弁護士会の読書
※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。
社会
2016年8月10日
靴下バカ一代
(霧山昴)
著者 越智 直正 、 出版 日経BP社
今どき、こんな経営者もいるのですね。見上げたものです。とても勉強になりました。やはり、ビジネスの極意は、自分だけがもうかればいいというのではありませんよね。
我以上に、相手よし。そして、我が社を支える社員を大切にするということです。そうやってこそ、企業は社会に貢献できるのです。下請企業の単価をいかに切り下げるか、それしか考えない大企業がいかに多いことでしょうか・・・。
「奇天烈(きてれつ)経営者」の人生訓というサブ・タイトルがついています。なるほど、常識の枠からは相当はみ出しているようです。でも、本人がやりたいことを精一杯やっていて、それで客も社員も、取引先もみんな喜んでいるのだったら、何も言うことありませんね・・・。
靴下専門店の店「靴下屋」をあちこちで見かけます。全国チェーン店なんですね。著者はその会社(タビオ)の創業者(会長)です。
この会社は、すべて国産の靴下をつくっていて、今や海外にまで店を構えて売っているそうです。原料となる綿までつくり出したというのですから偉いものです。
靴下の弾力を確かめるためには、嚙むのが一番。いい靴下は、嚙んだあとに歯形が残らず、自然と原状に戻る。品質の落ちる靴下は噛み跡が残ってしまう。ただ、噛み方にはコツがあって、数分間、一定の力で噛み続ける必要がある。そのため、水を張った洗面器に顔をつけて息を止める練習までした。
靴下なんて、どれも同じ。どれを履いても、そんなに変わらない。そう思うかもしれないが、少しの違いでも、こだわり続けたら、商品に差が出てくる。その差を生むのが、靴下屋の心なのだ。
うむむ、これはスゴイ言葉ですね・・・。
著者が丁稚奉公をしていたときの経営者の言葉。
「万事、まず頭を使え。次に体を使え。銭は切り札だ。銭を使ってやるんなら、バカでも出来るんじゃ」
「一生一事一貫」。一生を通じて、一つのことを貫き通すということ。著者は靴下で、これを実践してきた。私の場合は、それは弁護士ですね。40年以上も弁護士をやっていますが、これほど自分にあった仕事はありません。
経営に奇策なし。経営者に必要なのは、原理原則を身に付けること。本を読んで、もし難解で分からないところがあれば、今の段階で、その部分は不要だということ。
「おまえに起こってくる問題は、人の生き死に以外は全部、おまえが解決できるから起こった人や。だから、おまえが本気になったら、解決できる。おまえが逃げ腰になっとるから、解決できないんや」。なーるほど、そういうものなんでしょうね・・・。
借金したときには、必ず約束した返済期限を守る。よそから借りてでも必ず返す。
この二つが借金の大原則。他人から借金するときには、初めは、その人がもっていると思う額の半分を借りるのが借金の極意。
得意先になってくれた店は、とことん面倒をみる。価格競争はしない。デザインで競うこともしない。「3足1000円の靴下」なんかで勝負はしない。あくまで、より良い品質の靴下を適正な価格で提供する。仕入れを値切ることはしたことがないし、支払日も守り通した。
品質にこだわった商品をつくっていくには、工場との信頼関係を築くのが一番大切。
いい本でした。今度、この店で靴下を買って、はいてみたいと思いました。
(2016年5月刊。1800円+税)
2016年8月 6日
潜水艦の戦う技術
(霧山昴)
著者 山内 敏秀 、 出版 サイエンス・アイ新書
日本が国産の潜水艦をつくっているのは私も知っていましたが、アベ政権になってから、日本がつくった潜水艦を海外へ輸出しようとしたのには驚いてしまいました。
アベ政権は、世界の戦場へ日本人の若者を送り出し、そこで殺し、殺されを企図していますが、同時に戦争で金もうけをしようと企んでいるのです。アベ首相こそ、まさしく「死の商人」と言うべき存在です。昔の帝国陸軍のときと同じように、軍需産業から大金(政治献金)をせしめるつもりなのですよね。許せません・・・。
