弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

司法

2013年11月12日

日本国憲法を口語訳してみたら

著者  塚田 薫 、 出版  幻冬舎

愛知大学法学部に在学中の大学3年生がインターネットの掲示板「2ちゃんねる」で始めたものが、たちまち大好評。ついには本になったのでした。
なるほど面白いし、よく出来ています。もっとも、この本は担当教授(永峯信彦教授)が監修していますので、さすがに間違いとか、おかしな表現はありません。
 それにしても、わかりやすい日常用語だけで、よくも憲法を表現したものです。いくつか紹介します。全文を知りたい人は、ぜひ、この本を買って読んでください。
 まずは前文です。
俺たちは、ちゃんとみんなで選んだトップを通じて、俺たちと俺たちのガキと、そのまたガキのために、世界中の人たちと仲良くして、みんなが好きなことができるようにするよ。
 また、戦争みたいなひどいことを起こさないって決めて、国の主権は国民にあることを、声を大にして言うぜ。それが、この憲法だ。俺たちは、やっぱ平和がいいと思うし、人間って本質的にはお互いにちゃんとうまくやっていけるようにできると信じているから、同じように平和であってほしいと思う世界中の人たちを信頼するぜ。そのうえで、俺たちはちゃんと生きていこうと決めたんだ。
 次が9条です。
 俺たちは筋と話し合いで成り立っている国どうしの平和な状態こそ、大事だと思う。だから国として、武器をもって相手をおどかしたり、直接なじったり、殺したりはしないよ。もし、外国と何かトラブルが起こったとしても、それを暴力で解決することは、もう永久にしない。戦争放棄だ。(2項)で、1項で決めた戦争放棄という目的のために軍隊や戦力をもたないし、交戦権も認めないよ。大事なことだから、釘さしとくよ。
 そして、24条です。
 まず、言っておくけど、男女はどっちが偉いとか、ないからな。結婚は、お互いがこの人と一緒になりたいと思ったからこそ、できるんだ。結婚したら、仲良く助けあって、幸せに暮らそうぜ。
 このようにして、憲法全文が国民のなかに浸透していったら、改憲論なんてバカバカしく思えてくるでしょう。今どきの若者のクリーン・ヒットの本です。
(2013年10月刊。1100円+税)

2013年11月10日

わるいやつら

著者  宇都宮 健児 、 出版  集英社新書

高名な宇都宮弁護士が悪徳商法の最新の手口を紹介し、それとのたたかいを強調しています。
 本当に、だましの手口は日進月歩です。ついていくのが大変なほどで、今や古典的な「振り込め」詐欺は少なく、現金を郵パックに入れて送らせるなどが流行しています。これだと、口座開設のリスクがないのです。
ただ、先輩弁護士にも記憶違いは間々あるようです。駒場寮には私も住んでいましたし、その生活を小説にして紹介もしたのですが、この本には「寮では7、8人が一つの部屋で生活しています」(12頁)となっています。
 これは間違いで、一部屋の定員は6人で、向かいあった、AとB二部屋をあわせてセットとなっていましたが、合計して8人というところもあったのかもしれません。いずれにしても一部屋に8人という状態はなかったと思います(著者は私の2年先輩なので、少し違うかもしれませんが・・・)。
 クレサラ被害者運動が前進し、弁護士会やマスコミの力とあわせて貸金業者が改正され、サラ金業者に対する抜本的規制が強化されました。その成果として、4万7504業者(1986年)が2217業者(2013年)にまで大激減してしまいました。そして、自己破産件数も24万件(2003年)が今では8万件(2013年)となっています。多重債務者も230万人いると言われた(2006年)のが、30万人未満(2013年)とみられています。
 しかし、ヤミ金や「偽装質屋」は依然として横行しています。
銀行口座は、通帳、印鑑、キャッシュカードの3点セットで、4~7万円で売買されている。
 名簿と口座とケータイ。これが三種の神器と呼ばれている。現在の悪質業者は、店舗をかまえず、偽名だし、足のつかない他人名義の口座やケータイをつかっている。だから、お金を騙しとられた被害者の被害回復は以前に比べて格段に難しくなっている。
 先物取引による被害は商品先物取引法の施行によって大幅に減った。
 「わるいやつら」が世の中にのさばらないよう、私も著者に負けずに、これからもがんばります。
(2013年9月刊。700円+税)

