弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

社会

2013年1月18日

感情労働シンドローム

著者  岸本裕紀子 、 出版  PHP新書

 上司が部下に注意をしたとき、部下が逆ギレして過剰反応することがある。
 「そういう、上から目線、やめてくれませんか」
そんな部下は、自分に自信がなく、劣等感にさいなまれている。そして実は、主導権を握って、それでバランスをとろうとしているのだ。
 ところが、問題は、それを言われたときの上司の対応。意外にも深く気にして、その言葉に縛られてしまうのだ。それは、今という時代が、「他人から気に入られる」ことにポイントが置かれた時代だから、下から上への攻撃に対して、狼狽するばかりになってしまう。
 感情労働は、相手が期待している満足感や安心感をつくり出したり、不安感を解消させるために自分の感情をコントロールするものである。
 感情労働が求められる職業には三つの特徴がある。
 第一に、対面、声による顧客との接触が不可欠である。第二に、他人に感謝の念や恐怖心など何らかの感情の変化を起こさせなければならない。第三に、雇用者は研修や管理体制を通じて、労働者の感情活動をあるある程度支配するものであること。
 感情労働がそのまま要求される職種としては、看護師、介護士、保育士、そして医師や弁護士。いずれも困っている人の悩みにより添う仕事。また、役所や銀行の窓口業務なども、感情労働が要求される仕事である。
 感情労働とは、仕事において、相手が望んでいる満足感や安心感をつくり出したり、不安感を解消させるために、自分の感情をコントロールする労力のこと。
 弁護士にも営業力が求められている。クライアントをいかに獲得するか、そしてかに引き留めておけるか。この営業力が採否を決める大きなポイントになる。
 これは、本当にそのとおりです。クライアントの心をつかみながら仕事を進めることのできる弁護士が求められています。きちんと会話ができて、問題点を正確につかむ。そのうえで法律構成を考える。さらに事件の処理の進行過程を逐一クライアントに報告して信頼を増していく関係を築きあげる。
 「オレにまかせておけ!」
 こんな旧来のやり方の弁護士ではもう時代遅れです。
 新しい視点を提供してくれる本でした。弁護士にも実務的に役に立つ内容がたくさん書かれています。

                (2012年11月刊。760円+税)

2013年1月16日

「本当のこと」を伝えない日本の新聞

著者  マーティン・ファクラー 、 出版  双葉新書

ニューヨーク・タイムズ東京支局長というアメリカの記者が日本の新聞は「本当のこと」を伝えていないと厳しく批判しています。残念なことに、まったくそのとおりと言わざるをえません。
 先日の総選挙のときもひどかったですよね。民主党大敗、自民党大勝を早々と大きく打ち出して世論を露骨に誘導しましたし、「第三極」を天まで高く持ち上げました。まさしく意図的です。月1億円の勝手放題に使っていい内閣官房機密費の最大の支出費は大手マスコミの編集幹部の買収費に充てられているのではないかと思えてなりません。
とは言うものの、アメリカの新聞・テレビも、遠くから眺めている限り「権力者の代弁」という点では日本と同じではないかとしか思えません。民主党と共和党の違いは、カレーライスかライスカレーかの違いと本質的にはあまり変わらないのではありませんか。オバマ大統領への期待もすっかり薄れてしまいました。
 日経新聞は企業広報掲示板である。
 私は日経新聞の長年の愛読者ですが、実は、そのつもりで読んでいます。大企業をいかなる場合でも露骨に擁護する新聞だからこそ、企業のホンネがにじみ出ているものとして価値があると考えています。
 日経新聞は、当局や一部上場企業が発進する経済情報を独占的に報道している。それは寡占というレベルではない。日経新聞の紙面は、まるで当局や起業のプレスリリースによって紙面が作られているように見える。大きな「企業広報掲示板」と同じだ。大手企業の不祥事を暴くようなニュースを紙面を飾るようなことは、まずない。
日本の新聞記者は日経新聞に限らず、大企業の重役たちと近く、べったり付きあっている。だから、いざというときに踏み込んだ取材をしたり、不正を厳しく指摘することがない(できない)。たとえば、民主党の有力参議院議員の誕生日を祝う会が担当記者50人の出席で開かれた。もし、こんな誕生会を企画して国会議員にプレゼントまで記者たちが贈っていることが分かれば、ニューヨークタイムズの記者なら即刻クビを宣言されるだろう。ジャーナリストとしての基本が疑われる重大問題なのだ。
 日本の記者はあまりにエリート意識が強すぎる。記者は東大や京大といった有名国立大学、そして早稲田や慶應という難関私立大学の出身者ばかりだ。つまり、官僚とジャーナリストは、同じようなパターンで生みだされている。大学で机を並べていた者たちが、官庁と新聞社という違いはあるにせよ、「同期入社組」として同じように出世していく。権力を監視する立場にあるはずの新聞記者たちが、むしろ権力者と似た感覚をもっている。
このことにアメリカの記者である著者は率直に驚いています。
 日本のマスコミ(記者)は、政治家に対しては割と批判的なのに、行政バッシングはできるだけ避けようとする。
 東大法学部を卒業してマスコミ業界に入っていく人は昔から多いのですが、その彼らが官僚や政治家そして自民党に何重ものしがらみでからめとられている実情を聞かされて大変おどろいたことがあります。
 日本のマスコミには、大いに反省してほしいと思わせる本でした。
(2012年9月刊。800円+税)

