弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

社会

2022年1月 1日

コンビニからアジアを覗(のぞ)く


(霧山昴)
著者 佐藤 寛 ・ アジアコンビニ研究会 、 出版 日本評論社

日本には5万店をこえるコンビニがある。これは郵便局(2万5000局)の倍。
たしかに、町の至るところにコンビニがあります。不意にトイレに行きたくなったときにも、コンビニを見つけたらホッとします。でも、コンビニが閉店した跡を見ることも多いですよね。もちろん看板も何もかも残っていないので、どのコンビニチェーンかまでは分かりませんが、コンビニの栄枯盛衰も激しいと実感しています。ちなみにマクドナルドなどのファスト・フード店も全国に7000店近くあるそうです。
今、日本のコンビニはアジア各国に進出している。
日系コンビニには共通点がある。チェーンが異なっていても、レジカウンターの配置、商品の店内での位置が極度に標準化されていて、どの店でも似たような商品は似たような場所に並べられている。コンビニでは、チェーンをこえて「標準化」が徹底している。これは、消費者にとって、予測可能性の高さ、それは慣れ親しんだ空間という安心感を与える。
日系コンビニは、売り場面積100平方メートルほどの標準的な店舗で2800~3000品目を扱う。
日本型コンビニはSQC、良質な店員の接客態度(S)、商品の品質の高さ(Q)、店舗の清潔さ(C)を密接不可分のものとしている。
また、POS(販売時点情報管理)は、いつ、どのような商品が、どのような価格で、どれだけ売れたかを経営者が把握するためのシステム。このシステムを最大限に活用して、販売と発注を連携させ、フランチャイズの本部が個々の店舗を経営指導するのに役立てている。
日本では、たとえばセブンは、98%がFC(フランチャイズ)加盟店であり、直営店は2%のみ。そして、商品の製造・物流は既存のメーカーや卸売業者を利用した。また、米飯・調理パン・惣菜といった、日持ちのしない調理ずみ食品を「戦略的商品群」として重視している。これらは高い粗利益率をもたらしている。
インドネシアではセブンは2017年に116店舗を閉鎖したように苦戦している。インドネシアで日系コンビニがうまくいかなかった理由の一つが、ジャカルタの交通渋滞が激しすぎるから。
最近、力を入れているのはベトナム市場。
日系コンビニは、カンボジア、ラオス、ミャンマーには進出していない。
ベトナムにファミリーマートとミニストップが先行している。
ローソンは中国で2000年代に苦戦した。
ファミリーマートは2014年に韓国から撤退した。
タイでは、買い物に行くことを「パイ・セブン」と言うほどになっている。タイのセブンイレブンは1万店をこえている。タイのセブンイレブンは全店舗のうちの14%以上の1574店舗がガソリンスタンド併設型。タイのセブンイレブンは、屋台文化と共存している。
ちなみにセブンイレブンは全世界に6万8千店舗近い(2019年2月末)が、そのうち81%はアジアにある。
台湾では、身近な存在であるコンビニをいかして、「幸せを守るステーション」という社会政策がとられている(新北市)。これは、食事をとれない18歳以下の子どもを発見したら、コンビニで無料の食事が提供されるというシステム。新北市は、食事をとれない子どもを発見したら、必要なサポートを行う。コンビニが食事を提供するときの費用は新北市の負担ではなく、寄付によってまかなわれている。
これは、日本の「子ども食堂」のようなものです。いいですね...。
中国市場について、ファミリーマートは台湾企業のもつノウハウに依拠している。
中国のコンビニでは、中国人の口にある日本料理というのではなく、「ホンモノ」の日本の味を楽しみたいというニーズが強い。中国風にアレンジされた「ニセモノ」は敬遠されるようになった。
アジア各国における日系コンビニの実際と課題とが写真つきで紹介されている面白い本です。
(2021年6月刊。税込2640円)

