弁護士会の読書
※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。
社会
2016年10月 1日
漫画は戦争を忘れない
(霧山昴)
著者 石子 順、 出版 新日本出版社
大学生のころまではマンガ週刊誌をふくめてマンガをよく読んでいましたが、大学を卒業すると同時に、基本的にマンガからも卒業しました。
でも、弁護士の仕事に役立つマンガも実際にありますので、今でも単行本は買って読むことがあります。生活保護や介護の現状など、マンガで視覚的に問題状況をつかむことが出来ます。
大学受験のためには、日本史や世界史もマンガで全巻通読しておいたほうがいいという、奈良の佐藤真理弁護士夫人の指摘には、恐らくそうなんだろうな・・・と思います。
この本は、漫画で戦争の悲惨さが語りつがれてきたことを振り返っています。
水木しげるをはじめ、戦争体験者や中国からの引き揚げを体験したマンガ家って、想像以上に多いのですね・・・。
戦争漫画は、陸、海、空で展開された戦争の激しさ、むなしさを描く。
過去を知らないと未来はないことを、戦争を見つめ反省しないと平和はないことを、つかみとることが出来ないことを漫画は描いている。
戦争は、戦場で敵を倒す。人間を殺すことを合法化した争いで、多く倒せば英雄となる。このさまざまな武器をつかって戦うさまをカッコよく描くのが、かつての戦争漫画だった。
手塚治虫は、8月15日に終戦になったあと、焼跡に電灯がついているのを見て、本当に戦争が終わったことを知り、大喜びした。
「こんなに感動したことはない。それは、もう40数年たって、まだその感動を覚えている」
日本に帰ることができて漫画家になったものたちが、その記憶を漫画にしたそこには、二度と戦争を繰り返してはならないという思いがこめられていると同時に、亡くなった多くの子どもや大人への鎮魂の紙碑となっている。
マンガは大きな力をもっていると思います。反戦・平和の願いをマンガに託して、さらに飛躍させてほしいものです。
いい本でした。漫画拝論を書いて50年になる著者の最後の本になるかもしれないとありますが、まだまだ元気にがんばってほしいものです。
(2016年6月刊。1000円+税)
2016年9月30日
財界支配
(霧山昴)
著者 佐々木 憲昭、 出版 新日本出版社
今の日本の財界は、目先の、自分たちさえもうかれば良しとする傾向がいちだんとひどいように思います。
自分も良いけど、客も喜んでいる、そして地域がニコニコ笑顔で暮らしていける、そんな社会を日本の財界人が目ざしているとはとても考えられません。残念です。
日本の支配層団体である日本経団連とは、一体どんな組織なのか。それを資料にもとづいて明らかにしている貴重な労作です。
日本では巨大企業が株主配当を最優先させる株主至上主義の傾向を強め、投機的資金を動かし、金融資産を肥大化させ、経済の金融課に拍車をかけている。大企業のもつ内部留保は空前の規模に達している。そのベースは、生産拠点をアジアなど海外に写し、国際的な生産ネットワークによって最大限の利潤を確保する多国籍企業へ変貌しつつある。そして、政府の軍事予算増大に寄生し、経済が軍事化しつつある。
日本の経団連の役員総数が増えているのは、日本の産業構成が複雑化していることの反映だ。1970年に役員は13人だったのが、45年後の2015年には36人と3倍に増えている。
日本経団連は製造業中心の財界団体であるが、2005年の64%をピークとして、2015年には39%まで減っている。総合商社の比重が高まり、金融保険業も急増している。世界的に投機資金が膨張するなかで、保険業界の機関投資家としての役割が飛躍的に増大している。
経団連役員企業の総資産は、1970年の1兆92億円から2015年には24兆5368億となって、24倍にも巨大化している。
