弁護士会の読書
※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。
社会
2018年10月19日
教育のなかのマイノリティを語る
(霧山昴)
著者 前川 喜平 ほか 、 出版 明石書店
異色の文科省トップ(事務次官)だった人の語る教育論は、さすがです。さまざまな分野の教育現場で活躍している人たちとの対話で議論が深まり、読み手をぐいぐい引きずり込んでいきます。読んで損は決してしない教育論です。まあ、私が教育論で「損」をするとかしないとか言うのも、おかしいことだと思いますが・・・。
高校生自立支援事業(高サポプロジェクト)では、ソーシャルスキル・トレーニングをする。一番初歩的なのは、お金を貸してくれと言われたときの断り方。それから、万引きしてこいと言われたときの断り方。友だちと話しているときの同意の仕方、いいよねと相手をほめる方法・・・。
なるほど、こういうこともきちんと教えておく必要があるのですね。
ロールモデルは大切。しかし、身近な家族のなかにロールモデルの存在しない子は少なくない。ひどい親の元にいるより、児童養護施設にいるほうがいい。
貧困層の多い、公営住宅の集中しているところでは、子どもたちが、小中学校のころから親に放置され、夜もなかなか家に帰らないで、フラフラしている。家に帰っても、ご飯が待っていないから。
「親が悪い」とか「親がしっかりしないからだ」と言っても、しっかりしない親の元に生まれ育ってしまった子どもは、じゃあ一体どうすればいいのか。それは、社会で受けとめて、なんとかしてあげなければいけない。居場所がない、ご飯が食べられない、勉強する場所がない、勉強を教えてくれる大人がいないとか、いろんな不利な条件が重なっている。
決定的なのは、高校中退。子どもに原因があるというより、システムに問題がある。高校進学が98%だといっても、実際には90%ほどしか卒業はしていない。
文科省は、いわゆるいい学校には、とてつもないお金をかける。一つの高校に何千万円もポーンと渡したりする。
大学進学についてみると、生活保護世帯の子に比べて、児童養護学校出身者は18歳から先の進学機会がものすごく低い。
授業料の負担を減らすだけでは足りない。生活支援も必要。そのためには、給付型の奨学金で支える必要がある。
不登校になった子どもにフリースクールに行くように学校がすすめてしまうのは、学校からの切り捨て、責任放棄につながってしまう。
前川さんは、福島と厚木の自主夜間中学で教えています。「善意というよりも、気まぐれというか、好きでやっています」と語っています。大したものです。大拍手です。
言葉は言葉だけで存在しているわけではなく、言葉の裏側に自分の体験があるわけだから、自分の経験や体験が言葉の意味をつくっていく。だから、経験のない人にとってみると、単に言葉は記号でしかない。居場所と学び場の両方をつくるのは非常に大事なこと。
この本を読んで、前川さんより私が一つだけ勝っていることがありました。私は、週1回、30分間で自己流のクロールで1キロメートル泳ぎます。ところが、前川さんは泳げないのです。といっても、25メートルプールでターンして50メートルは泳げるようになったそうなんですが・・・。
前川さんと対話した人たちの実践を踏まえた指摘と提言もズシンと来ました。ぜひ、あなたにご一読をおすすめします。
(2018年9月刊。1500円+税)
2018年10月 5日
すごい廃炉
(霧山昴)
著者 篠山 紀信 、 出版 日経BP社
福島第1原発の修復工事の推移を著名な写真家が撮っています。ここには安倍首相の無責任な「アンダーコントロール」宣言とはかけ離れた現実があります。
毎日、現場には6000人もの労働者が働いています。放射線量を気にしながらの命をかけた作業です。いったい、どこに「アンダーコントロール」があるのでしょうか。頁を繰って写真を眺めるたびにウソつき首相のノホホンとした白々しい顔を思い出して腹が立ちます。
あってはならないメルトダウン、炉心溶融が起きました。全電源停止、非常用電源まで津波に襲われて作動せず・・・。
