弁護士会の読書
※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。
司法
2013年12月12日
「無罪」を見抜く
著者 木谷 明 、 出版 岩波書店
目の覚めるほどの面白さです。読み出したら止まりません。いやあ、よくぞ、ここまで裁判所の内情を思う存分に語ってくれたものです。その勇気に心から敬意を表します。
無罪を見抜く極意は?
被告人に十分、弁解させることが大事だ。弁解を一笑に付さないで、「本当は被告人の言っているとおりなのではないか」という観点から検事の提出した証拠を厳しく見て、疑問があれば徹底的に事実を調べること。これに尽きる。
そうやって、著者は、いくつもの事件で無罪判決を書き、そのほとんどが検事控訴されることなく確定しています。これって、とてもすごいことです。
私の同期である金井清吉弁護士(東京)の書いた上告趣意書がよく書かれていて、驚いたという話も出てきます。
まだ弁護士になって数年目。国選弁護人として書いたものだが、問題点が鋭く指摘され、大変な説得力があった。
鹿児島の夫婦殺し事件で無罪になった事件です。最高裁の調査官として著者が担当したのでした。
最高裁のなかの合議の実情も、かなり具体的に紹介されていて、興味深いものがあります。著者の書いた報告書を上席調査官が頭越しに批判して、結果がねじ曲げられたことも暴露しています。やっぱり、そういうことがあるのですね。
弁護士出身の裁判官については、とても批判的です。
審議でほとんど発言しない。弁護士なのに、被告人に利益な方向で意見を述べることがない。ただし、最近の弁護士出身の判事は、昔と比べると、しっかり発言している。
最高裁の裁判官のなかにも、全然重みがなく、ともかく威張っていて、他の裁判官の口を封じてしまう人もいた。これは、地裁も高裁も同じです。
最高裁の調査官になる前、札幌時代には平賀書簡問題に直面しています。
平賀所長が福島裁判長に担当事件の記録を読んでないように干渉しようとしたという事件です。著者は、所長を厳重注意するという結論を出した裁判官会議で相当がんばったようです。ところが、国会は平賀所長はとがめず、書簡を公表した福島裁判官の方をむしろとがめたのでした。本当におかしな話です。まるでアベコベです。
この事件は「青法協いじめ」の幕開けになった。そして、裁判所にあった自由闊達な雰囲気が萎縮していくことになった・・・。
著者は取調の全過程を録画するのに賛成です。
これまで取調は、英語でインテロゲーション(尋問)と言っていたけれど、今やインタビューだとされている。
これは、私は恥ずかしながら知りませんでした。
無罪判決を次々に出していると、警察がなんだかんだと言ってきた。
これは、たまりませんよね。警察官が裁判官室に面会を求めてくる。表面的には強談ではなく、丁寧な態度だけれど、魂胆は見え見えだ。面倒くさくなるし、こんなことで軋轢を起こさないでおこうという気にさせる。
裁判官には三つのタイプがいる。3割は迷信型。捜査官はウソをつかない、被告人はウソをつくと頭からそういう考えにこり固まっていて、そう思い込んでいる。6割強は、優柔不断・右顧左眄型。こんな判決をしたら物笑いになるのではないか。上級審の評判が悪くなるのではないか。警察・検察官からひどいことを言われるのではないかと気にして、決断できずに検察官のいう通りにしてしまう。残る1割が、熟慮断行型。「疑わしきは罰せず」の原則に忠実に、そして自分の考えでやる。
冤罪は本当に数限りなくあると考えられる。刑務所の中には冤罪者がいっぱいいると思わないといけない。
やっぱり、ここまで内情を書いてくれる人がいないといけません。裁判所改革が遅れていることを実感させてくれる本でもありました。
(2013年11月刊。2900円+税)
2013年12月 3日
池上彰の憲法入門
著者 池上 彰 、 出版 ちくまプリマ-新書
テレビ解説者として高名な著者による分かりやすい憲法入門書です。
さすがに、大切なことが、実に明快に語られています。
憲法は「法律の親玉」のようなものだが、法律とは違う。
法律は国ひとり一人が守るべきもの。憲法は、その国の権力者が守るべきもの。