経団連のトップ企業は、アジアをはじめとする海外市場に活路を求め、海外売り上げへの依存度をますます高めている。
そして正規労働者が減り続けている。2000年と比べて、2015年には9240人も減っている。ところが、非正規労働者は急増している。2000年に比べて、2015年には、1万2839人も増加した。三菱重工における非正規労働者は、2005年の9.4%が2015年には17%まで倍増している。
外資の影響力が格段に高まっている、1970年に3%なかったのが、2015年には35%に近い。外資比率30%以上の企業が23社となり、経団連役員企業33社の7割を占めている。
カストディアンという用語を初めて知りました。投資家に代わって有価証券を管理・保管する業務に特化した信託銀行、資産管理信託会社のことである。日本経団連の役員企業は、日米カストディアンの圧倒的な保有下に置かれている。カストディアンは、株主への利益還元を増進させている。
経団連企業の役員報酬額が増大している。一人で1億円をこえる報酬を受けとっている役員は、2010年の56人から2015年の89人へと増えた。全部では、211社の411人となっている。ところが、正規労働者の賃金は2000年の734万円が2015年の953万円へ1.3倍にしかなっていない。
日本の軍事予算は、2012年度に4兆7138億円だったのが、2016年度には5兆円を突破した。
日本の「防衛装備品」の7割を20社で受注している。三菱重工業をはじめとする日本経団連役員企業が軍需産業と深くかかわり、国の軍事予算への依存を強めている。
北朝鮮や中国の脅威をことさらにあおって、日本の軍備増強を叫んでいる政治家は、実はうしろで軍需産業と腹黒い交際をしているのがしばしばです。
それにしても、先日、稲田防衛大臣が軍需企業の株を夫婦で大量にもって増やしていると報道されました。「危機」を金儲けの口実にしているとしか思えません。プンプン・・・。
(2016年3月刊。2500円+税)
2016年9月28日
なぜトヨタは税金を払っていなかったのか?
(霧山昴)
著者 大村 大次郎 、 出版 ビジネス社
読んでいると、本当に腹の立つ本です。いえ、著者に対する怒りではありません。
トヨタのひどさに呆れ、かつ驚きと怒りを禁じえません。亡国企業トヨタの正体!とありますが、まさしくそのとおりです。
トヨタの車に毎日のっているのが私は恥ずかしくなってしまいました。これまでニッサン社長のカルロス・ゴーンの年収10億円に腹を立てていましたが、トヨタのひどさは日本という国を狂わしている点で、ニッサンをはるかに上回ります。
まず、なんといっても、トヨタはもうかっているのに法人税を5年間支払っていませんでした。そして、消費税のおかげで戻し税と称して、支払うどころかガッポリ3300億円もらっていました。プリウスなどを開発するために国から4000億円という莫大は援助金をもらっていました。
税金は支払わないのに、もうかったお金を株主には高配当を続けていました。ところが労働者の賃上げはせず、非正規の社員は国の援助金がもらえなくなると一斉に首切りました。
まさしく、自分さえ良ければ、日本という国がどうなろうとかまわないという大企業エゴむき出し。そして、そんなトヨタが日本経団連を牛耳り、政治を動かしているのです。
こんな世の中、間違ってますよね。
地震多発国の日本で原発推進を今なおやめない電力会社もひどいと私は思いますが、トヨタも日本の将来を暗いものとしている点では同罪です。
この本は、データを示して明快に論じています。トヨタの反論を知りたいものです。
トヨタは、税制の優遇制度をうまく利用したのではない。自社の利益になるように税制そのものを変えた。
トヨタは、それほどの力をもっているのですね・・・。
トヨタの最大の罪の一つは、日本の賃金水準を低いままに抑え込んでいる張本人だということ。トヨタは史上最高の利益をあげ、株主に対して毎年1000億円から6000億円も配当している。
