弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

社会

2017年4月29日

証言・北方領土交渉

(霧山昴)
著者 本田 良一 、 出版  中央公論新社

この本を読むと、日本がソ連そしてロシアから北方領土を取り戻すのに大きな障害となっているのはアメリカであり、その意向を受けて常に動く日本の外務省だということがよく分かります。
アメリカは、北方領土に続いて沖縄を返せとなるのが嫌なのです。それは、沖縄の施政権が日本に戻ってからも変わりません。大量の米軍の基地があるからです。
アメリカにとって、沖縄の米軍基地を維持するのは至上命題。
「ソ連が千島列島の重要な部分を放棄するような事態が起きれば、アメリカは直ちに沖縄の施政権返還を求め日本からの強い圧力を受けることになる」「アメリカにとっての沖縄は、ソ連にとっての千島列島よりも、もっと価値がある。このため、沖縄でのアメリカの立場を危険にさらしてはいけない」
これはダレス国務長官の言葉です(1955年3月、4月)。
そこで、日本の外務省は、アメリカの意を受けて、2島平還で日本がソ連と平和条約を締結しようとしていたのを、「4島一括返還」にこだわる口実で、つぶしてしまった。その後も外務省は4島一括返還にこだわり続け、2島返還という「柔軟」路線をつぶした。
それは、共産党へニセ情報を流したり、鈴木宗男議員の逮捕につながっていた。
4島一括返還にこだわるより、当面は2島返還を先行させたほうがいいのではないか、主権も共同主権のようなあいまいな形のものからスタートしてもいいんじゃないかと、歴史をよく知らず門外漢の私は無責任にも考えてしまいます。ところが、それでは困るんだと日本の外務省の首脳部は考えているようです。本当でしょうか・・・。
日本の外務省が、いつだってアメリカの言いなりにしか動かない現実をずっとずっと見せられ続けている私は、もっと自主性をもって、柔軟にロシアと外交交渉してもよいように思いました。
(2016年12月刊。1800円+税)

2017年4月27日

貧困クライシス


(霧山昴)
著者 藤田 孝典 、 出版  毎日新聞出版

日本で貧困が広がり続けている。それも驚くほど速いスピードで。あなたも、気がついたら、身近に迫っていて、身動きできなくなっているかもしれない・・・。恐ろしいことです。
子どもの貧困は見た目では分からない。自分は誰にも大事にされていない。存在があってないようなものだと感じる。そんな子どもたちが日本各地にひっそりと生活している。
健康で文化的、そして人間らしい生活ができない。相対的貧困が拡大している。
私が大学生だったころ、つまり50年も前に、絶対的貧困と相対的貧困の違い、そして、今、どちらも進行しているのではないかという議論をしていました。この議論が50年後の現代日本にも依然として生きているというわけです・・・。
民間企業で働く人の平均年間給与は、1997年に467万円だったのが、2015年度には420万円と、50万円近くも下がっている。
公務員バッシングをして、自分たちの公共サービスを削減している。市民が自身の生活に深い関係のある公務員労働者を減らし、自分自身を、より厳しい状態に追い込んでいる。日本では、現在の公務員労働者の数は、すでに異常なほど少ない。
非正規雇用は、正規に比べて糖尿病合併症のリスクが1.5倍も高い。そして、教育年数が短い低所得の高齢者ほど、要介護リスクも大きい。経済力によって、病気のリスクや寿命に格差が生じる。
所得が低いほど食生活や健康に費用や時間を割けず、栄養状態も不良で、その結果、健康を損なう確率が高い。これでは自己責任だとは言えない。
まだ下流に落ち込んではいないと、少なくとも自分では思っている層が、下流を警戒し、憎むという構図になっている。
介護保険も生活保護も、申請主義である。なので、人様(ひとさま)には迷惑をかけられない、かけたくないという人は、手を伸ばしにくい。
日本とイギリスではホームレスの定義が異なっていて、イギリスの定義によれば、今の日本には膨大な人々がホームレスになっている。ネットカフェ難民は、立派なホームレスなのだ。
65歳以上の高齢者が刑務所に入るのが、この20年間ほぼ一貫して増加している。2014年は、1995年と比べて総数で4.6倍に、女子では実に16倍に激増した。女子の場合、罪名の9割が窃盗、うち8割が万引。
著者は、プライドを捨て、「受援力」をもというと呼びかけています。大切な呼びかけです。
そして生活保護は「相談に来ました」ではなく、はっきり「申請します」と言うことだとアドバイスしています。必要なことです。
社会のみんなで困っている人を温かく支えあう。それが社会の正しいあり方ですし、正しい税金のつかい方なのです。遠慮することなんかありません。
歯切れのいい新書です。一読をおすすめします。
(2017年3月刊。900円+税)
パキスタン映画『娘よ』を東京の岩波ホールでみてきました。先輩の藤本斉弁護士と、ばったり顔をあわせて驚きました。
パキスタンの山奥には多くの部族が割拠し、対立、抗争、復讐の連鎖による殺人が絶えない。女の子たちは15歳で親の言いなりに政略結婚させられる。しかし、王子様との結婚を夢見るばかりの可愛い我が娘を、敵対する老部族長の嫁に差し出すなんて耐えられない。母親は娘を連れて村を飛び出す。
この映画の主役の母親と娘の美しさと気高さには思わず圧倒されてしまいます。そして、行きかかりで母と娘の逃避行を助けるトラック運転手役の男優も格好いい限りでした。パキスタンの困難な状況の下でも、女性が活躍を切り拓いているからこそ、こんな素晴らしい映画が出来たのでしょう。

