福岡県弁護士会コラム(会内広報誌「月報」より)
月報記事
2010年2月 1日
法律事務所のエコ(その1)
会 員 後 藤 富 和(55期)
1 地球温暖化 第52回人権擁護大会では、地球温暖化の危険から将来世代を守ることが大きなテーマとなりました。 IPCC(気候変動に関する政府間パネル)は、産業革命以後の気温上昇を2℃以内に抑えるために、先進国において二酸化炭素(CO2)などの温室効果ガスの排出量を1990年比で2020年までに25~40%削減、2050年までに80%削減することが必要と警告しています。日弁連は意見書や人権大会宣言を通して、国に対し温室効果ガスの排出総量規制などを求めてきました。麻生政権下では2005年比15%減(1990年比にすると8%減)という低い目標で誤魔化そうとしましたが、鳩山新政権は1990年比25%削減を打ち出しており、温室効果ガス削減が現実の課題となってきました。この課題は、政府や産業界だけではなく、私たち弁護士にも突き付けられています。そこで、法律事務所でも地球温暖化防止に向けた取組ができないかと考え、うちの事務所では様々な実践をはじめました。
2 まずは知ることから 温室効果ガスの削減に取り組むのであれば、まず、現状でどのくらい排出しているのかを知ることが必要です。 大橋法律事務所の2009年1月から7月までのCO2排出量は、電力・交通・廃棄物の合計で2285kgとなります(環境省の計算式)。仮に同じペースで1年間排出したとすると年間排出量は3917kgとなります。平均的一般家庭の年間排出量が6500kgといわれていますので、事業所としては少ない量に抑えることができていると思います。ちなみに、ヒノキ1本の年間CO2吸収量が約25kgといわれていますので、うちの事務所の活動によるCO2を吸収するためには156本のヒノキが必要ということになります。
3 削減努力、カーボンオフセット、グリーン電力 エアコンの温度をこまめに調整したり(思い切ってエアコンを使わず窓を開けるという選択もあり)、近距離の移動に自転車を利用したりすることでCO2の排出は大幅に削減できます。そのコツは我慢をしないということです。暑いのを我慢するのではなく、エアコンが効きすぎて上着を羽織って仕事している状態を不自然と感じられるかどうかだと思います。 それでも、削減できない部分は残ります。そのような場合に、事業により排出したCO2を別の活動で吸収し相殺する考え方をカーボンオフセットと言います。例えば、飛行機を利用したことで排出したCO2を植林によって相殺する全日空のカーボンオフセットプログラムなどがその例です。 また、電力を石油・石炭など化石燃料による発電に頼るのではなく、発電時にCO2を発生しないと考えられている風力、太陽光、バイオマス(生物資源)などの自然エネルギーに転換することで電力消費によるCO2排出を大幅に削減することも考えられます。しかし、小規模な事業所が独自に太陽光発電や風力発電システムを備えることは困難です。そこで、考え出されたのがグリーン電力証書システムです。これは、自然エネルギーにより発電された電力の環境付加価値を証書化し、証書の購入を通じて消費者(事業所)が自然エネルギーによる発電コストを負担することで、事業所で使用する電力を自然エネルギーに由来するものとみなすことができるという制度です。野村証券本社ビル、銀座のソニービル、羽田空港、全国6か所のZEPP(ライブハウス)などでこの制度が利用されています。 大橋法律事務所でも今年8月からこの制度を利用して使用電力すべてをバイオマス発電によってまかなうことが可能となりました。
4 環境マネジメントシステム(EMS)について これら環境保全に対する自主的取組を促進する制度として環境マネジメントシステムがあります。このシステムはすでに日弁連で導入され、単位会では京都弁護士会が導入しています。また、大阪の法律事務所でも導入例があります。EMSについては「その2」で述べ詳しく説明します。
2009年9月 1日
ITコラム
ホームページ委員会
小山 格(60期)
2回目のコラム担当となりましたが、ITに関する私の周辺環境はほとんど変化しておりません。そこで、今回は、今後導入してみたいことなどをあれこれ考えてみたいと思います。
・ 電子メールのドメイン取得
電子メールのドメインとは、「●●●@・・・・・」で構成される電子メールで@以下の英数字を意味します。最近はドメインも簡単に取得できるようです。ドメインが、事務所名などで構成されていると、やはり見栄えが良い感じがします。というのも、私、仕事の関係で依頼者の方とメールをする機会があったのですが、事務所のドメインが情報流出で問題となった某会社であったため、「このアドレスに送っても大丈夫ですか?」という質問を受けました。ドメイン名とセキュリティなどの安全対策はリンクするものではないのですが、やはり、一般的に使うドメインだと「大丈夫なの?」という疑問を持たれることもあるようです。
・ 送付データのパスワード設定
仕事によっては、wordで作成したドラフト段階の書面などを送付してもらい、こちらが手を入れて返信する場合があります。この場合、依頼者によっては、添付データにパスワードを設定していることがあります。私自身は、メールの宛先を間違えて送信したということはありませんが、メール誤送信の話は良く耳にします。依頼者の秘密を守るという弁護士の立場からしても、積極的にパスワード設定をするべきでしょう。蛇足ですが、複数の弁護士で作り上げた準備書面で、変更履歴を一部残したままで裁判所に提出したことがあります。致命的なミスではありませんでしたが、非常に恥ずかしい思いをしましたので、wordで作成した書面は、「最終版」で印刷するようにしましょう。
