福岡県弁護士会コラム(会内広報誌「月報」より)

月報記事

司法修習生に対する給費の実現と司法修習の充実について考える集い 挨拶

公益社団法人 日本医師会 会長 横 倉 義 武

本日はこのように国の司法制度の根幹に関わる重要な問題を考える集いにお声がけをいただき、誠にありがとうございます。私ども、日本医師会は、国民の生命と健康を預かる医師の専門学術団体であり、その代表として一言ご挨拶をさせていただきます。

私ども医師は、法律家、聖職者と並び、欧米ではオールド・プロフェッションとして認識され、その職務の専門性ゆえに、きわめて高い職業倫理とそれに基づく自律的な自浄機能を備えることが、当然に求められて参りました。その伝統はわが国においても同様であり、特に弁護士業務に関しては、日本弁護士連合会以下、全国の単位会を中心とした厳格な懲戒制度が運営されているとお聞きしております。細かい形式は異なりますが、私どもの医師会においても同様な取り組みを進めております。こうした活動は、専門職業に対する国民からの信頼を確固たるものとするうえでも、きわめて重要な活動であると認識しております。

このように高度な専門的な業務を担い、かつ自律的な職能集団を形成するためには、まずもってその構成員たるプロフェッションが誇りをもって仕事に打ち込める環境、特に経済的な裏付けが保証されていることが必要であります。今回、司法修習生に対する経済支援が貸与制となり、若き法律家の皆さん、あるいは永年努力を重ねて社会正義の実現をめざし司法試験に合格された皆さんが、この貸与資金の返済に追われなければならないという実態は一刻も早く解消し、給費制に戻すことが必要と考えます。また、そのような事態を予想して、将来有望な志願者の方々が早々に法曹への道を諦めてしまうという状況があるとすれば、それは明らかに国家にとっての損失というべきであります。

私ども医師は、日頃、法曹のお仕事とは必ずしも近い所にいるものではございませんが、等しく国民のかけがえのない財産である「人権」と「生命・健康」を守るという共通の使命をもった職能集団として、一言見解を述べさせていただきました。
本日の集会が実りあるものとなることをお祈りいたします。

平成26年1月30日
代読 副会長 今 村   聡

給費制本部だより ~1.30院内集会のご報告~

会 員 清 田 美 喜(66期)

1.はじめに

去る1月30日、衆議院第二議員会館において、日弁連とビギナーズネット等との共催により、司法修習生に対する給費の実現と司法修習の充実に関する院内集会が行われました。

今回、給費制本部本部長代行の市丸信敏先生、同本部委員の髙木士郎先生と共に、高平奇恵先生の代理として、院内集会、日弁連での会議に出席し、福岡選出の議員との面談にも同席させていただきました。

登録したての新人にこのような機会を与えていただいたことに感謝しつつ、会員の先生方にご報告を申し上げます。

2.院内集会

院内集会には、衆参両院から62名(本人出席22名、代理出席40名)の議員が参加され、うち福岡県選出の議員は8名(本人出席4名、代理出席4名)の方が駆けつけてくださいました。また来賓として、日本医師会、日本公認会計士協会、環境に関する活動をされている市民団体からのご出席をいただくことができました。

挨拶をされた15名の国会議員の方全員が、若手法曹がスタート時点で多額の借金を背負っていることを問題視され、修習生への給費の復活ないし経済的支援を検討すべきであると発言されました。また多くの方が、議員立法で進めるべきであるとか、超党派で取り組むべきであるといった点にまで言及されていました。

中でも注目を集めたのは、自民党の保岡興治衆議院議員のご発言です。法務大臣経験者であり、司法制度改革を主導して来られた保岡議員は、従来は給費制の復活に反対の立場でした。しかし今回、修習生の地位を明確化して経済的支援をする必要がある、旅費や移転費の支給、入寮者数の増加、兼業禁止の緩和といった現在の対策では足りないと明言され、今後の議論に大きく影響を与える可能性があると感じられました。

来賓の方々からは、若手法曹が貸与金の返済に追われる事態を一刻も早く解消し、給費制に戻すべきであるというお言葉をいただきました。

日本医師会の横倉会長の代理として出席して頂いた今村副会長からは、国民のための高度の専門職としてのプロフェッションにとっては誇りをもって仕事に打ち込める環境、とくに経済的な裏付けが必要であり、経済的理由で若い人が法曹への道を諦めてしまうことは国家的損失であるとして、給費制復活を支持する意見を表明して頂きました(本月報にメッセージの全文を掲載させていただいておりますので、どうぞご覧ください)。日本公認会計士協会の山田副会長からは、当初は構成員の中から、修習生だけが給付を受けられるのは不公平であるという反対の声が上がったものの、会計士も法曹も同じ社会のインフラであって、その養成制度は若い人が目指すに足るようなものでなければならないとの共通認識を形成するに至り、団体署名に賛同したという経緯のご紹介がありました。意見対立を越えて支援を表明してくださったことに、感動を覚えました。

