福岡県弁護士会コラム(会内広報誌「月報」より)

月報記事

裁判員本部だより

会 員 髙 木 士 郎(64期)

1 はじめに

新64期の髙木士郎です。弁護士2年目にしてはじめて裁判員裁判対象事件を担当することとなりました。マスコミ対応が必要な重大事件で、被害者参加もありと、盛り沢山の事案でしたが、共同受任の先生との二人三脚のおかげで何とか無事に終えることができましたので、ご報告がてら振り返ってみたいと思います。

2 受任、公判前整理手続

朝のニュースで殺人事件発生との報道を見て、何か予感めいたものを感じていましたが、夕方、裁判所から事務所に戻ってみると、当番弁護士の出動要請に新聞記事のコピーが添えてありました。接見してみると、被告人は、憔悴しきった様子ではあるものの話はできましたので、事実関係を確認したところで腹をくくって受任することを伝えました。マスコミ関係者らしき人たちの間をこっそりすり抜け、警察署出入り口を出たところですぐに、先輩弁護士に共同受任をお願いする泣きの電話を入れたところ快諾!ようやくほっとしました。

起訴後、公判前整理手続が実施され、検察側から予定主張が示されたのですが、殺人事件であるにもかかわらず、殺人の実行行為部分の主張が抽象的にしか記載されていませんでした。争点となるべき実行行為の部分の主張が抽象的だと、被告人の防御活動も十分なものにならない可能性があると考えたため、弁護人としての予定主張は詳しめにして、積極的に争点の整理を求めていく方針で臨みました。7回の期日を経て、争点は大きく分けて2つに絞られることになりました。

3 いざ!公判

公判では、本件がどのような事件であるかを端的に裁判員に伝えるために、事件を表現したワンフレーズを冒頭陳述の最初に持ってくること、そのワンフレーズの中に争点についてのキーワードを混ぜ、そのキーワードについて語っていく中で、審理において注目してほしい点を示していく、という方針で冒頭陳述、及び冒頭陳述メモを準備することにしました。と、文字にするとわずかですが、この準備のためにかなりの時間をかけて何度も打ち合わせをすることになりました。

また、情報量を盛り込みすぎると裁判員にはかえって弁護人の意図が伝わりにくくなると考えたことから、メモはA4で1枚とし冒頭陳述に注目してもらうために後から配布する、冒頭陳述の時間は10分以内に収め、手持ち原稿なしで裁判員一人一人とアイコンタクトを行いながら行うこととしました。

尋問、特に被告人質問については、裁判員に尋問に食い付いてもらうため、あえて時系列に沿った形ではなく、最初に事件の核心部分についての事実から聞いたうえで、事件に対する被告人の想いを語ってもらい、その後事件の背景事情を聞いていく、という構成としました。

弁論についても、冒頭陳述と同様、コンパクトにまとめて伝える方針のもと、争点について、公判で明らかになった事実を対応させながら、弁護人の考えるところを伝えていくという形で行いました。論告において検察官が2つの争点のうち1つを撤回するという事態となったため、弁論の中でそれに対応させていかなければならなくなってしまいましたが、なんとか大崩れすることなく、弁護人の考えを伝えることができたのではないかと思います。

4 裁判を終えて

結局、判決はかなりの長期の懲役刑となりました。弁護人としてはもう少し短い刑となることを期待していましたので、その点では残念です。

また、本件は被害者の遺族が被害者参加をされ、代理人による被告人質問や参加人による意見陳述が行われました。意見陳述の間は、傍聴席からすすり泣きが聞こえるなど、弁護人からすれば「厳しい」雰囲気の公判廷となっていたように思います。そのような雰囲気をも乗り越える様な弁護活動ができたのかといえば、まだまだだったなと思うところです。

初めての裁判員裁判ということで感じたことは、裁判官が補充尋問をかなりの時間をかけて行うなど、裁判員にとってのわかりやすさ、を重視した訴訟進行が行われるのだ、ということでした。そのような進行となることは予想していましたが、その徹底ぶりは想定以上でした。裁判官のリードが過ぎると評議に影響が出るのではないか、と思うところもありましたが、裁判後の三者での反省会で聞くところによると、評議では活発な議論が行われた、ということでしたので、わかりやすさ重視の訴訟進行の成果が出たのだと思います。

こうして裁判を振り返ってみると、弁護人としては決して満足のいく結果であったとは言い難いところですが、裁判員に対するアンケートでは、弁護人の説明が「わかりやすかった」という意見がほとんどであったことにはほっとしています。
準備は大変でしたが、今回の裁判員裁判を通して多くのことを学ぶことができたように思います。今回学んだことを、来るべき次の機会に活かしていきたいと思います。

秘密保護法で社会はどう変わるのか

司法制度委員会
委員長 村 井 正 昭(29期)

10月26日、弁護士会館3階ホールで標題のシンポジウムを開催しました。

前日の25日、「特定秘密の保護に関する法律案」が閣議決定され国会への上提が必至となったため、この法案に対する市民の関心の高まりを反映し、当日は、3階ホールが満員となりました。

開会に当り、橋本千尋会長から

「日弁連と52の単位会全てが反対の会長声明を出している。福岡では10月11日に反対声明を出している。審議を通じて廃案にするように取り組みを強めよう。やるべきことは沢山ある」
との力強い挨拶がありました。

シンポでは、近藤恭典会員から、法案の危険性について次のような報告がされました。


(1) 広すぎる秘密の範囲

法案が対象とする秘密は、(1)防衛(2)外交(3)特定有害活動の防止(4)テロリズムの防止の4分野であるが、1985年に廃案となった「スパイ防止法」よりもその範囲が拡大されている。