・ パワーポイント等の視覚に訴えるソフト
裁判員制度の開始に伴い何かと話題のパワーポイントですが、使いこなせるのであれば、もちろん仕事の幅は広がると思います。もっとも、これらのソフトは、プレゼン等の際に自分で操作して使えるかという問題と資料として作りこめるかという問題があり、弁護士の仕事としては、前者をマスターすれば十分なのではないかと思っています。プレゼン資料や上場企業の投資家向け資料などを作成する方の話を伺うに、作りこみの作業には、一定の専門性に加え、かなりの時間と労力が必要になりますので、自分で作成するのであれば、ほどほどでよろしいのではないかと思います。また、会社によっては、これらの視覚に訴えるソフトからの揺り戻しもあるようです。曰く「説明を受けた気になるが、要点が伝わってこないし、時間と労力の無駄。A4一枚くらいの手元資料で相手を納得させなければならない。」とのことでした。私も、弁論や証人尋問に通じるところがあると考え、多いに共感しています。
高校生の熱き闘い! 「高校生模擬裁判選手権九州大会」
法教育委員会
柏熊 志薫(60期)
平成21年8月8日、福岡地方裁判所において「高校生模擬裁判選手権九州大会」が実施されました。
1 大会の意義・狙い
この大会は、高校生が、1つの事件を素材に法律実務家の支援を受けながら、検察チーム、弁護チームを作り、高校生自身の発想で争点を見つけ出し、整理し、法廷で冒頭陳述、証人尋問・被告人質問、論告・弁論を行うものです。刑事法廷で要求される最低限のルールに則り、参加各校の生徒が検察側と弁護側に分かれて知力を尽くして闘う経験を通じて、物事のとらえ方やそれを表現する方法を学び、刑事手続の意味や刑事裁判の原則を理解することを狙いとしています。
選手権そのものは2年前から関東大会、関西大会が行われており、今年で3回目となりました。日弁連が単独で主催してきたのですが、今年は裁判所と検察庁の共催によって、裁判所の法廷を実際に使った臨場感あふれる大会となりました。 九州大会は今年初めての実施となり、福岡県立福岡高校、福岡県立小倉高校、久留米大学附設高校、佐賀県立佐賀西高校の4校が出場しました。
2 事案の概要と争点
事案は、正月、かねてからの知り合いであった被害者が被告人宅に新年の挨拶に来ていたところ、被害者が酔った勢いで自慢話を執拗に繰り広げたことが原因で口論となり、被害者の「撃てるなら撃ってみろ。」という挑発に耐えかねて、被告人が別の部屋から散弾銃を持ち出して引き金を引き、弾を被害者の肩に当てて傷害を負わせたという殺人未遂被告事件です。
本件では殺意の有無が争点となりました。被告人は散弾銃に弾が入っていることがわかっていて被害者を殺害するために敢えて発砲したというのが検察官の主張です。これに対して、被告人・弁護人側は、普段は猟銃を厳重に管理して弾を抜いて安全装置も確認していたのに、今回はその確認をうっかり忘れていたのであり誤射であると主張しました。
3 高校生の迫力あるエネルギッシュな論戦!!
出場選手の高校生は、みんな、大きな声ではっきりとわかりやすい言葉を使って尋問、弁論等を行っていました。緊張していたと思いますが、そのような素振りは全く見せずに堂々と落ち着いた闘いぶりで本当に頼もしいものがありました。
印象的な場面の1つとして、弁護チームが、被告人質問の際に被告人役の生徒に犯行を再現させるところがありました。散弾銃の模型を被告人に持たせて、通常の構え方と、今回被害者に発砲したときの持ち方を比較するという手法です。普段は両手で構えて肩で銃をしっかりと支えて照準を合わせていたのに対して、事件当時は片手で腕を伸ばした状態で持っていました。本当に殺意があったのだとすれば狙いを定めて普段通りに銃を構えたはずだというのです。また、このときにメジャーを使って犯行当時の被告人と被害者の距離も再現していました。
この視覚に訴える尋問の効果は抜群で、これが本当に裁判員裁判で行われていたとしたら、心証形成に大きく影響するのではないかと思ったほどでした。 尋問中には「異議あり!」の声も頻繁に出ました。尋問担当者が質問を撤回することも数々あり、異議の効果は十分に発揮されていました。
4 栄えある優勝校は・・・
九州大会では、福岡県立福岡高校が優勝しました。 同校は、前述の猟銃の模型を作ってきただけではなく、論告・弁論ではキーワードが両面に大きく書かれたスケッチブックを高くかざして審査員席、傍聴人席の双方向に見えるようにしていた等の工夫をしており、事前に相当の準備をしていたことが随所に現れていました。リーダーの女子生徒は、「大会まではみんな部活を休んで全てを注ぎ込んできた。本当に嬉しい。」と感想を述べていました。
残念ながら優勝を逃してしまった3校の選手達はとても悔しかったと思います。しかし、力を尽くして闘い抜いた充実感が表情に出ていて、閉会式後の記念撮影ではみんなの笑顔が見えました。出場校の選手達全員に対して温かい拍手が贈られました。 各校が優勝に向けて力を合わせて頑張る、そのプロセス自体に、この大会の意義が見出せると感じました。
5 審査員によるスカウト!?
