弁護士会の読書
※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。
社会
2016年2月13日
水中考古学
(霧山昴)
著者 井上 たかひこ 、 出版 中公新書
海底に人類の遺産が、こんなにたくさん眠っているのですね・・・。
エジプトのツタンカーメン王への積荷が海底に沈んでいた。硬い木材である黒檀(こくたん)は、エリート階級のためのもので、象牙のように加工されていた。そして象牙の代用品としてカバの歯が使われていた。
蒙古襲来のときの元寇船の遺物として、「てつはう」が発見された。直径15センチの陶器で出来ている。中には、火薬や石つぶてが詰められた。そして、厚さ1センチほどの小さな鉄片が詰まったものが発見されており、殺傷能力の高い散弾式武器でもあった。
「てつはう」のサイズは、15センチ、重さ2キロなので、人力ではなく、投石機を使って炸裂させていたはず。
タイタニック号が沈んだのは、氷山が船体に突をあけた結果ではない。氷点下で鉄板がもろくなり、衝突のショックで鋼板がはがれたから。船は二つに折れて、海中に没した。
海底に沈んだ遺物を引き揚げても、そのまま空中に放置しておくと、ボロボロになってしまうようです。塩気を抜いたり、何かと大変なんですね。でも、その苦労と工夫のおかげで私たちは居ながらにしてこんなことを知ることができるわけです。
(2015年10月刊。800円+税)
2016年2月12日
誰が「橋下徹」をつくったか
(霧山昴)
著者 松本 創 、 出版 140B
私からすると、ウソ八百の政治家であり、同じ弁護士なんて言ってほしくありません。ところが、大阪では依然として高い人気があるというのですから、世の中は不思議です。
まあ、憲法無視のアベの支持率が5割前後をキープしているのと同じ現象なのでしょうね。要するに、共通点は、今の政治に不満はあるけれど、誰かが良い方向にひっぱっていってくれるだろうという「他力本願」なのです。でも、自分が出来ることをしなくて世の中が良くなるはずはありません。
この本は、作られた「橋下」人気を懺悔をしながら解明しています。
「大阪維新の会」の動きや政策は、橋下徹が着火源の種火(たねび)だとすれば、松井一郎は、おが屑のような役割を果たす。つまり、松井は党内調整や他党との交渉を仕切って火を広げる役回りだ。そこへ空気を送り、さらに燃え広がらせるのが、マスメディア、主として大阪の新聞とテレビだ。
橋下徹は、詭弁と多弁で煙に巻き、自らの責任は決して認めず、他者を攻撃することでしか主張できない。これにマスコミの記者たちは、うんざりし、そして丸め込まれる。
橋下は自分たちの側の問題は何ひとつ省みないまま、メディアが悪い、反対した他党が悪いとしか言わない。
若い記者は橋下の多弁・能弁に圧倒される。会見の言葉をパソコンで書き留めることを聞きとりテキストを縮めて「トリテキ」と呼ぶが、そのトリテキ作業で手一杯になってしまう。
話も長いし、トリテキをつくるのに精一杯で、記者は考えている時間がない。これでは困りますよね・・・。マスコミも流されないようにしてほしいものです。
ポピュリズムの核心は「否定の政治」にある。既存の権力を敵とみなし、「人々」の側に立って勧善懲悪的にふるまう。ポピュリストは、いつも素人っぽさや庶民感覚を売りものにする。
橋下への「囲み取材」は、完全に橋下に支配されている。それは「取材」ではなく、ありがたく橋下のお言葉を聞く「放談会」になっている。
マスメディア以上にマスメディア的手法を心得て巧妙に使いこなすテレビ育ちのタレント政治家に記者たちは、すっかり足下をみられている。
橋下は、新聞の単独取材をほとんど受けない。その反対に、勝手知ったるテレビの情報番組やニュースショー的なものには頻繁に、しばしば生放送で出演している。
橋下は、「今」「この場」にしか生きていない。そんな橋下のペースに乗っていては、いつまでも橋下の術中から逃れることは出来ない。