2013年11月 6日

日本国憲法の平和主義

著者  清原 雅彦 、 出版  石風社

北九州の清原弁護士が憲法の本を書きました。
 九弁連大会の会場で本を見つけて買い求め、一気に読了しました。
武力攻撃は理由もなく、また突然になされることはない。
 武力により制圧された国は滅亡するわけでもない。
 武力の均衡は、平和につながるのか。止まることを知らない軍拡競争は、疑いようもなく戦争に向かうものである。その戦争に勝利した国の権力者は戦争の誘惑にかられる。
 集団的安全保障の仕組みは、他国のための戦争に加わることを約束する行為である。戦争する機会が増えることは間違いない。
 集団的自衛権や軍事同盟による平和保持は、実際には機能しない恐れが大ではないか。軍事のみに頼らず、他の手段についても併行して考えるべきである。
アメリカは核やハイテク兵器を保有し、世界で群を抜いた軍事大国である。そして、それ自体が世界の脅威になっている。その保有を禁じる必要がある。
 アメリカは、自らが核兵器を保有しながら、他国の保有を認めない。それは、あまりに身勝手で説得力がない。日本では、国家もマスコミもこのことを問題としていないのは、それ自体がアメリカの脅威に屈服しているからではないのか。
自衛隊と称して、他国からの侵入を武力により抑止しようとすることは、日本国憲法の理念に反する。その意味では、武力の不足をアメリカなどの他国の軍事力によって補おうとすることも、アメリカ軍基地を置かせることも、日本国憲法の立場では容認できないところである。
集団的自衛権の行使の必要性の例として、アメリカの軍艦が攻撃されたとき、日本が何もしないのは許されないという議論がある。しかし、日本は攻撃されていないのだから、武力を行使すべきではない。なぜなら、攻撃国に日本までも攻撃する口実を与え、戦争に発展するから。むしろ、日本は仲裁役になって、和平のための努力をすべきである。
 たとえば、友人と食事をしているとき、友人に暴行を加える者があらわれたとして、いきなり暴行した者に暴行で対抗するのは非常識である。まず、止めにはいるのが常識ではないか。
なるほど、著者は現実の事態をよく考察していると感嘆します。そして、著者は東京裁判の意義を改めて考えています。なかなかの卓見だと思いました。
 戦勝国が敗戦国の指導者を一方的に処刑しなかったことは評価できる。裁判の形をとることによって、戦争や戦争犯罪が何たるかを考えさせる契機になった。
 戦勝国も、戦争目的について弁明する意義があることを明らかにした。
 このようにして、東京裁判は文明が進歩した、たしかな証しではないかと著者は総括しています。ふむふむ、なるほど、なるほど、と私は共感を覚えました。
 私より10歳だけ年長の著者は、病気で入院したのをきっかけにこの分野を勉強して、その成果を本にまとめあげたとのことです。大変な労作をありがとうございました。
 今後とも、お元気にご活躍されることを心より祈念します
(2013年11月刊。1500円+税)

