思考をさまたげる。脳は単なる信号処理ユニットになり、情報を意識へと導いたり、そこからまた元の場所に戻したりするようになるのだ。ネット使用者の脳が広範に活動することは、深い読みなどの集中を維持する行為が、オンラインでは非常に困難であることの理由にもなっている。
オンラインで読むとき、深い読みを可能にする機能を犠牲にしている。コンピューターの使用は、読書よりもはるかに強い精神的刺激を提供する。読書が感覚に与える刺激は常に小さい。与える刺激が常に小さいという、まさにそのことが読書を知的な報酬を与えるものとしている。注意散漫を除去し、前頭葉の問題解決機能を鎮めることで、深い読みは深い思考の一形態となる。熟練した読書家の頭脳は落ち着いた頭脳であり騒々しい頭脳ではないのだ。読書する人の目は、文字を追って完璧になめらかに動くわけではない。その焦点は、いくぶん飛躍しながら進んでいく。
オンラインで絶え間なく注意をシフトすることは、マルチタスクに際して脳をより機敏にするかもしれないが、マルチタスク能力を向上させることは、実際のところ、深く思考する能力、クリエイティヴに思考する能力をくじいてしまう。
記憶には短期記憶と長期記憶がある。長期記憶の貯蔵には、新しいタンパク質を合成する必要がある。短期記憶の貯蔵にこれは必要ない。長期記憶を貯蔵しても、精神力を抑えることにはならない。むしろ、強化する。メモリーが拡張されるにつれ、知性は拡大する。
ウェブは、個人の記憶を補足するものとして便利かつ魅力的なものであるが、個人的記憶の代替物としてウェブを使い、脳内での固定化のプロセスを省いてしまったら、精神のもつ裏を失う危険がある。神経回路の可塑性のおかげで、ウェブを使えば使うほど、脳を注意散漫の状態にしていく。きわめて高速かつ効率的に情報を処理してはいるけれど、何ら注意力を維持していない状態におく。
コンピューターから離れているときでさえ、集中するのが難しくなったという人が増えている。脳は忘却が得意になり、記憶が不得意になっている。人間と他の動物とを分けていることのひとつに、人間は自分の注意力を制御できるという点がある。
注意散漫になればなるほど、人間はもっとも微妙で、もっとも人間独特のものである感情形態、すなわち共感や同情などを経験できなくなっていく。穏やかで注意力ある精神を必要とするのは、深い思考だけではない。共感や同情もそうなのだ。
インターネットは現代に生きる私たちに必要不可欠のものです。でも、それに頼りすぎていると深い思考・創造力や人間らしい共感・感情などを失う危険があるという指摘がなされています。
鋭い問題提起をいている本です。ぜひ、あなたもご一読ください。
(2010年9月刊。2200円+税)
2010年10月 4日
赤ちゃんの科学
著者 マーク・スローン、 NHK出版
赤ちゃんが生まれた。わくわくする人生のビッグイベント・出来事です。私の子どもたちも、ずい分と大きくなりましたが、今でも赤ちゃんのころの写真を大きく引き伸ばして部屋に飾って、ときどき眺めています。赤ちゃんのふっくらほっぺ、つぶらな瞳って、いつ見ても心が癒されますよね。
メスのゴリラは安産の見本のような動物だ。陣痛が始まると、群れから静かに離れ、30分もすると、産み落としたばかりの我が子を抱いて戻ってくる。お産は自分ひとりでして、群れの仲間たちは出産するメスのことを気にも留めない。ゴリラのお産が楽なのは、母親の身体が大きく、胎児が小さいという生体的な特徴のおかげである。
これに対して、人間は、18時間も苦痛が続き、他人の助けが必要である。どうして人間は、ゴリラのようなお産ができないのか?
