弁護士会の読書
※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。
司法
2022年6月30日
『西岡芳樹先生を偲ぶ』
(霧山昴)
西岡芳樹、 自費出版
大阪の西岡芳樹弁護士(20期。以下、西岡さん)が昨年8月に77歳で亡くなって1年たとうとしているとき、すばらしい追悼文集ができあがりました。
私も寄稿者の一人です。それは、西岡さんが日弁連の憲法委員会(今は憲法問題対策本部に発展的に改組された)の初代委員長で、私は、その次の次の委員長を3年間つとめたことによります。私の直前の委員長は村越進弁護士で、日弁連会長選に出馬するというので、なぜか福岡の私に声がかかったのです。
そして、この3人は、みな大学生のころセツルメント活動にいそしんだという共通項があります。私が川崎セツルで、西岡さんは亀有セツル。
この本によると、西岡さんの配偶者の恵子さんもセツラーで、ダンパで初めて出会ったらしいのに、西岡さんには何の記憶もなかったらしいとのこと。
灘中、灘高卒の西岡さんは、麻雀、パチンコ、ダンス、ボーリング、なんでもござれだけど、「何をしても虚(むな)しい」と言っていたのでした。
長めの髪をオールバックにして耳にひっかけ、細身のマンボズボンに明るい紺色のブレザー。これは、まことに生真面なセツラーにはそぐわない、「派手くるしい格好」。亀有のハウスにも、法相部ではなく、文化部に土曜日ごとにそんな格好でやってきたそうです。いやあ、川崎にはそんな派手な格好のセツラーはさすがに見かけませんでしたよ...。
弁護士になってからも相変わらずのダンディーぶりは変わりませんでした。この文集でも何人も指摘しています。
ちなみに、この冊子の編集責任者の岩田研二郎弁護士(33期)も、亀有セツルと同じ足立区の鹿浜セツルのセツラーです。
恐らく、このセツルメント活動をきっかけとして西岡さんは労弁になることを志向して、駒場で司法試験の勉強を始め、本郷の3年生のとき、さっさと合格したのでした。
そして、結婚するときに恵子さんに言ったのは...。
「ぼくはビジネスで弁護士をやるのではない。ワークでやるのだから、経済的には期待しないでほしい」
似たようなことを、娘(三女)にも西岡さんは言ったそうです。
「商売で弁護士をやってるんじゃない」
西岡さんは、文字どおり人権派弁護士として最後までがんばりました。
西岡さんが弁護士として取り組んだのは、弁護士会の人権擁護委員会(医療問題)、そして憲法委員会を別にすれば、中国在留日本人孤児国賠訴訟とマンション問題。実は、私は今も築20年以上のビルの建築瑕疵の修理代をめぐる裁判を担当していますが、その消滅時効の問題をいかにクリアーするか悩んでいて、インターネット検索したところ西岡さんの論文がヒットしたのです。それで、旧知の仲なので西岡さんの自宅兼事務所に電話をかけて教えを乞いました。いつものように優しい口調で教えてもらって助かりました。まさか、それほど西岡さんの病状がひどいとは夢にも思いませんでした。
西岡さんは、へビースモーカーだったようで、死因も肺ガン。それでも、何回も死の淵から生還し、娘や孫たちを励まし、喜ばせたようです。西岡さんがすごいのは、そのときの食事。好きなものを好きなように食べたのです。抗ガン剤のあとも、食欲があまり低下せず、恵子さんの手づくり肉じゃが、虎屋の羊かん、そして店のカレー、うなぎ弁当、かりんとう万十、チーズケーキ、プリン。いやはや、なんとも...。
実は西岡さんは自ら料理人でもありました。でっかいマグロを自分でさばいたというのには私はびっくりたまげてしまいました。
いやあ、すばらしい追悼文章です。
「自分の人生に悔いはない」と西岡さんは家族にもらしたとのこと。まことにそのとおりです。でも、昨今のキナ臭い状況をみると、西岡さんは、彼方から、なにしてるんや、なんとかせいやと渋いダミ声で叱咤激励されそうです。いえ、先生、なんとかがんばりますから...、と返したいものです。
(2022年6月刊。非売品)
2022年6月23日
「小説・弁護士のしごと」
(霧山昴)
著者 霧山 昴 、 出版 花伝社
「小説・司法試験」、「小説・司法修習生」に続く第3弾、シリーズ完結編です。幸いなことに、前2作も増刷が決まりました。
新書版で6冊出していたなかから、一般の人にも読んでもらえそうな、いえ読んでもらいたい事件を9つ選びました。
小説としているのは、たとえば統一協会(教会ではありません)の霊感商法によって、いかに騙されていくのか、フツーの主婦の心理を描きながらも、ついに弁護士が被害を全額回復する過程を紹介していることによります。それは直接交渉でした。同じことを先物取引被害の回復でも試みましたが、こちらは懲戒申立されてしまいました。それをいかに切り抜けたのか、その点も小説として再現しています。