掲げられている別表も、抽象的で広範な事項に及んでおり、限定性を欠いている。

しかも、指定権者は行政の長であり、その是否を問う制度も事前、事後ともになく、国民にとって必要な情報が行政の恣意で隠蔽されてしまいかねない。

(2) 処罰範囲が広範であいまい。罪刑法定主義に反する恐れ

法案では、未遂、過失による漏えい行為、共謀、教唆、煽動という行為まで処罰の対象となっており、報道機関の取材活動、市民の調査活動等が処罰の対象となりかねない。

この刑罰は、公務員だけでなく、マスコミ、市民も対象とされている。

(3) 国会議員も対象とされており、国政調査権の行使が大きく制約されることになる。

また、国会の「秘密審議」が乱発されかねない。

(4) 刑事裁判の問題

刑事裁判では、真実に、秘密とされるべきものか否かを審理することができず、被告人の防禦権が侵害される。

弁護人にも守秘義務が課されるであろう。

(5) 秘密に関わる者の適正評価

行政の長は、特定秘密を扱おうとする者の経歴、病歴、信用情報等を本人のみならず、その家族についてまで調査し、不適当と判断された者を当該業務から排除できることとなっており、重大なプライバシー侵害を招く恐れがある。

しかも、行政の長は、これらの調査を都道府県警察に委託することができるため、収集された個人情報が、警察において、保存、利用される危険性もある。

近藤会員の報告に続き、前泊博盛沖縄国際大学教授から
「日米地位協定と秘密保護法 ― 沖縄からみた日本の民主主義 ―」
と題して講演をいただきました。

前泊教授は、最近「日米地位協定入門」(創元社)を刊行されています。

教授は、この本の刊行の元となった、外務省作成の機密文書「日米地位協定の考え方」を入手し、琉球新報に掲載したことについて次のように報告されました(この報道は、2004年日本ジャーナリスト会議大賞を受賞しています)。

新聞誌面への掲載前に、外務省の幹部から「もし報道したら、外務省には出入りできなくなる」と言われた。報道後、外務省は「そんな文書は存在しない」という対応をとり、機密文書の存在と内容を秘匿し続けようとしている。「この新聞報道当時、この秘密保護法案があったならば、報道することもできなかったし、入手行為も処罰されていたでしょう」

また、沖縄国際大学構内への米軍ヘリコプター機墜落事故の際、墜落現場とその周辺が、いち早く、米軍の全面的管理下に置かれ、事故の原因究明は勿論、危険物資の有無についても、沖縄県民は、一切、知る機会を与えられなかったことを例に日米地位協定の不合理さを訴えられました。

最後に同教授は、森本前防衛相が「沖縄の基地問題は、軍事問題ではなく政治問題である。沖縄の基地を日本国内のどこも引き受けないのが問題である」との発言を引用し、沖縄では「沖縄差別」との怨嗟の声が大きくなっていることを報告されました。

1985年の「スパイ防止法案」は世論と全弁護士会の反対によって廃案となりました。しかし、その後、「自衛隊法」の改正によって、同法案の実質的な取り込みがなされました。

このことは、廃案に追い込んだらそれで一件落着とならないことを教訓として残しています。

もしかしたら、この月報がお手元に届くころには、「法案」が成立しているかもしれません。

仮に、法律が成立しても、決してそれで終りということにしてはなりません。

法律が成立しても、それを適用させなければ良いのです。
そのためにも、情報公開制度の充実、内部通報者の保護の徹底等を推し進める必要があり、弁護士、弁護士会の果たす役割は決して小さいものではありません。

2013年11月 1日

シリーズ―私の一冊― 「新世界より」(貴志祐介・講談社刊)

会 員 佐 藤   至(35期)

このシリーズの最初の原稿を書かせて頂いた。そのとき紹介したのは、池上永一の「バガージマヌパナス」だった。このときの原稿の冒頭にナックルのような変化球でいってみようと書いたとおり、前回はかなり癖のある小説だったので、今回は速球でいくことにした。貴志祐介の「新世界より」、500頁2巻組の大作である。但し、SFである。

SFというジャンルは、作者が時代や状況を自由に設定することができるので、まず、設定された時代や背景事情を了解したうえで、作者のホラ話を楽しむという姿勢で読まないと面白くない。そして、設定が合理的なもので、かつ詳細でなければ物語が薄っぺらになってしまう。かといって、あまりに状況説明ばかりだと小説として面白くない。そこのところのさじ加減が難しい。

この小説では、まず、舞台となる町の農業用水路や溜め池には、田鼈(タガメ)、太鼓打ち、源五郎などの生物が豊富に生息していることや、空には朱鷺、鵯(ヒヨドリ)、四十雀、雉鳩をよく見かけると紹介されており、一見、長閑な田園地帯であることが示されている。しかし、そのような状況説明の中に突然、「ミノシロ」という1メートル以上の無数の触手を蠢かせる生物が紹介されていたり、「不浄猫」という正体不明の動物がちらっと出てきたりする。さらに、この小説の舞台が八丁標(はっちょうじめ)という結界に守られていること、さらに呪術が現実のものとして機能している場所であることが次第に明らかにされていく。

このような状況設定の説明が1巻の150頁あたりまで延々と続く。実をいうと最初に読んだときは、このあたりで「さっぱり分からん」と挫折した。しかし、「硝子のハンマー」や「天使の囀り」の作者がこのまま退屈な説明で終わるはずがないと思い直し、再度、挑戦すると、前回、挫折したところのほんの十数頁あとで、この世界のあらましが分かる仕組みになっていた。「自走式アーカイブ国立国会図書館つくば館」という移動式のアーカイブが登場して、このような世界に至った経緯を明らかにするという仕組みになっている。この移動式アーカイブの登場と人間との最初のやり取りには、アジモフのロボット3原則がさりげなく組み込まれていて、つい笑ってしまう。そして、この移動式アーカイブによって、この小説の舞台は、今からおよそ、1,000年後の利根川の流域で、文明社会が呪術によって崩壊したあと、何とか呪力を制御しながら文明社会を再建しようとしている世界であることが明らかにされる。この設定は、「ナウシカ」と少し似ているが、あちらが善意と再生の物語ならこちらは悪意と異形の物語である。そして、この物語は、そのような社会の中での少年少女の成長物語である。この点では「ハリー・ポッター」シリーズと軌を一にする。但し、この小説の方は全く子供を読者対象としていないので、かなりおどろおどろしい。「化けネズミ」という非常に醜悪な外貌の謎の生物が重要なバイプレーヤーとして登場してくるし、「業魔」や「悪鬼」などというとんでもないミュータントも登場してくる。そして、物語はこの呪術という不安定な要素で成り立っている歪な世界の崩壊に向かって、加速度的に突き進んでいく。誰がどうやってその流れを断ち切り、正常な社会を取り戻していくかという波乱万丈のホラ話である。勿論、物語の中では種々の謎が語られ、解決されていくが、最も大きな謎である「人間」と「化けネズミ」の関係を縦軸とし、人間と業魔や悪鬼、あるいは「化けネズミ」との戦いを横軸として、物語は複層化しながら進んでいく。書評家の大森実氏はこの小説を激賞し、是非、スピンアウト物を書いて欲しいと切望していた。私も全く同感である。この小説が日本のSF小説最近20年の最高傑作であることは間違いないと思う。作者は、このあと「悪の教典」、「ダークゾーン」を上梓しているが、「悪の教典」はサイコキラー物で、監督三池崇史、主演伊藤英明で映画化されている。