2013年10月26日

四万十川の盆の送り火

著者  河西 龍太郎 、 出版  河西法律事務所

佐賀の河西弁護士が、なんと詩集を発刊した。あまりの驚きに、腰が抜けて歩けなくなってしまった。というのはウソです・・・。
 まあ、ホントにビックリはしたのです。河西さんは、私の学生セツルメント活動(川崎セツル)の先輩になります。この本にもセツルメントのことが書かれています。
 大学で労働者階級という存在を知った。お互いに引きずり落とすことで自分を守るのではなく、団結することで自分を護る労働者階級のたくましさに引かれ、将来、労働弁護士になることを決意した。
 そして、学生時代には労働者と生活の場で接したいと考えて川崎セツルメントの子ども会に入った。とくに子どもが好きだったわけでもないのに、川崎市の労働者のボーダーライン層の居住する川崎市桜本町に下宿した。大学に行かず、専ら桜本町で生活した。
 私も同じ川崎セツルメントに入りましたが、私は青年部で若者サークルで活動しました。そして、幸区の古市場に下宿しました。町工場がそこかしこにある下町の住宅街です。授業にあまりでなかったのは河西さんと同じです。
平日の昼間に一体何をしていたのか思い出せませんが、毎日毎日、忙しいハリのある生活でした。といっても、大学2年生の夏(正確には6月)から学園闘争が勃発し、そもそも授業がなくなりました。
 大学生活のうち3年あまりをセツルメント活動に没頭して過ごしました。人生で学ぶべきことは、みなセツルメントで学んだという感じです。
 そして、河西さんは、佐賀で開業してまもなくから、じん肺裁判で打ち込むのです。
 じん肺裁判の始まりから登場する原告、支援者、そして弁護団仲間の紹介が秀逸です。
 70歳になった河西さんは早々と弁護士稼業からの引退宣言をしてしまいました。ちょっと早すぎるのではありませんか・・・。
 カットまで河西さんが描いたというのもオドロキでした。
(2013年6月刊。非売品)

2013年10月20日

働く前の労働法教室

著者  仙台弁護士会 、 出版  民事法研究会

ブラック企業が話題になっています。労働基準法なんかまったく無視して、死ぬまで労働者をこき使い、身も心もボロボロになると、ポイ捨てしてしまう企業のことです。
いままで週刊誌などで名前のあがった企業には、超有名な日本を代表する大企業がいくつもふくまれています。ユニクロ、ワタミ、コンビニそして全国展開中のコーヒー店などなどです。
 そんなブラック企業なんて、お仕置きよ、と世間が厳しく弾劾すればいいのですが、残念ながらマスコミも腰が引けすぎです。
ブラック企業が日本でのさばる背景には、労働組合への加入率が2割以下という現実も大きいように思われます。かつては泣く子も黙るといわれた総評がありました。国鉄労組が健在なころには、順法闘争をはじめとするストライキがしばしばあっていました。
今でも、フランスに行けば、ストライキで地下鉄が止まるのは珍しいことではありません。ストライキが死語同然になってしまった日本のほうが異常なのです。
 ところが、日本は労働者の権利をますます弱める方向で動いています。
 そんなとき、労働者に労働法があるのを弁護士会が宣伝しようというのですから、まったく時宜にかなっています。
 しかも、第3章の「事例で学ぼう!」がとてもよく出来ているのです。問答形式の笑える会話のなかで問題点をつかみ、正しい答えが詳しく解説されるのです。とてもよく出来た意欲的な本です。
ただ、あえて注文をつけるとすれば資料編はなんとなく、労働法の実況中継から始めたらよかったと思います。
 要は、労働現場で何が起きているか、そのときどうしたらよいかを考える材料を提供しようとするわけですので、もっと大胆カットしてスリムにしたら、さらに高校生が読みやすいものになったのではないでしょうか。
いずれにしても、仙台の弁護士の皆さんの意欲と労力に対して深く敬意を表します。
(2013年5月刊。1500円+税)

