弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

ヨーロッパ

2016年4月10日

フランスの美しい村を歩く


(霧山昴)
著者  寺田 直子 、 出版  東海教育研究所

見るだけでも楽しい、フランスの美しい村を紹介する写真集です。
フランスには「もっとも美しい村」協会に加盟する155の村があります。
そこへ、旅行作家の著者が訪問して、写真と文章で生き生きと紹介しています。ながくフランス語を勉強していますので、現地で困らない程度に会話は出来ますから、私もぜひ「美しい村」には行きたいと思っていました。前にもこのコーナーで紹介しましたが、この本に紹介されている「美しい村」で私が行ったのは、唯一、フラヴィニー・シュル・オズランがあります。
ここは、百年戦争、あのジャンヌ・ダルクが登場する14世紀の世界です。このとき、イギリスに占領されたのだそうです。ブルゴーニュにある小さな村です。私は、ディジョンからタクシーで行きました。映画『ショコラ』の舞台ともなった古い教会があります。人口300人という、ごくごく小さな村です。それでもレストランがあり、カフェーがあります。美味しい昼食をとり、カフェーで赤ワインを一杯やって、しばし休憩しました。
フランスの美しい村には、日本のようなコンビニがないのはもちろんのこと、昔ながらの建物が少なくとも外観はそっくりそのまま残っています。近代的なビルとか、どこの国の建物なのか惑わせるような建築様式のものは一切ありません。14世紀の村にタイムスリップしたと思わせてくれるのです。
それは、南仏のエズ村でもそうでした。ノルマンディーのオン・フルールでも、外観は昔ながらで、内装は近代的というホテルに泊まりました。そうやって昔のままの外観が観光客を呼び込んでいるのです。
ゆったりした時間の流れる「美しい村」に、またぜひ行ってみたいと思います。
(2016年2月刊。1850円+税)

2016年3月30日

フランス人の新しい孤独

(霧山昴)
著者  マリー・フランス・イリゴエン 、 出版  縁風出版

 山田洋次監督の映画『家族はつらいよ』を見ました。天神の映画館は、ほぼ満員で、笑いが絶えませんでした。でも、テーマはシリアスです。だって、老後になって妻から「離婚したい」と告げられるのですから・・・。
 1999年、フランスの一人暮らしは720万人で、全世帯の30%。これは10年前より25%も増えている。5人に1人は、日常的に話す相手がいない。友人がいない、一番身近な人を失ったため、病気のため・・・。2004年には830万人、全人口の14%が一人住まいをしている。 フランスでは、出会いを求める5行広告と結婚相談が増加している。今日では、出会い系サイトが主流を占める。多くの出会いがウェブ上でなされているが、それは幻想を与えるための餌にすぎない。つまり、存在的孤独をごまかすための仮面にすぎない。
 離婚申出は女性からのものが増えていて、今や70%近くが女性によるものとなっている。保護される必要のない強い女性の前に、男性は動揺する。
 僕は何のためにあるのか・・・。女にとって、ベッドで男を求めるというのは、最悪の生活を覚悟しなくてはいけない。経済的な面で拘束されるばかりか、自由そのものがなくなってしまう。だったら、セックスなしのほうが、よほどまし・・・。
 今日、男であることは、そう簡単なことではない。男らしさという基準が変化したからだ。人類学者によれば、女性は妊娠し、子どもを産めるという特権を持っているのに対し、男性は女性のお腹を支配し、子どもを占有するために常に女性を従属させておく必要があるという。性的快楽と出産が別のものになることによって、女性の性的自立が可能になったのに対して、多くの男性は自分の男らしさに確信をもてなくなっている。多くの男性は、愛情と独占力を混同している。今日の女性は、もはや男性に従属したくはない。
 離婚は日常茶飯事になっている。そして、離婚は、前よりも早くやってくる。
 今では、ウェブは、巨大なセックスショップになっている。しかし、バーチャルは誰かと関係をもてる幻想を与えるけれど、実際には孤立化を深めるだけのこと。
人間にとって、セックスというものは大切なものです。でも、それを上回るものがあるというのも事実です。それは各人によって異なるものなのでしょう・・・。
 考えさせる分析の多い、フランス人の生活でした。

(2015年12月刊。2200円+税)

