弁護士会の読書
※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。
社会
2014年10月17日
虚像の抑止力
著者 猿田 佐世、マイク・モチヅキほか 、 出版 旬報社
この本の発行主体である新外交イニシアティブ(ND)の事務局長である猿田佐世弁護士は、日本とアメリカで弁護し活動しながら、アメリカ議会で活発なロビー活動を進めています。その猿田弁護士が企画した沖縄でのシンポジウムが本になっていますので、大変読みやすく、問題の本質が明快にえぐり出されています。
柳沢協二氏は、海兵隊が沖縄に存在することが抑止力であるという論理は成り立たないと力説しています。
そもそも、抑止力とは何か? 抑止力とは、相手が侵略してきたとき、これを抑止し、その目的に見合う以上の損害を与える意思と能力を認識させることによって、侵略を思いとどませることを言う。
いま、アメリカと中国とは、相互にライバル意識を持ちながら、経済的には切っても切れない関係にある。それは、冷戦時代のアメリカとソ連との関係は決定的に異なっている。つまり、相互に最大の貿易・投資のパートナーであり、国の存立の基盤である経済活動において互いに必要としている。だから、両国のあいだには、相互に相手を破滅させるような戦争をする動機はない。
アメリカは、尖閣諸島をめぐる日中の対立軍事衝突に発展し、そこに巻き込まれることを心配している。
沖縄の海兵隊は、能力はともかくとして。投入の意思がない以上、抑止力とはなりえない。
沖縄にアメリカ軍の基地が集中していることは、中国にミサイル能力が向上するに伴い、基地の脆弱性が増していることを意味する。いざというとき、中国のミサイルの格好の標的になって、破滅してしまう恐れが強い。
屋良朝博氏は、なぜアメリカ軍の海兵隊が沖縄に移ってきたのか、いまも謎だという。沖縄には、そもそも海兵隊はいなかった。知りませんでした。
尖閣諸島を中国軍が占拠したとき、沖縄にいるアメリカ軍海兵隊が奪還してくれるはずだ。日本人の多くは、このように思い込んでいる。しかし、アメリカ軍の海兵隊トップは、小さな島の奪還に、海兵隊は無用だと断言する。海兵隊は地上戦闘兵力であり、シーレーン防衛とか中国の艦船と対決するような事態には投入されない。
アメリカの国防総省(ペンタゴン)は、海兵隊を沖縄から全面撤退するように提言した。
在日アメリカ軍の駐留経費は年間3600億円。日本の負担は、ヨーロッパのNATO諸国の負担の2倍。イタリアの12倍、韓国の8倍。まさしく大盤振る舞い。「おもてなし」だ。
半田滋氏は、日本政府はアメリカ政府に対して盲目的な主従関係にあるという。
アメリカ軍の駐留経費の75%を日本政府が負担している。
いえ、決して安倍首相のポケット・マネーで負担しているのではありません。私とあなたの税金によって、まかなわれているのです。毎日、苦労して働いて納めている税金がアメリカのために使われているなんて、とんでもないことです。プンプン・・・。
アメリカ軍の海兵隊は、沖縄に常駐しているのではない。海兵隊は、沖縄に1年の半分以上はいない。
新書版より少し大きなポケット・サイズの本です。190頁しかありませんので、大切なポイントをつかみやすい本になっています。それにしても、猿田弁護士は会うたびに若々しく、美しくなっています。やっぱり、時代の要請にこたえて活動すると、人は若返ることができるんですね。こんな外交活動を支えるためにも、ぜひ本屋の店頭で手をとり、お買い求めください。あなたの、そのささやかな行動が日本を救うのです。
(2014年8月刊。1400円+税)
2014年10月 9日
限界にっぽん
著者 朝日新聞経済部 、 出版 岩波書店
ほんの少し前まで、「ジャパン・アズナンバーワン」とされ、安定雇用のもと、経営と働き手が一体になった日本型経営は、日本の強い競争力の根源だと言われていた。終身雇用と手厚い福利厚生で企業が従業員を支え、分厚い中流層が社会の安定の基盤だった。
いま、社内に首切り旋風が吹き荒れている。残った社員にも不安と不信が強まり、職場では誰もが孤立し、会社は乾いた荒漠としたものになった。