潜水艦の内殻づくりのときには、部材のなかに応力が残らないように、ゆっくり時間をかけて慎重に曲げていく。
潜水中の潜水艦は、受ける浮力と重量が釣りあっていないと安定して海中を行動することができない。潜水艦のなかでは、日々、燃料や食料を消費する。魚雷の発射もありうる。だから、潜水艦の重量は日々刻々と変化する。
そして、海水の状態も一定ではない。冷水塊に入ったり、暖流に入ったり、また深度を変えると、浮力にも影響が出る。こまめに調整するために調整タンクがある。
潜水艦に風呂はない。シャワーがあるのみ。汚水はタンクにいったん溜めて、一杯になると艦外に排出する。このサニタリー・タンクは、トイレ、シャワー室そして調理室の近くに装備されている。
全長84メートルほどの潜水艦に70人が乗り組んでいる。艦内には、70人の男臭さだけでなく、ディーゼル・エンジンの油のにおいもあり、調理のにおいもある。
潜水艦が海中を走行しているときには、進路と速力から現在の位置を知る。進路は、ジャイロ・コンパスから、速力はログ鑑底管という速力をはかる装置から得る。
潜水艦は、ホバリングできるが、これは潜航指揮官の腕の見せどころ。
潜水艦は、海水の比重の変化を、音の速さの変化で見ている。電波は水中ですぐに減衰してしまうので、レーダーでは水中の潜水艦を探知できない。水中では音が核心的な地位を占めている。ソナーは、音を媒体とするセンサーである。潜水艦では、低周波帯域の音が活用されている。
個別の潜水艦が出す音が「音紋」として記録されている。潜水艦内では、無用の音を出さないように工夫されている。たとえば、靴は音の出にくいスニーカー。ドアは突然の開閉で「バタン」と音がないように固定しておく。冷蔵庫なども停止させる。「動いているものは必ず音を出す」ので、冷蔵庫や冷凍庫も停止させる。
潜水艦は、自ら音を出すのを嫌うのと同じく、電波を出すのも嫌う。通信は、放送によって一方的に流され、潜水艦は受信するだけというのが原則。
電波は、ある程度の深さまで届く超長波(VLF)を使っている。日本では、宮崎県えびの市にVLF送信所があり、潜水艦向けに送信している。
魚雷は長さ6メートル、直径は533ミリ。水圧発射の魚雷と、自走発射の魚雷の二つがある。また、直進魚雷と誘導魚雷がある。また、現在は、対艦ミサイルも積んでいる。
70人の乗組員が階級差別のある狭くて閉ざされた社会をつくって何ヶ月も過ごすのですから、パワハラの温床にもなるのですね。いくつかの裁判記録を読みましたが、おぞましいばかりのパワハラがあっていました(自死案件)。
潜水艦についての基礎知識を身につけることができました。
(2016年3月刊。1100円+税)
2016年7月26日
あたらしい憲法草案のはなし
(霧山昴)
著者 自民党の改憲草案をひろめる有志連合 、 出版 太郎次郎社エディタス
著者のフルネームは、自民党の憲法改正草案を爆発的にひろめる有志連合です。
1947年に文部省が中学生向けにつくった教科書『あたらしい憲法のはなし』と同じ体裁で自民党の改憲草案の時代錯誤であり、危険な内容をとても分かりやすく解説しています。
ウソでしょ、まさか、今どきそんなこと言わないでしょ・・・、と突っ込みを入れたくなる場面ばかりなのですが、アベ首相もイナダ政調会長も、頭の中には、ここに書かれていることを本気で信じ込んでいて、実現しようとしているのです。
先日の参院選のとき、この本が国民に、とりわけ若い人に爆発的に読まれていたら、投票率が10ポイントも上がり、野党統一候補が圧勝して、自・公政権を覆すことができたと思います。
本文60頁、800円ほど、一気に読めます。本書がとりわけ若い人に読まれることを願っています。
自民党の改憲草案の三原則は、
一、国民主権の縮小
一、戦争放棄の放棄
一、基本的人権の制限
