弁護士会の読書
※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。
社会
2019年3月28日
老いた家 衰えぬ街
(霧山昴)
著者 野澤 千絵 、 出版 講談社現代新書
全国の空き家予備軍率ランキングは、九州でいうと1位が北九州市門司区、2位は別府市、3位が薩摩川内市だそうです。
空き家については、所有者自身、対応したくても対応の難しいケースが非常に多く、所有者だけを責めるのは酷なケースが多い。その事情は、所有者が高齢で資金的に困窮している、判断を下すのが困難、相続人同士で意見がまとまらない、何代も相続登記していないので所有者である相続人が多数になって身動きがとれないなど、さまざまだ。
戸建ての4戸に1戸がすでに「空き家予備軍」になっている。
空き家をもっていると、コストがいろいろかかる。同じく、分譲マンションで空き住戸となると、戸建てに比べて、保有コストの負担が重い。
相続放棄しても、相続しなかったはずの空き家についての財産管理責任がある(民法940条)。つまり、空き家を放置していて、ちょっとした強風で屋根瓦が吹き飛んで通行人をケガさせたとき、賠償責任が問われることがあるのです。
地方自治体に空き家を寄付して責任を逃れようと思っても、自治体は政策として明確な使用目的がなければ不動産の寄付を受けつけることはしない。
埼玉県内では、空き家の庭にシュロが植えられていることが多い。それは、1960年から70年代にかけての南国ブームのなかで、各家庭でシュロを植えることが流行していたから。そして、空き家になった庭にシュロだけが相変わらずぐんぐん成長しているということ。
分譲マンションにも所有者不明問題は蔓延しはじめている。
相続放棄の受理件数が増えて、2016年には20万件近くになっている。1085年には4万6千件だったので、30年間で4倍になった。
相続人がいない財産は最終的には国庫に帰属することになっている。したがって、国庫に帰属した相続財産は2014年に434億円、2015年に421億円。ところが、不動産のまま国庫に帰属したのは、2014年に32件、2015年に37件しかない。
つまり、きわめて例外的な場合を除いて、実務上、国が不動産のまま引き受けることはほとんどない。
この本で、著者は「住まいの終活」を提唱しています。確かに住居についても、どうするのか、あらかじめ考えておくべき時代に既になっているように思います。
実務的に大変勉強になる本でした。
(2018年12月刊。840円+税)
2019年3月27日
メルカリ
(霧山昴)
著者 奥平 和行 、 出版 日経BP社
私はネットショッピングはしませんし、する気もないのですが、私の依頼者にはネットショッピングを担当する人が3人います(正確には、うち2人は疲れてやめました)。ですから、ネットショッピングの苦労は話としては聞いているのです。
スマートフォンを使って個人が物品を売買するフリマアプリの市場を、わずか5年で築き、かつて「ベンチャー不毛の地」とさえ呼ばれた日本で、企業価値の評価額が10億ドル(1100億円)を上回るというユニコーン企業。それがメルカリだ。
この本は、メルカリがスタートするまでの苦難の歴史を紹介しています。初日は、わずか400しかダウンロードされなかったとのこと、信じられません。ところが、1年後には500万になったのです。これまた信じられない数字です。
そして、その背景には何億円もの大金を投資してテレビ・コマーシャルを展開していて、その成果だというのです。となると、ベンチャー企業に先行投資してくれるスポンサー探しがとても大切だということになりますよね・・・。
2015年6月に1700万のダウンロードだったのが、1年後に3300万、さらに翌年には5500万。そして2018年6月の新規上場の直前には7100万になった。日本国民の半分以上が使ったアプリだということ。
メルカリの月間利用者は2014年8月ころに80万人だったのが、2018年2月ころは1030万人となった。流通総額も80億円から930億円に増えた。
