弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

社会

2013年11月29日

メルトダウン・連鎖の真相


著者  NHKスペシャル取材班 、 出版  講談社

NHKテレビで放映された三本の番組を再構成した大型本です.写真がたっぷりあって、迫真力があります。
 すでに亡くなられた吉田昌郎所長(福島第一原発)は、何度も、死ぬだろうと思ったと振り振っています。
 1号機の爆発、3号機の爆発、そして2号機の原子炉に注水するとき、なかなか水が入らず、最悪の場合メルトダウンが進んで、コントロールが不能になって、これで終わりかなと感じた。これで終わりということは、東京をふくむ250キロ圏内に人間が住めなくなるということです。すなわち、日本の終わりを意味していました.幸いにして、そうはならなかったわけですが、今なお、その危険は続いていることを、つい忘れがちです。4号機の使用済み核燃料の取りだし、移動に1本でも失敗したら、同じ状況が生まれるのです。それは、いまからの作業なのです。
 そして、そこを狙ったテロ活動をどうやって防ぐというのでしょうか.秘密保護法で防止することも出来ません。本当に、原発は人類のコントロールできない怖い存在なのです。
小泉純一郎元首相が、しきりに脱原発しろと叫んでいるのに、私は心から賛同します。
 この本には、在日アメリカ大使館の高官が福島第一原発をこっそり訪問して、一人一人、全員に握手してお礼の言葉を述べたことが紹介されています。それほど福島第一原発事故が大惨事にならなかったことをアメリカ当局は喜んでいるのです。とりわけアメリカ側が恐れたのは4号機のプール内にあった大量の使用済み核燃料の行方でした。
 アメリカ大使館の高官は、免震棟にいる一人残らず全員と握手したまわり、事故対応にあたった健闘をたたえた。これに対比すると、わが菅首相は、緊急時対策室で作業に当たっていた人たちの労をねぎらう言葉をかけることもなく帰っていったのでした。これは、人間性の遠いというより、大所高所からの視野の広狭の違いではないかと思いました。
 今回の事故は、日本での使用済み核燃料の危機対策が無防備きわまりないことをあらわにした。もし、むき出しのプールから直接大量の放射性物質が放出されることになったら・・・。
原発は直ちに廃止する。そして、脱原発の作業をじっくり進めていくべきだとつくづく思ったことでした。大型本の割には安価ですし、一読されることを強くおすすめします。
(2013年6月刊。1900円+税)

2013年11月28日

戦後歴程


著者  品川 正治 、 出版  岩波書店

何回か著者の話を聞きました。戦中体験にもとづいて憲法9条の大切さを諄々と説き明かす話でした。そのたびに、深い感動を覚えました。中国戦線に駆り出され、最前線で爆風とともに意識を失い、危うく生命をとりとめたのです。身近なところで、戦友が死んでいくのを見守るだけでした。
 そして、なぜ著者が中国大陸の最前線へ行くことになったのか。それは、京都の第三高等学校の生徒総代をととめていたときの事件に原因がありました。
 ある生徒が軍人勅諭を暗誦しはじめたのです。
 「我国の天皇は世々軍隊の統率したまうところにぞある」・・・・
 天皇と軍隊を入れかえて、まったく逆の意味にしたのでした。
 それに気がついた軍人に対して、その生徒は「天皇に名をかりて、軍はいったい、この国をどこに連れていこうとしているのですか?」と逆に問いかけたのです。いやはや、すごいことです。戦時中に、こんなことを軍人に向かって正面きって言った学生がいたなんて・・・。
 上海から復員船に乗って著者が日本に帰ってきたのは。1946年4月のこと。
 船中で日本国憲法草案を読んだのです。
 読み終えると、全員が泣いた。陸海空軍はもたない。国の交戦権は認めない。よくぞここまで書いてくれた。これなら、亡くなった戦友も浮かばれるに違いない。読みながら、突き上げるような感情に震えた。
 いま、憲法9条という旗は、解釈改憲の歴史のなかでボロボロになっている。だが、それでもなお、その旗竿を国民はしっかり握って離さないでいる。
 うん、うん。まったくそのとおりですよね。握って離すものですか・・・。アベノミクス、もとい、アホノミクスになんか負けはしませんよ。
 東大法学部の卒業試験を無事に切り抜けた話は、まさしく神業(かみわざ)でした。すごいです。
 卒業後は保険会社に入り、労働運動の世界へ。これまた、労働学校に一生徒として夫婦そろって入学して勉強したというのですから、生半可な気持ちでは出来ません。
 60年安保闘争のときには労組委員長も3年間つとめています。そして、次は損保会社の経営の中枢に入ったのでした。社長そして、会長です。国際的な活動も展開しています。
 ともかく話のスケールの大きい人です。惜しくも先ごろ亡くなられました。その志を私も少しは継ぎたいと考えています。
(2013年9月刊。1800円+税)