2013年1月15日

人間形成障害

著者  久徳重和 、 出版  祥伝社新書

人間形成障害とは、簡単に言うと年齢(とし)相応にたくましく成長していないということ。医学的に言うと、「親・家庭・社会などの文化環境(生育環境)の歪みに由来する心身の適応能力の成熟障害」と定義されるもの。
 人間形成障害は、「一人でも生きていく」(個体維持)、「群れをつくる」(集団維持)、「子どもを育てあげる」(種族維持)のための適応能力が障害を受ける。
 人間形成障害は遺伝的な疾患ではなく、ましてや原因不明の疾患でもない。
 人間は、日常生活という「通常業務」を直接つかさどる性格や体質の相当多くの部分を、生まれたあとに完成させる生物である。
 子どもは、まずたくましくなり、賢くなり、それから優しくなることによって、「どこに出しても恥ずかしくない一人前の大人」に育っていく。人間の成長とは、幼さと臆病さを克服していく過程ともいえる。
 人間形成障害は、「幼い」をベースとする適応障害と言える。ここで「幼い」とは、第一に、自分の実力を正しく認識しておらず、根拠のない自信と万能感、身のほど知らずのプライド。第二に、先の見通しが甘く、ピントはずれの判断をする。状況が読めない。
 第三に、うまくいかないときに悩んで落ち込み、キレるか、いじけてしまう。打たれ弱い。第四に、最終的に放り出すか、誰かに頼って解決してもらう(甘えと依存)。
 「幼さ」と「怒りと拒否」の背景に共通しているのは、健全とは言えない親子関係である。
 普通の子どもが突然キレるのではなく、突然キレるような社会的抑制に欠ける子どもが普通になってきた。
 中高生の不登校は成人後のひきこもりのリスクファクターのひとつである。
 子どもは1歳までに「お母さんはいいもの」をつくりあげ、そのうえに3歳までに「仲間はいいもの」という感性をつくりあげる必要がある。3歳までの子どもに、その周りに「みんな仲良く」とか「笑顔と会話と優しい気持ち」が満ち満ちていることが大切だ。
 人間は3歳までにかなりの言葉を覚えるが、この時期に覚える言葉は脳の深い部分に書き込まれて、その書き込みは「一生を支配する」ほど強固である。だから、人間は年老いて認知症になっても母国語は忘れないのだ。
 3歳までの脳への入力は、「深いところへ強固に」そして「自動的」である。
 だから、この時期に、本人に影響を与えるような不安感や緊張感・攻撃性を家庭内・身内に発生させるのは絶対に避けるべきだ。そのため、子どもに伝えないような頓智と芝居すら必要だ。
 家庭内に緊張感があるため、子どもが大人(親)の顔色を見るような臆病さをもった3歳児になるのは極力さけなければならない。それは成長したあと、まわりに人がいると緊張するという本能レベルでの臆病さになって、無意識のうちに本人を支配してしまう。これが成人してからの対人不安・対人緊張、社会不安の芽になってしまう。
 3歳から6歳までは、「親はいいもの」「仲良くはいいもの」をベースとして、自分もそのまわりの「いいもの」に加わっていきたい、一緒になりたいという「同一化の欲求」があらわれ、まわりに認められることを求めて頑張り始める時期である。反抗期と言われる時期は、人間の基礎を確立するための自己拡張期なのである。ままごと遊びを好むのも、大人の役割を意識しはじめた結果なのである。年上に引っ張られて伸びていくのが本来の姿である。
 10歳前後の子どもには批判精神が発達していない。だから、親に問題があっても、それを批判するよりは、自分なりに合理化して納得させ従ってしまう。10歳前後の子どもが親から虐待されても親をかばったりするのは、このためなのだ。
 10歳から15歳までのギャングエイジは、ピンチや修羅場を乗り越える力をつけるための実地訓練の時期とも言える。この時期のコーチは、親ではなく、新しい仲間とか頼りになる先輩、兄貴分、姉御分であるのが本来の姿である。
 この時期の親は、子どもとのディベートをリードするだけの「人生の先輩としての見識」を高めておかなければいけない。
大変かんがえさせられる内容の多い本でした。