雇用の危機を放置したままで、経済は成長できるのか・・・。
マクドナルドの店内は、午前0時になると、店内の風景が一変する。サラリーマンや学生たちと入れ替わりに、しびれた手提げ袋を抱えた男性たちが入ってくる。「マクド難民」と呼ばれてくる人たちだ。
お金がないから、ネットカフェには泊まらない。ネットカフェは1000円かかる。マックなら100円のコーヒー1杯で午前2時までいられる。
マック閉店のあとは、「ブックオフ」に向かう。マックの店員は大半が非正規社員。17万人がアルバイトで働く。
大阪では、働く人の45%が非正規社員だ。
非正規社員が広がったのは、1990年代後半の「派遣の原則自由化」による。これは、本当に罪深いと思います。大企業本位の自民党政治の最大の誤りの一つだと思います。大企業は栄えても、日本の若者からは将来展望を奪ってしまいました。
生活保護のバッシングがひどい。しかし、不正受給は全体の2%。保護を受ける資格が十分にあるのに、わずかな収入でガマンしている人が圧倒的に多い。ところが、残念なことに、そのような人が身近な生活保護受給者の足を引っ張るような行動もするのです・・・。
安倍内閣は生活保護費の給付水準を引き下げるのに狂奔しています。強いものには税金を安くしてやって、弱者には「自己責任」を押しつけるのですから、政治家失格です。
現実の日本社会には、ばりばり仕事をするサラリーマン男性だけがいるわけではない。高齢者も障害者も社会に適応できない若者など、さまざまな人がいる。みんなが、それぞれにがんばれる多様性を組み込まないと、経済も社会も活性化しない。
日本の超有名大企業が社員に自主退職を促し、株主や銀行に約束した「人減らし」計画を達成するために「追い出し部屋」をつくっている。
パナソニック、NEC、ソニー、朝日生命などなど・・・。
ノエビア化粧品は、「苛酷なノルマ」を押しつけて、社員を追い出す。その手口が明らかになった。会社側は「辞めろ」とは決して言わない。社員が自ら「辞める」と言い出すまで、じりじりと追い込む。
2012年8月、東京地裁立川支部は、ベネッセコーポレーションの「追い出し部屋」を違法と断じる画期的な判決を出した。
人減らしをすすめるとき、人事担当は、「解雇・クビ・やめろ・やめてくれ」とは絶対に言ってはならない。会社に残るのを、いかにあきらめさせるか、だ・・・。
ユニクロは、ブラック企業としても有名です。新入社員が入社して3年内に退職した割合(離職率)は、2006年組で22%、2007年組は37%、2008~2010年組は46~53%と高まっていった。同期の入社組の半数は会社を去っていく。そして、休職している人の42%はうつ病などの精神疾患にかかっている。これは正社員の3%にあたる。
もっと働く人を大切にすること、とりわけ若者が安定して長く働ける職場を確保すること、これをなくして日本社会の平和と安定的成長はのぞめないと思います。
いま安倍首相のやっていることは、それに真っ向から逆行しています。働く中高年を大切にせず、若者を使い捨てにして、超大企業のみを優遇しています。そして、軍需産業だけは栄えるというのです。本当に、戦後最悪の政治が進行中だと思います。
(2014年月刊。760円+税)
2014年10月 5日
自衛隊と防衛産業
著者 桜林 美佐 、 出版 並木書房
自衛隊と防衛産業を積極的に評価した本です。
10式戦車は「ひとまる」戦車。90式の50トンと比べて44トンと大幅に軽量化された。90式戦車は重すぎて北海道でしか使えなかった。
10式戦車は、完全国産。2000メートル先の目標に対して畳一枚の大きさの制度で撃ち込むことができる。そして、車体がどんなにブレても、照準点が変わらないように制御できる高度な技術がある。ジグザグにスラローム走行しながら射撃し、命中させる能力は世界初。追尾を90式の熱源方式から、映像方式に替えたことで実現した。そして、眼鏡式だった標準あわせが、10式ではタッチパネル式に変わっている。
現在、戦車をエンジンまですべて国産にできる国は、アメリカ、イギリス、フランス、ドイツ、イスラエルそして日本だけ。戦車を製造しているのは、相僕原市にある三菱重工業の汎用機・特車事業本部。最盛期には年に72両の戦車を製造していたが、いまは8両ほど。かつての1200両が今では3分1まで減らされている。
