弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

司法

2010年1月12日

北の砦

著者 今崎 暁巳、 出版 日本評論社

 東京都北区にある東京北法律事務所の島生忠佑弁護士の活動を紹介した本です。
 東京都北区にどっしりと根を下ろした、市民の、地域の守り手として活動している島生弁護士の生い立ち、その弁護活動があますところなく語られています。後輩の弁護士にとって大変役に立つ内容でもあります。
 島生弁護士は1932年の生まれですから、今77歳です。弁護士になったのは60年安保の1年前。ですから、60年安保闘争のとき、警官隊によるデモ隊員への暴行・傷害事件を担当することから弁護活動を始めたのです。
 このとき、島生弁護士は、某所から警察手帳を借り受け、「警視庁警察官警棒等使用及び取扱規程」を見つけ、早速、裁判に生かしたのでした。今も、このような規程はあるのしょうか……?
 私が司法修習生のころ、どぶ川訴訟という取り組みを聞いて勉強したことがあります。子どもたちが住宅街を流れる用水路に落ちて何人も亡くなったのでした。金網を張って立ち入り禁止にしておけば防げた事故です。北区が責任を認めないため、裁判が起こされ、住民側が勝訴しました。そこで、区役所の総務部長が島生弁護士に電話をかけてきました。賠償金を支払うので、振込口座を教えてください、と。それに対して島生弁護士が何と返答したか。
「部長さん、民法484条によって賠償金は持参債務と定められています。私の事務所に遺族に来てもらいますから、区長がまず謝って、その日までの利子もきちんと付加して賠償金を支払ってください。賠償金といえども区民の税金がつかわれるから、心に銘じていただきたいものです」
 小林区長がやってきて、賠償金を差し出し、「残念なことで、申し訳なく思っています」と言った。島生弁護士はそれを聞いて、次のように言いました。
「区長さん、あなたの言葉は謝罪になりません。子どもさんへの気持ちが分かるような言葉と態度で謝るべきです」
 いやあ、すごいですね。
 そして島生弁護士は、慰霊祭を北区に提案しました。無宗教です。主催は弁護団。区は献花すること。
 これには参りましたね。こういう方法もあるのですね。
 ごみ焼却場、イタイイタイ病、新幹線騒音公害訴訟などにも島生弁護士は取り組み、画期的な公害防止協定を結ばせるのに成功しました。すごいことです。
 インチキ商法の被害回復の訴訟にも取り組んでいます。このとき、和解交渉の過程で弁護団が提示した金額を不満とする住民について、次のような記述があります。
 金額を不満として、弁護団はもっとがんばれという声が上がる。このような発言をする人のほとんどは、裁判の傍聴にも団体交渉にも参加せず、弁護団の苦労を知らない人たちである。
 そうなんですね。ビラまきやら団体交渉、裁判傍聴といった地道な活動に参加しない人ほど、威勢のいい、勇ましいことを言う傾向があります。恐らく、日頃の自分の怠慢を言葉だけでもカバーしようという自己保身なのでしょうね。
 手形訴訟が起こされてから判決まで、9年もかかった(かけさせた)ということが紹介されています。今ではあり得ないと思いますが、弁護団の執念の賜物です。
 弁護士の素敵な生きざまを知ることのできるいい本でした。

 マイケル・ムーア監督の映画「キャピタリズム」を観ました。とてもいい映画です。アメリカで一部の金持ちが政治を動かし、大勢のまじめな市民が仕事を奪われ、住まいを失っている悲惨な状況がよくわかるように紹介されていました。
 日本は、アメリカの悪い真似をしていますが、一刻もはやくアメリカ型の政治をやめさせたいものです。映画の最後に『インターナショナル』の歌が流れます。久しぶりに聞く歌です。本当に起て飢えたる者です。みんながあきらめずに政治を良い方向に変えていきたいものです。その元気も出てくる映画にもなっています。ぜひ見てみてください。
(2009年6月刊。1800円+税)