                (2012年9月刊。820円+税)

2013年1月11日

「橋下維新」は3年で終わる

著者  川上 和久 、 出版  宝島社新書

先の総選挙のとき、マスコミが「第三局」そして「橋下維新」を天まで高く持ち上げるのは異常でした。視聴率さえ取れれば、現実社会がどうなろうとかまわないという軽率さに、多くの国民が振りまわされてしまいました。
 この本は、「橋下維新」はナポレオンやヒトラーと同じ危険をもっているとしています。なるほど、と思わせる内容でした。
 世論は、熟慮なしに「邪悪な意図」に操られると、方向を誤る凶器になる。社会への不満、不安と、それを解決できない統治システムがあるとき、必然的にそれを解決しようとする、強烈な上昇志向と権力欲を持った政治リーダーが登場する。
 橋下徹は、メディアの眼前で、分かりやすい「敵」を設定し、テレビカメラの前で攻撃する。「対立構造を作らないと、メディアに分かってもらえない」と言う。それは相手を説得するというよりも、激しく戦っている姿をメディアを通じて印象づけ、大阪市民の支持を得た。
 橋下徹の「敵」を際立てる手腕は見事だ。歯切れのよい弁舌で、テレビなどでニュースとして取り上げられるようにアピールし、「敵」に悪のレッテルを貼ったうえで、容赦なく叩いていく。潜在的な市民のもつ「敵意」を橋下徹は巧みに利用している。
 私(橋下)の役割は、街頭で無党派をつかむこと。
有権者の感情に訴えるときには、政策は言わない。相手を批判するときも、「繰り返し」で、自らの「怒り」を強調し、自分がいかに相手に対して憤懣やるかたない思いであるかを受け手に強く印象づける。
ナポレオンも、メディアのコントロールには十分な注意を払った。警察に世論を監視させ、「郵便物検閲室」で手紙の内容を調べさせた。このほか、1810年の法令で、一県につき1つの新聞、パリには4つの新聞紙か存続を許さなかった。だから、すべての新聞が「体制派の新聞」になった。
同じ「一県一紙政策」は、戦前の日本でも行われた。いつまでも多くの道府県に有力な一つの地方新聞があるのは、その名残で全国紙を凌駕して圧倒的な講読率を誇っている地方新聞も少なくない。
テレビの長時間視聴層の多くが自民党を支持している。これは、テレビの操作が国民を操作することに直結していることを意味していますよね。
 今の日本で一番重要なのは独裁。独裁と言われるくらいの強い力だ。
 こんな橋下徹を「弱者」が強く支持しているというのは、まったくの矛盾ですよね。はやいとこ、「橋下維新」への幻想から目を覚ましたいものです。
(2012年10月刊。743円+税)