ヘリ搭載型護衛艦というのは、ヘリ空母のこと。「ひゅうが」「いせ」に続いて「いずも」が就航した。2万トン、ヘリコプター9機を同時に運用できる。F35も搭載可能だ。
「いずも」の建造費は1200億円。潜水艦を製造しているのは、川﨑重工業と三菱重工業の二社のみ。大気に依存しないスターリングエンジンAIP発電システムによって、水中航続性能が大幅に向上した。
日本の自衛隊を装備面から政府広報のように紹介した本です。
(2014年8月刊。1500円+税)
2014年10月 3日
ブラボー、隠されたビキニ水爆実験
著者 高瀬 毅 、 出版 平凡社
3.11のあと、福島第一原発の後始末が難行しているのに、平然と原発を再稼働させようとしている政府と企業がいます。信じられないほどの無責任さです。
安倍首相とその親族は福島第一原発周辺に別宅をもうけて、週末はそこでゆっくり過ごすようにしたらいいのではありませんか。なにしろ、「収束」宣言をしたのですから、安全のはずでしょう。
放射能の怖さは、それが目に見えず、何の臭いもしないので、近寄ってみても、手でさわってみても、その危険は実感することが出来ません。
60年前、太平洋で漁業に従事していた漁船に突如として「死の灰」が降りかかってきました。何も知らされていなかった漁船員は、白い灰をまともに浴びて、日本に帰り着いてから、たちまち発症していったのです。「第五福竜丸」事件の始まりです。
ところが、この本によると、アメリカの水爆実験によって被爆した漁船は、実は、第五福竜丸以外にもたくさんいたというのです。
アメリカによる巨大な水爆実験は、膨大な放射能を太平洋の広い範囲に拡散させた。そこには、たくさんの漁船がいた。日本の港に入ってきた何十隻もの漁船から放射能が検出された。放射能に汚染されたマグロを廃棄しなかったマグロ漁船も13隻いた。被災した漁船は、のべ1000隻にのぼった。
1954年3月1日あら5月14日まで、アメリカは6回にわたって原水爆実験を実施した。
何が起きているのか知らされていない漁船の乗組員たちは、海水で体を洗い、海水の風呂に入っていた。
太陽が昇るときのような明るさが3分ほど続いた。それから3時間すると、粉のような灰が船体に一面降りかかった。その晩は、飯も食えず、酒を飲んでも酔わなかった。2日目あたりから、頭痛を訴える人が出てきた。3日目には、灰のかかった皮膚がひやけしたように黒ずみ、10日くらいたってから、水ぶくれの症状になった。
これは、当時39歳だった久保山愛吉氏の証言です。やがて亡くなられました。
いま、「第五福竜丸」は、元の夢の島に保存されているとのこと。私も一度みてみたいと思いました。
(2014年6月刊。1800円+税)
2014年9月26日
「おこぼれ経済」という神話
著者 石川 康宏 、 出版 新日本出版社
私の身のまわりは、本当に不況が深刻です。宅配業に従事している人は、この夏のお中元は激減しましたと言います。お菓子屋さんに勤める人も、同じくお中元商品はさっぱりですと言いました。中長距離トラックの運転手の人たちも、物流に勢いがないと断言します。
アベノミクスの恩恵を蒙っているのは、超大企業とごく一部の人々ではないでしょうか。多くの庶民は、賃金や年金が減る一方で、消費税が上がって食費と出費を切り詰めて、生活防衛に走っています。だから、外食産業もアップアップしているのです。
この本は、アベノミクスにだまされてはいけない、そのカラクリを見抜くことをおすすめしています。いま、たくさんの人に読んでほしい一冊です。
アベノミクスは、国民生活の改善につながるものとはなっていない。それは経済政策が古い「おこぼれ経済」という発想の枠にしがみついているからだ。
「おこぼれ経済」というのは、「大企業がうるおえば、そのうち国民もうるおってくるだろう」式の神話にすぎない。そうではなくて、国民がうるおってこそ、大企業も中小企業もうるおいということに経済の根本をおく必要がある。