2013年11月27日

生活保護リアル

著者  みわ よしこ 、 出版  日本評論社

先日、私の住むまちで、市役所の保護課に市民課に市民からの通報(告発)がありました。生活保護を受けている隣人がうどん屋でうどんを食べているのを見かけた。国から保護を受けているくせに、外食などしてうどんを食べるなんて、けしからん、というものです。
 それを聞いて、本当にびっくりしました。これまで、生活保護を受けている人がパチンコ店に出入りしているのを見かけるが、とんでもない、けしからんという叫び声を聞いたことはありましたが、まさか、うどん屋でうどんを食べていてもぜいたくだ、いけないなんて、信じられない「告発」です。「告発」した隣人は、恐らく外食もせず、せいぜいコンビニ弁当で我慢しているのでしょうね。
 そこには、恐るべき妬み心を認めることができます。
 生活保護を受けている障害者は、嫌がらせにあいやすい。
 生活保護は、あくまで申請主義である。福祉事務所は基本的に生活保護の申請を拒むことはできない。
 だから、「水際作戦」と称して申請自体がないようにしていた北九州市のような自治体があったわけです。
 生活保護は世帯単位で申請する。生活保護受給者の11%は15歳未満の子どもたち。
 生活保護の不正受給はしばしば問題とされるのに対して、必要とする人が保護を受けられない(漏給)ほうは問題とされることがない。日本の相対的貧困率は、16.0%(2009年)。1920万人が生活保護水準より低い生活を強いられている。つまり、日本の生活保護は、必要とする人の20%しか対象としていない。これをさらに減らそうというのがいまの安倍内閣が進めている福祉切り捨て政策である。
 生活保護を受けると、世論に攻められ、遊び半分でネタにされる。しかし、好きで生活保護を受けているわけではない・・・。
生活保護たたきに走る人には、生活の苦しい人が多い。本来なら生活保護を受けられるような人が、受けずにがんばっている人。恥の意識が強くて、自己責任を内面化している。自分は必死でがんばっているから、生活保護を受けている人に対して、「なぜ、あいつは」と思ってしまう。でも、結局、生活保護たたきをしている人は自分の首を締めているだけ。そのことを自覚していない。
 弱いもの同士が「いじめ」あう変な世の中です。その一方で、スーパーリッチは高見の見物をしているわけです。それに乗っかって弱者切り捨ての政治をすすめているアベノミクスって、絶対に許せませんよね。
(2013年7月刊。1400円+税)