直接交渉のワナにも危く陥りそうになります。この話は絵になると見込んだテレビ局(「アフタヌーンショー」)が東京から飛んできて、突如としてライトで煌々と照らし出されるのです。いやはや、悪徳弁護士そのものとして全国の茶の間に登場させられようとしたのです。
電柱に選挙向けのポスターを貼っていたところを見とがめられ、警察に逮捕された若者2人の弁護人としての活動も、その2人と公安係警察官との思想闘争が再現されます。弁護人として接見しようとするのを警察は妨害します。それでも2人の若者は完全黙秘を貫き、外で応援する人たちの支援を受けて、ついに不起訴にもち込みました。これまた小説でなければ再現できない迫真のやりとりです。
コラムも興味深い内容です。まず、日本の女性はみんな弱いわけではない、昔も今も強いことを江戸時代の文献を紹介しつつ実感をもって語ります。そして、江戸時代の人々が裁判を嫌っていなかったこと、また、それを支える公事師(くじし)が活躍していたこと、訴状が寺子屋の教本として使われて普及していたことが明らかにされています。いやはや江戸時代の人の戦闘的な生き方を現代日本人はもっと学ぶべきではないでしょうか。おとなしすぎませんか...。ストライキがほとんど死語となり、街頭でのデモ行進もあまり見かけません。コロナ禍対策の政府の無策ぶりにもっと怒って当然です。年金が減らされ、病院の窓口負担が倍になるというのに、軍事予算は倍増しようというのです。もっと怒りましょう。
弁護士にとっては、証人尋問、とくに反対尋問のすすめ方という、とても実践的なコラムもありますので、明日からの実務にきっと役立つ思います。
最後に、学生セツルメントで活動していた著者は、弁護士になってからも、草の根民主主義を強く育てるために大いにがんばっていることも明らかにされます。
360頁なのに1500円の安さは、ロースクール生だけでなく高校生や大学生にも読んでほしいからです。ぜひ、手にとって読んでみてください。そして、周囲の若い人に広めてください。よろしくお願いします。
(2022年6月刊。税込1650円)
2022年6月 7日
普通のおばちゃんが冤罪で逮捕?
(霧山昴)
著者 禰屋 町子 、 出版 倉敷民商弾圧事件の勝利をめざす全国連絡会
信じられますか。起訴した検察官が立証計画を出せないため、4年以上も公判が開かれていないなんて...。岡山地裁で有罪判決が出たのを高裁が破棄して、差し戻しを命じたのに、検察官は4年たっても有罪立証の計画をまとめることができないというのです。こんな起訴は、公訴権の乱用として裁判所はさっさと棄却すべきではないでしょうか。信じられない検察官の怠慢です。
しかも、被疑者・被告人とされた禰屋さんを逮捕したあと、裁判官はなんとなんと、428日間(1年2ヶ月)も保釈を認めませんでした。ひどい、ひどすぎます。涙が出てきます。
禰屋さんの容疑は民商事務局員として、建設会社の脱税を幇(ほう)助したというものです。しかし、その「主犯」の社長夫妻は有罪にこそなっていますが、逮捕されていませんし、さっさと執行猶予判決で終了しているのです。
そして、脱税幇助といっても、肝心の建設会社の社長夫妻には、「隠し財産」(「たまり」と呼ばれています)は発見されていません。私も「脱税」事件の弁護人をつとめたことがありますが、脱税事件で肝心なことは、この「たまり」があるかないか、なのです。私の担当した事件でも、「たまり」は発見されておらず、苦しい自転車操業をしていたのを国税局が資金繰りに余裕があると勘違いして摘発したのでした。帳簿の記帳に問題があり、早く裁判を終わらせたいとの社長の意向から、容疑を認めて、無事に執行猶予判決で終わりました。
禰屋さんが逮捕されたのは、今から8年以上も前の2014年1月のこと。起訴されたあと、2017年3月に、岡山地裁(江見健一裁判長)は有罪判決(懲役2年、執行猶予4年)を言い渡した。控訴審の広島高裁岡山支部(長井秀典裁判長)は、2018年1月12日、一審判決を破棄して、岡山地裁に差し戻しました。
3年間で「6000万円の脱税」を手助けしたというのですから、当然、そのお金はどこかにあるはずです。しかし、税務当局も警察・検察も、「たまり」を発見することができませんでした。つまり、「たまり」はなかったのです。要するに、売上金の計上時期を先送りしたこと、棚卸高もきちんとしていなかったという手続上の問題があっただけなのでした。
そのうえ、本件の調査を担当した国税調査官の報告書を一審の裁判官は、あたかも客観的な鑑定書であるかのように扱って、有罪の根拠としたのです。もちろん、そんなことは許されません。