ヒトの胎児は外に出るために、曲がりくねった産道をなんとか通り抜けねばならない。産道の複雑な構造のせいで、ヒトの出産は苦痛にみちたものになる。産道のなかで、胎児は身体を曲げたり、伸ばしたり、回したり、ヒト以外の霊長類には必要のない複雑な動きを駆使したすえ、やっと生まれることができる。
ヒトの出産は、まず直立歩行に対応するために大きな変化をとげた。ヒトの分娩が危険な営みになったのは、およそ150万年前のこと、胎児の頭は大きくなる一方なのに、メスの骨盤はある一定の大きさで止まってしまった。
子宮は、どれだけふくらんでも、絶対に破裂しない。胎児の頭蓋骨は、その弾力性を生かして器用に形を変え、骨板が動いて少しずつ重なりあった結果、胎児の頭の幅は4センチも狭くなる。出口が10センチだから、この4センチは、とても大きい。
そして、赤ちゃんの30人に一人は、肩にある鎖骨が一、二本は折れた状態で生まれてくる。折れた鎖骨はすぐにくっつき、あとで問題になることはない。
ヒトの妊娠期間は、本来、21ヶ月であるべきなのだ。つまり、ヒトの母親は、本来なら胎児が9キロ(生後12ヶ月の赤ちゃんの体重)になったときに出産すべきなのだ。しかし、そうすると、頭囲は今より30%も大きくなってしまう。これでは出産できませんよね。
胎盤は多様な機能を果たしている。なかでも重要なのは、母体の血液が胎児のときの出した老廃物を受け取り、尿と一緒に排泄かたわら、水分やタンパク質、脂肪分、糖分、ビタミン、ミネラルなどの栄養分を母親から胎児へと運び、成長をうながす働きである。胎盤は妊娠中ずっと母体の抗体を胎児に送りつづけ、その抗体が外の世界に出たあとも、赤ちゃんを病原体から守る。
胎児の構造のなかでも、とりわけ精巧にできているのが心臓の内部である。胎児の肺は空気でなく、羊水でいっぱいである。
胎児は、なぜオンギャーと泣き叫ぶのか?
冷たく、びしょぬれの不快な感覚、驚き・・・・。そして、泣くごとに肺のなかにたまった羊水を少しずつ追い出して、肺胞を開いていく。
健康な妊婦は、経膣分娩のあいだ、酸化ストレスを抑制する高酸化物質ダルタチオンを大量に分泌し、胎児の身体に送り込む。ところが、ストレスの少ない帝王切開分娩の場合、胎児は母体からダルタチオンを少ししか受けとらない。帝王切開で生まれた子どものほうが、免疫系の疾患であるぜん息にかかる確率がやや高い。
出産の瞬間には、赤ちゃんの体内で大量のテストステロンが放出される。誕生直後にいったん急増したテストステロンは、すぐに減少する。思春期にはいって野放しの放出が起きるまで、その状態が続く。テストステロンが男をつくる。ところが、テストステロンは、妻の妊娠によって減る。
胎児の五感。胎児の目にうつる子宮のなかは、いつも真っ暗というのではない。赤くなることもある。長波長の赤い光の10%は子宮に届いている。胎児は音も聴いている。胎児は、内耳にとどく低周波の音を聴いて子宮の内外に広がる世界について理解を深めている。
胎児はママの声だけは一日中聞いていても、決して飽きない。妊婦が話しはじめると、お腹の子の動きが鈍くなり、心拍数が下がる。
胎児は音楽が好き。なかでもリズムが一番好きのようだ。胎児は、妊娠最後の2、3週間に母体の内外の環境から自発的に学習し、話し、言葉や音楽のリズムなどの基本を獲得している。
