福岡県弁護士会コラム(会内広報誌「月報」より)

月報記事

給費制維持緊急対策本部だより シンポジウム「岐路に立つ法曹養成~志望者激減の原因を探る~」に参加して

会 員 羽田野節夫(33期)・市丸健太郎(63期)・髙木 士郎(64期)

1 はじめに

平成24年8月29日、仙台弁護士会館において開催されたシンポジウム「岐路に立つ法曹養成~志望者激減の原因を探る~」に参加して参りました。今回のシンポジウムは、給費制の問題だけでなく、法曹養成全般について、特に法科大学院の志望者が『激減』しているという事実について考えるという切り口から、問題点を整理し、幅広く意見の交換を行うことを目指すものでした。

これまでも給費制維持の活動などで先進的な取り組みを行ってきた仙台弁護士会が力を入れて開催しただけに、北は北海道から南は福岡まで全国各地から、弁護士だけではなく多くの市民の方も参加され、会場は大盛況でした。


2 法曹養成制度の現状について

まず、法曹養成制度の現状について客観的データに基づく報告がなされました。

その中で特に印象的だったのは、法科大学院入学のための適性試験の受験者数が、初年度(平成15年)の約5万人から本年度(平成24年)は約6,500人へと減少しているという事実でした(実に87%の減)。

また、社会人の入学者数も、平成16年度は2,792人であったのに対し、平成23年度では764人へと減少しているということでした。

これらのデータから見れば、法曹志望者がまさに激減していることは疑いようのない事実といえるでしょう。


3 法曹志望者の置かれている現状について

次に、大学生や法科大学院修了生といった、法曹となることを目指して勉強している人たちから、彼らが置かれている状況についての報告がなされました。

この中で最も衝撃的だったのは、小学生のころから弁護士となることを志して法学部に入学したものの、悩んだ末、弁護士となることをあきらめることにした大学3年生からの報告でした。この方が弁護士となることをあきらめた主な理由は、奨学金・貸与金など経済的な面での負担が重く、サラリーマン家庭で他に3人の姉妹がいることを考えると、その負担に耐えきれないというものでした。

これらの報告を聞いて、法曹を目指す人たちの中では、法曹という進路を選ぶことを躊躇せざるを得なくなるほど、法曹、特に弁護士について、将来性への不安が切実なものになっているのだということを強く感じました。


4 法曹養成制度に関する日弁連の見解について

日弁連給費制存続緊急対策本部本部長代行の新里宏二弁護士からは、裁判所法の改正をふまえ、日弁連は、(1)地域適正配置を前提とした法科大学院の統廃合と定員削減の具体化、(2)司法試験合格者をまずは1,500人とすること、(3)給費制の復活を含む修習生への経済的支援の実現、(4)法曹の活動領域拡大、などを求めていくことが示されました。

また、8月28日に始動した法曹養成検討会議に対して、修習制度は自己のスキルアップという以外にも多くの意義を有すること、弁護士になれば貸与金も返済は簡単という状況ではないことなどを踏まえて、働きかけを行っていくということも示されました。


5 パネルディスカッション

(1) 志望者減少の原因について

パネルディスカッションでは、まず、法科大学院専任教員である森山文昭弁護士から、志願者減少の原因として、(1)法曹の職としての魅力の低下、(2)法科大学院修了義務のもたらす経済的負担及び経済的負担を負った上での合格率の低迷がもたらす精神的負担、が考えられるのではないか、との分析がなされました。

また、歯科医であり、市民のための法律家を育てる会の共同代表である伊藤智恵氏からは、「成功は医科に学べ、失敗は歯科に学べ」、として、歯学部においては、定員の大幅な増加がもたらした歯科医師の経営難が顕在化した結果、歯学部志望者数が減少し、国家試験合格率の低下も相まってさらなる志望者の減少を招くという悪循環が生じているのに対し、医学部では、北米のメディカルスクールの養成制度を導入する、専門医制度を設けるなどの方策で、実務家となるまで及びなった後の教育・研修を充実させ、個々の能力のみならず、その職業的魅力をも高めることによって、志願者数を増加させることに成功しており、現在ではセンター試験受験者の約2割が医学部志望となっている、ということが報告されました。

これらの分析・報告を聞いて、法曹養成課程と医師養成課程を単純に比較はできませんが、それぞれが制度改革において念頭に置いていた出発点が違うことが、今日の結果を招いているのではないかと感じました。すなわち、医師養成の場合、メディカルスクールに学び、良き実務家としての医師を育てることを目標とし、そのためにはケーススタディなどの手厚い実践教育が必要であるとして、その実施のために受け入れ可能な医学部の定員はどれだけか、ということを考えながら定員の漸増を行ってきたということでしたが、一方、法曹養成の場合は、まず合格者を増やそう、というところから出発し、増えた合格者を教育するために、前期修習を担う法科大学院を設置し、そこで「法曹にとって必要な教育」を行おうとした、ということです。

また、法曹の「職としての魅力」が経済的にみて「低下」していることは現状からも明らかではありますが、法曹という職の魅力は経済的なものだけではないはずです。医師の場合よりもわかりにくい面はあるかもしれませんが、法曹という職の有する社会的責任や仕事のやりがいといった部分についての情報を、法曹を志す人たちにもっと積極的に発信しても良いのではないか、とも感じました。