わずか30頁あまりの小冊子ですが、読んでいて、国税当局そして、それに追随した警察・検察のでたらめさ、それを放任しているかのような裁判所に腹が立って仕方ありませんでした。ぜひ、あなたも手にとってお読みください(パンフの入手先は03-5842-5842)。
(2022年5月刊。税込100円)
2022年5月31日
生き直す免田栄という軌跡
(霧山昴)
著者 高峰 武 、 出版 弦書房
この本の表紙裏に簡潔に免田事件が要約されています。免田(めんだ)事件とは、日本で初めて死刑囚として確定した人が、再審で無罪になった冤罪(えんざい)事件。
事件は、1948年12月末に熊本県人吉市で起きた一家4人の殺傷事件。翌年1月に免田栄さんが強盗殺人事件容疑者として逮捕された。免田さんは一度容疑を認めて自白調書がつくられた。その後、容疑を否認し続けたが、1952年1月に死刑が確定した。その後、6回もの再審請求がなされたあと、1983年7月に免田さんのアリバイが認められて無罪判決となり、即日釈放された。免田さんは釈放後は福岡県大牟田市に居住し、2020年12月に95歳で亡くなった。
免田さんは1925(大正14)年、11月熊本県球磨(くま)郡免田町(現・あさぎり町)に生まれた。免田さんが強盗殺人などの罪で逮捕されたのは23歳のとき。それから34年間も獄中生活にあり、「自由社会」に出てきたときには57歳になっていた。
免田さんは筆まめで、獄中から家族に充てて400通もの手紙を書いて送った。この本によると、その手紙の原本は残っていないものの、コピーが残っているとのことで、その一部が本書で紹介されています。
死刑判決を受けてヤケになっていた免田さんに、再審請求という手だてがあることを教えたのは、同じ死刑囚のUだった。免田さんの再審請求には何人もの弁護士が手伝っていますが、日弁連も後押ししています。
免田さんは死刑囚として、拘置所で長く過ごしていますが、花壇をつくり、カナリアを飼っていた。拘置所で死刑囚がカナリアを飼っていた、飼えるというのを始めて知りました。
熊本について、「ねずみ講」が始まったところ、オウム真理教の教祖・麻原彰晃の生まれたところだと紹介されています。騙される人は多いけれど、騙す側の人も熊本は生み出しているということです。
「よう生きてきたなあ」という免田さんの述懐が紹介されていますが、本当にそのとおりです。
一度は死刑判決を受けて最高裁で確定しながら、再審裁判で無罪となり、その後は、「自由社会」で結婚し、全国に出かけて冤罪を生み出す裁判の問題点を鋭く告発していました。
95歳まで長生きできた免田さんの生涯、とりわけ無実の人がなぜ自白してしまうのか、その心理は究明されるべき現象です。ご一読を強くおすすめします。
(2022年1月刊。税込2200円)
土曜日の夜、近くの小川にホタルが飛びかうのを見に行きました。
フワリフワリと飛んでいるのを、ひょいと両手でつかまえ、手のひらに乗せて明滅するホタルを間近に見ます。心がなごむ瞬間です。
竹やぶにとまっているホタルたちが5匹か6匹ほど、同時に明滅していました。初めてです。
田舎に住む良さは、歩いて5分でホタルを眺めることができることです。
日曜日の夕方。庭のジャガイモを掘り上げました。大きなバケツ2箱ほど収穫できました。メークイン、男爵、キタアカリです。当分、ジャガイモ料理が食卓をにぎわしてくれます。初日は、小粒のものをオーブンで焼いて、塩こしょうをふりかけ、また、マーガリンを塗って食べました。
2022年4月14日
かぼちゃの馬車事件
(霧山昴)
著者 冨谷 皐介 、 出版 みらい
スルガ銀行シェアハウス詐欺の交渉過程とその舞台裏を当事者が描き出しています。苦闘の末、ついに奇跡の勝利を手にしたのですから、たいしたものです。
その過程では、本当にさまざまな苦難がありました。まず、本人は自死を考えたほど悩みました。そして家庭は離婚の危機を迎えます。被害者がまとまり、被害者同盟をなんとかつくりあげたあとも、内部分裂の危機を何度も迎えます。銀行前でのデモ、そして株主総会での異議申立...。その苦難の歩みが、生々しく語られ、臨場感があります。
すでに都内には数百棟のシェアハウスが建っていて、どこも9割以上の入居率。地方から上京してきた若い女性が敷金も礼金も0円、バッグ一つで、家賃さえ払えば東京に住める。
オーナーとして土地とシェアハウスを購入して所有し、実際の管理はサブリース(SL)が行なう。SLはオーナーから一括で借りあげ、SLが入居者へまた貸しする。オーナーには30年間、全室が埋まっている状態で日々の家賃が入ってくる。
なんと、うまい話でしょうか...。でも、うまい話には、必ずトゲがあるものです。
「これまで、物件を建てては売ってを繰り返す自転車操業だったわけ?」
「そうなりますよね」
「......」