先の北海道地震では、泊(とまり)原発は稼働中でなかったこと、非常用電源がなんとか作動したことによって幸いにも大惨事に至りませんでした。
そして、福島ではデブリ(固まり)となった放射能物質を冷やすために注水を続けているため、高濃度汚染水があふれ出しています。少しばかり薄めて、政府と東電は海洋へたれ流そうともくろんでいます。海産物の放射能汚染が心配です。「風評被害」はさらに深刻になるでしょう。放射能汚染水を海へたれ流すなんて、やめてください。
「フクイチ」のあちこちに宇宙服を着ている作業員が黙々と働いています。福岡からも、仕事とお金を求めて、たくさんの人が「フクイチ」の復旧作業現場で働いています。
無人飛行機(ドローン)、無人ロボート投影機そして無人ダンプが活躍しています。建屋から出た高線量がれきを夜のあいだに無人ダンプで移送するのです。でも、いったい、どこへ・・・。
いま、日本全国に少し薄めた放射能汚染土をはらまく計画が進行中です。とんでもない暴挙です。もっていくのなら、「アンダーコントロール」宣言をした首相官邸の庭に積み上げてください。そして、もう一つ。歴代の東電の社長、会長の自宅の地下室に置いて下さい。「絶対安全」のはずなのですから・・・。
台風災害と北海道地震は、日本中、いたるところが危険にみちみちていることを明らかにしました。40階建てのタワーマンションの31階に住む人が停電のためにエレベータ―が動かないので、歩いて31階までのぼりおりして、ついに部屋に閉じ籠ってしまったという話を聞きました。一見豪華なタワーマンションだって大自然の災害にはかないません。廃墟になる前に入ってる住民は早々に逃げ出すべきなんじゃないかと心配します。
この写真を眺めてもなお、アベ首相の「アンダーコントロール」宣言を信じる人がいたら、よほどおめでたい人だということでしょう。ぜひ、図書館ででも手にとって眺めてみてください。
(2018年2月刊。2700円+税)
2018年10月 2日
語りかける中学数学
(霧山昴)
著者 高橋 一雄 、 出版 ベレ出版
ある日、夕刊を読んでいて、ふと目が留まりました。新潟の少年院でボランティアの人が数学を教えているというのです。そして、教えられている少年たちの多くが、たちまち数学を理解できるようになっていくという嘘のような話でした。しかも、ボランティアで教えている男性は、なんと18万部も売れている数学の本を書いているというのです。
ええっ、どんな本だろうか・・・。
実は私は、高校3年まで理科系のクラスにいて、数学Ⅲまで一応は勉強したのです(大学は文科系で受験しましたので、数学Ⅲは必要なかったのですが・・・)。
私が文科系に転向したのは高校2年の3月のことでした。どうにも数学的ヒラメキに欠けるという事実を自覚せざるをえませんでした。とりわけ図形問題で、数学的な発想が出来ませんでした。いま思うと、このときの決心は正解でした。
数学というのは、抽象的思考、論理的思考を鍛えるには絶好のものだと思います。そんな数学が分からないまま人生を終わりたくない。そんな思いから、高校数学にいつかはチャレンジしようと考えていました。そんなときに出会った新聞記事だったのです。
早速、注文して手に入れたこの本は、なんと本分が829頁もある大部なものです。井上ひさしの『吉里吉里国』のように、昼寝するときの枕にちょうどよいほどの厚みがあります。値段だって2900円(プラス消費税)もします。こんな部厚くて、値の張る中学数学のテキストが18万部も売れているなんて、とてもとても信じられません。それも、東大受験の必勝テキストというのではなく、落ちこぼれの人が中学数学をしっかり身につけようというのに役に立つ本だというのです。
さあ、能書きが長くなりました。頁を開いてみましょう。目次をみると、中学1年に始まり、中学2年そして中学3年へ進んでいきます。中学1年だけで300頁あります。さすがに私にとって初めの出だしは、ふむふむと難なく進み、好調でした。方程式も1次方程式なら、そんなに難しくはありません。関数が出てきて、平面と空間の図形が出てくると、少し頭もつかい、スピードが落ちました。それでも中学1年の302頁は2晩でやっつけました。