2021年12月30日

非正規介護職員ヨボヨボ日記


(霧山昴)
著者 真山 剛 、 出版 三五館シンシャ

施設では、入所者の前では「オムツ」とは呼ばず、「パンツ」と言う。オムツは赤ちゃんのためのもの。プライドが傷つけられる...。
まあ、私はオムツではなく、昔風におシメと言って笑われるのですが...。認知症になっても、人間としてのプライドだけはもっているのですよね...。それが、人間の不思議なところです。
社長もコンサルタント会社の役員もしたことのある著者が56歳で介護施設で働くようになり、すでに70歳。その介護施設の実情を現役の介護職員として働きながら、泣き笑いのペーソスたっぷりに紹介している本です。やがてお世話になる日も近いと思いながら、身につまされつつ読みすすめていきました。
短気な人間に介護の仕事は向かない。
介護の仕事にセクハラはつきもの。セクハラするのは堅い職業についていた人、銀行員、警察官、宗教家、教員などに意外に多い。
施設の入所者の大半、とくに女性は便秘になりやすい。高齢者は腹圧が弱くなって、運動不足だから。それで、就寝前に便秘薬を飲ませる。便秘は苦しいし、身体によくないですよね...。
職員を大切にしない施設職員から見限られる施設、つまり職員が日常的に辞める老人ホームが優良な施設であるはずはない。そんな施設が入居者を大切にする(できる)はずはない。
お局(つぼね)様のようなベテランの職員がいて、細かいところにまで気がつくのはいいけれど、人前(みんなのいる前)で、厳しく叱責するようだと、新米職員は心が折れて、一週間もしないうちに辞めていく。
介助の仕事には細心の注意が必要だが、あまりに些細なことを気にしすぎると、かえってこの仕事はつとまらない。燃え尽き症候群(バーンアウト)は、介護職によく見られる。責任感が強すぎたり、ストレスに弱かったり、人の目を気にする神経質な人が陥りやすい。
毎日、深刻に真正面から彼らの「老い」や「認知症」と向きあっていたら、それこそこちらのメンタルがもたない。彼らを面白がるくらいでないと、とても介護の仕事は続けられない。それが正直な気持ち。これが著者がこの本を書いた理由です。うーん、なんだか分かりますね...。
(2021年9月刊。税込1430円)

2021年12月14日

消えた四島返還


(霧山昴)
著者 北海道新聞社 、 出版 北海道新聞社

北方領土4島の返還要求が、いつのまにか2島だけとなり、それも失敗してしまったという、安倍前首相のあまりにもみっともない失敗を明らかにした本です。
北方四島は、1855年の日露通好条約で日本領と定められ、その20年後の1875年の樺太・千島交換条約、さらに30年後の1905年の日露戦争終結時のポーツマス条約でも、日本の領土とされた。なので、日本政府は、北方四島は、「我が国固有の領土」と主張してきたのには歴史的根拠がある。
北方四島とは、歯舞(はぼまい)群島、色丹(しこたん)島、国後(くなしり)島、択捉(えとろふ)島。「2島返還」は、このうちの歯舞群島と色丹島の2島にしぼるということ。つまり、国後と択捉はあきらめるというのだ。こんな国政上大事なことをアベ首相は国会の承認をとることなくロシア(プーチン大統領)とのあいだですすめていたというのです。そのうえ、この2島返還要求もロシアからはすげなく(問答無用式に)拒絶され、失敗に終わりました。あの安倍前首相は「外交上手」を金看板にしていて、世界中をアッキーや財界中を引き連れて飛びまわっていましたが、結局のところ、外交上の成果は何ひとつあげることができませんでした。
ところが、自分の失敗は完全に棚にあげて、「野党は反対するばかり」、「対案を出すこともない」などと開き直り、マスコミの大部分もその尻馬に乗るばかりで、安倍外交の失敗を失敗として報道することがありませんでした。こんなみじめな自民党を、「なんとなくがんばっているようだから...」と支援する人には、ぜひ本書を読んでほしいものです。
安倍前首相は「北方四島の返還」と言わず、「北方領土問題」と言い替えた。それは、「四島返還」を求めないことを意味していた。「四島返還」をやめて「2島」に転換することを進言したのは新党大地代表の鈴木宗男議員。安倍前首相は、外務省幹部をはずして、最側近の今井尚哉秘書官、北村滋内閣情報官とだけ相談して、ことをすすめた。菅(すが)官房長官もカヤの外においた。
そして、河野太郎外務大臣は、記者からの質問に答えなかった。この河野太郎の質問回答拒否は政治家としてひどすぎます。政治家の資格はありません。
日本敗戦時(1945年)に北方四島には1万7千人の日本人が暮らしていた。その人々のうち存命の人は6千人もいない。
1945年からすでに76年が過ぎようとしている。1855年の日露通好条約で北方四島が日本領と定められてからソ連侵攻の1941年までの90年と比べて、このままではロシア支配下のほうが長くなりそうな状況にある。
北方四島への墓参が実現しているが、これはビザなしなので、勝手な自由行動はまったく許されていない。
いま、北方四島には色丹島だけでも3千人のロシア人が居住し、新式の水産加工場が建設されていて、ロシアはまったく返還する意思がない。
プーチン大統領は、安倍前首相との会談のたびに大幅に遅刻し、一切の言質(げんち)を与えないどころか、ロシアの憲法に領土返還を許さないことを描き込もうとしている。
あれだけ全世界をかけ巡って、莫大な税金をつかったのに、どれひとつとして成果をあげることのできなかった自民党政権を許す一方で、対案のない野党はダメだとか、野党に政権担当能力はないとばかり言いたてるマスコミには、本当に呆れてしまいます。もういいかげん、こんな自民党政治ではダメだと意思表示すべきではありませんか...。この本を読んで、私は、つくづくそう思いました。
(2021年9月刊。税込1980円)