2013年11月21日

自衛隊にオンブズマンを


著者  三浦 耕喜 、 出版  作品社

現代の日本社会で自殺率の高い組織の一つが自衛隊だ。その数は年100人近くに達する。
 自衛隊は、その発足以来、戦場で誰も殺さなかった。また、隊員から誰ひとり戦死者を出さなかった。そのことは、世界の誇りをすべきことだ。ところが、その陰では、いく人もの自衛官がいじめやストレスの中で自死に追い込まれている。
 日本の防衛省は、省内に自殺対策の組織(防衛省「自殺事故防止対策本部」)を設けている。
 自衛隊の自殺率は33.3で、一般国家公務員の21.7より10ポイント以上も高い。これに対して、ドイツの連邦軍兵士の自殺率は7.5で、一般国民の11.5よりも低い。ちなみに、アメリカの兵士の自殺率は20.2。
 インド洋やイラクなどへの海外任務に就いた、のべ2万人近い自衛隊のうち、16人が在職中に自殺していた。
 このような自衛官の不幸を少しでも減らし、自衛官としての務めを憂いなく果たすことを促すため、「軍事オンブズマン」制度を日本に導入すべきである。これが著者の主張です。
 著者は前に『ヒトラーの特攻隊』(作品社)を書いています。この欄でも紹介しました。
ドイツでは軍事オンブズマンが兵士の悩みに寄り添っている。兵士自身も団結し、自分たちの思いを声にしている。さらに、軍の幹部自らが兵士に対し、自信の良心にもとづき、自分で考えることのできる人間であれと指導している。
 ドイツの軍事オンブズマンは、ドイツ連邦議会が任命する。
 ドイツ連邦軍の全施設に事前通告なしで立ち入ることができる。50人の専属スタッフが働いている。ドイツでは、兵士は、「制服を着た市民」と考えられている。
 軍事オンブズマンのもとへ、年間6000件もの苦情が兵士から寄せられる。
 軍隊は議会がコントロールするもの。議会による軍のコントロールこそ、軍事オンブズマンの要となっている。ドイツは国民男子に兵役義務を課している。
 ドイツには、兵士による団体「連邦軍協会」がある。会員は21万人。ストライキこそしないが、デモはやっている。
 日本の自衛隊とドイツの連邦軍は、どちらも25万人。ドイツ軍は、現在、世界11の地域に合計7000人の兵士を出している。アフガニスタンでは、これまで30人以上の犠牲者を出している。
 そう言えば、ドイツではありませんが、デンマークだったかと思いますが、アフガニスタンに兵士を派遣している状況が映画になっていました。『アルマジロ』というタイトルで、戦場の悲惨さが国内に伝わり、反戦気運が一挙に盛りあがったということでした。
 25万人の隊員をかかえる自衛隊について、もっとドイツのように民主化し、風通しの良い組織に変えていく必要があること、そして、それは必要だし、可能なことを教えてくれる貴重な本です。
(2010年7月刊。1800円+税)

2013年11月20日

内心、「日本は戦争をしたらいい」と思っているあなたへ

著者  保阪 正康・東郷 和彦ほか 、 出版  角川ワンテーマ21新書

とても共感できる、大切な指摘がたくさん書かれている本です。とりわけ若い人に読んでほしいと思いました。
 国民が戦争を待望する心理を持つ状態になると、戦争好きな、そして自らの政策の失敗を隠そうとする政治指導者は、これ幸いに国民のそんな感情を厚かましく利用する。
 政治指導者が「戦争」という手段を選択したとき、それは、政治家として、国民の生命と安全を守るという基本原則を踏み外したわけで、失敗したということである。
 戦争は、ある日突然に起こるのではなく、社会的空気や雰囲気が次第に「平時」の持つバランスを欠く事態になり、軍事指導者は、それらを巧みに利用しながら、戦争へ導いていく。
 戦争とは、要は「敵国将兵」や「敵国民」の大量殺害を目的とする。しかし、敵国の人々を殺傷するということは、「敵国」から私たちも殺傷されるということ。お互いに殺傷をくり返し、その被害が大きい側、あるいは被害を通り越して壊滅状態に追い込まれた側が「敗戦」したことになる。
 戦争に進む道を歩んでいるときは、威勢のいい意見や声高に愛国心を説く者が、あたかもヒーローであるかのように見える。
 軍事的衝突を前提としない国づくり進めてきた国には、それに伴う国際社会での信頼と安心を与えてきたという事実がある。
 中国が気にくわないからといって、いたずらに互いの国民感情を挑発しあう言動をくり返すのは、戦争への意見の皮膚感覚を失った「右からの平和ボケ」以外のなにものでもない。
 いま、「愛国心」を叫ぶ人には愛はない。他人を非難し、攻撃するためだけに「愛国心」が使われている。
 日の丸・君が代を学校現場で強制するのでは、日の丸・君が代が汚れてしまう。
日本のマス・メディアは権力の愛玩犬(プードル)になりさがっている。本来の機能である監視犬の割合を果たしていない。
 前にも紹介しましたが、デンマークの映画『アルマジロ』がとりあげられています。アフガニスタンに派遣されたデンマーク軍の実情を従軍して取材した映画です。この映画をみたデンマーク国民の多くが、たちまちアフガニスタンへの軍の派遣に反対するようになったのでした。何しろ、「文明国デンマーク」の若者が、粗暴で残虐で野蛮な兵士になってアフガニスタンで人を殺している現実があるのです。そして、市民生活を悪い方向に追いやっているのです。これでは、反戦になるのも当然です。
 とても時宜にかなった本です。200頁たらずの本ですので、ぜひご一読ください。
(2013年6月刊。781円+税)