「悪く言ってしまえば、踏み倒しをやろうとしている...、申し訳ないと思っています」
いやはや、なんという開き直りでしょう。著者が相談した業界の人は断言した。
「この(住宅リース)業界は、9割が悪人ですよ...」
これまた、ええっ、と驚くしかありません。
著者たちが、この詐欺商法とたたかおうとしたとき、敵はスルガ銀行になる。それについて、周囲から言われたことは...。
「スルガ銀行を相手としてたたかっても絶対に勝てない。スルガ銀行は訴訟慣れしているので、絶対に勝つのは無理」
だから、自己破産申立しかない。でも、何か策はないか...。そこで登場するのが、原発裁判でも高名な河合弘之弁護士。著者は河合弁護士を絶対的に信頼して、ともにたたかっていくのです。
実は、河合弁護士の娘婿さんも、2億数千万円も被害にあっていたのでした。いやはや、それだけ騙しのセールストークは巧妙だということです。
まず、ローン返済を止める。そして、スルガ銀行東京支店前の歩道でデモをする。
「いやだよ、そんな、左翼みたいなこと」
「ニュースになったら顔も出るし...」
それでも歩道上でスタンディングを決行した。
さらに、株主代表訴訟。最後に、債務免除益への課税をさせないように国税庁と交渉。
著者たちは、ついに巨額の債務から完全に解放され、シェアハウスを購入する前の状態に時間が巻き戻ることができた。なんとすばらしいこと...。人々が団結してたたかえば、不可能が可能になることがあるというわけです。
だまされた人が悪い、自己責任だという論理を許してはいけないのです。だました人が一番悪いのですから、そこにこそ責任をとらせるのは当然のことです。
読んで元気の出てくる本としても、おすすめします。
(2021年10月刊。税込1980円)
2022年4月12日
「生涯弁護人」(2)
(霧山昴)
著者 弘中 惇一郎 、 出版 講談社
事件ファイル(1)に引き続く第2弾です。こちらのほうが弁護士にとってより適切な教訓がまとめられていると私は思いました。
薬害エイズ事件について、著者は、被害者と捜査権力(警察・検察)とマスメディアという三者が一本の線で結ばれるようになったとき、人権にとってきわめて危険な状態になると主張しています。この本を読むと、なるほど、そうなのかと実感させられます。
捜査当局、それも特捜部がターゲットにするのは、権力を有する政治家や高級官僚、財界人、権威ある学者など、大衆が憧れとともに嫉妬(しっと)を覚える人々だ。そんな人たちをやり玉にあげるストーリーを大衆は喜ぶ。そして、捜査当局は、標的にした人物についての悪いイメージをマスメディアが連続的に報じるよう、手持ちの材料を少しずつリークする(検察リーク)。報道によって「極悪人」のイメージが出来あがってしまうと、それを払拭(ふっしょく)するのは、並大抵のことではない。捜査当局は、こうやって世論を味方について、世論全体が厳罰を望んでいるかのような空気をつくり、それを追い風にして、強引に捜査を進めていく。
事実よりも世間の空気を優先し、「受け」を狙うのがマスコミの悪弊だ。
ウルトラ右翼として名高い桜井よし子は、その最たるものでした。
著者は、刑事事件だけでなく、みずから交通事故も扱ったことがあるようです。小さな一般民事事件は受任しないのかと思っていましたので、意外でした。
交通事故による損害賠償請求事件で、一律に「相場」で判断すべきではないとの著者の主張は、まったく同感です。ただ、悩ましいのは、「一律」、「相場」で考えるべきではないというとき、「特別な事情」とは、どんな事情を指すのか、一般論として、かなりの難しさがあります。
遺族の気持ちに寄り添い、その意見なり要望なりを、弁護士として形にしていくことが、被害者サイドにとって多少なりとも救いになるはずだと考えた。この点については、まったく異論がありません。
これに対して、名誉棄損の損害賠償請求事件について、著者が扱ったミッチー・サッチー事件の関連で、一審で1000万円が認められ、二審で600万円に減額されたことを紹介したうえ、現在は「相場」が下がって、今や300万円でも難しいとしています。
なお、表現の自由とのバランスがあるので、名誉棄損のときには、賠償額が高ければいいというものではないと釘を差してもいます。
裁判官は、控訴されることを意識して判決書を書いている。これは私の体験と実感からしても、そう言えます。裁判官は、民事でも刑事でも、判決を書くときには、「どうしたら高裁(控訴審)で破られないか、という発想をしている。つまり、双方から控訴されないよう、バランスをとるのだ。まったく同感です。