ところが、どんなにもうかっていても従業員の賃金(ベア)は1円も上げなかった。それが8年間も続いた。7万人の従業員に1000円のベースアップしても8億円ほど。1万円でも80億円。株主への配当金とはケタ違いに低い。
トヨタは、日本の雇用や経済活動への貢献度をどんどん減らしているのに、税制面での優遇だけは増やしている。
こんなおかしいことって、ないですよね。トヨタの車なんか、もう乗りたくない気分です。ぷんぷんぷん・・・。
(2016年6月刊。1000円+税)
2016年9月25日
書斎の鍵
(霧山昴)
著者 喜多川 泰 、 出版 現代書林
本を読む楽しみに満ちた本です。
読書の習慣をもちましょうというのは、立派な常識人になろうというのではない。むしろ、立派な変人になろうと言っている。つまり、変人のすすめ。
常識などというのは、誰かがつくり出した空想。「常識人」など、実は、一人としていない。人はすべて、誰とも違う常識をもって生きている。
弁護士の世界では、お互いに「あんたは奇人、変人やねぇ」と言いあうことが少なくありません。実際、そう言いたくなる人がたくさんいます。もちろん、私も、本人はいたって「常識人」だと思っているのですが、はたからみたら、かなりの奇人・変人の類なのでしょう・・・。
小説には、いろんな人が出てくる。うれしいこと、悲しいこと、ピンチの連続に勇気や感動。ぐうたらな人もいれば、必死で生きている人もいる。そして、たとえ小説であっても、主人公の生き方に共感できるとき、それは、ただの作り話ではなくなる。生き方の指針にすらなる。自分だって、そうありたいと思えたら、人生を支えてくれる力になる。
どれほど遺伝的に健康に生まれてきても、生活習慣や思考習慣が悪いと簡単に病気になるし、それでも改善しなければ死に至る。良くも悪くも、私たちの人生は、私たちの手にした習慣の産物と言える。
よい習慣をもっている人は、人生において良いものをたくさん手に入れることができる。今あるのは才能のおかげというより、習慣のおかげだ。
習慣によってつくり出すべきものは思考だ。心と言ってもいい。人間の思考には、習慣性がある。放っておくと、いつも同じことを考えている。自分に自信がない者は、放っておくと、いつも自分に自信がない方向に物事を考える。悲観的な者は、何かが起こるたびに悲観的に物事を考える。
人間の行動が心に左右される以上、この心の習慣をよくしない限り、よりよい人生になることはない。だから、私たちが身につけるべき習慣は、心を強く、明るく、美しくするための習慣ということになる。
そうした心から生み出される言葉、行動そして結果は生きているあいだ、ずっとその人を幸せにしてくれる。人生に大きな意義を与えてくれる。そして、そんな習慣をもつ人は、自分だけでなく、たくさんの人を幸せにすることができる。
一冊の本に出会ったら、心が楽になることがある。一冊の本に出会ったら、前に進む勇気をもらえることがある。一冊の本に出会ったら、未来が少しだけ明るく見えることがある。
私も、毎日、そんな思いで、ひたすらいい本にめぐりあいたいと期待して本を読み、こうやって書評を書いています。
(2016年1月刊。1400円+税)
2016年9月22日
罪の声
(霧山昴)
著者 塩田 武士 、 出版 講談社
1984年に始まったグリコ・森永事件は、ついに犯人の一人も逮捕されることなく迷宮入りとなってしまいました。
この本は、グリコの犯人集団の内側を分析していて、とても説得的です。
犯人たちは子どもの声をつかって「指示」を出していましたが、その子どもが成人してから、自分の声がグリコ事件で使われたことを知り、誰が、なぜ、どのようにして犯行が遂行されるに至ったのか、謎解きをすすめていきます。同時に、同じ動きがジャーナリスト内部でも起きていて、ついに両者は出会うことになります。