日本では、国内消費の最大勢力である個人消費を拡大させることによって、日本経済の生産力と消費力の均衡を回復していくべきだ。
バブルの崩壊のあと、日本経済は長く停滞の時代に入っている。1991年から2011年までの20年間の年平均成長率は、わずか0.9%。この不活性さが20年以上も続いている。
労働者の給与総額(ボーナスをふくむ)は、1997年をピークとして、減少している。1997年に月額37万円をこえた平均給与は、2012年には31万円ちょっととなり。この15年間で月5万余、年間で70万円近くも減ってしまった。その直接の原因は、非正規雇用の増大。
日本経済の輸出依存度は14%で、世界185ヶ国のうち148位。高くはない。
日本経済の成長を支えてきたのは、日本国民の個人消費だった。
日本は、G7のなかで賃金が減少している唯一の国である。
日本の保険業界は、アメリカの大企業に乗っとられつつある。郵政民営化によって、結局、ゆうちょはアフラックに支配されつつありますよね。
日本経団連会長を出している東レは、典型的な多国籍企業である。その海外生産比率は、センイで59%、フィルムで77%。グループ全体でも海外比率は45%を占めている。
これでは、日本経団連が日本の一般庶民を大切にしようと思うはずもありませんね。
政党助成金が始まったのは、財界からの政治献金を禁止するとの引きかえだった。ところが、日本経団連は自民党への政治献金を再開すると宣言した。これでは、国民をペテンにかけたも同然です。税金のムダづかいではありませんか。政党助成金は直ちに廃止すべきです。
そして、国政選挙に民意を反映するように、あまりに民意にかけ離れた国会議席構成をつくりだしている小選挙区制度なんか、すぐにやめて比例代表制を基本とする選挙制度へ大転換してほしいと思います。
(2014年6月刊。1100円+税)
2014年9月23日
紙つなげ!
著者 佐々 涼子 、 出版 早川書房
この5月に石巻に行ってきました。そのとき日和山にのぼって、海岸線のほうを見渡すと、広大な草原が広がっていました。かつて住宅街があったところです。そして、そのすぐ下に日本製紙石巻工場があり、操業しているのを見ました。大きな工場です。
この本は、あの3.11のとき、この石巻工場が壊滅的打撃を受けながらも、そのとき工場内にいた人が全員助かったこと、そして、半年で製紙工場としてよみがえった過程を生き生きと紹介しています。
なにより驚いたのは、この石巻工場で日本の本の多くがつくり出されているということです。
そして、工場に働く人たちは、本を手にしたとき、その手ざわりから、自分たちの工場の製品かどうか分かるというのです。製紙についても、いろいろ教えてくれる貴重な本でもありました。
印刷用紙の原料には、ユーカリなどの広葉樹チップ(木片)とラジアータパイン(松の一種)などの針葉樹チップが使われる。
広葉樹は針葉樹と比べて繊維が短く、柔らかいのが特徴だ。広葉樹の柔らかさは、この紙の手触りの良さをうみ出している。
石巻工場の震災前の生産量は年に100トン。世界屈指の規模を誇る。
工場に押し寄せた津波は高さ4メートルに達した。工場の敷地内で41名の遺体が発見された。8号マシンは、おもに徴塗工紙や中質紙を生産している。マシンの全長は111メートル。
8号マシンが止まれば、日本の出版は倒れる。
日本の出版用紙の4割が日本製紙で生産されるが、石巻工場はその基幹工場である。
津波のあと、においがすごかった。日和山には1万人ほど避難していた。
工場が燃えなかったのは、奇跡みたいなものだった。工場の一階部分はすべてが泥水に埋まり、そのうえに周辺地域から流入してきた瓦礫が2メートルは積もっていた。
石巻工場で働いていた1306人の全員が無事だった。
最近の読者から好まれているのは、紙が厚くて、しかも柔らかく、高級感のあるもの。読者は、めくったときの快楽を無意識のうちに求めている。
紙を抄くためには、豊かで良質な水が必要。石巻には、豊かな水量を誇る北上川が流れている。そして、良質な森林資源がパルプの原料となった。さらに、首都圏への製品輸送ルートが確立している。
