福岡県弁護士会コラム(会内広報誌「月報」より)

月報記事

英国便りNo.10 留学一年目の成果と、ウィンブルドンテニス(2004年7月8日記)

会員 松井 仁

刑弁委員会の皆さん

ご無沙汰しております。松井です。

この二ヶ月間、私が留学一年目に通ったコース(大学院進学のための基礎コース)の最終試験に追われ、「たより」を書く心理的余裕がありませんでしたが、やっとそれも終わり、晴れて夏休み(!)を迎えることができました。

今回は私の近況報告をさせていただきます。

振り返ってみると、思った以上に大変なコースでした。

私は、英語と、選択科目として開発学と経営学を習っていたのですが、各選択科目について学期ごとにエッセイ(二〇〇〇字)を書かされ(三学期で計六通)、それとは別に、自主研究の論文(八〇〇〇字)を書かねばなりませんでした。

最終試験では、英語については、三時間のライティング(時間内に講義を聞いて、文献を読んで、論文を仕上げるというもの。因みに今年の問題は「現代社会の孤独」でした)と、自主研究の内容についての一五分間のプレゼンテーションでした。

選択科目の最終試験は、三時間で三問のエッセイを書くというもので、一時間あたり一問仕上げる点では司法試験の論文試験に似ていますが、量が多いうえ英語で書かなければならないので、満足には仕上げられません。

こうして鍛えられたおかげで、英語の読み書きの能力はこの一年で多少進歩したような気がしますが、会話のほうは、まだ全然だめです。

実際、IELTSという英語の試験を定期的に受けていますが、恥ずかしながら、スピーキングは日本で受けたときの点数のままです。その原因のひとつは、私が妻と暮らしており、学校以外では日本語で生活しているからでしょう。妻も来年大学院に行くため、二人とも危機感をつのらせ、家でなるべく英語を話そうと試みてはいるのですが、照れくさいうえ、言いたいことが言えない欲求不満がつのって、なかなか長続きしません。

よく留学から帰った人が、「留学したからといって語学が上達するとは限らない」といいますが、本当です。  というわけで、この夏は、語学学校に行くべきか、それとも楽しみにしていた各地への旅行に出かけるか、悩ましいところです。

イギリスの夏は日が長く(夏至のころは、日の出が午前四時三〇分頃、日没が午後九時三〇分頃でした)、旅行に行っても遅くまで観光ができて、とても得をしている気分になります。

しかし、夜がなかなか来ないため、いきおい夕食の時間も遅くなり、夜更かししてしまい、他方で朝明るくなって目が醒めたところまだ五時すぎだったりして、寝不足になりがちになる問題もあります。

そのうえ、蒸し暑い日本とちがって、肌寒い日も多いので、風邪をひいたりしないように注意が必要です。

先日行ったテニスのウインブルドン大会も、肌寒い中、夕方遅くまで行われていました。

ウインブルドンのテニスの前売りチケットは、前年のうちに売り切れてしまうので、徹夜で当日券に並ばなければ見れないのがふつうです。ただし、毎日午後五時ころから、帰った観客のチケットを再販売するシステムがあり、私たちは、杉山愛さんの「センターコート」での試合を見れるかも知れないと思って、夕方行ってみたのです。運良く再販売券が手に入り、まだ杉山さんが試合中のセンターコートの入り口にかけつけたのですが、警備員から「ゲーム中は中に入ってはいけない」と止められ(人の移動は選手の気を散らすから)、やっと入るのを許されたのは、杉山さんが負けてしまったあとで、結局、会場を去る杉山さんを見送るだけとなってしまいました。

でも、そのあと他国選手の試合を見ることができ、TVで見ていたように他の観客といっしょに私たちも、ボールを追って首を右に左に動かし、「オー」とか言ったり拍手したりして、ウインブルドンの雰囲気を堪能することができました。

それでは、皆様も体を大切に。

裁判官報酬における人事院勧告の受け入れについて思う!!

会員 野田部 哲也

一 最高裁の受け入れ

人事院は、平成一七年八月一五日、国会及び内閣に対し、一般職の職員の給与等についての報告及び給与の勧告を行いました。これには、?地域ごとの民間賃金水準の格差を踏まえ、全国共通に適用される俸給表の水準を平均四・八パーセント(中高齢層は更に二パーセント程度)引き下げる、?民間賃金が高い地域には、三パーセントから最大一八パーセントまでの地域手当を支給するという重要な内容を含まれています。

裁判官について、人事院勧告を受け入れ、裁判官の報酬等に関する法律に定める別表の報酬月額を引き下げることは、司法権の独立をゆるがしかねない重大な問題を含んでいると考えます。

ところが、最高裁は、平成一七年九月二八日、裁判官会議を開き、人事院勧告を受け入れることを決め、その後法務省に法改正を依頼しています。

従前も、最高裁は、平成一四年九月四日、裁判官会議を開催し、人事院勧告の実施に伴い、国家公務員の給与全体を引き下げるような場合に、裁判官の報酬を同様に引き下げても、司法の独立を侵すものではないと判断し、平均約二・一パーセントの一律削減を決め、平成一五年、これが実施されていました。

二 憲法違反

確かに、最高裁のように、公務員全体の給与が下がる中、裁判官の報酬を一律に減らすことは違憲ではないとする考え方もないわけではありません。

しかし、憲法は、司法権の独立を保障し、七九条六項後段、八〇条二項後段において、裁判官の身分保障として、裁判官の報酬を減額することができないことを規定しています。裁判官の報酬の減額禁止が、個々の裁判官の職権の独立を保障する趣旨であることからすると、個々の裁判官の報酬を減額することは憲法に違反すると解されます。