それにしても、このグリコ事件が起きたころに豊田商事の永野一男会長がマスコミの面前で刺殺されたり、8月に524人乗りの日航ジャンボ機が御巣鷹山に墜落したとあって、そうか、同じころに衝撃的な大事件が相次いでいたことを少し思い出しました。
この事件で、警察は何度も犯人たちを取り逃しています。警察庁の指揮下の兵庫県警、大阪府警、滋賀県警の連携プレーがうまくいってなかったことに主因がありますが、技術的な困難もたしかにあったようです。今のように誰も彼もケータイを持っているのではありませんし、GPSもありませんでした。
無線機20台と臨時中継器1台が活躍したとのことですが、中継器が足りずに、各府県警の連携プレーがうまくいかなかったようです。それにひきかえ、犯人一味は警察の無線連絡を傍受していたのでした。
警察庁の公安的手法による捜査は「一網打尽」を狙うものであるため、むやみと職務質問をかけてはいけないとしていた。そのため、目の前にいる犯人を取り逃すことになった。
犯人チームのリーダーは、株価の値下がりと値上がりによって利益を得ることが目的だった。グリコの株には市場での浮動様が少なかったので、株価操作がしやすかった。
ただ、暴力団をバックにした連中は、身代金を確実にゲットすることに意欲があった。
結局、「株価操作組」は暴力団グループに打倒されます(本当でしょうか・・・?)。
振り込み詐欺グループと同じ運命なのですね・・・。
グリコ・森永事件を思い出し、その犯人像を考えるうえで手助けになる本です。400頁もありますが、なかなか面白く読ませますので、事件の真相を考えたい人はご一読ください。
(2016年8月刊。1650円+税)
2016年9月16日
秘密解除・ロッキード事件
(霧山昴)
著者 奥山 俊宏 、 出版 岩波書店
1976年7月27日、現職の総理大臣、田中角栄が逮捕された。
私が弁護士になって2年目の夏のことです。当時、横浜弁護士会に所属していた私は、この日、たまたま東京地裁に行っていました。騒然とした雰囲気に何事かと驚いた記憶があります。あとでテレビを見ると、田中角栄を逮捕・連行していた検察官は横浜修習のときの指導教官だった松田昇検事でした
なぜ田中角栄が逮捕されたのか。日中国交回復を独断ですすめるなど、アメリカの政策に逆らったからだという見方がありますが、この本は発掘されたアメリカ政府の内部資料をもとに、そうではなかったとしています。
とりわけキッシンジャーから田中角栄は人格的に嫌われていたようです。
キッシンジャーというと、切れ者のユダヤ人学者、外交官として定評がありますが、同時にキッシンジャーは、チリのアジェンデ大統領をクーデターで倒して死に追いやった張本人の一人でもあります。今度、『チリの闘い』という映画が公開されるそうなので、私もぜひみたいと考えています。
なぜ田中角栄がアメリカ政府のトップから嫌われたのか。それは、田中の政策というより、田中のふるまい、言動が原因だった。田中角栄は政治的に微妙な問題もふくめて、あることないことを織りまぜて報道機関に情報を流してしまう。そして、右翼の児玉誉志夫とのつながり。児玉誉志夫は、第二次世界大戦でアメリカの敵だった日本人のなかでも最悪の敵なので、許すことが出来なかった。そんな児玉を通じて日本の政界にお金がアメリカから流れたというのが、ワシントンの人々にとってショックだった。
アメリカは日航と全日空に民間の飛行機を買わせるだけでなく、自衛隊に軍用機を買わせようとしていた。しかし、田中角栄のほうは逮捕、立件されたが、ダグラク・グラマン事件に関する元防衛庁長官の松野から5億円を受けとったのは時効期間がすぎていて、立件されなかった。
アメリカは全世界に暴力的に君臨しようとする野蛮きわまりない国だと私は考えていますが、同時に、アメリカの政治は一定期間がすぎると公文書が公開され、何が起きていたのか、かなり判明する仕組みになっていることについて、私は高く評価します。それに、先日から、アメリカの大統領候補の選挙運動のなかで、民主的社会主義者を自称するサンダース氏が大健闘したアメリカは、本当に頼もしいとも考えています。それにしても、力に頼る政治の愚かさに、もっとアメリカ人も日本人も気づいてほしいものです。