法律は、世の中の秩序を維持するために、国民が守らなければならないもの。
憲法は、権力者が勝手なことをしないように、国民がその力をしばるもの。
明治憲法の制定過程で伊藤博文は次のように述べた。
「憲法を創設する精神は.第一に君権(天皇の権利)を制限し、第二に臣民(天皇の下の国民)の権利を保護することにある」
日本国憲法の草案はアメリカ(GHQ)がつくったが、その内容の多くは日本の学者グループの改革案を参考にした。誰が草案をつくったにせよ、その内容は当時の多くの日本人から歓迎された。
「アメリカからの押しつけ憲法」とよく言われるが、実質的には日本の学者たちの改正案がベースになっていること、日米間で激しい議論がなされて日本側の意見が認められた部分があり、国会審議のなかで内容の変更があり、日本国民の代表である国会議員によって承認された。だから必ずしも「押しつけ憲法」とは言えない。
私自身は、「押しつけ」であっても、内容が良ければ変える必要なんてないという考えです。
憲法で「戦争放棄」を定めている国はいくつもある。しかし、戦力の放棄まで明記しているのは、中米のコスタリカと日本くらいのもの。
教育を受け就職し、働いて税金を納め、国家が運営される。この構造があるため、この三つは日本国民の義務とされている。
イラクにいた日本の自衛隊は、二重の危険にさらされていた。武力勢力から攻撃される危険と、日本の国際的信用を失墜させる危険である。自衛隊を「軍隊ではない」と言い続ける一方で、国際貢献しなければと考えたあげく、こんな状態になってしまった。自衛隊は、サマワでは、オランダ軍に守ってもらう形になっていた。
大切なことが、優しい語り口で明らかにされているハンディーな文庫です。
(2013年10月刊。840円+税)
2013年11月22日
はじめての憲法教室
著者 水島 朝穂 、 出版 集英社新書
有名な憲法学の水島教授は、自分は「護憲論者」ではないときっぱり断言します。
ええーっ、そ、そうなの・・・、と驚いていると、「護憲論者」という定義が問題なのです。つまり、「護憲論者」というと、憲法の条文にこだわりすぎて、現実を見ない理想主義者だというイメージをマスメディアがつくっているから。むしろ、改憲論者のほうが現実をよく見ているかのように思わされている。
でも、これって、あべこべですよね。改憲論者こそ、実は、足が地に着いていない、勇ましいだけの空想論者なのです。
憲法とは、第一義的には、国家権力を制限する規範であり、国民が国家権力に対して突きつけた命令なのである。人々の「疑いのまなざし」が権力をしばる鎖である。その鎖を文章化したのが、まさしく憲法である。
中学・高校で教えられているのは、「憲法は国民が守るもの」というもの。これは立憲主義ではない。
選挙権を有する「成年」というのは、世界的には「18歳以上」がほとんど。世界189カ国のうち、170カ国で18歳選挙権となっている。
ええーっ、そうなんですか・・・。
よく「押しつけ憲法」というけれど、自衛隊だって、アメリカに押しつけられて出来たもの。では、解消するか、というとそんな声はまったく聞かれない。
「国防軍」というのは、世界的に言われなくなっている。グローバル化のなかで、軍隊の仕事・役割は変わってきている。
近代立憲主義は、民主制においても権力の暴走はありうるという考えにもとづいている。
ところが、安倍首相は、憲法が権力を縛るものだというのは、王権の時代、専制主義的な政府に対する憲法という考え方であって、今は民主主義の国家であると述べている。まったく間違った考え方だ。本当にそうですよね。
国民主権という民主政治なされているから憲法の役割まで変わったなんて、とんでもない間違いです。
この本は、早稲田大学の水島ゼミ生との対話をもとにしていますので、とても分かりやすい内容になっています。水島教授と直接に対話できた学生は幸せです。
(2013年10月刊。700円+税)
2013年11月14日
安倍改憲の野望
著者 樋口 陽一・奥平 康弘 、 出版 かもがわ出版
