弁護士会の読書
※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。
社会
2015年2月 6日
日本政治とメディア
著者 逢坂 厳 、 出版 中公新書
敗戦直後のNHKには、「出獄者に聴く」という番組があった。1945年10月のこと。徳田球一などの共産党の大物をはじめ、敗戦で解放された思想犯、反戦主義者を次々にラジオに主演させた。特高警察の拷問や刑務所内での虐待、そして自らの信念を自由にしゃべらせ、多くの日本人にショックを与えた。
1945年12月に始まった番組、「真相はかうだ」は、戦時中の日本軍の残虐行為の実態を描き出し、日本人の再教育と非軍国主義化を狙った。このシリーズは、自衛のための戦争だと信じこまされていた日本人に、それが軍部のたくらんだ侵略だったことを、順を追って解説していった。
今となっては、NHKがそんなことをしていたなんて、信じられませんよね。今や、NHKは、籾井会長以下、安倍政権の御用達放送と化しつつあります・・・。残念ですね。
1960年の安保報道について、新聞が抑制的だったのは、そもそも安保改定を是認していたからだ。うむむ、そうだったのですか・・・。
池田勇人は、大蔵大臣当時、「貧乏人は麦を食え」と失言するなど、高圧的で「荒武者」のような人物と思われていた。官僚出の、性格の激しい池田に対して周囲が心配して、池田は側近と議論を重ねたあげく、「寛容と忍耐」、「話し合いの政治」をモットーとし、「低姿勢」が採用された。
「庶民になりきる」ため、池田勇人はゴルフと料亭への出入りを止めた。荒武者・高姿勢から、ニコニコ・低姿勢にキャラクターを変更したのだ。
佐藤栄作は、新聞記者を嫌っており、生真面目な性格で、口も堅く近寄り難い雰囲気の佐藤を記者も嫌っていた。
「テレビ・カメラはどこかね。テレビ、どこにいるかと聞いているんだ。テレビにサービスしようというんだ。新聞記者の諸君とは話しないことにしているんだ」
「偏向的な新聞は嫌いなんだ。大嫌いなんだ。直接。国民に話したい」
田中角栄のスキャンダルについて。外国メディアが報道するまでは、日本のマスコミは報道しなかった。それは、新聞やテレビなどが田中となれあい、「身内意識」があったからではないか・・・。
1976年7月27日午前、東京地検は田中角栄を逮捕した。私は、この日、偶然にも東京の裁判所に行っていて、騒然とした雰囲気を身近に体験しました。
このころ、NHK経営陣には、政治、とりわけ田中派への配慮が目立った。
NHKの会長職は、法律的には経営委員会で任命することになっているが、実質的には首相ないしその意を体した人物が決めるのが慣例になっている。
竹下登内閣のとき、15代のNHK会長になった島桂次(シマゲジ)は、大平や田中、鈴木善幸について、「心のそこからの友人」と自称し、晩年の池田勇人に宏池会の今後を託され、「派閥の一員として活動するように」なったと自ら語る大平派の派閥記者だった。
自民党と社会党の「野合」からなる村山政権は、「野合」への嫌悪感から、3割という低い支持率からスタートした。理念なき「野合」は政党そのものへの信頼を奪い去った。
山田洋次監督は、「政治の裏切りは、人間の心の奥底に染み込んでいき、退廃的な気持ちにしていく」と指摘した。
1998年の参院選の敗北は、自民党にショックと困惑を与えた。
自民党は、団体・組織に加入していない一般の国民にとって縁遠い存在になっている。
小泉純一郎のメディア対策については、第一に、派閥というコミュニケーション・ルートを攻撃して弱体化させ、総理としてのコミュニケーション・ルートを開いて世論に対峙した。第二に、ワイドショーやスポーツ紙、週刊誌などの「軟派メディア」を盛んに活用した。