本件勧告を受け入れると、平均約四・八パーセント、判事層で計算すると七パーセントを超える報酬の減額となり、個々の裁判官から見れば、減額であることは明らかであり、憲法の規定に違反すると考えます。

また、今回の人事院勧告は、報酬の一律の削減ではなく、地域間で格差をつけることとしており、地域手当も含めると、一律削減とは到底言えないものであり、さらに違憲の度合いが大きなものです。

日弁連は、平成一七年九月一三日付で、今回の人事院勧告の内容を裁判所に適用するべきでないとし、裁判官にふさわしい報酬制度を定めるため、これを検討する機関の設置をするべきであるとの意見を表明しました。

三 最高裁は、何を守ろうとしているのか。

最高裁は、日弁連の援護にもかかわらず、今回の人事院勧告を全国約三三〇〇人の裁判官に導入することを受け入れています。また、最高裁は、同日、裁判官会議において、最高裁裁判官の退職金を三分の一にし、約四〇〇〇万円を減額することも決めています。

最高裁裁判官は、自らの血を流してまで、今回の人事院勧告を受け入れ、何を守ろうとしているのでしょうか。

最高裁裁判官は、全国の下級裁判所の裁判官からの反発をおそれ、自らの退職金を大幅減額し、血を流したのでしょうか。

最高裁は、裁判官の報酬について、人事院勧告を受け入れなければ、これが国会において具体的に論議され、他の公務員に比し、裁判官の報酬が高額であることが公になり、批判されることをおそれているのでしょうか。

それとも、裁判官の身分保障をする憲法の規定を持ち出して、人事院勧告を拒否すると、今回の選挙で圧倒的多数を有するようになった与党に憲法を改正されることを心配しているのでしょうか。

四 人事院勧告を受け入れたことによる弊害

ところで、同じ裁判官会議において、地域手当の導入で地域間格差が広がることについて、職務の特殊性に照らし、適切な人事上の施策を行うように努めるとしている。

現在、大都市勤務の裁判官には、調整手当として、報酬の三パーセントないし一二パーセントが加算されていますが、現時点においても、裁判官のかなりの多数が、東京高裁管内その他高裁管内でも都市の裁判所に配属を希望しています。今回の人事院勧告を受け入れた結果、かかる傾向にさらに拍車がかかることになり、全国各地に等しく優れた裁判官を配置することは到底できなくなるのではないでしょうか。

裁判官という職務の特性から、都市が本省で地方が出先というような関係もなく、都市と地方ではその職務の内容に本質的な違いがあるわけでもありません。それにもかかわらず、都市と地方に必要以上の差を設けることは、都市から地方への転勤許否や、転勤を理由とする退官者の増加等の弊害を生じる危険性も高くなると思われます。また、裁判官のなかに、勤務地域によって実質的な報酬の格差を設けることは、地方で誇りを持って裁判を行っている裁判官の誇りを傷つけるという裁判所内部からの指摘もあります。

五 他の国家公務員の給与と同列に論じること等の是非

今回の裁判官報酬について、人事院勧告を受け入れることは、裁判官の報酬について、他の国家公務員の給与と同列に論じ、民間賃金の水準を根拠に、俸給水準の引き下げをすることになります。

国家公務員の給与について、民間水準と関連付けることについては、一定の合理性はあるとしても、裁判官の報酬が、景気の動向に左右されてよいものでしょうか。

法曹制度検討会における議論でも、「裁判官が一切の圧力を排して自己の判断を下すためには、身分保障が不可欠であり、裁判官の報酬を論ずるにあたり一番大事なのはこの点である」「司法の権威や独立性を保つためにかなり高い報酬を支払うことは構わない」といった意見が出されています。

我々弁護士が個人として裁判を受けるとしても、安い報酬で、景気の動向に左右され、汲汲としている裁判官に裁判をして欲しいとはとても思えません。裁判官の報酬は常に一定の水準を確保した安定的なものであることが不可欠と考えます。このことを当然の前提として、我々は、裁判官に期待し、情熱や高い能力を求めています。

今回の人事院勧告は、俸給制度、諸手当制度全般にわたる抜本的な改革といわれており、裁判官の職務の特殊性を考慮せずにこれを受け入れれば、今後も人事院が必要な見直しを適切に行うたびに、これを受け入れることにもなりまねません。

例えば、さらに民間の賃金水準が著しく低くなり、都市と地方の民間給与の差がさらに大きくなったりする等して、人事院がさらに公務員の俸給を著しく引き下げ、地域手当の格差を広げる等した場合でも、これを受け入れなければならなくなります。

さらには、公務員の俸給について、能力給や実績給が導入された場合に、裁判所もこれを受け入れなければならなくなることも懸念されます。

六 司法制度改革審議会意見書

司法制度改革審議会意見書は、裁判官制度の改革の一つとして「裁判官の人事制度の見直し(透明性・客観性の確保)」を挙げ、その中で「裁判官の報酬の進級制(昇給制)について、現在の報酬の段階の簡素化を含め、その在り方について検討すべきである」と述べています。

裁判官の報酬の進級制(昇給制)について、従来から指摘されているように、昇進の有無、遅速がその職権行使の独立性に影響を及ぼさないようにする必要があること、また、裁判官の職務の複雑、困難及び責任の度は、その職務の性質上判然と分類し難いものであることにかんがみ、現在の報酬の段階の簡素化を含め、その在り方について検討するべきです。