(2) 日弁連の提案について

日弁連の提案について、森山弁護士及び宮城学院女子大学元学長の山形孝夫氏からは、法科大学院の統廃合といっても、大学の経営、文部科学省との関係などを考慮すれば現実的にはかなり難しいだろうという指摘がなされました。また、法科大学院という入り口の段階で志望者を絞りたいというのであれば、未修者の扱いが問題ではあるが、全国統一試験を実施するという方法も考えられる、との意見がありました。

また、司法修習生に対する給与の支給継続を求める市民連絡会事務局長の菅井義夫氏からは、意思と能力があれば誰でも法曹を目指すことができる制度が望ましいこと、日弁連の今回の提言は、すでに破綻しかけている制度をそのままにするもの、すなわち、お金をかけただぶだぶの服を仕立て直すと価値が下がるから、そのままにして身体の方を合わせましょう、と言っているかのようだ、との厳しい意見がありました。

さらに、司法試験受験資格としての法科大学院修了義務づけについては、森山氏、菅井氏から廃止すべきとの明確な意見がありました。

給費制問題だけでなく、法曹養成制度のあり方については、日弁連においても様々な意見があります。ですので、日弁連の提言が、少々歯切れの悪いもの、もっと踏み込んでいえば、どのような改革・変化を目指しているのか判然としないもの、となるのもある意味やむを得ない部分があると思います。ただ、法曹養成会議は検討結果の報告を1年後には行うわけですから、長い時間をかけて議論をする暇はなく、走りながら考えなければなりません。そして、弁護士会からの声を法曹養成制度に反映させるためには、弁護士会の中でもっと集中的に議論を行い、問題点の集約と、一致できるところとできないところを明確にしておかなければならず、これができなければ、これまでと同じように外部の声に押し込まれることになってしまうでしょう。今回のシンポジウムでは、多くの解決すべき問題が存在することが改めて明らかになりましたが、その結果、法曹養成のあり方という問題について、早急に議論し意見集約をしていかなくてはならないことについてのコンセンサスが、参加者において醸成されることになったという点で非常に意義深いものであったと思います。また、日弁連の提言に対する市民の方からの厳しい意見もありましたが、それだけ、良き法曹をいかに育てるか、ということについては市民の方にとっても関心が高く重要な問題ということであり、私たち弁護士こそが、人権保障と社会正義の実現に資するような法曹養成のあり方について、一人一人がもっと危機意識を持って真剣に議論しなければならないのだということを実感することができました。


6 終わりに

今回のシンポジウムに参加して、給費制復活も含めた法曹養成制度のあり方について多くの意見があり、日弁連としてもその意見を、総論として、集約できているわけではないことをはっきりと知ることができました。また一方で、各論としては、一致できるものもあるのではないかとも感じました。

そこで、私たちが、一弁護士として今できること、すべきこととは、私たちの将来にも大きく影響することになる法曹養成制度のあり方について、どのような問題点が存在するのか、それについて個々の弁護士にはいかなる意見があるのか、その集約はどこまで可能なのか、といったことについて議論し整理しておくことではないかと考えます。

今後、福岡県弁護士会給費制維持緊急対策本部では、法曹養成制度検討会議において、給費制を復活させることが相当であるとの結論を導くべく、この1年間も、給費制の復活を強く訴えていく所存です。給費制と法曹養成制度のあり方は密接な関わりを有しているところ、給費制の復活を訴えていくには、法曹養成制度のあり方等も含めた広い観点からの訴えかけも必要になることを本シンポジウムにおいて強く再認識させられました。そこで、当対策本部においても、給費制の復活を世間に訴えていく上での前提として、当対策本部の守備範囲を超えない範囲で法曹養成制度のあり方全般についても検討を行い、その成果を今後の活動に活かしていきたいと考えています。

最後になりましたが、この様に収穫の多いシンポジウムに派遣していただきまして、誠にありがとうございました。

日弁連人権擁護大会プレシンポジウム「「自死」をなくすために~自死を防ぐための気づき・つなぎ・見守りとは何かを考える~」のご報告

会 員 疋 田 陽太郎(61期)

1 はじめに

去る平成24年9月3日、福岡市天神にあるレソラ天神5階「夢天神ホール」において、「「自死」をなくすために~自死を防ぐための気づき・つなぎ・見守りとは何かを考える~」と題して、日弁連人権擁護大会のプレシンポジウムが開催されました。

全国の自殺者が毎年3万人を超える状況が続く中、日弁連は、自殺問題を強いられた死「自死」の問題と位置づけて、自死予防への本格的な取組みを行っています。本プレシンポジウムは、その取組みの一環として、福岡県弁護士会が主催し、日弁連との共催の下、福岡県・福岡市・北九州市・福岡県社会福祉会・福岡県臨床心理士会・福岡県司法書士会・福岡県精神保健福祉士協会・福岡県医療ソーシャルワーカー協会の各後援を受けて、自死予防の問題を、専門家や遺族のみならず、一般市民も交えて考えようという趣旨で実施されました。

2 基調講演

まず、橋山吉統副会長から開会の挨拶がなされた後、長崎こども・女性・障害支援センター所長で精神科医の大塚俊弘氏による基調講演が行われました。

講演では、冒頭、わが国で自死が多い背景に、自死やその要因が不名誉なものであるという誤った社会通念があるとの問題認識が示され、誤った社会通念からの脱却の必要性が訴えられました。その後、長崎県における自死の統計の報告、負債や過労等自死の背景となる原因についての説明、うつ病の発症機序や、心理的視野狭窄から自死に至る過程についての分かり易い解説が行われました。「自殺を試みた人で本当に死にたいと思っている人は誰1人いない」、「皆、家族に迷惑をかけたくない、家族が悲しむのはわかっているが他に方法がない」、「判断能力が通常ではなくなり、行動が思考とつながらなくなる」といったお話は大変印象に残りました。