田中角栄とロッキード事件がアメリカの政治の動向と、いかに関わっていたかを知ることのできる貴重な本だと思いました。
(2016年9月刊。1900円+税)
2016年9月13日
ホープレス労働
(霧山昴)
著者 増田 明利、 出版 労働開発研究会
バブル崩壊と、その後の失われた20年で日本の働き手の姿は大きく変わった。2000年ころを境として、それまでの標準的な働き方や生活様式は揺らいできた。それまでに比べて、正規雇用につきにくくなっているし、正規雇用につけたとしても、かつてのような賃金上昇は期待できない。
今や大卒でも3年後の離職率は30%。履歴が汚れると言ってさっさと辞めていく。1ヶ月未満で辞めたら、年金保険料の記録が残らない。
ブラック企業ではダメになったら使い捨て。そこでは従業員は部品ですらない。単なる燃料扱い。
ブラック企業であくどい仕事をして歩合がついて月収40万円。でも良心が痛んだ。
IT企業で諸手当こみで額面30万円。手取りは25万円。でも、それだけ働いていても残業代が出るのは30時間まで。あとはタダ働き。
毎年4人から5人は過労で倒れて入院してしまう。そして、高脂血症と血糖血の異常が多い。一日中、パソコンの前に座っていて、食べるのはファーストフードやジャンクフードばかりだから、そうなるのも必然。
女子社員だと、20代なのに更年期障害みたいになってしまう。男性は過敏性腸症候群。IT企業、死の行動って感じ。
求人が多いのは、ブラック企業だと叩かれているファミリーレストランのチェーン店、居酒屋、回転寿司、そして介護職。
派遣社員は一匹狼。群れることはない。正社員の人から求められるまで、こちらからは求めない。これが大事。自分から食事や遊びに誘うことはない。
「おい、おまえ。そこの派遣。あんた、、、」。
完全に見下している正社員は多い。
フリーターという語感の軽やかさとは裏腹で、現実には低賃金、低技能の使い捨て。安易な選択をして、自ら将来を閉ざしてしまうことになる、、、。
大きな会社のなかで、出世するしないというのは、必ずしも実力ではない。その人の上司の好き嫌いや相性、全体のバランスのなかで決まっていく。
脱サラも大変。勢いと思い込みで脱サラすると間違う。飲食店経営は手軽に始められるが、難易度は高い。始めるために半年くらいは飲食業で働き、理想と現実のギャップを知るべき。現場経験や土地勘がない未経験者が成功する可能性はほとんど皆無。
大陸ヨーロッパ型は、福祉社会を目ざしている。アメリカ型は能力ある者には高額、ない者には最低限しか支払わない。日本はアメリカ型を選んだ。
でも、それでいいのでしょうか。底が抜けたアメリカ型では日本の将来はありませんよね、、、。
読んでいくうちに目の前が真っ暗になってしまう本でした。でも、こんな本が出されるだけまだ見通しはあるということなのでしょうね。そう言いきかせるしかありません。
(2016年6月刊。1300円+税)
2016年9月 9日
「もう一つの大学紛争」
(霧山昴)
著者 鈴木 元 、 出版 かもがわ出版
もう50年近くも前の大学紛争を当事者の一人として振り返った本です。全共闘の暴力についての鋭い指摘は、私もまったく同感です。
1967年、68年に大学に入学した学生は、まともに勉強できないまま、大学紛争に巻き込まれた。毎晩のように全共闘の暴力にあって、投石したり、角材で反撃し、殴られてケガをした。少なくない学生にとって、いい思い出は皆無に近い。マスコミに登場して、全共闘的思考をよしとしている人間の大半は、大学生時代に心情的には全共闘であっても、ゲバルト活動を1年も続けていた人間はいないだろう。そんな行動をしていたら、学力を確保できなかったし、卒業すら出来なかったはずだ。何より、自らの暴力活動によって立ち直れないほどの精神的ダメージを受けたはずで、いま全共闘運動を誇りをもって語れるとは思えない。