七 裁判官の報酬を議論する場合の哲学とスタンス

 裁判官の報酬を議論するについて、その基本的な立場は、憲法における裁判官の地位、役割、特殊性に立脚して議論すべきです。裁判官は、具体的争訟事件について、裁定する作用をその本質とする裁判官の職務の基本的な性格が、行政府の公務員とは根本的に異なり、憲法がその身分を保障し、任期を定めた裁判官の在任中の報酬減額を禁止しているという裁判官の特殊性をきちんと議論するべきです。裁判官が他の公務員よりも高額な報酬であることが主権者である国民に支持されるには、市民の目線に立った裁判官の職権の行使が不可欠です。市民は、迅速な裁判を望まないわけではありませんが、事件を数多く処理すればよいという、裁判官能力主義や成果主義が大手を振るう裁判所を求めているとは思われません。市民は、一生に一度あるかないかの自分の裁判について、形式的に画一処理されることも望みません。紛争の当事者である市民の声に耳を傾け、地道で丁寧な裁判官を切望しています。(かかる市民の目線を重視する立場から、裁判官評価アンケートも実施しています。)

八 おわりに

裁判所でさえ、今回の人事院勧告を受け入れているのであるから、あまり議論に登りませんが、検察庁においても、当然のように検察官の特殊性を十分考慮されることもなく、人事院勧告が実施されるのでしょう。

司法制度改革審議会は、現在の二割司法を脱却し、法の支配が国民の隅々に行き渡るよう大きな司法を目指し、司法制度の改革について、意見を述べ、現在、これが法律化され、実現されています。そのような中、小さな政府を目指す公務員給与を抜本的に見直す今回の人事院勧告の影響を裁判所にまで及ぼしてよいのでしょうか。

平野中学校 法教育研究授業

会員 本田 健

一 去る二〇〇五年一〇月二四日から同月二八日にかけて、大野城市立平野中学校において、法教育研究授業が行なわれました。

本研究授業は、全国四箇所で行なわれた文部科学省委託法教育指定研究授業の一環として行なわれたものであり、全国でも初めて法曹三者の関与のもと行なわれた授業ということですから、我が国の今後の法教育の展開を考える上で重要な意味を持つ試みになったのではないかと思います。

以下ではその模様をご報告致します。

二 一口に法教育と言っても、その内容、手法に関しては多様なものが考えられるところですが、今回の研究授業では、「電車における傷害事件」を題材とし、刑事模擬裁判における量刑を考えてもらうことを通じて法的な思考能力をつけてもらうことを目指しました。

具体的には、「被告人Yが、朝の通勤電車において、よろめいて隣に立っていたXの足を踏んでしまったことからXに注意され、立腹してXを両手で突き飛ばしたところ、Xはたまたま足下に置いてあった荷物に足をすくわれて転倒し、頭を五針縫う等通院加療一月を要する傷害を負った(一年前に罰金の同種前科有り、被害弁償は一部のみでXは厳罰を望んでいる)。」との自白事件の設例について、平野中学校三年生の皆さんに、「執行猶予か実刑か」という選択を考えてもらい、班内で討論の上結論を発表してもらいました。

三 授業の司会進行は、平野中の田中浩一、佐澤昌両教諭のリードのもと行なわれ、我々法曹教員は裁判手続の説明、議論の誘導等を担当しました。

一〇月二四日及び一〇月二五日は、当会の千綿、三隅、大倉、和田(資)、不肖私の各会員がそれぞれ単独で三年生各クラスを担当し、一人三役で模擬裁判的な授業を行ないました。

また、「本番」の一〇月二八日には、三年二組及び五組を対象とした公開授業が行なわれ、裁判官役に福岡地裁から柴田寿宏判事、検察官役に福岡地検から矢吹雄太郎総務部長、弁護人役として当会から甲木会員という豪華メンバーを迎えて「全国で初めて法曹三者が教室に顔をそろえた模擬裁判」が実現しました。

四 事前準備の段階では「果たして中学生に執行猶予や実刑の選択ができるだろうか、そもそも執行猶予の意味が分かるのか?」という一抹の不安もあったのですが、中学生の刑事裁判に対する関心は想像以上に高く、班内の討論の際などは、口角泡を飛ばして熱弁する生徒さんの姿があちこちで見られました。

その内容も「Yは同じような事件で前に罰金刑になってるんだから、今回はもっと重くしなければダメだ。」とか、「Yの家族が無理をして被害弁償を頑張ったのに、刑務所行きはかわいそうなんじゃないの?」など、なかなかに的確なものが多く、感心させられました(議論が白熱しすぎて、声の大きさ等で相手を捻じ伏せようとする傾向がないでもなかったのはご愛嬌というところでしょうか)。

最終的な各班の結論としては、実刑派と執行猶予派がほぼ同数に分かれ、互角の様相を呈していました(設例を作成された市丸会員、甲木会員の功績と思います)。

五 従来、国民の司法に対する関心の低さが言われることがありましたが、今回の研究授業を見た限りでは、むしろ、法的なものに関与する機会さえ与えられれば、積極的に発言し議論しようとする興味関心の高さを感じました。

また、法曹自体に対する生徒さん達の関心の高さも窺われ(テレビ番組の影響でしょうか)、特に公開授業の際は、熟練の法曹三者によるやりとりを前にして「本物の迫力」に強い印象を受けていることが見て取れました。

今後、学校の授業に継続的に法曹教員を派遣していくのは難しい面もあると思いますが、現実に日々司法制度を運用している法曹が何らかの形で法教育の授業に関与することには、極めて大きな意義があるように思われます。