2016年3月23日

スウェーデン・モデル

(霧山昴)
著者  岡澤 憲芙・斉藤弥生 、 出版  彩流社

 今の日本人がスウェーデンを見習うべき最大のものは、なんといってもスウェーデンの投票率の高さです。なんと、86%近くもあります。そして、国会議員の選挙は完全比例代表制です。なので、死票が出ません。それで、一党独裁はなく、多党連立政権があたりまえなのです。日本のように国民のなかでの支持率は3分の1しかないのに、3分の2をはるかに超える国会議員がいて、政権与党の暴走を誰も止められない、なんていうことはありません。
 風通しのよい社会だと、投票所に行こうという気にさせますよね。選挙はお祭りのように楽しく、にぎやかなもののようです。戸別訪問を禁止して、萎縮させるということはありません。
 日本は、こんなところから変えなくてはいけません。
そして、国会議員も大臣も若い。20代の国会議員は珍しくないし、女性の大臣の比率も高いのです。住みやすい国だと思います。
 スウェーデンは、かつてヨーロッパでもっとも貧しい農業国家だった。それが短期間に世界でもっとも豊かな福祉・工業国家へ変身した。
 スウェーデンが生みだした「世界で最初」は、テトラパック、シートベルト、レーザーメス、ペースメーカー、コンピューターのマウス、イケア、H&M・・・。
 スウェーデンは、1814年以来、この200年間戦争していない、平和の伝統がある。
スウェーデンの政治は、この100年間、ほとんどが相対多数の単独政権か、2~4党の連合政権だった。
国会議員の45%は女性であり、大臣も2人に1人は女性。男も女も働いて、自分の財布をもった消費者になり、納税者になる。そして、男も女も出産・育児・家事に参加する。
スウェーデンは、2013年に5万人、2014年に8万人の難民を受け入れた。
スウェーデン語教育は無料で受けられる。
 パルメ首相は家族で映画をみた帰りに地下鉄の駅付近で暗殺された。首相も大臣も国王も気楽に街を歩き、地下鉄に乗っている。
 スウェーデンという国に学ぶべきとこおrは大きいと思ったことでした。
(2016年1月刊。2200円+税)

2016年3月19日

古代ギリシャのリアル

(霧山昴)
著者  藤村 シシン 、 出版  実業之日本社

 古代ギリシャって、こんなにも自由奔放な、極彩色なところだったのですね・・・。真っ白な、どっしりと落ち着いた神殿のある国とばかり思い込んでいました。
 古代ギリシャに関する現代日本人の勝手な思い込みを軽く一掃してしまう画期的な本です。ギリシャに少しでも関心のある人には必読の本だと思いました。
 ギリシャには昔から白亜のパルテノン神殿があるなんて、とんでもない幻想だ。古代ギリシャの神殿は極彩色で彩色されていた。
 中国・西安に埋もれていた兵馬俑もそうなんですよね。極彩色なんです。これには大英博物館のスキャンダル(1939年)がからんでいたとのことです。うへーっ、知りませんでした・・・。
 古代ギリシャ人は、いちど完全に滅んでいるため、現代ギリシャ人とは血のつながりとか歴史のつながりはない。
 古代ギリシャ人は、古代ローマの中に吸収されてしまった。古代ギリシャ人は、もともとは海を知らない地方に住んでいた民族だった。
パルテノン神殿は紀元前5世紀に建てられているが、つくられた当初は、百足(ヘカトンペドス)と呼ばれていた。神殿の内部にあり、100歩(30メートル)で歩けるから・・・。
 パルテノン神殿は、もしものときに備えて金を備蓄するための倉庫だった。だから、祭壇がない。そして、パルテノン神殿は聖母マリア教会となり、イスラム教のモスクとなり、オスマン帝国は要塞化して、弾薬貯蔵庫とした。そのため、17世紀に爆発炎上してしまった・・・。
 この本が面白いのは、ギリシャ神話をじっくり解説しているところです。なあんだ、そういうことだったのか、と驚嘆してしまいました。
 有名なテミストウレス将軍は、ギリシャで一番強いのは俺様ではなくて、カミさんだ。いや、そのカミさんだって息子のいいなりなんだから、息子が全ギリシャで最強なんだ。そう言ったそうです。本当の話なんでしょうか・・・。出来すぎています。
 古代ギリシャの神々がいかにも浮気者ぞろいということもよく分かりました。これって、日本も同じようなものですよね・・・。40年以上も日本で弁護士をしていて、日本人の女性が昔から弱いなんて、ご冗談でしょうと思いますし、江戸時代の「女大学」なんて、実態にあわないものを押しつけようとしたもの、つまりウソ八百だと実感しています。日本は古代ギリシャ人と同じで、昔から性の解放はすすんでいたのです。
 ギリシャという国に少しでも関心のある人には強く一読をおすすめします。
(2016年2月刊。1500円+税)