胎児はママの食べたもののにおいを嗅いでいるだけでなく、生まれたあとも覚えていて、好んで食べるようになることが多い。
子宮のなかで学んだ感覚を頼りに、視覚、聴覚、嗅覚、触覚、味覚とフルに稼動させて赤ちゃんはママのおっぱいに到達する。子宮のなかで、いつでも、どこからでもなく聞こえていた声が、いまはママの口から出て、赤ちゃんに届いている。聞き慣れたママの声。この世にみちている奇妙な音のなかから、その安心できる声をたどっていけば、ママのおっぱいにたどり着くことができる。
新生児は、ただ顔を認識できるだけでなく、記憶することもできる。赤ちゃんは、生まれて4時間後には、すでにママの顔とほかの女の人の顔を区別できるようになる。
新生児をママのおっぱいに引き寄せるような役目をするのは、なんと羊水のにおいである。ママの乳首は、羊水そっくりの科学物質を分泌するのだ。慣れ親しんだ羊水のにおいと味に触れて、心を落ち着ける。
赤ちゃんに食べ物だけを与えても、人との触れあいが欠けると、発育障害が発生する。体重が増えず、身体的・情緒的発達に深刻な遅れが生じる。ネグレクト(育児放棄)や虐待の犠牲になった赤ちゃんには発育障害が発現する。
赤ちゃんには、本当の父親が誰なのかを巧に隠す技がある。赤ちゃんは、とくに誰にも似ていない状態で生まれてくるのは、理にかなっている。一般的に言えば、男性が自分の遺伝子を残すことに成功してきたのは、赤ちゃんが特に誰にも似ていないおかげなのである。
うへーっ、これってあり、ですかね・・・・。腰が抜けそうなほど、驚きました。まさしく人間の神秘ですね。たしかに、生まれたばかりの赤ちゃんって、しわだらけですよね。すぐにふっくらして可愛い顔になりますが・・・・。もっとも、私の子どもは私によく似ているとみんなから言われて安心しています。
(2009年2月刊。1600円+税)
2010年10月 2日
性器の進化論
著者:榎本知郎、出版社:化学同人
生殖器、体つき、脳など、すべて女性が原型なのである。男性になるには、何段階もの関門があって、そのたびごとに男性にする作業が行われる。そのどこかにエラーがあると、遺伝的には男性にはなれない。つまり、ヒトの原型は女性であり、男性は精一杯がんばって細工をして男性になる。
射精された2~3億個の精子のうち、卵子に到達する精子は300~500個でしかない。そして、医学的には、射精される精子数が1億を下まわると不妊の原因になるといわれる。卵子に到達する精子は、最低でも150は必要である。
一番乗りした精子は自分の酵素を放出しては死んで後進に道を譲り、150番以降の順位の精子が福を得て、受精させることが出来ることになる。なんという確率でしょうか・・・。
ヒトは、半数の人が結婚して妊娠するまで半年ほどかかっている。ヒトの妊娠率は、ほかの動物に比べて低い。なぜか?
良い遺伝子をもつ雄を選ぶためには、配偶者をきっちり選ぶことが必要なのである。
ヒトそして、男と女の違いを図解しながら、分かりやすく解説してくれる真面目で面白い本です。
(2010年1月刊。1500円+税)
2010年8月 2日
人間らしさとはなにか?