2009年12月21日

一見落着

著者 稲田 寛、 出版 中央大学出版部

 直接の面識はありませんが、著者は日弁連事務総長などを歴任された先輩弁護士ですので、顔と名前は知っています。この本を読むと、そのユーモアと機智人情にあふれた弁護活動が、縦横無尽というか、軽妙洒脱の筆致で描かれていて、うんうんと共感の思いで読みすすめながらも、弁護士として大いに勉強になるのでした。
 とりわけ弁護士としての失敗談は大いに参考になります。誰だって失敗するわけですが、それを活字にしてくれる人は案外少ないのです。証人尋問のときの失敗。依頼者に騙されてしまった失敗……。
内容証明郵便を相手方の弁護士に出すときにも、通り一遍の文面ではなく、この手紙が事件を解決する糸口になればという思いで書くように心がけているというくだりには、はっと思い当りました。
 そうなんですよね。弁護士から手紙をもらった人の気持ちを考えて起案すべきだと思った次第です。
 85歳の男性が、妻の死後、身の回りの世話をしてくれた65歳の女性と再婚しようというとき、決まって子どもたちが反対します。親の財産を自分たちがもらえるはずのものと期待しているからです。でも、本当にそれでいいのでしょうか……。本件では、その障害を弁護士の説得で乗り越えたことが紹介されています。説得できたとは、たいしたものです。
 スモン弁護団で活躍し、弁護士会でも活動してきた著者ですが、胃がんが見つかり、切除手術を受けました。幸い術後は順調で、再発の心配もないとのことです。
 今後ともお元気でご活躍ください。
 弁護士としての活動をすすめるうえで、とても参考になり、また、さらっと読める本です。
 
(2007年11月刊。1800円+税)

2009年12月18日

来し方の記

著者 松尾 浩也、 出版 有斐閣

 著者は私の出身高校の先輩にあたります。そして、大学に入学して1年生のとき、駒場の大教室で法学概論を教えてもらったのでした。といっても、さっぱり理解できなかったのです。このとき、これは教える方が悪いと考えていました。まさに若気の至りです。
 父親が三井鉱山に勤める鉱山技術者でしたから、著者は荒尾市に生まれ、高校(当時は中学)は三池高校にすすみました。そして、熊本の第五高等学校から東大へ進学したのです。
 三池中学校のとき、校庭から長崎の原爆のきのこ雲を見たそうです。大牟田から雲仙の普賢岳はよく見えるのですが、長崎のきのこ雲が見えたのですね……。
 三池中学の卒業生が、五高や七高、佐賀高校を経て毎年4人か5人、東大に入学していたそうです。私の学年からも4人東大に入学しました(下の学年のときに現役2人、浪人2人が合格したのです)。
 安田講堂前に制服制帽で三池中学卒業生が8人集まっている写真があります。私が入学したときも、学生服姿で記念写真をとってもらいました。似たような写真なのに驚きました。
 著者は2年間のアメリカ留学のあと、「法学」を再び駒場で教えるようになり、そのとき私も授業を受けたわけです。全然面白くない授業でした。さっぱり印象に残っていません。もっとも大教室での法学概論の授業が面白いはずもありませんよね……。専門の刑法でも教わったら、もう少し印象に残ったのでしょう。いま思うと、残念としか言いようがありません。
 私は大学生活はセツルメント活動に没頭していて、ゼミに所属したこともありませんので、弁護士になるまで法学部の教授と身近に話をしたことは一度もありませんでした。いつも大教室のはるか遠くの演壇に立っている教授を眺め、初めのうちはぼんやりと、司法試験受験を始めてからは必死にノートを取りながら講義を聞いたものです。
 高校の大先輩に敬意を表して読んでみました。

 11月に受けた仏検(準一級)の結果が届きました。合格点(73点)に2点不足で不合格でした。私の自己採点どおりでした。準一級のペーパーテストはずっと合格してきただけに、ショックです。語学の才能がないことに愕然とします。それでも、気を取り直して、毎朝の書き取りと車中での発声練習は続けます。フランスに旅行する楽しみのためです。

(2008年11月刊。3200円+税)