著者は痴漢冤罪事件も担当しています。その体験のもとづき、何も痴漢行為はしていないのに、「この人、痴漢です」と言われたら、「逃げるが勝ち」で、駅員におとなしくついていったらダメだとしています。まったくそのとおりです。「逃げるが勝ち」と言っても、「走って逃げる」のではなく、静かに立ち去るのです。早目に電車から降りる、駅の事務室にノコノコ尾いていかない。大事なことです。もちろん、線路におりたり、危険行為なんかしてはいけません。
著者は、弁護士とは、法律的な知識、考え方がいくらか身についている者として、依頼者がかかえている問題の解決のためにサポートする仕事だ。依頼者とは、一緒に問題解決のためにたたかう対等な関係にある。なので、著者は「リーガルサービス」という言葉が嫌いだと言います。なーるほど、そういう考えもあるのですね。
「ヤメ検」は検察官の捜査に協力的な姿勢になりがち。といっても、すべての「ヤメ検」ではない。これも同感です。決してすべてはありませんが、そんな人が少なくないのは実感します。
2巻のほうは、462頁と、やや薄いのですが、今なお決着していない、日産・カルロス・ゴーン事件も扱っていて、私にとっては2巻のほうが、ぐぐっとひきつけられる内容でした。それはともかく、司法界に興味と関心のある若者に呼んでもらいたい本です。
(2021年11月刊。税込2750円)
2022年4月 7日
地域弁護士を生きる
(霧山昴)
著者 稲村 晴夫 、 出版 ちくし法律事務所
二日市で長く活動してきた稲村晴夫弁護士は、この4月から小郡市で、妻の鈴代弁護士、娘の蓉子弁護士と一家3人で法律事務所を構えています。この本はそれを記念して晴夫弁護士の二日市での38年間の活動を振り返っています。
なにより表紙の晴夫弁護士の慈愛あふれる笑顔がいいんです。法廷では「敵」の大企業を厳しく追及する晴夫弁護士は、カラオケをこよなく愛する、心優しい多趣味の人です。
著者は、弁護士になったことを後悔したことは一度もない、弁護士の仕事が嫌になったことも一度もないと語っています。私も同じです。弁護士こそ天職です。
自由で、自分の信念に従って生きることができて、それなりの収入も得ている。人権・正義・公平を武器にしてたたかえる職業は、他にはそんなにないのではないか。弁護士になって本当に良かった。じん肺の患者や中国人労工たちのため、長く汗水流し、涙を流した。それは少しも苦労ではなかったし、むしろ生きがい、やりがい、そして喜びでもあった。このように真情を吐露しています。
私は、このことを若い人たちにぜひぜひ伝えたいと思います。企業法務だけが弁護士の仕事ではありません。地域弁護士を生きることは、大きな生き甲斐、そして大きな喜びとともにあるのです。そのことを本書は実感させてくれます。
著者は馬奈木昭雄弁護士の下で5年間イソ弁をつとめたあと、二日市駅前に独立・開業しました。二日市というところは、裁判所があるわけでもない。弁護士が、みな裁判所の周辺に法律事務所を構えているというのに、福岡市のベットタウンにすぎない二日市駅前に事務所を構えて、果たして喰っていけるのかと心配する人がいました(私自身は心配無用と思っていましたが...)。ところが、たちまち稲村事務所は繁盛し、弁護士を次々に迎え入れて大きくなっていったのです。
稲村弁護士の地域での活動の多彩さには、目を見張ります。
ちくし法律事務所は、ロータリークラブ、ライオンズクラブ、中小企業家同友会、青年会議所、商工会、社会福祉協議会、後見サポートセンターといった団体とつながっています。
稲村弁護士は、筑紫平和懇、九条の会、アンダンテの会(いい映画をみる会)、民主商工会(税金裁判をともにたたかった)、「士業学習会」(二次会のあとカラオケへ)。
そして、著者の弁護士としての活動として特筆すべきことは、じん肺訴訟などの集団訴訟で大いに学び、またおおいに活躍したことにあります。
2002(平成14)年12月の『週刊朝日』は、「勝てる弁護士180人」を特集したが、そのなかに著者が選ばれている。選抜基準は「画期的な判決」を勝ちとったかどうか。著者については、「2001年7月の福岡高裁において、じん肺にかかった炭鉱労働者に対する国の責任が問われた筑豊じん肺訴訟で国と三井鉱山ら三社に勝訴。総額19億円の賠償金を獲得した」と紹介された。
著者は、自分にとっての集団訴訟は、正義・人権のために志を同じくする原告団・弁護団・支援者とともにたたかうことのやり甲斐と喜びを感じることのできる場だった。そこは筋書きのないたたかいのなかで、怒り・悲しみ・失望・不安・喜び・達成感など、さまざまなドラマを体験させてくれた場でもあった、としています。
この本を読んで驚いたエピソードを二つ、紹介します。