審査員は、法曹関係者(弁護士、検察官、裁判官)の他に、学者、マスコミ等様々な分野の方が引き受けてくださいました。
閉会式の際には各審査員からの講評がありました。高校生とは思えない立派な冒頭陳述、尋問、論告・弁論に舌を巻いたという感想が多く、中には、「じわじわと被告人を追い詰めていく尋問に感心した。即戦力になるから是非うちの役所(検察庁)へ来て欲しい。」というスカウトもありました(笑)。
6 来年に向けた抱負 聞くところによると、ある支援弁護士は、優勝を逃してとても悔しかったようで、早くも来年に向けた必勝法を考えている、とのことでした。選手である高校生だけではなく、支援弁護士も熱くなれる選手権ですね。
高校生模擬裁判選手権はまだ始まったばかりの若いイベントです。実施回数を重ねていく中で、主催者側も課題をその都度克服しつつ、より良い大会へと熟成していくことを願っています。
是非、来年以降の大会には会員の皆様も足をお運びください。高校生の活き活きとした鋭気に刺激を受けること請け合いです!
2008年11月 1日
「バガージマヌパナス」(池上永一・文春文庫)
会 員 佐 藤 至(35期)
月報委員会では、この「私の一冊」をシリーズ化するつもりらしい。そうすると、この原稿はプロ野球で言えば、開幕戦の、それも第一球ということになる。ならば、ここはやっぱり、剛速球でいくか(例えば「おそろし」※1)、いや、内角を鋭くえぐるシュートでいくか(例えば「黒の狩人」※2)、いやいや、ここは緩いカーブでいくか(例えば「雪沼の風景」※3)と散々悩んだが、ここは大きく裏をかいてレッドソックスのウェイクフィールドばりのナックル(※4)で… ということで「バガージマヌパナス」(わが島のはなし)。
この小説は、作者の実質的なデビュー作で、第6回のファンタジーノベル大賞を受賞している。このファンタジーノベル大賞という賞はなかなかユニークな文学賞で、酒見賢一(※5)、森見登美彦(※6)、鈴木光司(※7)らが受賞している。
さて、この物語は、石垣島(と思われる)を舞台とするものである。主人公は中宗根綾乃、19歳の美しい娘である。しかし、態度はあまり芳しいものではない。最初の登場場面からして、「島に絶えず吹く潮の香りをたっぷりと含んだ海風に、彼女は豊かな髪を靡かせている。赤く小さなかたちのよい唇から、奥歯をのぞかせて、ポカンと口を開けていた」と書かれているくらいである。話は、この主人公とオージャーガンマー(「大謝(おおじゃ)家の次女」という意味)という86歳のおばあさんの交遊を中心に進んでいく。このおばあちゃんがまた、魅力的ではあるが、しまりがない。何せ「いつも、子供用の造花を散りばめたピンクのサンダルを履いて」、「左右別々のサンダルで」、「髪はオレンジ色に染め上げて、フワフワした綿菓子のようなヘアースタイル」という登場の仕方である。小説の前半は、南国のこと、ゆっくりと、また、あまり締まりなく進行する。二人のユンタク(お喋り)と散歩が、否応なく本土のグローバリズムに飲み込まれて行かざるを得ない琉球弧の悲しみを混ぜながら続く。そして、小説の会話の一部は、地の言葉で語られていく。ワジワジー(不愉快だ)、チャースガヒャー(どうしよう)、コンマーハイットン、ヤナファーナーヤ、バラリンドー(急所にあたったぞ、このあまぁ、叩き殺すぞ)などなど、非常に軽やかな言葉が続く。それは沖縄方言という失礼な言い方をすべきではなく、琉球言葉とでもいうべきリズミカルな言語である。
そして、物語は中盤から、琉球の宗教世界が絡み、急展開していく。まず、琉球の神様が登場するが、この神様は、本土の神様のように「念仏を唱えさえすれば救われる」というようなヤワな神様ではない。人に嫌なことを押しつけ、言うことを聞かないと、電撃を加えたり、サリンドー(殺す)と脅したり、病気を押しつけるというとんでもない神様なのである。そもそも、登場するときから「神様はこれまでとは違い、鈍感な綾乃に神様の威厳を示そうと後光を背負っていた。肩がこるのでよっぽどの場合でないと背負わないものぐさな神様である。後光の出力は千二百ワットのフルチャージだ」という登場の仕方である。この神様が主人公にユタ(巫女)になるよう命じるあたりから、物語は呪術的世界の中で展開されていく。そして、ここにもう一人、「カニメガ」という魅力的な人物が登場する。カニメガは純粋のユタで、他人の家に乗り込んでは「ウガンブスクー!」(拝み不足)と叫びながら島の人々に祈祷を強要していく。そして、「大謝、大謝といえば、あのオージャーガンマーの家か。得体の知れない婆さんどもが住んでいて、いりびたりの不良娘と三人で悪さのかぎりを尽くしている厄介者のことか」と言って、主人公らと対立しながら狂言回しの役割を果たしていく。小説は、これらの人物や神様との間の交流や喧嘩を、グソー(あの世)、ツカサ(一種のシャーマン)、アンガマー(死者の仮面)、トートーメー(先祖の位牌)などの事象や表現を交えながら、特異な宗教世界の中で進んでいき、そして、一つの出来事を経て、静かに終わっていく。人間がどんな生き方をしようと、琉球弧の時間の流れと自然は、当面、変わることはないと思うよ… というような終わり方である。