2017年4月26日

現代日本の官僚制

(霧山昴)
著者 曽我 謙悟 、 出版  東京大学出版会

現代日本の官僚制において、政治任用や権限委譲の制限といった統制の程度は低い。これは、官僚制の側が戦略的に政治介入を防御している結果である。
現代日本の官僚制は、統治の質は高いが、その代表性はきわめて低い。世界的にみて、これは特異な状態である。この特異な姿は、政治介入の可能性に対して、あくまで政策形成者としての能力に特化することで介入の実現を防ごうとしてきたことの帰結である。
しかし、代表性が弱いことは、官僚制に対する人々の信頼の低さの一つの要因と考えられる。ここでいう代表性とは何なのか・・・。女性比率が高いほど、代表性は高いと考えておく、という文章があるように、女性や民族・宗教的代表性のことを指しているようです。
今日でも、女性の公務員はあまりに少ないように思われます。
「私人」のはずの昭恵夫人の付き人として国家公務員が5人(全員が女性)も存在していたとは驚き以外の何者でもありません。そして、彼女らは、なんと昭恵夫人と同じようにハチマキ姿で自民党の候補者の応援運動を街頭で公然としていたのです。私もネットで流れている写真を見ましたので間違いありません。明らかに国家公務員法違反です。これが革新候補の応援だったら警察が有無を言わさず逮捕して、自宅のガサ入れ、そして長期拘留になったはずです・・・。政権与党なら、何をやっても許されるというのであれば、日本は法治国家とは言えなくなります。
この本を読んでいて違和感があるのは、私にはまるで理解不能の数式が何回も登場してくることです。その解説が「自然言語」で説明されていますが、これまた私にはさっぱり理解できません。一般向けの本(と、私は思って買って読みました)に、なぜ数式が頻出するのか、これこそ学者の自己満足ではないのか・・・、そんな不満を覚えてしまいました。
日本男官僚制の実態の分析、そして問題点を指摘し、その改善に向けた処方箋を期待して私は読みすすめたのですが・・・。
内閣府の職員数は1200人から1300人。併任者が増えていて、この15年間で3倍、500人となっている。内閣府がより恒常的な政策の運営を所管している。

内閣官房には、職員、常駐の併任者、非常駐の併任者が、ほぼ同数の1000人ほど存在する(ということは3000人いる・・・)。
内閣官房は、今や新規立法活動の中心にある。この15年間で合計80の新規立法に関わり、第2位の国交省の60強、第3位の総務省の60弱とは大きな差をつけている。
内閣官房の比重の増大は、財務省や経財省の機能と併存している可能性が強い。
官僚になってもいいかなと一時的に漠然と考えたこともある私ですので、日本の官僚制と長所と短所について自然言語で諸外国と比較してほしいと思いました。労作ですが、難解すぎて、いささか不満を覚えてしまいました。
(2016年12月刊。3800円+税)

