弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

社会

2018年3月 7日

東大セツルメント法相の機関紙「歩む」 第7号 

川島武宜教授が巻頭言を書いています。戦前の東大ではセツルメントは白眼視されていた。医学部ではセツルメントに参加する医局生を「不逞(ふてい)のやから」視する風があった。これは戦後も同じで、法学部にも程度の差こそあれ存在していた。有力な人、権力者の側につくことはやさしいが、有力でない人、下積みの人、権力に支配される人の側につくには勇気がいる。しかし、まさにそれゆえに、セツルメントへの参加は、若い学生諸君にとって、良心をテストし良心をきたえる数少ない機会の一つとなるように思われる。
アイちゃんが所属していたのは古市場ハウスのセツル法相です。ここではセツルメント診療所を中心として保健部、栄養部、児童部そして青年部が連絡協議会をつくって、総合的なセツルメント活動をすすめていました。参加するセツラーは全体30人を超え、法相も16人と史上最高のメンバーでした。アイちゃんは2年生7人のうちの1人です。火曜日の定例相談日のほかに金曜日を生活相談日と設定して、家庭訪問を中心とする活動をすすめていったのです。
アイちゃんはセツル法相の文書に「ケース・ワークへの取り組み」という一文を載せています。セツルメント診療所で神経科特診日をもうけたところ、18人もの人がやってきた。その人たちがなぜ精神病になったのか、その背景、原因をアイちゃんは考えます。小さい頃から貧しかった。女工として重労働に耐えきれずに体をこわした。クビになってヤケ酒をあおるうちに神経が侵された。この現実を見ると、精神病が先天的なものであり、手のほどこしようのない、仕方のないものだという考えは捨てざるをえない。誰もがいつ精神病だと認定されるのかもしれないのだ。
これらの人たち一人ひとりを法相セツルのセツラーたちは受けもち、その背景をさぐり、何が彼らをこうしてしまったのかを突きとめようと考え行動をはじめました。この活動は、ハウスにやって来る人たちに法律的な手助けをしようという従来の法相の活動とは異なるものだ。
アイちゃんたちは、一軒一軒の家庭を訪れ、図々しくあがりこんで話を聞き出し、その生活環境や生い立ちを洗いざらい引き出し、その人を精神病に追いやった背景を探っていく。アイちゃんはこのような活動について、これは社会の現実の姿を掘り下げる第一歩であるが、法相という表看板が何ら用をなさない場合が多いとする。
「法律で精神病はなおせない」「法律は資本家のためにある。労働者の味方にはなってくれない」「法律でご飯を食べられるか」「オレたちがこうすりゃ法にひっかかる。ああすりゃポリに捕まる。結局、何もできねえ」...。
こんな声を聞くと、法とは何なのか、法を学び、法をつかって我々は何をしようとしているのか考え直さざるをえない、アイちゃんはこのように考えました。
法相が、「法律」を表看板にするのではなく、もう一度壁をつき破り、地域の諸問題と取り組むなかで、法律を有力な武器として使っていく、そのような方向を追及することが今後の法相の姿ではないか、こうアイちゃんは提起します。
ぼくらは、このころ川崎市の労働者居住地域である古市場でそれまでの児童部、青年部だけでなく、栄養部、保健部といった学生の専門を生かしながら相互に連携して地域の人々の多面的な要求にこたえられる綜合的セツルメント構想をすすめていました。アイちゃんは法相セツラーとして、この構想の具体化を考え実践していたのです。新しい法相が市民部的役割を生せるようになったら、素晴らしいことだと展望を語っています。
アイちゃんがこれを書いたのは、文中に「2月9日」とあるので、ぼくらが駒場にまだいた1969年(昭和44年)3月だと思います。東大闘争で、1月に安田講堂「攻防戦」があり、確認書が取りかわされ、学内が正常化しつあった時期です。まだ正規の授業はほとんどなかったので、ヒマをもてあました学生たちは古市場という地域に気軽に通うことができました。そろそろ法律を専門的に勉強しよう、でも、何のために法律を勉強しようというのか、アイちゃんは法学部に進学する前、真剣に考えて、模索していたことになります。

(昭和44年4月。非売品)