無党派層が増えたのは、自民党が社会党と「野合」したためだった。無党派へのアプローチを限定的にしたのも自民党だった。というのも、戸別訪問を解禁しようとしたのをつぶしたのは自民党だった。だから、「空中戦」、つまり、テレビに頼らざるを得なかった。
政権とメディアは、基本的に対抗関係にある。
いえ、メディアが対抗関係になかったら、単なる政府広報でしかありません。独自の存在価値はないのです。
戦後の日本政治とメディアの対抗そして共同関係の実情を掘りおこした労作だと思いました。
(2014年9月刊。920円+税)
2015年2月 5日
集団的自衛権容認の深層
著者 纐纈 厚 、 出版 日本評論社
2014年7月1日は、後世に長らく記憶される日となった。安倍内閣が集団的自衛権の容認を閣議決定した日だ。
力には力で対抗するという旧態依然とした力の論理や、抑止の論理が今なお幅をきかしている。しかし、武力による対応は、しょせん緊急避難的な措置にすぎず、恒久的な対策にはなりえない。それは、かえって戦争を呼びこみかねない危険な選択だ。いま必要なのは、長期的な視点に立った戦略的平和論の構築である。私たちは、武力に依存しない平和社会を築きあげていく知恵をしぼり出す必要がある。
歴史の事実からすれば、力を背景とした外交とは、本来の意味の外交ではなく、戦争を誘引する罠が潜んだものである。
安倍晋三のすすめる政治潮流は、赤裸々な国家権力による社会統合路線であり、民衆動員路線である。
そして、安倍首相の自主国防路線の延長上には、核武装国家構想が存在している。
日本の防衛費には、軍人恩給が含まれていない。遺族年金は軍人恩給の一種である。日本は欧米諸国と異なり、これらが防衛費として扱われていない。軍人恩給は年間1兆円に達しており、これを防衛費に取り込むと、日本の軍事予算は、フランスと同等以上となり、世界6位となる。
いま、陸上自衛隊は、戦車を1300両も保有している。1両11億円(1990年度)もする。なぜ、この狭い国土に1300両もの戦車がいるのか。それは、軍事的意味というより、陸上自衛隊の存在(プレゼンス)と防衛(軍需)産業との癒着関係から生まれたものとしか考えられない。ホント、そうですよね。戦争でもうかる嫌な人々がいるのですね・・・。
そして、海上自衛隊は、136隻の艦船と300機近い航空機を保有している。イージス艦も10隻を保有しようとしている。
日本は、世界有数の武器輸入大国である。それは、アメリカの軍需産業を支えている。
自衛隊は、アメリカとの同盟関係に便乗しながら、もう一方ではアメリカ軍への従属性を希薄化させ、自立した国防軍への変貌の機械をうかがっている。
2009年6月、防衛参事官が廃止された。これは、防衛参事官(文官)が制服組(武官)を統制する文官統制のシステムを廃止したことを意味している。
統合幕僚会議から統合幕僚監部への組織再編にともなう、統合幕僚部議長の三自衛隊に対する統合運用権の付与は、文民統制をその根本から破壊し、最終的には同議長が軍政と軍令を一元的に掌握するための第一歩である。
防衛省は、2009年8月、防衛大臣直属の自衛隊情報保全隊を新設した。三自衛隊の統合部隊として防諜を任務とする防諜組織である。1967年の発足時に60人だったのが、2003年には調査隊から保全隊になったときには900人の部員を擁した。
保全隊とは、要するに現代における「憲兵組織」なのである。平時にあって国民を監視し、有形無形のレベルで国民への規制を加え、言論や活動の自由を束縛する行為を常態化する。そして、戦時においては、国民の戦争への動員を円滑化させる役割を担う組織なのである。
日本の自衛隊が「国防軍」を目ざしていること、そのとき、アメリカ軍から相対的に自立することも目指しているのではないかという鋭い指摘がなされています。
(2014年11月刊。1800円+税)
2015年2月 3日
ワタミの初任給はなぜ日銀より高い?