2013年1月 5日

売れる作家の全技術

著者  大沢 在昌 、 出版  角川書店

売れる作家のプロ作家養成講座です。作家と名乗るのは我ながら恥ずかしく、いつもモノカキと自称する私ですが、小説にも挑戦中なので、ぜひ読んでみようと思って手にとったのでした。
 さすが当代有数の売れる作家の言うことは違います。含蓄のある指摘に、ついついうーんと心がうなってしまいました。同感、同感。でも、実行は難しい。トホホ・・・。ただし、『新宿鮫』などで今や大いに売れている著者も、かつては売れない作家だったのです。
 23歳でデビューし、11年間、まるで本が売れなかった。28冊の本がすべて初版どまり。だから「永久初版作家」とまで呼ばれた。うへーっ、それはそれは・・・という私も、再版したのは1回のみで、あとは初版どまりで、大量の在庫は、みな知人にありがたく贈呈してしまいました。
 初版4000部、定価1700円として、印税10%だとすると、作家の収入は68万円となる。半年かけて書いて68万円の収入をあげたとすると、コンビニのあるバイトよりも低い金額でしかない。うむむ、そうなんですね。現実はチョーキビシイのです。
 辞書は、いつも手元に置いておく。少しでも怪しいなと思ったら辞書を引くこと。一日に最低でも4、5、6回は辞書を引いている。
著者はパソコンはではなく、手書きです。これは私と同じです。
原稿をすばやく仕上げるには、毎日、必ず決まった分量を習慣を身につけることが大切。書いた原稿を、少し時間を空けて読み返す。時間をあけることによって、あたかも他人の文章を読むように自分の文章のように読み返す。
どんなに苦しくても、決められた枚数を書ききる。それがプロ作家である。
ストーリーも大事だけど、キャラクターも大事だ。
 アイデア帳をいつも身近に置いておく。何か思いついたら必ずメモをとる。私も、ポケットにはメモ帳を必ず入れています。車中にも、ペンとメモ用紙を置くようにしています。車中でひらめいたときには、交差点の赤信号で止まったとき、素早くメモします。
 ストーリーが進むにつれて主人公は変化する。ストーリーが登場人物を変化させていく。この変化の過程に読者は感情移入する。これをしっかり意識して小説を書くべきだ。
 私には、この点の意識が欠けていました。反省すべき点です。
小説の登場人物は論理的でなければいけないし、その論理には一貫性が要求される。
人物に過去を語らせない。回想シーンは、会話にもっていく。
ミステリーは、基礎知識のない人間が書いてはいけないジャンルだ。最低でも1000冊は読んでいないと、ミステリー賞に応募することはできない。自分の書いたものを何度でも疑う。とにかく、たくさんの本を読む。これしかない。今の作家志望者は読書量が圧倒的に不足している。
 作家になるというのは、コップの水である。コップの水に読書量がどんどんたまっていって、最後にあふれ出す。それがかきたいという情熱になる。
 編集者は、作家に対していろいろダメ出しするが、「こうすれば、もっと面白くなりますよ」とは言われない。それを言えるくらいなら、編集者のほうが作家になったらいい。最終的には作家の自助努力しかない。作家の作業は孤独なものである。
 自分が面白いと思わなければ、面白いものは絶対に書けない。
 主人公に残酷な物語は面白い。主人公が苦しめば苦しむほど、物語は面白くなる。読み終えたあと、読書の心の中にさざ波を起こすような何か、これを「トゲ」と呼ぶ。面白くするには、泣くほど考えるしかない。
 漢字を使うことによって、小説の雰囲気が変わってくる。小説を読んでいるとき、人は自分の年齢を忘れている。
 改行は、文章のリズムをつくるうえでの数少ないテクニックだ。
 冒頭の20枚の原稿用紙こそが長編小説の「命」なのである。説明なしで、いかに主人公を印象づけるか、魅力的な主人公だと読者に思わせるが、その点をとことん考える。
アイデアの出ない人はプロになれないし、万一プロのなれたとしても、とても食べてはいけない。
ある水準以上のものを必ず出せるのが、プロの条件である。何十冊も書きつづけなければならない。一作一作が勝負の作品だ。前の作品よりもいいものを書くことを常に求められる。それがプロの世界だ。根性のない人間は生き残れない。頼まれた仕事は絶対に断ってはいけない。そして締め切りは絶対に厳守する。
 本は商品である。4000部売れても、出版社はほとんどもうからない。
 ある程度売れるようになったらテレビは出ないほうがいい。なぜなら、作家はどこか神秘性をもっていたほうがいいから。イメージが合わないと読者は離れていってしまう。
 新人作家は、決してインターネットでの自分の評判を気にしないこと。なるほど、とても実践的なプロ養成講座でした。私もさっそくすこしばかり実践することにしましょう・・・。
(2012年7月刊。1500円+税)