2018年3月 6日

これからの日本、これからの教育


著者 前川 喜平・寺脇 研  出版  ちくま新書

文部省の河野学校の門下生の二人が教育行政のあり方と日本の行方を議論している、味わい深い対話からなっています。
河野学校とは、惜しくも20年前に文部省の課長だった当時、47歳の若さで亡くなった河野愛さんの主宰していたサロンを名づけたものです。前川氏は6年先輩になる愛さんについて、筋の曲がったことが大嫌いで、誠意や理想を捨てない人だった、そのような河野さんの生き方が加計学園問題のときの発言にどこかで影響していたように思うと語っています。もう一人の寺脇氏も河野門下として、深い影響を受けているとし、前川氏とは兄弟子と弟弟子みたいな関係になるとのことです。
加計学園問題については、江戸時代に、将軍の威を借りた近臣が跋扈(ばっこ)したような側用人(そばようにん)政治に堕(だ)しているのが問題。それが、本当に国民のためになっているのか根本から考え直す必要があると激しく批判しています。
前川氏の考える、教育行政官として必要な心構えを三つの標語にしたら、こうなる。
一つ、教育行政とは、人間の、人間による、人間のための行政である。
二つ、教育行政は、助け、励まし、支える行政である。
三つ、教育行政とは、現場から出発して、現場に帰着する行政である。
いやあ実に素晴らしい標語ですね。さすがは、教育基本法(改正前)の前文を全部暗誦できるというだけあります。
変化が激しく、将来を見通すのが難しい現代社会では、生涯を通じて学びつづけることが必要だし、そのなかで学校教育は、知識を単に詰め込むのではなく、生涯にわたって学び続ける力をつけられるよう、その役割を大きく転換したはずだった・・・。
ところが、「教育の自由化」が叫ばれ、市場原理をそこに導入するという。株式会社が小中学校を営利事業として運営して何が悪い、こんな考え方が強くなってきた。
前川氏は、農業高校は残すべき、高校の必修科目から数学を外すべきだという考えです。数学が必修になっているせいで、ドロップアウトする子が少なくないからです。
寺脇氏は、四大反対勢力とたたかった。業者テスト廃止に反対。農業高校なんて、どうでもいい。家庭科の男女必修に反対。総合学科設置にも反対。
寺脇氏がすすめていた「ゆとり教育」については、私も誤解していました。本当の「ゆとり教育」は、個人の尊厳と個性の尊重、自由、自律という個性重視の原則にある。そうであるなら、賛成します。
学校っていうのは、勉強のできない人間のためにあるんだよ。
これは文部省のトップ事務次官をつとめた人の言葉だそうです。まさに卓見ですね。こんな人が上に立つと、下に働く人たちも仕事にやり甲斐を感じられますよね。
官僚のなかに、佐川国税庁長官のようにアベ政治をひたすら支える人ばかりではなく、気骨ある人たちがいることを知って、勇気が湧いてくる新書でした。ぜひあなたもご一読ください。
(2017年11月刊。860円+税)

2018年2月28日

ブラックボックス


(霧山昴)
著者  伊藤 詩織 、 出版  文芸春秋

 準強姦罪で逮捕される寸前までいっていたのに、警視庁の刑事部長が待ったをかけて、容疑者は今ものうのうとしている。そして容疑者もストップをかけた警察トップもアベのお友だちというのですから、日本の政治の歪みは、ここまでひどいのかと暗たんたる気持ちに襲われます。
容疑者はTBSのワシントン支局長だった山口敬之(当然、呼び捨てです。ちなみに、夏目漱石のような歴史上の著名人物も呼び捨てにしますが、もう一つは軽蔑するしかない人間です)。トップ警察官は中村格。菅官房長官の秘書官だったこともあるキャリア組の警察官で、出世頭の一人です。警察庁長官を目ざしているとのこと。
 中村格は刑事部長として、逮捕は必要ないと決裁した。捜査の中止も当然の指揮だとマスコミに開き直って答えたとのことですから、恐れいります。いつも、この調子で警察が被疑者の人権を考慮してくれているのであれば、弁護士としてありがたい限りなのですが、日々の現実は、まったく逆でしかありません。
 事件の本筋からははずれますが、著者の勇気には驚嘆するばかりです。高校生のとき、アメリカはカンザス州でホームステイしていたときにホストマザーに言われた忠告は次のようなものだった。
「銃で脅されても車に乗ったらダメ。そこで撃たれても逃げて。車に乗ったら最後、誰もあなたを探せない。そこに血を残しておいたら、それが手がかりになる」
 いやあ、怖いですね。アメリカの母親って娘たちにこんなことを言い聞かせるのですね。本当に恐ろしい国です。ぞっとします。
 デートレイプドラッグというのをこの本を読んで私は初めて知りました。アルコールを大量に飲ませて強姦したり、睡眠薬をつかってのレイプ事件というのは知っていましたが、それとは別の薬物があるのですね。
薬を飲んだあとの一定期間、記憶が断片的になったり完全になくなったりする「前向健忘」の作用がある。
本件では、北村滋という内閣情報官という重要人物が登場します。容疑者の山口が相談していた相手です。もちろん「アベ友」の一人です。日本の警察は本当に根本から腐っているとしか言いようがありません。
いま私は被疑者の国選弁護人として毎日のように警察署に面会へ出かけています。現場の警察官のほとんどは真面目に職務を遂行していると思いますし、そう期待していますが、トップがこんなに腐っていたら、佐川国税庁長官の下で働く税務署員と同じで、やり切れないことだと同情せざるをえません。
それにしても勇気ある告発書です。引き続きジャーナリストとして検討されることを心より願います。あなたも、著者を応援するつもりで、本書を買って読んでみてください。
(2017年10月刊。1400円+税)