橋下は難しい質問も口先で難なくかわし、うんざりするほど過剰な多弁で煙に巻く。
論点を瞬時にずらし、話をすり替え、逆質問に転じ、責任をほかへ転嫁してともかく「自分は悪くない」「議論に負けていない」ことだけを示す。その反射神経とテクニックは恐るべきものがある。ここぞというときには、大勢の報道陣やカメラの前で特定の記者を口汚く罵り、吊るしあげる。そうやって、この場を支配しているのは自分だと見せつけ、恫喝する。
ホント、橋下もアベも嫌な奴ですね。こんな政治屋をマスコミが天まで持ち上げるなんて、マスコミの自殺ですよね・・・。
(2015年12月刊。1400円+税)
2016年2月10日
日本を壊す政商
(霧山昴)
著者 森 功 、 出版 文芸春秋
人材派遣業で名を成しているパソナの南部靖之の実像に迫っている本です。
人材派遣って、昔の口入れ業ですから、ヤクザな稼業です。そんなのは違法に決まっている。私が弁護士なりたてのころには、そのことに疑問の余地はありませんでした。
ところが、それは少しずつ自由化され、今や原則と例外が逆転してしまいました。
若者が大学を卒業しても正社員になれない。派遣社員であったり、アルバイトやパートであったり、長期安定雇用が期待できなくなってしまいました。その結果、結婚できそうもない低賃金・長時間労働を余儀なくされ、過労死するのも珍しくない社会になってしまいました。
すべては「規制緩和」のせいです。そして、超大企業とそのトップたちは、アメリカ並みのとんでもない超高級取りになっています。格差の増大です。
パソナの南部靖之が切望してきた労働の自由化という政策転換は、非正規労働の増加と格差の拡大という暗い社会変化を招いている。
戦前からある口入れ業は、暴力団と深いつながりをもっている。日本社会に人材派遣という言葉が定着したのは、1973年の第一次オイルショック以降のこと。パソナの前身であるワンパワーセンターが設立されたのは1976年。1993年に今のパソナという社合になった。
パソナの会長は、あの竹中平蔵。典型的な御用学者です。いつだって権力のお先棒をかつぎ、莫大な利権を自分のものにするのに長けた男として有名です。前にもこのコーナーで本を紹介しました。思い出すだけでも腹が立ちます。
労働者派遣法は1986年に施行された。これもアメリカの強い圧力の下で実現したもの。日本の支配層は、ここでもアメリカの言いなりになって動き、その「成果」を自分のふところに入れて、ぬくぬくとしています。
労働者派遣法は、スタートしたときには、それなりに業種が制限されていたものの、やがて、原則と例外とが逆転させられるようになりました。
労働の自由化という旗印の下、将来の展望が開けないまま、日本社会が壊れていく・・・。
そうならないように、私も微力を尽くします。
(2015年11月刊。1500円+税)
2016年2月 4日
東大駒場寮物語
(霧山昴)
著者 松本 博文 、 出版 角川書店
私も18歳から2年間、この寮に入って生活していました。月1000円の学費と同額の寮費でした(と思います)。
6人部屋で生活していましたが、まったく自由気ままな毎日を過ごしました。同じ部屋から3人が司法試験を受けて合格し、私が弁護士に、あと二人は裁判官になりました。あと三人は企業に就職しましたが、うち一人とだけは今も交流があります。
この本は1973年生まれの著者が自分の寮生活を振り返っていますが、駒場寮の廃寮にも直面しています。今は、駒場寮はないのです。まだ跡地には行ったことがありません。
駒場寮に「中央記録」なるものがあるというのを初めて知りました。寮の正式な記録を残す係があって、廃寮になった今もそれが民家に保存されているというのです。著者は、その記録を読んでいますから、個人的体験をこえています。といっても、東大闘争については誤りがあります。
「民青は明寮の屋上にピッチングマシンを持ち込んで、全共闘系の学生に向かって石を投げていた」