2009年11月30日

事実の治癒力

著者 神谷 信行、 出版 金剛出版

 大変勉強になりました。こんないい本に出会うと、心も清められる気がします。もう一度、初心に返って真面目に事件に取り組んでみようという気になりました。いえ、今でもそれなりに真面目に真剣にはやっているつもりなんです……。誤解されないようにお願いします。
 この本には弁護士会館の地下書店で出会いました。私は弁護士の書いた本はつとめて読むようにしています。といっても、法律注釈書でしたら全文通読することなんて絶対にありません。必要なところを拾い読みするだけです。でも、この手の本や随想、弁護士の体験記などは全文通して読みます。すると、いつも大いに得るものがあるのです。
 私が本を探すのは、基本は新聞の書評です。しかし、つとめて書店の店頭にも足を運びます。そうすると、本のタイトルが光っていることがあるのです。私の本を読んで、読まないと損するよ、読んだらきっといいことがあるよ、そんなメッセージが伝わって来ます。そこで手に取ってパラパラとページをめくってみるのです。すると、たいていは当たります。この本が、まさにあたりの本でした。
 離婚や子の親権が争われる事案において、弁護士が依頼者と「共依存」し、互いの「影」(ユングのいう、生きてこなかった半面の自分。日頃は隠している自分の否定的部分)を共有し、その影を相手方当事者や代理人に「投影」させて攻撃しているとみられるケースが少なくない。
その弁護士は闘争的な態度をとったが、その中に、その弁護士自身の「影」があらわれている。弁護士の数が幾何級数的に増加しているなかで、依頼者と「影の共有」に陥る弁護士が多く生まれることを私はひそかに恐れている。
 カウンセラーには「スーパーバイズ」のシステムがあり、自分の担当しているケースをスーパーバイザーに語るなかで、自分とクライアントとの関係を客観視するプロセスがある。クライアントとの「影の共有」に陥っていると、そのことをスーパーバイザーが指摘する。
 なーるほどなるほど、なんだか思い当たる節のある若手弁護士にあたったことがあります。むやみに戦闘的にくってかかってきて、私の証人尋問について「異議」を乱発するのです。どちらにも言い分のある一般事件でしたので、私は面喰ってしまいました。
 多動な子は「身体」の面だけでなく、「観念の多動」といって、物事を考えるときにも同じことを何度も繰り返し考えたり、考えも目まぐるしく動くことがある。教示を受けて、拘置所で脅迫的とも言えるような深刻な反省の弁を繰り返し口にしたり、手紙に書いてきたりするのは、「観念の多動」のあらわれてあり、内省の変化を示すものではない。
 ふむふむ、そういうことなんですか……。
 日常生活の中で傷を負った子どもたちは、やっぱり暮らしの中で少しずついやしていくのが一番無理がなくていい。
 一緒に暮らすなかで、子ども自身が見失いかけている自尊心、棄てかけている自尊心にノックしつづけることでもある。
 厳罰主義を唱える人は、一見すると被害者に同情する正義の人とみられがちだ。しかし、その内実は、次の被害者の再生産に無意識に加担している。
 被害者の保護は充実させていかなければならない。しかし、社会に戻った元加害者が立ち直る道もまた確保されなければならない。被害者保護と元加害者の更生は、二律背反のものではなく、双方同時に実現されなければならない。
 なるほどですね。でも、これって口で言うほど簡単なことではないでしょうね。
 虐待被害を受けた子どもは、自分の体験を他人事(ひとごと)のように淡々と話すことが多い。その感情をともなわない語り口に接すると、「本当に虐待を受けたのだろうか」という疑問を抱くことさえある。しかしこれは虐待被害の痛みを解離させ、自分を守っていることによるもので、淡々とした口調の奥にあるものを聞きとらなくてはならない。
 少年Aの治療にかかわった医療少年院のスタッフの話も紹介されています。なるほどなるほどと思いました。人間の罪の深さと同時に、人間は変わることができること、しかしそのためには並々ならぬ努力の積み重ねが必要であることがひしひしと伝わって来ます。
 治療教育の目標は、信じることの回復にある。この作業に携わる人は次の3つの心得を無条件で受け入れられる人でなければならない。それを納得できない人は、矯正の仕事に関わってはならない。
 第一、人は誰でも学んで変わる可能性を持っている。
 第二、人はその信頼するものからのみ学ぶことができる。
 第三、人は誰かに気にかけてもらっており、期待されており、大切に思われているという実感がないと安定していられないものである。
 ふむふむ確かに、そのとおりだろうというものばかりです。
 私も山本周五郎の本は本当に読みふけったものです。著者は、その山本周五郎の本には読むべき順序があるといいます。『さぶ』『樅の木は残った』『虚空遍歴』『小説日本婦道記』『青べか物語』『季節のない街』『赤ひげ診療譚』です。この順番には意味があるそうです。そう言われると、もう一度、私も読んでみましょう。
 人間の洞察力に富む、とてもいい本だと感嘆しました。

 木曜日の東京はよく晴れていました。日比谷公園に足を踏み入れると、なんとまだコスモス畑がありました。ほんわかした気分になります。ただ、官庁街に近い通路を歩いて行くと、立ち入り禁止のロープのはられていない空き地にダンボールハウスを2つ発見してしまいました。今年は日比谷公園での「年越し派遣村」の再現はないようにしようと政府は考え、ハローワークで受け付けるようです。でも、これだけ不況が深刻化し、大企業がどんどんリストラ・派遣切りをしている状況では、本当に心配です。
 弁護士会館に近い出入口のあたりに、噴水が勢いよく吹き上げる池があります。モミジが見事です。銀杏の黄色とすっきりした青空とによく映えていました。
 夕方、会議を抜け出すと、もう空高く半月が見えました。まだ4時40分です。福岡より30分以上は暗くなるのが早いですね。
 