次は中学2年です。連立方程式が登場し、1次関数が出てきます。まあまあ、ここらあたりはなんとか理解できそうです。この本は、さすがに落ちこぼれの人でも抵抗が少なく読んで前へ進めるように、「アレェー・・・」とか、「おーい、寝ていて大丈夫?」とか。小文字で声かけがはさまっていて、心をなごませてくれます。解説は、すべて話し言葉で、間違った(間違いやすい)誤答例もあり、身をひきしめて正解との違いを認識させられます。中学2年は528頁で終了ですから、正味224頁。つまり中学1年よりボリュームはいくらか小さいのです。三角形と多角形、そして平行四辺形などがあります。
そして最後に、いよいよ中学3年です。私は、昔、因数分解は得意でした。2次方程式だって、なんとかなりました。むずかしいのは図表とともに登場する2次関数からです。円周角やら三平方の定理など、なかなかのものです。円に内接する四角形の面積を求める。次は円に外接する四角形の面積です。ここまでくると、なかなか曲者(くせもの)で、中学3年だけで4晩かかりました。それも完璧に理解したなどとは、とてもとても自己評価できるレベルではありません。それでもなんとかかんとか、秋の夜長に読了しました。必死でした。というか、つい難し過ぎると、眠気が襲ってくるので、大変でした。
著者は、最低でも3回は復習するように求めています。なるほど、3回よめば、本当に中学数学をマスターできるんじゃないでしょうか。数学をきちんと理解したい人には、大人も子どもも、ぴったりの本だと私も思いました。次は、いよいよ高校数学にチャレンジします。
(2018年6月刊。2900円+税)
2018年9月30日
アフリカ少年が日本で育った結果
(霧山昴)
著者 星野 ルネ 、 出版 毎日新聞出版
カメルーン生まれで関西(姫路)育ちの少年が日本で育つとはどういうことか、マンガで描かれていて、よく分かります。
なんでカメルーン生まれの少年が3歳のとき日本にやって来たのか・・・。
父親は、日本人の学者としてカメルーンの森の生態を研究に出かけたのです。そして、村長の娘・エラに出会い結婚することになりました。マンガによると、カメルーンでは家族の前でプロポーズすることになっているとのことです。
エラの両親は、日本の若い学者と結婚して孤立無援の外国に嫁いでいく決意があるかと問いかけ、娘エラは結婚に踏み切ったのです。そして、日本にやって来たのでした。
3歳から日本に住んでいるので、著者は、外見は外人(ガイジン)でも、中身は日本人そのもの。基本は関西弁と、母親と話すフランス語です。英語はうまく話せません。
母親は、さすがカメルーン人。シマウマ食べた、センザンコー食べた、ニシキヘビもクロコダイルも食べたといいます。ヤマアラシだって食べるようです。鍋で煮込むと、針が簡単に引き抜けるとのこと。本当に美味しいのでしょうか・・・。
そして著者がテレビに出ると聞いたら、そのバックで母親は友人と一緒に踊ったというのです。さすがですね。
いやあ、よく出来たマンガです。感嘆・驚嘆しました。
親も子も日本で生活するのは大変だったと思いますが、こんな楽しくさわやかなマンガとして紹介できているのですから、やっぱり偉大なのは親の力だと思いました。
心に残る、いいマンガです。さっと読めますので、ぜひ手にとって読んでみてください。
(2018年9月刊。1000円+税)
2018年9月26日
サリン事件死刑囚
(霧山昴)
著者 アンソニー・トゥー 、 出版 角川書店
私は上川陽子という法務大臣の人間性を疑っています。この人には、人間らしさというものがまったく欠けているのではないでしょうか・・・。
オウムの死刑囚13人が一挙に処刑されました。それ自体が私には許せませんし、残念でなりません。でも、それ以上に、死刑執行を命じた法務大臣が処刑前夜に安倍首相の前で万歳三唱の音頭をとったというのを知り、心が真っ暗になりました。