2017年4月20日

安倍三代

(霧山昴)
著者 青木 理 、 出版  朝日新聞出版

安倍首相の国会答弁のひどさは、一言でまとめると、えげつないということになります。国民に対して、論争点を誠実に説明しようという気がまるでありません。そのくせ口先では説明責任を丁寧に尽くしたいとは言うのですから、救いようがありません。
どうして、こんなに不誠実を絵に描いたような首相の支持率が5割をこえているのか、世の中の七不思議のトップに来ます。
この本は、安倍首相がどういう育ちなのか、いつからそうなのかに迫って、解明しようとしています。
安倍首相には受験戦争の経験がまったくない。成蹊学園の小学校に入り、中学、高校、大学までの16年間を過ごした。そして、同じ学年やクラスを一緒にした人、そして教える側の教員にまったく印象を残していない。
可もなく不可もなく、どこまでも凡庸で、なんの変哲もない、おぼっちゃま。
ごくごく普通の「いい子」だった。成績が悪かったわけではないが、決して優秀でもなかった。東大は無理だったし、早稲田や慶応も恐らく無理だったろう・・・。
アーチェリー部に入っていたか、とくにいい成績もあげていない。アメリカに行ったけれど、その実態は語学留学に毛のはえた程度にすぎない。
若き日の晋三は、16年も籍を置いていた学び舎で何かを深く学んだという形跡がまったくない。少なくとも、何かを深く学んだと教員や周囲の人間から認識されていない。何かを学んだという印象すら残していない。特筆すべきエピソードがない。悲しいまでに凡庸で、なんの変哲もない。善でもなければ、強烈な悪でもない。
母方の祖父である岸信介には溺愛された。では父の晋太郎はどういう政治家だったか。
晋太郎は、タカ派の系譜を継ぎつつも、実際には、平和憲法擁護論者だった。
晋太郎には戦争体験があった。特攻を志願し、もう少し戦争が長引いていたら、生命がなかったかもしれなかった。
晋太郎には、必死で地盤を耕したことに由来する目線の低さ、なによりも絶妙のバランス感覚があった。特攻に散る寸前だった戦争体験は、晋太郎の基底に強固な反戦意識を形づくっていた。晋太郎は東京帝国大学法学部に入学したものの、学徒出陣で海軍の滋賀航空隊に徴兵された。
さらに晋三の祖父・安倍寛はどうか。
安倍寛は戦前、東京帝大法学部を卒業し、村長を経て衆議院議員に当選している。
それも、大政翼賛会の推薦ではなくて無所属として・・・。安倍寛は、貧富の格差を憤り、失業者対策の必要性を訴えた。ええっ、これって無産政党の主張と同じではありませんか・・・。
安倍寛は、村長をつとめていた日置村では98%もの票を独占した。特高警察の干渉にもめげず、1942年にも2度目の当選を勝ちとった。
安倍寛は、大政翼賛会に反対し、裸一貫で東条英機に反対した。ところが、安倍寛は惜しいことに戦後、1946年に51歳で病死してしまった。
安倍家三代で、今の晋三は、祖父にも父にも似ていないことがよく分かる本です。
恐らく晋三には強烈な学歴コンプレックスがあるのでしょう。それを見せないためにも強がりを言い通すしかないのです。でも、それで迷惑を蒙る国民は、たまったものではありません。安倍家の三代をよくぞ調べあげたものだと思います。
決してキワモノ、決めつけ本ではありません。ご一読をおすすめします。
(2017年4月刊。1600円+税)