続いて、長崎県が取り組む自死対策事業の実施状況の報告として、「ゲートキーパー」の養成活動の紹介等が行われました。「ゲートキーパー」とは自殺のハイリスク者に対する早期対応の中心的役割を果たす人材のことで、自死リスクを抱える人に気づき、その人に正確な情報をさりげなく伝えて、専門機関への確実な紹介につなぐ役割を果たすことが期待されます。長崎県では、医師や保健師、弁護士等の専門家にとどまらず、八百屋さんや床屋さん、スナックのママさん、さらには学生までをも「ゲートキーパー」として養成しているそうです。長崎県の裾野の広い自死対策は大変興味深いものでした。

3 パネル・ディスカッション

休憩の後は、基調講演をされた大塚俊弘氏、福岡いのちの電話副理事長で司祭の濱生正直氏、福岡大学病院精神科の医師・衞藤暢明氏、リメンバー福岡自死遺族の集い代表・小早川慶次氏をパネリストとして、宇治野みさゑ会員がコーディネーターとなり、パネル・ディスカッションが行われました。

パネル・ディスカッションでは、濱生正直氏から、ある少女の自殺をきっかけにチャド・バラ牧師が「いのちの電話」を設立したという経緯や、相手の話を聞き共感するという電話相談の考え方のお話などがあり、続いて、小早川慶次氏から、リメンバー福岡自死遺族の集いの活動内容の報告が行われ、さらに衞藤暢明氏から、救命救急センターに運ばれた自殺未遂者に対する精神的アプローチや自殺の再企図を防ぐための社会的サポート導入の取組み等の報告が行われました。

その後は、各パネリストの経験を踏まえた深く活発な議論が展開され、小早川慶次氏が自死遺族となった体験談など非常に印象的なお話も拝聴いたしました。また、衞藤暢明氏から、医師が用いる自殺の危険因子の英語頭文字を用いたSAD PERSONSスケールの解説がなされました。性別や年齢、うつ状態、アルコール・薬物の乱用といった自殺の危険因子を意識しておくことは、法律相談に臨むうえでも重要であると感じました。

4 おわりに

自死問題は非常に重く、難しいテーマですが、本プレシンポジウムには多数の一般市民の方々も参加しており、その関心の高さがうかがえました。大変有意義なプレシンポジウムでした。

2012年9月 1日

簡易算定表の研修を受講して

両性の平等委員会 会 員 小 倉 知 子(49期)

6月19日養育費等の簡易算定表についての研修が行われました。講師は元久留米大学法科大学院法務研究科特任教授の松嶋道夫先生でした。松嶋先生は、平成24年3月3日日弁連のシンポジウム「子ども中心の婚姻費用・養育費への転換−簡易算定表の仕組みと問題点を検証する−」でパネリストとして参加されておられます。私は、大抵北九州の弁護士会館でライブ中継で受講しているのですが、この日は福岡で他の予定があったので県弁会館で受講することにしました。研修は申込段階でも定員いっぱいとなっており、(私は前の方に座っていて後ろの様子はよく分かりませんでしたが)大盛況であり、この問題に対して会員の関心の高さがうかがえました。

今回の研修は、家庭裁判所において「恒常的」に利用されている『養育費等の簡易算定表』の問題点を学ぶという目的で実施されました。この簡易算定表は判例タイムズ(1111号)に東京・大阪養育費等研究会というグループ(裁判官で構成)が発表したもので、『簡易迅速な養育費等の算定を目指して』という副題が付いています。

この算定表は平成15年に公表され、当時は簡単に養育費や婚姻費用の目安額が分かるということで大変便利なものと思われました。それまでは、相談者や依頼者から「養育費はいくらくらいですか」と質問されても、「父母の収入に応じて決まるので、いくらとは言えません」と応じるしかありませんでした。実際、養育費等を決めるときには、父母双方の収入に加えて、債務状況や教育費などについて調査官によって聴取調査が行われ、その上でどこまで養育費等に反映されるかが判断された上で、養育費等が決定されていました。そのため、相談者等から「だいたいでいいですから、金額を教えて下さい」と言われて非常に困った記憶があります。「自分の経験では、低い金額は子ども1人5,000円というのもあったし、高ければ15万円というのもあったから、収入によって大幅に変わるもので一概にいえない」「ただ基準という訳ではないけれども、調停で決められる金額としては2万から4万が多いように感じます」という程度の曖昧なことしか言えませんでした。しかし、簡易算定表が出てからは、一応「目安ですが」といいながら、表を提示して説明することができるようになり、便利になったものだと思いました。

ところが、だんだん簡易算定表が普及するにつれておかしなことになってきました。単なる目安だったものが「絶対的」な基準と変化し、調停などで算定表の基準とは異なる金額を要求すれば「算定表から外れている」とか「(異なる金額の)根拠を示せ」とか言われるようになってしまったのです。簡易算定表は、あくまでも「簡易迅速」を目的としたもので、「簡易迅速」に決める必要がなければ元に戻って、実態に即した計算をすべきなのです。ところが、次第に裁判所、弁護士が簡易算定表に縛られてしまうようになって本末転倒とも言える状況になってしまったのです。