2013年10月17日

伝説の弁護士、会心の一撃

著者  長嶺 超輝 、 出版  中公新書ラクレ

最後まで面白く読み通しました。司法試験を長く目ざして挫折したという著者の本ですが、モノカキとして大成されていることに敬意を表します。引き続きのご健闘を期待します。
合格後のことを何も考えず受験対策に没頭している人ほど、がんがん受かっていく現実がある。
 本当に合格後のことについて何も考えていないのかはともかくとして、そのようにしか思われない多くの人が合格しているのは現実です。ただ、合格して弁護士になってみたものの、まったく不向きだったという人も少なくない現実もあります。人間に関心がない、現実の紛争の渦中に飛び込んで身をもって解決しようという発想のない人が弁護士になったら(そういう人が現にいるのです)、本人にも周囲にも、もちろん依頼者にとっても、大いなる悲劇となります。
 大阪空港騒音差止訴訟がとりあげられています。画期的な判決が出ました。もちろん私は関与していませんが、原告弁護団長の本村保男弁護士はとてもカッコ良かったですね。話しぶりがあざやかというか、さわやかでした。大阪弁護士会の会長に就任して、民事当番弁護士制度を実現するなどしたあと、70歳のときにアルツハイマー病にかかって亡くなられたたとのことです。
 水俣病訴訟もとりあげられ、久留米の馬奈木昭雄弁護士が登場します。私が一番最初に出会ったのは40年以上も前に、まだ司法修習生のとき、東京の弁護士会館での講演でした。弁舌鋭い闘う青年弁護士の話に、私はただただ圧倒されてしまいました。
 この本は、そのあと、戦後の日本の刑事裁判、そして戦後の極東軍事裁判をあつかっています。そうなると、欠かせない弁護士は誰でしょうか・・・。
この本は、いくつかの単語を伏せ字にして読み手に推理させます。残念ながら私は一問も正答できませんでした。
 答えは有名な布施辰治です。布施弁護士は、弁論の途中で突然、沈黙してしまいます。どうしたんだ、気分が悪くなったのか弁論のネタが尽きてしまったのか・・・。やがて、みなが動揺し、いらだち始めた。
 布施弁護士は、やおら口を開いた。
 陪審員諸君、私がいま発言を止めた時間は、何分ぐらいだったと思われるか?5分か、10分かと、相当長い時間と思われただろう。ところが、たったの30秒である。・・・。
 すごいですね。いろいろ、本当によく調べているのに感嘆しました。
(2013年9月刊。860円+税)

2013年10月13日

ワークルール検定2013

著者  NPO法人・職場の権利教育ネットワーク 、 出版  旬報社

職場で生かす労働法100問というサブタイトルのついた本です。働きやすい職場を実現するために、全国で初めてのワークルール検定試験が実施されるとのこと。その公式テキストブックでもあります。
 150頁ほどの薄い本です。設問が100問あり、正しいもの、あるいは誤っているものを選んでいく形式です。
 一般常識、労働契約、労働条件、雇用終了、労働組合の5分野に分かれた設問があり、基礎的なことがしっかり頭に入っていく仕掛けです。
 ブラック企業を見分ける指標として若者の早期離職があるが、離職率の高い業種を選べ、という設問もあります。
 キャリア権という私の知らない権利が紹介されていました。
キャリア権とは、労働権を中心において、職業選択の自由と教育権を統合した性格の権利である。
パワハラについて、OA機器を使えない上司に若い部下が嫌がらせをして、機器の使用方法を教えないとか、代わってやってあげないというのもパワハラに含まれるとのこと。OA機器の使えない私は、これを読んで、ああ、救われたと思いました。
懲戒解雇にあったとき、職業規則で不支給と定められているときにも退職金が支給されることがある。
 この点は、私も誤解していたことがありました。
 とりわけ若い人に大いに普及したい本です。
(2013年4月刊。1000円+税)