その場は、「自民亭」と名づけられた飲み会です。FBで写真が公表されていますが、要するに安倍首相の自民党総裁選挙で勝利するための若手議員かかえ込みの場でした。しかし、ちょうど、広島などで集中豪雨の大災害が報じられているなかでの大宴会です。この宴会のためということでもないのかもしれませんが、大災害指定がなされず、ずるずると延ばされているなかでの宴会でした。それはともかく、その宴会のトリに、死刑執行が翌朝にあることを知っている法務大臣が最後に万歳三唱の音頭をとったというのです。これって、おかしくありませんか、いえ狂ってませんか、その感覚が・・・。
死刑執行してしまえば何も残りません。この本の主人公の中川智正は、京都府立医科大学で大学祭の実行委員長もつとめるなど、在学中の評判は良かったのです。ヨガからオウム真理教に入ったようです。麻原の主治医として大変信頼されていたようです。なんで、こんな真面目な若者が「殺人教団」に入るようになったのか、もっと私たちは中川に語らせ、そこから学ぶべき教訓を引き出すべきではなかったのでしょうか・・・。殺してしまえば、もう中川から何も聞き出すことは出来ません。
この本を読んで、法務省が実は、2012年に死刑囚を一挙に処刑しようとしていたことを知りました。どうしてそんなに早く早くと処刑を急ぐ必要があるのでしょうか。世界の大勢が死刑廃止に動いていることを法務省だってよく知っているはずなのに・・・。
これは、菊池ほか3人の長期逃亡者が自首したり発見されて裁判になったことから延期されたのです。この3人の刑事裁判が終わって、処刑のために全国の拘置所に分散されて、死刑執行は秒読みに入っていたとのこと。恐ろしいことです。
では、この死刑囚、中川智正はいったい何をしたのか・・・。坂本弁護士一家の殺害に加わり、松本サリン事件、東京地下鉄サリン事件に関わっています。なるほど、それでは今の量刑基準表では「死刑相当」になるでしょう。でも、本当に執行してよいのか、それが疑問です。
坂本弁護士一家の殺人事件で、オウムの関与が強く疑われていたにもかかわらず、当時の神奈川県警は、まともにとりあわず坂本弁護士の事件関係者による犯行とか、過激派との関係とか、とんでもないデマを流して、マスコミ・世論をごまかし続けました。このとき、警察がきちんと捜査していたら、地下鉄サリン事件をはじめとする一連の殺害事件は起きていなかったはずなのです。
坂本弁護士一家3人がオウム真理教によって殺害されたのは、今から30年前の1989年11月4日のことです。私も坂本弁護士一家が住んでいたアパートを見学に行きました。まだ犯人がオウムだと確定されていない時期に、弁護士会の現地調査に参加したのです。
オウムは、このほか、小林よしのり(漫画家)、大川隆法(幸福の科学)、小沢一郎(自由党)、江川紹子(ジャーナリスト)も殺害しようとしていたとのこと。まさしく恐るべき殺人教団です。ところが、その後継団体に今なお入信する信者がいるというのです。信じられません。
死刑囚である中川智正と拘置所で15回も面会した台湾出身のアメリカ人学者の本です。大変勉強になりました。
(2018年7月刊。1400円+税)
2018年9月12日
EVと自動運転
(霧山昴)
著者 鶴原 吉郎 、 出版 岩波新書
私は車に毎日のっていますが、実は車の運転は好きではありません。断然、電車を好みます。車中では本が読めないからです。仕方がないので、車中では、ずっとNHKフランス語のCDを聴いています。聴き流しのほうが多いのですが、それでも耳は慣れます。
自動車事故による死者はピーク時(1970年)の年間1万千人が、今では4千人弱(2017年)に減った。しかし、全世界では125万人もの死者が出ている(2013年)。
そして、そのなかで65歳以上(私も立派に該当します)が50%を超えている。
この交通事故の原因の9割は人間のミス(認知ミス・判断ミス・操作ミス)によるもの。