メルカリは、売り手から販売価額の10%を手数料として徴集している。2018年3月までの9ヶ月間の連結売上高は261億円だった。
メルカリは、買い手ではなく売り手をつかんだ。たとえば、気に入ったドレスを購入して結婚式やパーティーで着て、終わった直後に売却する。すると、購入したときとあまり違わない価格で処分できる。必要なのは、クリーニング代と送料だけ。レンタルするよりも安い。そこで、若い女性は、再販を前提として、きれいに使い、購入したときのタグを捨てずにとっておく。
これまでのアプリは、販売と購入の双方に焦点をあてていたが、メルカリは販売に焦点をしぼった。メルカリの本質は売るアプリなのだ。
なーるほど、世の中はそうなっているのか・・・、そう思いました。
(2018年11月刊。1600円+税)
2019年3月24日
独楽の科学
(霧山昴)
著者 山崎 詩郎 、 出版 講談社ブルーバックス
世界コマ大戦なるものがあるそうですね。初めて知りました。
形もサイズも重さも、さまざまなコマが紹介されています。
そう言えば、地球だって大きなコマなんですよね・・・。
地球は半径6400キロメートル、重さは6×10の24乗キログラムという巨大なコマ。日本に美しい四季があるのは、回転軸が変わらないコマの性質による。我々は、まさに巨大なコマの上で一生を過ごしている。
通常、コマは1秒間に30回転ほどの高速回転をしている。
全日本製造業コマ大戦のルールは、直径は2センチ以下で、高さは6センチ以下。これだけ。サイズの制限があるだけで、材質や重さ、形状はすべて自由。
そして、コマは片手の指で回します。勝負は、コマが倒れたら負け、コマが土俵の外に出たら負け。ただし、相手が存在するけんかゴマ。倒れにくいコマ、土俵のなかで倒れずに回り続けるコマが勝つ。
高すぎるコマは、重心が高くて回転が遅く、すぐに倒れてしまう。
低すぎるコマは回転の勢いが得られず、相手のコマに止められて倒れてしまう。
高さ1センチ以下のコマが生き残りやすい。
人間の手の動きの早さには限界があるので、太すぎる軸は高速で回せない。少し太いと感じるほどの5~7ミリの軸が良い。
軽量型コマには、決定的な弱点がある。常に相手のコマの回転方向の逆をとらないと勝てない。
逆回転するコマは、同じ回転速度になる。
軽量型コマが勝つ理由は、低速回転時の安定性による最後の粘りにある。より軽量で、かつ、より低重心である必要がある。
生卵をまわしても、中身が動くので重心が不安定なため、うまく回転しない。ゆで卵は、思いっきり高速で回転させると、自ら縦に立ち上がる。
回転によるジャイロ効果を利用したジャイロコンパスの発明によって、方角を正しく知ることができるようになった。小型化されたジャイロセンサーが、ケータイやドローンに搭載されている。
大きな世界の銀河系から、小さな世界のスピンまで、世の中には回転しているものや、回転に関係するもので、みちあふれている。すなわち、世界はコマからできていると言っても過言ではない。
私も小学生のころは、よくケンカゴマをしていました。ひょいと放りなげて、相手のコマの上に乗せるのです。どちらが長く回転するのかを競うゲームです。
面白いコマの世界を少しだけのぞいてみた気分に浸りました。
(2018年11月刊。1000円+税)
2019年3月13日
まなざしが出会う場所へ
(霧山昴)
著者 渋谷 敦志 、 出版 新泉社
一瞬、目をそむけたくなる写真があります。でも、現実から逃げるわけにはいきません。この一瞬にも、世界中に戦争が絶え間なく、飢えで死んでいく子どもたち、病気にかかっても十分な治療をうけられずに亡くなる人々がいます。そして、なんと多いことか・・・。
いま、日本の首相は国会も含めて、あちこちで、ウソを高言して、はばかりません。あたかも世界と日本の平和を守るために安保法制法がすぐにも必要だと言っていましたが、安保法が成立しても悪いほうに事態が動いているだけではありませんか。トランプに押しつけられたアメリカの高額兵器の爆買いなんて、とんでもありません。そのうえトランプがノーベル平和賞をもらえるようアベ首相が推薦しただなんて、まさに白昼に悪夢を見ている思いです。