私は、算定表に拘束されている状況がときに歯痒く、特に養育費が「安すぎる」という印象はあるものの、一体算定表のどこに問題があるのか、という部分はサッパリ分かりませんでした。それが、今回松嶋先生のお話を聞いて、(一部ですが)問題点が分かったように思います。というわけで、いくつか私の印象的な部分をご紹介したいと思います(松嶋先生のレジュメから引用)。

まず、算定表が不合理である典型的な例です。母(年収109万円)、父(年収600万円)が離婚し、母が子ども4人を育てている場合、算定表の計算からすれば、養育費は1人2万9,000円(4人合計11万6,000円)となります。一見養育費としては多いように思えます。ところが、父親は養育費を支払ったとしても、手元に年間460万8,000円残り、これが父一人の生活費となります(もちろん税金も含まれますが)。では母子はどうなるかというと、5人の生活費は248万2,000円(109万円+11万6,000円*12ヶ月)しかならないのです。父親は4人の子どもの生活に責任を負うべき立場にあるのに、一人で5人世帯の1.8倍の収入で暮らせるというのは、誰がどう考えても、不合理ではないでしょうか。

更に、子ども3人を、父(年収600万)が1人、母(年収109万)が2人と、それぞれ引き取って生活することになった場合でも、子ども同士に大きな生活格差が生じることになります。計算の紹介は省きますが、父親世帯の生活費525万3,300円、母子(子ども2人)世帯の生活費は183万4,700円となり、父子2人世帯の生活費は母子3人世帯の3倍ということになり、子ども同士の生活水準に極端な格差が生じます。同じ父母から生まれた子どもなのに、父母どちらと一緒に暮らすかによってこんなに格差が出来ていいのでしょうか。

しかも、これらの計算で重大な欠陥というべきものは、子どもの生活費を確定した上で、父母で負担割合を決めるため、母が一所懸命働いて、多くの収入を得たとしてもその恩恵を子どもは(生活費の増加という意味で)ほとんど受けられず、養育費負担額の減少という恩恵を父親が享受することになるのです。すなわち、子どものために頑張って収入を得ても、子どもの生活水準は変わらず、習い事が出来るなどの余裕には結びつかないのです。これは正当なのでしょうか。収入の増加は、そのまま子どもに還元すべきではないのでしょうか。

では、どうすればいいか。計算方法のどこを変えろというべきなのか。ここが一番弁護士にとって大事なところです。松嶋先生は、養育費制度として、子どもの成長・発達に必要な費用がいくらなのかを計算した上で(養育費の最低保障基準額)、この費用を父母で分担すべきだと言われています。そして、養育費について、養育費立替払制度(公的扶助)を導入すべきだと言われています。子どもの貧困化改善、子どもの生存権保障のためには国が責任を持つことが大事だと強調されておられます。なお、日弁連も20年前に養育費立替払制度を提起しています。そして、簡易算定表を前提とするならば、控除額(現在は60%程度が認められている)を減額させるしか方法はないと言われています。大きな控除が認められることによって、父は自分の生活が安泰(収入の6割は自分で使えるという保障になる)となり、母と生活している子どもは生活保護基準以下の生活を強いられることにもなるからです。

松嶋先生のレジュメには「便利だと利用している算定額には子どもの涙がこもっています」と一文がありました。10年間簡易算定表を批判しつづけてこられた先生の言葉には重みがあります。これからの時代を担う子どもたちの生存権を保障することは、社会の責任であり、弁護士の責務でもあります。今後、安易に算定表の金額を鵜呑みにせず、不合理な点を指摘しつづけていかなければならないとつくづく思いました。

北九州部会 ジュニアロースクールのご報告

会 員 諸 隈 美 波(64期)

7月28日、北九州部会にてジュニアロースクールが開催されましたのでご報告させていただきます。

今年のテーマは「民事模擬調停」で、対象は小学生(5、6年生)。当日は小学生34人が参加、うち30名くらいの子どもたちを小学校の先生3人が引率してきてくれました。

1 民事模擬調停の内容

今年は、中学校で学ぶ「対立と合意」を少し先取りし、昔話を題材にした模擬民事調停を行いました。「桃太郎エピローグ」と題する昔話を用いて、双方の利害が対立している場面において、双方の言い分を理解し、対立点を明確にし、グループで議論し最終的には利害を調整した妥当な解決案として、調停条項をまとめるというものです。

さて、「桃太郎エピローグ」は、昔話の「桃太郎」の続きの話です。桃太郎は鬼退治をしましたが、実はその島は、以前鬼たちが住んでいた島で、鬼が修行で出ている間に人が住み着いてしまったという渡邊典子先生オリジナル(!)のお話です。鬼が村人から奪ったものをどうするのか(鬼は鶏を奪って、その後ひなが産まれている)、鬼が今後どこで暮らすか(鬼ヶ島は作物がとれない、現在村人が住んでいる島は狭くて鬼は住めない、などなどの事情有り。)という2点が大きな争点でした。


2 子どもたちの様子

まずは全体の話がわかるような寸劇、それから民事調停の説明、そして桃太郎と赤鬼が小倉子ども民事調停に申立を行い、調停をしているという寸劇という形で進めました。

寸劇の中から、双方のいい分からわかったことや対立点を理解してもらうよう、ワークシートに書き込んでもらい解決策をグループで議論してもらいました。最初こそ、子どもたちはとてもおとなしく、なかなか質問も出ませんでしたが、調停条項を考えるときにはするどい質問もたくさん出て子どもたちの発想の柔軟さを感じるとともに、一生懸命考えている姿を見ることができました。