当事者である新65期、第66期の弁護士も、貸与制が修習や弁護士活動に及ぼす影響について実感を語り、一時間の予定の集会が一時間半に及んだにもかかわらず、最後まで多くの方が熱心に耳を傾けてくださいました。

このように、立場も、またときには意見も異にする多くの方々が、若手法曹の現状を問題であると捉え、その解決に向けて支援してくださっていること、その輪が目に見えて広がっていることを実感することのできた院内集会であったと思います。

当会会員の先生方の温かなご協力により、福岡県内各地からも多数の団体のご賛同をいただいております。今後ともご協力のほど、どうぞよろしくお願いいたします。

3.国会議員との面談

院内集会に先立ち、議員会館に国会議員を訪ね、面談をお願いしました。井上貴博衆議院議員(自民)はご本人とお話をすることができ、ご多忙中にもかかわらず30分ほど時間をとっていただきました。井上議員は、経済的に困窮した法曹が増加すると、反社会的勢力に取り込まれてしまうのではないかという危機感を持っておられ、私に貸与制下での修習について尋ねるなど、熱心に話を聞いてくださいました。

その他にも、麻生太郎衆議院議員を始めとする議員の方々を訪ね、政策秘書の方とお話をさせていただくことができました。

4.終わりに

これまで給費制存続のために尽力してこられた先輩方から、この問題は岩盤が固い、なかなか局面が変わらないという声を聞いてきました。しかし、今回初めて議員面談と院内集会に参加した私の目から見ても、議員の関心や、他の団体の賛同の声はこれまでになく高まっていることが感じられました。

これも、当会会員の先生方を始めとする先輩方が、我々若手法曹のおかれた窮状を理解し、法曹界の将来を憂いて、給費の実現のためにお力を貸してくださってきたおかげであると思います。
心より感謝を申し上げるとともに、引き続きのご支援をお願いして、私のご報告とさせていただきます。

あさかぜ基金だより

会 員 西 村 幸太郎(66期)

私の所属するあさかぜ基金法律事務所(以下では「当事務所」とさせて頂きます)は、法の支配を国民的に浸透させるという司法制度改革の趣旨に則り、弁護士過疎地にもあまねく法的サービスを行き届かせるため、弁護士過疎地での活躍を志す弁護士を養成する事務所です。2月1日に久留米で行われた「支部交流会」にお誘いを受けたのですが、当事務所のOB・OGも多数参加しており、弁護士過疎問題について当事務所の果たしている役割は大きいと感じました。

当事務所は、(1)(出張を含め)法律相談業務が多い、(2)そこから受任に至った事件(離婚や債務整理が多いように思います)が一定数ある、(3)事務所外の先生方からの紹介や共同受任という形で、様々な事件を経験させて頂いている、(4)純粋な業務の他に、月次会議、あさかぜ事務所会議、あさかぜ委員会などを通して、事務所運営のあり方についても考え、学ぶことができている、といった特徴のある事務所ではないかと感じております。もちろん、(5)既に過疎地に赴任された先輩方からの引き継ぎ事件もございますし、(6)私が弁護士登録してからの短い期間に、飛び込みで「相談したい」という連絡があり、受任にまで至るというケースも比較的多かったように思います。
以下では、上記(1)ないし(6)のいくつかについて、もう少し突っ込んでご紹介します。

(1)(6)法律相談について。記憶に新しい新人必修の集合研修では、「法律相談は全ての基本」と教えて頂きました。実際、短時間で的確に事案を把握し、次につなげるだけの法的アドバイスを適切に行うのは難しく、日々試行錯誤しております。過疎地赴任後は特に、どんな相談がこようとある程度の方向性を示すことのできる能力が絶対に必要ですので、赴任後も見据えて、1つ1つの相談に全力で向き合っていきたいと思っています。
(3)紹介・共同受任事件について。交通事故事件で、後遺障害認定の等級を争う異議申立ての事案がありますが、脳神経外科学の知見が必要で、現在、必死で勉強しております。大変ですが、弁護士がやらなければならないことの幅広さを実感させられました。
また、共有物分割事件について紹介を受け、私も関わらせて頂いております。現在積極的に活用することがすすめられている「早期事案説明期日」を経験できるなど、とても興味深い事件です。
この他にも、様々な先生のご協力のもとで、日々勉強させて頂いております。感謝の心を忘れず、事件については全力で取り組む所存でございます。
(4)あさかぜ事務所に関する各種会議について。当事務所の運営を考える会議では、「経営」のために気をつけなければならないことのレクチャーも受けながら、当事務所が存在する意義とは何かという根本まで遡って様々な議論を行っています。当事務所に関わる先生方が真剣に議論して下さっている様を見ていると、私も、事務所のあり方を真剣に考えるとともに、益々精進しなければと決意を新たにすることができます。

去る平成25年12月19日に弁護士登録し、瞬く間に時間が過ぎていっておりますが、今回、私なりに当事務所の特徴を、紹介させて頂きました。当事務所は、たくさんの人に支えられて成り立っております。今後とも、ご支援ご協力をお願いするとともに、月報の場ではございますが、この場を借りて感謝の意を示させて頂きます。