なお、一〇月二八日の公開授業の模様は、同月二九日(土)の西日本新聞朝刊三八面にて写真入りで紹介されておりますので、興味のある方は御覧下さい。

日弁連・心身喪失者等医療観察法と付添人活動研修会の報告

会員 大神 朋子

一〇月二四日に実施された頭書研修会について報告させていただきます。

会員の皆さんは、心身喪失者等観察法について、どれほどの情報をお持ちでしょうか。

同法は平成一七年七月一五日に施行されました。成立までの経緯は新聞等で報道されているとおりであり、一旦ペンディング(国会が閉会したため持ち越し?)となったこともありましたが、平成一五年七月一六日に公布されました。そして、附則には二年以内の施行が規定されてはいたのですが、当初開設予定であった二四カ所の指定入院機関のうち、施行に間に合わせて開設できたのは国立精神神経センター武蔵病院のみであったこと(現在は二カ所)等の状況もあって、施行を凍結するべきとする関係団体なども現れるなど、施行直前まで混沌とした状況が続いていました。ですが、予定通り施行されるに至ったわけです。

改めて述べるまでもなく、この法律は大阪の池田小で起きた悲惨な事件を契機として、急速に立法化され成立に至ったものです。法律の内容は、要は精神障害により一定の重大犯罪(殺人、放火、強盗、強姦、強制わいせつ、傷害にあたる行為〜以下「対象行為」といいます)を犯してしまった人(以下「対象者」といいます)について、責任能力の問題により刑事処分を科すことができない場合に強制的に指定入院機関において精神科での治療(入院、通院)を受けることを命じることを内容とする法律です。

同法について指摘される問題点は、数多くあるのですが、主なものを述べますと、

【1】 事実上対象行為の再発防止という社会防衛目的で無期限の拘束を行うことになりかねないこと

【2】 「対象行為を行うおそれ」という予測不可能な要件で拘禁することになること

【3】 精神障害者のみに対する特別な制度であり、精神障害者に対する差別偏見を助長することになる恐れがあること

【4】 対象とされた精神障害者に対する権利保障が不十分であること(対象行為の認定手続などなど)

等々です。

このように、数々の疑問点がある法律ではありますが、今日施行された以上は、対象者の人権を保障するために、弁護士会として力を尽くすしかありません。

前置きが長くなりましたが、今回の研修は同法が対象者の権利保障規定の一つとして対象者等が弁護士を「付添人」に選任する権利を認めていることから、弁護士がなすべき付添人活動について、施行後に実際に付添人として活動したことのある経験者からの体験談を踏まえ、付添人は何ができるのか、そして活動を行うにあたって遭遇した問題点、留意すべき点について、解説等がなされました。本研修は、施行後間もなく(僅か四ヶ月経過)実施されたにもかかわらず、付添人活動の流れや場面場面における具体的なノウハウ、付添人として主張すべきことなどが、豊富に指摘そして説明され、関係各位のご尽力に感服致しました。

例えば、本法により対象者の鑑定入院命令がなされている際に入院先における付添人の面会は問題なく可能か、面会に協力医を同行することは可能か、対象行為の存否を争うとする場合の手続そして問題点(伝聞法則、証拠法則は適用されない)、本法により入院或いは通院を命ずるための要件である「この法律による医療」の必要性の判断はどのようになされているのか、そもそも「この法律による医療」とは何なのかそれを適切に行わせるためにいかなる活動が必要なのか…等々の問題について解説がなされましたが、この法律の問題性が改めて実感させられました。

福岡地方裁判所管内においても、すでに三号事件が係属しており、当会会員三名の方々が活動中です。本心から言えば廃止されて欲しい…この法律ですが、私も、付添人名簿に登録しているからには、近い将来受任した際に付添人としてできる限りの活動を尽くしたいとの思いを強くしました。

2005年11月 1日

英国便りNo.9 イギリスの個人情報(ID)カード論争(2004年5月2日記)

刑弁委員会の皆様

松井です。

日本はゴールデンウィークとなり、皆さんもしばしの休養を楽しんでおられることと思います(おれは仕事だ! という声が聞こえてきそうですが)。

ロンドンでは、四月に入ると次々と花が咲き、五月となるとほとんど夏といった感じです(気温は日本より涼しいのですが、なにしろ日が長く、現在日の出は午前五時三〇分、日の入は午後八時三〇分ころで、九時ころまで明るいのです)。

この季節、ロンドンの二階建バスに乗って、家の庭や公園を眺めていると、その美しさに「ガーデニングの国」イギリスを実感させられます。五月の末には、有名な「チェルシーフラワーショー」もあり、楽しみです。

さて、今回は最近新聞やテレビを賑わせている「IDカード」についてレポートしたいと思います。

イギリスには、これまで、日本と同じように身分証明書の携帯制度はありませんでした。ところが、政府が、この四月末(二〇〇四年)に、身分証明書(IDカード)導入計画を発表し、論議をよんでいます。

政府の計画では、そのカードは、すべての国民からバイオメトリックス情報(生物識別情報) 具体的には、(1)指紋、(2)顔の形、(3)目の虹彩のデータを収集したうえで発行されるもので、そのカード(ICチップが埋め込まれている)を提示させてデータベースを照合すると、どこの誰だか一〇〇%特定できる、だから「テロリストが複数の身分を使い分けて活動するのを防ぐことができる」のだそうです。