グループ討論では、たとえば一つの案(今後桃太郎と鬼が一緒に住む)を出せば、桃太郎もしくは赤鬼にとってはあまりよくないもの(村人は鬼を怖がっている)なので、さらにそれをカバーするために別の条項(鬼は村人に手を出さないことを約束する、田んぼ仕事を一生懸命手伝って村人に鬼のことを理解してもらう)を考えるなど、悩み工夫している姿が見受けられました。


最後には各グループから発表をしてもらいました。私は採点する役でしたが、どれもよく考えられていて、とても迷いました。最終的には、一番いろいろな考慮要素をクリアできていると思える案を選びました。(鶏とひなを半数ずつわける、鬼は鬼ヶ島で住むが、村人が住んでいる場所から離れている場所で米作りを教えてもらうなど。)


3 感想・今後の課題

対立が生じている裏には双方の言い分があり、解決のためには、双方の言い分を良く聞いて解決案を示すことが大事だということがわかってもらえたかと思います。今回は模擬民事調停ということで、刑事裁判のように厳密なものの見方を教えられたわけではありませんが、今回の模擬民事調停が子どもたちの日常生活に役立つ視点となったのであれば嬉しいかぎりです。

もっとも、子どもたちからたくさんの意見を引き出し、議論を活発にするためにどのように進めていくべきかは今後の課題であり、工夫できるところだと思います。また1つの学校からまとめて参加していたことからすると、ジュニアロースクール自体の宣伝広報活動も考える必要がありそうです。

なお、アンケート結果からすると、おおむね楽しんでくれたようで少しホッとしました。個人的には、普段子どもと話す機会がない私にとっては、とても楽しい時間となりました。

2012年7月 1日

純真短期大学で模擬裁判をしてきました

会 員 梅 野 晃 平(62期)

第1 はじめに

本年の4月16日、23日に、向原栄大朗弁護士とともに、純真短期大学に赴いて模擬裁判を行いました。今回は、そのご報告です。


第2 事案の概要

事案を簡単にご説明しますと、犯人が民家に押し入って現金やCD等を強取した強盗致傷事件で、被告人が犯人性を争っているという事案です。

証拠関係としては、(1)被害品と「同じタイトルの」CDが被告人宅から発見、(2)被害者宅の鍵付きタンスにバールのようなものでつけられたと思しき傷があるところ、バールが被告人宅から発見(被告人は、内装工事のバイトをしていたため所持していたと説明)、(3)共犯者の証言あり(ただし、真の共犯者を秘匿している可能性が疑われないでもない)、(4)目撃者の証言あり(ただし、観察条件は必ずしも良くない)等々、もりだくさんの内容となっています。


第3 講義の流れ

1日目は、まず、刑事裁判の流れを説明し、その後、あらかじめ決めていた配役に従い、冒頭手続及び証拠調べ手続を行います。

2日目は、『証拠の分析をしてみよう!』というワークシートに従い、検察官グループと弁護人グループでそれぞれ証拠の証明力などについて検討を行い、その結果を発表します(論告・弁論に相当するものです。)。

これを聞いて、裁判官(裁判員)グループが議論し、犯人性の有無について結論を出すという流れです。


第4 講義の感想と、気になった点

当初、受講生の反応があまりみられなかったため、どうなることかと心配したのですが、徐々に打ち解けてきて、終わってみると、なかなか良かったという感想です。

とくに、証拠の分析については、回答例として想定していた要素はほとんど出揃い、的確な分析がなされていました。

大学で学生向けに講義をするというのは初めての経験でしたので、無事に終えることができて、心底ホッとしています。


ただ、やってみていろいろと思うところもありましたので、そのあたりについても少しご報告させていただきます。

1 弁護士という職についていると、つい忘れがちになりますが、法律や裁判というのは、一般の学生・生徒の多くにとって、たいして興味のある分野ではありません。

  今回はなんとかなりましたが、受講生の知的好奇心を刺激する切り口や、受講生を議論に積極的にコミットさせる工夫については、改善すべき余地が大いにあると思いました。

2 また、講義の「獲得目標」を明確にする必要があったように思います。

  法律家が伝えるべきことというのは、「ものごとの見え方というのは、見る人、立場、状況などによって変わるものであり、ある側面から見た見え方のみが唯一正しいと考えるのは妥当でない」というような根本的なことであったり、「逮捕されたときにどういう権利があるか」というようなお役立ち情報であったり、「刑事裁判が社会でどのような役割を果たしているのか」といった社会学的なことであったりと、それこそ山のようにあると思いますが、実際問題、90分2コマで伝えられることは限られています。

  模擬裁判をし、刑事裁判の流れを一から十まで説明し、その根底にある法の考え方を理解してもらい、ちょっとしたお役立ち情報も盛り込み......としていると、時間がいくらあっても足りませんし、無理に詰め込もうとすると、駆け足すぎて記憶に残らないということになりかねません(大学に入学したころの我が身を振り返れば、わずか3時間でこれらをすべて理解するのはまず無理です。)。

  「この講義では、このことを理解してほしい」という「獲得目標」(学校教育風にいうと、「めあて」)を絞って、それにリソースをつぎ込むようにした方がよいと思いました。

3 そのほか、根本的な話になりますが、時間的制約との関係で、「模擬裁判をやること」の意義も考えた方が良いように思いました。

  刑事裁判の流れを説明するだけであれば、教材DVDなどを使いつつ、ときおり弁護士が補足して説明するようにした方が、短時間で効果的にできるようにも思います。

  また、模擬裁判では、証人役、被告人役などのロールプレイを行うため、その役割をうまくこなす(間違えないように台本を読み上げる)ことに気を取られ、考えることが二の次になる弊害があるように思います。