著者 渡辺 輝人 、 出版 旬報社
えっ、天下の日銀、銀行の銀行である日本銀行より、かの有名なブラック企業であるワタミのほうが初任給が高いだなんて、そんなのウソ、ウソでしょ・・・。
ところが、HPによるとワタミの大卒初任給は24万円超なんです。それに対して、日銀の大卒、初任給は20万円超でしかありません・・・。トホホ・・・、です。これは、おかしい。何かのカラクリがあるに違いない。本書は、そのインチキなカラクリを解説していきます。
ワタミの月収には、月平均所定労働時間数に対応する賃金に加えて、残業や深夜早朝の労働を前提にして、労働基準法で定められた時間外割増賃金、深夜早朝割増賃金があらかじめ織り込まれている。つまり、ワタミの賃金は、いわば水増しされている。
賃金水増しの求人広告が禁止されていない。これは問題だ。
割増賃金の未払いは犯罪である。労働基準法違反は、6ヵ月以下の懲役または30万円以下の罰金が科せられる。そして、同額の付加金が課される。
サービス残業は、経営責任を負っているものの甘えであり、経営リスクそのものである。サービス残業を放置しておくと、企業の投資家や債権者に対する背信行為ともなる。
ワタミでは、1日8時間労働のうえに2時間の法定時間外労働が課され、労働時間全体のうち6時間程度は、深夜早朝の時間帯であり、休日は完全週休2日が必ずしも保障されない。このような職場では、いかに20代の若者でも、なかなかハードなのではないか。
残業代は固定残業代として支払い済みになるため、ワタミでは月収24万円以外には、一円の残業代も支払われない。
「年俸400万円」というように、年額を大まかな数字で提示する事業所も要注意。これも固定残業代などが「込み込み」になっている可能性がある。
また、やたらと「楽しさ」「やりがい」などの精神論を強調する企業も注意すべき。
固定残業代が支払われていても、それに対応する時間をこえる時間外労働がある場合には、会社は残業代の計算をして、別に支給しなければならない。だから、本来、会社にとって固定残業代のメリットはあまりない。それでも、見かけの賃金を高くすることによって、労働者を誘引するなどの効果はある。
残業命令は明示である必要はなく、黙示の指示があればよい。
記録がないなら、自分で記録すればよい。そうなんです。自分が書いたメモでも、十分にたたかえるのです。はじめから、手元に証拠がないといって、簡単に残業代の請求をあきらめてはいけません。
ただし、残業代は2年で消滅時効にかかってしまう。
京都の若手弁護士による、とても実践的な残業代の請求の手引書です。サービス残業地獄からの突破法というサブタイトルがぴったりくる本でした。ぜひとも、みなさん大いに活用してください。
(2015年1月刊。1500円+税)
日曜日の朝は風もなく、を思わせる温かい陽差しでした。春の近さを実感しました。
午後から庭に出て球根の植え替えをしました。いつものようにジョウビタキがやってきて、近くで畑仕事を眺めています。
いま、黄水仙が咲きはじめ、クロッカスの黄色い小さな花も咲いています。チューリップの芽もどんどん出ています。
日が長くなり、気がついたら、もう夕方の6時でした。空に月が輝いています。
さあ、風呂に入りましょう。身体を温めて、疲れをとります。蚊も虫もいない今は、畑仕事が一番やりやすい季節です。
2015年2月 1日
火薬のはなし
著者 松永 猛裕 、 出版 講談社ブルー・バックス
火薬研究者の著者のいちばんの悩みは後継者がいないこと。今や大学に火薬を教える講座がなくなってしまった。
火薬とは、空気中の酸素を使わなくても燃えたり、爆発したりするもの。多くの火薬は、原料の中に酸素を含んでいる。
火薬の話で興味深いのは、なんといっても花火。そして、ロケットと車のエアバックです。
まずは、花火。中国では16世紀の明代に花火がさまざまに打ち上げられていた。日本には、徳川家康が明人がイギリス人を静岡(駿府)に案内してきて花火を披露したという。それから30年後には、むやみに花火を町なかで打ち上げるなという触書が出ている。
有名な玉屋は、天保14年(1843年)に火事を出して、江戸払いとなってしまった。鍵屋のほうは、今も15代として続いている。
花火が真ん丸く開くようになったのは、明治7年(1874年)から。さまざまな色が出せるようになったのは、明治10年(1877年)から。
世界で一番大きな打ち上げ花火は、「片貝まつり」のもので、重さ420キロ、直径120センチもあり、800メートルの高さまで上げられる。