2021年12月11日

富岳、世界4冠、スパコンが日本を救う


(霧山昴)
著者 日経クロステック 、 出版 日経BP

日本の誇るスーパーコンピューター富岳が2020年に世界一になった。しかも、4つのランキングすべてで世界一。しかも、圧倒的な一位。
スパコンの核となるプロセッサを開発する技術をもっている国は、アメリカと日本そして中国の3ヶ国のみ。ところが、このスパコン富岳で数億年かかる計算をわずか数分で解いてしまうのが量子コンピューター。
ここまでくると、何のこっちゃら、とんと理解不能な、雲の彼方の話になってしまいます。
コンピューターには、まるで縁のない生活をしている私ですが、なんか分かるところはないかと思って読みすすめました。
富岳というのは富士山の異名。高性能であって省電力。そして高い信頼性と使いやすさ。スパコン開発では常にトップグループにいなければダメ。2番手グループは、トップグループの誰かの背中を見てまねる。比較的簡単なこと。だけど、まねなので、技術はすべてトップグループのもの。それでは、波及効果は期待できない。自分たちの技術ではないから。これには、なるほど、なーるほど、と思いました。
以前のスパコン京は、売れなかった。これは失敗だった。うむうむ、そうですよね...。
世界最速(2019年)のスパコンの米IBMのスミットを使って1万年かかる計算をわずか200秒で解いたのが量子コンピューター。
量子は波のような存在で、0か1か、単純には決められない。それどころか、同時に両方でありうる。これを「量子重ね合わせ」という。量子コンピューターで計算が劇的に速くなるのは、この「量子重ね合わせ」の原理による。
まったくの門外漢である私がスパコン紹介の本を紹介してみました。
(2021年3月刊。税込1980円)