2013年1月 3日

ルポ・イチエフ

著者  布施 祐仁 、 出版  岩波書店

福島第一原発事故をマスコミは忘れたような気がします。でも、まだ依然として大量の放射能が出ているなかで、その後始末に大勢の労働者が働いているのです。その労働のすさまじい実情がほとんど報道されていません。この本は、その労働現場に迫っています。貴重な証言集です。
 僕らは被曝することを「食った、食った」と言う。作業が終わったあと、0.6(ミリシーベルト)も食っちゃったよ。キミは何ミリ食った・・・?
 これが原発現場で働く労働者の会話というのです。福島第一原発を「ふくいち」とも呼ぶが、原発作業員は「イチエフ」と呼ぶ。
 原発労働員の大半は日給月給の非正規雇用。
 2011年3月11日、フクイチには東電社員755人と下請け労働者5660人、合計6400人が勤務していた。
作業員が100人も並ぶ。というのも、免震重要棟に入るときには、なかに放射性物質を持ち込まないために、まず入り口でタイベックや全面マスク、ゴム手袋などを脱ぎ、そのあとに身体汚染のサーベイを担当する担当者が数人しかいないため、作業員が集中するとあっという間に行列ができてしまう。長いときは1時間近く、被曝しながら待たされる。
 ここでの食事は1日2食。朝食はビスケットと野菜ジュース。夕食は湯をかけて食べるアルファ米と野菜ジュースだけ。肉体労働で汗をかいてもシャワーを浴びるどころか顔を洗うこともできない。
 それでいて、もらう賃金は最高でも通常時の日当にプラス危険手当が10万円。大半は危険手当も数千円から1万数千円ほど。
 2011年5月23日まで、ホールボディカウンターによる内部被曝の検査を受けたのは、それまでに緊急作業に従事した7800人のうち1800人だけ。そして、内部被曝が1万カウントをこえた人が見つかった。それでも、誰も大騒ぎせず、そのまま、「どうぞ、お帰りください」と言われるだけだった・・・。
線量が高いため、作業は文字どおりの「人海戦術」で進められる。作業時間は、1班あたり30分。3回まで昇り降りする時間を差し引くと、現場で実際に作業できるのは、せいぜい10数分が限度。だから、大量の作業員を投入して、次から次へと交代して工事を進めていく。
 6次下請けで入っている経営者に5次下請けの会社が支払う日当は1人あたり1万8000円。そのうち、1万5000円を労働者に渡す。
 九州の原発で働く作業員の日当は1万4000円が相場だった。原発では、偽装請負は当たり前。しかも、実態は二重派遣、三重派遣。そして、中間に暴力団が絡んでいる。結局、そうしないと人が確保できない。
 東電が認めているのは三次までだけど、実際のところ、一番下は10次くらいまでいく。もし、完全に法人登録していないとダメとか、暴力団が絡んでいるのを排除しようとしたら、原発は成り立たない。放射性物質は、まだ漏れ続けているし、汚染水も地下水が流入してどんどん増え続けている。こんな状況で「収束」はありえない。
 「誰かがやらなくてはいけない」被曝労働が、これから数十年間にわたって続く。いえ、数十年では絶対に終わるはずがありません。何百年でもないでしょう。永遠に地球を汚染し続けるのです。原発、放射性物質を生みだすもとと人類の平和共存はありえません。
 今こそ、原発なんて直ちに「ノー」の声をあげるべきです。
 大変いい本でした。著者のご苦労に感謝します。
(2012年10月刊。1700円+税)