(2008年3月刊。2800円+税)

2009年11月20日

電子の標的

著者 濱 嘉之、 出版 新潮社

 福岡県生まれのキャリア警察官が、警視庁警視のときに辞職してデビューしました。さすがに内部事情に詳しいだけある警察小説の誕生です。
 警察捜査のIT化がどこまで進化したのか、小説ですが、よく分かります。
 Nシステムも監視カメラも瞬時のうちに捜査に役立てられます。しかし、ということは、人々の生活の隅々まで監視される社会に近づきつつあるということになります。恐ろしい現実です。
 日本の警察官は25万人。そのうち警視庁に6分の1、4万人いる。地方警察ナンバー2の大阪府警でも、2万人はいない。
 キャリア警察官は入庁7年目で警視に昇進し、都道府県警の管理官や課長として赴任する。これが実質的なスタート地点になる。そこから8年間、5・6ヵ所を異動し、途中、2年ほどの海外大使館勤務を経て、警視正となって警察庁の理事官ポストに就く。入庁して15年で警視正に昇進するキャリア組のスピードに比べて、たたき上げの場合には、最速でも、15年では管理職の警部にすらなれない。
 警視庁の捜査1課(捜一)には毎年1人、管理官として警視の振り出しキャリアが勉強に来るが、実際に捜査指揮を執るキャリアが赴任したことはない。当然、キャリアが捜査1課長の座に就くこともない。知能犯捜査を担当する捜査2課長はキャリアのポストで、階級も警視正の一つ上になる警視長である。
 栄聖写真を基本にした詳細画像とゼンリン地図、これにNTTの電話番号、監視カメラ設置地点、その他の情報をリンクさせたものをDBといい、犯罪捜査の切り札的な捜査資料器材となっている。すごいですね。選挙のときにも電話かけは、このテレレーダーにもとづいて行われます。
 警視庁SATの編成は、総勢60人の中隊が各20人の3個小隊で編成されている。狙撃隊員が3つの小隊に数名ずつ配置されている。突撃に先立つ盗聴や潜入の要因も指定されている。SATの使用する武器は、サブマシンガン。狙撃銃レシントンM700などである。いやはや、必要なんでしょうが、怖い話ではあります。
 取調官は被疑者に取調室で初めて対面する。捜査官は、出会いのときのその第一声に非常に頭を悩ませている。何事にも第一印象というのは大事だが、取り調べは命がけの真剣勝負でありながら、一方で相手の気持ちをやわらげ、気勢をそぐことも必要なのだ。時にはなだめ、時にはすかして相手のホンネを聞き出さなければならない。うむむ、それは、そうですね。弁護士も初回相談は真剣勝負です。
 警察の技術の進歩には目を見張ります。そうはいっても、Nシステムというものの全体像を、警察はもう少し明らかにすべきです。そして、監視カメラです。犯罪捜査に役立っても、それが犯罪をなくすことにつながるのかは、別のものだと思います。

 青森の友だちから素敵なワイングラスが送られてきました。7月に青森で会ったとき、峠紀教室に通っていると聞きましたが、その師匠さんがつくってくれたものです。4個のグラスが色も形も異なっています。ピンク、茶、深緑、濃紺です。手になじむワイングラスです。私が大学時代セツルメント活動をしていたとき一緒に若者サークルで活動していました。昔、青森から集団就職で上京してきた人です。大学卒業後もずっと音信があり10年に一度くらい会っています。友だちっていいですね。
(2009年9月刊。1500円+税)