2014年2月 1日

「転ばぬ先の杖」(第2回)

会 員 八 尋 光 良(54期)

1 月報平成26年1月号より、この弁護士会の月報が弁護士である会員のみならず、市民の方の目に触れる機会が増加してきたことから、対外広報という側面を強化すべく、「弁護士が付いていれば、大事に至らなかった」「当初、弁護士に相談していなかったので、大変なことになった」という事案をご紹介することで、弁護士の必要性を考えていただくコラムを掲載することになりました。

田邊俊先生(53期)にご執筆いただきました第1回に続き、広報委員会副委員長である私が執筆させていただきます。

本コラムでは「事案」をご紹介するということですが、私は弁護士登録して10年と少しの間バタバタ走ってばかりなので、ご依頼いただいたそれぞれの事件の取っ掛かりがどんなものだったかしっかりと記憶できているものの数が少なく、田邊先生のように1つの事案について具体的かつ詳細にご紹介することができません。

そこで、ごく一般的なことをご紹介することとせざるを得ませんことをご容赦ください。

2 さて、最近もご相談を受けて、「1つ大きな問題があります。」と回答差し上げたのが、売掛金の時効の問題でした。

「うちは請求書をずっと送り続けているので、売掛債権は時効にかかっていませんよね。」と相談してこられる方が私の経験上多くおられます。たしかに、請求書の送付(「催告」)は、6か月以内に裁判上の請求等の手続を行えば、債権の消滅時効の進行がストップする、時効中断の効力を生じさせるのですが、逆に言えば、6か月以内にそのような手続を行わなければ時効中断の効力は発生せず、何回請求書を送付しようとも時効が完成してしまいます。

そして、債権の消滅時効期間については民法や商法で規定されていますが、例えば、工事の設計、施工又は管理を業とする者の工事に関する債権は3年間、卸売や小売商人が売却した商品の代金は2年間、運送賃に係る債権は1年間など、債権の発生原因ないし種類に応じて極めて短い消滅時効期間が定められているものもあります。1年や2年という期間は、債権の存否に関して相手方と争っているような場合にはすぐに過ぎ去ってしまう短い期間であると言えると思います。

もしも、もっと早く弁護士にご相談いただいていたら、債権の消滅時効期間が経過する前に確定的に時効中断の効果が発生するよう、裁判上の請求(平たく言えば、裁判所に訴えを提起することです。)を行ったり、売掛の相手方の承認を得るなどの手段を取ることができたはずです。時効は、時間の経過により、0か100かの効果の違いをもたらすものですので、日常的に弁護士に相談いただき、適切な手段を取れるようにしておくことが債権回収の大きな落とし穴に落ちることのないようにするための「転ばぬ先の杖」になると思われます。そして弁護士に日常的に気軽に相談できる状況を作り出すには、弁護士と顧問契約をしていただくのが最適です。お客様の状況に応じて柔軟な対応ができるはずですので、遠慮なくお知り合いの弁護士にご相談いただきたいと思います。

3 なお、売掛金の請求権が消滅時効にかかってしまったと思われる場合でも、相手方が時効を援用(主張)する前に、時効の利益を放棄した場合には、以降時効を援用することはできなくなるなど、債権回収の途が完全に消滅することにはなりません。そこで、このような場合にも躊躇せず弁護士に相談されますようお願い致します。

「難民に関する研修会」開催のご報告

会 員 岡 部 信 政(61期)

平成25年12月9日(月)午後5時より、福岡県弁護士会館にて「難民に関する研修会」が行われましたので、ご報告します。この研修会は、UNHCR(国連難民高等弁務官事務所)からの委託を受けた日弁連との共催によるものです。福岡では昨年に続いての開催です。講師は、関聡介先生(東京弁護士会)にお越し頂きました。

実は、福岡では現在、20名の弁護士でネパール難民弁護団を組織して、9名のネパール人難民申請者を支援しています。彼らは一時期大村入管に収容されていましたが、現在仮放免(長崎県弁の先生方のご尽力がありました)され、全員が東海地区に居住しています。そして難民不認定処分につき異議申立手続き中であり、審尋(名古屋入管で!)が行われつつあります。こうした状況をふまえて応用的、実務的な内容を中心にしつつ、初心者にも分かりやすいものとなるよう、お願いをしていました。

当日は、弁護団以外からも、長崎から参加頂くなど20名程度の参加者がありました。「難民」とは何か?という基本的な問題から(ただし、論点が多く含まれています)、難民申請手続(一次・異議)における弁護活動での留意点、訴訟における諸問題など、充実した資料と、経験に基づいた講義をしていただきました。訴訟はともかく、口頭意見陳述や審尋手続きについて経験が少ない我々は、それこそ「何を聞かれるのか」「何分話す機会を与えられるのか」といったつまらないことが気になっていましたので、関先生の講義を経て不安感はかなり払拭できたように思います。