なお、本書「新世界より」は第29回の日本SF大賞を受賞している。そういえば、「バガージマヌパナス」は第6回の日本ファンタジー大賞の受賞作であることから、私の読書傾向に偏りがあるという偏見を払拭するために、SF、ファンタジー以外のお勧めも最後に挙げておく。横山秀夫の「64」、宮部みゆきの「小暮写真館」、吉田修一の「路(ルウ)」、佐々木譲の「警官の血」、今野敏の隠蔽捜査シリーズ、翻訳物ではアンソニー・ホロヴィッツの「絹の家」(コナン・ドイル財団が唯一、認定したホームズ物の続編)、ジェフリー・ディーバーのリンカーン・ライムシリーズ、S.ハンターのボブ・リー・スワガーシリーズ、R.D.ウィングフィールドのフロストシリーズなどは、どれも一読の価値がある。ノンフィクションなら堤未果の「貧困大国アメリカ」の3部作が出色のルポルタージュです。

あさかぜ基金だより ~法テラス徳之島法律事務所開所式~

弁護士法人あさかぜ基金法律事務所
弁護士 青 木 一 愛(65期)

月報ではお初にお目にかかります。あさかぜ基金法律事務所の青木と申します。

さて、去る平成25年9月6日、法テラス徳之島法律事務所開設式が徳之島のホテルニューにしだにおいて執り行われました。法テラス徳之島法律事務所の代表が当事務所の先輩である小池寧子先生であるというご縁もあり、私も出席して参りましたので、今回は、その様子をご報告致します。


さて、まず、はじめに、徳之島について簡単にご紹介いたします。

徳之島は、鹿児島の南南西468キロ、奄美群島のほぼ中央に位置する(徳之島町HPより)人口約2万8千人の島です。人口は、壱岐市とほぼ同じ位の規模になります。徳之島出身の有名人としては、第46代横綱朝潮太郎(朝潮太郎生家、朝潮太郎銅像などもあります)が挙げられますが、われわれの業界の先達ということで言えば、日弁連会長も務められた奥山八郎先生が徳之島出身です。

徳之島までの交通は、空路では鹿児島空港から40分ほど、航路では奄美大島から3時間ほどとなります。


徳之島の司法事情を見ますと、鹿児島地裁名瀬支部の管轄であり、島内には簡易裁判所もあります。これまで徳之島には弁護士がおらず、奄美大島の先生をはじめとした多くの先生方が、多大な時間と労力をかけて、徳之島の島民の皆様にリーガルサービスを提供してこられました。そのような徳之島の地に、このたび、法テラス事務所を設立しよう、との機運が高まり、去る8月1日、法テラス徳之島法律事務所が開所される運びとなりました。


前置きが大分長くなってしまいましたので、そろそろ本題に戻ります。

開所式は、まず、開式のご挨拶から始まったのですが、この挨拶の途中から「島唄」が披露されました。三線の音色に乗せて朗々と島唄が歌い上げられ、会場は早くも南国情緒にあふれておりました。

式の中では、日弁連、九弁連、法務省等、様々な方面の方から、開所をお祝いするお言葉が述べられたのですが、とりわけ、地元の徳之島の方々のお言葉には、熱いものを感じました。

徳之島には民事、刑事を問わず多くの法律問題が存在しているにもかかわらず、これまで、徳之島の住民の方々は、フェリーに乗って奄美大島まで行かなければなりませんでした。当然、時間もお金もかかりますので、弁護士に相談することすら躊躇せざるを得ない状況でした。これは、徳之島の行政機関の方々も同様です。そんな中、法テラス徳之島法律事務所が開設されたことにより、徳之島には、常に1人は弁護士がいることになりました。徳之島の皆様にとって、何か困ったことがあったら法テラスの弁護士に相談してみよう、という仕組みができたことが何より大変心強いものである、というお話を伺うと、改めて、私たち弁護士の担う役割が重要であることが分かりました。

式も中盤に差し掛かると、いよいよ、法テラス徳之島法律事務所の職員紹介となりました。小池先生と事務局の通称「助さん格さん」コンビ(お一人の方が「助川さん」ということで、もう一人の方が自動的に「格さん」と呼ばれるようになった、ということでした)が壇上にて挨拶をされました。小池先生は、あさかぜ事務所に在籍されていた頃から「人前で話すのは苦手」と話されていましたが、開所してからの1か月で大分鍛えられたようで、徳之島に赴任される熱い思いが伝わるご挨拶でした。

式の終盤では、再び島唄、島踊りが披露され、更には、島の伝統にあやかり、会場の全員が輪になって踊りながら、お開きとなりました。


それでは、小池先生の徳之島でのますますのご活躍を祈念しつつ、筆をおくことと致します。

立川拘置所視察記

会 員 金   敏 寛(61期)

2013年9月27日、我々北九州矯正センター構想対策本部委員9名は、東京都立川市にある立川拘置所を視察した。

北九州市小倉北区にある小倉拘置支所は、老朽化が深刻な問題となっており、我々対策本部の運動により、平成21年に法務省は移転を断念し、現地建替の方針となっただけでなく、地質調査などが終了し、今般補正予算で新しい拘置所の設計費が計上される等、現地建替が現実味を帯びてきた。