2012年12月26日

告発!隠蔽されてきた自衛隊の闇

著者  泉 博子 、 出版  光文社

自衛隊の内部では一般社会の想像を絶するいじめが横行しているようです。それは自殺者の比率が以上に高いことに示されています。
 2001年から2008年度まで、日本人の自殺者は10万人あたり27.4人。ところが、陸上自衛官は37.0人、海上自衛隊官は36.3人、防衛省事務官は28.2人。
直近の5年間では、自衛官の自殺率は日本国民の平均を45%も上回っている。
 今年3月末で自衛隊を定年退職した著者は、40年近く自衛隊に事務官として働いていました。ところが、平成6年に職場の不正を内部告発してからの18年間、組織ぐるみの陰湿ないじめを受け続けてきたのです。
 内部告発者が組織の敵、異端者として、徹底的なパワハラを加えられた。その結果、心身ともに疲れ果て、入退院を繰り返した。
 この本に顔写真がありますが、とてもお元気そうで、そんな入退院を繰り返した人だとは、とても思えない若々しさです。
 部隊は、奄美群島の一つ、沖永良部島にある航空自衛隊那覇基地の分屯基地。著者は、この沖永良部島で生まれ育ち、今も島に暮らしています。
 自衛官の不正とは・・・。
 コピーキャットを購入していないのに、納品をねつ造して、購入したことにして、業者に支払わせる。そのお金をゴルフ大会とか利用に使う。
 業者の印鑑を部隊が預かっているので、本人の知らないうちに見積書や納品書がつくられ、納めてもいない品物が納品されたことになっている。
 私物の不正購入や補給物品の持ち帰りはあたりまえだった。息のかかった出入り業者に対し、実際の物品購入代金よりも多目に振り込み、業者がその差額をプールして自衛官の遊興費に充てる。
 地元業者とは特異な関係にあり、競争入札はせず、調達担当の独断で発注する。自衛隊と業者は持ちつ持たれつの関係にある。
 こんな不正を内部告発したあとは、「同僚を犯罪者にしたてた怖い人」というレッテルを貼られ、隊員が近寄らなくなった。
 著者は、23年間、一度も昇任しなかったといいます。これは辛いです。悔しいですね。明らかに報復措置です。それでも、3人の娘さんからは高く評価されているというのは、うれしい限りです。
 そして、TBS報道特集でも全国放送されたとのこと。北海道の佐藤博文弁護士からもアドバイスをもらったとあとがきに書かれていました。佐藤弁護士とは、日弁連で一緒の委員会ですので、とてもうれしく思いました。
(2012年9月刊。1500円+税)

2012年12月22日

七つの会議

著者  池井戸 潤 、 出版  日本経済新聞出版社

私も実は一度だけ会社の就職面接を受けに行ったことがあります。大手製造メーカーでした。司法試験を受けている最中でしたが、少しヒマのできたとき、同級生に員数あわせとして誘われて興味本位についていったのでした。司法界にすすむつもりでしたので、会社の雰囲気を味わいに行っただけですが、こんな大きな会社に入ったら息が詰まってしまうだろうなという思いで、圧倒されてしまいました。
この本を読むと、中小企業に入ったら勤め先がいつまであるか不安を味わうことになるし、大企業にはいると組織の倫理が優先して汚れ仕事も頼まれたら断れなくなるし、とかくサラリーマンは気楽な稼業どころではないと身につまされます。
同じような企業の欠陥製品を扱った著者の『空飛ぶタイヤ』を思い出しながら、身に迫ってくる緊張感を味わいつつ車中で一心に読みふけりました。往復2時間の車中で一気に読みあげたときには、緊張感がようやくほぐれていく思いでした。
 『鉄の骨』も『下町ロケット』もよく出来ていましたし、『ルーズヴェルト・ゲーム』も読ませましたが、この本も大企業の社内のさまざまな人間模様をいくらか図式的ではあると思いつつも、よく描きわけているものだと驚嘆しました。
推理小説ではありませんが、ネタバラシするのは私の趣味ではありませんので、ストーリーの紹介はしません。
 ともかくノルマに追われる営業部のなかで、ノルマを達成していた課長がある日突然、左遷され、万年係長で働かない男がのうのうとしていて、それを上司が許しているという不可思議な職場から話はスタートします。
 夢は捨てろ、会社のために魂を売れ。
 客を大事にせん商売は滅びる。顧客を大切にしない行為、顧客を裏切る行為は自らの首を絞めることになる。顧客に無理な販売をせず誠実に顧客のために思って働くこと。
会社であっても、企業の大小を問わず、我が身大切を優先させたら、我が身もいつかは滅びるのですよね。天知る、地知る、我知る、です。それを肝に銘じるべきだと思い至りました。
(2012年11月刊。1500円+税)