この小説は、波瀾万丈の物語とか、アッと驚く大トリックとか、読んで人生観が変わるというようなものではないが、何とも可愛らしく、一寸、叙情的で魅力的な小品である。作者は、この後、「僕のキャノン」、「風車祭(カジマヤー)」等の琉球の物語を書いた後、突然、「シャングリ・ラ」という未来の東京を舞台とした、とんでもないホラ話を書いているが、さらに最近作として「テンペスト」という江戸末期の沖縄を舞台とした大作(上下2巻)を発表している。「バガージマヌパナス」を気に入った方は、全く色合いは違うが、この小説もお気に召すのではないだろうか。併読をお勧めする。
※1 [三島屋変調百物語事始]宮部みゆきの最新作
※2 大沢在昌の最新作
※3 堀江敏幸の谷崎潤一郎賞、川端康成文学賞、木山捷平文学賞受賞作
※4 ボールを押し出すような形で投げる変化球の一種。無回転で、手元でスッと落ちると言われている。ニークロ兄弟とウエイクフィールドがナックルボーラーとして有名。
※5 「後宮小説」、「墨攻」、「陋巷に在り」等。
※6 「夜は短し、歩けよ乙女」、「有頂天家族」等。最新作は「美女と竹林」
※7 「楽園」、「らせん」等。
少年付添人日誌
会 員 松 尾 幸太郎(60期)
1 はじめに
ご紹介させていただくのは、私が当番付添人研修という形で初めて少年事件に携わった件です。初めての付添人活動に取り組む中、心強い指導をしてくださったのは、サポート弁護士の小坂昌司先生でした。
2 少年と非行事実
私が付添人となった少年は、19歳の少年でした。両親は健在で、16歳、13歳の弟と9歳、5歳の妹がいる5人兄弟の長男でした。高校を真面目に卒業し、電気工事や危険物取扱等の資格を取得して、職に就いた経験もあるのですが、一つの仕事が長続きせず、無職の状態が続いていました。非行当時は一人暮らしをしており、仕送りを受けていなかった少年は、生活苦に陥った挙句、2ヶ月間で8件もの窃盗事件を単独で犯していました。少年には目立った非行歴はなく、自転車窃盗で簡易送致された事件が1件あるのみでしたが、その手口は常習者さながらに、留守中の隣人宅に侵入する、以前に働いていた工場のロッカールームに人気のない時間帯を狙って侵入する、自販機の釣銭口をバールでこじ開けるといったものでした。
3 試験観察処分に至るまで
初めて少年と面会したときの第1印象は、見るからに真面目そうで大人しく、19歳という割にはまだまだあどけなさが残っていて、いかなる犯罪とも無縁の存在に思えました。この少年が現に侵入盗や自販機荒らしを繰り返して捕まっているとはにわかに信じがたいものがありました。
一連の非行事実は、生活苦に端を発したものであることは間違いないのですが、まだ未成年なのですから、通常なら両親に経済的援助を求めたり、一人暮らしをやめて実家に戻るという選択肢もあるはずなのですが、なぜか少年は他人から金品を盗むことによりその場をしのぐという選択をとっていました。この不自然な行動の背景に少年の抱える問題が隠されていました。
面会当初、少年は、「自分は誰からも必要とされていないのだから、どうなってもいい。」、「自分は少年院送りになってもかまわない。」、「自分には居場所がないので、社会に復帰しても実家には戻りたくない。」などと自暴自棄的な発言をしていました。
少年の話を聞いてみると、少年の両親は長年に亘って不仲な状況にあり、少年は幼少時からそのような両親の姿を見て育ってきたのであって、少年にとって家庭とは、安心して生活できる場所ではなかったことがわかりました。また、長男である少年は、新たに弟妹が生まれる度に両親から注がれる愛情が薄れていくのを感じ続けてきたようで、幼少時から両親に甘えることを許されず過度の自立を余儀なくされた少年にとって、両親とは心から頼れる存在ではなかったようです。つまり、少年にとって家庭とは、頼れる存在もおらず、むしろ疎外感、孤立感を募らせる場でしかなかったのです。
もっとも、当初は頑なな態度をとっていた少年も、両親が少年に対し実家に戻って生活を立て直して欲しいと望んでいることを知って、自分を必要としてくれる存在がいることを実感し、それまでの疎外感、孤立感も薄れたようで、家族との関係も修復していきたいと話すようになりました。
一連の非行事実の背景には、少年の成育環境により醸成された少年の自暴自棄的とも自虐的ともとれる考え方が潜んでいること、成育環境は少年自身が選べるものではないことなどを意見書の中でアピールしましたが、少年には家族関係を修復することや仕事を継続することなど、まだまだ心配な点が残っていましたので、小坂先生と相談のうえ、試験観察処分が相当であるとの意見書を提出しました。審判において、少年がこれまでの寂しさを吐露するかのようにむせび泣いていたことが印象に残りました。
4 保護観察処分に至るまで