2017年4月14日

住友銀行 暗黒史

(霧山昴)
著者 有森 隆 、 出版  さくら舎

こういう本を読むと、つくづく銀行なんかに就職しないで良かったなと思います。
ノルマ競争とか出世競争というのはどんな企業にもあることでしょうが、暴力団やアングラマネーの世界との深いつきあいまでいったら、類似しているのはゼネコンくらいでしょうか。
前に『住友銀行秘史』(國重惇史)を読みましたが、この本によると、住銀、イトマン事件の真相を巧妙に避けているというのです。そして、國重の本は「住友銀行は被害者だ」というトーンで貫かれているが、著者は住友銀行は被害者ではなく、事件の共同正犯だと断言しています。
住友銀行かイトマンに融資したお金のうち6000億円もの巨額の資金の行方は、今もって謎に包まれたまま。いや、6000億円プラス3000億円という、1兆円に近い巨費が闇に沈んだ。
住友銀行は不動産投資を名目にイトマンに多額の資金を投入した。イトマンを迂回して、このカネは伊藤寿永光、許永中、さらには暴力団関係者など闇の世界に消えた。暴力団に斬り込むのは、身の安全を考えると銀行員にとってもタブーだろうが・・・。
バブルの時代、東西に二人の経済ヤクザの巨頭がいた。東に石井進・稲川会二代目会長。西が宅見勝・山口組若頭。この二人の経済ヤクザと住友銀行をつなぐフィクサーは、東が佐藤茂・川崎定徳社長、西がイトマン事件の主役・伊藤寿永光だった。
磯田一郎は、1977年に住友銀行の頭取になり、1983年に会長就任。実に13年の長きにわたってトップとして君臨し、「磯田天皇」と呼ばれた。
土地は必ず値上がりするという「土地神話」のメカニズムが作動していた。住友銀行は、担保掛け目を80%にした。そして、どうしても融資したい案件には、100%にした。
1990年3月期の住友銀行の貸し出し金利息は1兆9300億円。第一勧銀の1兆9100億円、三菱の1兆7800億円、富士の1兆8100億を上回り、トップだった。
磯田流人事は、ナンバー2を切るということ。そして、「表のカード」と「裏のカード」とを使い分けた。自ら手を汚さず、ダーティーな役回りを担わせる「汚れ役」をいかにうまく使うか。
まさしく、すまじきものは宮仕えの世界ですね。
そして実力をもつに至った「裏カード」は、いずれ疎ましくなって放り出されてしまう。
仕手集団が狙うのは、創業者以外に頼れる人材のいない会社だ。
磯田一郎会長が辞意を表明したのは、1990年10月7日。その2日前に、住友銀行の青葉台支店長・山下彰則が出資法違反で東京地検特捜部に逮捕された。株の仕手集団・光進の小谷光浩代表への融資を不正な方法で斡旋したという容疑だった。
住友銀行、イトマンの経営者のほとんど全員が地上げや株上げで巨利をむさぼっていた。いわば、バブルの共犯者である。
1994年9月、住友銀行の取締役であり名古屋支店長だった畑中和文氏が自宅マンションの廊下で射殺された。真犯人は今に至るも捕まっていない。
この本は、最後に、日経新聞やNHK記者が当事者のように行動していたことを厳しく批判しています。安倍首相と高級飲食店で食事をともにしているジャーナリストがあまりに多くて、幻滅しています。権力や財界にかかえこまれることなく、距離を置いて、あくまで国民目線で報道してほしいものです。
たしかに、國重本よりも読みごたえがありました。
(2017年2月刊。1600円+税)