2013年10月10日

憲法96条改正を考える

著者  飯田 泰士 、 出版  ラボ

あなたは、改憲?壊憲?怪憲? うむむ、よーく考えましょう。
 そもそも、憲法96条とは何か。憲法96条は、憲法改正手続について規定している。
 現在、改正の動きで注目されているのは、国会の発議要件について。つまり、各議院の総議員の3分の2以上の賛成で、国会がこれを発議する。この要件を過半数に緩和しようというもの。
日本国憲法のように、憲法改正に通常の立法手続も厳格な手続を要求する憲法のことを硬性憲法という。ほとんど全ての近代憲法は、硬性憲法である。
 96条改正を先行させると、憲法改正を目ざす政党のいう憲法改正が実現しやすくなる。しかし、多くの国民が96条改正を先行させることに賛成していない。
 そもそも憲法は、権力を制限することによって自由を保障するためのもの(立憲的意味の憲法)。つまり、権力によって自由を侵害されてしまうおそれのある国民が、その自由を守るために、権力の側を縛るための道具が憲法なのである。そのため、本来なら、憲法改正の動きは、国民の側から起こるべきなのである。権力の側から憲法改正の動きが起こり、しかも、その憲法改正によって、権力の側が縛られにくくなるというのは、権力の側がより自由に権力を行使できるようになるというのは、それ自体、望ましくない。なぜなら、縛られている権力の側が、「縛らたくない!自由になりたい!自由に権力を行使したい!」と言っているということだからである。
 憲法96条を改正して、憲法改正を容易にすると、第一に権力濫用・社会の混乱につながる恣意的な憲法改正がされる可能性が高くなり、第二に、少数者の権利の保護が困難になる憲法改正がされる可能性も高くなる。
 国民投票を実施すると、1回で850億円の経費がかかる。96条を改正して憲法改正が容易になると、国民投票が何度も実施されることになるが、そのたびに850億円という経費がかかることになる。
 国民には、憲法改正の発案権は認められていない。国民投票にかけられる憲法改正案は、国会が発議したものだけ。
 憲法96条改正論にもとづく憲法改正案は、政府、政党、議員の憲法改正に関する権限を実質的に強化するものである。
 アメリカは、戦後、6回、憲法を改正している。ただし、ここ20年以上は憲法改正していない。最後の改正は1992年。
 ドイツで58回も憲法を改正しているが、その対象になっているのは、日本で法律レベルの規定されているものであったり、連邦と州との権限の見直しであったりするものであって、国のあり方にかかわるものではない。
 韓国では1948年以来、9回の憲法改正があっているが、民主化によって成立した1987年の第六共和国憲法は改正されていない。
 選挙制度が比例代表制になっていない日本では、とくに国民の中で占める割合と議員の中で占める割合を何の変換もせずに比較したり、同列に扱うのはおかしい。
 本当にそうですよね。国会といっても、いまの議員は裁判所が違憲状態にあるという不公正な選挙区割りの制度で選ばれているわけですから、そんな国会議員が憲法を変えようとすること自体が大きな問題だと私は思います。
 憲法96条改正問題にしぼって、いろんな角度から問題点を整理した本です。
(2013年8月刊。1800円+税)