著者は高校2年生、17歳のとき写真家になると決意したとのこと。それから26年たっています。本当に写真家になってしまったのです。その苦難の歩みを撮った写真とともに紹介している本です。
著者は大学生のとき、ブラジルに留学し、サンパウロにある日系の法律事務所に研修生として入った。そして、30日間のブラジル縦断の旅に出た。日本に戻ったあと、今度はアメリカはサンフランシスコでソーシャルワークの仕事をはじめる。
日本に帰ってからは大阪の釜ヶ崎に入りこんだ。1泊600円の個室。3畳1間に布団一枚。掛け布団はじめっとして重く、かぶるのをためらうほど黄ばんでいる。
大学を出て、国境なき医師団の随行カメラマンとしてアフリカに渡る。
外は10分も歩くと息苦しくなる暑さで、水をいくら飲んでも小便が出ない。
アンゴラ難民。極度にタンパク質が不足すると、お腹が膨らみ、手足が腫れる。外から入る栄養がないので、体が自分の体を食べて破壊している。ここまで重症化すると、「はいどうぞ」と食事を与えたら、助かるというより、逆に命とりになる。長時間の飢餓状態によって体内の消化機能は壊され、食事を受けつけない身体になっているから。免疫システムも十分に働いていないため、簡単に感染症を引き起こし、途端に重症化するリスクもかかえている。そして、もし治療がうまくいったとしても、なんらかの障害が残って成長の妨げになる可能性が高い。
写真家として食べていけるというのは至難のことだと思います。居酒屋でのアルバイトで食いつないでいたこともあるといいます。
それでも写真の訴求力というのは大きいですよね。想像力を大いに刺激します。こんな大切な仕事をすでに26年間もしてこられたことに、私は著者に対して心から敬意を表します。
買って読むべき本だと思います。ぜひあなたも手にとってみてください。世界各地の重たい現実の一端に触れることができます。
(2019年1月刊。2000円+税)
3月も半ばとなり、すっかり春めいてきました。わが家の庭に、例年どおり土筆が可愛い顔をのぞかせ、チューリップも咲きはじめて、300本のチューリップが咲きそろうのも間近となりました。2月に始まった花粉症はこのところ少し落ち着いていて、夜はぐっすり眠れます。ところが、なんと坐骨神経痛に悩まされています。右のお尻から膝下までピリピリ痛いのです。しばらくすると嘘のようにおさまるので助かりますが、脊柱管狭窄症ではないかと私を脅す人もいたり、要するに華麗なる加齢現象だと言う人がいて、年齢(とし)はとりたくないものです。
2019年3月 9日
珈琲の世界史
(霧山昴)
著者 旦部 幸博 、 出版 講談社現代新書
私は喫茶店でホットのカフェラテを飲みながら原稿を書くのを習慣の一つにしています。適度な騒音に囲まれながらの執筆のほうが集中して作業がはかどります。もっとも、隣でおばさんたちの面白い世間話だと気が散ってしまいますけれど・・・。
世の中にコーヒーって、こんなにたくさん種類があって、それぞれ歴史があったのですね・・・。
コーヒーは、コーヒーノキというアカネ科の植物の種子(コーヒー豆)からつくられる飲み物。コーヒーは全世界で1日に25億杯のまれている。水、お茶(1日に68億杯)に次ぐ世界3位の飲み物。1杯あたり、お茶は2グラムに対し、コーヒー豆は10グラム。フィンランドは1人1日3.3杯、アメリカは1.2杯。日本は1杯。
コーヒーノキは、アフリカ大陸原産の常緑樹木熱帯産なので寒さに弱い。
最大生産国のブラジルが世界の3分の1を占める。次いで、ベトナム、コロンビア、インドネシアと続く。アラビア種とロブスタ種、そしてリベリカ種の3種がコーヒーの3原種。アラビア種が世界の生産量の6~7割を占める。残る3~4割はロブスタ種。
17世紀後半のイギリスでは、人口50万人のロンドンに3000軒ものコーヒーハウスが立ち並んでいた。市民が政治談議をし、世間話をする交流の場だった。ところが、当時のコーヒーハウスは女子禁制だった。