2013年11月17日

どっこい大田の工匠たち

著者  小関 智弘 、 出版  現代書館

日本のモノづくりも、まだまだ捨てたものではない。そう実感させてくれる心温まる本です。
 著者自身が大田の町工場で永く旋盤工として働いてきましたので、匠(たくみ)たちを見る目にはとても温かいものがあります。著者の本はかなり読みましたが、最新作のこれもおすすめです。
 大田区には自転車でひとまわりすれば、たいていの仕事ができるほど多様な技術をもった町工場がある。そこで、自転車ネットワークとか、路地裏ネットワークと呼ばれるネットワークが可能な町である。
たとえば、安久工機は従業員6人の町工場。ここで、視覚障がい者が指先でさわって「見る」ことができる絵を描ける触図筆ペンをつくって売り出している。
 全盲の子どもたちに、絵を描かせたり、絵のタッチを理解させることのできるペンだ。当初20万円したが、今では10万円で市販されている。すごいですね。かなり苦労したようですが、不可能を可能にする人間の知恵がうまく生きています。
 大田区の町工場がつくった「下町ボブスレー」は無償でつくりあげたものだが、全日本選手権試合(女子二人乗り)で、優勝した。
 大田区の町工場には、「菓子折りつきの仕事」というものがある。なんとか頼みますよと、菓子折りをつけて頼み込む。だから、技術的には難しいが、工賃は高い。そして、町工場は、時のたつのも忘れて仕事にのめり込んでしまう。
町工場の工場主(おやじ)さんたちのあいだには、「息子が後を継いでくれて良かった」派と、「息子に後を継がせなくて良かった」派の二つがある。そうなんでしょうね。みんながみんな生き残れるほど、きっと世の中は甘くないでしょうから・・・。
 町工場の技術は、ちょっと見学したりビデオで見たからといって、すぐに真似られるものではない。だから見学も、ビデオ撮影もOKという町工場があるそうです。驚きました。
町工場を生きるということは、理不尽を生きるということでもある。
いいですよね・・・。ここに登場する職人さんたちの話を聞いていると、なるほど努力と工夫で人間(ひと)は生き延びていけるものだと痛感します。
(2013年10月刊。2000円+税)