そのような中、小倉拘置支所と同規模でかつ平成21年に建設された立川拘置所を視察することにより、小倉拘置支所の建替について様々な意見を出せるのではないかと考え、立川拘置所を視察することにした。

とは言うものの、立川拘置所の前には、現在建替中である大阪拘置所を視察することを計画していた。平成23年6月の月報でも報告したように、我々対策本部は、2011年にソウル拘置所を視察しており、その際のソウル側との折衝窓口を私が担当したが、今回の視察においても拘置所側との折衝は私が担当することになった。

私が、大阪拘置所に電話をかけ、担当職員と話をする。

私:

「この度、小倉拘置支所の建替が進んでおり、大阪拘置所が最新設備を備えていると聞いたので是非とも見学に行きたいのですが...」

大阪:

「わかりました。いつ頃来られますか?」

私:

「7月31日に行きたいのですが。」

大阪:

「その日は何も予定が入っていないので大丈夫だと思います。」

ソウルのときのように、たらい回しにされないかと不安に感じていたが、スムーズに予定も決まり、対策本部に対してだけでなく、当本部が県弁の委員会でもあることから、県弁執行部に対して、大阪拘置所を視察するということが報告された。

数日後、大阪拘置所の職員から私宛に電話が入った。

大阪:

「新しい大阪拘置所を見学に来るとおっしゃいましたよね。」

私:

「はい、そうですが。」

大阪:

「実は、まだ基礎しかできておらず、建物自体は何も建ってないんですよ。」

私:

「・・・・・・わかりました。・・・」

ということで、大阪拘置所の見学は中止となった。

やはり、私が拘置所見学を担当すると何かが起きるということを改めて実感した。このことを県弁執行部に報告したが笑いしか返ってこなかった。

9月27日、午前10時から立川拘置所を視察した。

立川拘置所は平成21年に建てられたため、外観からは一見して拘置所であるとは思えないほどきれいな建物であり、なんといっても外壁がないことが、一層、拘置所とは思えない雰囲気をはなっていた。

我々の視察に合わせて、福岡矯正管区の方が2名来られていた。小倉拘置所の建て替えが現実的なものであることを改めて実感した。

15分ほど立川拘置所の概要の映像を見た後、実際に中の施設を見学して回った。

具体的な報告については、改めて報告集をまとめるためそちらに譲るが、やはり施設がきれいであり、拘置所内の職員にとっては働きやすい環境ではないかと思った

被収容者の部屋は、現在の小倉の拘置所とそれほど変わりはなかったが、トイレの位置が監視者に見られないように配慮されている点、冷暖房設備が整えられている点等、小倉拘置支所の建て替えにあたって参考になる点がいくつかあった。

気になった点は、既決収容者については、一人部屋ではなく複数部屋が認められ、テレビや共同浴槽、体育館の使用等が認められているのに対して、未決収容者については、一人部屋に一人用の浴槽しか認められず、テレビは見ることができないし、体育館や共同運動場等他の者と接触する機会が認められないことであった。

感覚としては、無罪の推定が及ぶ未決収容者にこそ、テレビや体育館の利用等も制限のないように認められるべきであるし、それなりの理由があるとは思うが、他の者とのコミュニケーションを図って過度なストレスがかからないように配慮されるべきではないかと思った。

約1時間の視察を終えて我々は立川拘置所をあとにしたが、次の予定まで時間があったため、東京地裁立川支部によって昼食をとることにした。

立川支部の外観は白色を基調としており、これまた外観からは裁判所であることを思わせないような建物であった。

最上階の書記官室から富士山が見えるということで、我々は数名で最上階にある書記官室前まで行き、富士山が見えたなどと騒いでいたが、中にいた書記官らが田舎者を見るような目をしていたことは言うまでもない。

午後2時から、前日弁事務総長で、長年被疑者被告人・受刑者などの基本的人権の擁護の研究や活動をされてこられ、監獄センターの所長などを歴任されている海渡雄一先生の事務所を訪問し、海外の刑務所事情等について話を聞いた。

我々は立川拘置所の視察を終えて、それなりに被疑者・被告人の人権に配慮されているとばかり思っていたが、海外の刑務所の写真を見ながら、本当にこれが刑務所かと思わされるような写真ばかりで、まだまだ日本の拘置所や刑務所のあり方が、欧米諸国に比べると劣っているのだと気づかされた。

海渡先生も、被疑者の生活について、日中は他の者とコミュニケーションを図った上で、就寝するときには個人のプライベートを尊重する形をとるべきだと話されており、この点については、小倉拘置支所だけでなく、弁護士会として、法務省をはじめとする関係機関に強く要請していくべきだと思った。

海渡先生の事務所をあとにした我々は、飛行機の時間まで少し余裕があったため、北九州で開催される九弁連大会の成功を祈って、浅草寺にお参りをしにいった。金曜日という平日でありながら、浅草はたくさんの人でにぎわっていた。

浅草で九弁連大会の成功をお願いした我々は、空港に向かい、搭乗手続きを済ませた後、荒牧部会長のいきつけである羽田空港内の寿司屋で夕飯をとることにした。

私だけが北九州空港から車を運転するため、お酒を飲むことができない中、皆はビールに焼酎にと、視察の成果を肴においしくお酒を飲んでいた。

ところが、頼んだ寿司がなかなか出てこない。出発前の30分頃になってようやく寿司が出てきたため、味わう余裕もなく、とりあえず片っ端から口の中に寿司を流し込んだ。

18:40分発であるため、18:25分には出発ゲートを通過していなければならないが、我々が食べ終わったのは18:20分頃であり、空港内を走って出発ゲートまで行き、なんとかゲートは通過したものの、飛行機に乗っていない我々の名前が空港内に大きくアナウンスされていた。

やはり我々は田舎者であった。

北九州空港に到着した後、私は運転手として、皆を目的地まで無事に送り届けた。
無事に立川拘置所視察を終えることができてほっとしている。

第56回人権擁護大会・広島 (平成25年10月3、4日)

会 員 三 浦 邦 俊(37期)