自民党の改憲草案の前文では、主語が「日本国民」から「日本国」に変わっている。これは、国民を必要以上につけあがらせてはいけないという考え方による。主語を変えて、国の中心が「国民」ではなく、「国」そのものであることをはっきりさせている。国があってこその国民なのである。国民主権という名のもとで、国民が調子に乗りすぎるのを防ぐために、国民主権を縮小する。
憲法9条を変えて、日本は正々堂々と、自衛のための戦争ができるようになる。しかも「自衛権の発動」には、制限がもうけられていないので、自分の国を守るためなら、どんな戦争でもしてよいことになる。これを「積極的平和主義」と呼ぶ。国防軍が守るのは、あくまでも「国」であって、「国民」ではない。国の安定のためならば、軍隊は国民にも銃を向ける。どこの国でも、今も昔も、軍隊というのは、そういう組織なのだ。
しかし、みなさん、心配は無用。国防軍に殺されたくないなら、政府に反抗したり、騒いだりしなければよい。
これまでの憲法では、たくさんの権利が国民に与えられている。これでは国民がつけあがって、権利、権利と騒ぐのもあたりまえ。だから自民党は国民が勘違いしないようにする工夫をこらした。国をつかさどる大きな仕事に比べたら、個人の権利などは小さな問題でしかない。
民主主義は平和なときはいいかもしれないが、非常時には邪魔なだけで、ひとつもいいことはない。憲法草案の三原則は「日ごろのそなえ」で、緊急事態条項は「いざというときの切り札」。この両面からのまもりで、日本はますます強い国になる。
民のくせに国のリーダーに命令するなんて、おこがましい。
まだまだあります。たとえば、基本的人権は日本の国土にあわない、個人より家族を大切にする、などです。こんなことを主張している自民党の改憲草案をぜひ一度、手にとって読んでみてください。あなたは、それでも自民党を支持しますか・・・。改めておたずねしたいです。
もっと早く刊行されて、参院選の前に爆発的に読まれてほしかった小冊子です。いえ、今からでも決して遅くはありません。
(2016年6月刊。741円+税)
2016年7月20日
福島第一原発・廃炉図鑑
(霧山昴)
著者 開沼 博 、 出版 太田出版
これだけ地震の多い国なのに、まだ原発を再稼働させようとするなんて、電力会社は正気の沙汰ではありません。自分の金もうけのためなら、日本人がどうなろうと、日本列島に人が住めなくなろうと、そんなの知ったことじゃないという姿勢です。許せません。
3.11から早くも5年が経ちました。福島第一原発の廃炉作業の現状を知りたい人には打ってつけの本です。写真がたくさんあって、状況がわかります。そして「いちえふ」というマンガで、作業員の状況を紹介した著者のマンガもあるので、さらに理解を助けてくれます。
1号機から4号機について、図解して、その現況が紹介されています。
放射能汚染水対策も、それなりに動いているようです。問題は、燃料デブリの処理です。あまりにも高濃度の放射能を発しているため、今でもその存在状況は把握できていません。
4号機から燃料取り出しは、幸いなことに無事完了しました。30人の作業者チームが一日最大6班、1班あたり2時間交替で作業したとのことです。
いま、福島第一原発で作業している人は、1日あたり7000人にもなります。そして、1500社もの事業者が関与しているのです。
昨年(2015年)9月には大型休憩所に食堂がオープンし、温かい食事が食べられるようになった。それまでは、コンビニ弁当に頼っていた。そして、ローソンが出店した。
勤務開始時間の午前8時に間に合うよう、バスはいわき市内を6時20分にスタートする。だから、5時過ぎには起きてバス停に向かう。終業時は、16時40分、残業する人に向けて6時と7時に2便が出ている。
作業員の平均年齢は46歳。このほか除染のために働いている人が、1万9千人いる。