日本での行政手続での難民認定率(平成23年)は一時手続・異議手続をあわせて1.5%であり、欧米諸国はいざ知らず、韓国の12%と比較しても「異常」と評価してよい状況です。しかも、難民参与員制度がとられている異議手続において、参与員が難民該当性を認めたにも関わらず法務大臣がその判断を覆すなど、制度が骨抜きにされている問題が報道されてもいます。申請者が増大して手続が滞留し、最終判断に数年かかることもあり、その地位は非常に不安定です。人権保障、手続保障のために弁護士が積極的に関与していくことが求められている分野です。

福岡入管を抱える当会としても、このような研修を通じて、難民事件に対応可能な弁護士を増やしていく必要があるでしょう。
さて、研修後には某有名もつ鍋店にて懇親会が行われました。忘年会の季節、地元の人間は食べ飽きた(?)感もありますが、楽しく情報交換をさせて頂きました。講師の先生もたっぷり堪能されたことと思います。

あさかぜ基金だより ~いぶすきだより~

会 員 城 石 恵 理(63期)

ご無沙汰しております。私は、弁護士登録から1年9ヶ月余り弁護士法人あさかぜ基金法律事務所に所属した後、平成24年10月に鹿児島県指宿市の法テラス指宿法律事務所に赴任しました。今回紙面をいただき、指宿の様子を簡単にご報告したいと思います。

1 指宿市は、地図で見て鹿児島県左側、薩摩半島の南端に位置し、市内に指宿簡易裁判所・鹿児島家庭裁判所指宿出張所がある、人口4万3231人(平成25年12月1日現在、以下同じ)の都市です。事務所から車で約1時間のところにある鹿児島地方・家庭裁判所知覧支部の管内であり、南九州市(中心部に知覧町があり、そこに裁判所があります。人口3万7205人)・南さつま市(人口3万6598人)・枕崎市(人口2万2685人)との計4市が同裁判所管轄地域となります。
同管内の常駐弁護士数は私を含めて3名、その他に非常駐の鹿児島市内の法律事務所の支所と、任期付公務員の弁護士がいます。指宿市内には他に弁護士がいないため、一般事件の相談・受任をすることができ、最近では、受任事件の約半分ほどが家事事件です。週に数件相談があり、弁護士としての経験不足を補うため、あさかぜで見聞した様々な先輩弁護士の法的考え方や依頼者との接し方を折に触れて思い出し、参考にさせていただいています。
同管内の刑事事件は、福岡と比較してかなり少なく、かつ鹿児島市内の弁護士が多数国選名簿に登録しているため、実は来鹿してからまだ1件も刑事国選・当番は経験していません。事務所の一般相談で、示談金の額についての相談を受けたり、在宅の窃盗事件の示談について依頼を受けることは数回あり、国選・当番対象外の事件等につき地域の法律事務所として補完的な役割を果たすニーズがあると考えています。

2 枕崎市・南さつま市までは、車で約1時間半はかかり、そこから相談に来所されたり、出張相談で出かけることもあります。同管内の4市のうち、枕崎市を除く3市は鹿児島市に隣接していますが、鹿児島市内までは遠い、高齢で行けないなど難色を示す相談者もおり、司法サービスへのアクセスが困難な地域・相談者層があることを実感します。司法過疎の完全な解消には、もう少し管内の弁護士数増加が必要であると感じることもあります。一方で、所得水準や裁判所等への距離など、これまで司法過疎となってきた理由の一端は明らかであり、難しい問題です。
また、独居高齢者の認知症等が原因の近隣トラブル相談や、高齢化した親の相続に関する相談など、当事者の判断能力に疑問を持たざるを得ない類型の相談もあり、受任には大変気を使います。離婚訴訟や相続など、未経験の相談や手続きも多く、赴任当初から現在まで、あさかぜ時代の指導担当弁護士や先輩弁護士にメールや電話をして助言をいただくこともたびたびあり、非常に心強く、ありがたく思っています。
私自身、鹿児島は初めてなのですが、あさかぜ時代の九州沖縄の協議会や開所式等に参加したり、あさかぜ委員会自体で他県の先輩弁護士と顔を合わせる機会があったことで、赴任する際も各地への親近感という点でも違いがあり、九弁連で養成した弁護士を九州・沖縄の各地へ赴任させるというあさかぜの理念は、地域への愛着という点でも意味のあることだと感じています。

3 南薩地域は、日本百名山の一つである開聞岳や錦江湾、桜島など、裁判所の行き帰りに素晴らしい景色を目にすることができます。砂蒸し温泉や新鮮な食べ物、町ごとに異なる焼酎も楽しめます。当初は恐る恐るだった車の運転にも慣れ、気分転換にドライブをすることも多いです。
しかしながら、司法サービスという点に目を移すと、司法過疎ならではの問題があり、養成を受けて赴任をするという制度も現時点ではまだ必要なものではないかと思います。特に、九州で養成されること、また多くの先輩弁護士に関わっていただくことが、赴任後、実務上も心理的にも非常に助けになると感じています。九州・沖縄の司法過疎が解消するまで、これからもあさかぜで弁護士を養成し赴任していくことは、決して無駄ではないと思いますので、今後とも、あさかぜ基金法律事務所をどうぞよろしくお願い致します。また、南薩地域の事件がございましたら、是非ご紹介ください。