去る10月3日午後12時から、広島国際会議場において、第56回の人権擁護大会のシンポジウムが開催されました。第1分科会が、「放射能による人権侵害の根絶をめざして」、第2分科会が、「なぜ、今『国防軍』なのか―日本国憲法における安全保障と人権保障を考える―」、第3分科会が、「不平等」社会・日本の克服―誰のためにお金を使うのか」というテーマでしたが、私は、第3分科会に日帰りで参加し、翌日の人権擁護大会も、午前8時19分の「みずほ」に乗って、9時30分過ぎには会場に到着、大会の懇親会と、その後の某会合も参加し、午後11時前には、自宅に帰りついていました。見分した範囲で、人権擁護大会の報告を致します。

全体的な感想を述べれば、それこそ何年振りか、何十年か振りで、戦争と平和、基本的人権、法の支配の原則など、基本的な理念、原則に立ちかえって考えることができて、大変勉強になったと思います。来年は、函館で、イカそうめんを食べましょうが、函館弁護士会会長の呼びかけでした。


シンポジウム報告

第3分科会のシンポは、日本の生活困窮者は増大の一途をたどっている、相対的貧困率(世帯所得をもとに国民一人ひとりの所得を計算し、順番に並べて真ん中の所得の半分に満たない人の割合)は16%、アメリカに次ぐ高さであり、一人親世帯の相対的貧困率は2011年においては50%である。その一方で、社会保障費削減による餓死、孤独死の増加、経済・生活問題を理由にする自殺者の増加傾向は15年間変わらない状態にあるとの問題提起がありました。この貧困拡大の要因は、第一に、非正規雇用の拡大による不安定・低賃金労働の蔓延にあって、年収200万円以下の民間企業の労働者は、2006年以降、6年連続で1000万人を超え、非正規労働者は、全労働者の38.2%、非正規労働者の賃金水準は、正規労働者の約5割であるとの指摘がありました。また、他方で、労働組合の組織率が2012年時点でわずか17.9%であり、中小零細企業や、非正規労働者層は、事実上未組織状態におかれていることが、このような不安定、低賃金労働が蔓延している原因である。第二として、日本の社会保障制度は、年功序列制度と終身雇用制度に基づく賃金体系を前提とした男性正社員が一家の働き手・支柱であることを前提にして、社会保障制度が本来担うべき役割の多くを企業、地域及び家族の負担と責任に委ねて、出生から生涯を終えるまでの漏れのない社会保障制度の構築を怠ってきた。その結果、いったん収入の低下や失業が生じると社会保障制度によっても、救済されず、根本から生存権を脅かさせている、日本の社会保障制度はセーフティネットとして機能不全に陥っているとの指摘がおこなわれました。熟年離婚の果てに、常習累犯窃盗事件を繰り返す、一流大学卒業の元一流企業社員の国選事件を思い出しました。また、医療に関しては、医療費の自己負担率が増加していること、年金に関しては、国民年金を40年間納付しても、基礎年金額は夫婦とも高齢者世帯が受給する生活保護基準にも及ばないとの指摘がありました。歳を取ったら、資産をはたいて生活保護で暮らした方が得だという話は、到底、容認できないと思われました。また、住宅の確保も、日本では国民の自助努力と位置付けられているために、近時は、家賃負担に耐えられなくなって、ネットカフェ難民や野宿等のホームレス状態に陥る人が後を絶たないとの指摘と、フランスなどでは住宅の問題は、社会保障の中で考えられていることの紹介がありました。フランスでは、犯罪を犯した人の帰住先で頭を悩ますことはないように思えました。

第三として、社会保障費の削減による低所得者層家庭の経済的基盤の脆弱化がもたらされている一方で、公教育が縮小されて教育の私費負担が拡大しているため、経済的理由で、高校中退を余儀なくされたり、大学進学をあきらめたりする子ども、医療を受けられずに心身の健康を悪化させる子ども、家族の中で育つ機会を奪われ貧困に直面させられている子どもが増加しているとの指摘がなされ、親の貧困が子どもの貧困に繋がる「貧困の連鎖」の構造、貧困の再生産が「機会の不平等」を生じさせ、この貧困の連鎖が社会階層の固定化を生じさせているとの指摘がありました。

そして、これらの問題に対する対策として、税と社会保障制度による所得再分配機能の必要性が強調され、所得の再分配は、生存権を保障するなど福祉主義を採用する憲法においては当然に予定されている機能であって、「応能負担の原則」も、憲法第13条、第14条、第25条、第29条などから要請されるが、現状では、所得1億円の人の所得税負担率は28.9%であるのをピークに10億円で23.5%、100億円では16.2%に低下し、所得が高くなるほど納税負担率は軽くなっている。他方、給与所得者の所得税率は、課税所得330万円以下が10%、課税所得330万円超から500万円が20%であり、住民税負担まで考慮すると、所得100億円の人の所得税負担率より、平均的給与所得者の納税負担率が高いとの指摘、所得税の基礎控除(38万円)の引き上げを検討すべきである、資産所得に対する分離課税の所得課税率15%は給与所得に対する課税率より低い、相続税の最高税率は75%だったものが50%となっている、資産所得の分離課税や、減税措置は、応能負担の原則に逆行してきたものであるとの指摘がおこなわれ、海外との比較においても、2007年時点の比較で、スウェーデン、フランスでは社会保障費のGDP比が30%近くであるのに対して、日本では、20%にも達しておらず、社会保障費の中身をみても、欧州諸国と比較すると日本では高齢者関係、医療関係に偏り、家族関係支出、失業関係支出、住宅関係支出の割合が少なく、日本には、所得再分配機能が低く、所得再分配前後のジニ係数の改善度の比較においても、OECD加盟国の中では、最低レベルにある等の指摘がおこなわれました。