その一は、久留米の暴力団・道仁会の事務所に一人で乗り込んだこと。私はこれはまずいと思いました。結果としては、「よく出てきた」と言われて、うまく解決したようですが、危険な賭けですから、後輩がマネしたらケガすると思います。複数で行くべきです。私も馬奈木弁護士に誘われて、暴力団組長宅に行ったことがあります。玄関から入ると、正面に虎のはく製がドーンとあり、さすがにびっくりしました。
「電話の先で偉そうに色々言いやがって、出てこい」
「今から行くから待っていろ」
こんなやりとりのすえに事務所に出かけていったとのこと。どうやら平日、昼間の話ではあるようですが、「良い子は決してマネしてはいけません」。
もう一つ。スナックで著者たちが楽しく飲んでいると、客の男が店の包丁を手にして仁王立ち。包丁を持っていない男も刺すなら刺せよと居直って、一触即発の状況。そこへ著者が「やめなさいよ」と言いながら近づいていって、包丁をさっと取りあげた。そして、もう一人の男を店から追い出した。いやあ、これは危ないシーンです。こうなると正義の味方も命がけです。
38年間つとめた「ちくし法律事務所」が、感謝の気持ちこめて一冊の立派な本に仕立てました。海鳥社の制作による本づくりは、体裁も内容もすばらしい出来上がりになっています。ぜひ、みなさん、ご一読ください。
(2022年3月刊。税込2200円)
2022年4月 5日
マルクス主義とキリスト教を生きる
(霧山昴)
著者 下澤 悦夫 、出版 ロゴス
いやあ、すごいですね、こんな裁判官もいたのですね・・・。まさに反骨そのものの生き方を貫いた裁判官です。
なにしろ裁判官40年間、ずっとずっと現場の裁判官を続けました。しかも、同期(18期)が次々に地裁所長となり、高裁長官になっていくなかで、それらとは全く無縁、それどころか裁判長(部総括)に指名されることもなく、いつまでもヒラの裁判官。そして、任地たるや、いつだって地方と支部ばかり。
岐阜地裁多治見支部に3年、水戸地家裁に4年、山形地家裁に6年、津地家裁に5年、名古屋家裁に5年、名古屋地裁一部支部に4年・・・。何ということでしょう、信じられない移動先と在勤期間の長さです。実は、私の活動する支部にも、引き取り手がなく5年もいた裁判官がいました。これは、まさしく身から出た錆で本人の責任だと私は考えていました。気の毒なのは本人ではなく、そんな裁判官を支える職員と裁判にかかわった市民でした。私はひたすら5年間、耐え忍びました。
なんで、そんなことになったのか・・・。著者は東大法学部を卒業し、民間大企業に就職内定、司法試験にも国家公務員上級職試験にも一度で合格しています。こんな三つの選択肢で悩んだというのですから、成績が悪いはずはありません。裁判官になったのは24歳ですから、まさしく最短エリートコースに乗ることもできました。
しかし、大学時代では、マルクス主義の文献を読み漁り、無教会キリスト教にはまった著者は青法協(青年法律家協会)の裁判官として、また、青法協が消滅すると、裁判官ネットワークの熱心な会員として最後まで活動したのです。もちろん、著者は最高裁による差別を苦にすることなく、意気軒高です。それでも、40年間の裁判官を退任したときの退職金が9千万円もらっている同期生より3千万円も少なかったというのには、これまた驚かされました。
給与は、同期生が判事1号になっているのに、判事3号のまま16年間ずっとそのまま昇給してなかったというのです。これほど露骨極まりない差別を受けたというのには言葉もありません。
青法協の会員裁判官は1969年当時300人。著者が裁判官になったときは判事補の3分の1が会員だった。1971年には250人の会員裁判官がいた。それが1984年には150人となり、会員が青法協から脱退し、任意団体をつくったが、やがて消滅した。裁判官ネットワークは20人の会員から増えることはなかった。つい先日、そのうちの有力メンバーだった裁判官が滋賀県の長崎市長に当選するという、華麗な転身をみせて注目を集めています。住民本位の市政を実現してほしいものです。
著者は裁判官ネットワークが広がらなかったのは、裁判官組合の方向を目指さなかったからだとしていますがそうなのでしょうか・・・。
今や、反共を売り物にする連合会長のように労働組合とは労働者の利益を守って戦う存在だという認知に乏しい日本で、裁判官組合が若手の裁判官に受け入れられるものなのか。申し訳ありませんが、私にはまったくピンときません。
40年間現場の裁判官として頑張ってこられた著者に心より敬意を表したいと思います。と同時に、それに続く心ある裁判官が出てくることを私は本心から待ち望んでいます。
(2022年2月刊。税込1980円)
いま、庭のチューリップは満々開です。いくつか雑草に埋もれてしまったのもありましたが、だいたいの花を咲かしてくれました。これから咲くのもありますので、だいたい1ヶ月近くは楽しむことができます。
日曜日の午後、雑草取りに精を出していると、ウグイスが遠くで鳴いていました。もう、ずいぶんうまく鳴いています。