2016年3月 8日

ヒトラーに抵抗した人々

(霧山昴)
著者 對馬達雄 、 出版  中公新書

 ヒトラー・ナチスに抵抗したドイツ人は決して少なくはありませんでした。何千人ものユダヤ人を生命がけで隠し通したドイツがたくさんいたのも事実です。
 でも、大多数のドイツ人がヒトラー・ナチスのユダヤ人大虐殺の尻馬に乗り、なかにはその財産略奪によって利を得ていたというのも事実でした。これは、自民・公明を与党とするアベ政権がマスコミを強力に操作しつつある日本でも深刻な教訓として生かす必要があります。その意味で、この本は、今の日本人にとって大いに読まれるべきものだと思います。
 ヒトラー独裁は、ドイツ国民に指示された体制だった。ナチ支配には、目先の実利によって国民大衆の支持を獲得しながら、青少年にナチ思想を徹底させるという二面性があった。
 反ナチの行動の前に立ちはだかっていたのは、むしろ隣人住民、そして総統にヒトラーを熱狂的に信奉する青少年だった。彼らからすると、ナチ体制を否定する者は、生活と世界を脅かす存在であり、戦時下では自国の敗北をたくらむ反逆者であった。
 ダッハウなどの強制収容所に1933年の1年間で、共産党や社民党の国会議員をはじめとする活動家が10万人も拘禁された。
のちに反ナチ運動に身を投じたインテリ層も、ワイマール共和国末期には、反共和政的な立場をとり、ヒトラー政権の初期に登用された。政治経済エリートの大半がヒトラー、ナチ政権の誕生を肯定していた。
ヒトラーが支持されたのは、大量失業問題を早急に解決したから。失業不安と見通しのない生活の解決が最大の関心事だった。誰もが社会的な転落と窮乏の不安をかかえていた。
 ヒトラー政権発足時のドイツの人口は6500万人。ユダヤ人は50万人、混血のユダヤ系ドイツ75万人を加えても、総人口の2%でしかない。しかし、経済的影響力は絶大だった。
 戦争中のドイツ国内で、地下に潜ったユダヤ人が1万5000人いた。そのうち7000人近くがベルリンに身を潜めていた。1人のユダヤ人につき平均50人ものドイツ人が救援活動していた。生きのびたユダヤ人は、ベルリンで1400人以上、ドイツ全土で5000人いた。ユダヤ人を援護したドイツ人の3分の2は女性だった。
 ユダヤ人の家族が三人いたとして、三人は別々になって一人ひとりが生きのびるチャンスを得たようにさとされた。なるほど、と思いますね。三人全部が捕まるより、一人ずつ別々に暮らしていたほうが、リスクは少なくなるというわけです。
 ヒトラー暗殺計画は、「ワルキューレ作戦」(1944年7月20日)の前にも何回もあり、失敗していた・・・。ヒトラーって、悪運が強かったようですね。ヒトラー暗殺計画の概要が紹介されています。ヒトラーの演説会場を爆破しょうとしたドイツ人については、先ごろ映画にもなりました。ごく最近、その意義が見直されてます。
 ドイツ国民大衆の大部分は、ヒトラーから離反できないままに終戦を迎えた。ドイツ国民7500万人のうち、ナチ党員は、1939年5月以降に激増し、1933年末に390万人だったのが、1945年には850万人超にまで上昇した。
ヒトラー・ナチスと生命をかけて戦った勇気のある人々が少なからずいたこと、それを支えた家族がいたことを知ると、救われる思いがします。
  
          (2015年11月刊。880円+税)

2016年3月 6日

「ミレニアム4」(上)