導入の手順は、まず、一万人のボランティアに実験的にカードを発行し様子をみる(この四月(二〇〇四年)から)、次に二〇〇七年からはパスポートと運転免許証で、発行の際にバイオメトリックス情報収集を導入する(これで国民の八〇%がカバーされる)、そのうえで、二〇一三年までに全国民(及び在留外国人)へのIDカード携帯を決める、というものです。

この計画に対する反対意見の大半は、その費用対効果への疑問です。このシステム導入には、各公共機関での端末機の設置なども含め六〇〇〇億円かかると見積もられていますが、「ニューヨーク同時テロの犯人の多くが自分自身の真正な身分証を使って活動していた」「スペインはIDカード携帯が義務付けられている国だが、マドリードテロが起こった」ことを理由に、テロ抑止の効果はあまりないのではないか? と主張するものです。

そして、「そんな金があるなら、もっと警察官を増やせ」などと主張されています(これも、いかがなものかと思いますが)。

また、政府が、「財源は、パスポートや運転免許の発行手数料を倍にすることでまかなう」と言っているためますます、その負担に対する反発が出ています。

このように、今回のIDカード導入計画は、テロ抑止目的が前面に出ていますが、実際は行政の効率化のためというのが真の目的ではないかと思います。

すでに、政府は、このカードを、国民医療サービスを受けるときや、学校関係の仕事を申し込む際に提示させるつもりであることを認めています。前者は、本来受給資格のない者がサービスを受けることを防ぐため、後者は、以前私が報告した Soham 殺人事件で、犯人に性犯罪の前歴があったにもかかわらず、学校の用務係に就職していたことに対する反応でしょう。

今後、その用途は、他の分野にも広がっていく可能性は十分にあります。中には、このカードがあれば銀行から融資を受ける際の審査も早くなるだろうと言っている官僚もおり、データが民間にも利用される可能性もあります。

日本で、住基ネットワークが始まって、その情報管理の甘さが各地で露呈していることは見てのとおりですが、イギリスで情報管理がしっかりできるとは到底思えません。ICカードのデータベースに集約された個人のあらゆる情報が、どこかの役所の職員から外部に売られてしまうことは、十分ありうることでしょう。

もちろん、こういう危険性は人権団体などから指摘されてはいますが、いまひとつ大きな声になっていないようです。何しろ、ある世論調査では、八〇%もの人がIDカード導入に賛成しているそうなので、おそらくこのまま導入されてしまうのではないでしょうか。日本も将来、住基カードの携帯が義務付けられる日が来るかもしれません。

イギリスでは、「テロ対策」を旗印に様々な特別法ができて、市民的自由(Civil Liberty)が制限されつつあります。世界的にそういう雰囲気になってきているようで、心配です。(もっとも、テロ対策推進論者は、生命こそが究極の Civil Liberty だ、と言っていますが)。

英国便りNo.8 イギリスの多重債務者問題(2004年3月26日記)

松井 仁

刑弁委員会の皆様

松井です。

福岡では、もう桜が見ごろになっているのでは?

ロンドンにも桜はありますが、品種が違うのか、二月ころから長い間咲きつづけ、散らないまま萎んでしまいます。

だからイギリス人に「桜のように潔く生きる」と言っても解かってもらえないと、■イギリスはおいしい■ の作者の林望さんは書いています。

さて、今回はイギリスの多重債務問題についてレポートしたいと思います。

先日、新聞の片隅に「借金を苦に自殺した男性の未亡人、クレジット会社に抗議」という記事がありました。その男性は、四四〇万円の年収しかないのに、一九枚のクレジットカードを持ち、一三〇〇万円の借金を抱え、自殺した時点で毎月一〇〇万円の返済に追われていたのですが、なんと、まだクレジットの借入枠が残っていたそうです。借金を知らされていなかった妻は、クレジット会社に、「なぜ制限なく貸したのか」と怒っているのです。

この事件に象徴されるように、最近イギリスでは個人の借金額が急増していて、住宅ローンを除く大人一人当たりの平均借金額(二〇〇二年)は九〇万円に達しています(一九九八年の倍)。当然、個人破産申立件数も増え続け、二〇〇二年は約三〇〇〇〇件(八年間で最高)、二〇〇三年は一〇月時点で三三〇〇〇件にのぼっています(因みにイギリスの人口は日本の約半分)。

日本に比べると割合は低いですが、伝統的に「破産は恥ずべきこと」という感覚が強いヨーロッパの中では、この数字は深刻に受け止められています。

政府は、この事態に対応するため、今年の四月一日から改正破産法を施行します。

新法は、破産申立を簡単にすることを目的としており、今までは、申立から免責されるまで三年間待たなければならなかったのですが、今後は一年間でよくなります。この一年間は、日本と同様、会社の取締役や一定の専門職につくことが禁止されるほか、五万円を超えるクレジットカードの使用が禁止されます(五万円まではOKというのは、イギリスのカード社会化のあらわれ?)。

免責後も、クレジットの記録に六年間残るそうで、その間はローンを組むのが難しいと言われています。

なお、いわゆる浪費のケースでは、裁判所の命令で最長で一五年間にわたり、借金が制限されます。

破産申立の方法は、簡易裁判所(County Court)に行って申立書を記入し、費用約八万円を支払うと、管財人(Official Receiver)が選任され、財産があれば債権者に配当されます。

今回の改正について、保守的新聞はやや批判的で、「破産を人格的失敗とみなすヨーロッパ文化が、破産はビジネス上の成功に至る学習の機会にすぎないと考えるアメリカ文化に取り替えられた」とか「今後は、破産者に対する社会的烙印はなくなり、消費したうえで破産することがライフスタイルの一つになるだろう」とか言っています。