給費制本部だより 給費制が問いかけるもの ~法曹は誰のものか~

司法修習費用給費制復活緊急対策本部 本部長代行
市 丸 信 敏(35期)

司法修習第66期生ほか新入会員の皆さん、ようこそ福岡県弁護士会にご入会を頂きました。本稿では、皆さんに司法修習生の給費制の復活のための運動についてご理解と今後のご協力を頂きたく筆を執りました。(なお、最近の運動や動きの詳細については、昨年5月以降の毎月の月報「給費制本部だより」をご参照下さい。)

1 給費制運動の系譜

福岡県弁護士会では、とりわけこの4年来、司法修習生の給費制の存続・復活のための運動に大変な力を注いで来ています。もちろん、日弁連や全国の弁護士会とも連携した運動としてです。

今次の司法改革の結果、司法試験合格者の大幅増員、多額の司法改革関連予算の支出などの理由によって、日弁連の反対にも拘わらず、平成16年に給費制廃止・貸与制への移行が決められました。本来は平成22年11月(新64期生)から貸与制となるはずでしたが、平成22年度における日弁連や全国弁護士会の熱烈な存続運動の結果、暫定的に貸与制実施を1年先送りし、その間に修習生の経済的支援問題を再検討すべしとする成果(議員立法による裁判所法一部改正)を得ました。

しかし、その翌春に発生した東日本大震災という特殊事情もたぶんに影響したと考えられますが、平成23年8月には、「法曹の養成に関するフォーラム」(H23.5~H24.5)において、給費制の存続を主張する日弁連はほとんど孤立したに等しい状況で貸与制を是認する意見が圧倒し、ついに同年11月(新65期生)から貸与制が実施されてしまった次第です。すでに貸与制のもとでの修習生は3期目を迎えています。

しかし、日弁連や全国の弁護士会はなお諦めず、フォーラム後継組織としての「法曹養成制度検討会議」(H24.8~H25.6)では、経済的理由によって法曹への道を断念する人が少なからず生じるなどの不都合が現に露わになってきていること、貸与制の下で修習生は過酷な経済生活を余儀なくされていること等々を、修習生アンケート結果その他のデータで訴えるなど懸命の巻き返しを図りました。その結果、給費制を支持する数名の有識者意見を引き出すほか、従前の貸与制是認の有識者委員からも、この(貸与制)ままではいけない、修習生に対するさらなる経済的支援が検討されるべき、との多くの声を引き出すことができました。ただ、残念ながら、検討会議のとりまとめにおける具体的方策としては、67期生から、移転料の支給、集合修習時の入寮の保障、修習専念義務の緩和(アルバイトの部分的容認)が実施されることになったなど、期待はずれに止まっていることもご承知の通りです(アルバイトの容認は本末転倒であると、日弁連は安易な専念義務の緩和に反対しています)。

2 給費制運動の展望

給費制については、あれほど力を入れて全国運動を展開し、その後2度にわたる政府審議会での検討の機会がありながら、やっぱり給費制の存続(復活)は無理だったか、とすでに諦めておられる会員も少なくないように感じます。しかし、まだまだ簡単に諦める訳には参りません。なぜなら、

(1) 検討会議では、佐々木毅座長自ら、後継の新たな検討体制で経済的支援問題を引き続き検討するように要望するとの発言を特別に残されたことからも伺えますが、上記の微々たる3点の措置も、法改正の手当をせずとも可能な応急的措置として講じるものであると理解されているのです。つまり、経済的支援の問題は後継の新たな検討組織での引き続きの検討課題であることが検討会議委員の共通認識とされ、その取りまとめでも、司法修習の充実方策を検討する上で必要に応じて修習生の地位のあり方やその関連措置を検討すべきことが明記されています。

(2) 確かに、国家財政の危機的状況の下で依然として財務省の壁は厚く高く、新たな検討組織である内閣官房の「法曹養成制度改革推進室」(H25.9~)でも官僚側の抵抗は根強く、また法曹養成制度の改革について解決が先送りされ推進室で取り組む課題も多く、修習生の経済的支援問題を俎上に載せること自体が簡単ではない現状です。しかし、推進室に対して意見を述べる立場の「法曹養成制度改革顧問会議」では、給費制復活の意見が出るほか、修習生の経済的支援問題を引き続き検討するという点では意見が一致しています。この問題は、司法修習の充実方策、法曹人口(司法試験合格人数)の見直し問題、法科大学院制度の改革問題など、目下、具体的方策が検討されつつある法曹養成制度改革の各論点とも密接な関係を有しており、今後、それらとの相互関係で貸与制の見直しが図られる余地が残されています。