(霧山昴)
著者  グヴィッド・ラーゲルクランツ 、 出版  早川書房

  スウェーデン発の「ミルニアム」を初めて読んだとき、その迫力に圧倒されました。ところが、著者のスティーグ・ラーソンが三部作を出したあと心臓発作で急死してしまったのです。ですから、当然、第四部はないはずなのに、版元が新しい著者を確保して、四部作を発表したというのです。
 私も、恐る恐る読みはじめましたが、なかなかどうして、第一作を読んだときと同じほどの迫力がありました。読ませます。私は、実は映画はみていないのですが、この第四部もハリウッドで映画化されるとのことです。
 インターネット世界の最新の状況が詳しく紹介されます。匿名で誰かを批判していると、なんと、敵対的なコメントを書きこんだ連中が、みな匿名ではなくなった。氏名、住所、職業、年齢が、いきなり表示されてしまった。
 私も、こんな仕掛けがあったらいいなと思います。無責任なヘイトスピーチのようなものを書き込めないようにするため、これは絶対的効果があると思います。
他人のアイデアを盗んで大もうけするようになったら、もう犯罪者への一線を越えてしまったことになる。あとは堕落していくだけだ。
 優秀な法律の専門家を身につければ、安心して何でも盗める。弁護士は、現代のギャングだ。うひゃあ、そ、そんなことはありませんよ。弁護士がギャングだなんて、絶対に違いますよ・・・。
 超絶したインターネット技術を駆使するリスベットの活躍から目を離せません・・・。
  
(2016年1月刊。1500円+税)

2016年2月19日

チェルノブイリの祈り

(霧山昴)
著者 スベトラーナ・アレクシェービッチ 、 出版  岩波現代文庫

 著者は私と同世代のロシアの作家です。2015年のノーベル文学賞を受賞しています。著者による『戦争は女の顔をしていない』(群像社)は、このコーナーでも紹介しましたが、涙を流さずには読めない傑作です。まだ読んでいない人には強く一読をおすすめします。
 チェルノブイリの事故のあと、その収拾作業にあたった消防士はまもなく大半の人が亡くなっています。その遺体は特別扱いです。遺体は放射能が強いので、特殊な方法でモスクワの墓地に埋葬される。亜鉛の棺に納め、ハンダづけをし、上にコンクリート板がのせられる。放射線症病棟に14日。14日で人は死んでしまう。生まれた赤ちゃんは肝硬変。肝臓に28レントゲン。それに、先天性の心臓欠陥もあった。
 チェルノブイリは、戦争に輪をかけた戦争だ。人には、どこにも救いがない。大地のうえにも、水のなかにも、空の上にも・・・。
 牛乳を飲んじゃだめ。豆もだめ。キノコもベリーも禁止されちまった。肉は3時間、水に漬けておく。ジャガイモは2度、湯でこぼせ。ここの水も飲んだらダメ。
 ぼくらは口外しないという念書をとられた。だから沈黙を守った。大量の放射線をあびた。バケツで黒鉛を引きずった。1万レントゲン。普通のコップで黒鉛をかき集めた。友だちは死ぬとき、むくんで腫れた。石炭のように真っ黒になり、やせこけて子どものように小さくなって死んだ。
 赤ちゃんが生まれた。でも、身体の穴という穴はみなふさがっていて、開いているのは両目だけ。多数の複合以上あり。肛門無形性。女児なのに膣無形成、左腎無形性。おしっこも、うんちも出るところがなく、腎臓は1個だけ。それでも、この子は、生後2日目、にっこりほほ笑んだ。生命力のすごさを感じますが、本当に悲惨ですね。言葉もありません。
 事故処理作業に投入されたのは、全部で210部隊、およそ34万人。屋上を片づけた連中は地獄を味わうことになった。鉛のエプロンが支給されていたが、放射線は下から来た。下は防護されていなかった。
 チェルノブイリ原発(原子力発電所)で事故が起きたのは今から25年以上も前の1986年4月26日。人口1000万人の小国ベラルーシにとって、事故は国民的な惨禍となった。チェルノブイリのあと、485の村や町を失った。うち70の村や町は永久に土のなかに埋められた。今日、ベラルーシの5人に1人が汚染された地域に住んでいる。その210万人のうち70万人が子どもだ。
 福島第一原発事故は今も収拾のメドがまったくたっていないのに、安倍政権は強引に原発再稼働をすすめています。そして、海外へ原発を輸出しようとすらしています。無責任きわまりありません。いったい事故が起きたとき、誰がどうやって責任をとるというのでしょうか。政権党である自民党・公明党の政治家にとって、今さえよければ、それも目先の今さえ利権が得られたら、すべて良しということのようです。残念です。子や孫そして、ずっとずっとこの日本列島に住んでいくはずの人々のことなんか、どうでもいいというのです。恐ろしい人たちです。それこそ神罰があたるのではないでしょうか・・・。
 チェルノブイリ事故は、日本人の私たちにとって決して対岸の火事ではありません。


                           (2016年1月刊。1040円+税)