2013年10月 8日

刑事裁判のいのち

著者  木谷 明 、 出版  法律文化社

ながく刑事裁判を担当してきた著者が、中学生に対して刑事裁判とは何かを分かりやすく語っています。
 被告人が起訴された事実を行ったどうかは、神様と被告人以外には誰も知ることができない。しかし、社会の秩序を維持するためには、一定の証拠が提出されたときには、その被告人を処罰することも考えなければならない。
 ただ、そのとき、まず「被告人は無実である」という前提から出発しなければならない。検察官が提出した証拠を検討するときにも、「犯人らしく見える証拠が提出されているが、本当は被告人は犯人ではないのではないか」という頭で、とことん考え抜き、それでも被告人が犯人でないとしたら容易に証明できない事情があるとき(まず絶対に犯人であると考えられるとき)に有罪と認め、そうでないときには、被告人に無罪を言い渡すべきである。
 「合理的疑いを入れる余地のないまでの立証」という考え方は、真犯人処罰の要請と無実の者を処罰してはならないという要請とのギリギリの妥協点である。この二つの要請のうち、「無実のものを処罰しない」というのを基本に考えるべき。
 無実のものを処罰したときには、それによってそのものにいわれのない苦痛を負わせるだけでは、真犯人を取り逃す結果にもなってしまうからだ。
 刑事裁判において、もっとも重要なことは無実の者を処罰しないことであって、その結果、ときとして真犯人が逃れることがあってもやむをえないと考えるべきだ。
 刑事裁判を担当するなかで、検察官が被告人に有利な証拠を隠蔽するのに何度も出会った。検察官は、証拠開示に関する法制度が不備であるのを利用して、そういうことを日常茶飯事的にしてきた。
 検察官のこのような行為をチェックするのは、裁判所の役割であるはず。しかし、これまで裁判所はその役割を適切に果たしてこなかった。
足利事件の真の悲劇は、一審における弁護人が菅家さんから「事案の真相」を打ち明けてもらえなかったことに始まったと言ってもよい。
 弁護人は、被疑者・被告人の唯一の味方である。
 刑事裁判は、検察官が事実上とりしきっている。検察官が強すぎる。有罪率が極端に高い。検察官が被疑者の勾留を求めたとき、それが却下されることはほとんどない。保釈もなかなか認められない。
被告人が否認していると、まず保釈されないという現実がある。人質司法は検察の有力な武器である。
 重罪事件について、取調べ初日、まだ逮捕もされていない取調べ初日に嘘の自白をさせられてしまう人が現にいる。しかも、かなりの頻度である現実だ。自白の信用性を安易に認めてきた裁判所は深刻に反省するべきである。
 検察官が強く抵抗されると、それをひりきって無罪判決を書くのには、なかなかの勇気がいる。
 裁判官は、日頃、嘘をつく有罪被告人、つまり有罪であるのに嘘をついて責任を逃れようとする被告人を見慣れているから、被告人に騙されたくないという気持ちが強い。そのため、いったん被告人が重要な点について述べた弁解が嘘だと分かったりすると、その反動として有罪の心証に一気に傾く傾向がある。これを心証の雪崩現象と呼んでいる。
 私も40年間、弁護士をしていて、反省させられることの多い本でもありました。
(2013年8月刊。1900円+税)

2013年10月 4日

市長「破産」

著者  吾妻 大龍 、 出版  信山社

私は長く住民訴訟にかかわってきました。残念なことに、一度も勝訴したことはありません。それでも、一つだけ、マスコミの事前予測では「住民側勝訴」というものがあり、事前に取材を受けましたが、当日、「請求却下」判決が出て、がっかりしたこともあります。第三セクターの破綻によって30億円ものムダな公金支出をさせられたことについて、市長個人の責任を追及した住民訴訟でした。
この本は、住民訴訟をはじめ行政訴訟に精通している学者がペンネームで架空市の行政側の内幕をバクロする仕立てになっていますので面白く、分かりやすく、問題点を理解することができます。住民訴訟を担当している人、とくに裁判官にはぜひ読んでほしいと思いました。
 権利放棄議決というものがあります。これは、市長個人に市への賠償責任があるという判決が確定したとき、市議会が市に対する賠償は必要ないと議決して、市長の個人責任を免責するというものです。いわば脱法的な議決です。この有効性が裁判で争われて、最高裁は個々の事案毎に「諸般の事情を総合考慮」して、裁量権の範囲の逸脱または濫用にあたらないかで判断するとしました。権利放棄決議を無効とした判決もあります。
 京都のぽんぽん山訴訟では、元京都市長に一審で4億円の賠償が命じられ、高裁では、それが26億円にアップしました。最高裁でもそのまま認められて確定したため、元市長の遺族は限定承認をして8000万円を市に支払ったとのことです。
 住民訴訟の対象になるものはたくさんあります。要するに、フツーの市民の感覚からして、それは税金のムダづかいではないか、という公金の支出です。そして、失敗しても誰も責任をとらないというときに、住民訴訟という手法をとるのです(その前に住民監査請求をしなければいけません)。
 行政当局側の、市長と担当部局そして法規担当、顧問弁護士の対話がメチャメチャに面白いものになっています。真相は、あたらずとも遠からず、と言うところではないかと思って読みました。
 行政法の権威である阿部泰隆先生の書いた本です。
(2013年7月刊。980円+税)

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