実は、最近、私は裁判所構内で愛車(レクサス)を駐車しようとしたところ、なぜか暴走して庁舎壁にぶち当ててしまい、6万円余りの補償金を支払わされました。レクサス側は私の操作ミスとして片付けようとしていますが、本人はレクサスの構造(メカニズム)に何らかの欠陥があるのではないかと疑っています。庁舎への衝突事故から3ヶ月たつのに、レクサス側は一向に事故原因をきちんと明らかにしません。『空飛ぶタイヤ』を、ついつい思い出してしまいます。
デフレ社会と言われる日本にあって、自動車の価格は一貫して上昇し続けている。「カローラ」119万円が187万円と、30年間に57%も値上がりしている。
日本国内の新車販売台数は、ゆるやかに減少している。1990年に780万台、2005年までは600万台弱で安定していたが、2009年に470万台に急落し、その後は500万台前後で推移している。
日本では軽自動車が4割前後を占めている。そして、ハイブリッド車(HEV)が日本では販売台数の4分の1以上を占めている。これは世界的に珍しいこと。
日本では自動車産業は成熟産業だが、世界全体では、これから1億台をこえる見込みであり、まだまだ成長産業である。
世界で販売されているクルマの3分の1は、日本メーカー製か日本メーカーの合弁企業製が占めている。アメリカで販売されているクルマの4割弱は日本メーカ-製。ところが、日本製クルマはヨーロッパでは存在感がない。
日本経済は、自動車への依存度を高めている。自動車産業の出荷額は主要製造業全体の2割にあたる52兆円。関連就業人口は1割、550万人にのぼる自動車産業の屋台骨になっている。
アメリカの自動運転車が注目されたのは、軍事作戦で戦死者が出るのを減らすためである。「2015年までに軍事用地上車両の3分の1を無人化する」ことをアメリカの国防総省(ペンタゴン)は目標としている。2007年には1位の車の平均時速は、時速23キロだった。
自動運転の車は、レーザー光線を使ったレーダーによる。周囲360度レーザー光線を照射し、物体にあたってはねかってくるまでの時間を測定することで、車両の周囲のどこに物体があるのか、その物体までの距離はどの程度かを把握する機能をもっている。物体の位置だけでなく、形状までを数センチという非常に高い誤差で正しく検知できる。
日本と世界の車について、その現状と展望をコンパクトに明らかにしている新書です。
(2018年3月刊。780円+税)
2018年9月 6日
国体論
(霧山昴)
著者 白井 聡 、 出版 集英社新書
この若手の政治学者の指摘には、いつも驚嘆させられるのですが、今回も期待を裏切りませんでした。その切り口が、想像したこともないほど斬新なので、刮目(かつもく)せざるをえません。
国体(こくたい)とは、国民体育大会の略称でありません。戦前の日本では、その内容が曖昧(あいまい)なまま至高のものとされてきました。そして、この国体は日本の敗戦と同時に掃滅・追放されたと考えていました。ところが、著者は「そうではない」と異を唱えるのです。
現代日本の入り込んだ奇怪な逼塞(ひっそく)状態を分析・説明することのできる唯一の概念が「国体」である。「国体」は、表面的には廃棄されたにもかかわらず、実は再編されたかたちで生き残った。しかも、アメリカの媒介によって「国体」は再編され、維持された。
安倍首相に連なる右翼は、「天皇は祈っているだけでよい」、「天皇家は続くことと、祈ることに意味がある。それ以上を天皇の役割だと考えるのは、いかがなものか」などと、平成天皇の言動を真っ向から否定している。
日本会議と同じ傾向にある八木秀次は、「天皇・皇后は安倍政権の改憲を邪魔するな」という小文を雑誌に発表した。
平成天皇夫妻は、現代日本において、平和憲法を守れと叫ぶ有力メンバーの1人になっていると私は考えていますが、日本会議や安倍首相周辺は天皇夫妻の言動をいかにも苦々しく考えているのです。
自民党などの「永続敗戦レジームの管理者」たちは、アメリカからの収奪攻勢に対して抵抗する代わりに、その先導役として振る舞うことによって自己利益を図るようになり、対米従属は、国益追求の手段ではなく、自己目的化した。
アベ首相の自称する「保守主義」とは、この暗愚なる者を二度までも宰相の地位に押し上げた権力の構造を、手段を選ばずに「保守する」という指針にほかならなかった。