破産を避ける方法として、個人任意整理の制度(Indivisual Voluntary Arrangement)もあります。これは、日本の債務者再生手続に似ていて、債務者と債権者との合意にもとづき、債務の一定割合を、長期にわたって返済するもので、最初に一定の頭金と、七五%の債権者の同意が必要となっています。この制度は、会社の役員や弁護士など破産によって仕事をやめなければならない人にとってはメリットがあるのですが、あまり知られていないことや、債務者の負担が大きいことから、利用度は低いようです。

ところで、債権者の借金取立の方法についても問題となっています。

イギリスでは債権取立人(Debt-Collection Agency)の制度があって、銀行や販売業者から委託を受けて活動しているのですが、最近悪質な取立てが目立ってきているのです。そこで、昨年七月、政府の公正取引事務所(Office of Fair Trading)が債権取立てガイドラインをつくり、第三者が介入した場合は本人と直接交渉をしないこと、夜間や連続した督促電話をしないこと、あたかも公的な機関から出されたかのような手紙を債務者に送らないこと、などが定められています。

それから、イギリスでも日本と同様、高利の闇金融は存在していて、Loan Shark と呼ばれて恐れられています。ただ、普通のクレジット会社の借入枠が大きいせいか、ビラもあまり見ないし、それほど社会問題化はしていないようです。

以上みてきたように、(私の印象では)、イギリスは、日本が経験してきた多重債務社会を、今まさに迎えているという感じです。各種制度や規制も、ほぼ日本と同じようなものが導入されてきていますが、クレジットカードの金利はまだ三〇%を越えるものも許されているようです。

さて、イギリスの多重債務問題は、今後さらに深刻になっていくでしょうか? 鍵を握るのは、イギリスではカードの使用が日本以上に生活に密着しているという事実がどう作用するかだと思います。

例えば、スーパーに買い物に行くと、現金で払う人はほとんどなく、お年寄りも含めて、クレジットカードか、デビットカード(貸付機能はなく、口座の残高から引き落とされるもの)で支払っています。

だから多重債務は深刻化しやすいというのが一つの可能性です(デビットカードも、お金を支払う実感がつかみにくいという点では、クレジットカードと同じです。ある破産者は「残高をよく把握しないままデビットカードを使ってしまい、銀行から残高不足の罰金六〇〇〇円を何度も徴収されたのが痛かった」と語っています)。

他方、もうひとつの可能性は、カード使用が日常的ゆえに、イギリス人全体に多重債務に対する問題意識生まれやすく、それが自己防衛や、効果的な政策へとつながっていくかもしれないということです(実際、新聞でそういう記事に接することは日本より多い)。

三年くらいあとに、どうなっているか見てみると面白いと思います。

I T コ ラ ム

稲尾 吉茂

一 前口上

「この原稿の依頼を受けて、さて、何を書いてよいものやらと思案にくれ、いっこうに筆が進まないまま〆切の日を迎えてしまった。」

このような書き出しだと、何やらいかにもまじめに月報記事に取り組んでいるような印象を与えるが、その実、〆切の日を迎えるまで何もやらず、当日大慌てで書いているにすぎない。しかも、文章の作成はキーを叩くのであって筆ではない。この文章には二つのウソがある。しかし、何を書こうかと困っていることだけは確かだ。

さて、過去の月報記事をながめてみたところ、少なからぬ会員が冒頭で何を書こうか困ったという話題を掲げている。ここでは、その例にならうのが筋というわけでもないが、そのスタイルを踏襲してみた。

二 私のIT器機遍歴

前口上で申し上げたとおり、コラムで記述するような話題がない。私のIT環境は二〇〇二年頃を境に停滞しきっているので、先進の器機やシステムの紹介はできない。他人が聞いてたいして面白い話でないことは承知の上で、パソコンを中心とした私のIT器機遍歴でも披露しよう。

私が仕事でパソコンを使い始めたのは、一九九八年、現在の事務所に入って三か月ほどたった頃だったと記憶している。購入したのはバイオ505GX、HDDは四・ 三GB、重量は一・三五キロ、以来、メインマシンは505を使用している。ちなみに事務所の先輩弁護士は同じくバイオ505を使用していたがHDDは二GB。今となってはDVD一枚の容量に過ぎないが、当時、この差は大きかった。二代目はR505FR/D、現在は主として事務所内で使用しており、外出先では三代目のX505/SPEXTREME を使用している。重量は七九五グラム、カーボンファイバー積層板にクリア塗装が施され、見せパソコンとしても相当活躍している。この他、サブマシンとしてC1VJを併用していた時期もある。

PDAはクリエを使用している。初代はまさに初代クリエ。現在は二代目NR70V/J。フラットで無駄のないフォルムがいい。なお、この次の機種からカード型のPHSを直接挿入できるスロットが付いたが、そのためフォルムを崩している。

三 ムダイ

自宅ではデスクトップを使用している。ご想像のとおり、こちらもバイオ。現在はRZ75CP、HDDは外付けを含めて六六〇GB。自宅内のHDDを合計すると一〇〇〇GB、すなわち一TBを超えている。これだけの容量があれば容量不足に悩むこともないと思われがちだが、実際はいつも容量一杯である。CS放送等から録画したものをビデオクリップ化している。次々とDVDに落としても間に合わない。DVDの枚数は一〇〇〇枚に迫ろうとしている。

ところで、私は弁護士一年目より毎年劇団ひまわり一座の憲法劇に参加している。その公演のDVDを二〇〇二年より制作しているが、長時間の画像をDV(AVI)ファイル形式で取り込むと一時間=一二GBは必要で、ひまわり一座の公演をDVD化するには四〇GB以上の空きが必要である。画像の取込に二〇GB、画像を編集したファイルを書き出すのに同じ量が必要でさらに二〇GB、DVD化のための一時ファイルに四GB程度。一番の苦労は作業のための空きスペースを確保することである。そのため、最近は本体の編集作業が疎かになっている。出来栄えでは最初に制作した二〇〇二年公演のDVDを超えるものはできていない。エンドクレジットのために制作したビデオクリップが好評で、この劇団で兄弟で活躍しているY弁護士から準備書面もこれくらいできるといいのにと言われたとか言われないとか。

さてさて、「ムダ」バナシハ「イ」イカゲンニシロとの声も聞こえてきそうなのでこのへんで。al prossimo mese.