フランスはイギリスより少し遅れて17世紀後半にカフェが始まり、18世紀はじめには、人口50万人のパリに300軒のカフェがあった。フランス革命直前の1788年には人口60万人のパリに1800軒のカフェがあった。フランス革命はカフェに始まったと言える。
アメリカの南北戦争のころ、北軍では兵士に戦地でコーヒーが支給された。南軍のほうはコーヒー不足のため、タンポポの代用コーヒーを飲んでいた。
戦争のときは、戦地での眠気防止や疲労感の軽減に役立つということで、前線の兵士にコーヒーが支給されていた。コーヒーの覚醒と興奮作用を軍が利用したわけである。香りや温かいものを飲むという行為が兵士にとって貴重な安らぎとなり、ストレス軽減につながった。戦争とコーヒーが結びついていたというのは悲しいことですね。
江戸時代、大田南畝(蜀山人)がオランダ人の船でコーヒーを飲んだことを書いています。そこでは「焦(こ)げくさくて、味わうに堪(たえ)ず」という感想を残しています。たしかに私にとっても、子どものころのビールと同じで、苦いばかりで、まずいと思ったものでした。
私の大学生のころ(1967年に大学にはいりましたので、50年前のことです)は、喫茶店に入ると、コーヒー1杯で最長5時間ほども話し込んでいました。それでも幸いにして追い立てを喰うことはありませんでした。おおらかな時代だったのです。
今度、スタバが高級コーヒーを売り出すとのこと。いくらでしょうか。また、原稿書きできる環境ではあるでしょうか・・・。コーヒーは今や、なくてはならない存在です。
(2017年10月刊。800円+税)
2019年3月 5日
自衛隊イラク日報
(霧山昴)
著者 志葉 玲(監修) 、 出版 柏書房
イラクに派遣された自衛隊員が生活の様子そして任務遂行状況を書きつづった「バグダッド日誌」と「バスラ日誌」を収録した本です。伏せ字がたくさんあり、もどかしい思いにも駆られますが、現地での自衛隊員のホンネもうかがえて、それなりに興味深い内容の日誌です。
陸上自衛隊は2004年1月から2006年7月まで、現地の復興支援を口実としてイラクに派遣されていました。この期間に陸上自衛隊官がのべ5万5600人、航空自衛隊官がのべ3600人派遣されました。陸自は主に学校や道路の修復、空自は陸自隊員や多国籍軍兵士(中心は米兵)、物資を空輸する活動を担いました。
この「日報」は、いったんはなかったことにされたものの、ついに2018年4月、防衛省は435日分のイラク日報を一部黒塗りして公開したのです。
全体として膨大な日報ですから、解説なしでは読みにくいものです。幸い、親切な解説がついていて、背景状況などがよく分かります。
「バスラ日誌」には、基地がロケット弾などで攻撃されている状況が何度も登場してきます。自衛隊員の死傷者が出なかったのは奇跡みたいな話です。
「ロケット弾3発、攻撃10回目。23発目」(2006年4月5日)
イラクから平和な本国に帰還した米兵が再びイラクの戦地に戻って来る心理も紹介されています。
イラクの壮絶な日々と帰還後のアメリカでの平穏な生活にギャップを感じ、また、その感覚を周囲の人間からあまり理解されないことから、せっかく生きて帰還したにもかかわらず、再びイラクでの任務につく米兵も多かった。
「自分が存在する価値を自分自身で確認でき、かつ、それを認めてくれる仲間たちがいる場所」
ヘリコプターは、気温があまりに高いと(たとえば52度以上)飛べなくなる。
イラクでは毎日のようにテロが起こり、爆弾や銃撃によって何人もの人が日々殺されている。
石油産出国であるのに、国民が石油を手に入れることもままならず、電気も1日数時間の供給しかなくて、子どもたちは安全できれいな水を飲むことも難しい状況に置かれている。
サマワの陸自イラク派遣部隊がサドル派など一部の勢力からは敵視されていたものの、他の有志連合諸国の軍に比べて高感度が高かった理由は、復興支援活動に専念し、「イラク人を殺さなかった」ことに尽きる。サマワは、イラクの他の地域に比べて治安が良く、リスクがきわめて低かった。