原発の廃炉に向けた作業が真剣に取り組まれていることを知って、少しだけ安心しました。それでも、やっぱり原発って怖いですよね。東電の社長や会長(取締役は全員)が、家族ともども「福一」の近くに居住すること義務づけてほしいと思います。そうすると、もっと真剣に東電という会社は安全確保を考えるのではありませんか・・・。
(2016年7月刊。2300円+税)
2016年7月16日
平成28年・熊本地震
(霧山昴)
著者 熊本日日新聞社 、 出版 熊日出版
震度7の前震(4月14日)と本震(4月16日)は、本当に恐ろしいものでした。前震を本震と考え、あとは余震があるだけだろう・・・なんて「常識」を見事に覆した地震は、まさしく大災害です。
そして、その日以来、今日まで震度1以上の地震が1800回をこえています。つい先日(6月29日)にも震度4の地震がありました。震度4でも怖いものですが、今では、妙になれたところがあり、それがかえって不気味です。
この写真集は、その熊本地震による被害状況をくっきりうつし出しています。ドローンを使った空撮もありますので、被害のすさまじさが手にとるように伝わってきます。
なんといっても、阿蘇大橋が完全に消失してしまった状況をとらえた写真には息を呑みます。私も何度も通ったことのある大橋がまったく姿を消してしまったのです。近くの山肌には巨大な土石流のあとを認めることができます。
そして熊本城です。天守閣の屋根に瓦がほとんどありません。痛々しいまでの丸裸です。そして、櫓は今にも崩れ落ちてしまいそうです。市内中心部に堂々とそびえていたお城に威厳を感じられません。残念です。
益城(ましき)町は、民家がボロボロです。これでは住めません。
大自然の脅威のなか、住民がボランティアの力も借りながらお互いを支えあって生活している様子の写真で少し救われます。自衛隊の災害救助活動は必要だと思いますが、地震にかこつけて憲法を停止させる緊急事態条項が必要だなんて主張する与党の政治家には腹が立ちます。
子どもたちの笑顔も紹介されています。本当は、みんな怖いんだよね。でも、みんなで支えあって乗り切るしかないんだよね。
熊本で被災した皆さんが、無理なく、がんばってほしいと願わずにはおれません。
(2016年6月刊。926円+税)
2016年7月14日
フジテレビは、なぜ凋落したのか
(霧山昴)
著者 吉野 嘉高 、 出版 新潮新書
私はテレビを見ません。時間がもったいないからです。ニュース番組だって、NHKのアベやモミイにおもねる視点での解説なんて聞きたくもありません。そして、殺人事件など三面記事に出てくる殺伐とした画像で自分の目を曇らせたくはありません。ですから、フジテレビがどんな番組を放映しているのか、前と比べて今はどうなのかというのは、まったく実感のない世界です。でも、この本に紹介されている状況は分かるし、納得できますので、紹介します。
かつての王者だったころのフジテレビは、チャレンジ精神が旺盛だったようです。
1980年代にブレイクしたフジテレビは長らく放送業界のリーディング・カンパニーとして時代を先導してきた。
ところが、今や、フジテレビは見る影もない。視聴率も営業成績も、ともに、かつてないほどの惨敗を喫し、社内の雰囲気もギスギスしている。かつてのフジテレビは、仲間意識は強いけれど、同調圧力が強いわけではなく、異才や鬼才がのびのびと能力を発揮できる雰囲気があった。ところが、「70年改革」によって、編成というテレビ局の「頭脳」と、制作という「身体」が分断され、その間に深い溝ができ、社内はギクシャクとして暗い雰囲気になった。仲間意識が希薄になり、現場の意欲が大きく減退していった。
社長が労組を敵対視していたことから、会社全体のコミュニケーション不全が問題化していった。そして、番組制作が守りに入った。経済合理性に主眼を置いた組織改革は失敗した。視聴者に楽しんでもらうためには、制作者が自ら楽しまなければならない。つくる側が楽しんで入れば、自然にその楽しさが視聴者にも伝わっていく。