(3) もっとも、すでに若者の法曹離れは著しく、その大きな原因の一つに過重な経済的負担問題がある以上、修習生に対する経済的支援問題の解決は急がなくてはなりません。その意味で、一昨年政権与党に復帰した自民党と公明党に、それぞれこの問題について積極意見が少なくなく、かつ、ダイナミックに早期の解決を期していることは追い風とも言えます。自民党(司法制度調査会)は、昨年6月の中間提言で、給費制については賛否両論があるとしつつも、司法修習の位置づけや修習生の地位のあり方を再検討し、修習生の過度な負担の軽減、経済的支援のあり方について早急に対策を講ずべきとして、政府や最高裁に対して6ヶ月以内の検討・報告を求めました。そのうえで、昨年11月には、政府の検討が不十分であると指摘したうえ、本年3月頃にも同党司法制度調査会の最終提言をとりまとめるとしています。公明党も、少なくとも研修医に準じた経済的支援が必要で、公務員の研修日額旅費制度に準じて給付をすべきとの考え方です。これら与党の動きや考え方は、当然、推進室や顧問会議などにも少しずつ影響を及ぼしつつあるように伺えます。

(4) 以上のような次第ですから、決して、諦めないで下さい。まだまだ巻き返しのチャンスはあります。以上の情勢に鑑みると、むしろ今こそ頑張り時と言えます。国会議員にも、与野党を問わず、給費制の意義を理解し、熱心に支援してくれている人は沢山おり、また、仮に賛同的ではない議員にも繰り返し要請し意義を伝えることで徐々に理解者は増えています。肝心の私たちが諦めてしまっては、何にもなりません。情熱と気概を持って、正しいことのためには粘りに粘る、との強い気持ちで取り組みを続け、政府や推進室・顧問会議に、また、国会議員にと、声を届け続けなければなりません。

3 給費制運動の根源で問われていること

この4年間、当会の歴代執行部と給費制本部は、会員の皆さんともども、街頭に立ってマイクを持ち、ビラ配り・署名集めを続け、市民集会・パレードを繰り返す等して、この問題の重要性を訴え、市民の皆さんの理解・支持をお願いしてきました。国会議員や諸団体に対しても、幾度も要請活動を繰り返して来て、今も続けています。国(財務省)の、「もはや国民的理解が得られない」との理屈が正しくないことを、圧倒的な国民的支持の広がりをもって示さなければなりません。

ですが、実際、運動の中で、市民の皆さんからよく尋ねられることに「どうして修習生は給与を貰える(貰えていた)のですか。資格はたくさんあるのに、修習生が特別扱いを受けるのはどうしてなのですか。」との素朴な問いかけがあります。市民の方と話すとき、正直、そこの説明が一番難しく感じるところですが、さて、皆さんなら、どのようにお答えになりますか。

私自身は、嬉しいことに、この運動を通じて、当会は、多くの先達を含む会員諸氏による熱心な会務活動、幅広い公益活動の歴史と日頃の弁護士業務のあり方によって、広く市民からの理解、支持を得ることができていることを実感することができました。ただ、残念なことに、当会ではこのところ大型不祥事も相次ぎ、手厳しい批判に晒され、信頼が揺らぎました。今後、会員数はいよいよ増大して、業務のビジネス傾斜的傾向は一層顕著になることが避けられないでしょう。

私たちは、これからもずっと市民の皆さんからの信頼と支持を寄せ続けて頂き、この給費制の復活を実現させるためには、不断に、どのようにあらねばならないのでしょうか。

ともに頑張って参りましょう。

2014年1月 1日

「転ばぬ先の杖」

広報委員会委員長
田 邊   俊(53期)

1 はじめに

福岡県弁護士会の月報は、昨年、500号という節目を迎えましたが、当初は純然たる会内広報誌という性格を有していました。しかしながら、その性格も徐々に変化しており、現在では、会員の各弁護士や弁護士会以外に、記者クラブ、県立図書館、地方自治体等の外部にも配布されるようになり、市民の目に触れる機会も増加して来ました。

そのような観点から、橋本執行部より、月報における対外広報という側面も強化されるべきではないかという意見が出され、広報委員会としても、対外広報の意味合いを有する連載記事を掲載することの検討を始めました。もっとも、対外広報とは言っても、月報は会内広報誌という性格も有するため、弁護士の自慢話と捉えられる記事を掲載することには躊躇を覚えざるを得ません。

そこで、この平成26年1月号から、実験的に、「弁護士が付いていれば、大事に至らなかった」、「当初、弁護士に相談していなかったので、大変なことになった」という事案をご紹介することで、弁護士の必要性ということを考えていただくコラムを掲載したいと考えております。題して、「転ばぬ先の杖」という連載記事ですが、第1回は、責任上(?)、私からはじめさせて頂きます。


2 事案

甲社は、上場企業の子会社で、機械販売を主たる業務とする株式会社であり、乙社は、福岡県に本拠を持つゼネコンでした。

乙社は、甲社の代理人Aとの間で、甲社がBより発注を受ける予定であった老健マンションの建設工事につき、乙社が甲社の下請けとなることにつき協議を重ね、その後、乙社の代表者らは、甲社の親会社である丙社を訪問し、応接室にて、甲社の専務取締役らの社員の面前で、Aに対し、乙社の記名押印済みの請負契約書(契約金額15億円)を手交しましたが、当日は、甲社の専務取締役の呼びかけで会食をしたのみで、その後、乙社は甲社の専務取締役名で記名押印された請負契約書をAから受領しました。