花火の良さは、座り、盆、肩のはり、消え口の4つの要素で評価する。
花火にまつわる事故は、今も日本でも世界でも起きている。自然発火による事故も少なくない。
次に、ロケット。スペースシャトルの打ち上げにも火薬が使われていた。ロケットブースター1基あたり500トン。日本の「はやぶさ」をのせたロケットで120トン。イプシロン・ロケットで80トン。
そして、車のエアバッグ。エアバッグは、火薬を使っている。エアバッグは、衝突したことを感知するが、それは時速20キロ以上の衝撃のこと。自動車が衝突したとセンサーが感知すると、点火信号が送られてガス発生剤が瞬時に燃焼する。すると、気体が急激に発生し、ハンドルの真ん中が割れて、袋(バッグ)が風船のようにふくらむ。こうして衝突から人間を保護する。
怖い火薬について、いろんなことを学ぶことのできる本です。
(2014年8月刊。980円+税)
2015年1月31日
今、あらためて八鹿高校事件の真実を世に問う
著者 兵庫人権問題研究所 、 出版 同
今から40年前ですから、ちょうど私が弁護士になったとき(1974年)の秋(9月から11月にかけて)に起きた八鹿(ようか)高校事件について、40周年を記念して振り返った本です。
県立高校で教職員が集団で監禁され、暴行・障害を受けたという大変な事件です。
加害者たちは、全員が有罪となりましたし、民事上の賠償責任も認められました。また、事件を放置した兵庫県の責任も認められ、和解が成立しています。
私自身はまったく関わっていないのですが、現代日本で、こんな無法なことが起きることに大変な衝撃を受けたことを、今もはっきり覚えています。そして、なにより驚くべきことに、日本の警察は、目の前で監禁・暴行・傷害事件が進行しているのに、何の助けにもならない、まったく動かないのです。さらに、マスコミは、タブーとして報道しない(できない)のです。これでは、日本の民主主義は、あまりにも根が浅いとしか言いようがありません。
でも、救いがありました。教職員集団は、みな暴行・障害に耐えるしかなかったのですが、八鹿高校の生徒たちは立ち上がったのです。広い河原に1000人もの生徒たちが集まり、町なかへデモ行進しようとしました。
それを見て、泣き寝入りするかと思われた町民が立ち上がり、ついには、事件直後におこなわれた町長選挙で暴力反対派が勝利したのです。
暴力に屈せずたたかえば、やはり、いつかは世の中から認めてもらえるということを、身をもって証明した貴重な記録集です。高校生たちの激しい怒りと、集会を成功させた力を改めて見聞きして、昔も今も、日本の若者は捨てたものではないと思いました。
もう40年もたってしまったのかという思いとともに、40年たって、良く変わったところと、今なお変わらない悪い面と、日本の現実を知った思いです。
当時、八鹿高校に在学していた高校生も、すでに定年間近になっていますよね。皆さん、元気なのでしょうね・・・。こんな大事件に遭遇して、その後の人生に、どんな影響を与えたのか、その点も知りたいところでした。
(2014年10月刊。3500円+税)
2015年1月30日
日米〈核〉同盟
著者 太田 昌克 、 出版 岩波新書
核兵器と原子力発電所が、根っこで共通した問題のあることを明らかにした本です。
そして、西山記者が暴いた「核密約」が今も生きていて、私たち日本人の生命、安全を脅かしていることも明らかにしています。
2011年3月15日は、日米同盟の盟主である米国が驚愕し、菅政権と東京電力に、その当事者能力に見切りをつけた「運命の日」である。
海兵隊の特殊専門部隊CBIRF(シーバーフ)は、1995年の地下鉄サリン事件を機にアメリカ軍内に設置された専門集団で、部隊は二つしかない。うち一つは常時、アメリカの国家機能の中枢である首都ワシントンでの有事に備えて即応体制をとっている。そんなアメリカ有数の資産であるCBIRF(隊員50人)がアメリカ本土から遠く離れた外国(日本)に派遣されたことの政治的意味は格別に重い。
日本側の「当事者能力」喪失を疑ったアメリカは、「複合的人災」と呼べる福島の原発事故の初期対応に能動的に関わった。
核超大国であるアメリカは、冷戦時代から今日に至るまで、「核の傘」という「核のパワー」に依拠した軍事的手段を日本に供与し続けると同時に、原子力という民生用の「核のパワー」を「平和利用」の名の下に被爆国ニッポンに担保し続けてきた。