マスコミに登場して、いまだに全共闘の思考や行動に意味があったかのように発言する人物の大半は、あのころ全共闘の周辺をうろうろしていて、心情的な共感をひけらかしていただけの者が多いとしか思えない。それほど、全共闘の暴力は残虐なものだったし、物理的にも心情的にも破壊的だった。
それは、全共闘の内部で内ゲバという悲惨な殺人事件が横行したことからも言えることです。
暴力的闘争は内戦状態をつくり、多大な犠牲者を生み出す。たとえ、権力掌握に成功しても、それは、支配者を変えた新しい暴力的独裁国家になる。その指導権をめぐっても暴力がつかわれ、残忍な内部闘争が展開されていくだろう。国民の幸せを願うものは、「暴力的闘争の終焉」を肝に銘じるべきである。
この点についても私はまったく同感です。内ゲバ殺人事件は、まさしく恐怖政治です。
この本は、京都の立命館大学における全共闘の暴力とたたかい学園を正常化していった体験を振り返っています。暴力支配とたたかうことの大変さがひしひしと伝わってくる本でもありました。
「全共闘世代」というのは、全共闘の思想的影響を受けた人たちがマスコミに就職して、いまもって共感をこめて述べている言葉であるが、全共闘を支持していたのは、せいぜい大学生全体の2%くらいだった。私の知る限りでも、全共闘シンパを自称している人が何人もテレビや新聞社に入っていきました。
そして、大学紛争が終わったとき、大半の学生は就職したら、紛争のことを素早く悪夢だったかのように忘れてしまったのでした。
ところが、東大・京大などと違って、私学卒の学生は下手に大学紛争にかかわっていたことが世間に知られたら、ますます就職できないというハンディを負っていた。うむむ、なるほど、そうだろうなと私は思いました。
東大闘争の全過程については、小熊英二の『1968年』(上・下)にも引用されていますが、『清冽の炎、1968年、東大駒場』(全7巻、花伝社)をぜひ読んでほしいです。大変な労作に深い感銘を受けました。今後とも、元気にご活躍ください。
(2016年8月刊。2200円+税)
2016年9月 6日
花森さん、しずこさん、そして暮らしの手帖編集部
著者 小榑 雅章、 出版 暮らしの手帖社
わが家にも子どものころから「暮らしの手帖」はありました。黒地をバックとした藤城清治さんの切り絵に見とれ、実験の成果である数値の羅列に奇異な感じを受け、結論としての商品評価のところは興味深く読んでいました。といっても、わが家の大人たちが、その実験成果を生かして買い物をしたという話は聞いていません。
この本は、「暮らしの手帖」の創成期に編集者の一人として編集部に入った若者のの体験記でもあります。
花森さんは女装することでも有名でした。でも、いつもスカートを着ていたわけではなさそうで、なんとなく少し安心しました。
花森さんは、東大を出て戦争中に大政翼賛会で働いていました。「欲しがりません、かつまでは」、とか「ぜいたくは敵だ」の作者だと言われました(実は違うそうです)。
花森さんは、「ボクは、たしかに戦争犯罪をおかした。当時は何も知らなかった。だまされた。しかし、そんなことで免罪されるとは思っていない。これからは絶対だまされない。だまされない人を増やしていく。その決意と使命感に免じて、過去の罪はせめて執行猶予にしてももらっている」、と語った。
そして、「ぼくらの暮らしと政府の考え方がぶつかったら、政府を倒す、ということだ。それが本当の民主主義だ」とも言っています。さすが、ですね・・。
戦前、大日本帝国の臣民には、まずお国があった。「お国のため」がすべてに優先していた。お国の言うことに、国民は、へへーと従った。しかし、順序は逆だ。なによりもまず、国民が先だ。国民の暮らしだ。