2021年11月19日

世界一孤独な日本のオジサン


(霧山昴)
著者 岡本 純子 、 出版 角川新書

日本は高齢者が世界一不幸な国だ。多くの国で、人の幸福度は50代で底を打ち、また上がっていく傾向を示している。ところが、先進国の中で、日本だけ右肩下がりに落ち続け、年をとればとるほど不幸に感じる人が増えていく。物質的に恵まれているはずの日本では、絶望的なほどの「不幸感」で覆いつくされている。
福岡の若者が大勢の人を殺して死刑になろうと思って上京し、電車の中で火をつけ、刃物を振りまわす事件を起こしたと思ったら、69歳の男性がそれを真似て九州新幹線の中で火をつけた事件が起きました。この日本社会に満たされない思いをかかえている中高年が多いことを象徴している事件です。
企業の相談窓口に不当なクレームをつける人(クレーマー)は、自らが品質管理・保証を専門にして、クレーム処理をやってきた中高年が多いとのこと。いやはや、なんということでしょう。
生活保護を受ける人を馬鹿にして切り捨てる発言を繰り返した維新の会の議員がいましたが、維新のコアな支持者は、タワマンに住むような、自らの努力だけで成功したと思っている「高収入・男性・管理職」に多いという分析があります。弱者切り捨てをあおりたてて面白がっている人は、いずれ年齢(とし)をとって身体が動かなくなって自分も弱者になるということを想像することができません。いつまでも、他人(ひと)に頼らず生きていけるという幻想に浸って日々を過ごしているのです。そんな人だって、退職して会社を離れたら、客観的には、たちまちみじめな境遇に陥ってしまうでしょう。仕事を失うと同時に生きがいを失い、そして、頼るべき友人がほとんどいない状況に置かれるのです。それで、クレーマー化し、またネットで炎上に参入して騒ぎたてるしか能がないことになります。哀れです。
日本を代表する証券会社でバリバリやっていた社員が退職して仕事をしなくなると、65%は70歳に届かないうちに亡くなっている。
都会の孤独は実に残酷。閉め切ってしまうと、何の音もしない。今や、高級マンションでの孤独死も少なくないというのが日本の現実。
孤独は、ありとあらゆる病気を引き起こす可能性のあるもっとも危険なリスクファクター。この孤独の犠牲者になりやすいのが、中高年の男性。
孤独のリスクは、①1日にたばこ15本を吸うことに匹敵する、②アルコール依存症であることに匹敵する、③運動をしないことよりも高い、④肥満より2倍も高い。
社会的なつながりを持つ人は、持たない人に比べて、早期死亡リスクが50%低下する。
多くの日本人男性にとって、職場を失うということは、人の根源的要求である、人として認められたい、必要とされたいという承認欲求を満たす場がなくなるとを意味する。
定年を迎えたら、プライドと驕(おご)り、そして肩書きを徹底的に捨てる必要がある。しかし、これはきわめて難しい。
競争心が強く、バリバリと仕事をして、出世していく「オレ様系」オジサンは、他人の話をあまり聞かない。話が長く、対話のない一方的な話をする。
女性は1日平均2万語を話すのに、男性は7000語しか話さない。女性は男性の3倍しゃべっている。
弁護士は定年がありませんので、いつまでも仕事ができるのは大変な長所です。しかし、仕事だけでない趣味をもって、人とのつながりをもつ必要があるわけですが、それには意識的、自覚的な努力が強く求められているということです。これって、言うのは簡単ですが、実行するのはなかなか難しいことですよね...。
(2021年4月刊。税込902円)

2021年11月17日

原子力村中枢部での体験から


(霧山昴)
著者 北村 俊郎 、 出版 かもがわ出版

この本のタイトルは、正しくは「原子力村中枢部での体験から10年の葛藤で掴んだ事故原因」です。著者は1949年生まれで、慶応大学経済学部を卒業して日本原子力発電に入社し、現場勤務そして、管理業務に従事した。そして、20年前に福島県の浜通りに終(つい)の棲家(すみか)をもった。3.11のあと、富岡町の自宅は今も避難解除されていないので、県内で避難生活している。
著者は安全神話に埋没していたわけではないが、やはり甘かった。組織内から、もっと切迫感のある警報を鳴らすべきだったと悔やんでいます。
国も東京電力も、3.11事故前に、海外の原発での全交流電源喪失の事例を知っていたし、大津波に襲われたときには重要設備が水没することも認識していた。
しかし、東京電力の経営陣は、現実性をもって感じられない大津波の襲来よりも、直面している経営士の問題を解決するほうが大切だと判断した。これは今考えると、まったく合理的ではなかった。
3.11事故より前10年間、日本の原発は、欧米そして韓国などトップクラス国の原発と比較して稼働率で10から20ポイントも水を開けられていた。これに追いつくことが関係者共通の悲願だった。
形式主義は、常に原子力の安全を脅かした。たとえば、日本人は、実際安全より心の平和・安心を求める傾向がある。その一例が、原発を見学する人に日本ではヘルメットを着用させる。ヨーロッパでは意味がないので、ヘルメットの着用はさせない。
原発推進派は、反対派と議論するのはムダで、相手にしないという態度をとった。
原発反対派が裁判にかけると、国と推進派は、追加の安全対策を言い出せない。「安全神話のワナ」に陥った。
東京電力の社員は、自分たちの仕事は管理業務だという意識が強い。実際の仕事は、請負先、委託先がするもの。なので、余計なことは言わないのが、自分の身のため。
電力会社が追加の安全対策をするのは、訴訟において後ろから鉄砲をうたれるようなこと。電力会社は裁判の被告に立たされ、現在の原発の安全性に不十分なところがあるとは、言えない状況に追い込まれた。
これは原発差止裁判に対する批判のような記述ですが、だからといって裁判の提起・追行が間違いだなんいうこととは言ってほしくありません。
ともかく、原発以外のエネルギーに一刻も早く日本も乗り換えるべきなのです。原子力は、人類のコントロールできないものだということが3.11によってはっきりしたのですから...。
(2021年9月刊。税込1980円)