以上のような分析の中から、不平等社会の克服の視点として、第一に、貧困を生む要因を排除するために、社会保障制度の整備・充実、労働者の権利の確立及び子どもの貧困対策の必要性の指摘、第二として、社会保障の権利性の確認と社会保障基本法の制定の必要性の指摘、具体的には、医療・年金・介護の各社会保険制度について、社会保険中心主義の社会保険制度から、年金を含めた税財源によるという普遍主義の原則にたった社会保障制度への転換が必要であり、健康で文化的な居住環境で生活することは生存権保障の重要な要素であり、低所得者一般に対する普遍的な家賃補助制度を創設すべきであるとの指摘がありました。第三として、不平等社会を克服するためには、税制においては、応能負担原則に従った適切な課税によって所得再分配機能を発揮させることが必要であり、生活費控除原則は、応能負担の原則の中でも重要なものであり、生活費控除原則を徹底した課税最低限の再検討がなされるべきであるとされ、さらには、応能負担の原則に基づく実質的平等の確保の観点からも、担税力に応じた資産所得課税のあり方、減税措置等の見直しなども含めて再構築等が必要との指摘がありました。第四として、憲法による「租税法律主義」及び「財政民主主義」の規定の指摘があり、税制調査会、財政制度等審議会、規制改革会議、産業競争力検討会議等、税制、社会保障制度、労働法制等を審議する場における政策形成過程の不透明、委員構成の不均衡は、審議過程における情報の公正性を欠き、民主主義の機能不全を招いている。これら重要な政策形成過程における国民の参加が保障される制度が構築されるべきであって、このような観点から、学校教育の場における主権者教育の観点からの法教育の推進の中に、社会保障、税金及び財政等の教育について、国民の権利、民主主義の観点からも、充実化が図られるべきとの指摘がありました。

最後に、日弁連の提言として、税制及び財政に関しても、憲法は租税法律主義及び財政民主主義を採用しているのであるから、今後は、税制、社会保障制度も、人権及び民主主義の観点から調査、研究をおこなって、継続的に提言をおこなうことが宣言されました。特別報告の中で、青山学院大学教授で、実行委員会の委員でもある三木義一先生が、租税法律主義の観点からは、税法を民法と同じように趣旨解釈で救済する裁判所は間違っている、裁判官は、文理に従った解釈をせよと指摘されましたが、この指摘は、行政庁の処分一般にも、応用できるのではないかと思った次第で、裁判官に対する人権教育が必要だとの指摘を思い出した次第でした。この分科会だけでも、一般の方を含めて、700名の参加があったそうです。


人権擁護大会について

10月4日の人権擁護大会当日は、この1年間の日弁連の人権擁護活動について、九弁連推薦の松田幸子副会長から時間がないところで要領良く説明がおこなわれたことや、当会の永尾廣久会員が、恒久平和主義、基本的人権の意義を確認し、「国防軍」の創設に反対する決議案において、分科会の長として、簡潔に要領良く議案説明をされたことをまずは、報告すべきであるでしょう。

当日は、日弁連の決議として、(1)立憲主義の見地から憲法改正発議要件の緩和に反対する決議案、(2)福島第一原子力発電所事故被害の完全救済及び脱原発を求める決議案、(3)恒久平和主義、基本的人権の意義を確認し、「国防軍」の創設に反対する決議案、(4)貧困と格差が拡大する不平等社会の克服を目指す決議案の質疑と採決がおこなわれ、いずれも、活発な意見交換の末、賛成多数で、決議は承認されました。これ以外に、日弁執行部から、いわゆる可視化問題に関する刑事司法制度特別部会に関する報告がおこなわれました。

大会に参加してもっとも印象深かったのは、来賓として最後に挨拶された広島市長の松井一實さんの「私は、憲法の前文が好きです。特に、最後の段落が好きです。市長としては、憲法99条を忘れないようにしています。」という趣旨の言葉でした。この市長さんは、生粋の広島人で、外務省勤務もされた労働官僚であることを後で調べて知りましたが、幼いころから、平和の尊さを教えられた広島の方であるから、「日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ。」と、自然に言うことが出来るし、公務員の職についてからも、「公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ。」と自覚を持たれていることには、うれしくなってしまいました。
若い会員の皆さんは、来年以降の人権擁護大会に是非参加してみてください。何かを感じさせてくれるものがあると思います。

2013年10月 1日

中小企業法律支援センターだより 中小企業のための講演会「中小企業版M&Aのすすめ」及び全国一斉無料法律相談会開催報告

中小企業法律支援センター委員
中 原 幸 治(64期)

平成25年9月12日、福岡市中央区天神の福岡国際ホールにおいて、福岡県事業引継ぎ支援センターとの共催で中小企業経営者を対象とした講演会を開催しました。また、同日、福岡、北九州、筑後、筑豊の各地区(部会)において、中小企業を対象とした無料法律相談会を実施しました。この中小企業経営者を対象とした全国一斉無料法律相談会及びシンポジウムの企画は、日弁連及び全国各弁護士会と連携し、平成19年から毎年行っているものです。

今回は、福岡県事業引継ぎ支援センターの統括責任者で中小企業診断士の河合慶司先生に、「いま考える事業承継−中小企業版M&Aのすすめ−」と題してご講演いただきました。河合先生には、5月24日の当会中小企業法律支援センターの研修合宿において、中小企業への支援実績を踏まえてご講演いただきましたが、参加した会員からは、中小企業からの相談に即時に対応できる大変参考になる内容であったと大好評でした。そこで、中小企業経営者及び中小企業支援に携わる士業に、事業引継ぎ支援センターの活動内容、事業承継対応の基本的情報の提供を行うことが中小企業支援の観点から有益であると判断し、今回、講演を依頼することになったものです。

講演会当日は、平日の午後という貴重な業務時間帯であるにもかかわらず、中小企業経営者を中心に合計67名もの参加者がありました。河合先生からは、統計データを基に、後継者不在を含む事業承継問題が決して個々の企業の問題ではなく、日本の中小企業の多くが抱える社会的な問題であることが示され、企業価値を将来に残すため、積極的な姿勢で事業承継に取り組むことが重要であるとのお話がありました。

講演後の質疑応答では、参加された企業経営者から自社の企業価値をどのように評価するのか、企業価値が買いたたかれることがないのか、などと個別的なご相談に近い具体的なやり取りがなされました。