アスパラガスを今年はじめて収穫しました。店頭にあるのよりは細いのですが、水洗いして電子レンジに1分かけて食べます。シャキシャキした春の味を楽しめました。
自宅から事務所に行く途中にカササギの巣が3つあります。電柱の高いところによくもうまく巣をつくるものです。九電は、いつも子育てが終わったら巣を撤去しますから、毎年、巣づくりします。誰からも教えられなくて、本当にうまくつくるものです。
春爛漫の候です。ロシアの戦争を一刻も早くやめさせたいです。
2022年3月29日
生涯弁護人(1)
(霧山昴)
著者 弘中 惇一郎 、 出版 講談社
「無罪請負人」として名高い著者が、自ら手がけた刑事・民事事件についての教訓に富んだ苦労話を語った本です。
著者が手がけた刑事事件は著名人のオンパレードです。本の表紙にも、三浦和義、村木厚子、小澤一郎、鈴木宗男の顔写真が並んでいて圧倒されます。
まずは三浦和義事件。このとき、一審の東京地裁は「氏名不詳の第三者と共謀して妻の一美さんを殺害した」として無期懲役を言い渡した。この判決について、著者は「証拠は何もないが、とにかくお前が悪い」と言ったのに等しいと批判しています。まったく同感です。第三者を特定することもなく「共謀」を認定するなんて、とんでもない判決です。
また、三浦氏が妻の死亡保険金1億5千万円に手をつけていないことについて、一審判決は「お金に困っていたわけでもないのに保険金殺人をしたのだから、非常に悪質で許せない」としたというのです。これについて著者は、「まことに珍妙な理屈」と非難していますが、これまた同感です。「お金に困っていた」から保険金を得る目的で第三者に妻を殺させたというのなら常識的ですが、その逆なのですから...。
「日本中が有罪と信じているこの事件で、どうして裁判所だけが無罪を言い渡せるか」と担当した裁判長は言っていたそうです。裁判所は世論の動向に弱いことを、はしなくても自白したということです。
三浦和義事件は『週刊文春』が1984年1月から7週連続で大々的に、実名で報道したのがきっかけでした。それをテレビのワイドショーや雑誌、スポーツ紙が、連日連夜、「ロス疑惑」として報道したのです。スプリング砲も間違うことは、やはりあるのです。
著者によると、三浦氏は、酒をのまず、ギャンブルしないし、美食家でもない。ただ、女性関係は派手だった。それでも妻の一美さんとそれで揉めていたわけでもない。なので、女性関係のもつれから妻を殺さなければならないという動機もなかった。
東京高裁は三浦氏について逆転無罪の判決を出した。このとき、次のような付言がある。
「報道に接した者が最初に抱いた印象は簡単に消えるものではない。それどころか、最初に抱いた印象を基準にして判断し、逆に公判廷で明らかにされたほうが間違っているのではないかとの不信感を持つものがいないとも限らない...」と。
これは、裁判と無関係な市民の一人として私もあてはまります。三浦氏について、なんとなく犯人だろうという思い込み(すりこみ)が私にもしっかりありましたので、逆転無罪判決が出たとき、「意外」に感じたのは事実です。
無罪判決を書いた東京高裁の3人の裁判官は、秋山規雄・門野博・福崎伸一郎です。裁判官に恵まれたのですね。
三浦氏は、テレビ局や週刊誌などを被告とする名誉棄損の民事訴訟を、なんと530件を起こし、その8割で三浦氏は勝訴あるいは勝訴的和解をした。
三浦氏の逮捕から無罪の確定まで14年半もかかったとのことですから、本当に異例の裁判です。
それにしても、日本で無罪が確定しながら三浦氏がサイパンで逮捕され、ロサンゼルスの警察署内で「自殺」したというのも不可解な結末でした。
次は、村木厚子事件。供述調書というのは、検察官の「作文」。被疑者がしゃべったことをまとめるのではなく、そのなかから検察のつくったストーリーに都合のいい部分だけを取りあげ、いらない部分は全部捨ててしまう。そして、検察官自身の想像や妄想もふくめて文章化したもの。
でたらめな調書が取られている要因の一つは、調書の信用性に対する裁判官の判断が甘いから。そうなんです。そのとおりです。
長期の勾留中、村木さんは不利益な調書を取られることなく、一貫して否認を通した。村木さんは、聡明であると同時に精神的に非常にタフだった。
「検察の土俵では、自分は勝てない。でも、勝たなくても負けなければいい。でたらめな供述調書にはサインしなければいいんだ」
いやあ、これは本当に大切なことです。
そして、この事件では前田恒彦検事がフロッピーを改ざんしていたことが発覚し、特捜部長、副部長とあわせて3人の検事が最高検察庁から逮捕されるという前代未聞の不祥事となり、検察官の威信は丸つぶれでした。