2012年12月16日

幕が上がる

著者  平田 オリザ 、 出版  講談社

爽快な気分にさせてくれる青春小説でした。
 高校生がマラソンでも合唱コンクールでもなくて、演劇コンクールに出場する話です。
 立派な大人が高校生の演劇部を描いても、この本のように現代高校生の気分を見事に反映できるものなんだと改めて驚嘆したことでした。
 もちろん、高校生たちにも綿密な取材をしたのでしょうね。結論は見えているようなものなのですが、そこに至る経過が若者の心理と置かれている社会環境(入試など)を反映した会話とともに、生き生きと描かれているので、作中人物になりきってしまえるのです。ここらは作家の腕前ですね。
東京近郊の海のない県にある高校という設定です。山梨県のつもりで私は読みすすめました。演劇に関心があり、大学でも演劇部に入りたいという高校生が主人公です。ここらあたりは私には無縁の世界です。私にとって、音楽も劇も自分の人生にはまるで向かない分野でしかありません。映画をみるのは大好きなのですが、コンサートも劇も久しく縁がありません。
部員の少ない弱小演劇部に福顧問として若い女性美術教師が就任したことから、話は急転回をとげます。なんと、その女性教師は大学時代に演劇の女王だったというのです。
 高校演劇はクラブ全体の力が集まらないと勝てない。俳優はそんなにうまくならない。だから、本当にうまい顧問の創作劇は、下手だけどがんばっている子には、短いセリフで確実に受けがとれたり泣かせるような役をつくる。
 静か系というのは、静かな演劇といって、大体、日常生活を描いている。
 口語系というのは、セリフはリアルで、話がちょっとファンタジーとか、ファンタジーでなくてもリアルでないとか・・・。
 宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」を題材にした演劇を主人公につくりあげていく過程がまた読ませます。これは、ベースに宮沢賢治のイメージがあるのでぴんと来るのでしょうね。
 久しぶりに心の洗われる思いのする本でした。
(2012年11月刊。1300円+税)

2012年12月12日

原発・正力・CIA

著者  有馬 哲夫 、 出版  新潮新書

読売新聞は、日本最大の発行部数を誇る新聞ですが、同時に改憲を積極的に主張するなど露骨に財界、右より姿勢を示しています。とても不偏、不党とは言えない紙面になっています。
その社主であった正力松太郎は、CIAの日本エージェントとして、ポダムという暗号名までついていました。CIAとは持ちつ持たれつの関係だったようです。
正力松太郎は総理大臣を目ざしていた。そのためには政治目標が必要だった。それが原子力だった。原子力を手に入れたら、手っ取り早く財界と政界に影響力をもつことができる。いや、直接、政治資金と派閥が手に入るという点で、新聞以上の切り札だった。
 アメリカの援助を背景に原子力発電所を建設し、数年以内に営業運転まで持っていけば、政治キャリアのほとんどない正力でも総理大臣になるのも夢ではない。原子力平和利用推進は、正力にとってまさしく夢を現実にする魔法の切り札だった。
 アメリカの在日情報機関は、第五福竜丸事件のあとに澎湃とわき起こった原水禁・反米運動によって窮地に立たされた。アメリカによる日本占領の終結以来、最大の心理作戦上の大敗北であった。このため、米国情報機関は右よりの読売新聞グループを頼りにした。
 CIA文書には次のようになっている。以下の要件で、ポダム(正力松太郎)の使用を許可する。メディアの分野で、日本の政治的な出来事や傾向、メディアや進部員の関係者についての情報を得るための使用。
うひゃあ、まさしく正力松太郎と読売新聞はCIAの思うままに操られていたのですね。
 正力のメディア帝国は、日本でもっとも中央集権的で、したがってもっともコントロールしやすく、大衆の心をかきたてるという点では、もっとも影響力が強い。
 これもCIA文書の言葉です。
原子力平和利用博覧会が大成功し、正力の態度がいよいよ尊大になると、CIAは正力に対する警戒を強め、関係を見直そうと動きが出ていた。
 そして、ついに正力とCIAは対決するに至ったのです。
 正力は、これまでアメリカの頼みをやめ、イギリスにパートナーを換えることを決断した。CIA文書は、アメリカ側との交渉が決裂したことが、正力をイギリス製の原子炉の購入に走らせたと分析している。そのころ、読売新聞はアメリカの外交に批判的な記事を連続してのせていた。アメリカ型の原発を日本に導入した正力松太郎にまつわる裏話が満載の本でした。
 3.11の前に書かれていることもあって、原発の恐ろしさについてはまったく触れられていません。その目から見直す必要があると思いました。
 それにしても、読売新聞ってCIAにずっと操作されていたような新聞なんですね。どうりで、アメリカべったりというのもよく理解できます。でも、嫌ですね。やっぱり、マスコミには日本の自主性を主張してほしいものですよ。
(2011年6月刊。720円+税)

前の10件 92  93  94  95  96  97  98  99  100  101  102

カテゴリー

Backnumber

最近のエントリー