これはまったくの誤りです。そのころピッチングマシンなるものが使われたことはありません。私も明寮の現場にいましたが、すべて人力です。東大野球部の学生の投げる石は強力なので要注意だったという話はありますが、それは全共闘にも民青側にも、どちらにも言えることです。
この本の著者は、残念なことに『清冽の炎』(花伝社)を読んでいないようですが、そこには東大闘争と駒場寮生のかかわりが生々しく紹介されています。600人もの生活の拠点としていた駒場寮は、基本的に「平和共存」していたのです。
駒場寮は不潔だったと著者は強調していますが、私のころは部屋替えも定期的にあっていて、それほどでもありませんでした。私は今も整理整頓が大好きですが、当時も同じです。ゴミ部屋なんて、あったかなという記憶です。また、こまめに洗濯だってしていました。決して私だけではありません。600人もの寮生がいれば、さまざまだったようですから、すべて不潔だったかのように決めつけられると、私にはいささか抵抗があります。
寮フを35年間もつとめた門野(かどの)ミツエさんのことが触れられています。私もお世話になりました。手紙そして電話の取次ぎを一人でしていたおばちゃんです。その妹さんがあとを継いだということも初めて知りました。
寮食堂では夜9時すぎに残食(ざんしょく)を売り出していました。夕食のあまったものを安く寮生に提供するのです。私も何回となく並びました。育ち盛りは、お腹が空くのです。
私は大学一年生の秋(9月)に1ヶ月を1万3千円で過ごしたという家計表を今も持っています。最低どれだけで生活できるか試してみたのでした。
九州弁丸出しで恥ずかしい思いをしましたので(寮内ではなく、家庭教師先で・・・)、速やかに東京弁を身につけました。東北弁の寮生も同じです。ところが、関西弁の寮生は、いつまでたっても一向に平気で関西弁を話しているので、その違いに圧倒されました。
私の大学生活は自由な駒場寮での生活の楽しい思い出とともに始まったのです。
(2015年12月刊。1800円+税)
2016年1月31日
「日本会議」の実態、そのめざすものⅡ
(霧山昴)
著者 菅野 完 、 出版 立憲フォーラム
いま、アベ首相のいる首相官邸は日本会議に乗っとられているという表現が少しもオーバーではない。首相補佐官をふくむ25%のうち、神道政治連盟に22人、日本会議に16人が所属している。
日本会議が目ざすものは、皇室中心、改憲、靖国神社参拝、愛国教育、自衛隊海外派遣。日本会議は、「昔ながらの街宣右翼と変わらない」「なんら新規性のない古臭い主張」を、確実に政策化、現実化している。
ちなみに、日本会議の会長は、最高裁長官だった三好達です。最高裁元長官の看板が泣きますよね・・・。そして、日本医師会の横倉義武会長も代表委員の一人です。情けないですね・・・。これでは医師会の社会的評価が低下しているのも当然ではないでしょうか・・・。
日本会議は、宗教団体の連合体として発足したようなもの。ところが、今では「生長の家」はなぜか抜けている。ところが、長崎大学で「生長の家学生会」のメンバーとして活動していた人物たちが、日本会議の中枢にすわっている。椛島有三は、長崎大学で活動していたリーダーだった。百地章、日大教授など「生長の家学生運動」出身者が中心にいる。
日本会議に所属する国会議員は289人もいて、国会議員の4割を占める。
日本会議はテレビに出ない。会合のあいだ、会員は写真をとることが許されていない。
日本会議に「抵抗」している日本の有力な人物に天皇と皇太子がいる。これでは「皇室回帰」はおぼつかない。天皇夫婦も皇太子も、戦争の歴史が正しく伝えられることを望んでいる。逆説的に、今や皇室が日本の自由民主主義の最良の盾となっている。
知らないことがたくさんありました。わずか30頁もない薄っぺらな冊子ですので、ぜひご一読ください。
(2015年11月刊。100円+税)
2016年1月30日
芥川賞・直木賞をとる!