2018年2月16日

国境なき医師団を見に行く

著者  いとう せいこう  、 出版  講談社

 勇気ある人々ですよね。戦場近くまで出向いて、傷ついている人々を、敵も味方もなく、両方とも無条件で治療するというのです。偉い人たちです。そして、たとえばこの組織に参加するために看護師の資格をとったという女性たちがいます。すごいことですね...。
 日本人の女性も何人も参加しています。ありがたいことです。医師団を支えているのは医師だけではありません。ロジスティクス、つまり建物をつくり、維持し、安全性を確保するといった人々も必要です。危険地帯のなかでも医師団体は丸腰で安全性を確保しているとのこと。それでもテロの巻き添えを喰って亡くなる人も出ています。残念です。
 国境なき医師団を現地で見ておこうとしたとき、出発前に「俺しか知りえない単語」を紙に書いて、封筒に入れ渡すよう求められた。なぜ...。誘拐されたとき、たしかに本人なのかを確認するための仕掛けなのだ。プルーフ・オブ・ライフと呼ばれている。うひゃあ、そういう仕組みがあるのですか、それほど危険な仕事なのですね...。
 MSF(フランス語です。国境なき医師団の略称)の施設に入るには、あらゆる武器が放棄されなければならない。
 建物をつくったり直したり、水を確保すべく工事するロジスティックがいなければ医療は施せない。
ひどい拷問を受けると、不眠やパニック、あるいは発狂する場合もあるので、心理ケア団体には精神科の医師も必要となる。
 難民施設にいると、未来が見えない。子どもたちは、まず勉強がしたい。そして、早く故郷に帰りたいと訴える。
MSFは、政治を変えようとしてここに来ているわけではない。あくまで医療不足を埋める方法を提示するにとどまる。
 ファミリープランニングを訴えるなかで、コントンムの使い方を教えることもある。避妊用インプラントというものがあるそうですね、知りませんでした。
 MSFを聖人君子の集まりみたいに見ないでほしい。なかでは、ビール飲んで、文句たらたら言って、悪態ついて、それでも働いているんだから...。なるほど、ですね。
 たくさんの写真とともにMSFの活動状況の一端が手にとるように分かります。
(2018年1月刊。1850円+税)