2009年11月17日

罪と音楽

著者 小室 哲哉、 出版 幻冬舎

 私にとって小室哲哉という人は、有名らしいね、というにすぎません。テレビは見ないし、歌謡曲を聞くこともありませんので、おそらく彼が作詞・作曲した曲を聞いたこともないと思います。ただ、人気の音楽プロデューサーが5億円もの詐欺事件で逮捕され、有罪になったことは知っていましたから、弁護士として、本人がどんな思いで裁判を受けたのか知りたいと思って読んだのでした。
 なにより驚いたのは、さすがにプロのミュージシャンだけあって言うことが違うということです。
 まわりが見えなくなるくらい音楽に没頭したとき、音楽は降ってくる。天なのか、空なのか、とにかく自分のはるか上から降ってくる。
 何かが心の琴線に触れると、頭の中で音が鳴る。だが、あくまで断片でしかない。そのいくつかを広い集め、膨らませながら一曲に仕上げていく。集中力が必要だ。なーるほど、ですね。考えに考え、じっとあたためていると、いつか突然ひらめくという話は、私にも経験があります。
 シンガーの音質が肝心。オーディションの合否を決めるのに3分間も歌を聴く必要はない。「はじめまして」とあいさつしたとき、もう5割は決まっている。
 美輪明宏、美空ひばり、松田聖子なら、歌い始めた瞬間に合格を決める。声の倍音構成があまりにも素晴らしいからだ。歌唱トレーニングし、音楽を勉強すると音痴はある程度は解消できる。リズム感も身に着く。しかし、音質だけはどうしようもない。たとえば、「ドー」を発生したとき、1オクターブ上のド、さらにドに対してハーモニーを構成するミやソの音が聞こえてくる声がある。それは倍音構成の素晴らしい声だ。
 なるほど、こればかりは生まれ持った天性によるものなんですね。
 著者は、ある意味で裁判になって良かった、人生を立ち止まって考える機会を与えてくれたと前向きに考えているようです。これって、いいことですよね。いつまでもくよくよしていても始まりませんからね。
 ブレイクする。売れる。有名になる。どの場合も、アンチが急増する。これが世の常だ。だから、アンチの声に耐えられるだけの強さと、それに慣れてしまうだけの鈍感さがないと、人前に出る仕事はできない。ふむふむ、これって弁護士の仕事をしている私にも、なんだか身近なものに感じられる、よく分かる話です。
 たとえば、この書評ブログにしても、有名でないから非難をあびることもありませんが、それでも、たまにきつい非難のお叱りを受けることがあります。そんなときは、不本意ですが、とりあえず謝罪するようにしています。だって、私個人のブログではなく、弁護士会のホームページに寄生しているからです。
 著者は、別れた奥さまに3億円の慰謝料を支払い、長女に月200万の養育費を支払うことにしていたそうです。すごい金額です。弁護士生活35年を過ぎましたが、私が扱うのはせいぜい慰謝料300万円、養育費3万円というものです。ケタがいくつも違いすぎます。
 ロスに6億円、ハワイに1億円、バリ島に2億円の別宅を購入したということです。まるでピンとこない話です。
 金銭感覚のゆがみは、1998年、確定申告の収入が1億円をこえたときだ。
 なーるほど、そういうものかもしれませんね。芸術家という職業が絶えず強迫観念とともに生きている存在であることを改めて認識させられました。
 子どものころの憧れを成就させるには、次の10段階を必要とする。出会い、衝撃、あこがれ、観察、真似、分析、応用、自在、個性、放出。
 なるほどなるほど、よくよく分かる気のする分析です。よほど考えぬいたのですね。
 
 熊野那智大社では見上げる絶壁から流れ落ちる大滝を拝みました。すごい断崖絶壁です。そのあと、青岸渡寺におまいりし、那智黒石のふくろう様を記念のお土産品に買い求めました。好天にもめぐまれたくさんの人出でした。
 わたらせ温泉のささゆりは大きな旅館です。大露天風呂に行くにはつり橋を渡ります。朝早く渡っていると青い宝石とも呼ばれる小鳥(カワセミ)がきらきら光る青い背を輝かせながら川面をすばやく飛んでいるのを見かけました。


(2009年9月刊。1300円+税)