立憲主義とは、権力に勝手なことをさせないということに尽きる。いったん国家が成立すると、全面的な支配者になりかねない。そこで、個人側からさまざまなルールをつくって国家を縛ることが必要になった。国民が一番偉い。その国民に直接選ばれた議員が一番偉いという考えは問題だ。だから、民主主義にもとづく権力をも制限する必要がある。
ヨーロッパで立憲主義という言葉が復権・復活し、それが学会のテーマとしてポピュラーになるのは1980年代のこと。それ以前は、立憲主義という言葉は、特殊ドイツ的な表現だと思われていた。
学者とメディアの責任は非常に大きい。たとえば、「ねじれはいけない」「参議院が悪の張本人だ」という世論をつくりあげてしまった。しかし、この「ねじれ」というのは「横柄」と共通した言葉である。つまり、立憲主義にもとづく間接民主主義の直接的効果が機能していることを「横柄」とか「ねじれ」という否定的な日本語であらわし、それをおとしめていく・・・。
日本経済が厳しくなり、就職がなくなり、日本的雇用もはずされ、規制緩和で労働者のあり方を支える法体系が破壊されてしまった。そういう事態のもとで大人になった人たちのあいだには、アメリカ一辺倒の体制に対するフラストレーションがとりわけたまっている。そうした人々に、押し付け憲法を立憲主義にする、もう変えてもいい、それが閉塞感だらけの現状から離脱するきっかけになるはずだという気分や感情を生み出している。改憲勢力は、そこに働きかけている。今や、対米従属を続ける路線を、「対米独立」という旗印でたぶらかそうとしている。
日本国憲法は「押し付け」だという人々は、同じ押し付けでもオスプレイやTPPには一切文句を言わず、むしろ、それを進んで受け入れると言っている。だから、「押し付け」の内容をやっぱり問題にしている。
となると、日本国憲法の内容の良さにもっと確信をもって、広めていく必要がありますよね。
安倍首相はアメリカのオバマ大統領から冷たい仕打ちを受けています。アメリカに行っても、会談後にあるはずの共同記者会見はなく、晩餐会もなく、「はい、さようなら」で帰されてしまった。アメリカでは、右翼のシンクタンクで発言できただけで、まったくメディアからも無視された。そして、韓国の朴大統領、中国の習主席とも首脳会談すらできない。
「戦後レジームの総否定」では対中韓問題は落としどころがない。いわば素人政治を演じているだけ・・・。
いまの天皇は個人としては、日本の指導層のなかで一番しゃんとした存在だ。皇室の祖先は朝鮮半島から来たとか、日の丸・君が代が強制すべきではないとか・・・。天皇がひそかにメッセージを発していることを日本国民はもっと自覚しなければいけない。
私も、まったく同感です。天皇制というシステムの是非を別にして、いまの天皇は国民の総意にもとづく存在として日本国憲法に真剣に、必死に忠実であろうとしていると私は高く評価しています。どうやら保守側は、そんな天皇の言動が気にくわなくて、あの手この手で皇室バッシングをしているようです。
読んだあと、とてもすっきりした気分になった本です。
(2013年10月刊。1500円+税)
2013年11月12日
日本国憲法を口語訳してみたら
著者 塚田 薫 、 出版 幻冬舎
愛知大学法学部に在学中の大学3年生がインターネットの掲示板「2ちゃんねる」で始めたものが、たちまち大好評。ついには本になったのでした。
なるほど面白いし、よく出来ています。もっとも、この本は担当教授(永峯信彦教授)が監修していますので、さすがに間違いとか、おかしな表現はありません。
それにしても、わかりやすい日常用語だけで、よくも憲法を表現したものです。いくつか紹介します。全文を知りたい人は、ぜひ、この本を買って読んでください。
まずは前文です。
俺たちは、ちゃんとみんなで選んだトップを通じて、俺たちと俺たちのガキと、そのまたガキのために、世界中の人たちと仲良くして、みんなが好きなことができるようにするよ。
また、戦争みたいなひどいことを起こさないって決めて、国の主権は国民にあることを、声を大にして言うぜ。それが、この憲法だ。俺たちは、やっぱ平和がいいと思うし、人間って本質的にはお互いにちゃんとうまくやっていけるようにできると信じているから、同じように平和であってほしいと思う世界中の人たちを信頼するぜ。そのうえで、俺たちはちゃんと生きていこうと決めたんだ。