2017年4月 9日

チア・ダン


(霧山昴)
著者 円山 夢久 、 出版  KADOKAWA

映画は見ていませんが、感動のノンフィクションというオビのフレーズは本当です。
なにしろ、わずか3年で福井県の女子高校生たちがアメリカのチアダンス大会で優勝した実話を紹介しています。その苦労話が実に生き生きと紹介されていて、著者の筆力もたいしたものだと感嘆しました。
前に、このコーナーで長崎の女子高校のブラスバンド部の活躍ぶりを紹介しました。そのときは監督も自ら音楽を演奏していましたが、今回の教師は自分ではチアダンスの経験はないのです。有名コーチをひっぱってきて指導してもらい、チームを育てていきました。その苦労がすさまじいのです。生徒たちと大変な格闘をしていたことがよく分かる描写です。
なぜアメリカで日本の女子高生が優勝できたのか、それはチアダンスの特性による。
日本チームの強みは、なんといっても、チームワーク。振付の難易度は下げてでも、おたがいを尊重・強調して演技する。しっかいりそろった演技を一番の見どころにする。
先日、ネットで日本体育大学の学の集団行進を見せてもらいましたが、大集団が一糸乱れず、さまざまな形になって行進するのには、息もつけないほど感動しました。まさしくそれと同じなんですね・・・。
バレエやダンスなら、個人としての表現力が第一。しかし、チアは、ラインダンスで脚の高さをそろえるとか、全員で同じ動きをするために、必要なら自分を抑えるという協調性が第一の競技。
となると、そのチームワークをいかに築き上げるのか、ということになります。
もちろん技術力の高いコーチが必要ですが、それだけでは十分ではない。そこに監督の指導が求められるわけです。
監督の仕事は孤独である。生徒たちと同じ目標をもってはいても、決して仲間や友だちにはなれない。なーるほど、そうですよね・・・。
この福井商業高校のすごいところは、2009年に全米チアダンス選手権大会で優勝してから、2016年まで実に6回も優勝していること、そして2013年から2016年まで四連覇だというのです。これはすごいことですよね。全米の大会で一回だけ、奇跡が起こったというのではなく、毎年、新しい高校生を迎え入れながらレベルを落とさなかったというわけですから、たとえようもないくらいの賞賛に価します。
夢はかなう。大きな夢をもち、あきらめずに前進し続けば、夢がかなう。この信念を現実のものにした教師、それにこたえた生徒集団に心から声援の拍手を送ります。
ちなみに、このチアダンスのチームJETSを卒業した109人のほとんどがアメリカのステージで輝き、優勝を体験したとのこと。この109人の周囲にはそれを支えてくれる大勢の高校生、そして家族がいるわけです。これまたすごいことです。
こんな地道な努力が日本を支えているのだと思うと、胸が熱くなります。
(2017年1月刊。1400円+税)

2017年4月 8日

絵でみるニッポン銭湯文化

(霧山昴)
著者 笠原 五夫 、 出版  里文出版

私にとって銭湯とは、まず何より我が家にテレビのなかった小学生のころ、銭湯の経営者宅に上がり込んでテレビ(もちろん白黒です)を見せてもらっていたという記憶です。「ジャガーの眼」だったでしょうか。それとも「快傑ハリマオ」か・・・。私のような子どもたちで満員盛況でした。でも、銭湯を利用していない子どもは入場禁止になったような気がします。我が家にはテレビはなくても、風呂はあったのです。大学生のころには、寮生活と下宿生活をしていましたので、銭湯には、よく行きました。1回40円だったと思います。「神田川」の世界ですが、待ち合わせするような女性は残念ながらいませんでした。
銭湯が始まったのは江戸時代で、経営者には新潟、富山、石川の三県出身者が多かったとのことです。なぜ、この北陸三県に銭湯の経営者が多かったのでしょうか・・・。故郷の若者を呼び寄せ、チームを組んで苦労して湯水を確保していたようです。
今でも東京の銭湯の9割は、新潟、富山、石川の三県出身者が経営している。ホントでしょうか・・・。
富山県人(越中人)は、酒もタバコもやらずにひたすら働き、せっせと貯め込む、その勤勉ぶりは、新潟県人も驚くほど。県民意識が高く、人間関係が緊密。経済観念は北陸随一。
ところが、今や銭湯も絶滅危惧種。昭和43年(1968年。私が大学2年生のころ)に東京都内に2660軒あったのが、平成6年には1650軒になった。1000軒も減っている。利用客の減少、固定資産税の高負担などが原因。
この本によると、銭湯の料金は私が大学生のとき(1967年)に32円だったのが、大学を卒業した1972年には48円だったとのこと。たしかに、私の司法試験受験日記には40円を払って銭湯に入って、さっぱりしたという記述があります。
今では、その10倍近い460円になっています。
銭湯でなくても、日帰り温泉も安くなりました。日本人の風呂好きは昔からですが、これも高温多湿の気候条件を抜きにしては考えられません。
銭湯を残すのは社会的責務なのではないでしょうか・・・。
自らも銭湯を営みながら、昔をしのぶ絵を描いて、銭湯の歴史をたどった貴重な本です。
(2016年11月刊。2000円+税)