それから5ヶ月の間、少年は、実家に戻り幼い妹達の面倒をみながら、電気工をしている父親の仕事を真面目に手伝っていました。また、父親とともに被害者のもとを訪れ、謝罪と被害弁償を行っていました。その間の少年は、初めて会ったころの自暴自棄的な様子は見られず、家族とともに落ち着いて社会生活を営んでいました。
そこで、もう少年が非行に走るようなことはないと判断し、不処分が相当であるとの意見書を提出しましたが、非行事実の重大性がネックとなり保護観察処分となりました。
5 おわりに
今回の付添人活動を通じて、少年自らがこころの拠り所を見つける手助けをすることは本当に大切なことだと感じました。やがて保護観察期間が過ぎ一連の出来事が過去のものとなっても、少年がこれからの長い人生を歩んでいくなかで一生の支えになってくれると思うからです。これからも、少年のこころに寄り添えるような付添人活動を目指していきたいです。
あさかぜだより~事務所開設式が行われました~
あさかぜ基金法律事務所運営委員会
事務局長 柴 田 耕太郎(54期)
1 去る平成20年9月26日に、あさかぜ基金法律事務所(以下「あさかぜ事務所」と略します)におきまして、事務所開所式及び披露パーティーが開催されました。当日は、多くの会員にあさかぜ事務所の船出をお祝いして頂き、誠にありがとうございました。
開所式では、日弁連公設事務所・法律相談センター 大沢一實委員長、九州弁護士会連合会 德田靖之理事長、福岡県弁護士会 田邉宜克会長から、それぞれあさかぜ事務所開設の意義についてのお話や初代弁護士である井口夏貴会員へのはなむけの言葉を頂きました。
特に当会の田邉会長からは、あさかぜ事務所の被養成弁護士(=あさかぜ事務所で養成を受け、司法過疎地へ赴任する新任弁護士)に対する技術的支援(=金銭的な支援ではなく、弁護士業務を行う上での技術や事務所経営面の方法といった技術面での支援)を当会が全面的に担っているため、会を挙げて支援しなければならない旨の決意表明がなされました。
その後、先月の月報でも紹介のありました井口夏貴会員から、「しっかり勉強して過疎地へ赴任するんだ」という決意表明がなされるとともに、マスコミ各社からの質疑に応じました。
続いて行われた披露パーティーでは、日本司法支援センター福岡地方事務所 吉野正所長よりご祝辞及び乾杯のご挨拶を頂きました。乾杯用のシャンパンがなかなか皆様に行き届かずにご迷惑をおかけした場面もございましたが、パーティーには井口会員の他、今年12月にあさかぜ事務所に登録予定の細谷修習生と水田修習生も参加し、多くの会員の皆様に叱咤激励を受けておりました。なお、12月には細谷修習生、水田修習生とともに吉澤修習生も登録し、4名体制で執務を行う予定です。
2 あさかぜ事務所は、9月3日に執務を開始し、9月25日には事務所を法人化し、「弁護士法人 あさかぜ基金法律事務所」としてスタートを切りました。
あさかぜ事務所は、いわゆる「都市型公設事務所」の1つですが、「拠点事務所」であって、首都圏や関西圏などに存在する「事件過疎型」の公設事務所ではありません。
「事件過疎型」の公設事務所は、法律扶助事件や国選刑事事件等、費用が低額に留まるため、受任を忌避されがちな事件を積極的に受任することで都市部での普遍的な司法サービスの提供を目指すものです。他方で、「拠点事務所」は、司法過疎地へ赴任する弁護士を養成することに主眼があるため、法律扶助事件や国選事件だけを処理するのではなく、被養成弁護士に幅広い事件を経験させる必要があります。
そのため、「拠点事務所」である「あさかぜ基金法律事務所」が成功するか否かは、いかに多くの会員の皆様が、あさかぜ事務所の弁護士と関わり育てていけるかということにかかっております。被養成弁護士の指導担当弁護士の依頼があった際には積極的に応じて頂きますようよろしくお願いいたします。また、あさかぜ事務所の弁護士は会を挙げて養成していくものですので、指導担当弁護士以外の先生方も、被養成弁護士と共同受任できる事件がございましたら、ご一緒して頂きますようお願い致します。
2008年7月 1日
情報管理について
会 員 高田 明 (60期)
1.はじめに
私は、ITに関して技術的な理屈はほとんどわかりませんが、ITコラムということでの依頼ですので、情報管理について書いてみようと思います。
「弁護士を殺すのにはナイフはいらない。彼のスーツケースを奪うだけでよい」という法諺がある?(少なくとも似たようなものがあるはずです)ように、弁護士業務において最も重要な義務は、守秘義務であるといっても過言ではありません。その大事な守秘義務を守りながらも、ノートPCを持ち歩いて、効率よく仕事ができたらいいなという願望を達成するために、私が今考えていることをそのまま書かせていただきたいと思います。
2.事件関係記録の持ち出し
修習生時代に「記録」というものに触れるようになり、書記官の方に「記録をなくされたら、私の首が飛びますから」と冗談(?)をいわれながら、法曹にとって秘密を守ることがいかに大事かということを教えられました。