著者:マイケル・S・ガザニガ、出版社:インターシフト
脳が人間の思考と行動をどう司っているのかは、いまだによく分かっていない。数ある未解明の問題のうちには、思考がどのように無意識の深みから抜け出して意識に上るのかという大きな謎がある。
本当にそうなんですよね。私たちの毎日の生活のなかでは、意識されてはいないけれど潜在的意識が実際の行動にとても影響をもっているということがよくありますよね。たとえば、人前で話すときに意識のなかったことが、当意即妙で話すことがあります。こんなとき、自分のなかにもう一人の自分がいると実感します。このように、人間という存在は、意識にのぼっているところだけではとらえきれないものだと私はつくづく思います。
左脳が知性を司る半球だ。話し、考え、仮設を立てる。右脳は、そういうことはしないが、左脳より優れた技能をもつ、とりわけ視覚的知覚の領域で秀でている。
左脳は、右脳の670グラムと縁を切っても、分離される前と同じ程度の認知能力を維持する。脳の賢さの所以は、単なる大きさにとどまらない。つまり、左半球には知覚機能で著しく劣る点があり、右半球は認知機能にさらに顕著な欠点がある。
脳の左半球は、事象を解釈せずにはいられない。右半球には、そんな傾向はない。
二つの脳半球は、二つの違った方法で問題解決の状況にのぞむ。右半球は、単純な頻度の情報にもとづいて判断を下すのに対して、左半球は、手の込んだ仮設を立ててそれを拠りどころにする。
脳は、生まれたときは、成人のたった23%の大きさしかなく、成人に達するまで拡大し続ける。人間の脳の一部は生涯を通して成長を続ける。それは新しいニューロンが加わるというのではなく、ニューロンを取り囲むミエリン鞘が成長を続けるということ。
観察から分かっているチンパンジーの社会集団の大きさは55匹である。人間の大脳皮質の大きさから割り出した社会集団の大きさは150人。今日、狩猟採集部族の典型的な規模は、一年に一度だけ伝統行事のために集結する同族集団において150人だ。
人間は、組織階層なしに統制できるのは150~200人であることが分かっている。
人間の会話の中身の3分の2は、自分に関する打ち明け話であることが判明している。
他愛もない話を分析した学者がいるのですね。
赤ん坊は、生まれてまもないときから、何よりも顔を見たがる。生後7ヶ月を過ぎると、特定の表情に正しく反応しはじめる。顔知覚は、社会的相互行為を円滑にすすめるために膨大な情報を提供する。ただし、顔を識別できるのは、人間だけではない。チンパンジーやアカゲザルにもできる。
チンパンジー、ボノボ、人間など、多くの種では、大人も遊ぶ。いったい、なぜか?
大人は、もう練習の必要はないのに、なぜ遊ぶのだろう。そうなんですよね・・・。
社会的であることを理解するのは、人間というものを理解するための基本だ。イスラエルのキブツでは、血のつながりのない子どもたちが一緒に育てられる。彼らは、生涯代わらぬ友情を育むが、お互いに結婚することはめったにない。
人間の脳は多くの点でコンピューターとは異なっている。脳の回路はコンピューターよりも遅いが、超並列処理をする。脳は100兆個のニューロン接続をもっている。これは従来のコンピューターよりも多い。
脳は、常に自らの配線を直し、自己組織化している。
脳は、創発的特性を利用する。つまり、行動は、カオスと複雑さのかなり予測の難しい結果だ。
生後8ヶ月の赤ん坊の、発達過程にある脳は、ランダムなシナプスを多く形成する。そして、現実世界をもっともうまく説明できる接続パターンが生き残る。結果として、大人のシナプスは、幼児よりも、はるかに少ない。
脳は分散型のネットワークだ。指令を下す指揮官も中央処理装置もない。脳は密接に接続してもいるので、情報の通り道は、そのネットワークの中にたくさんある。
脳全体の仕組みは、ニューロンの仕組みよりも単純だ。
人間と脳について深く考えさせてくれる面白い本でした。
(2010年3月刊。3600円+税)
2010年7月16日
雅子さまと「新型うつ」
著者 香山 リカ、 朝日新書 出版