2013年11月15日

保守論壇亡国論


著者  山崎 行太郎 、 出版  K&Kプレス

私と同じく団塊の世代の著者は自称するところ強固な保守派です。その保守派からして、今の保守論壇の「思想的劣化」と「思想的退廃」は許せないと、厳しく弾劾しています。
 いまや多数派を形成しているのは「保守」であり、「右翼」である。かつては多数派は「左翼」であり、「革新」勢力だったが、今や変わった。
 昨今の保守思想家たちには、「作品」と呼べるような仕事、つまり業績がない。
 安倍晋三の政治家としての限界と悲劇は明らかである。あまりにも政治的言動が軽すぎる。その根本原因は、安倍晋三が妄信し、影響を受けている保守論壇や保守思想家たちにある。
 保守のイデオロギー化、理論化をすすめたのは、左翼から保守への転向組である。つまり、「遅れてやってきた保守」である。西部邁、小林よしのり、藤岡信勝など。彼らは左翼仕込みの手法をつかって、保守論壇の「左翼化」を推進した。その結果、保守の定義を題目のように唱和するだけで、保守として振る舞えるようになった。
 左翼論壇の思想的劣化と知的退廃という現実があったからこそ、保守論壇の思想的劣化と知的退廃は始まった。小林よしのりというギャグ漫画家が保守論壇をリードしてきたという事実が、まさしく、保守論壇の思想的な貧しさを象徴している。
 桜井よし子には、オリジナルな議論・主張は見られない。桜井は、保守論壇の多数意見、「偏狭なナショナリズム」を代弁しているだけにすぎない。桜井は福島みずほとの架空対談まで捏造した。これはジャーナリストとしての品格の問題である。流行の話題があるとすぐに飛びつき、専門家気どりの発言を繰り返すところに桜井の特徴がある。
 桜井には、はじめから現実や真実を見ようとする姿勢が欠けている。
 小林よしのりを、一時的にせよ、保守論壇のスターにしたのは西部邁だ。転向保守ほど、過激な保守思想に走る。西部にも、これが認められる。そして、西部邁には、代表作と呼べる作品がない。
 渡部昇一の書くものは、学問や学問的能力とは無縁のものだ。渡部昇一の昭和史は、受動史観である。受動史観とは、悪いことは、すべて他人の責任とするもの。中国が悪い。ロシアが悪い。アメリカが悪い。このように言いつつ、日本は悪くない。自分は悪くないと言いはる。
思考力の劣化とは、深く考えること、粘り強く考えることを嫌い、わかりやすさと単純明快な答えを求める。そこから、存在の喪失が始まる。
 抜粋して紹介しましたが、なるほどと思うところがたくさんありました。それにしても保守派論退の退廃はひどいものだと私も思います。
(2013年9月刊。1400円+税)