その教育の成果があってか、私は自宅等で仕事をするために、記録を持ち帰ることはしません。自らの情報管理に自信がないので、記録を持ち歩かないのが一番だということです。
しかし、事件関係のファイルをノートPCに入れて持ち歩き、空き時間に準備書面を起案したり、メールをチェックしたりできれば、当然のことながら弁護士業務の効率化を図ることができます。
そこで、できれば持ち歩きたいと考えています。
3.セキュリティ対策
<ノートパソコン>
私は、ノートパソコンには、パスワードをかけています。紛失してしまった時に、ハードに記憶された情報を見ることができないように一定の効果はありそうです。
ただ、拾った人が本気で情報を見ようとすれば、パスワードを入力しなくてもハードディスクを取り出して、情報を見ることは可能だそうです。
そこで、「ドライブロック」といってハードディスクドライブにアクセスできないようにすることができる機能を有するノートパソコンが販売されていて、次にノートパソコンを購入する際には、それを買おうかと考えています。そこまですれば、自筆の大学ノートを持ち歩くよりよほど安全な気がしますし、事件関係の情報を入れて持ち歩いてもいいのではないかという気がしています。
<USBメモリー>
私は、指紋認証つきのUSBメモリーを使っています。デスクトップ型に差し込むときには、非常に不恰好なことになってしまいますが、これもメモリー自体をロックでき安心できそうです。それだけにととまらず、第三者のPCに接続された段階で、格納された情報をすべて消去し、読みとれないようにするという機能がついたものもあるそうです。そこまですれば、事件関係の情報を入れて持ち歩いてもいいのではないかという気がします。
4.雑感
とりとめのない雑文を書いてきましたが、守秘義務は弁護士生命に関わる重大問題ですので、どれほどのセキュリティーレベルで満足するか、結局人それぞれだと思います。
ただ、私自身はこれから、最新(細心?)の注意を払っているといえるモノを購入して、ノートパソコン等に入れた情報の持ち歩きに挑戦していこうと考えています。
2008年5月30日
中小企業のためのシンポジウム報告
会員 石井 謙一(59期)
1 本年3月8日、日本弁護士連合会との共催で、NTT夢天神ホール及びエルガーラホールにて、中小企業のためのシンポジウム及び無料法律相談会を実施しました。
シンポジウムは基調講演とパネルディスカッションという2部構成とし、基調講演は、NHKの「プロフェッショナル 仕事の流儀」という番組で企業再建弁護士として取り上げられた東京弁護士会の村松謙一先生にお願いしました。
2 村松先生のご講演は、まさに目からウロコのすばらしいお話でした。
また、法律の専門家でなくても十分に理解できるような分かりやすいお話で、かつ、中小企業経営者の方々にとっては、たいへん勇気づけられる内容のご講演だったと思います。
まさに「中小企業のための」シンポジウムにふさわしいご講演でした。
このすばらしいご講演を、たった30名の方にしかお聞かせできなかったことは、残念で仕方ありません(この点は担当委員である私の初動が遅く、広報が不十分だったことによるもので、反省しきりです。)。
私がご紹介するとそのすばらしさが十分にお伝えできないかもしれませんが、以下簡単にご紹介させていただきます。
3 皆さんは、「絶対に企業をつぶしてはいけない」と考えたことがおありでしょうか。
私はありません。多くの方も考えられたことはないのではないかと想像します。
しかし、村松先生は、「絶対に企業をつぶしてはいけない」、という信念をもっておられます。
こう書くと、「そんな無茶な。」と思われる方も多くおられるでしょう。
しかし、村松先生のお話を聞いておられれば、同じ気持ちになられたと思います。
村松先生は、もともと東京で勤務弁護士として倒産関係の仕事をしておられましたが、その際、相談を受けていた中小企業経営者が企業の存続が難しいと知り、取引先に対する罪悪感から自ら命を断ってしまうという事件が起こりました。
この事件から、村松先生は、企業を守ることは人の命を守ることであると思い至られました。
当然、企業の倒産のたびに経営者が自殺するわけではありません。
しかし、我々は、このような視点を忘れているのではないでしょうか。村松先生のお話を聞いて、私は、企業の倒産事件を処理するとき、経営者にとって企業がどれほど大切なものか考えたことがほとんどないことに気づきました。安易に、事業の継続は無理だと決めつけ、破産することを勧めてきたように思います。
私は、これからは、村松先生の言葉を思い出しながら相談に臨もうと思っています。「弁護士の仕事は人を護る仕事です。だから絶対に見捨てない。」
4 では、その信念をもってどうやって企業を守るのか。
企業再建の手法についてのお話は我々弁護士にとってはとても参考になるものでした。