さらに、乙社はJ社との間で金12億円にて請負契約(孫請契約)を締結して建設に着手しましたが、地鎮祭には甲社の専務取締役らの社員が出席し、乙社は、毎月、甲社に対して、工事報告書を送付し、甲社の専務取締役、部長らも、工事期間中に工事現場を訪問していました。そして、本件マンションが完工し、乙社が、甲社に対して、引き渡しを行おうとしたところ、今まで甲社の専務取締役が関与していたにも拘わらず、「甲社は契約を締結していない」と拒否されたことから、契約の履行を求めて、乙社が、私の事務所へ相談に来られました。

その後も、甲社は、「専務取締役には代表権限がない。」、「契約書に押印された印鑑は、正式な社印ではなく、専務の私印である。」、「そもそも、Aへ代理権を授与した契約書も偽造されたものである。」、「地鎮祭に甲社の専務取締役が出席したのは、Aから頼まれたからに過ぎない。」等と主張をして本件マンションの引取りを拒んだ上に、注文者であるBにも支払能力がなかったことから、乙社は、J社への請負代金の支払いに窮することとなり、メインバンクに融資を求めたものの、メインバンクは、本件で乙社が多額の負債を抱えることを畏れて融資を拒否したことから、民事再生を申し立てざるを得なくなり、結局、自己破産に追い込まれることとなりました。

破産手続において、私が管財人より委任を受けて、甲社に対する損害賠償訴訟を提起し、過失相殺の結果、5億円の認容判決が出され、甲社が支払ったものの、お金は乙社の債権者に配当されたのみで、乙社はその50年の歴史にピリオドを打つことになりました。


3 結語

この不可思議な事件の背景には、甲社内における社長派と専務派の派閥抗争が存在し、新規事業で勢力拡大を図った専務派が社長派に敗れたこと、さらに、事業としての採算性に疑問の目が向けられたことから、甲社が本件マンションの引取りを拒んだのではないかと推測しています。

この事案において、もし、契約締結の段階において、弁護士に対して、「専務取締役との契約締結で法的な問題がないのか?」という相談がなされていれば、弁護士としては、「代表権限の確認が必要である」、「印鑑登録証明書での確認が不可欠である」との法的助言を与えたことは確実ですので、乙社が50年もの歴史にピリオドを打つことは避けられたはずであり、そのことが今でも悔やまれてなりません。

現在では、予防法務の重要性が叫ばれていますが、私は、予防法務という言葉を聞くと、本件を必ず思い出しますし、このような事案こそ、弁護士が転ばぬ先の杖であることを雄弁に物語るものだと感じています。

あさかぜ基金だより ~KBCラジオ「ひまわり号」出演記~

弁護士法人あさかぜ基金法律事務所 弁護士
青 木 一 愛(35期)

去る平成25年11月19日、KBCラジオ「ひまわり号」において、「弁護士過疎地域」をテーマとして採り上げて頂きました。このテーマとの関係で、当事務所に出演のお鉢が回って参りまして、私が当事務所を代表して出演いたしましたので、ご報告させて頂きます。


まず、出演に先立ち、当日の台本を作成致しました。私は、高校、大学時代と演劇部に所属し、脚本をやたらと書いておりましたので、当時を思い出しながら、ラジオ用の台本を作成致しました。

「ひまわり号」は、5分間ほどのコーナーですが、少しでも多くの話題を詰めたいと思うと、あっと言う間に10分間位の台本になってしまいます。一方、あまりに専門用語が飛び交う台本になってしまうと、耳だけで聞くリスナーの方には、何のことだか良く分からないことにもなってしまいます。この辺りの塩梅を考えながら、台本を仕上げる作業は、意外と骨の折れるものでした。


台本の内容については、耳に残りやすいキーワードということで、「ゼロワン地域」を切り口として話を始めることに致しました。ご存知のとおり、現在、「ゼロワン地域」については、「ゼロ」が解消、「ワン」も大分の佐伯支部を残すのみとなってきたので、そういう意味では、「ゼロワン地域」は、旬を過ぎた話題かもしれません。しかし、一方で、一時は、弁護士ゼロ地域が復活したり、ワン地域が増加したりするような出来事もありましたから、決して「終わった」問題であるということではないと思います。そのため、今回の放送においても、改めてゼロワン問題から話題をスタートすることに致しました。


放送当日は、放送1時間ほど前に、リポーターの方が事務所に来られ、早速、リハーサルとなりました。何回かリハーサルを重ねていくと、これまた、昔取った杵柄なのか、台本を「読んでいる」感じではなく、「自然な会話をしている」感じで話したい、と言った余計な目標が気になってしまいます。しかし、そうは言っても、リポーターの方から質問されるごとに、「えー」とか「はい」とか答えてしまうと、かえって聞きにくくなってしまいます。さて、どうしたものかと、あれやこれやと考えてみましたが、こうなってくると、「インタビューを受けている」というより、「演技をしている」といった方が近くなってきてしまい、心の中で苦笑してしまいました。