参加者からのアンケート結果も上々で、「講演内容が役に立った」との評価ばかりでした。事業承継やM&Aは、詳しく説明しようとすればとっつきにくいものになり、逆に深く立ち入らないようにすると形式的な内容になる可能性がある、取扱いが難しいテーマといえますが、具体的な対応策を交えてテンポ良くお話しいただいた河合先生のわかりやすい講演内容が参加者に伝わったとの手応えを感じました。

河合先生には、本企画の意義をご理解いただき、お忙しい中ご講演いただきましたことを、本誌面を借りて御礼申し上げます。また、本企画準備中に、福岡県事業引継ぎ支援センターから、当会との連携をさらに進めていきたいとのご提案をいただきました。当会中小企業法律支援センターにおいて議論のうえ、当会執行部に上程し、検討をお願いしております。今回の講演会が、当会と福岡県事業引継ぎ支援センターとの今後のさらなる連携、福岡県内の中小企業の事業承継支援活動の端緒となることを祈念しております。

無料法律相談会については、例年どおり県内4箇所(福岡、北九州、筑後、筑豊)で開催しましたが、短期間の周知にもかかわらず、あわせて9件もの相談がありました。手弁当で相談をご担当いただいた12名の会員のご協力に御礼申し上げます。

以上が本企画についての報告となりますが、今回の企画に当たっては準備が若干遅れ、弁護士会事務局の皆様及び執行部にご負担をお掛けしたことをお詫び申し上げるとともに、きめ細やかなご配慮をいただきましたことに感謝いたします。

来年度以降も、実効的な中小企業支援に結びつく講演会、法律相談会を継続実施するとともに、今回の反省をふまえてより緻密かつ迅速に準備を行う所存です。

大連訪問報告 ~大連に法律相談センターはなかった

副会長 古 賀 克 重(47期)

7月25日から28日まで大連律士協会(弁護士会)を訪問しましたので、ご報告致します。

1 大連律師協会との交流とは

大連との交流は、1992年、日中法律家協会のメンバーを主体とした福岡県弁護士会訪中団が大連を訪問したのが始まりです。その後も交流を続け、2010年2月、大連から18名を迎え、正式に当会と大連律師協会が交流提携の調印を行うに至りました。それ以来、当会と大連律師会が交互に往訪して国際交流を継続しています。

ちなみに大連律師協会の会員数は2633人、うち女性会員は1077名(42.6%)に達しており、日本よりも女性進出が進んでいるようです。一方において、大連には法律相談センターはなく、弁護士会が会員に事件を提供したり、新人弁護士をトレーニングするという発想はないようでした。

2 初日の卓話会

国際委員会及び新旧執行部から構成される訪問団20名は、7月25日に大連に到着し、そのまま宿泊先のホテルに向かいます。車窓を流れる大連の風景は、近代的なビル群と昔ながらの老朽化した建物が混在する大都市といった趣きでしょうか。

ホテル到着後は、福岡銀行大連支店及び北九州貿易協会大連事務所からもご参加頂き、夕食会兼卓話会が開催され、大連進出企業の動向等をお聞きしました。

3 日系企業・裁判所訪問

翌日は、大連ソフトバンクを訪問し、BPO(ビジネス・プロセス・アウトソーシング)の現場を見学したり、大連市中級人民法院を表敬訪問しました。日本統治時代の旧「関東地方法院」である裁判所1階のホールには、裁判官直筆による達筆の書や写真が飾られており、日本の裁判所よりも開放的な雰囲気です。

残念ながら裁判自体は傍聴できませんでしたが、裁判官との質疑応答が行われました。訪問団から「日本の裁判所では夜遅くまで窓の明かりが消えないが、こちらはどうですか」と質問すると、「中国も全く同じです」と笑顔が返ってきました。

4 大連律師会との法律セミナー

その後、法律セミナーが開催されました。

まず、山口銀行のU氏が、「日系企業が中国で遭遇する様々な問題」と題する講演を行いました。

U氏は、「当局の権限が大きく、担当者を知っているかでかなり違う」、「不渡が出ても当局への罰金のみで取引停止にならない」、「譲ったら負けという意識が強い」、「自社仕入企業を立ち上げ利ザヤを抜くことがある」と率直な感想を述べた上、「郷に入れば郷に従えで理解し合うことが大事。法制度も急速に整備されつつある」と締めくくりました。

また、当会の中村亮介会員が、上海留学経験を生かした流暢な中国語で「従業員の競業禁止」と題する発表も行いました。

セミナー終了後は盛大な懇親会が設けられました。私は、中国語の堪能な国際委員会の先生方に助けられ、大連律士協会の皆さんと懇談を深めることができました。

5 さらに続く国際交流

初めて足を踏み入れた中国本土は、日本との様々な違いを肌感覚で感じる機会になりました。例えば、車が行き交う3~4車線の幹線道路を、老若男女問わず、時間帯を問わず、車線と車線の間に立ち止まりつつ平気で横断していく生命力(?)には何とも驚かされました。

そして何よりも毎年の交流が、着実に実を結んでいることを実感しました。

来年度は大連律士協会から福岡に来られる予定です。興味を覚えた方はぜひ大連律士協会との国際交流を直にご体験下さい。

憲法委員会市民講座 「自衛隊が国防軍に変わるとき」に参加してみて

会 員 西 村 遼(65期)

1 憲法委員会では、日々生起している社会事象について、福岡県民に憲法的視点からの素材を提供し、共に議論していただきたいと考え、市民講座を開催し、問題提起や提言を行ってきました。そして、今年は、安倍政権のもと集団的自衛権行使が認容の方向へシフトしつつある現状を踏まえ、9月6日に、「自衛隊が国防軍に変わるとき」と題し、東京新聞編集委員の半田滋さんをお招きして、市民講座を開催いたしましたので、当日の様子をご報告いたします。

2 まず、半田さんのプロフィールをご紹介しますと、半田さんは、1991年に中日新聞入社後、92年から防衛庁の取材を担当され、現在は、東京新聞論説兼編集委員です。2007年には、「新防人考」で第13回平和・協同ジャーナリスト基金賞(大賞)を受賞され、その問題意識の深さが反響を呼び、現在日本各地で講演依頼が殺到しているそうです。