2009年11月10日

知事抹殺

著者:佐藤栄佐久、出版社:平凡社

 7年ほど前のことですが、日弁連の人権擁護大会が福島で開催されたとき、著者は福島県知事として挨拶されました。それを聞きながら、自民党の知事(知事の前は自民党の参院議員)としては、かなり思い切って環境保護を強調していることに驚いたものでした。
 この本を読むと、JC(日本青年会議所)を基礎として政界にうって出て、参院議員のあと県知事になったものの、東京電力のいいかげんな原子力発電所を許さない取り組みに身を挺したことがよく分かります。著者は、東京電力ひいては国家権力のうらみを買ってしまったという思いが強いようです。これは、あながち逮捕され有罪となった人のひがみばかりとは片づけられないと私は思いました。
 著者は収賄罪で逮捕されたあと、宗像紀夫弁護士を弁護人として選任しています。高校の後輩にあたるというわけですが、宗像弁護士とは、知る人ぞ知る、東京地検特捜部長などを歴任した「大物ヤメ検弁護士」です。
 それにもかかわらず、著者は不本意な「自白」をしてしまうのです。
 福島県知事になってからは、原子力、教育、へき地問題、地方分権など、常に県民の視点から権力とたたかい、知事になってからはとくに霞ヶ関とのたたかいをしてきた。しかし、国家権力とのたたかいは、そろそろ店じまいしたい・・・。
 検事は取調べのとき一面トップで事件を報じる読売新聞を示し、自白を迫った。外部の情報から遮断され、弁護士との接見以外に情報に接する手段をもたなかったから、この記事がきっかけになって、事実無根であるにもかかわらず、最終的に罪を認める決意を固めた。
 検事は拘置所の取調室で言った。
 「佐藤知事は、日本にとってよろしくない。抹殺する」
 原子力発電所での事故隠し、データ改ざんを問題とし、国の原子力発電事業に従わなかった。知事会のなかで道州制に反対した。まちづくり条例で大型ショッピングセンターの出店を規制した。このようにして「霞ヶ関」の官僚とたたかった。これに対して、別のパンチが東京地検特捜部から繰り出されてきた。これが事件の本質である。
 本当だとしたら、恐ろしいことですよね。著者は結局、「自白」調書をもとに有罪となりました。懲役3年、執行猶予5年の判決です。
 東電サイドからすると、著者のせいで、社長経験者が4人、しかも経団連トップをつとめた人物まで吹っ飛ばされたという恨みがある。誇り高い東京電力からすると、このうえない屈辱だったであろう。東電には、佐藤栄佐久、憎しという感情が渦巻いた。
 なーるほど、そうかもしれませんね。それにしても、県知事の被告人、そして弁護人は元東京地検特捜部長という陣容であっても不本意な「自白」をするというわけです。ほんとうに世の中は恐ろしいものです。

 紀伊半島に行き、熊野古道をちょっとだけ歩いてきました。幸い天気に恵まれ、すがすがしい空気のなか、山深い古道を歩いて、少しは身も心も清められた気分を味わいました。
 夜はわたらせ温泉に泊まり、親しい友人たちと近況を報告し合い、明日への英気をたっぷりと養って帰って来ました。
(2009年9月刊。1600円+税)

2009年11月 6日

公安検察

著者 緒方 重威、 出版 講談社

 著者は、公安調査庁の長官をつとめ、仙台と広島の高等検察庁の検事長をつとめました。日本の検察機構で上位10番目までに入るポストを占めた著者が、公安検察の敵視する朝鮮総連をだましたとして詐欺罪で逮捕・起訴され、有罪の判決を受けたのです。
 そんな栄光の経歴をもつ著者が不本意な自白をさせられたのです。これでは、フツーの人が、やっていなくても「自白」してしまうのは当然のことです。
 なぜ、心ならずも「自白」をしてしまったのか、著者は次のように説明します。
 朝から晩まで長時間の取り調べ、検事の恫喝や脅迫、そしてウソをまじえた泣き落としなどに屈し、一時とはいえ、偽りの自供に追い込まれてしまった。
 元公安検事であり、元高検検事長であり、そして公安調査庁の長官でもあり、検察の手の内を知り尽くしているはずの私が、一時的とはいえ、虚偽の自白に追い込まれてしまった。いやはや、こんな泣き言を元検察官から聞きたくはありませんでした。ホントです。
 落合義和特捜副部長は、机を平手でバンバンと叩きながら、自供を迫り続けた。
「いつまで嘘を続けているんだ」
「いいか、検察は徹底的にやる」
「いつまで黙秘しているんだ。いい加減に目を覚ませ。証拠は全部そろっているんだ。このままじゃ一生刑務所だ。生きて出られると思っているのか」
「刑務所で死ね。否認は2割増の求刑を知っているだろ」
 著者は保釈がなかなか認められず、8ヶ月も拘置所に拘留されました。人質司法です。
 この本を読むと、著者に対する詐欺罪の起訴は、なるほど、かなり無理筋のように思えます。なにより、「騙された」という当の被害者(朝鮮総連)が被害にあったと思っていないというのですから。そして、著者が何の利益も得ていないというのも、なるほどと思いました。
 ヤメ検が、高検検事長ともなると、年に3000万円をこえる収入が確保されているというのにも驚きました。
 検察OBの弁護士同士のネットワークは強固である。ヤメ検の先輩に紹介された企業は多く、10社ほどの企業の監査役や顧問に就いた。その役職手当だけで毎月300万円、年間で3000万円を大きくこえた。
 退職金8000万円のほかに年俸3000万円だったら、いうことありませんよね。すごいものです。いやはや、いろいろ教えられるところの大きい本でした。
 対馬ひまわり基金法律事務所の引き継ぎ式に参加してきました。
 対馬には、昔3人の弁護士がいましたが、高齢のため亡くなられて「ゼロ地域」となっていました。そこで、九弁連は福岡県弁と長崎県弁とが共同して相談センターを開設していました。それでは、やはり足りないということで、日弁連のひまわり基金法律事務所が開設されたのです。
 引き継ぎ式は3代目にあさかぜ基金法律事務所出身の井口夏樹弁護士が就任するためのものです。
 2代目の廣部所長の話によると、2年間に受けた相談件数566件(うちクレサラ相談が368件)。受任した事件は一般62件、クレサラ315件。ほかに46件の刑事事件があったといことです。
 相談予約は最近こそ改善されたものの2週間先にしか入らないほど相談者は多いといいます。
 初代の大出弁護士は札幌に戻り、2代目の廣部弁護士は出身地の埼玉に戻りました。井口弁護士は久留米出身ですから、対馬にそのまま定着するかどうかは別として、福岡県内に定着する可能性はきわめて大です。
 対馬には法テラスのスタッフ弁護士もいますので、ひまわり法律事務所とあわせると2人の弁護士が常駐していることになります。ただ、私はやはり法律事務所は3つあった方がいいと思います。人間関係が錯綜して利害相反になることが多いので、選択肢をお互いにふやしておかないと身動きがとれないことがあるためです。
 