(霧山昴)
著者 高橋 一清 、 出版 河出文庫
モノカキを自称している私の野望は何か一つの文学賞をとることです。
この一年は、40年前の司法修習生の生態を描く小説に挑戦してきました。
今ようやく最終校正を終えて、編集者に手渡そうとしています。これから編集のプロから見て不要な叙述を削ったり、足りないところを加筆する作業を経て、春には出版にこぎつけたいと願っています。文庫本となった「法服の王国」に刺激を受けての小説です。ぜひ、本になったときにはお読みください。
私の本の話はさておき、この本は、芥川賞や直木賞をとらなくても本を書くことの意味と、本を書くときの心得をきっちりおさえていて、大変参考になりました。
芥川賞は、時代の歯車をまわす作品に与えられるもの。直木賞は、あとあとまでエンタテイメント作家として作品を生み出し、世の中に楽しみを与えてくれる作家の作品に与えられるもの。
うむむ、こんな違いがあるのですね・・・。 知りませんでした。
最後の一字まで書き込み、読みこむ作家であること。やっぱり、手抜きはいけないのですよね。推敲に推敲を重ねなくてはいけません。
作家は創作の現場を見せたりはしない。
土日必死で書く「土日作家」ほど、生活のための正業には、ちゃんと向かい合っている。
松本清張は、1日に3時間、電話に絶対に出ない時間をつくっていた。その間、本を読んでいた。旺盛な執筆をしている作家ほど、読書をしている。
小学校、中学校の教師と作家を両立させている人は非常に少ない。具体的な言葉のもちあわせは、作家の読書量と正比例する。語りを豊かにするのに、類語辞典にまさるものはない。これは、大いに反省しました。今度、私も買ってきましょう。
作家として、生かせない経験はない。作家にとって、ムダなものは何ひとつない。
私の知らないことが書いてあると読者を喜ばせるのがエンタテイメント小説。今日を生きている者の愛と苦悩を書き、まるで私のことが書いてあるみたいと読者を共感させ喜ばせてほしいのが芥川賞と純文学
多くの作家がペンネームを用いているのは、親がつけた名前とは違う名前を名乗ることによって、自分ではない何者かになり、存分に筆をふるうため。
私もペンネームは高校生のころをふくめて、少なくとも四つはもっています。想像力を自由に働かせたいからです。ペンネームは必須です。
出し惜しみしている作品は弱い。そこに書き手の全てが込められている必要がある。
私もモノカキを脱出して作家になりたいと思い、こうやって毎日、書評を書いて日々精進しているつもりなのですが・・・。
(2015年12月刊。760円+税)
2016年1月28日
戦う民意
(霧山昴)
著者 翁長 雄志 、 出版 角川書店
沖縄県知事の翁長(おなが)氏の語りは明快です。そして、真心がこもっています。
沖縄県民には、「魂の飢餓感」がある。それは、大切な人の命と生活を奪われたうえ、差別によって尊厳と誇りを傷つけられた人々の心からの叫びだ。
「辺野古から、沖縄から日本を変える」ことは、単に日本政府と対立するということではない。基地問題を解決しなければ、日本が世界に飛躍できない。沖縄の民意を尊重せずして、日本の自立はない。沖縄のためになることは日本のためになり、さらには世界のためになる。
日米両政府の強大な権力に勝てそうにないからといって、相手の理不尽な要求に膝を屈し、そのまま受け入れてよいのか。もしそうなら、一人の人間として、この世界に生きる意味が薄らいでしまう。主張する権利。これは、人間の誇りと尊厳を賭けた闘いでもある。
なんと格調高いコトバでしょうか・・・。目を大きく見開かされます。
普天間基地は、米軍に強制収容されて出来た基地。沖縄は今日まで、自らの意思で基地を提供したことは一度もない。米軍の占領下に、住民が収容所に入れられているときに無断で集落や畑がつぶされ、独立後も、武装兵の銃剣とブルトーザーで強制接収され、住民の意思とは無関係に、次々に基地がつくられていった。
いま政府が言っているのは他人の家を盗んでおいて、長年すんで家が古くなってから、「おい、もう一回、土地を出して家をつくれ」と言っているようなもの。これこそ理不尽な要求だ。これを認めるのは、日本の政治の堕落である。
沖縄から基地がなくなれば、沖縄経済は発展するというのは間違いありません。
今や新都心として発展している地区は、かつて米軍住宅があったところ。そこに170人が働いていたが、今では1万8千人が働いている。商業施設の売上高は600億円。税収は6億円だったのが97億円にふえた。
私も行きましたが、大変にぎわっている地区です。かつての激戦地でもあります(シュガーヒル)。
沖縄に米軍基地があるのは、日本にとって百害あって一利なしなのです。アメリカにしても、日本を守るための基地ではないし、万々一、攻撃の対象でもあったら大変なことなのです。
翁長氏は54歳のとき胃がんで胃の全摘手術を受けたということも紹介されています。自民党出身の翁長氏ですが、本土の自民党とは違うんだという意気高い言葉に大いに励まされました。
(2015年12月刊。1400円+税)
2016年1月26日
ぼくらの民主主義なんだぜ
(霧山昴)
著者 高橋 源一郎 、 出版 朝日新書
朝日新聞の「論壇時評」が本になっています。私は「朝日」の読者ではありませんので、初めて読みましたが、同感、共感することばかりの「時評」でした。
「なんだか、この職場、暗いですね」
「労働運動がなくなったからね」
「労働運動って、何ですか?」
「みんなで上を向くことかな」
いまや、ストライキとか労働運動っていう日本語は残念なことに死語に等しいですよね。私が弁護士になったばかりには1週間の交通ストライキがあり、大変でした。そして、労働組合とか「連合」というものの存在感も、ほとんどなくなってしまいました。本当に残念です。ですから、労働三権、労働者の団結権、団体行動権、団体交渉権なんていうのも、聞くことがほとんどなくなりました。本当に、そんな日本でいいのでしょうか・・・。
派遣社員とパート・アルバイトばかりの職場。たまにいる正社員は過労死寸前だなんて、おかしくありませんか。そして、経営者はカルロス・ゴーンの年俸10億円、オリックスの宮内義彦の退職金50億円なんて、間違ってませんか・・・。
世界で入学入試の試験をやっている国は、ほとんどない。ええっ、ホントですか・・・?