解説者は、もっとも重要な時期のイラク日報がまだ公開されていないこと、航空自衛隊の日報が3日分しか公開されていないことを厳しく指摘しています。
2004年10月、イラクの自衛隊野営地への攻撃は甚大な被害を出しかねないものだった。また、航空自衛隊は、その6割以上が米兵などを戦地へ運び、また銃器を輸送していた。つまり、日本は、米軍のパシリ役でしかなかった実態が隠されたままなのです。
それでも、2008年4月の名古屋高裁の判決は、航空自衛隊のイラクでの活動は憲法違反だと認定したのでした。すごい勇気ある判決です。
650頁もある部厚さにひるむ心をおさえつつ、ざっと読みで完読しました。
(2018年9月刊。1700円+税)
2019年2月28日
寒川セツルメント史
(霧山昴)
著者 寒川セツルメント史出版プロジェクト 、 出版 本の泉社
私は1967年(昭和42年)4月に大学に入ると同時に川崎セツルメントに入り、4年間近くセツルメント活動に没頭しました。セツルメントなんて言葉は聞いたこともありませんでしたが、なんとなく目新しいものを感じましたし、なにより新入生歓迎会に参加すると元気な女子大生がたくさん参加していて大いに心が惹かれました。同じころ、ダンスパーティーにも参加したことがありましたが、踊れませんし、歌えもしませんので、気遅れしてしまいました。セツルメントでは話し込めるというのも魅力でした。
セツルメントとは、イギリスで知識階級の人々が貧民街へ定住(セツル)し、労働者階級とともに生活改善をおこなった運動。施しではなく、自活する術を身につけられるように労働者教育を行った。
最近の映画『マルクス・エンゲルス』をDVDでみましたが、19世紀の産業革命によって労働者階級が誕生したものの、その貧困と窮乏が激しくなっていきました。そのころ、大学教授たちが労働者の住む町へ出かけて労働者や夫人に教育を与えていく活動を展開していったのが大学拡張運動(セツルメントハウス・ムーブメント)でした。セツルメント運動の父は、かのトインビーです。トインビーホールが学生たちによって各地につくられました。
イギリスのセツルメント運動はやがて欧米諸国に広まり、移民の多いアメリカでは数多くのセツルメントハウスがつくられ、医療・教育・芸術まで多様な活動がすすめられた。
寒川セツルメントについては、私も全セツ連大会で何度も名前を聞いていましたし、全セツ連書記局を支える有力なセツルでした。寒川セツルメントは、1954年、千葉大学医学部の社会医療研究会(社医研)から誕生したサークルです。
寒川セツルメントは1960年代、70年代には100人以上のセツラーをかかえる大サークルで、全セツ連に毎年、書記局員を送り出し、全セツ連を支えた。ところが、1980年代にはいってセツルメント運動は退潮して、全セツ連は消滅し、1987年に寒川セツルも全セツ連から脱退した。1989年に子ども会サークルに名称を変更し、今も存在している。
この本は、1954年に生まれ、1989年まで存在した寒川セツル35年の活動を振り返ったもので、大変貴重な戦後史になっています。これに匹敵するものとして『氷川下セツルメント史』(エイデル研究所)があります。残念ながら、私のいた川崎セツルメントは、私の『星よおまえは知っているね』(花伝社)と『清冽の炎』(花伝社)があるだけで、類書はありません。
『氷川下セツルメント史』には、70年代以降のセツルメントがどうなったのかの解明が課題としていますが、今回の『寒川セツルメント史』では、70年代以降もきちんと明らかにしています。
セツルメント活動は、うたごえ運動と結びついていました。「地底の歌」や「子供を守るように」など、よく歌をうたいました。合宿するときには総括文集とあわせて歌集を印刷してもっていったものです。地域の現実を見つめながら、私たちは自分を語りました。そして、社会変革と自分の生き方とのかかわりも考えました。それは決して、地域の人々を踏み台にするものではなく、地域の生活に触発されて問題意識をとぎすまされたということができます。そのなかで生まれた仲間意識はとても強く、心地よいものがありました。