2013年11月13日

原発、ホワイトアウト

著者  若杉 冽 、 出版  講談社

現役キャリア官僚によるリアル告発小説と、オビにあります。
原発再稼働をめぐって、官僚と政治家たち、そして電力会社がどのように画策しているのか、目に見える形で日本の暗黒面をえぐり出しています。
 大衆は、原始人よりも粗野で愚かで、短絡的だ。
 原子力の値段には、廃炉の費用や交通事故対応のコスト、それから放射性廃棄物の処分コストが含まれていない。とはいっても、そうしたコストが現実に発生するのは遠い先のこと。将来どんなに費用がかかるといっても、それを現在価値に割り戻せば、たいしたことはない。
 大衆はきれいごとに賛同しても、おカネはこれっぽっちも出さない。
 国会周辺の反原発デモに集まっている連中の実態は、定職のない若者や定年後の高齢者が、やり場のない怒りをぶつけるステージに近いもの。
うむむ、官側には、このように見えているのですか・・・。
 マスコミは、社会の木鐸(ぼくたく)として、社会正義のために働く職業だと世の中からは認識されている。しかし実際には、社会正義の実現よりも、他者を出し抜く、あるいは広告をとって利益をあげることが優先されることが多い。組織の建前と本音は一致しない。
 「ホテルで秘書官らと夕食」と首相動静に書かれているとき、首相はホテルを抜け出して、報道されたくない会合に参加していることが多い。
 これを、自民党の某女性議員(大臣経験者でしたよね・・・)が首相の動静を書くなんてけしからん、守るべき国家秘密だと先日わめいていました。とても信じられない感覚です。
 メタル・フレームの眼鏡をかけた検事総長は、もともと神経質そうに見える小男だが、首相の前でさらに緊張して小さく縮こまっている。
今の検事総長は、私もよく知っている人物です。たしかに小柄ではありますが、なかなか肝のすわった人物だと私は見ています。
 優れた政治家というのは、頭が切れる必要はない。よく官僚に説明させて、それを正しく理解し、しばらくのあいだ記憶が保持できる。それだけでいい。日本国の総理大臣とは、その程度のもの。
残念ながら、その程度の首相の思い込みに今の日本は振りまわされています。
 原発の電気は、発電時には安いと称しているが、あとの放射性廃棄物の処分がいくらかかるか分からないという不都合な真実を、総理独自の情報源で入手し、官僚の説明と付きあわせて自分の頭で勉強するようなことはしない。
 安倍首相が自分の頭で深く考えるような人間でないことは、よく分かりますよね。言葉があまりにも薄っぺらなのです。
 電力会社は経費が政府によって非常に甘く査定されているので、経費が通常より2割高になっている。だから、取引先にとっては、非常にありがたいお得意様になる。そこで、この2割のうちの5分をまき上げて電力会社が自由に使えるお金とした。年間2兆円もの発注額なので、800億円という大金を電力会社は自由に使える。このお金で政治家を買収し、フリージャーナリストを雇う。そして、そのお金を使えば、電力会社にタテつくような人気のある県知事だってスキャンダルに巻き込むことも容易である。
 実際に、その大胆な手口が紹介されています。
 原発再稼働に向けて政官財の策動が激しくなっているなか、その実態をいわば内部告発した本として一気に読みすすめました。
 歴史は繰り返される。しかし、二度目は喜劇として。
 これは、久しぶりに出会ったカール・マルクスの言葉です。本書の冒頭にあり、びっくりしてしまいました。でも、本当にそのとおりですよね。現役のキャリア官僚が書いたということですが、この人の将来はどうなるのでしょうか。その決意のほども知りたいと思いました。
(2013年10月刊。1600円+税)

2013年11月 8日

赤い追跡者

著者  今井 彰 、 出版  新潮社

うまいです。おもわず、本の世界にぐいぐいと引きずり込まれてしまいます。
 エイズ患者の売血がアメリカから輸入された血液製剤に混入していた。それを知りながら原生省は見逃し、学者たちも見逃しに加担する。それを全日本テレビ取材班が駆け付けるのです。
 強奪、脅迫、色仕掛け・・・。取材のためなら手段を選ばないディレクターは、死んでいった罪のないエイズ患者の無念を晴らすため、厚生官僚、医学部教授、製薬会社がひた隠す秘密を暴いていく。
 ええーっ、これって、いま問題の特定秘密保護法案が成立したら、全部、違法行為として処罰の対象になるものではありませんか・・・。取材の自由とか報道の自由なんて、あくまでもイチジクの葉っぱで、何の役にも立ちません。警察が動いてしまったら、もう報道されず、記事にもならないでしょう。あとで、真実が明らかになっても、もっとも真実が明らかになる保障もありませんが、遅いのです。
 この本は、1994年にNKHスペシャルで放映された「埋もれたエイズ報告」が出来あがるまでを小説として再現したものです。どこまで事実に忠実なのかは分かりませんが、アメリカ発の汚染された血液製剤が日本に輸入され、血友病患者に患者を続出させた事実は重いと思います。
 それを官僚と御用学者そして製薬会社が共謀して知らぬ顔をきめこんでいたのですから、悪質です。それにしても、よくぞ取材班は真相を究明できたものです。ところどころに、良心のある人、罪の呵責に悩む人がいて助けられたこともあるようです。みんながみんな、自分のことしか考えているわけではないのですね。
 ちなみに、菅元首相が厚生大臣のとき、隠されたエイズ関連資料を厚生省から探し出したと発表して、一躍、時の人として脚光を浴び、さらに、裁判所の和解勧告を受け入れました。この人気をもとに、一気に菅は大臣から首相への道を手にしたのでした。あからさまなパフォーマンスでしたが、それでも和解を成立させたことは評価すべきなのでしょうね。
 どうやってマル秘資料を発掘していったのかが、この本の読みどころです。それこそ、脅迫、強奪、色仕掛けの数々が紹介されています。これでは、特定秘密保護法案の許す「相当な方法」とはとても言えません。きっと厳重処罰の対象になることでしょう。
 エイズ問題は、すっかり小さな話題になってしまいました。不治の病といわれていたのが、特効薬によって治る病気になったのも大きいですよね。
 NHKの番組として放映されるかどうかも、ドラマになっています。放映禁止の仮処分が申請され、NHK内部にも難局を回避して、放映の先送り論が出てきたのです。
 「きみは日本人を知らないね。日本人ほど、パニックになりやすい人種はいないんだ」
 「日本人は気質的に、パニック民族なのだよ。ことに自分たちが被害を受けるとなると、もう冷静さはなくなる。そうした国民を導いてやるのが、官僚や政治家の役目なのだよ」
 官僚と政治家は、私たち日本人をこのように見ているというわけです。まさしく、上から目線の、国民を馬鹿にした言い草です。とんでもありません。今、いちばん馬鹿げたことを言うのは国会議員に多いように思います。
 婚外子の相続分差別を意見とした最高裁判決について、これでは家族制度が守れないから無視しろという声が自民党内部に強いということです。おかしな話です。そんな低いレベルの人たちに日本の政治を任せておくわけにはいきませんよね。
著者は元NHKのプロデューサーです。前に『ガラスの巨人』(幻冬舎)という傑作を書いています
(2013年6月刊。1700円+税)