日本のパパやママは、世界の平均の2~3倍もお金を払わされている。
いまどきの大学生は、アルバイトの拘束力が強くて、テスト前でも休めない。だから、ゼミでコンパや合宿をしようと思ってもなかなか出来ない。
親からの仕送り額は16年間で、3割以上も激減し、奨学金は有利子の学生ローンになっている。そのうえ、就職先は正社員ではなく、非正規労働。夢も希望も奪われている。
軽井沢スキーバスの事故も、そんな大学生たちが、少しでも安く楽しみたいと考えたものなのです。彼らを責めるわけにはいきません。社会のしくみがおかしくなっているのです。
今の政治は、みんな無知でいようぜ、楽だから、というメッセージが蔓延している。政治家のレベルは低い方が好ましいし、それを意識下で熱望している。
アベ首相の支持率が4割をこえるという現実は、現実を知らされず、知らないで、幻想に踊らされ、イメージだけで自分の考えをもっていると思い込まされた人々が、それだけ日本人に多いということを意味しているのでしょうね。本当に怖い世の中になっています。
それでいいのかと警鐘を鳴らしている本です。手軽に読めて、気が重くなってしまう本でした。
(2015年10月刊。780円+税)
2016年1月19日
日航機事故の謎は解けたか
(霧山昴)
著者 北村行孝・鶴岡憲一 、 出版 花伝社
30年も前の夏の悪夢のような出来事でした。520人が乗ったジャンボジェット機が墜落して、助かったのは女性ばかり4人のみ。
月に1回以上、飛行機に乗っている私にとって、とても他人事とは思えない惨事でした。
アメリカ軍のミサイルに追撃されたという説に私も心が惹かれた時期があります。それほど、謎に満ちた事故でした。そして、今でも救出が遅れたことには大いなる疑問があります。
本書は、ボーイング社の修理ミスによって発生した大事故だったことを論証しています。
それにしても、アメリカ言いなりに動く日本政府に腹立たしさを覚えてなりません。
このジャンボジェット機が迷走している様子を奥多摩でカメラで撮った人がいた。その写真をもとに画像を解析すると、垂直尾翼面積の58%を失った状態で飛んでいたことが判明した。
修理ミス部分の隔壁破断面に披露亀裂が発生した。かろうじて持ちこたえていたリベット接合部が、事故発生の8月12日午後6時24分すぎ、客室与圧と外気圧の差が0.59気圧にまで高まった段階で耐え切れずに一気につながって、長大な亀裂となった。
尻もち事故後の修理において、直径4.5メートルのドーム状をしたアルミ合金製の圧力隔壁の下半分に損傷が目立ったため、上半分は既存のものを使い、下半分を新しいものに取り換えた。このとき、本来なら一枚板でつながらなければならない修理箇所を2枚にしてしまった。
圧力隔壁の修理において、気密性が強く求められることから、強度よりも気密性を優先させて、1枚の板をわざわざ2枚に切りわけて1枚を隙間埋めに使った。
3年間の調査のなかで、275機の機体から1054件の亀裂が発見された。このうち事故機と同じB747の亀裂が714件と68%も占めた。与圧による疲労亀裂に弱い機種であることが明らかになった。
そして、航空機整備が「金のかからない整備」になっていった。
B747は、機首部を2階建てにしたため洋ナシ状の断面となり、不均等な複雑な力を受けがちである。
私も2階部分の座席にすわったことがありますが、あまり乗り心地のいいものではありませんでした。やはり、洋ナシ型よりも真円形のほうが強度があるのですね・・・。
それにしても、「格安」で飛んでいる飛行機の安全性はどうなっているんでしょうか。安かろう、悪かろうでは困りますよね。乗り物は、快適性の前に安全性です。心配性の私はいつも祈る思いで飛行機を利用しています。