詳しくはここでは触れませんが、一部ご紹介させていただきますと、法的手続を利用しない場合の考え方として、銀行と取引先を分けて考えるというお話が印象的でした。取引先は従来どおり支払を続け、銀行からの借入についてのみ、延長の申し入れや減額の申し入れをするのです。
村松先生のご経験では、銀行は銀行間での平等な取り扱いさえ徹底すれば、銀行のみを対象とする債務整理にも協力してくれるとのことで、今後の実務の参考にしようと思いました。
5 中小企業経営者の方々にとっても、様々な企業再建の手法があり、危機に陥っても心配することはないという村松先生のお話は、とても勇気づけられるものだったのではないでしょうか。
6 後半のパネルディスカッションは、村松先生、福岡商工会議所の経営支援部長の三角薫さん、中小企業基盤整備機構の事業承継コーディネーターをされている中小企業診断士の薗田恭久さん、当会の柳沢賢二先生にパネリストとしてご参加いただき、「中小企業の課題と未来」と題して行いました。
ここでは、主に福岡商工会議所と中小企業基盤整備機構が中小企業支援のためにどのような取り組みをされているのか、ということが紹介されました。
中小企業経営者の方々がこれら支援の取り組みにアクセスされるきっかけとなったのではないかと思います。
7 終了後のアンケートでは、ほとんどの方から「大変役に立った」とのご回答をいただくことができました。今後も今回のような企画を実施してほしいという声も寄せられています。
担当者の打ち上げのときも、とてもいいものになった、参加者が少ないのが残念だったという話になりました。
担当委員は、もう一度村松先生に来ていただきたいという希望を強く持っていますので、もしかしたら、また福岡で講演が実施されるかもしれません。
その際は、是非ご参加されることをお勧めします。
2008年5月21日
私にとっての憲法
筑後部会 会員 紫藤拓也(55期)
1 はじめに
つい最近、筑後部会の「市民向け憲法講座」の紹介をしたばかりだか、再び「憲法リレーエッセイ」で登場になってしまった。
私は、特に憲法問題だけをがんばっているわけではないが、すべての人権活動が憲法問題につながると考え、依頼に応じて筆をとってもいいかという気になる。
しかし、若輩者の55期生にとっては、憲法は未だ現実に見えないというのが、正直なところである。
2 知識としての憲法
学生時代、憲法の単位は取ったが、授業に出かけた記憶がない。
受験時代も、私の場合かなり長いが、学んだのは、図式化した憲法である。おおまか「封建社会から絶対王政が確立する過程で国家という社会のあり方が生み出され、その国家権力を制限し、国民の自由を守ることを目的として憲法が作られた。
その後近代の諸原理が変容を受け現代型の憲法になった。
そこにいう新たな諸原理にはこれこれがあり、憲法は目的である人権保障を達成するための手段として統治機構を規定している。残りは各論として条文と判例がある」というものである。「国家」と「国民」を対立させた図式と「人権」と「統治」を対立させた図式があれば、憲法全体の理解をしたと思い込むことができた。
しかも、それぞれの時代の憲法が生まれた背景に関しても、世界史や日本史などの大学受験レベルの歴史の知識に加えて、史実かどうか判然としない架空の小説に登場する歴史観しか持ち合わせていない。誠に恥ずかしいが、私の憲法の理解はこの程度である。
3 具体的事件における憲法
だから、弁護士になっても、「これって人権問題ですよね」と唐突な相談を受けると、回答に窮してしまうのが現実である。
司法の意義に関する知識では、事件性が要求されるので、憲法を実践しようとすると、具体的な事件の中で憲法問題に結びつける必要が出てきてしまう。しかし、具体的な事件では、憲法を使うすべが私にはまだわからない。
人権活動の一環として信じて集団事件にも多数関与しているつもりだが、いつもこのジレンマに陥ってしまう。
憲法改正の議論を眺め、自らは護憲派だと自称してみても、「市民向け憲法講座」の準備をしてみると、自らの無知を思い知ってしまう。
争点についての不十分な知識しか持ち合わせていないのである。
私の世代は、物と情報にあふれ、手を伸ばそうと思えば手に入れられる世代である。
しかし、そのような時代を作り上げることのできた日本国憲法がどのようにしてできたのか、その具体的意味を歴史観を伴って実感できないのである。具体的に憲法を守るあるいは作るという経験もなく、その必要性を具体的に実感できない世代だと思う。
4 見えかけている憲法
ただ、こうした無知な私でも、例えば、刑事事件について、「国家権力による人権侵害が目の前で行われないようにチェックする仕事をしているのだ」と信じて取り組むことはできる。
集団事件も、過去の人権侵害に対する損害賠償請求事件と平行しながら、同時に将来の人権侵害を防止するための差止請求事件に関与することで、将来に向かって憲法の理念を実践していると信じ込むことはできる。