最新鋭のN6抄紙機ラインは、抄造スピードが毎分1800メートル。1日の生産量が1000トンをこえる世界最大級の超大型設備。日本製紙は630億円を投入した。ちなみに、東京スカイツリーの総工費は650億円。すごいマシーンですね、これって・・・。
徴塗工紙とは、紙の表面に女性のファンデーションのように薄づきの化粧を施し、ナチュラルな風合いを出したもの。
文庫は、出版社によって紙の色が異なる。講談社は若干黄色、角川は赤くて、新潮社はめっちゃ赤。
かつての文庫用紙は酸性だった。だから、退色しやすかった。中性紙は、ずっと色もちしやすい。
子ども用のコミック本は、手にとってうれしくなるように、ゴージャスにぶわっと厚くつくって、運ぶのに重くないようになっている。
半年後、石巻工場は息を吹き返した。半年復興を言った工場長すら、内心では3%の可能性しかないと踏んでいた。誰もが想像し得なかった半年復興だった。
いい本でした。ただ、今後の津波対策はどうなっているのかなと、ちょっぴり不安も感じました。
日和山にのぼったあと、庄司捷彦弁護士(石巻市)から大川小学校の跡地にまで案内してもらいました。川から少し離れた小学校が廃墟になっていました。黙って手をあわせたあと、仮設住宅を遠くに眺めながら石巻市内に戻りました。仮設住宅はとても狭くてプライバシーの点からも十分でないと不安にかられました。
「誇るに足る日本」によるというのなら、安倍首相はこの状態の解消こそ最優先にすべきだと思います。原発再稼働を優先させるなんて、とんでもない首相です。
(2014年8月刊。1500円+税)
2014年9月21日
ルポ・介護独身
著者 山村 基毅 、 出版 新潮新書
未婚率が年々、上昇している。25歳から29歳前は、男性が72%、女性は60%(2010年)。
平均初婚年齢は、男性が30.7歳、女性は29.0歳。これは、1950年に比べて、5~6歳あがっている。
生涯未婚率(50歳での未婚率)は、男性が16.0%(2005年)から20.1%(2010年)になった。女性は7.3%から10.6%に上昇している。
初婚の年齢が高くなるのと同時に、結婚しない、出来ない人たちも増えている。
同じ介護でも、高齢者の介護の先には「死」がぶら下がっている。乳幼児には、少なくとも「見かけ」は輝くばかりの未来が広がっている。
高齢者の介護を担うものが祝福されることは、ほとんどない。
2012年、厚労省は認知症の高齢者は300万人をこえるという推計を発表した。この10年間で2倍増大した。65歳以上の10人に1人は患っていることになる。8年後には、認知症の高齢者は400万人をこえるとみられている。
シングルの介護者は「孤立感」を抱いている。どうして、孤独感や孤立感を感じるのか・・・。
介護が家族内で行われているときには一対一の関係である。デイサービス・センターでは職員のチームワークで介護するが、家庭内では一人で介護にあたる。
そして、介護は、それぞれ個別の状況にあるため、他人の体験がうまく活用されないことがある。
シングルの介護者には独身者が多い。結婚したくても出来ないからだ。同じように、ヘルパーにも独身が多い。出会いが少ないためだろう。そして、勤務時間が不規則なうえに、収入も低い。
本当に介護職の置かれている状況は悲惨としかいいようがありません。安倍首相は軍事予算のほうは5兆円規模へ増大させている一方で、福祉のほうは、相変わらず、冷たく切り捨てています。これで、そんな「国を愛せ」と押しつけるのですから、本当にあの政治は間違っていますよね。
誰でも、いずれお世話になる介護の現場の大変さがそくそくと伝わってくる新書でした。
(2014年6月刊。720円+税)
2014年9月19日
炎を越えて
著者 杉原 美津子 、 出版 文芸春秋
NHKスペシャルで、放映された(2014年2月28日)内容が本になったもののようです。
事件が起きたのは、1980年8月19日の夜9時すぎのこと。東京・新宿駅西口のバス停です。突然、バスにガソリンが投げ込まれ、火が付いて、30人の乗客猛火に包まれた。結局、6人の乗客が死亡し、20人が重軽傷を負った。犯人は無期懲役。やがて、刑務所内で自死した。