なんでも安ければいいという社会風潮は、ぜひ改めてほしいと痛切に思います。
(2015年8月刊。2500円+税)
2016年1月13日
ルポ・コールセンター
(霧山昴)
著者 仲村 和代 、 出版 朝日新聞出版
私のお客さんにもコールセンターに勤めているという人が男女、何人もいました。
話を聞くと、実にすさまじくて、大変な精神労働だと感じました。一人の男性は、明らかに顔色が悪くて、そんなにストレスがあるのなら、早くやめたほうがいいんじゃないですかと言ったほどでした。
沖縄にはコールセンターがたくさんあるようです。
あるコールセンターで働く人の3~4割は男性。ほとんどが20~30代。パソコン操作が必要だから、だ。
コールセンターは個人情報の宝庫。情報管理のため、センター内に私物持込みは制限されている。ケータイは持込み禁止。
このコールセンターにかかってくるのは、忙しいときには1日10万件、暇なときでも1日5千件近い。ここでは、一時間当たり8.5件。つまり、1件のコールを7分で処理するのが、コールセンターの目標。しかし、なかなかそうはならない。目標を上回っているのは、上位10人だけ。
フロアに40人いるオペレーターの9割はパートかアルバイト。仕事の厳しさに耐えられず、1ヶ月で3割がやめていく。残った人でも、1年で1割がやめる。だから、慢性的な人不足が続いている。
オペレーターには、10人に1人の割合でスーパーバイザーがつき、そのうえに大きな班をまとめるマネージャーがいる。スーパーバイザーも非正規社員であることはオペレーターと同じ。
クレーマーに耐えるコツは、「自分が怒られているんじゃない。何か別のことに怒っていると思うと、気にならなくなる」ということ。
このコールセンターでは、昔はなるべく早く電話を切るようにしていたが、今はより丁寧に応対するように変えた。早く電話を切っても、次のクレームにつながり、結果として、一人の客にとられる時間が、かえって長くなることが多かったから。
ふむふむ、これはよく理解できます。
かかってくる電話は、フツーの内容が8割、怒っているのが1割5分。そして残り(5分)は、あげ足とりみたいなもの。
オペレーターの仕事は、「ありがとう」と言われるものではなく、見返りがほとんどない。
自給1100円は、沖縄では高いほうだ。
コールセンターを営む上位30社の売上高の合計全額は前年比6.1%増で、金額にして8628億円ほど。
いずれの会社も、正社員の割合はせいぜい2割以下。
日本の企業のために海外にもコールセンターができている。たとえば、中国の大連にコールセンターを置いておくと、人件費が安くてすむ。またアメリカでもコールセンターをインドやフィリピンに設置して、アメリカで深夜にあたる時間帯で対応させる、ただし、日本の客の求めるサービスの質は高いので、いいかげんな対応はできない。
どうやら大連のコールセンターは撤退したようです。
沖縄には、いくつものコールセンターが進出し、人材の奪いあいになっている。
コールセンターの労働は、感情労働である。一つは、人と接することが不可欠なこと、第二に、他人のなかに何らかの感情変化を起こすこと。
コールセンターでの労働組合の組率は低い。平均23%、でしかない。
食品会社「カルビー」は、事前の「お客様相談室」をもっている。みんな6年以上つとめていて、10年をこす人も少なくない。カルビーは、「客のニーズを探る場所」と位置づけている。これって、すごいことだと思いました。
電話をめぐる状況は大きく変わりつつある。コールセンターにわざわざ電話をかけてくる人はどんどん減っている。
弁護士も「感情労働」の一つですよね。「お客様を大切に」といっても、限度があります。
社会の一断面を知らせてくれる面白い本でした。
(2015年10月刊。1200円+税)