3 当日は、120名収容の会場がほぼ満席になるくらいの聴講者の方々がお集まりのなか、半田さんの講演が始まりました。

冒頭、半田さんは、スライド写真を利用して、本来、自国防衛が役目であるはずの自衛隊の活動について、海外活動が増えてきている現状を説明されました。スライドには、ソマリア沖で海賊船対策を行っている自衛隊の様子、インド洋で米艦船やパキスタン海軍に無料で燃料供給をしている自衛隊の給油艦の様子、及びP3C対潜哨戒機が、オーストラリアを飛んで訓練している様子など、自衛隊が米国や他の同盟国と軍事一体化が進んでいる事実が映し出されていました。

4 続けて、半田さんは、自衛隊の海外派遣がもたらした影響について説明されました。イラクへ派遣された自衛隊員の自殺率が一般の公務員の5~10倍であること、PKO法における武器使用基準が事実上緩和されたこと、座間基地に中央即応集団が配置されたことなどをご説明されました。また、これまでの自衛隊のPKO活動は、憲法9条の制約のもと、武力行使から距離をおいて、派遣先の人々に喜ばれるような救援活動が中心であった(日本モデルPKOとして、海外からも高い評価を受けていたそうです。)が、憲法9条が改正されて集団的自衛権の行使が容認されてしまうと、自衛隊はアメリカ軍の武力行使を後方から支援することとなり、海外から高く評価されてきたこれまでの活動とは一変してしまうおそれがあるとの指摘もありました。最近、自衛官を志す若者の中には、自衛隊の海外支援や災害救助の活躍に憧れをもって入隊してくる者も少なくないそうですが、自民党の改憲はこのような若者の夢や希望までをも奪ってしまいかねないと感じました。

5 加えて、安倍政権が法律を改正することで、憲法解釈を変え、実質的に憲法改正を行おうとしている筋道についても、国家安全保障基本法案や秘密保全法の話を交えながらご説明いただきました。

講演終了後には、聴講者から10以上の質問が寄せられ、今回の講演のテーマに対する市民の関心の高さがうかがわれました。

6 半田さんは、終始、軽快な語り口で、話の内容も非常に興味深くかつ鋭い問題意識を提起してくださいましたので、講演のときにはよく居眠りをしてしまう私も、半田さんの話に聞き入っていました。

今回、半田さんのお話をお聞きして、日本国憲法の中核である第9条の解釈が今まさに変えられようとしている事の重大さをきちんと認識し、一国民としてこの問題にきちんと向き合わなければならないと感じました。

7 講演会後は、会場近くの「博多窯山」という居酒屋で、半田さんも交えて懇親会を行い、会場では聞くことができなかったお話を、ざっくばらんな語り口で、聞くこともできました。

「労働の規制緩和が日本を壊す!?」 シンポジウムのご報告

会 員 國 府 朋 江(65期)

平成25年8月30日(金)に、「労働の規制緩和が日本を壊す!?」というシンポジウムが行われましたので、ご報告いたします。


1 基調講演

まず、早稲田大学の遠藤美奈教授(専攻は憲法)から憲法25条と労働の規制緩和というタイトルの基調講演がありました。

憲法25条は、社会保障諸給付の水準・内容、所得税の課税最低限等を画する権利としての規律であるとともに、26条以下の社会権規定の総則です。したがって、憲法の労働権規定を通じて、「健康で文化的な最低限度の生活」が労働生活においても実現されなければなりません。

生存権は、「健康で文化的な最低限度の生活」を確保することを規定しているにも関わらず、貧困率の高さや生活意識別世帯割合において「大変苦しい」「苦しい」と答えた人が合計6割に上る現代においては、逆に「生存」に足りる程度にまで、生活が切り詰められているという課題があります。

非正規社員や派遣労働が増加している中で、今後は、労働者の生命・健康のより手厚い保護、意に反する非正規就労の極小化を目指し、学者と弁護士が協同することにより、政策への憲法的価値の反映と訴訟の可能性の検討を行う必要がある、として基調講演は締めくくられました。


2 パネルディスカッション

パネルディスカッションは、遠藤先生、九州大学の笠木映里准教授(専攻は社会保障法)、自治労福岡県本部の黒岩正治さんをパネラー、井下顕弁護士をコーディネーターとして行われました。

笠木先生からは、90年代半ばからの規制改革によって、非正規労働者が増加し、ワーキングプアの問題や、労働者の二極化の問題が生じてきたが、日本では、職場の人間関係・コミュニケーション構築が容易でないことから、メンタルの問題や、セクハラ・パワハラ問題が顕在化してきたこと、日本の雇用制度がこれまで社会保障制度の不十分さを補ってきたが、非正規労働者の増加に伴い、問題が露呈したといった影響が生じたという点が指摘されました。更に、比較法的な観点から、フランスでは、職場の人間関係については、安全衛生委員会という職場の中にある機関が大きな権限を持っており、従業員代表として問題のある職場環境については使用者に対して権限を行使していることや、EUでは「フレキシキュリティ政策」という政策が実行されており、規制緩和によって柔軟な労働市場が実現されているけれど、手厚い失業補償と積極的労働市場政策(教育訓練等)により、労働者が労働市場に戻ることが容易になっている、ということが報告されました。

黒岩さんからは、公務員バッシングがあるが、現場の公務員は、自治体による予算の使い道について知らされないままに、公務員の給料だけが取り出されてバッシングされているように思う、生活保護担当の職員は、行政の側の人間として、対応を厳しくしなければならないが、目の前にいるのは市民であるという板挟みから、メンタルな問題で休職・入院する人が5%程度いること、貧困層を減少させ、地域経済を活性化させるためにも、公契約条例の制定が必要とされていること、といった、現場の実情が報告されました。


3 まとめ

このシンポジウムでは、労働環境の現状、生活保護制度の現状を確認した上で、今後、憲法25条が労働生活においても具体化された社会を築くために、何ができるのかということが、憲法の理念、諸外国の制度、公務員の視点から、多角的に検討され、とても内容の凝縮されたもので、とても勉強になりました。講師・パネリストの先生方、ありがとうございました。

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