貴重な資料を満載した400頁の本です。かつてセツルメント活動に関わった人も、そうでない人も、セツルメントって何だろうと疑問に感じている人にも、ぜひ読んでほしい本です。
(2018年12月刊。2500円+税)
2019年2月27日
自衛官の使命と苦悩
(霧山昴)
著者 渡辺 隆・山本 洋・林 吉永 、 出版 かもがわ出版
私の依頼者に自衛官は何人もいましたし、大災害救助のときの自衛隊出動には心から敬意を表しています。警察でも消防でもまかなえない役割を果たしている点は高く評価します。でも、自衛隊がイラクやソマリアに行き、ジブチに基地をつくっているのには賛成できません。幸いにして、これまで日本人が殺されることもなく、現地の人々を殺したこともないというのは、本当に良かったと思います。でも、戦闘に巻き込まれるような危険な役割をアメリカ軍と一緒になってやるなんて、無益であり、有害だと思います。
安倍首相は憲法改正の理由として、自衛隊員に肩身の狭い思いをさせてはいけないからと言っていましたが、災害救助でがんばっている自衛隊員を日本人の多くは高く評価していると思います。次に、地方自治体の6割が自衛隊員の募集を拒否しているとか言い出しました。まったく事実に反します。自治体のほとんどは、自衛隊員の募集に協力しています(私は、これがいいことだとは考えていません)。
この本は、現代日本の苦悩(矛盾)の産物である自衛隊について、その高級幹部だった人が語った本です。
どうすれば戦争にならないのか、侵略があったとき、日本はどう立ち向かうのか、正面からきちんと考えるべきだと柳澤協二氏は解説しています。
なるほど、そのとおりだと思います。
それにしても、イージスアショアという2千億円もの軍事予算をつかうかどうかの国会質疑のとき、安倍首相が自衛隊員が自宅から通勤できるところにつくると答弁したのには思わず腰を抜かしました。米朝会談がすすんでいるときに、そもそもイージスアショアなんて不要だと私は考えていますが、それにしても自衛隊員の通勤圏内に「基地」をつくるという首相答弁は許せません。2千億円ものムダづかいは絶対に認められないことです。そんなお金があったら、大学生の奨学金(給付型)を拡充してください。介護保険料の徴収をやめて、年金を増額してください。
自衛隊の高級幹部のナマの声に耳を傾ける意義はある、しかも大きいと痛感させられる本です。
(2019年1月刊。1700円+税)
2019年2月21日
原発ゼロ、やればできる
(霧山昴)
著者 小泉 純一郎 、 出版 太田出版
あの3.11から8年たちました。原子力発電所が事故を起こしたときの怖さを多くの日本人がすっかり忘れたかのように、原発再稼働がすすんでいて、私は不思議さと恐ろしさの双方を実感しています。
小泉元首相は、自分は騙されていた。原発は安全だと思い込んでいた。でも、それは嘘だった、嘘だと分かったからには原発に反対せざるをえないと主張しています。まったく同感です。
3.11事故のとき、日本は下手すると5000万人もの人々が非難しなければいけないところだった。幸い、そうはならなかったけれど、あのとき、アメリカは、米軍人の家族にアメリカ本国への帰還命令が出ていた。それほど深刻な事態に直面していた。
5000万人というと、日本の全人口の半分に近いものですし、首都東京に人が住めないということです。こんな狭い島国ニッポンのどこに逃げる場所がありますか・・・。
この本には書いてありませんが、「北朝鮮の脅威」を声高に言う人が、原発へのテロ攻撃の危険性に言及しないのが、私には不思議でなりません。
著者の主張はきわめて単純明快です。
総理大臣という責任ある立場でありながら、どうしてあんなウソを信じてしまったのか、じつに悔しいし、腹立たしい。
世界全体で原発の占める割合がどんどん下がっているというのに、日本政府は、世界の動きと反対の方向に進もうとしている。
騙されたことが分かったら、そのまま騙され続けるわけにはいかない。知らないフリをして間違いをそのままにしておくのは、よほど無責任なこと。
3.11は、自然災害ではなく、人災だ。