核搭載艦船の日本への通過・寄港を無条件で可能にする「核持ち込みに関する密約」が必要だった。1954年5月、アメリカの国防総省は、国務省に対して、日本に原爆を持ち込み貯蔵したい、在日米軍基地から核攻撃できるよう、日本政府から事前の許可をとってほしいと要求した。
アメリカ軍は、1945年末から1955年初めに沖縄への配備を断行した。そして、1955年春に西ドイツ、57年にフィリピン、58年に韓国、台湾へと、順次、核の前線配備をすすめ、「核の脅し」を具現化していった。
核兵器にきわめて敏感な反応を示す日本人に、いずれ核配備を受け入れさせるためにしたのが、「原子力の平和利用」による「核ならし」という、日本国内世論のマインドコントロールだった。
「平和利用」と「軍事利用」とは、コインの裏表の関係をなすものである。アメリカのCMRT(被害管理対応チーム)は、核事故の特殊専門チームであり、ホワイトハウスは、3.11の原発事故から3日たった時点で、福島の現場に投入することを決めた。
CMRTは、二つのチームに編成されており、一つは西部ネバダ州のネリス空軍基地に、もう一つは首都ワシントン郊外のアンドリュース空軍基地に常駐している。
CMRTのメンバー33人が3月16日に横田基地に到着し、アメリカ軍機に乗り、福島の上空700メートルから放射線の空間線量を測定した。CMRTが海外における核危機の現場に投入されたのは、福島での原発事故が初めてだった。
ところで、このCMRTから日本政府に届けられた初期の重要データを日本側が有効活用していない疑いが強い。
村田良平・元外務事務次官(1987~89年)は、回想録のなかで、「核密約」の存在を認め、歴代自民党政権は国民に虚偽の答弁をしていたと書いた。
外務省の事務方中枢は、長続きしそうで、「立派な」(口の軽くない)外相だけに「核密約」のことを教えていた。
冷戦終結を受けて、アメリカ政府は核搭載した艦船を日本に寄港させなくなった。このアメリカ軍の戦略の変化を反映して、「日米核同盟」の象徴的存在だった核密約の政策的な重要性が低下した。
日本は2013年の時点で、使用ずみ核燃料を再処理して抽出した45トンのプルトニウムを保有している。45トンのプルトニウムから製造できる核爆弾は5000発以上になる計算だ。
いま、全世界にある核兵器は1万7000発ほど。うちアメリカが7400発(そのうち2700発は解体待ち)、ロシアが8000発(うち3500発が解体待ち)。アメリカに次ぐ原子力大国のフランスは57.5トンの民生用プルトニウムを保有する。ロシアは50トンのストックをもつ。イギリスは91トン、中国は20キロにみたない。ドイツは6トン。すなわち、日本の45トン、5000発分のプルトニウムは、とてつもない量なのである。
日本を取り巻く核兵器と原発の危険性を改めて認識しました。広く読まれてほしい新書です。
(2014年8月刊。800円+税)
2015年1月29日
辺野古に基地はいらない
著者 東アジア共同体研究所 、 出版 花伝社
昨年末の衆議院総選挙で「オール沖縄」が4議席を占め、沖縄では全勝しました。政府・自民党の完敗です。沖縄県の民意が見事に示されたと思います。ところが、残念なことに本土のマスコミはあまり大きく報道していません。安倍政権のマスコミ操作の「成果」がここにもあらわれています。
辺野古につくろうとしている基地は、アメリカ国防総省によると、運用年数40年、耐用年数200年の基地だ。そのための予算は1兆円。
在沖アメリカ海兵隊の砲兵隊中隊長によると、辺野古につくる基地は日米安保条約とは何ら関係がない。これは、日本の鉄鋼業界を救うという政治目的でつくるもの。しかし、せっかくつくっても真珠湾に次いで、世界で2番目に海底に沈む基地になる。
鉄の柱を何千本も立てて、その上に鉄の箱をいくつもリングでつないで、その上に厚い鉄板を張って滑走路をつくるのだが、鉄の箱と箱を結ぶリングが日本でもアメリカでも、まだ発明されていない。現在のリングでは、沖縄の暴風に耐えられず海底に沈んでしまう。
現在、普天間基地では、腐食を防ぐためにヘリコプターを2週間に1回ずつ真水で洗っている。基地を辺野古に移すと、塩害がひどくなるので、毎日でも洗わないといけない。
ヘリコプターを1機洗うのに4トンの真水が必要。すると、有翼機をふくめて100機になるので、1日に400トンの真水が必要になる。沖縄は年中、水不足に苦しんでいるので、どこから、これだけ大量の水を持ってくるかは、大問題となる。