  模擬裁判をすると、どうしてもそれなりの時間を要します。

  「模擬裁判をやること」自体が目的であればそれでよいのですが、模擬裁判が、それを通じて法教育的な何かを伝えようという「手段」なのであれば、模擬裁判をやることが本当に手段として適切なのかを考える必要があると思います。


第5 最後に

いろいろと出すぎた話をしてしまいましたが、私自身としては、総じていい経験になったと思っています。

皆様も、一度やってみてはいかがでしょうか。

「東日本大震災復興支援対策本部・災害対策委員会報告」

会 員 福 元 温 子(64期)

1 最近の活動について

当委員会では、継続的に、東日本大震災の被災者を対象とする無料説明・相談会を開催するほか、震災関連の出張相談、勉強会等を実施するなど、被災者支援の活動を行っています。なお、無料説明・相談会には当委員会に委嘱されていない先生方も参加されており、福岡県弁護士会全体で被災者支援を行っています。

復興庁が公表している資料によれば、平成24年5月16日現在、福岡県所在の避難者の数は763人で、4月5日現在の数から19人増加しています。当然ながら、自治体や国が把握していない避難者の方もいるとみられます。

福岡県は、被災地から距離があるため、被災者の避難先となり得る一方で、県民が震災を他人事と感じるようになってしまう危険もあると、自戒を込めて思います。今後も、避難者の方の声に耳を傾け、弁護士としてできる支援を実行していきたいと思います。


2 無料説明・相談会の開催について

平成24年5月27日(日)午後1時から、天神弁護士センターにおいて、被災者のための無料説明・相談会が開催されました。

相談に来られた方の中には、政府指定の避難対象区域外からの避難者は損害賠償請求ができないと思っていた、と言われる方もいました。たしかに、対象区域内からの避難者と対象区域外からの避難者とでは、損害賠償請求の内容が異なることが多いかもしれません。しかし、対象区域外からの避難者の方も、損害賠償請求ができる可能性があります。当委員会では、対象区域外からの避難者の方にも、まずは弁護士へ相談してもらうように、広報活動を行っていきたいと考えています。

また、今回の説明・相談会は参加者が少なかったため、県内の避難者全体に対する広報活動も課題となりました。自治体が把握している避難者の方には自治体を通じてお知らせをしていますが、自治体が把握していない避難者の方に対する働きかけも強化していきたいと考えています。

なお、次回の無料説明・相談会は7月29日(日)午後1時からの開催を予定しています。


3 損害賠償請求手続について

被災者向け説明・相談会では、原則として、全体説明を行った上で個別相談を受け付けています。全体説明では、原子力損害賠償請求の手続や、これまでに発表された中間指針等の判断基準、関連する法律や制度運用の変化等について、説明しています。私自身がそうだったように、新入会員の中には、原子力損害賠償請求の手続についてよく知らないという方もいると思いますので、基本のみ簡単にご紹介したいと思います。

原子力損害賠償請求の手続は、主に、(1)東電に対する直接請求、(2)ADR利用、(3)訴訟の3つがあります。(1)は、簡易迅速ですが、金額が一律に設定されているなどの問題があります。(2)は、原子力紛争処理センターに申立てる手続で、3か月程度を目途に迅速に、また、仲介委員によって中立・公正に運用されるという利点があります。(3)は、事例の蓄積がないため、どの程度時間がかかるかなど、予測が難しい部分が多くあります。

当委員会では、このような基本的知識のみならず、放射線の影響などの専門的知識についても、勉強会・研修を実施していく予定です。興味のある方はぜひご参加ください。

2012年6月 1日

精神保健当番弁護士活動報告

会 員 中 野 敬 一(49期)

1 平成23年10月20日、甲病院に入院中の乙さんから精神保健相談の申込みがあったとの連絡を受けました。甲病院は遠方(1回行くと往復も含めて半日はかかります)にあり、担当丙医師もお忙しく、日程調整がつかず、1週間後の病院訪問となりました。

  乙さんは、当時52歳でしたが、24歳のときから精神疾患(病名は伏せます)を発症し、入退院を繰り返しており、今回は約1年半前からの入院(医療保護入院)で、ご本人は退院を希望していました。

  ご親族(兄)は退院には否定的であり、乙さんは退院すれば一人で生活しなければならない状況でした。

  第1回面談では、乙さんは、病識はありましたが、服薬については、その必要を感じないので薬は飲まないという態度でした。丙医師も、このような態度を問題にし、入院患者とのトラブル等もあるということで、医療保護入院の必要性はいまだ存在するとの見解でした。

  そこで、退院には服薬の継続が必要である旨、乙さんと話し合ったところ、乙さんも「症状は完全回復までには至っていないかもしれない。薬を飲みながら、12月頃にもう一度相談したい。」と話すようになりました。


2 約束どおり、平成23年12月7日に乙さんと2回目の面談をしました。

  丙医師の話では、第1回面談以降、乙さんは真面目に服薬を継続しており、精神状態も安定してきたので、半年程度このまま推移すれば任意入院への切替も可能ではないかとの話でした。この旨、乙さん本人にも話し、次のステップとして、金銭管理を自分でやってみることを助言しました。


3 年が明けると乙さんから、やはり早く退院したいので、退院請求の申立てをしてほしいとの連絡があり、平成24年1月13日、3回目の面談に行きました。丙医師からは服薬も継続しており、トラブルを起こすこともなく、平穏な入院生活を送っているとの話を聞き、金銭管理にはまだ改善すべき点がありましたが、退院できる状況は、ほぼ整ったのではないかと考え、同月20日県に対し退院請求を申し立てました。