ホームページ委員会だより

ホームページ委員会 田邊 俊

一 このコラムは、ホームページ委員会の委員によるリレー形式で連載されていますが、前回(二年前)に私が担当したときは、IT化が遅れていた私の事務所の進化(そんなに大げさなものではありませんが)について書くことで、何とかページを埋めることができ、一安心したものでした。

ところが、それから二年しか経っていないにも関わらず、再度の執筆依頼が舞い込んできたではありませんか!

この二年間に事務所のIT関係での変化と言えば、(1)サーバーの導入、(2)寿命が来たパソコンの買い換え(便利になったとは言え、五年間で古くなるというのは大問題だと思いますが、性能は日進月歩のため、処理速度が遅い等と、不満を覚えるようになるんですから、人間はワガママな生き物ですよね。)、(3)モバイル用のノートパソコンをA4サイズからB5サイズへと変更したことぐらいですので、取り立てて目立ったものではありません。

そこで、このコラムに何を書くべきか迷ったのですが、私にとって、最近はモバイル(何だか曖昧な用語ですが、携帯性に優れた情報端末の総称を意味するようです。)が不可欠なものになりつつあるため、モバイルの進化につき、少し書いてみたいと思います。

もっとも、私にとってのモバイルとは、電子手帳による期日管理のような格好いいものではなく、出張にノートパソコンを持ち歩いて書面を作成したり、メールをやり取りしたり、ネットを検索するという極めて初歩的なレベルですので、もっと進歩しているという先生は、是非とも、その詳細をご教示いただきたいと存じます(何せ、次回のコラムまでに、またネタを仕入れないといけませんので…)。

二 実は、このコラムの執筆依頼を受けたのが、締め切りの一週間前であったことから、私は、この原稿を、連休直前の羽田空港へ向かう機上にて、考えているところです。

そして、空港ラウンジでも、私のように、ノートパソコンを用いて仕事を片付けようとしている人間が二〇人以上もいたことから分かるように、移動中に仕事を片付け、それを移動中にメールを用いて送信できるモバイルは、極めて便利なものです(本当は、仕事に追われないようにしなければいけないんでしょうが、急な仕事も飛び込んで来ますよね)。

特に、海外旅行中でも、快適に事務所と連絡を取り合えるので、旅行から戻っても、浦島太郎状態にならなくて良く、つくづく便利な世の中になったものだと感心します。

三 もっとも、出張中や旅行中にモバイルを利用する場合には、モデムカードを用いても通信速度が遅い上に、海外では利用出来ないため、ブロードバンドを利用するのがベストなのですが、まだまだ利用できる場所は限られています(ブロードバンドが備え付けられていなかったロンドンのホテルで、自力でインターネットへの接続を試みたものの失敗し、ITの専門家と自称するホテルマンに接続を依頼したところ、見事にパソコンを壊されたこともありました!)。

日本でも、出張先でブロードバンドを利用できる機会が限られていると嘆いていたところ、何と来年からは、電気コンセントにジャックを差し込むだけでブロードバンドが可能になる電灯線ブロードバンド(BPL)が実用化されるようです。

このBPLは、現在の電話回線の代わりに、電灯線を利用してのブロードバンドを可能にする画期的な発明で、既に、スペインでは実用化されているものです。

しかも、BPLが発達すれば、身近に無数に存在する電気コンセントを利用するだけで高速インターネットが可能になるばかりか、モデムを内蔵したエアコンやビデオデッキが普及すれば、外出先からエアコンやビデオを遠隔操作できるようになるのですから、技術の進歩には、本当に驚かされるばかりです。

当番弁護士日誌

西村 浩二

一 はじめに

最近、当番弁護士で担当した強姦被疑事件において、起訴前に示談を成立させることができ、被害者の方に告訴を取り消していただいたケースを経験しました。

これについて月報で報告して欲しいとの依頼を受けましたので、その経過を御報告します。

二 出動当時の状況

被疑者の要請により、勾留場所に出動して接見したところ、被疑事実には争いがないようでしたので、当初から被害者との間で示談ができるかどうかが弁護活動の焦点でした。

出動翌日、被疑者の両親に状況を確認すると、被疑者の両親も独自に、被害者と示談できれば、と考えていたようでしたが、連絡先を警察に尋ねても教えてもらえなかったそうです。当初被害者の方は、示談交渉も含めて一切被疑者やその関係者とは関わりたくないと申告していらっしゃったようでした。

そこで、当職から検察官に連絡を取りましたが、検事調べが終わるまで被害者との接触は控えてほしい、勾留は延長予定、とのことでしたので、検事調べまで我慢して待つことにしました。