次が9条です。
俺たちは筋と話し合いで成り立っている国どうしの平和な状態こそ、大事だと思う。だから国として、武器をもって相手をおどかしたり、直接なじったり、殺したりはしないよ。もし、外国と何かトラブルが起こったとしても、それを暴力で解決することは、もう永久にしない。戦争放棄だ。(2項)で、1項で決めた戦争放棄という目的のために軍隊や戦力をもたないし、交戦権も認めないよ。大事なことだから、釘さしとくよ。
そして、24条です。
まず、言っておくけど、男女はどっちが偉いとか、ないからな。結婚は、お互いがこの人と一緒になりたいと思ったからこそ、できるんだ。結婚したら、仲良く助けあって、幸せに暮らそうぜ。
このようにして、憲法全文が国民のなかに浸透していったら、改憲論なんてバカバカしく思えてくるでしょう。今どきの若者のクリーン・ヒットの本です。
(2013年10月刊。1100円+税)
2013年11月10日
わるいやつら
著者 宇都宮 健児 、 出版 集英社新書
高名な宇都宮弁護士が悪徳商法の最新の手口を紹介し、それとのたたかいを強調しています。
本当に、だましの手口は日進月歩です。ついていくのが大変なほどで、今や古典的な「振り込め」詐欺は少なく、現金を郵パックに入れて送らせるなどが流行しています。これだと、口座開設のリスクがないのです。
ただ、先輩弁護士にも記憶違いは間々あるようです。駒場寮には私も住んでいましたし、その生活を小説にして紹介もしたのですが、この本には「寮では7、8人が一つの部屋で生活しています」(12頁)となっています。
これは間違いで、一部屋の定員は6人で、向かいあった、AとB二部屋をあわせてセットとなっていましたが、合計して8人というところもあったのかもしれません。いずれにしても一部屋に8人という状態はなかったと思います(著者は私の2年先輩なので、少し違うかもしれませんが・・・)。
クレサラ被害者運動が前進し、弁護士会やマスコミの力とあわせて貸金業者が改正され、サラ金業者に対する抜本的規制が強化されました。その成果として、4万7504業者(1986年)が2217業者(2013年)にまで大激減してしまいました。そして、自己破産件数も24万件(2003年)が今では8万件(2013年)となっています。多重債務者も230万人いると言われた(2006年)のが、30万人未満(2013年)とみられています。
しかし、ヤミ金や「偽装質屋」は依然として横行しています。
銀行口座は、通帳、印鑑、キャッシュカードの3点セットで、4~7万円で売買されている。
名簿と口座とケータイ。これが三種の神器と呼ばれている。現在の悪質業者は、店舗をかまえず、偽名だし、足のつかない他人名義の口座やケータイをつかっている。だから、お金を騙しとられた被害者の被害回復は以前に比べて格段に難しくなっている。
先物取引による被害は商品先物取引法の施行によって大幅に減った。
「わるいやつら」が世の中にのさばらないよう、私も著者に負けずに、これからもがんばります。
(2013年9月刊。700円+税)
2013年11月 6日
日本国憲法の平和主義
著者 清原 雅彦 、 出版 石風社
北九州の清原弁護士が憲法の本を書きました。
九弁連大会の会場で本を見つけて買い求め、一気に読了しました。
武力攻撃は理由もなく、また突然になされることはない。
武力により制圧された国は滅亡するわけでもない。
武力の均衡は、平和につながるのか。止まることを知らない軍拡競争は、疑いようもなく戦争に向かうものである。その戦争に勝利した国の権力者は戦争の誘惑にかられる。
集団的安全保障の仕組みは、他国のための戦争に加わることを約束する行為である。戦争する機会が増えることは間違いない。
集団的自衛権や軍事同盟による平和保持は、実際には機能しない恐れが大ではないか。軍事のみに頼らず、他の手段についても併行して考えるべきである。
アメリカは核やハイテク兵器を保有し、世界で群を抜いた軍事大国である。そして、それ自体が世界の脅威になっている。その保有を禁じる必要がある。