2018年2月12日

あるフィルムの背景


(霧山昴)
著者  結城 昌治 、 出版  ちくま文庫

昭和時代の傑作ミステリ短編が復刊された文庫本です。よく出来ていて、思わず唸ってしまいました。
少女のとき、知り合いの青年についていったら、まさかの強姦被害にあった女性が、そのトラウマから男性恐怖症どころか人間不信となり、社会適応すらできなくなって、職を転々として生きていった。そして、あるとき加害者の男性が婚約者らしき女性と楽しそうに旅行しているのを見かけ、忘れかけていた過去を思い出し、我を忘れて・・・。切ないストーリーです。
DV夫から長年にわたっていたぶられてきた妻。夫が右半身不随になったとき、妻は恐るべき報復に出た。
私も実際に似たようなケースで妻の刑事弁護人になったことがあります。若いころに散々妻に対して暴力をふるっていた夫が老齢になって半ばボケかかってきたとき、娘とともに抵抗できない夫を殴りつけて重傷を負わせたというケースでした。その供述調書を読みながら、もっと早く別れておくべきでしたよね、子どもたちが可哀想だと思ったものでした。子どものために辛抱したなんて、子どもは言ってほしくないのです。
「あるフィルムの背景」は、検察官の妻がブルーフィルムに登場してくる女性そっくりなところから、容疑者たちを追求し、ついに真相を突きとめたときには妻は自殺していたという、なんともやるせないストーリーです。
読んでいて元気が出てくる話ではありませんが、なるほどこんな心理状態になっていくのだろうなと共感させられるところの多い話でした。
少々ネタバレ気味で申し訳ありませんでしたが、推理小説ファンには見逃せない傑作ぞろいです。
(2017年12月刊。840円+税)

2018年2月 9日

女子高生の裏社会


(霧山昴)
著者  仁藤 夢乃 、 出版  光文社新書

 現代日本社会にこんな現実があるって知りませんでした。女子高生が路上で客引きをして売春まがいの行為をしているという現実があるんですね、驚きました。前川喜平氏ではありませんけれど、そんな場所に出かけていって、なぜそんなことをしているのか、その実際と原因をしっかり認識したいと思いました。本書は、そんな願いを代わって実行した成果です。
家庭や学校に居場所がなく、社会的なつながりを失った高校生を難民高校生と呼ぶ。
子どもの6人に1人が貧困状態にある。高校中退者は年間5万5千人。不登校は中学校で年間9万5千人、高校で年間5万5千人。未成年の自殺者は年に500人以上、10代の人工中絶は1日55件、年間2万件以上。
JR秋葉原駅をおりると、「JKお散歩」や「JKリフレ」の店が並んでいる。そして、女子高生が路上で客引きをしている。
都内のJKリフレ店は80店。JKお散歩店は秋葉原だけで96店。1店舗につき、20~40人が働いていて、年間60人が働いている。都内だけで5000人以上が「立ちんぼ」をしている。
JKお散歩やJKリフレのスカウトは、水商売や風俗店のスカウトマンがやっていることが多い。彼らは、少女たちに声をかけ、店に紹介し、紹介料をもらう。女子高生に声をかけ、巧みな話術で連絡先を聞き出す。
高校生はまだ子供だ。声をかけられるとすぐに信用したり、抵抗なく連絡先を教える。スカウトする大人は目が肥えていて、連絡先を教えてくれそうな少女を目利きできる。
高校生を一人つかまえたら、そのあとは簡単。友だちも一緒に働けるよというと、たいてい一人は不安だから誰か誘おうと思い、友人を連れてくる。その少女がまた友人を紹介して・・・、芋づる式に集まってくる。
大人たちが本当に少女を心配していたら、不特定多数の男性とお散歩なんかさせるはずがない。彼らは、少女を「商品」として気にかけているにすぎない。しかし、少女たちは、自分は心配されていると錯覚し、安心する。
「観光案内ツアーガイド募集」「がんばり次第で1日3万円以上稼げます」「お客様を案内する仕事です」「入店祝い金として1万円を差し上げます」「モデル事務所と提携しています」「風俗店ではありません。個室や接触、女の子が嫌がることは一切ありません」
たしかに、これに惹かれる女子高生は少なくないのでしょうね。
友達紹介制度は、最初の1ヶ月間、友人が稼いだ売上げの10%が紹介者の少女に入る仕組みだ。
JK産業で働く女子高生の平均月収は6万7千円。
働いていることを親に隠していると答えたものが31人のうち27人。友人には25人が内緒にしている。JKリフレやお散歩で働く少女の多くは家庭から排除されている。彼女らにとって自宅は安らげる場所ではない。
性被害にあったとき、誰にも頼れず苦しむ女性は多い。誰にも言えない経験から少女が家族や学校、社会から孤立していってしまうことは少なくない。取材に応じた31人のうち4人がレイプ被害にあっていた。
貴重なレポートです。考えさせられる現実を知りました。
(2014年9月刊。760円+税)