フジテレビは1997年、お台場に社屋を移転した。旧社屋にあって、新社屋にないもの。その一つが「大部屋」。熱エネルギーの発生源であり、関係者に一体感をもたらしていた「大部屋」がなくなった。
そして、成果主義の社員評価がとりいれられると、同僚が助けあう「仲間」から、争って負けるわけにはいかない「敵」に変わってしまう。社員が「勝ち組」と「負け組」にはっきり色分けされてしまった。番組制作上の上司の裁量が大きくなるのに反比例して、若手の自由度は低下していった。
このように分析されると、なんとなく分かりますよね。成果主義によって、目の前の視聴率で競争させられたりしたら、バカバカしくなってしまいます。自由にのびのびと、たまに経営者ともケンカできる。そんな雰囲気の職場こそ、良い番組がつくれるんだろうと門外漢の私も思ったことでした。
(2016年4月刊。740円+税)
2016年7月 9日
日本会議の研究
(霧山昴)
著者 菅野 完 、 出版 扶桑社新書
安倍首相を支えている一群の人々がなんと改憲どころか反憲そして明治憲法の復活を目ざしているというのです。呆れてしまいました。
自民党の改憲草案は天賦人権説をとらないとしています(解説書)。これは基本的人権の尊重は法律の範囲内とするということです。つまり、基本的人権は権力の命じるところによっていくらでも制限できるとします。
「最終的な目標は明治憲法の復元にある。しかし、いきなり合意を得ることは難しい。だから、合意を得やすい条項から憲法改正を積み重ねていくのだ」
「保守革命」は、歴史認識、夫婦別姓反対、従軍慰安婦、反ジェンダーフリーの4点に課題を集中している。
安倍政権は日本会議によって支えられている。日本会議と日本青年協議会は目黒区にあるオフィスビルの同じフロアーに本部を構えている。両者は間仕切りもない。日本青年協議会の会長である椛島有三は、日本会議の事務総長をつとめている。
元最高裁長官(三好達)が日本会議の代表でしたよね。恥ずかし限りです。この本には、現在の寺田逸郎長官も退官したら日本会議の代表に就任するのだろうか・・・と、心配しています。万一そんなことになったら、とんでもないことです。やめてほしいです。
椛島有三は、「生長の家」の信者として長崎大学を右翼的に「正常化」した実績をもとに中央で活躍するようになりました。そして、現在、日本会議の実務を取り仕切っている人物には、「生長の家」出身者が多いようです。
もっとも、現在、「生長の家」は、こうした右翼的活動を一切停止し、むしろ先日、安倍政権に反対し、野党を支持するという声明を公表しています。敬意を表します。
日本会議の実体とその人脈を探り出した貴重な新書です。
(2016年6月刊。800円+税)
2016年7月 5日
吉野家で経済入門
(霧山昴)
著者 安部修仁・伊藤元重 出版 日本経済新聞出版社
吉野家の牛丼は、若いころにはときどき食べていました。早い、安い、うまいという点で、文句はありませんでした。最近は食べていません。
牛丼を構成しているのは、牛肉、米、玉ねぎ、たれの4品種。
牛肉はアメリカ産のショートプレート。はじめは国産牛肉だった。スライサーできる牛肉の厚さは1.3ミリというのを、ずっと変えていない。季節によって牛肉の質が変わるので、そのつど0.1ミリ単位で食感テストをやっている。煮上がったとき、どの厚さがもっとも食べやすいかを常に研究している。大事にしているのは食感。
国産のショートプレートではバラつきが大きく、味をはじめ標準化に無理があった。質の安定は大きな問題。脂身とまろやかさにショートプレートが最適。アメリカ産のショートプレートはジャパンスペックという品名で呼ばれる。このジャパンスペックは歩留料が99%になる。
吉野家としては、牛丼が永遠に主力商品であるという認識には立っていない。
熟成肉は、中心温度をマイナス1.7度にして、2週間保管する。熟成肉は、うまみがあって柔らかい。
松屋はチルド牛肉。部分牛肉を一度も凍結させず、冷蔵で回している。2ヶ月日持ちしないのが難点。