2017年4月 3日

すきやばし次郎 旬を握る

(霧山昴)
著者 里見 真三 、 出版  文芸春秋

いやあ、ホンモノの寿司って、実に見事に美味しそうです。
映画にまでなった「すきやばし次郎」の寿司のオンパレード。残念ながら映画は見ていませんし、店に入ったこともありませんが、この本一冊で、なんとか我慢することにします。
原寸大の寿司のカラー写真がたっぷりなので、眼のほうだけは満腹感があります。そして、次郎さんのセリフが素敵です。さすが超一流の職人芸は違います。
本書は、当代一の鮨職人、小野二郎が一年間に供する握り鮨、酒肴、小鉢などの全点を洩れなく収めた、究極の「江戸前握り鮨技術教本」である。
本書は、旬(しゅん)を知る歳時記としても大いに役に立つ。寒い季節の自身の王者はヒラメで、夏はフッコやマコカレイ。タコの足は冬に味が乗って、関東のアワビの旬は夏。シャコは子を持つ春が一番うまい。
小野二郎が握る鮨は、端正で美しい。一流の料理人に必須とされる抜群の嗅覚と味覚、そして未蕾(みらい)の記憶力を兼ねそなえているばかりではない。例を見ないほど度外れて執念深い完全主義者であり、凝り性だ。小野二郎は、味の改革改良のためには労をいとわない。だから、その握る鮨は、日々進化する。
握りの横綱はコハダ。コハダは鮨ネタで一番安い魚。しかし、上手に加工すれば喉が鳴る「握りの横綱」になる。とくにコハダの稚魚であるシンコは秒争い。
小野二郎は、一日に何回も、ネタの味見をする。鮨屋のオヤジが味をみて、「これは、うまい!」と自信をもって握らなかったら、お客さんに失礼にあたる。このように考えている。
コハダは、朝に食べて、お昼に食べて、夕方に食べて、明日の締め具合を見るのにノレンを下ろしから食べる。自分が納得するまで、こうして食べ込んでおけば、お客さんは、決して「まずい」とは言わない。
脂の乗った旬のイワシは、煮て食べる。これが楽しみで鮨屋をやってるんじゃないかと思うほど、煮ると実にうまい。これぞ鮨屋のオヤジの特権である。
カツオを握るのは、春の初ガツオだけ。秋の戻りガツオは使わない。戻りガツオは脂がクドすぎるから。戻りガツオは秋の菊。香りが強すぎる。
マグロに限らず、微妙な香りをどうやって嗅ぎ分けるのかというと、口に入れた瞬間、上あごにネタを少し押さえつける。そして、匂いをフンと鼻に抜いて香りを確かめる。舌では分からない。舌ではなく、鼻で味わう。
うまい握り鮨を楽しむためには、前に食べた握りの味と脂、それに匂いをガリの刺激で消して、粉茶でつくるうんと熱いアガリで口中を洗う。これが江戸前の流儀。だから、アガリは熱くないといけない。このように、鮨屋のアガリは、いれ加減がむずかしい。濃すぎてもダメ、薄くてもダメ。粉茶は一度しか使わない。新茶や玉露ではない。
小野二郎の握った鮨は、食べても喉が渇かない。店を出たあとで、ああ、もう少し食べたかったなあ、そんな気にさせるには、シャリは薄味でなければいけない。
『すきやばし 次郎』の客は、何も言われなくたって、看板の10分前、午後8時20分になると、一斉に席を立つ。
見事な鮨の写真には、ほれぼれします。そして、鮨の技術教本というだけあって、写真付きの懇切丁寧な解説までついています。20年前の本をネットで注文して読んでみました。あなたに至福のひとときが約束される本です。
(1997年10月刊。2800円+税)