アメリカは、自らが核兵器を保有しながら、他国の保有を認めない。それは、あまりに身勝手で説得力がない。日本では、国家もマスコミもこのことを問題としていないのは、それ自体がアメリカの脅威に屈服しているからではないのか。
自衛隊と称して、他国からの侵入を武力により抑止しようとすることは、日本国憲法の理念に反する。その意味では、武力の不足をアメリカなどの他国の軍事力によって補おうとすることも、アメリカ軍基地を置かせることも、日本国憲法の立場では容認できないところである。
集団的自衛権の行使の必要性の例として、アメリカの軍艦が攻撃されたとき、日本が何もしないのは許されないという議論がある。しかし、日本は攻撃されていないのだから、武力を行使すべきではない。なぜなら、攻撃国に日本までも攻撃する口実を与え、戦争に発展するから。むしろ、日本は仲裁役になって、和平のための努力をすべきである。
たとえば、友人と食事をしているとき、友人に暴行を加える者があらわれたとして、いきなり暴行した者に暴行で対抗するのは非常識である。まず、止めにはいるのが常識ではないか。
なるほど、著者は現実の事態をよく考察していると感嘆します。そして、著者は東京裁判の意義を改めて考えています。なかなかの卓見だと思いました。
戦勝国が敗戦国の指導者を一方的に処刑しなかったことは評価できる。裁判の形をとることによって、戦争や戦争犯罪が何たるかを考えさせる契機になった。
戦勝国も、戦争目的について弁明する意義があることを明らかにした。
このようにして、東京裁判は文明が進歩した、たしかな証しではないかと著者は総括しています。ふむふむ、なるほど、なるほど、と私は共感を覚えました。
私より10歳だけ年長の著者は、病気で入院したのをきっかけにこの分野を勉強して、その成果を本にまとめあげたとのことです。大変な労作をありがとうございました。
今後とも、お元気にご活躍されることを心より祈念します
(2013年11月刊。1500円+税)
2013年10月26日
四万十川の盆の送り火
著者 河西 龍太郎 、 出版 河西法律事務所
佐賀の河西弁護士が、なんと詩集を発刊した。あまりの驚きに、腰が抜けて歩けなくなってしまった。というのはウソです・・・。
まあ、ホントにビックリはしたのです。河西さんは、私の学生セツルメント活動(川崎セツル)の先輩になります。この本にもセツルメントのことが書かれています。
大学で労働者階級という存在を知った。お互いに引きずり落とすことで自分を守るのではなく、団結することで自分を護る労働者階級のたくましさに引かれ、将来、労働弁護士になることを決意した。
そして、学生時代には労働者と生活の場で接したいと考えて川崎セツルメントの子ども会に入った。とくに子どもが好きだったわけでもないのに、川崎市の労働者のボーダーライン層の居住する川崎市桜本町に下宿した。大学に行かず、専ら桜本町で生活した。
私も同じ川崎セツルメントに入りましたが、私は青年部で若者サークルで活動しました。そして、幸区の古市場に下宿しました。町工場がそこかしこにある下町の住宅街です。授業にあまりでなかったのは河西さんと同じです。
平日の昼間に一体何をしていたのか思い出せませんが、毎日毎日、忙しいハリのある生活でした。といっても、大学2年生の夏(正確には6月)から学園闘争が勃発し、そもそも授業がなくなりました。
大学生活のうち3年あまりをセツルメント活動に没頭して過ごしました。人生で学ぶべきことは、みなセツルメントで学んだという感じです。
そして、河西さんは、佐賀で開業してまもなくから、じん肺裁判で打ち込むのです。
じん肺裁判の始まりから登場する原告、支援者、そして弁護団仲間の紹介が秀逸です。
70歳になった河西さんは早々と弁護士稼業からの引退宣言をしてしまいました。ちょっと早すぎるのではありませんか・・・。
カットまで河西さんが描いたというのもオドロキでした。
(2013年6月刊。非売品)
2013年10月20日
働く前の労働法教室
著者 仙台弁護士会 、 出版 民事法研究会
ブラック企業が話題になっています。労働基準法なんかまったく無視して、死ぬまで労働者をこき使い、身も心もボロボロになると、ポイ捨てしてしまう企業のことです。