2016年2月15日

アリスの奇跡

(霧山昴)
著者 キャロライン・ステシンジャ― 、 出版  悠書館

 ホロコーストを生き抜いたピアニストというサブタイトルのついた本です。
 まさしく奇跡としか言いようがない女性ピアニストの一生です。ナチス・ドイツの強制収容所に入れられたユダヤ人なのですが、絶滅収容所ではなく、「見せ物」収容所だったのです。そして、収容所でもピアノを弾き続け、幼い息子ともども生き延びました。
 それには、彼女のピアノ演奏を聞いて感動したナチス将兵の援助もあったようです。そして、戦後はピアノ教師として生き続け、なんと110歳で大往生を遂げました。しかも、死ぬ日数前までピアノを弾いていたというのですから、まさしく奇跡の連続としか言いようがありません。
 強制収容所に入れられたとき既に30代でした。はっとする美人です。素晴らしいピアノ演奏ができる女性ピアニストでしたから、さすがのナチも殺すに忍びなかったのでしょう・・・。
 そんな体験をもつ彼女の言葉ですから、干釣の重みがあります。ともかく楽天的なのです。
 娘が胃ガンだという女性に対して言った言葉。娘さんに出来ることは、生きること。それしかない。あなたは、それを伝えるようにしなくてはいけない。今、書いている本を仕上げ、演奏会を開き、仕事を続け、常に微笑みを絶やさず、あなたが恐れている姿を決して娘さんに見せてはいけない。娘さんの回復をあなたが確信していることが、娘さんによってなによりの励ましになる。だから、泣いてはいけない。ぜったいに涙を見せてはいけない。
テレジェンシュタット強制収容所に何年も収容され、ナチによって母、夫、友人たちを殺されたが、アリスは誇り高く、したたかに生き残った。
アリスは、自分を抑圧した者たちへの憎しみや怒りや、家族を殺戮されたことへの苦しみに暮れている時間など持たない。増悪は、憎まれる者よりと、憎む本人の心をむしばむことを知っているからだ。
テレジェンシュタットに収容された15万6000人のユダヤ人のうち、生き残ったのは、わずか1万7500人だった
 アリスは、収容所内で100回以上もピアノを演奏し、ひそかに子どもたちにピアノを教えていた。
 アリスは、ドイツ語、チェコ語、そして英語、フランス語、ヘブライ語まで使いこなせた。
80歳台のアリスは時間と健康を確保するため、毎日同じものだけを食べることにした。健康的なシンプルなものを食べる。カフェインは体に良くないので、紅茶もコーヒーもやめた。ワインやアルコールもなしにし、お湯を飲むだけ。朝食は、チーズをのせたトースト1枚と、バナナ半分かりんごひとつ。そして、一杯のお湯。昼食と夕食はチキンスープ。
テレジェンシュタット収容所に入れられたのは、チェコ、オーストリア、オランダ、デンマークの才能豊かな人々や知識階級だった。ナチは、この収容所を宣伝材料とした。
テレジェンシュタットで開かれたコンサートは、敵をむかえ撃つ道徳の勝利だった。音楽家たちのもらした素晴らしい文化の力は、多くの囚人の絶望を押し返す楯となった。音楽を通して、演奏家たちは自分たちの存在感を再認識し、聴衆は音楽を聞いて時空を超え、演奏の間だけでも、自分たちの人生を肯定する穏やかな気持ちになれた。
音楽は私たちの食べ物だった。精神的な支えがあれば、普通の食べ物はいらないかもしれない。音楽は命なのだ。収容所では、涙も禁物だった。笑いこそが唯一の薬だった。
 世界は理解しがたいものではあるが、受け入れることはできるものだ。個人個人を存在者として受け入れることによって・・・。
 戦争は戦争を生む。それ以外にない。人は神の名において人を殺す。
 時間は貴重。過ぎ去った時間は永遠に戻らない。
 本を読めばよむほど、考えれば考えるほど、人と話せば話すほど、自分の幸せをかみしめることが出来る。
 強制収容所で6歳の息子に、こう話した。いま、私たちは劇場で劇をしているところだと想像してごらん。悪い悪女に、間違った汽車に乗せられて、ここへ連れてこられたけれど、いい兵隊がやってくるのを待っているところなんだ。そう言って母の笑顔を見せた。
 うむむ、なんとなんと、すごいですね。映画で同じようなものがありましたね。強制収容所に入れられた父親が息子にピエロのように笑わせていました。明日への希望を失わないことが大切だと思い知らせてくれる本です。ちょっぴり疲れたなと感じているあなたにおすすめします。