私は、これまでにも何回も申し上げましたが、最近の雅子さんバッシングを苦々しく思っています。天皇制とか皇族については否定的な考えをもっている私ですが、かといって、今の週刊誌と右翼による皇族とりわけ雅子さんバッシングのえげつなさには呆れてしまいます。右翼って、皇室を無条件で尊崇するというわけではないこと、自分たちの言いなりにならなかったら皇族といえども容赦なく叩くということを如実に示しています。いかにも政治的ですし、皇族なんて利用できるだけ利用するという姿勢があまりに露骨すぎて嫌になります。皇室の制度が現代の日本においていかなる意味を持っているのか、天皇の後継者は男系に限るのか、もっと私たちは冷静に議論すべきではないでしょうか。
その意味で、今の天皇が折りにふれて日本国憲法を遵守する姿勢を表明していることに、私は敬意を表すると同時に心から共鳴します。ところが、右翼の人たちは、そのことが、どうやら気にくわないようです。ここらあたりについて、国民的な議論を深めたいものです。
この本は、週刊誌から叩かれ続けている雅子さんの病状について、精神科医が解説していますので、よく問題点が理解できます。
雅子さんは、ストレスから不安や抑うつ、不眠、全身倦怠感などの症状が起きる「適応障害」という病名が公表された(2004年7月30日)。そして、6年がたつ・・・・。
精神科医は、何よりも患者自身の立場を無視し、その利益を優先することになっている。たとえ相手の話がどんなに荒唐無稽であっても、非倫理的であり反社会的であっても、ひとまずは「そうですか」と受け入れる。それが鉄則だ。ところが、精神科医として口にしてはいけないはずの「甘えている」などのという言葉をつい口走りたくなってしまうのが、この新型うつという新しい病態だ。雅子さんは、周囲の否定的な反応や感情を引き出してしまうというという意味でも、まさに、この新型うつにあてはまる。
新型うつで休職中の若い世代の多くは、自分の挫折のひきがねになったのは、「やりがいのない仕事」だったと語る。そして、自分がうつから回復するためには、自己実現につながる部署・業務が必要だと言う。
新型うつの人たちの主張の根本にあるのは、仕事は自己実現のためにあるという仕事に対する考え方の変化だ。
ところが、「私にしかやれない仕事」を実際にまかせたとき、本当にその人はその仕事をこなすことが出来るのか・・・・?そこには、こうありたい自分はあっても、決して実際の自分の姿はなかった。このように、仕事で自己実現したいと望んでいる人は、しばしばこの問題で落とし穴にはまる。個性的な仕事、オリジナリティにあふれる仕事は、それだけハードルが高い。知識、忍耐力、持続力、柔軟な心に体力など、要求される能力は数限りない。
精神科医とくに精神療法が必要なケースなどでは、それはいつも同じ場所、限られた条件で行われることが重要だ。生活空間を離れ、診察室という特別な場所で、それが10分であっても30分であっても、時間も限定された中で治療者と向きあう。できたら、「何曜日の何時ごろ」と、曜日や時間も、いつも決まっているほうがよい。こうやって治療の条件を限定し、一定の枠にあてはめることを「治療を構造化する」と呼ぶ。そうすることで、患者にも治療者にも、そこでの話が「ただのおしゃべり」ではないという意識が生まれ、限られた時間で大切なことを話そう、聞こうという状況になる。
1回あたりの時間はきちんと決めることによって、患者はそれ以外の日には過去を振り返ったり、次回の面接に向けて気持ちを整理したり、と自分なりのやり方で、過ごせるようになる。患者が治療者に「いつでも会える」と依存的になると、自己治癒力が発揮されにくくなってしまう。なーるほど、そんな工夫も必要なのですね・・・・。
新型うつの場合には、これまで、うつ病にはタブーと言われてきた「がんばれ」という言葉も、ときには有効になることもある。もちろん、まだ落ち込みがひどいときに「他の人もがんばっているんだから、あなたもがんばるべきだ」というプレッシャーをかけるような言い方は望ましくない。そうではなくて、夢から覚めるように急速に回復したときに、「さあ、そろそろ動き出しましょうよ」「ずっと休んでいるなんて、あなたらしくない」と背中を押すことも必要なのだ・・・・。ふむふむ、そういうことなんですね。