2018年2月 8日

夜の放浪記


(霧山昴)
著者  吉岡 逸夫 、 出版  こぶし書房

 東京の夜をさまよって得た取材記です。
 都内を夜に走るダンプカーが必要なのは分かります。午前2時半から5時まで、横浜と町田間の90キロを走るのです。積荷は建設用の砂。ダンプの運転手は、夜10時から午前1時半まで3時間半眠り、仕事が終わって、朝6時半から寝て9時半に起きる。あとは自由。
 トラックはデコトラ。派手に装飾されている。映画「トラック野郎」(菅原文太主演)に協力・出演した。デコトラのクラブが全国に500もある。すごいですね。でも、前ほどは見かけない気がします。
 新宿の新大久保には24時間の青果店があり、客の9割は外国人。中国人、韓国人、ベトナム人、ネパール人などなど。タイ人もいれば、ミャンマー人も来る。深夜にも客が絶えないとのこと、どうなってるんでしょうか・・・。
 渋谷区の恵比寿横町には、ギターを手に夜の酒場をめぐる「流し」の歌姫がいる。そう言えば、昔はギターを抱えてスナックやクラブを渡り歩く「流し」をよく見かけました。今は、私の身近には見かけません。そもそもスナックもクラブも人口減少のあおりもあって不景気で、それどころではないようです。
 両国の国技館の売店で売られている焼鳥は夜中に全自動でつくられている。うひゃぁ、そうなんですか・・・。
眠らない職場といえば、私の身近にも多いのが介護施設です。介護の現場で働く人には、本当に頭が下がります。必要な仕事ですが、きつい割には低賃金のため、定着率が良くないですよね。残念です。役にも立たないイージス・アショアにまわすお金(2600億円以上もします。とんでもない大金です)があるんだったら、そんなのやめて介護・福祉予算にまわすべきです。
そして、24時間保育園もあります。夜の仕事をしている母親にとって、なくてはならない施設です。でも、ここでも保育士の確保に苦労しているようです。
私は24時間コンビニなんていらないという考えですが、それでも病院のように24時間オープンの施設が必要なことも現実です。その一端を改めて認識させられた本です。取材した記者(著者)も病気で倒れたとのこと。気をつけてがんばって下さい。
(2017年12月刊。1800円+税)

2018年1月30日

裸足で逃げる


著者  上間 陽子 、 出版  太田出版

 沖縄の夜の街の少女たち。これが、この本のサブタイトルです。琉球大学の教授である著者が沖縄のキャバクラで働く若い女性たちに話を聞いたルポルタージュなのです。
 子どものころから暴力にさらされて育った女性は、大人になってからも家や地元周辺を離れることはなかった。妊娠して結婚して、子どもが8ヶ月になったころに離婚して、その子どもを奪われた。その後も、兄や恋人からの暴力にさらされ続け、そして、もう一度ひとりで子どもを産んだ。今、24歳。
キャバ嬢の仕事は日本の女子中高生のなりたい職業にランク入りして久しい。若い女性が層として貧困に陥るなか、華やかなドレスを身にまとい、男性客とのトークでお金を得るキャバ嬢が若い女性たちの憧れ職業となっている。
 スーパーやコンビニのレジの800円の時給より、2000円の時給のキャバクラで働くことによって、単身でも子どもを育てられる。つまり、沖縄のキャバ嬢たちは、子どもをひとりで抱えて、時間をやりくりして生活する気若い「母」でもある。
 中学校の教師たちは、非行に走った少女たちを見捨てない。しかし、そう言いつつも殴っていた。自分を大切にしてくれるひとが、一方では自分に暴力をふるうひとにもなる。そのことは、女性が男性とパートナー関係をつくるにあたって、大きな問題を生み出す。
 沖縄の非行少年たちには、先輩を絶対とみなす関係の文化がある。そのため、先輩から金銭を奪われ、ひどい暴行を受けても、後輩の多くは、それを大人に訴えることはしない。そして学年が変わり、自分が先輩になると、今度は自分たちより下の後輩たちに暴力をふるう。暴力が常態化かするなかに育つ子どもたちは、成長をすると、自分の恋人や家族に対しても暴力をふるうことを当然だと思うようになる。殴られるほうもまた、大切にされているから自分は暴力をふるわれていると思い込もうとし、逃げるのが遅れてしまう。
 入籍していないカップルの暴行は保護の対象でないとして警察署は追い返す。
キャバ嬢のなかには、客のなかから結婚相手を探しているシングルマザーたちがいる。深夜から明け方までお酒を飲み続ける仕事は体力的にきつく、長期にわたって働き続けることは難しい。時給2000円といっても、送迎代やメイク代などを差し引くと日給は1万円ほどでしかない。
 沖縄のキャバ嬢たちの置かれている実情がよく分かりました。それにしても暴力の連鎖はどこかで断ち切ってほしいものですね。広く読まれるべき本だと思いました。
(2017年12月刊。1700円+税)