                           (2015年8月刊。2200円+税)

2016年2月 6日

水車小屋攻撃

(霧山昴)
著者  エミール・ゾラ 、 出版  岩波文庫

 岩波文庫でフランス文学の古典が出たので、読んでみました。
 大学生以来フランス語を勉強しているわけですので、50年近くにもなることからフランス文学を原典で読めたら、どんなにいいことでしょう・・。
 でも、現実は原典を読むどころか、覚束ない会話力がサビてしまわないように維持するのがやっとなのです。トホホ...。
 この文庫本はゾラの短編集です。ゾラというと、「ジェルミナール」などの長編小説を思い出しますよね。
 普仏戦争(プロシア=ドイツとフランスの戦争)の現実を批判的な立場から描いた「水車小屋攻撃」など、読ませます。
 訳者の解説によると、ゾラの作品は戦争一般の残酷さと愚劣さを、のどかな田園風景のなかで展開する牧歌的な恋と対比することによって浮き彫りにしようとしている。
 戦争というものは、勝とうが負けようが、平和な市民生活を破壊するものでしかない。このことを、じっくり味わうことができる。かのアベ首相に読ませたいものです。
 フランス全体が愛国的な、好戦的な雰囲気に包まれるなかで、ゾラは反戦を訴える勇気を示した。
 今の日本にもなんとなくそんな雰囲気がありますよね。それを根本であおっているのがアベ首相を先頭とする自民・公明の与党です。口先では「平和を守るために必要だ」なんて聞こえのいいことを言って、日本の青年を平気で死地に追いやる安保法制法を「成立」させた責任は重大です。
 ゾラの小説を読みながら、今年も、安保法制法の廃止を目ざしてがんばる決意を固めました。

(2015年10月刊。860円+税)

2016年2月 5日

ヴィクトリア女王の王室

(霧山昴)
著者  ケイト・ハバード 、 出版  原書房

19世紀イギリスのヴィクトリア女王の宮廷の実情が女王付きの女官の生活を通じて明らかにされている本です。
宮廷というのは、とんでもなく退屈な空間だったことがよく分かります。私なんか、とても耐えられそうにありません。
空想以外には何の退屈しのぎもなく、何時間もただひたすらじっと待機しているだけの状態が続く。「命令」を待つだけの終わりのない待機。頭ごなしの命令を受け入れるしかなく、義務にがんじがらめにされるだけ。宮廷は、毎日が同じことの繰り返しで、それが毎年続いていく。ウィンザー城の生活は、おだやかな退屈とともに進んでいった。
ヴィクトリア女王は、誰がどの部屋に泊まるのか、誰が馬に乗って、誰が馬車に乗るのか、さらには食堂に入るときにつくる列の順番まで決めていた。つまり、訪れる者たちのあらゆる行動を管理していた。
王室というのは息苦しい閉鎖空間だ。少人数で、互いを思いやる必要がそれほどなく、暇をもてあまし気味で、しかも家族や友人といった外の世界とは切り離されている。そこでは、ほんのわずかなゴシップの種にも飛びつき、むさぼる者が大多数だった。
ヴィクトリア女王は独立心の権化とも言える存在だった。女王が下す判断は本能的かつ断定的で、自分が愛する人々に対しては熱狂的に、ときには盲信的なまでに忠実だった。他方、自分が気に入らなかったり、それ以下の感情を抱いた相手に対しては、徹頭徹尾、冷ややかに接した。
女王に近づいたり離れたりする際の決まりがあった。ドレスの裾をどうやって持ちあげるかについても規則があった。離婚した女性は夕食には同席できなかった。
ヴィクトリア女王にとって、子どもたちは、人生にとってもっとも大きな喜びである夫・アルバートとの人生における障害物だという意識を捨てることができなかった。
エリザベス一世の時代、女官たちは、上から寝室付きの女官、私室付きの女官、女官、未婚の女官と、4つの階級に分かれていた。ヴィクトリア女王の女官は大部分が下流貴族の妻や未亡人や娘たちだった。
宮廷では、自由な意思と自主性は捨てる必要があった。そこでは、辛抱と自制心、そして寛容の精神が求められた。
イギリスの女王の宮廷生活の一端を知り、その恐ろしい退屈さを知って、身が震えてしまいました。可哀想な人生としか私には思えません。創意や工夫が許されない生活だなんて・・・。人間らしさが感じられません。

(2014年11月刊。2800円+税)

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