雅子さんの立ち直りを支えきれるのかどうかは、日本社会が温かさ、おおらかさをもっているかどうかの試金石のような気がします。もっと、温かい目で見て、みんなでしっかり立ち直りを支えようという社会的雰囲気をつくりあげたいものだとつくづく思います。
(2009年3月刊。700円+税)
2010年7月 5日
おへそはなぜ一生消えないか
著者 武村 政春、 出版 新潮新書
人間の身体の不思議さに驚かされる本です。
男の胸にも乳を出す乳腺組織は、わずかながらにも残っているので、「母乳」が出るのは科学的にも確かなこと。うへーっ、男も赤ちゃんにおっぱいを与えられるのでしょうか……。
なぜ、男にも乳首が存在するのか。その答えは、男とは「複製された女」だから。人の原型は「女」であり、男は、その変形なのである。なんとなんと、男本位の世界ではないのですね。
人は本来、女になるべくして発生を始めるが、途中の分岐点において男性化遺伝子の作用を受けることにより、脇道のほうへ曲がって行ってしまったものが男なのである。
人間は、一生の間に全身で1017回の細胞分裂(DNA複製)を経験する。細胞一個にふくまれるDNAは60億塩基対(6×109)なので、一生の間に全身で6×1026個の塩基が複製される。すると、10-11の割合で複製エラーが起きるとして、6×1015個、つまり6千兆個もの複製エラーが一生のあいだに生じる計算になる。この6千兆個というと、ものすごくたくさんの複製エラーが蓄積していると心配するかもしれない。しかし、人体の細胞数60兆個で割ると、1個の細胞につき100個程度。100個の細胞あたり3個の複製エラーが生じた程度なので、パニックになるほどのものではない。
ええっ、そうなんですか。100個の細胞あたり3個の複製エラーというのは、すごく多いような気もするのですが……。
この本の途中に、フランス料理のリ・ド・ヴォーが登場します。私の大好物なのですが、残念なことに食べさせてくれるレストランはあまりありません。それくらい贅沢で高級な料理です。それというのも、胸腺が子牛からしかとれない貴重な器官だからです。まだ食べたことのない人は、ぜひ食べてみてください、少しばかりねっとりしていますが、とても美味しい味ですよ。
ヒトの赤血球には「核」がない。赤血球が成長する過程で、核が抜け落ちてしまう「脱核」が起きるため。これは、哺乳類に共通している。脱核して表面がくぼむことによって表面積が広がる。これによって、むしろガス交換をするうえでは好都合なのである。赤血球は一日に1011個、つまり1000億個も作られ続けている。しかも、酸素という、ややもすれば細胞を障害する危険な分子と付き合うのを最大の使命としている。核があると、がん化する危険度が高まるので、脱核しているのではないか……。
へその緒がつないでいるのは、正確には、胎児と胎盤である。胎盤は母親ではなく胎児の一部であるので、「へその緒」は胎児の一部にすぎない。母親は、その身の危険を冒してまで、子宮の壁から胎盤に向かって噴きつける。その母親の貴重な血液を受け止め、しっかりと受け取った栄養分を胎盤から胎児本体に供給するパイプラインこそ、へその緒なのである。
おへそが消えないのは、かつて血管だった残骸が消えることなく残ってしまうことにある。
人間の身体の不思議に思いいたります。もっともっと我が身を大切にしないといけないとつくづく思いました。
(2010年2月刊。680円+税)
取締役報酬が1億円をこえる人が300人ほどいるというニュースを見て、月収1000万円の人たちにとって、消費税が10%になったら月3万円の負担になると言っても、なんともないことなんでしょうね。
でも、私の周りの人々は月10万円から20万円という人が大半です。そんな人にとっては大変な増税です。
年俸1億円もらっている取締役の会社が、実は赤字だというところもあるそうです。きっと人減らしをしたりしているのでしょう。派遣切りをすればいいのですから、簡単です。労働者を遣い捨てにしながら、自分だけは1億円以上もらう、そんな経営者の集まりが日本経団連なんですね。ですから、消費税の引き上げとあわせて法人税率の大幅引き下げを民主党にさせようとしています。とんでもないことです。