             (2009年7月刊。1700円+税)

2009年11月 4日

水神(上・下)

著者 帚木 蓬生、 出版 新潮社

 いやあ、実にすごいです。読み始めて2日のうちに、一気に読了しました。いつもの車中読書ですが、まったく外界の雑音が耳に入ってきませんでした。いつのまにか終点の駅についています。もちろん、あいまに仕事はしたのですが、読みかけていますから、次の展開が気になってしかたありませんでした。
 著者の本はかなり読んでいますが、これは筑後川につくられた大石堰が舞台ですから、余計に身近な話として、ぐいぐい作品の情景に引きずり込まれました。なにしろ、その情景描写が細やかなのです。まるで眼前に筑後川がながれ、にもかかわらず、田圃には水が流れないため日照りで百姓は食い詰めてしまう様子が生々しく、迫真の筆致で描かれます。
 筑後川から日がな一日、ずっと2人一組の人力で水をくみ上げる作業をする片足の悪い百姓が登場し、その愛犬ゴンが動き回ります。そして、下級奉行が村々を見て廻り、ついには大石堰のためにわが身をささげてしまうのです。すごいです。涙がにじみ出ます
 筑後川周辺の利水のために、5人の庄屋が久留米・有馬藩主に対して堰の構築を嘆願します。その財政的裏付けは、自分たち庄屋の自己負担。万一、失敗したら、5人の庄屋は財産没収ではすみません。はりつけ死罪です。現に工事が始まったとき、失敗に備えてはりつけのための処刑台が5本、近くにこれ見よがしに建てられたのです。
 反対する庄屋もいました。ひどい妨害にもめげず、自分の全財産を投げうって、工事着工を実現していくのです。著者の筆致はよどみなく、タンタンタンと、陣太鼓の音まで聞こえてきそうです。こんな良質な小説を読むと、心のなかまで清々しくなります。
「大石堰の方で、狼煙(のろし)があがったぞ」誰かが叫んだ。頭を巡らすと、白い煙が少しかしぎながら青い空に吸い寄せられていくのが見えた。
「いよいよ、水が来るぞ」別の村人が声を上げる。
 「水が来たぞ」村の方で何人もが叫んでいる。水路に沿って駆け出した若者もいたが、すぐに走りやめる。代わりに吠えながら猛然と走りだしたのはゴンだった。水は真新しい溝渠の中を波頭を立てて迫っていた。黒々とした流れの先端に、白い波しぶきが見えた。ゴンはさらに吠えかかろうとしたが、かなわぬと見て尾を巻いて駆け戻ってくる。
龍だ、と助左衛門(五庄屋の一人)は思った。龍が頭を高く、あるいは低くして、白髭をひくつかせて攻め寄って来る。誰もが立ち上がり、水路に吸い寄せられたときには、龍の頭はもう十数間先に走り去り、今は黒々としてうねる背中がみえるだけだ。しかもその龍の背は、側壁を削るかのように膨らみ、ある所では杭に当たって白いしぶきを上げた。
「子供には気をつけろ」伊八が叫んでいる。次兵衛と志をが三人の子供の手を引いている後ろで、次兵衛の母親が手を合わせていた。目を閉じ、念仏のようなものを唱えている。
 すごい描写ですよね。堰が出来て、水門が開けられてやってきた水流が龍のように躍動している様子をしっかりと思い浮かべることができます。これからも、たくさん書いてください。
 11月28日(土)午後3時から、北九州の厚生年金会館で帚木氏に今度は精神科医として依存症について講演していただくことになっています(入場料500円。全国クレサラ対協のHPを参照してください)。
 私は、今から大いに楽しみにしています。
 この筑後川の堰渠を構造するについては、長い歴史があったようです。『久留米市史』第2巻735頁から30頁ほど詳細な経過が述べられています。
 寛文3年(1663年)に大干ばつで作物が全滅状態となったため、五庄屋が誓詞血判して藩庁へ出願したこと、反対運動が起きたこと、夜間に提灯をともして土地の高低を測量したこと、失敗したら磔(はりつけ)の刑に処することになって、工事開始の直後に5つの磔台が建てられたこと、藩営事業として正式に工事が始まり、工事は人夫1万5千人によって2ヶ月間で無事に完成したことなどが記述されています。