牛丼の原価は40%をこえる。牛丼380円のうち、材料費が150円。お米は北海道のきらら397。丼の上からつゆをかけるので、それがうまく染み込んでくれるのがベスト。粒張りとか固さとか、水分含有率など、いろいろ研究した。
吉野家に適した玉ねぎは、今は中国産。はじめは台湾産で、次はアメリカ産だった。
生姜は、ずっとタイがメイン。たれは、毎日、全国の店に配達している。各店の在庫量は、最大で1.5日分。朝に到着したら、翌朝までに使い切る。たれには、輸入物の白ワインを入れている。
アメリカ産の牛肉が入ってこなかったのは2003年12月から2006年7月までの2年半。牛丼を止めたのは、アメリカ産牛肉以外では、吉野家の味が出ないから。外の穀物肥育以外の牛肉を使うと、それを加熱したときに出るジュースが違う。だから、たれの構成成分も変えなくてはいけない。別の牛丼になってしまう。期待を裏切らないというのは、最優先の必須条件だ。
中国に吉野家は350店ある。人口500~600万以上の都市が50店以上の規模を想定できる地域。つまり、少なくとも数十店舗が出店できる地域(マーケット)じゃないと進出できない。
吉野家の店舗は日本に1200店、海外に650店ある。人材は、どんどん現地化している。牛肉はアメリカから、その他は、お米も含めてすべて現地調達。経済は現地で回す。海外で日本人が経営している子会社は、一つもない。
丼に肉盛りするまで、半年はかかる。離職率をできるだけ低くする取り組みをしている。人材を確保して、定着性を高めることを目指している。
現実にそうなっているのか知りませんが、ブラックバイトをなくすという目標をかかげているというのには共感しました。
味は三つある。先味、中味、後味。先味はうまそうだな、食べたい。中味は、これは本当においしい。後味は、ああ、うまかった、また食べたい、というもの。このなかで後味がもっとも大切だ。
たかが牛丼、されど牛丼なんですね・・・。
(2016年2月刊。1300円+税)
2016年6月21日
ブラックバイト
(霧山昴)
著者 今野 晴貴 、 出版 岩波新書
学生を「使い潰す」アルバイトをブラックバイトと呼ぶ。
アルバイトに過重労働が広がったことによって、もっとも重大な被害をこうむっているのが高校生そして大学生だ。学校のテストや授業よりも、アルバイトを優先するように強制され、「単位が取れない」「留年してしまった」「進学をあきらめてしまった」という問題が全国で一斉に吹き出している。
問題の背後には、産業界の変化、学生の貧困の拡大、教育の変化などさまざまな要因がある。
ブラックバイトで問題になっている業種の多数は、全国規模のチェーン店として展開している。
店の側は、アルバイトをやめようとする学生をこうやって脅す。
「本当に辞めるのなら、懲戒解雇にする。懲戒解雇になったら、就職できなくなるよ」
ええっ、これはひどいセリフです。もちろん、まったくの嘘八百のセリフですが、この脅し文句を真に受けてしまう学生は少なくないことでしょう・・・。
「おまえ、どうやって責任とるんだ。死んで責任をとるしかないぞ」と脅されたアルバイトもいる。なんてひどいセリフでしょうか・・・。いえ、もっとひどい脅しのセリフもあります。
「今から家に行くからな。ぶっ殺してやる」
うひゃあ、す、すごーい・・・。こんな物騒なセリフを吐く店長も相当に追い詰められているのでしょうね。でも、言われた当の本人は、ついに不安障害、うつ状態と診断されてしまいました。
ブラックバイト・ユニオンという団体(労組)まで結成されているそうです。一抹の光明ですね・・・。
個別指導を売りものにする塾では、担当生徒を3人以上も退会させたら解雇されるという規定がある。
牛丼チェーン店の「ワンオペ」。ワンオペとは、何から何まで、すべてを一人でやらなくてはいけないという状態をさす。休憩をとることが不可能になる。
24時間、仕事に拘束されたうえ、さらに大変なのは、クレームへの対処。
ブラックバイトは、学生であることを尊重しない。