辺野古に基地をつくったら、オスプレイを1回に2機ずつ洗うことになるので、巨大な水タンクを設置する必要がある。兵舎も海上につくらなければならない、食堂も食糧倉庫も、格納庫も・・・。さらには、バーやクラブも欠かせない。そのためにはウイスキー倉庫も。そうなると、関西空港なみに巨大化し、費用も1兆5000億円にもなりかねない。
普天間基地を辺野古に移したら、陸からも海からも自由に爆弾を積める施設をつくる。今の普天間では爆弾は積めず、嘉手納基地で積んでいる。
普天間基地の年間維持費は280万ドルだけど、辺野古に移したら2億ドルにはね上がる。それを、アメリカは日本の税金で負担してもらうつもりだ。
わずか4万数千人の在日アメリカ軍のために日本が負担・支出している総額は、沖縄の140万人県民を養うための県予算よりはるかに大きい。
2009年度の日本が負担しているアメリカ軍駐留費総額は、「思いやり予算」1881億円をふくめて7146億円。同じ年度の沖縄県の予算は6730億円でしかない。
「思いやり予算」は、1978年に始まったときには62億円だったものが、20年で30倍以上になってしまった。
「思いやり予算」のなかには、アメリカ軍基地内で働く76人のバーテンダー、48人の自動販売機の管理人、47人のゴルフコース整備係、25人のクラブ支配人、9人のレジャーボート操縦士、6人の劇場支配人、5人のケーキ職人、4人のボウリング場係、3人のツアーガイド、1人の動物世話係が含まれている。これを、みな私たちの税金で負担しているわけです。
辺野古の基地建設のため、辺野古ダムからベルトコンベアーに土砂を運んでくる工事を大成建設が51億円で落札している。
オスプレイは戦闘には向かない。平時の兵員や物資の輸送機としてしか使えない。横風や追い風に弱い。密集隊形で突入するとき、両脇の自分の味方機と接近しすぎると危なくなる。隣の機の気流で不安定化してしまう。いずれにしろ、全然、役に立たない。
鳩山由紀夫には、首相としては大変ガッカリさせられましたが、本人は今なお、いたって真面目です。だからこそ、アメリカが全力をあげて、日本のマスコミも使って首相の座から引きずりおろしたのですね。貴重なブックレットです。ご一読をおすすめします。
(2014年10月刊。780円+税)
2015年1月27日
日本人は人を殺しに行くのか
著者 伊勢崎 賢治 、 出版 朝日新書
昨年末の西日本新聞に、アフガニスタンで活躍中のペシャワール会の中村哲医師の活動が写真とともに大きく取り上げられていました。中村医師は福岡県出身で、自宅も福岡県内にあります。わが郷土の誇るべき偉人です。
中村医師は、安倍首相とはちがって、アフガニスタンの復興に必要なのは銃ではないと強く訴えています。中村医師は患者を治療する前に病気にならないようにすることが大切だとして、農業用水路を自ら開設していったのです。
丸腰で働く中村医師には、絶えず二人の護衛が銃をもって付き添っているとのこと。それでも戦後一度も戦争をしたことのない平和な国・ニッポン人だからこそ、中村医師は丸腰のままアフガニスタン復興に身を挺することができているのです。ある意味で、「美しい誤解」を日本人は受けていて、中村医師もその恩恵を蒙っています。
いま、安倍首相のやっていることは、日本をフツーの戦争する国に変えることですから、これでは中村医師の活動を誤解する人が生まれても不思議ではありません。安倍政権は、中村医師の足をひっぱり、ひいては日本人全体の信用を害していることになります。
この本は、「紛争屋」と自称する著者が、安倍首相の集団的自衛権行使の問題点を徹底的に究明したものです。
安倍首相の唱える「集団的自衛権」の行使が容認されると、間違いなく日本と日本を取り巻く国際環境に劇的な変化が起きる。
現時点で、すでに日本人が海外で人を殺し、殺される一歩手前まできている。
「集団的自衛権」は、あくまで国益のために行かれるものであるため、ときに国のエゴがむき出しになることがある。これまで、権利としては持っているけれど、集団的自衛権はあくまでも使うことができないものだと解釈されてきた。集団的自衛権の問題は、アメリカとの関係に左右される。
アフガニスタンでは、武装解除を免れ、武器を与えられてきたアフガンの警察は、いまは腐敗国家のシンボルと言ってよい存在だ。アフガニスタ警察を腐敗させたのは、アメリカのブッシュ政権に帰属する。
ブッシュ大統領は、もともと地方軍閥の子飼いの民兵だった連中に、ロシアから輸入した大量の武器を与え、その連中を地方の警察として各地に配置した。わずか数か月で5万人もの促成地方警察を生み出した。日本の掲げた「治安分野の支援」は、腐敗の象徴であるアフガン警察に給料を払い、それを肥大化させることにつながった。