4 平成24年2月28日退院等の請求の結果通知があり、「3ケ月を目処に、他の入院形態(任意入院)への移行が適当であると認められます。」という内容でした。乙さんも、近いところに確実な目標ができ、毎日に張りができた様子でした。


5 活動全体を通じて、やはり相談者と面談を重ねて、退院に向けて階段を登っていくことが大切だと思いました。

  また、今回、比較的早期の任意入院への切替が認められたのも、私の前に精神保健相談を担当された弁護士の支援で、乙さんが生活保護を受給できており、任意入院になっても最低の経済的基盤があったことが重要であったと思います。

  その意味では、弁護士のリレーによる活動でした。

2012年2月 1日

給費制維持緊急対策本部だより

給費制本部事務局次長 高 平 奇 恵(61期)

1 はじめに
給費制本部は、会員の皆様とともに、給費制維持の活動を継続してまいりました。
今後も活動は続きますが、改めて、これまでの活動の成果を確認するとともに、今後の活動予定について、ご報告させていただきたいと思います。

2 給費制本部のこれまでの活動
2010年11月26日、会員の皆様の力強い支援や、市民連絡会、ビギナーズネットの活動により、司法修習生に対し司法修習期間中に給与を支給する制度(給費制)を2011年10月31日まで延長する「裁判所法の一部を改正する法律」が国会において成立しました。
このことは、大きな成果であったとはいえ、暫定的な措置でした。給費制本部は、本来あるべき給費制の維持存続のために、決意を新たに2011年の活動に取り組みました。2011年の震災で、一時は、給費制に理解を求めることは一層困難になったかとも思えました。11月4日、政府は貸与制の下で修習資金の返済が困難な者について返還を猶予する裁判所法の一部改正案を提出しました。これに対し、公明党からは、2013年10月31日までに様々な問題点が指摘されている法曹養成に関する制度を見直し、その間は給費制を維持する等とする修正案が提出されました。いずれも12月6日の衆議院法務委員会で質疑が行われましたが、会期末の9日、継続審議となっています。

3 今後の活動
2012年も、厳しい状況は続いていますが、粘り強く活動を継続し、給費制の必要性について、なお一層理解を広げる活動を展開していく予定です。これまでの活動の中で、法曹養成制度の抱える問題点も明らかになってきています。法曹養成制度全体を見直すなかで、給費制の必要性についても、確認していきたいと思います。
ご参考までに、2011年12月22日付日弁連会長声明もご一読ください。
http://www.nichibenren.or.jp/activity/document/statement/year/2011/111222.html
2月には、日弁連主催の集会も予定されています。また、現在、65期の修習生は貸与制のもとで修習生活を送っています。修習生が実際に直面している様々な問題が、今後明らかになることと思います。その点については、追ってご報告させていただきたいと思います。

4 結びにかえて
2011年の日本は、震災に文字通り揺れました。そんな中で、お互いを強く支え合おうとする、人々の強さや温かさを目の当たりにすることも多々ありました。
震災のような緊急事態でなくとも、人々が支え合う社会でありつづけるために、法的サービスが行きとどいていることは不可欠の要素だと思います。法曹養成に必要な制度としての給費制を維持することは、その大前提といえるでしょう。
新年を迎え、気持ちも新たに、給費制の運動を続けていきたいと思います。会員の皆様には、引き続き、ご支援、ご協力をお願い申し上げます。

「薬害肝炎裁判史」の出版案内

会 員 古 賀 克 重(47期)

「薬害肝炎裁判史」(薬害肝炎全国弁護団編)が日本評論社から1月20日に出版されました。編集責任者として出版にかかわりましたのでご案内させて頂きます。

1 薬害肝炎訴訟とは
薬害肝炎訴訟とは、C型肝炎ウイルスに汚染された血液凝固因子製剤を止血剤などとして使用された結果、C型肝炎に感染した患者らが、国と製薬企業を被告として、2002年10月から順次全国5地裁で提訴した損害賠償請求事件をいいます。

2 訴訟の経緯
薬害エイズと同種血液製剤による感染被害であったため、「薬害エイズの宿題」とも言われていた薬害肝炎問題は、長年放置され、解決の糸口は全く見えていませんでした。
そういう中、2002年、東京、大阪、九州、名古屋、東北の5地域から120名を超える弁護士(現在約500名)が「1つの弁護団」を立ち上げ、その支部として5地裁に提訴しました。3年解決を目標に掲げ、各地での分散立証・集中証拠調べを経て、2006年から2007年にかけて下された5地裁判決をもとに運動を展開。当時の政府(自民党福田総理)の政治決断を引き出し、製剤の使用時期・製剤の種類を問わない全面解決を勝ち取ったのがこの訴訟です。
現在も、全国で追加提訴が行われ、必要な個別立証を行い、順次和解が成立しています。

3 九州弁護団の結成と福岡地裁判決
九州では、九州沖縄山口の医療問題を手がける弁護士や集団訴訟の経験のある弁護士に呼びかけ、九州弁護団が立ち上がりました(共同代表:八尋光秀弁護士<36期>、浦田秀徳弁護士<38期>)。
40期から50期の弁護士約30名が実働弁護団として活動。
2003年4月に提訴後、3年強の審理期間を経て、福岡地方裁判所第1民事部(須田啓之裁判長、現長崎地方裁判所)が2006年8月30日、全国で2番目の判決を下しました(判例時報1953号11頁)。この福岡地裁判決は、国及び企業の責任範囲を大幅に広げ、全面解決への一里塚としての役割を果たしました。
なお、薬害肝炎九州弁護団の若手弁護士の一部は、予防接種B型肝炎訴訟九州弁護団(弁護団代表:小宮和彦弁護士<39期>)にも参加し、中心として活動してくれています。