2013年11月 5日

ペンギンが空を飛んだ日

著者  椎橋 章夫 、 出版  交通新聞社新書

生き物のペンギンの話ではありません。電車・バス・地下鉄・モノレール、どこでも使えるようになった便利なIC乗車券が誕生するまでの苦労話です。
私にとっては、今でも不思議でなりません。なぜ、接触させることもなく、機械に近づける(かざす)だけで瞬時に見分けることができるのか、そして、いろんな路線を利用しても、きちんと清算できるのか。ナゾだらけのカードです。この本を読んで、読みとりには短波を使っていることが分かりました。
自動改札機の読みとり装置が電波を出し、ICカードが反射して通信するパッシブ方式。でも、ICカードが反応するには、何らかの電源が必要なのではないでしょうか・・・。
 そこで、電力を内蔵せず、通信ごとに電波で電力を供給する方式にする。すなわち、非接触式で、バッテリーレス。
 カードを読みとり機に少しでも「かざす」時間を長くするために考えられたのが「タッチ・アンド・ゴー」。つまり、カードを触れさせることによってカードの軌跡はV字を描く。直線的な動きより、本の少しだけ時間がのびる。このわずかな傾斜によって、歩行速度が減速して改札機を通過する。これはこれは、偉大なる発明ですよね・・・。
 技術的に解決するのが困難な課題を、「運用」で解決した。
電池を内蔵しないICカードは電波を使った電磁誘導で電力を供給するために、その電力は不安定になる。そのため、データの書き込み途中でチップが止まって書き込みができなくなったり、データ破壊が起こりやすくなる。
スイカ・カードにID機能は不要だという意見もあった。しかし、ID機能をつけたおかげで、その利用可能性は飛躍的に高まった。
2007年3月、スイカ・カードがJR、私鉄、地下鉄、バスで使えるようになった。スイカの運用開始は2001年11月。サービス開始から1年たたないうちに500万枚、2004年10月には1000万枚の利用となった。
 今では、スイカ・カードで買い物までできるのですよね。典型的にへそ曲がりの私は絶対使いませんが、自動販売機やコインロッカーを利用するとき、小銭のないときには便利ですね。でも、コンビニまで・・・・。
 今では、全国の列車、私鉄に通用するのですから、恐ろしいことです。スイカキャラクターはペンギン。飛べないはずのペンギンが空を飛んだ・・・。
(2013年8月刊。800円+税)

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