2017年3月29日

蜜蜂と遠雷

(霧山昴)
著者 恩田 陸 、 出版  幻冬舎

うまいですね。よく出来てますね。この本は、有明海を渡るフェリーの住復の船中で読んだのですが、まさしく至福のひとときを過ごすことが出来ました。
私の親しい友人の勧めから読んだ本です。もちろん直木賞を受賞した本だというのは知っていましたが、賞をとった本が必ずしも私の好みにあうとは限りませんので、先送りしていました。
よく言われることですが、面白い本というのは、初めの1頁せいぜい2頁までに分かります。この本は、出だしの3頁を読むと、何か面白いことが起きそうだという気がしてきて、頁をめくって次の展開がどうなるのか、はやる気持ちが抑えられなくなります。
ピアノのコンクールに出場するピアニストの心情、そして演じられる曲が実に言葉豊かに表現されるのです。まったくピアノの曲目のことを知らない門外漢の私にも妄想たくましくというか、果てしない想像をかきたててくれるのです。その筆力には完全に脱帽です。
うーん、これは、すごい。心憎いばかりに計算され尽くした展開には茫然とするばかりです。
幼いころからレッスン漬けで頭角をあらわし、著名な教授に師事していれば、めぼしい者は業界内では知れ渡っている。また、そんな生活に耐えている者でなければ、「めぼしい」者にはなれない。まったく無名で、彗星のごとく現れたスターというのは、まずありえない。
プレッシャーの厳しいコンクールを転戦して制するくらいの体力と精神力の持ち主でない限り、過酷な世界ツアーをこなすプロのコンサートピアニストになるのは難しい。
技術は最低限の条件にすぎない。音楽家になれる保証など、どこにもない。運良くプロとしてデビューしても、続けられるとは限らない。
幼いころから、いったいどれくらいの時間を、黒い恐ろしい楽器と対面して費やしてきたことか。どれほど子どもらしい楽しみを我慢し、親たちの期待を背負いこんできたことか。
誰もが、自分が万雷の喝采をあびる日を脳裡に夢見ている。
練習を一日休むと本人に分かり、二日休むと批評家に分かり、三日休むと客に分かる。
いいなあ。心から幸福を覚えた。
いいなあ。ピアノって、いいなあ。ショパンの一番、いいなあ。
音楽って、ほんと、いいなあ。
なんだろう、音楽って。
ただ、限りない歓びと、快感と、そして畏怖とが確かに存在しているだけだ。
音楽、ピアノ、そしてコンクールのことを何も知らなくても、十二分に楽しめる本です。すごい言葉のマジックに酔わされてしまいました。
絶対おすすめの本です。
(2017年1月刊。1800円+税)

2017年3月25日

重版未定

(霧山昴)
著者 川崎 昌平 、 出版  河出書房新社

私の本は、残念なことに、一つを除いて、すべて重版にはなりませんでした。私としては、数万部とまではいかなくても万に近い数千部は売れると見込んでいたのですが・・・。ですから、文庫本にして、さらに売るつもりだった思惑も、見事にはずれてしまいました。
この本は、出版業界の、なかなか思うように本が売れないという悩み深い現場をマンガで描いています。私にとっても、身につまされる話で、思わず泣けてきました。だって、本を出版する以上、やはり大いに売れて、たくさんの人に読んでほしいじゃありませんか・・・。
ちなみに、私の売れた本の最高は800部です(『税務署なんか怖くない』)。
カラー印刷は、ふつう4色の版を重ねて色を表現する。その版がずれると、輪郭線が鋭くなったり、紙色が見えてしまったりする。
カラー印刷って、いつも平気で見慣れていますけれど、あれってよく考えると、不思議なんですよね。たった4色で、あれだけ複雑かつ微妙な色あい・濃淡を再現できるのも不思議ですし、版のずれが起きないというのも私には摩訶不思議なことです。
実売印税とは、実際に売れた部数をベースに設定されるもの。実売印税8%だとすると、2000円の本が1000部売れたら、著者の印税収入は16万円となる。
私の場合、8000部も売れたときには、それなりの印税収入となりましたが、それを元手として新聞広告をうったので、差引ゼロに等しくなりました。広告代を著者負担で新聞一面下に広告を出すことにしたのです。あまり効果はありませんでしたが、自己満足にはなりました。
書店の平積み。書店は、売れる見込みの高い商店(本)しか平積みはしない。
ですから、私の本はなかなか(1回だけしか)平積みしてくれないのが現実です。
出版社のぞくぞくする実際を知りたい人には必読というべき真面目なマンガ本です。
(2016年11月刊。1000円+税)

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