安倍内閣は、「集団的自衛権の行使」に際して、自衛隊の出ていく範囲を限定するつもりは全くない。
日本に50ケ所以上ある原発(原子力発電所)の排水口に向けてRPG(携行ミサイル)が発射されたとき、日本全体が破滅してしまうことになる。
「売れるから」という理由だけで書店に並べられている本が、日本人の好戦性を少しずつ、しかし確実に煽っている。これはなんとも不気味で恐ろしい話だ。人々の「熱狂」というのは、核兵器も超える真の大量破壊兵器になりうるものである。
シリーズ累計100万部の『マンガ嫌韓流』(晋遊舎)、27万突破。『呆韓論』(産経新聞社)、20万部を突破した『韓国人による恥韓論』(扶桑社新書)など、ヘイトブックと批判されている本が大変売れている。
昨年末の衆院選で、得票を減らし、議席数も本当は減らしているのに「圧勝した」と間違った情報をたれ流し、マスコミは安倍政権を助けています。
何度も武装解除の現場に立ち向かったことのある著者ならではの本です。ご一読ください。
(2014年10月刊。780円+税)
2015年1月22日
NHKと政治権力
著者 永田 浩三 、 出版 岩波現代文庫
NHKは、イギリスのBBCと並んで世界を代表する公共放送。2014年度予算は、6539億円。これは世界最高。事業収入の97%は、受信料である。
NHKの存立基盤は1950年につくられた放送法。NHKは、放送法によって生まれた特殊法人。国営放送ではないし、会長も職員も、国家公務員ではない。
1950年に朝鮮戦争が始まると、NHKはラジオ第二放送をアメリカの対北朝鮮謀略放送として提供した。当時のNHK会長は、NHKは他にさきがけて国策に貢献すると明言した。
NHKが権力から自立を図る可能性があったのは、1964~1973年の前田義徳会長の時代。前田会長は、副会長時代から目に余る自民党からの介入や干渉を苦々しく思い、なんとしてもときの政府と放送行政からNHKを切り離し、独立したNHKをつくりたいと考えていた。前田会長は、放送の自立と地位の向上に執念を燃やした。
しかし、前田会長には、もう一つの顔があった。権力と癒着する顔である。NHKが現在の神南に移転するときのこと。そして、佐藤栄作首相との関係・・・。
そして、次の小野吉郎会長は田中角栄元首相が逮捕され、保釈されると、自白の田中角栄邸にNHKの公用車で見舞いに行った。
今の籾井会長は、三井物産の元副会長、その前の松本会長はJR東日本、その前の福地会長はアサヒビールというように、NHKの会長は財界人出身者が続いている。
NHKが政治との距離をとることがいかに難しいかを示している。
この本で問題とされる事件が起きたのは、2001年1月末のこと。「戦争をどう裁くか」シリーズの2回目「問われる戦時性暴力」の番組内容が大幅に改変された。
河野談話が今も自民党などから激しく攻撃されていますので、起こるべくして起きた事件とも言えます。
NHKの上層部は、慰安婦とされた女性について、「ビジネスで慰安婦になった人たちです」と言い換えられないかと迫った。
これはひどい。ここまで言うか、と思いました。
永田町(自民党)からの圧力で、それこそちゃぶ台をひっくり返すような指示を出してくる。
中央大学の吉見義明教授が、専門家として、次のようにコメントする予定だった。
「今回の民間法廷では、歴史の専門家が呼ばれ、慰安所制度への軍の関与を示す文書が提出されました」
これに、NHK上層部が、「これは、軍の関与といっても、トラブルを避けるために関与した、いわばよい関与を示す証拠文書ではないのか」と異を唱えて介入してきた。これまた信じられない暴言です。
この問題で介入してきた自民党の三議員は、古屋圭司、安倍晋三、荒井広幸だった。
東京高裁判決は編集の自由を損なったのはNHKの側だったと厳しく指摘した。
NHKは、公共放送としてもっとも大切にすべき、自立のための編集の自由を乱用し、逸脱して、番組をぼろぼろになるまで変えてしまった。自民党政治家の意図を過剰におもんばかり、何より大切にしなければならないはずの編集の自由を損なった。
NHKの番組制作過程に自民党の圧力が陰に陽に加えられ、「自主的に」改変させられている現実が、体験した事実をもとに明らかにされた貴重な本です。
(2014年8月刊。1240円+税)
2015年1月21日
「3.11フクシマ」から原発のない社会を!