昭和天皇が積極的にアメリカを「迎え入れた」最大の動機は、共産主義への恐怖と嫌悪にあった。
日米地位協定は、多くの点において、世界でもっともアメリカに有利な内容になっている。アメリカのカイライでしかないアフガニスタン政府より日本政府の位置づけは低い。
日本の対米従属の理由は、日米間の現実的な格差、軍事力の格差ではなく、軍事的な緊急性にもないことを意味している。
諸外国のメディアは、安倍首相についてアメリカのトランプ大統領に「へつらう」と報道されているのに対して、日本国内では、アメリカのトランプ大統領とうまくやっている日本の首相というイメージが流通している。
アメリカは日本を守ってくれている。
アメリカは日本を愛してくれている。
どちらも、大変な間違い妄想をしている。
敗戦の前、アメリカ軍は日本人について、愛情や敬意どころか、人種的偏見と軽蔑だった。戦前、アメリカ軍は日本人の特性について深くきびしいものがあるとしていた。
「日本人は、自分自身が神だと信じており、民主主義やアメリカの理想主義を知らないし、絶対に理解もできない。アメリカ軍にとって、天皇制の存続それ自体はどうでもよいことで、円滑な占領のために必要だったに過ぎない」
アメリカのマッカーサーは、天皇の戦争責任の追及よりもより原理的な「国体の敵」から天皇を守った。その敵とは共産主義である。昭和天皇は、マッカーサー三原則の意味、天皇制の存続と戦争放棄の相互補完性を、当時の政府首脳の誰よりもよく理解していた。
戦後の日本は、アメリカの同盟者として「冷たい戦争」を闘い、そこから受益しながら、勝者の地位を獲得した。アメリカは、日本に代わって八紘一宇を実現してくれたのであり、日本は、それを助けたのである。
平成天皇が「お言葉」を読みあげた、あの常のごとく穏やかな姿には、同時に烈しさがにじみ出ていた。それは、闘う人間の烈しさだ。この人は、何かと闘っており、その闘いには義がある。著者は、そう確信した。不条理と戦うすべての人に対して抱く敬意から、黙って通り過ぎることはできないと感じた。
著者の固い決意がひしひしと伝わってくる終章です。
まことに、不条理を黙って許しておくわけにはいきません。不条理の行きつく先には全破壊の荒涼たる破滅が待ち構えているからです。鋭い指摘に胸のすく思いがしました。
(2018年6月刊。940円+税)
2018年9月 4日
権力の背信
(霧山昴)
著者 朝日新聞取材班 、 出版 朝日新聞出版
森友・加計学園問題で朝日新聞はよくよく健闘していると思います。そのスクープの現場が実況中継されている本です。
それにしても、これだけ明らかに一国の首相が国会で平然とウソをつき、そして高級官僚の多くがそのウソを必死でカバーするという構図がまがり通る日本って、これから一体どうなるのでしょうか・・・。
私は、何より日本人の投票率の低さがウソつき首相の開き直りを許している最大の原因だと考えます。政治家不信、バカバカしいと、棄権してしまったら、それこそアベ首相と取り巻き連中の思うツボなんですが、現実には投票所に足を運ぶのは、有権者の半分ほどでしかありません。でも、決してあきらめてはいけないのです。
モリ・カケ騒動で野党の追及が甘いという人がいます。だけど、決してそうではありません。アベ・チルドレンとそのお仲間たちが国会の議席を多数占めているため、国会でまっとうな正論が無視されているだけなのです。
モリトモ学園は、アベ首相と思想を同じくするカゴイケ夫妻が「安倍晋三記念小学校」を設立しようとしていたのでした。
「大人の人たちは、日本が他の国に負けぬよう、尖閣列島、竹島、北方領土を守り、日本を悪者として扱っている中国、韓国が心改め、歴史教科書でうそを教えないよう、お願いいたします。安倍首相がんばれ、安倍首相がんばれ。安保法制、国会通過よかったです」
これが幼稚園の運動会で代表の園児4人が声をそろえて叫んだセリフです。涙が出てくるほど、私は悲しいです。