弁護士になったとき、どんな弁護士になりたいかと問われたときの答えを弁護士会の自己紹介に書いたことを思い出す。それは、ちょうど娘が生まれた頃だったから、「パパの仕事はなに?」と問う娘に対して、「子どもたちの将来を守る仕事よ」と答えられる弁護士になりたいという内容だった。今では、青臭いなあと思うこともあるが、だから私は公害環境事件を中心として人権問題を実践しているのだと自分に言い聞かせることもできているとも思う。
つい最近、その娘が小学校に入学した。入学式の帰りに警ら中の警官に会う機会があり、娘が「ごくろうさまです」とぺこりとお辞儀をすると、その警官が笑顔で敬礼してくれた。
私は、こうしたとき、憲法の平和を感じる。
だから私は、まだ、見えてはいないが、見えかけている憲法があると信じることができる。
2008年4月10日
福岡商工会議所との勉強会 第8回 「ITに関する法律問題」
会員 丸山 和大(56期)
1月24日、「福岡商工会議所との勉強会」第8回が福岡商工会議所ビルにて行なわれました。この勉強会は、中小企業の事業承継に関する法的問題を研究することを主な目的とし、福岡商工会議所職員と当会会員とが参加して月に1回開催されている勉強会です。
第8回勉強会は、事業承継から少し外れて「ITに関する法律問題」というテーマで行なわれました。というのも、昨年12月に行なわれた懇親会の二次会において、福岡商工会議所職員の土斐崎美幸氏が、「意外とITに関する法律相談も多いんですよ。」と発言した(口を滑らした)ことから、その発言を聞きつけた池田耕一郎弁護士が「じゃあ、次回はそのテーマでやろう。発表者は土斐崎さんと…(たまたま近くにいた私に目を付け)丸山さんね。」と決定したからでした。
当日の勉強会は、私が「情報システム開発取引契約における留意点の概要」を報告した後、福岡商工会議所経営支援部主任土斐崎美幸氏が「商工会議所におけるITに関する相談事例」について報告し、相談事例を出席者で検討していくという形式が採られ、午前10時から正午まで行なわれました。出席者は福岡商工会議所の職員が6名、当会会員が8名、合計14名でした。
まず、私の「情報システム開発取引契約における留意点の概要」についてですが、これは昨年4月に経産省の「情報システムの信頼性向上のための取引慣行・契約に関する研究会」が公表した「情報システム・モデル取引契約書」をもとに、若干のアレンジを加えて講義しました。
情報システム取引の特徴は、無から有を作ることも珍しくなく、ユーザとベンダ(情報システム会社=開発受託者)の情報格差もあって開発当初においてはユーザが成果物の最終的な完成形を認識していないことも多いということです。このため、ユーザがベンダに開発を丸投げすることが多く、その結果、「自分が想像していたものが違う」「成果物では業務上の使用に耐えられない」といった紛争が頻発することになります。
上記モデル契約書では、このようなリスクを低減させるため、開発のフェーズごとに契約を締結する「多段階契約方式」をとることが提唱されています。例えば、企画プロセスにおいては準委任契約としてのコンサル契約を、開発プロセスでは請負契約としての設計契約を締結するなどです。段階ごとに契約を締結することで、ユーザにとっては開発フェーズごとに自己の注文・委託範囲を認識し、ベンダと交渉することができ、ベンダにとっては自らの受注・受託範囲を明確にすることで責任範囲を限定することができます。
その反面、多段階契約方式ではベンダが自己の責任範囲を小さく「切り取る」ことができ、不当にベンダの責任を軽減することになるのではないか、といった問題点も指摘されています。当日の勉強会においても、弁護士会出席者からこの点を指摘する意見が出されました。個人的意見ですが、ベンダの責任範囲が明確になることはユーザにとっても好ましい側面があること、多段階契約方式は継続的取引における基本契約・個別契約を垂直方向に引き直したものともいえ、従来の継続的取引論に親和性があるように感じられること、などからデメリットよりメリットが大きいと思われ、実際に私は実務で多段階契約方式を推薦しています。
次に、福岡商工会議所の土斐崎主任から、ユーザがベンダを変更した際にベンダが情報システム内の個人データの引渡を拒否するなどした事例など、福岡商工会議所に寄せられた最近の3例のITに関する相談事例が紹介されました。そして、3例を概観したときの問題点として、契約書がないか、あっても極めて杜撰であること、ユーザの問題としてユーザの要望がころころと変わること、ベンダの問題としてベンダの担当者がすぐに変わることなどが報告されました。
土斐崎主任の報告の後は、相談事例の解決方法についてのディスカッションが行なわれ、予定していた2時間を使い切って勉強会が終了しました。
福岡商工会議所との勉強会は毎月開催されており、最近2回は福岡商工会議所に寄せられた具体的相談を題材として議論を交わす形式が採られ、開始当初に比べより中身の濃い勉強会となっています。興味のある方は、ぜひ一度ご出席ください!