「暮らしの手帖」が実名で商品評価を発表したため、企業側から誹謗、苦情、懇願、哀訴、抗議、訴訟を受け、それをすべて乗り越えてきた。
「暮らしの手帖」創刊号(1948年)は1万部。私の生まれた年です。
10号(1950年)は7万部。30号(1955年)は21万部、38号(1957年)には52万部。わずか7年間で一挙に7倍以上になった。
ひとにものを教わるときには、徹底的に何も知りません。どうぞ教えてくださいという態度が大切だ。知ったかぶりが一番嫌われる。職人さんを先生だと思って聞け。相手が、大変だ、この人は本当に何も知らないんだと思うと、親切に教えてくれる。
これは花森さんの説いた取材の要諦(ようたい)です。
テレビの「とと姉ちゃん」をみているわけではありませんが、広告のない「暮らしの手帖」には子どものころから何となく親近感がありましたので、読んでみました。
(2016年6月刊。1850円+税)
いま、町から本屋が消えていっています。悲しいことです。インターネットで注文すればいいじゃないかと思うのはネット中毒の人です。活字中毒の私は、やはり本屋に行って店頭で本を眺め、ときに手に取ってみるときこそ至福のひとときなのです。
この17年間で、2万2296軒あった本屋が1万3488軒になったそうです。8808軒も減っています。日本全国で、年に518軒が閉店しているというわけです。本屋は日本の文化のシンボルです。もっと大切にしたいものです。ぜひみなさん、本を買って読みましょう。私の本も忘れずに買ってくださいね。お願いします。
2016年9月 3日
レア、希少金属の知っておきたい16話
(霧山昴)
著者 キース・ベロニーズ 、 出版 化学同人
ドロドロに融けた地球の中心(コア、核)は、90%が鉄。地殻の4分の3は酸素(46.6%)とケイ素(27.7%)が占める。金属のアルミニウム(8.1%)と鉄(5.0%)がそれに次ぎ、以上の4元素で、9割を占める。そのあと、カルシウム、ナトリウム、カリウム、マグネシウム、と続く。そして、残るわずか1.4%に80種類もの元素がひしめいている。
世界中で10億台レベルで販売されるスマホは、ほぼ全部でタンタルを使う。
液晶テレビやモニターには、鮮やかな赤を出すユウロピウムをつかう。ほかの元素では、きれいな赤は出せない。
光ファイバーはエルビウム添加ガラスでつくる。永久磁石はネオジム。
レアといっても、地殻には、かなりの量が分散して存在する。でも、単離や加工がしにくいうえ、需要が多くて品薄になりやすい。だから「レア」なのだ。
中国は、途方もない速さで、希土類金属の消費を続け、2016年には13万トンを消費するとみられている。この年13万トンというのは、2010年代初めに今世界が消費していた量と同じ。
トヨタのプリウスには、1台あたり14キログラムもの希土類を使う。その大半はモーターと蓄電池の部材。希土類のうち5~7キログラムを占めるランタンは、ニッケル・水素化合物蓄電池の電極に欠かせない。
パレスチナのアラファト議長は毒殺された可能性がある。ロシアのリトビネンコと同じポロニウムが使われていた。
アフガニスタンには希土類の鉱脈が眠っている。3兆ドル(360兆円)の価値を有するというわけだ。また、アフガニスタンは、サファイヤやエメラルド、ルビー、ラピスラズリなど、宝石や準宝石の産地としても名高い。
アメリカのF35戦闘機は比重が1.85と軽いベリリウムを使って飛行速度を上げて威力を高めている。有人戦闘機もドローンも、電気系統や爆弾誘導ミサイルを感知するレーダーなどに銅、ベリリウム鉄を使う。また、ベリリウム製の鉄は振動時にもひずみにくいので、戦車の監視用光学系にふさわしい。アメリカは、これまで、カザフスタンとドイツから1トンあたり6000万で高純度のベリリウムを買ってきた。
レア・アースの初歩的知識を少しだけ身につけることができました。
(2016年3月刊。2000円+税)