カゴイケ理事長は、自分の幼稚園について、「日本国を良くしようとする教育機関」と言ったそうです。驚き、かつ呆れてしまいます。子どもたちの豊かな人間性をはぐくむというのではなく、国に奉仕する人材育成のための幼稚園だったのです・・・。信じられません。
モリトモ学園は表面上は8億円の実損(税金)のようです(本当は、もっと高額でしょうが・・・)。それに対して、カケ学園はケタ違いです。アベ首相のアメリカ留学仲間のコータローのためにありえないことが起きたのです。100億円ではすみません。「総理案件」ということで、「特例」に次ぐ「特例」。このことが愛媛県庁の職員の報告文書で明らかになっているのに、アベ首相は今なおシラを切り、コータローは国会で証人喚問もされません。
アベ首相から今やバッサリ切られたカゴイケ氏は拘置所に長く閉じ込められたのに、コータローは「文春砲」をふくめて、マスコミの突撃取材もないまま、もうウンザリ、人の噂も49日・・・、を待っているようです。許せません。
この本を読んで、日本の民主主義を守るためには、私たちはもっと怒り、もっと声を上げ続けなければいけないと改めて強く思いました。
(2018年6月刊。1500円+税)
2018年8月30日
社長争奪
(霧山昴)
著者 有森 隆 、 出版 さくら舎
幸か不幸か、私は会社づとめをしたことがありませんので、サラリーマンの悲哀なるものを実感していません。この本を読むと、およそサラリーマンとは上司ともども失意の日々を過ごさざるをえないことが大いにありうる存在なのだなと、ついつい同情してしまいます。自分の能力とか努力・実績とは無関係なところで、いつのまにか自分の処遇が決まっていくのだとしたら、本当に嫌ですよね・・・。
会社というものは、やっかいなものである。つねに派閥が存在し、経営トップをだれにするかで揉める。社長派、反社長派の不満がたまって、いつ爆発するか分からない活火山みたいなものなのだ。ときどき噴火し、内紛、お家騒動、権力闘争として世間の耳目を集める。
会社には必ず派閥ができる。社員が3人いれば、2つの派閥ができるのが常だ。会社における派閥は、フォーマル(公的)なものと、インフォーマル(非公式)のものに大別できる。
フォーマルとは、会社の組織を単位とした派閥。大企業では、経営企画室が巣窟となるケースがある。経営企画室長は社長の側近で、経営トップの登竜門となっている。営業部門対総務部門。そして製造部門でも商品別に派閥ができる。デパートでは紳士服部門より婦人服部門のほうが集客・売上高が上まわって、力が強い。また、労働組合は絆(きずな)が強い。
インフォーマルな派閥は出身大学などの学閥、地縁閥、ゴルフなどの趣味閥、プライベートな人脈による派閥もある。
経営首脳の対立は、起きると派閥の出番となる。親亀こけると、子亀も孫亀も、みなこけてしまうからだ。なので、ボスのために体を張る社員が出てくる。
社内で、秘密警察さながら社員の動向を探る。怪文書が飛び交う。相手が倒れるまで戦いは止まない。勝てば官軍、負ければ賊軍。粛清人事と論功行賞人事が同時並行的におこなわれる。
大塚家具の父と娘が激突したときには、プロキシ―ファイト(委任状争奪戦)があった。これは、株主総会で自らの株主提案を可決するために、他の株主の委任状を、経営側と争奪する多数派工作のこと。
このとき、社員取締役の弁護士が「軍師」として活躍することがある。東京丸の内法律事務所の長沢美智子弁護士は「女軍師」と呼ばれた。娘側に立って次々に先手を打ち、父親を敗退させて名をあげました。
ただし、問題は、その先にあります。勝った側が会社を支配したのにかかわらず、会社の業績をひどく低下させてしまったのでは、本当に「勝った」ことになれるのか・・・、そんな疑問が湧いてきます。まさしく今の大塚家具の浮沈は瀬戸際にあります。そして、このとき弁護士として、いかに関わるかが問われます。そこが難しいところです。
野村証券の元会長の古賀信行は大牟田出身。ラ・サール高校から東大法学部に進み、野村証券では大蔵省の接待担当(MOF担)をつとめた。MOF担は、各金融機関のトップへの登竜門だった。悪名高い、ノーパン・シャブシャブ接待をしたのが、このMOF担です。