著者 「原発と人権」全国交流集会 、 出版 花伝社
二回目の全国交流集会の報告集です。反原連の代表が次のように発言しています。
2012年3月が初めて。初回は300人で、トラメガとマイクだけ。首相官邸前は、静穏保持法や東京都条例によって、デモは出来ないことになっている。そこで、抗議行動と呼んでいる。8時までに終了する。警察との協力が不可欠。警察官も協力してくれている。
2012年6月29日には20万人近くの人々が集まった。とかく共産党系と見られがちだけど、まったくの無党派で、シングルイシュー。つまり原発だけ。活動資金はカンパ。1回で200万円ほど集まったこともある。
原発輸出のセールスをスムーズに行うためには、日本国内でも原発を再稼働させなければならないというベクトルが働く。原発が必要であろうが、必要でなかろうが、とにかく何が何でも動かす。そこで、とりあえず元気に生きている国民を見せ物にするのが目的だ。ショールームとしての日本列島。つまり、日本人は、日本に住んでいるというだけで、いつの間にか原発メーカーや電力会社、そして政府のための命知らずの原発セールスパーソンに仕立てられている。補償がなかなか進まないのも、そのため。
昨年(2014年)5月21日の福井地裁の判決文は、何回よんでも心に残る名判決です。まさに「司法は生きていた」ことを久方ぶりに実感させてくれました。以下、少しだけ紹介します。このブックレットの末尾に載っています。
「使用済み核燃料は、本件原発の稼働によって日々生み出されていくものであるところ、使用済み核燃料を閉じ込めておくための堅固な設備を設けるためには膨大な費用を要するということに加え、国民の安全が何よりも優先されるべきであるとの見識に立つのではなく、深刻な事故はめったり起きないだろうという見通しのもとにかような対応が成り立っていると言わざるをえない」
「国民の生存を基礎とする人格権を放射性物質の危険から守るという観点からみると、本件原発にかかる安全技術および設備は、万全ではないのではないかという疑いが残るというのにとどまらず、むしろ確たる根拠のない楽観的な見通しのもとに初めて成り立ちうる脆弱なものであると認めざるをえない」
「被告(関西電力)は、本件原発の稼働が電力供給の安定性、コストの低減につながると主張するが、当裁判所は、極めて多数の人の生存そのものに関わる権利と電気代の高い低いの問題等と並べて論じるような議論に加わったり、その議論の当否を判断すること自体、法的には許されないことであると考えている。
コストの問題に関連して国富の流出や喪失の議論があるが、たとえ本件原発の運転停止によって多額の貿易赤字が出るとしても、これを国富の流出や喪失というべきではなく、豊かな国土とそこに国民が根を下ろして生活していることが国富であり、これを取り戻すことができなくなることが国富の喪失であると当裁判所は考えている。
また、被告(関西電力)は、原子力発電所の稼働がCO2排出削減に資するもので環境面で優れている旨主張するが、原子力発電所でひとたび深刻事故が起こった場合の環境汚染はすさまじいものであって、福島原発事故は我が国はじまって以来、最大の公害・環境汚染であることに照らすと、環境問題を原子力発電所の運転継続の根拠とすることは、甚だしい筋違いである」
いま、私は判決文を書き写しながら、何度となく、うんうん、そうだよねと深くうなずいてしまったのでした。この樋口英明裁判長は熊本地裁玉名支部の裁判官だったことがあり、私も出会ったことのある裁判官です。
そして、この判決は結論として、次のように断言しています。
「大飯原発から250キロメートル圏内に居住する者は、本件原発の運転によって直接的にその人格権が侵害される具体的な危険があると認められるから、これらの原告らの請求(原発の運転差止)を認容すべきである」
いまの安倍内閣のすすめている川内原発の再稼働を目ざす動き、そして海外へ原発を輸出しようとする動きは、直ちにストップさせなければいけません。
みんなで声を上げましょう。原発なくして、安全・平和な日本に!
(2014年9月刊。1200円+税)