4 裁判史の読みどころ
特徴のひとつは、全国で「1つの弁護団」として活動した点です。
集団訴訟において各地弁護団が緩やかな連携をとることは通例です。薬害肝炎弁護団はさらに進んで当初から1つの弁護団としての意思決定を行って活動してきました。その具体的な内容について書き記しています。
特に全国弁護団代表・事務局長による「座談会」は必見です。弁護団運営や立証の工夫から始まり、若手弁護士へのエールに及ぶまで、様々な論点につき掘り下げた意見交換を行っています。

5 これからの集団訴訟
集団訴訟(特に国賠訴訟など司法判断をもとに政策変更を求める多数当事者訴訟)は、その置かれた時代背景や諸処の条件を前提に行うものです。今後の集団訴訟ではさらなる「進化した訴訟戦術だとか、解決への戦略が必要」(八尋光秀弁護士談・裁判史「座談会」参照)になることは疑いの余地がありません。
もちろん「被害に始まり被害に終わる」という集団訴訟のエッセンスは普遍です。また多数の弁護士の英知を結集し裁判所に対する説得作業を緻密に行い、工夫された立証活動を通じて、法的責任を導き出す最大限の努力を行うことも当然の前提です。
一方で、政治が流動化・液状化して不安定であるため、与野党ともに大きな決断を下しにくくなっています。さらにSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)の浸透とともに世論自体が細分化・多様化しているため、被害の受け止め方もまた多様になりつつあります。
以上の意味でこれからの集団訴訟は、様々な局面において、新しい工夫がより求められるように思います。
私自身も、薬害肝炎九州弁護団事務局長として関わるにあたり、過去の裁判史(「サリドマイド裁判」、「水俣病裁判全史」、「薬害スモン全史」、「薬害エイズ裁判史」)を繰り返し読み返しました。それらを通じて「被害に始まり被害に終わる」集団訴訟のいわば「幹」を学ぶとともに、自分なりの工夫を付け加えアレンジしてきたつもりです。
この「薬害肝炎裁判史」も、今後の集団訴訟を手がける若い方々や法律家を目指す方にとって何らかのヒントになればと思い、今回紹介させて頂いた次第です。

「東日本大震災復興支援対策本部・災害対策委員会報告」

災害対策委員会 宮 下 和 彦(46期)

平成23年12月18日、天神弁護士センターにおいて、東日本大震災被災者のための説明・相談会~原発賠償を中心として~を開催いたしました。報道関係者等の話によりますと、福岡県内にも福島県からを中心として約200世帯600名を超える方々が避難されているとのことです。また、東京電力の賠償手続が開始されて約3か月が経過し、原子力損害賠償紛争解決センターにおける和解が成立しつつある(報道によると1月10日時点で2件)状況を踏まえて、県内で初めて開催したものです。福岡部会から市丸信敏、坂巻、吉野隆二郎、網谷、佐藤力、後藤富和、中村伸子各会員と私、北九州部会からは池上会員、筑後部会からは青木会員が説明・相談担当として参加しました。参加いただいた先生方大変お疲れ様でした。説明・相談会には午前の部で11人6家族の方々がみえられ、5組の相談がありました。午後の部には7人3家族の方々がみえられ、3組の相談がありました。参加者はほとんどが福島県内からの避難者(警戒区域からの避難者のほか自主避難の方もおられました)で、参加された方々の現在の居住地は福岡市内、福岡市近郊、筑後地方と様々でした。相談内容は原発に関する賠償請求がほとんどで、その他債務整理関連の相談もありましたが、漠然とした生活への不安、東京電力に対するとめどない怒りを訴える方々も多くおられました。あらためて今回の大震災、原発事故の被害の甚大さ、しかも、被害は現在進行形であることを痛感させられました。説明・相談会については、事前に新聞報道もされ、当日午前中には地元テレビ局の取材も入りましたので、社会的にはそれなりの関心も集めたと思うのですが、参加者数については多数であったとまではいえないと思います。原発問題に関する相談・説明会は、今後も定期的に開催したいと考えていますが、今後広報の仕方についてのより一層の工夫が必要だと感じました。

大震災発生から10か月以上を経過して、今後一層東京電力に対する賠償請求も本格化し、原子力損害賠償紛争解決センターへの和解仲介の申立も激増する可能性があります。その場合、当会会員が具体的な請求手続の代理受任や和解仲介の申立の代理受任をすることもあり得ます。東日本大震災復興支援対策本部、災害対策委員会においては、今後とも会員の皆様に対して、震災関連相談、原子力損害賠償請求に関する必要知識やノウハウの情報提供、研修会等を企画していきたいと思いますので、今後ともご協力のほどよろしくお願いいたします。

なお、災害対策委員会では、昨年8月から震災関連、原発賠償に関する勉強会を行っています。1月からは、具体的な原発賠償問題への対応と一般的な震災関連問題とを毎回それぞれテーマを決めて取り上げ、委員に報告してもらう形式で行っています。委員以外の一般の会員の参加も大歓迎ですので、皆様どうぞふるってご参加ください。
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