この本で古賀信行は、みるべき実績をあげることのできなかった無能な社長・会長だったと酷評されています。たしかに学校の成績が良ければ会社の成績も上げられるというものではないでしょう。営業を知らないエリート官僚タイプの社長が野村を決定的にダメにした。ここまで断言されています。気の毒なほどです。
同時に、この本は野村証券の闇の勢力との結びつきも明らかにしています。
総会屋に便宜を図っていたこと、銀行から270億円ものお金が貸し付けられていたこと、そして、第一勧銀の元頭取は自宅で首吊り自殺をしたことも明らかにされています。
ノルマ証券という別名をもつ悪名高い野村証券も、先行見通しは明るくないようです。
会社は、社長で決まる。結局、会社は社長はすべて。会社が存続できるか、つぶれるかは、9割以上は社長の力量で決まる。新任の社長は、社長として未熟なのに、すぐに結果を出すことが求められる。それが社長の現実である。
パナソニック(松下電器)の歴代社長の決して表に出せない、しかし最大の経営課題は、松下家の世襲をいかに阻止するか、だった。ええっ、これって会社が私物化されているっていうことの裏返しの話ですよね。信じられません。
経営の神様とも呼ばれた松下幸之助の最大の誤りは、自分の後継者に無能な娘婿(むすめむこ)の松下正治を選んだことにある。無能といっても正治は東京大法学部を卒業し、家柄も良く、スポーツマン。それでも、会社経営では無能だったということ。
経営トップの交代がうまくいく会社は栄える。それかうまくいかない会社、後継争いでゴタゴタする会社や無能な人をトップに選んだところは衰退に向かう。
無能な経営者ほど、寝首をかかれることを怖れ、自分より器の小さな人間を後継者に選ぶ。
会社経営の難しさがなんとなく伝わってきます。果たして弁護士は、そこまで気を配ることが出来るでしょうか・・・。
(2018年7月刊。1800円+税)
2018年8月26日
「日本の伝統」の正体
(霧山昴)
著者 藤井 青銅 、 出版 柏書房
いやあ、本当に思い込みというか、私たちは「伝統」なるものにひどく騙されていることを、よくよく自覚させられる本です。
「初詣」(はつもうで)は、明治30年代に、鉄道会社と新聞社の宣伝・営業努力によって始まったもの。
正月のおせち料理を重箱に詰めるようになったのは、幕末から明治にかけてのことだが、実は、完全に定着したのは戦後のこと。デパートの販売戦略による。
七五三は、関東ローカルな風習だった。一般的になったのは明治30年代に入ってから。
お中元・お歳暮・七五三は、全国のデパートが盛り上げて一般的になった。
ウナギは冬のほうが栄養があり、夏は味が落ちる。夏は暑いのでウナギが売れないので、販売促進策として出来たのが、「土用の丑(うし)の日」という宣伝文句。
神前結婚式は、明治33年の大正天皇の結婚式に始まる。明治25年に最初の仏前結婚式があった。
明治9年の太政官指令は、夫婦別性。明治31年の旧民法ではじめて「夫婦同姓」となった。
卵かけご飯は江戸時代にはない。昭和30年代以降に卵かけご飯が一般的になった。江戸時代には卵を生食しない。当時のニワトリは5日か6日に1個しか卵を産まないので、卵は高級品だった。
一般の日本人が正坐するようになったのは江戸時代の中期以降のこと。その前は、あぐら(胡坐)か立膝だった。韓国と同じですよね。
日本人の喪服は昔から白だった。7世紀は白だと『日本書紀』にある。奈良時代は白だったが、平安時代は黒になった。ところが室町時代に再び白となった。黒い喪服は染料が必要で手間がかかるから。江戸時代は、ずっと喪服は白で、明治に入ってからも変わらなかった。ところが、大正の明治天皇が死んだときから黒になったが、庶民は白だった。昭和にかけて、一般庶民にも黒い喪服が定着していった。
日本の元号はずっと続いているのではない。大化(645年)のころは32年間も空白期間があった。変号は、単純平均すると、1元号で5.5年。最短は鎌倉時代の2ヶ月、そして奈良時代の3ヶ月。
いやはや世の中、知らないことだらけです。勉強になりました。
(2018年2月刊。1500円+税)