著者は医療被害、薬害訴訟にも心血を注いでいます。その一つであるクロロキン訴訟について、弁護団会議を最高裁判決が出るまでの20年間、毎週、開いていたとのこと。これには驚きました。しかも、訴状を提出する直前は、朝9時半から翌日の朝6時ころまで延々と、討議したとのこと。恐るべきロングラン会議です。
著者が扱った100件もの医療過誤裁判のなかには敗訴判決もあるようです。ある事件で、問題の医師について、足かけ3年、合計9回の公判で尋問したというのには驚きのあまり、声も出ません。私も刑事裁判で恐喝「被害者」について、毎回3時間、4回も尋問したことがあります。その結果、この「被害者」は信用ならないとして無罪となり、検察官は控訴せず一審で確定しました。
著者は、やり場のない気持ちを抱えて苦しんでいる人たちの話に耳を傾け、アドバイスできることはアドバイスし、調べられることは調べる。そうすると、最終的に裁判に負けたとしても、依頼者の気持ちが落ちつくことはかなり多いとしています。裁判の勝ち負けよりも、被害者の気持ちに寄り添い納得してもらうことが大事だと考えている。この点についても私は、まったく同感です。
500頁をこえる部厚さですが、執筆のサポートをした構成ライターのおかげもあるのでしょうか、とても読みやすくて、休日の朝早くから読みはじめて、午後までには読了しました。
著者は私より4年だけ先輩になりますが、さすが「無罪請負人」の体験にもとづく話は、どれも大変含蓄に富んでいて、今さらながら勉強になりました。休日に丸々つぶして読みあげるに足る本として、強く一読をおすすめします。
(2021年11月刊。税込2750円)
2022年3月 8日
嘘はつかない、約束は守る(第2集)
(霧山昴)
著者 萬年 浩雄 、 出版 LABO
弁護士は、日々の仕事で信用第一の仕事をしていないと、目的を達することができない。信用第一とは、嘘はつかない、約束は守る、この2点につきる。第2集で、やっと本のタイトルの意味が判明しました。
企業のかかえる債務について、任意整理をすすめるとき、不動産売却の方法が問われる。弁護士の公平・中立を保持するため、コンペ形式がよくとられる、しかし、それは弁護士の保身でしかないと著者は言います。では、どうするのか...。知り合いの不動産業者に情報を流し、そのときに一番高い買値をつけた企業に買取価額を明記した買付証明書を出してもらう。この買取証明書を関係者に広く情報提供し、買値をつりあげていく。そして、不動産業者と癒着していると思われないよう、手数料は3%ではなく、一律に2%としている。接待やバックリベートは絶対受けない。なーるほど、ですね。
著者は、銀行の顧問もしていますが、銀行には、企業を育成し、成長させるという公共的使命があることを忘れないよう再三強調しています。経営者、そして銀行には、従業員の雇用を確保し、その生活を守っていく公共的使命がある。これを何度も強調しています。まったく同感です。
著者は、銀行との交渉は、かけひきなしに誠実にやっていれば、うまくいくと考えているとのこと。本当に、それでうまくいくものでしょうか...。私の数少ない経験では、そうとも言えませんでした。
都銀と信用金庫のいずれか債権回収率が高いかというと、信用金庫のほう。というのは、都銀のほうが債権回収の方法を熟考しているあいだに、信用金庫のほうは走りながら回収策を講じるからだ。うむむ、なーるほど、そうかもですね。
事業承継には、適任の経営者をどうやってみつけるかという難問がある。なので、事業承継は本当に難しい。プロパー社員を社長にしてみたとき、果たして、その人が社長の器であるか、否かは、実際にやらせてみないと分からない。人間の器をみて、後継社長の器であるかどうかを決断するのは、ある意味、冒険である。うむむ、これは本当にむずかしいでしょうね。
会社の成長のカギは、従業員に愛社精神があるか否かにかかっている。
最近の判決について、著者は、バランス感覚からみて、結論がなんとなく納得感に乏しい判決が増えているように思えるとしています。これまた、まったく同感です。本人たちは自覚のないまま、訴訟が増えている。
裁判官が原告勝訴の判決を書くのは、心証が圧倒的であるとき。そうでないときには、原告勝訴の判決は書かない。51%といった、50%より少し上回る程度では書けないし、書かない。
福岡の名物弁護士として自他とも認める著者による、読んで元気の出てくる事件がらみのエッセー集です。帝国データバンクによる「帝国ニュース・九州版」に2021年9月まで30年間連載していたものが本になったのです。私もよく知る著者の息づかいが身近に感じられる本になっています。第1集にひき続いて、出版社より贈呈を受けました。いつも、ありがとうございます。
(2022年2月刊。税込2530円)