被疑者の両親には、示談が可能な状況になり次第、ある程度支払いができるように準備しておいてほしいと言っておきました。

三 勾留満期までの被害者との交渉経過

第一回目の勾留満期の前日に検察官から被害者の連絡先を教えてもらうことができ、早速電話しました。

しかしこのころ、被害者の方は、特に感情をぶつけるという感じではなかったものの、とにかく被疑者には少しでも長く刑務所に入っていてもらいたい、今は示談はしたくないとのご方針で、金額面の交渉にすら入ることができず、結局二回目の勾留満期までに検察官とも連絡を取りながら電話で五回、直接の面談で一回、被害者と交渉しましたが、全く進展はなく、この時点では示談はできませんでした。

四 勾留満期後の交渉

このような経過で、起訴は免れないだろうと思っていました。

ところが、勾留満期日になって検察官から、とりあえず処分保留のままで釈放することにしたとの電話がありました。

これを聞いて私も驚きましたが、再び示談の機会ができたと考えることにしました。

そこで早速被害者の方に連絡を取りましたが、被害者の方も処分保留に驚いており、考えがまとまるまで示談の話はしたくないとのことでした。

そこで数日後に再び連絡を取りましたが、被害者の方は、釈放後しばらくは、処分が軽くなるのであればやはり示談には応じたくないという感じでした。

しかし、そうして何度か交渉を重ねるうちに、当方の説明を理解していただき、次第に納得できる額であれば示談に応じるという姿勢に変化され、金額の交渉に移ることができました。

交渉が金額面に移った後は割合すんなりと話がまとまり、結局当方が被疑者の精一杯の誠意ということで提示した額に対し、「それが本当に精一杯ということであれば受け入れる」との御回答をいただきました。

終わってみれば、勾留満期の釈放後約一か月の間に七回の交渉を要しましたが、ようやく示談にこぎ着け、告訴を取り消して頂くことができました。

五 その後の経過とまとめ

示談金は一括では支払えず分割払いにしていたので、若干不安はあったのですが、結局、予定よりも繰り上げて完済することができ、ホッとしたのを覚えています(ボス弁のアドバイスにより被疑者の父親(会社員)を連帯保証人としていました)。

それにしても、やや特殊な経過を辿った事件であったと思います。処分保留となった事情までは詳しく記載できませんので消化不良気味なレポートになってしまいましたが、貴重な経験でした。

法曹三者裁判員模擬裁判

刑事弁護等委員会 船木 誠一郎

一 法曹三者による模擬裁判実施

全国各地で、法曹三者による模擬公判前整理手続と裁判員模擬裁判が行われており、福岡でも、五月から手続を開始し、三期日にわたり、模擬公判前整理手続を行い、九月二七日には、模擬公判手続を行いました。

また、裁判員役六名については、三者の職員から各二名ずつ選任することとし、弁護士会からは、会館職員の江島真由美さんと天神センター職員の高橋信勝さんに担当していただきました。

二 今回の模擬手続実施の趣旨

裁判員制度の実施はまだ先ですが、公判前整理手続については、関係改正法規の施行が本年一一月からで、これへの対応は急務です。そこで、今回の模擬手続を実施した主目的は、既に広報しているように、公判前整理手続を模擬体験し、手続上の問題点を三者で抽出し合い、検討、協議を加えることにあります。これは、一〇月から継続的に行うことになっており、その経過等については、順次お知らせすることにしています。

使用した事件は、各地で多数使用されている事件の記録とは異なり、法務省が法科大学院研修材料として作成した殺人未遂被告事件の記録を使用しました。これは、模擬裁判用の記録であり、もともと争点が明確なものではなく、公判途中で、被告人が供述を変え、それによって新たな証人尋問の必要が生じるという内容となっており、記録上は、被害者の証人尋問すら実施されていないものです。したがって、弁護人役は、争点を抽出すること自体に困難を伴う事件ですが、目的が公判前整理手続の問題点等を検証することにあったので、被告人役は、第一回公判前整理手続の後に、弁護人役に対し「実は…」と話してもらうことにし(変更があることは弁護人役をはじめとして関係者は知らなかったことです)、公判前整理手続の途中で、被告人の主張等が変わった場合に、どう対応するのかといったことも問題点のひとつとしようとしたものです。

三 雑感

私自身、裁判員模擬公判は、午前の途中までと判決宣告しか傍聴していないので、十分な意見を言える立場ではありませんが、雑駁な印象を述べると、(1)双方の主張を明示して争点中心の立証活動が求められるが、刑事裁判が民事化するのではないか (2)民事化は弁護人の主張、認否等に、法の趣旨とは異なり、一定程度実体確定的効果ないし処分権主義的効果を生じさせることとならないか (3)裁判員の負担軽減、裁判員に分かりやすい裁判といったことの要請に伴う制約は、弁護人の反証の制約にならないか (4)公判での調書朗読による心証形成は困難であり、簡易な調書化が進行するとしても、簡易な内容の調書は却って弾劾しにくいのではないか (5)プレゼン的活動の巧拙が主要な課題となることは、そもそも裁判と言えるのか等々。

もっとも、私が、捜査手続、証拠法則等の問題に改変を加えないまま、裁判員制度を創設することに懐疑的な考えを持っているので、つい「負」の部分に目が向いてしまうのかも知れません。それにしても、法曹三者協力して、お客様である裁判員向けの料理を提供しているようで、本来希求すべき実体的真実発見や被告人の権利擁護といったことが、忘れ去られている感を払拭できません。裁判が終わったとき、裁判員に対しては、「お疲れさまでした」で通用するとしても、被告人を「お疲れさまでした」で納得させられるわけではないのですから。

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