そうこうしている内に本番の時間を迎えることとなりました。結局、どのように話すと「自然な会話」に近いのかは皆目見当がつかなかったので、「大事な部分は早口で話さない」「しっかりと聞き取ってもらえるように滑舌よく話す」という、ごくごく当たり前のことを意識することに致しました。


本放送においては、地域に弁護士が少ないことによって生じる問題、このような弁護士過疎問題を解決するために九弁連が当事務所を設立したこと、当事務所の出身弁護士が九州各地のいわゆる「過疎地」に赴任し、地域の司法サービスの一翼を担っていることを中心にお話し致しました。また、法的トラブルに直面した方が弁護士に辿り着けるか否かが重要である、ということを日々の業務の中で改めて痛感しておりましたので、ありきたりな言葉ではありますが、「法律トラブルに直面されたら、お気軽にご相談下さい」ということもお話し致しました。このように、多方面な話題を織り込んだ結果、あっという間に、5分ほどの放送時間は終了を迎えました。内容面は散漫になってしまったかもしれませんが、何とか、皆様に聞きやすく話すことはできたのではないかと思っております。


最後に、この度のラジオ出演にあたっては、原田直子先生、網谷拓先生をはじめとした、対外広報委員会の皆様に大変お世話になりました。月報の場ではございますが、改めて、御礼申し上げます。

「沈黙の12歳」

会 員 安孫子 健 輔(62期)

「先生、付添人サポート研修のお願いです。12歳の女子。虞犯です。」

「12歳!?」

「私も家裁に何回か聞き返したんです。間違いありません。」


ここ最近、どういうわけか女子のケースばかり配点されてくる。このあいだはシンナー依存の16歳女子、その前は虞犯の16歳女子。そだちの樹で受理したケースや未成年後見のケースも例外なく女子。気がつけば、私のスケジュールには年ごろの女の子の名前ばかり並んでいる。

そして今回も女子。たださすがにローティーンの経験はなかった。この年齢で虞犯立件されるとは、いったいどれほど過酷な環境に身を置いていたのだろう。出動要請の電話から受け取れるわずかな情報でも、受話器をギュッと握らせるのに十分だった。


いざフタを空けてみると、それは想像を遥かに超える困難ケースだった。否、困難かどうかすら量りかねるケースだったと言ったほうが正確かもしれない。彼女は私にも、一緒に担当した徳川泉先生にも、調査官にも、観護教官にも、鑑別技官にも、家裁送致した児童相談所のケースワーカー(CW)にも、まったく口を開こうとしなかった。こちらが問いかけても、首を傾げたり、天井を仰いだり、俯いたまま両手の指を絡ませてみたりと、じっと何かを考えているのか、何も聞こえていないのかすら分からない。

ケースワークのきっかけになる情報が何も引き出せないことに、私たちは焦った。とにかく関係をとらないと始まらない。毎日面会に行こう。話ができなくても、顔を見に行くつもりで通ってみよう。そんな方針しか立てられなかった。記録を読んで保護者とコンタクトを取り、児相CWから話を聴き、鑑別技官にもカンファレンスを申し入れた。皆、悩みは同じだった。そうしているうちに、もう家裁送致から10日が過ぎていた。

しかし、子どものケースに急展開は付きものだ。徳川先生が面会のたびに送ってくれるメモが、ある日突然、すごいボリュームになっていた。彼女が堰を切ったように話を始めた様子が、その中に伝えられていた。

どうして彼女が急に話を始めたのかは今でも分かっていない。ただ、徳川先生だけが彼女から話を引き出せるようになったことは確かだった。それから私たちはようやく、審判に向けて動き始めた。


記録には児相の苦労がにじみ出ていた。児童自立支援施設への同意入所を目指してかかわってきたものの、その頑張りが実を結ぶ見込みはない。だから最後の手段として、家裁に施設送致を認めてもらいたい。詰まるところ、それが児相の見解だった。

しかし、彼女をいま施設に送致していったい何が解決するのか、私にはうまく飲み込めなかった。少年院と違って、児童自立支援施設を出た後は保護観察に付されない。児相CWが丁寧にかかわっていく以外に彼女の要保護性を解消する途がない状況は、今と何も変わらない。ここで彼女の納得を得ないまま施設送致を進めても、児相との関係が悪化して、施設から帰ってきた後のケースワークにも悪い影響を与えかねない。結局、このケースで司法ができることと言えば、「次に何かあったら少年院だよ。」と、懇切で和やかに、しかし絶望的なプレッシャーを伝えることだけではないか。私は、18条1項を使ってケースを児相に戻すべきだと考えた。

審判結果は施設送致。抗告も蹴られた。彼女はいま、送られた施設でどうにか前を向こうと頑張っているが、気力はそう長く続かないようだ。色んなものを溜め込んでは吐き出して、それを受け止めてもらって、そうしたことを繰り返す中で、大人への、そして社会への信頼を獲得していってくれることを願うしかない。鑑別所で徳川先生と一緒に自分と向き合った時間は、その過程できっと大きな糧になる。そう信じて、彼女の成長を見守りたい。

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