(2009年8月刊。1500円+税)

2009年10月29日

弁護士のマインド

著者 田中 宏、 出版 弘文堂

 私もよく知っている札幌の熱血弁護士が法科大学院で院生を相手に、弁護士とは何かを熱く語った講義内容を本にしたものです。いやはや、さすがによく勉強しています。感心しました。
 弁護士が知っておくべき法曹倫理が、過去の歴史を踏まえて具体的に語られています。あげられている実例が、すさまじいのです。
 六本木ヒルズに事務所を構えていた国際弁護士は、証券会社に130億円以上の損害をあたえて失踪し、いまもって行方不明だといいます。奈良の弁護士が10億円もの横領で懲役6年4ヶ月の実刑。山梨県弁護士会の元会長は、2億円の横領で懲役6年の実刑。
 事件屋みたいな人物と提携して債務整理に弁護士名義を貸して懲戒処分を受けた弁護士は、60代(68人のうち33人)、70代(11人)、80代(2人)、90代(2人)と高齢者が多い。弁護士経験25年以上が53人もいます。そして、再犯率は高く、半分近くが再犯し、3回も4回も懲戒処分を受けた弁護士が12人もいる。
 うへーっ、実にあきれてしまいます。著者はアメリカのアンビュランス・チェーサーを情けない限りだと非難しています。先日、私の読んだアメリカの弁護士は、いいじゃないですか、それで保険会社の横暴が止められるのであれば、と語っていました。なるほど、それにも一理ありますよね。
 弁護士の報酬については、弁護士会の報酬規定が独占禁止法違反に該当するという指摘を受けたことから廃止され、今や自由契約となっています。そうはいっても、裁判に経験のない一般市民の便宜のため、報酬の目安を示すためのアンケート調査を実施し、その回答を集約して、コメントをつけた簡単なリーフレットを作っています。私は、その作成に8年ほども関わっています。かつては、報酬契約書を取り交わすことは全くありませんでしたが、今では、取り交わさないことが特殊な状況にあります。
 弁護士をめぐる状況について論じるなら、やや観点は異なりますが、弁護士業務妨害も触れてほしかったと思いました。大阪の弁護士だったと思いますが、ちょっとした「ミス」から脅迫されるようになり、その支払いのために横領を重ねていたという事件がありました。横領の原因が「ミス」であり、それをネタに脅しをかけてくる「依頼者」も存在するという現実があります。弁護士の職業が生易しいものではないことを、多くの法科大学院生に知ってほしいと思いました。
 それにしても、400頁ほどの本に、法曹倫理をよくぞコンパクトにまとめていただきました。ありがとうございます。今後ますますのご活躍を祈念します。
 著者は、良い弁護士になるためには、謙虚な人、誠実な人、器の大きい人、そして努力し続けることを心がけることだと強調しています。私も同感です

 対馬に行ってきました。5月に全島を真っ白に染めるというヒトツバタゴは葉を落していました。
 宗家の墓所に参りましたが、お寺の裏山のようなところに階段が一直線に続いています。樹齢1000年という大きな杉の木が3本たっていました。
 武家屋敷跡の石壁が見事でした。町のあちこちに残っています。
 夜は海に漁火が見えました。イカ釣り船の集漁灯です。半月が皓々と輝き、そのすぐ下に金星が見えました。
 壱岐は何度か行きましたが、対馬は初めてでした。ニホンミツバチのハチミツを一瓶(3000円)おみやげに買って帰りました。
 
(2009年10月刊。2800円+税)

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