この点が、私たちの時代の学生アルバイトとは決定的に異なります。少し前まで、試験が近づくとアルバイトが休みをとるのは当然でした。ところが、今は違うのです。今やアルバイトは過剰なまでに戦力として期待されています。
ブラックバイトの三つの特徴。
一つは、学生の戦力化。
二つは、安くて従順な労働力。
三つは、一度はいると、辞められない。
今の学生の置かれている非常に深刻な状況が嫌やというほどよく分かります。どうやって打開したらいいのでしょうか・・・。みんながよく状況を認識し、おかしいという怒りの声をあげていくところから始めるしかありませんよね。
(2016年4月刊。820円+税)
2016年6月15日
コンビニ店長の残酷日記
(霧山昴)
著者 三宮 貞雄 、 出版 小学館新書
私はなるべくコンビニは利用しないようにしています。でも、他に商店がなければ仕方ありません。コンビニがなければ生きていくのが難しい世の中になってしまいました。
私の住むまちは、駅の周辺に喫茶店がありません。もちろん、以前はあったのです。
この本はコンビニの店主が自分の体験を語っています。店主って、コンビニ本部の言いなりに働かされている、現代版奴隷のような存在だと、つくづく思います。もちろん鎖なんかありません。でも、見えない鎖で、がんじがらめにからめとられ、ほとんど自由のない生活を24時間、過ごさざるをえないのです。
コンビニの仕事でもっとも重要なのは、売上を大きく左右する発注だ。発注は納品の2日前、端末からする。発注の権限といっても、本部が推奨する範囲で選ぶ権限でしかない。
建前上は「独立した経営」とされながら、「売りたいものを売る自由」はない。
コンビニで、たばこは粗利率こそ低いけれど、売上の2割を占めるので、重要な商品だ。
「自爆」というのは、営業ノルマをクリアするため、自社商品を従業員が自分で買うこと。暗黙の了解によって買わされる。
毎日、食品だけで10キロ前後の廃棄が出る。廃棄が増えれば増えるほど店の利益が減る。食品系のごみの多さはコンビニという業態の特徴。
廃棄を大量に出し、それをオーナー、家族そしてアルバイトがせっせと食べる。
廃棄分はコンビニでは売上原価にふくまれない。廃棄分は売上原価ではなく、営業費に分類され、加盟店が負担する。廃棄を食べると気になるのが添加物。
養豚業者に廃棄した弁当をまわしていたら、豚に異常が多発し、売り物にならなくなったという話がある。ええっ、本当でしょうか・・・。恐ろしいですね。本部は、自らの取り分を増やすために、廃棄ロスを原価に含めず、営業に含めて見かけ上の粗利を膨らませている。
日本全体では食品廃棄物中のまだ食べられる部分が年間500~800万トンにのぼる。世界全体の食糧援助が400万トンというから、それよりはるかに多い。
これは消費期限や賞味期限より早く「販売期限」を設定していて、販売期限を過ぎた商品は棚から排除しているため。
「機会ロス理論」はコンビニ店だけに押しつけられ、スーパーマーケットには適用されていない。
コンビニの仕事として、毎日の送金がある。売上の金額を本部に毎日、送金しなければならない。
コンビニのアルバイトを募集しても、最近は人が集まらない。時給1000円近くにしても確保できない。
コンビニ1店に10~20人のアルバイトを雇っていて、1年で半分は入れ替わる。日本全国のコンビニ従業員は70万人に及ぶ。
コンビニの平均客単価は600円弱。トラック運転手は1000円~2000円と高い。
全国にコンビニが5万3千店以上あり、年間売上高は10兆2千億円ほど。年間167億人の客が来るので、日本人は1年のうちに130回はコンビニに行っている計算になる。
ATM、公共料金の支払いがコンビニで出来るというのは大きいですね。そして、100円コーヒーもあります。私も缶コーヒーより何となく良さそうなので、よく利用します。
便利さのかげに、日本は大きな良いものを失いつつある気がしてなりません。
(2016年4月刊。740円+税)