この本の著者は、乗客の一人でした。熱傷の範囲は全身の80%に及び、医師は「絶望」とみた。しかし、死線を乗りこえ、ケロイドの皮膚をもちながらも退院できるようになった。ただし、大量の輸血のために、C型肝炎に感染した。
看護師が「魔の薬浴」と呼んだ治療と処置が毎朝、全身の傷口がふさがるまで数ヶ月間も続いた。手術が一週間に一度の割合で行われた。壊死した皮膚組織をメスで削りとる。次に、本人の皮膚を植皮する。
加害者は当時38歳の男性。自らの不甲斐なさに腹立ちと焦燥を覚え、自分のみじめな境遇を思うにつけ、世間に対してねたみや恨みの感情を抱くようになった。人々から、行く先々で唾棄され、「自分だって、やる気になれば、何だってできる。馬鹿野郎、なめやがって」と思い、火とガソリンを投げ込んだ。
死刑の求刑に対して、無期懲役の判決が出た。犯人(被告人)は低知能を基調として、心因反応性の被害・追跡妄想にもとづく情動興奮と酩酊との影響を受け、心神耗弱(こうじゃく)の状態にあったとされた。
千葉刑務所内で自殺したとき、彼は55歳。事件から17年がたっていた。
著者はC型肝炎から、肝がんになった。医師は「余命、半年」を宣告した。ところが、アメリカ発のサプリメントの効果で、ガンは消滅してしまった。
人に出会い、人と胸を開けば、自分が見えてくる。そうしたら、自分にも非があったことを「詫びる」ことができる。そこから、「赦しあう」関係ができる。
「被害者」になっても、「加害者」になっても、自分のその痛みを直視して、それを小突く者たちと闘って行くのだ。自分の痛みを自分で受けとめることができたら、相手の痛みを感じる神経も戻ってくる。
それでも、人間は苦しみ、災害も事故も事件も繰り返され、加害の立場に立ったものは、赦されることのないその後を生き、被害を受けたものも、痛みの終わるときのないその後を生きていかなければならない。だから、被害を受けたものには、その痛みを伝え、その痛みを乗りこえていくことが許される。それが、被害者と加害者との決定的な違いだ。
憎しみ続けることは苦しいことで、膨大な負のエネルギーが必要になる。少年は、それを抱えていく耐性が弱いため、そこから解放されたいという思いから、誰かに憎しみの感情を受けとめてほしいということになる。
心身に傷を負った被害者が被害者として生きてくことの難しさをよくよく実感させてくれる貴重な本です。それでも、モノカキとして生きてきた著者は素顔を出して、私たちに語りかけてくれました。その勇気をもらって、元気になれる本です。
(2014年7月刊。1400円+税)
2014年9月18日
リニア新幹線
著者 橋山 禮治郞 、 出版 集英社新書
この本を読んでいるうちに、ふつふつと怒りが沸きあがってきました。いえ、もちろん著者に対してではありません。書かれている内容からです。
1997年12月に供用を開始した東京湾アクアライン(横断道路)は、現在、1日あたり1億円の赤字を出している。工事費は、当初予算の125%の1兆4千億円超。料金は当初から8割も値下げして800円。この料金収入は借入金の支払い金利すら下まわっている。投資の回収は絶望的。巨額の損失をこうむったのは日本道路公団。
要するに、私たちの税金が日々、ムダづかいされているというわけです。そして、誰も責任をとっていません。戦後最大の失敗プロジェクト。
しかし、リニア新幹線は、それをさらに上回るスケールで失敗するのは必至のプロジェクト。
JR東海の社長は、「絶対にペイしない」と断言した。
リニア新幹線の建設工事費は異常に高い。東京-大阪間で9兆300億円。うち、東京-名古屋間では、5兆4300億円。
リニア新幹線は東京-名古屋間では86%が地下と山岳トンネル。大都市圏内では、地下40メートル以深の大深度地下。
推進派の学者は次のように発言した。
「薄暗いリニアの車内で、誰にも邪魔されずに静かに瞑想できる」
リニア新幹線は、時速500キロで東京-大阪間を67分、東京-名古屋間を40分という。わずか1時間ほどの「瞑想」時間に、これほどの巨額の投資をするものか・・・。
リニア新幹線には運転士は乗っていない。地震などによって中央制御センターが破壊されたときには制御不能になるのではないか・・・。5~10キロ毎に立て坑が設置されるというが、どうやって安全に乗客を誘導するというのか。