いままで週刊誌などで名前のあがった企業には、超有名な日本を代表する大企業がいくつもふくまれています。ユニクロ、ワタミ、コンビニそして全国展開中のコーヒー店などなどです。
そんなブラック企業なんて、お仕置きよ、と世間が厳しく弾劾すればいいのですが、残念ながらマスコミも腰が引けすぎです。
ブラック企業が日本でのさばる背景には、労働組合への加入率が2割以下という現実も大きいように思われます。かつては泣く子も黙るといわれた総評がありました。国鉄労組が健在なころには、順法闘争をはじめとするストライキがしばしばあっていました。
今でも、フランスに行けば、ストライキで地下鉄が止まるのは珍しいことではありません。ストライキが死語同然になってしまった日本のほうが異常なのです。
ところが、日本は労働者の権利をますます弱める方向で動いています。
そんなとき、労働者に労働法があるのを弁護士会が宣伝しようというのですから、まったく時宜にかなっています。
しかも、第3章の「事例で学ぼう!」がとてもよく出来ているのです。問答形式の笑える会話のなかで問題点をつかみ、正しい答えが詳しく解説されるのです。とてもよく出来た意欲的な本です。
ただ、あえて注文をつけるとすれば資料編はなんとなく、労働法の実況中継から始めたらよかったと思います。
要は、労働現場で何が起きているか、そのときどうしたらよいかを考える材料を提供しようとするわけですので、もっと大胆カットしてスリムにしたら、さらに高校生が読みやすいものになったのではないでしょうか。
いずれにしても、仙台の弁護士の皆さんの意欲と労力に対して深く敬意を表します。
(2013年5月刊。1500円+税)
2013年10月17日
伝説の弁護士、会心の一撃
著者 長嶺 超輝 、 出版 中公新書ラクレ
最後まで面白く読み通しました。司法試験を長く目ざして挫折したという著者の本ですが、モノカキとして大成されていることに敬意を表します。引き続きのご健闘を期待します。
合格後のことを何も考えず受験対策に没頭している人ほど、がんがん受かっていく現実がある。
本当に合格後のことについて何も考えていないのかはともかくとして、そのようにしか思われない多くの人が合格しているのは現実です。ただ、合格して弁護士になってみたものの、まったく不向きだったという人も少なくない現実もあります。人間に関心がない、現実の紛争の渦中に飛び込んで身をもって解決しようという発想のない人が弁護士になったら(そういう人が現にいるのです)、本人にも周囲にも、もちろん依頼者にとっても、大いなる悲劇となります。
大阪空港騒音差止訴訟がとりあげられています。画期的な判決が出ました。もちろん私は関与していませんが、原告弁護団長の本村保男弁護士はとてもカッコ良かったですね。話しぶりがあざやかというか、さわやかでした。大阪弁護士会の会長に就任して、民事当番弁護士制度を実現するなどしたあと、70歳のときにアルツハイマー病にかかって亡くなられたたとのことです。
水俣病訴訟もとりあげられ、久留米の馬奈木昭雄弁護士が登場します。私が一番最初に出会ったのは40年以上も前に、まだ司法修習生のとき、東京の弁護士会館での講演でした。弁舌鋭い闘う青年弁護士の話に、私はただただ圧倒されてしまいました。
この本は、そのあと、戦後の日本の刑事裁判、そして戦後の極東軍事裁判をあつかっています。そうなると、欠かせない弁護士は誰でしょうか・・・。
この本は、いくつかの単語を伏せ字にして読み手に推理させます。残念ながら私は一問も正答できませんでした。
答えは有名な布施辰治です。布施弁護士は、弁論の途中で突然、沈黙してしまいます。どうしたんだ、気分が悪くなったのか弁論のネタが尽きてしまったのか・・・。やがて、みなが動揺し、いらだち始めた。
布施弁護士は、やおら口を開いた。
陪審員諸君、私がいま発言を止めた時間は、何分ぐらいだったと思われるか?5分か、10分かと、相当長い時間と思われただろう。ところが、たったの30秒である。・・・。
すごいですね。いろいろ、本当によく調べているのに感嘆しました。
(2013年9月刊。860円+税)