2018年1月27日

トラクターの世界史


(霧山昴)
著者 藤原辰史 、 出版  中公新書

トラクターと戦車は、二つの顔を持った一つの機械である。
トラクターとは何か・・・。トラクターとは、物を牽引する車である。もっと詳しく言うと、トラクターは、車輪が履帯のついた、内燃機関の力で物を牽引したり、別の農作業の動力源になったりする。乗車型、歩行型、または無人型の機械といえる。
アメリカのフォード社は、第一次世界大戦を4度戦ったイギリスの農村での労働者不足を補うべく、トラクターを輸出した。
トラクターの登場は、馬の糞尿を肥料に使う習慣を徐々になくし、化学肥料の増産と多投をもたらした。
ソ連は、国家主導でフォードのトラクターを導入し、フォードの大口の顧客となった。
ソ連の農業集団化政策は、アメリカのトラクターの量産体制の成立のただなかで遂行された。トラクターは共産主義のシンボルでもあった。
ソ連では、トラクター運転手の半分以上が女性だった。
レーニンは、アメリカの農業機械化に強い関心を抱いていたし、農民こそ革命の主体になりうると考えた。
第二次世界大戦が始まると、ほとんどのトラクター企業が戦車開発を担うようになった。
スターリングラードにはトラクター工場があったが、トラクターだけでなく、ソ連軍を代表する中戦車T-34の約半分を生産していた。
アメリカの歌手・エルヴィスプレスリーの趣味の一つは、トラクターに乗ることだった。
日本は、20世紀の前半はトラクター後進国だったが、後半には先進国へと変貌をとげた。農地面積あたりの台数も世界一位となった。
トラクターを取り巻く社会環境の移り変わりを興味深く読みました。
(2017年9月刊。860円+税)

2018年1月19日

人口減少時代の土地問題



著者  吉原 祥子 、 出版  中公新書

 空家等対策特別措置法が2015年に反面施行されてから、2017年3月付で、行政による空き家の強制撤去(代執行)は全国で11件。所得者不明のときの略式代執行は34件。これって、まだまだ少なすぎますよね。
所得者の所在把握の難しい土地は、私有地の2割にのぼり、今後も増加するだろう。鹿児島で2015年に調査したところ、相続登記がきちんとなされていない農地が21%あった。全国的にも、相続未登記の農地が2割ある。
福島第一原発の除染廃棄物を保管するための中間貯蔵施設予定地の地権者2400人のうちの半分1200人分が「所得者不明」の状態にある。
なぜ相続登記がなされないのか。土地売却や住宅ローンを組むためには相続登記する必要がある。しかし、自己資金でマイホームを建てるのなら、相続登記の必要はない。そして、相続登記手続には一定の費用がかかるが、対象土地の資産価値が高くなければ、お金をかけてまでする意味はない。
土地の資産価値は下落する一方にある。人口減少にともない土地需要が減り、地価の下落傾向が続けば、人々にとって土地は資産というより、管理コストのかかる「負の資産」になっていく。もらっても困る田舎の土地をわざわざ手間と費用をかけてまで相続登記を行わないのは、短期的な経済合理性から当然と言える。
 家庭裁判所への相続放棄の中立件数は年々増加する傾向にある。2000年に10万4500件だったのが、2015年には1,8倍の18万9400件になっている。
 地方自治体は、土地の寄付を受けとろうとはしない。受けとるのは「公的利用が見込める場合」だけだ。
国土調査の進捗率は52%。残りの48%については、完了までにあと120年を要する。この国土調査費用について、市町村の実質負担は5%でしかない。しかし、職員の人件費は補助対策とはなっていないので、市町村の負担減は小さくない。そして、国土調査で「筆界未定」がたくさん生まれている。
相続人不存在によって、亡くなった人の資産が国庫に帰属した金額は、2006年度に224億円だったのが、2015年度には420億円へ増加した。
 日本全国で空き家問題、相続登記未完了の土地が大量に存在している問題について、その原因と対策が論じられています。まさしくタイムリーな新書です。
(2017年7月刊。760円+税)

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