原発に関する基準が、日本は世界一厳しいということはない。たとえば、日本ではまともな避難計画を用意していない原発がたくさんある。
日本は原発ゼロをすでに経験したが、何も不都合は起きなかった。原発ゼロでも、自然エネルギーで日本は十分やっていける。
私が不思議なのは、自民党・公明党を支持する人たちが原発再稼働を本気で容認しているのだろうか、ということです。いやいや、原発問題とは別のことで自・公を支持しているというのかもしれません。でも、原発って、たくさんある問題点の一つというレベルではなくて、私たちと子々孫々が今後も生存していけるかどうか、という極めて重大なことなのではありませんか。
本分136頁で1500円の本です。ぜひ、あなたも手にとって読んでみてください。
著者がすすめた郵政民営化によってひどい目にあっていますが、原発問題では著者の提唱に異存はありません。原発は私たちの生存そのものがかかっている、きわめて重大な問題だと思います。
(2019年1月刊。1500円+税)
フランス語検定試験(準一級)の合格証書が届きました。やれやれです。これで2009年以来、8枚目になります。口述試験の成績は23点で、合格基準点23点と同じですので、ギリギリでパスしたわけです。ヒヤヒヤものです。ちなみに合格率は17.4%とのこと。フランス語の力が低下しているのを心配していますが、毎日の勉強のなかで、1分間暗誦できるよう心がけています。もちろん、口に出して言うようにしています。黙読だけではダメなんですよね、語学は・・・。これからもフランス語、がんばります。
2019年2月19日
学校の「当たり前」をやめた
(霧山昴)
著者 工藤 勇一 、 出版 時事通信社
東京のド真ん中にある、あまりにも有名な名門中学校、麹町(こうじまち)中学校では、宿題をやめ、中間・期末テストを廃止し、クラス担任も置いていないというのです。驚きます。
それを率先してすすめている異色の校長による教育実践の記録です。
この本を読むと、画一的教育は子どもにとってよくないと、しみじみ私は思いました。
学校は、いったい何のためにあるのか・・・。
いま、日本の学校は、本来、学校がになうべき目的を見失っているのではないか・・・。
学校は、子どもたちが社会のなかでよりよく生きていけるようにするためにある。
そのためには、子どもたちには、自ら考え、自ら判断し、自ら決定し、自ら行動する資質、つまり自律する力を身につけさせる必要がある。
まず、夏休みの宿題をゼロにした。宿題をなしにしたことで、自分に重要でない非効率な作業から生徒たちが解放されて喜んだ。
次に、中間・期末テストなどの定期考査を全廃した。その代わり、単元テストをし、学習のまとまりごとに小テストを実施している。そのうえ、年に3回だった実力テストを年に5回に増やした。実力テストは出題範囲が事前に示されないため、生徒の本当の学力を測ることができる。
クラス担任は固定せず、学年の全教員で学年の全生徒をみる「全員担任制」をとっている。学級崩壊は、まとまりのあるクラスとないクラスとの格差が大きいときに起きやすい。これによって、「勝ち組」「負け組」の意識が薄まった。
運動会のクラス対抗も廃止した。1日限りのチームの対抗試合にした。運動会は、運動が苦手の生徒も楽しめるものにし、生徒会主催行事とした。
不登校の子がいたら、学校に来たくなかったら、「別に無理して来なくていいんだよ」と言う。もう自分を責めないでね。何も変わらなくていいんだよ、そう話しかける。
いやあ、まいりましたね。校長先生からこんなふうに、言われたら、心が安まりますよね・・・。
授業中、見返すことがないのならノートは取らなくていい。
模擬裁判も毎年やっているそうです。すごいです。台本がないものです。信じられません。すごすぎます。
公立中学校でも、こんな意欲的な取り組みをしているところがあるのを知り、心が驚きと喜びでうち震えてしまいました。ちなみに、私も公立中学校で学びましたし、県立高校に進学しました。いろんな生活・家族背景の生徒がいて、それなりにもまれましたが、本当に良かったと思います。
(2019年1月刊。1800円+税)