強力な電磁波は、果たして人体に影響ないのか・・・。
リニア新幹線は、在来のJR、新幹線と相互乗り入れすることはでいないし、連絡もありえない。ネットワーク無視の鉄道である。
リニア新幹線の危機性だけでなく、とてつもない無駄な超大型公共工事であることが良く分かりました。こんな典型的なムダづかい工事は、一部の政治家とゼネコンを喜ばせるだけです。
ストップさせるしかありません。
(2014年3月刊。720円+税)
2014年9月12日
ヘイトスピーチ
著者 エリック・ブライシュ 、 出版 明石書店
ヘイトスピーチがヘイトスピーチであることの決定的な条件は、それが「相手の属する集団」、それも「本人の意思では変更が難しい集団」にもとづいて、悔辱や扇動、あるいは脅迫が行われるということ。したがって、たんにその人個人を罵倒したり、汚い言葉を浴びせたとしても、それはヘイトスピーチではない。
ホロコースト否定は、ヘイトスピーチの一種型であるが、それは、より普遍的な形でヘイトスピーチの一種型をなしている。
日本は、ヘイトスピーチに対する規制がない点では、アメリカと同じだ。しかし、ヘイトクライム法や人種差別禁止法もないという点では、アメリカとも違う。要するに、日本はアメリカより遅れているということなのですね。
私たちは自由を愛し、レイシズム(人種差別)を憎む。しかし、この二つの価値が衝突したとき、私たちはどうしたらよいのか・・・。
フランスの1972年法は、ヘイトスピーチを規制する。そこでは、エスニシティや国籍、人種、宗教などにもとづく中傷や名誉毀損だけでなく。それらにもとづいて差別や憎悪、暴力を煽ることも禁止された。
1960年代以降、他のヨーロッパ諸国もヘイトスピーチの規制を開始し、拡大した。1990年以降、ヨーロッパでは多くの法律が規制され、人種差別表現に対する規制が次第に拡大された。
2006年にイギリスで成立した人種及び宗教増悪法では、人種憎悪の扇動とともに、宗教的憎悪の扇動も禁止した。
1997年10月、ブリジット・バルドーはフランスに住むムスリムを脅威として表現したとして、1万フランの罰金を科せられた。その後、2004年6月にも、人種的憎悪の扇動で有罪となった(罰金5000ユーロ)。
ホロコーストの否定を禁止する法律は、ヨーロッパ諸国の多くで世論の大きな支持を得ている。しかし、厳格に適用されると、人々が過去について異論を差し挟むことを禁止することになる。なーるほど、それも困りますよね・・・。
アメリカは、人種差別団体について、結社の自由をより強く与えている。暴力その他犯罪的行為に関与していない限り、団体に対する国家的介入から実質的に保護されている。
民主的なドイツの半分以上の州議会に極右の議員がいる。驚くべきことだ。
アメリカは、長い人種的暴力の歴史をもっている。
自由とレイシズムの関係は、複雑である。ヘイトスピーチや人種差別団体を規制することは、必ずしもレイシズムを抑止することにはらない。むしろ、地下に潜って広がってしまう恐れすらある。
社会に分断をもたらし、きわめて敵対的な反応を引きおこすような人種差別表現、団体、行為には、その欠点を埋め合わせるだけの社会的価値など、ほとんどない。
フランスでは、ヘイトスピーチを主たる理由として有罪になった事例は、2005年から2007年のあいだに、年に208件であった。1997年から2001年までの5年間では年100件だったから、増加傾向にある。2007年の有罪判決をみると、139件が罰金刑(平均726ユーロ)、58件が執行猶予判決、3件が2ヵ月以下の実刑だった。
アメリカとヨーロッパにおけるヘイトスピーチ規制の実際と問題が指摘されている本です。
(2014年2月刊。2800円+税)
いつのまにか稲穂が垂れています。今年の夏は雨ばかり降って、蝉に気の毒な事態となりました。夏の終わりを告げるツクツク法師の声を聞いたかと思うと、一気にセミの季節は終わり、虫の音が響くようになりました。
東京出張から帰ってきて、夜空を見上げると、満月が胱々と冴えています。仲秋の名月だったのです。