2021年10月15日

屠畜のお仕事


(霧山昴)
著者 栃木 裕 、 出版 解放出版社

世の中には採食主義者の人も少なくありませんが、私はほとんど毎日、牛肉か豚肉、あるいは鶏肉を食べています。もちろん、年齢(とし)とともに、野菜を食べる量をふやしています。昨晩だって、大好きなギョーザを山盛り食べてしまいました。
その牛肉や豚肉をつくり出しているのが食肉市場に併設されている「屠場(とじょう)」です。著者は、この屠場で長く働いていました。この本は、屠場の仕事の実際を紹介しつつ、肉食の歴史も解説していて、大変勉強になりました。
著者は、食肉動物を「殺す」という言葉から逃げてはいけないと強調しています。「命をいただく」という言葉にいいかえるのは、差別に負けているようで、大嫌いだというのです。「生命をいただく」というとき、素材への感謝もさることながら、それをつくった人たちへの感謝を忘れてはいけないはずだと主張します。その理由は、屠場で働く作業員の実情、その苦労と工夫を具体的に知ると、なるほどと思わされます。
豚も牛も屠場へ運ばれてすぐに屠畜するのではない。前日に到着して、一日は水を与えてゆっくり休ませてからでないと、肉質が落ちるのです。
豚は殺す前に炭酸ガスの充満した麻酔室で昏睡(こんすい)状態にする。ただし、日本の多くの屠場では電気ショックによる麻酔が多い。
牛の場合には、眉間に屠畜銃をあてて撃って気絶させる。
豚の放血から胸割りまでは、清掃をふくめて1頭20秒というスピードで処理する。
食べる豚足は、ほとんどが前足。うしろ足より肉づきが良いから。うしろ足はスープのダシに使う。
豚のお腹を切り開いて、内臓を取り出すまで5~8秒で終わらせる。
いやはや、あっという間の作業なんですね。そのため、心と気力を集力させる必要があります。
一頭の豚をガス麻酔のゴンドラに入れてから、枝肉を洗浄するまで30分間しかかからない。
とてつもない早技です。このとき集中力に欠けると、ケガもします。
豚も牛も、一刻も早く血抜きする必要がある。そのためには心臓のポンプ力を活かす。
「肉まん」と「豚まん」の違いを知りました。関西で「肉」といえば牛肉のことなので、豚肉をつかうときには、「豚」とわざわざ言う必要がある。
ホルモンとは、内臓肉のこと。ホルモンは「放るもん」から来ているという人がいるが、著者は、スタミナのつく料理という意味で、ホルモンと言ったと主張しています。なーるほど、と思いました。
豚は、沖縄のアグー豚や、鹿児島のバークシャー豚を除いて、ほとんど「三元豚」。これは3種の豚のかけあわせでつくられた雑種のこと。
オスの子豚は去勢する。そうしないとオス豚特有の臭いがして、豚肉としての価値が下がってしまう。
牛はメスのほうが肉質がきめ細かくやわらかいので、値段が高い。
牛のエサは、穀物と牧草。牧草だけ与えていると、日本人の好む霜降り肉はできない。そして、アメリカ産のトウモロコシをたくさん与えて脂肪分をつくり出す。
著者は、日本人は昔から肉食していたと主張しています。これまた、なるほど、そうだろうなと私も思います。
牛肉や豚肉を毎日のようにおいしくいただいている身としては、その製造現場の様子知るのは、とても興味と関心がありました。そこでプロとして従事していた著者による解説なので、よくよく理解することができました。肉食派のあなたに一読をおすすめします。
(2021年4月刊。税込1760円)

2021年10月 7日

たのしい知識


(霧山昴)
著者 髙橋 源一郎 、 出版 朝日新書

著者は19歳のころ、東京拘置所にいました。その7ヶ月間、ひたすら1日12時間、本を読むのに没頭したそうです。
なんで、19歳で拘置所にいたのか...。全共闘の過激派として暴れまわっていたからです。ですから、私とは対立する関係になります(もっとも、世代が少し違います。私のほうが3歳だけ年長です)。そして、20代の著者はずっと肉体労働に従事していました。これも私とは違います。私は家具運びのアルバイト以外に肉体労働をしたことはありません。
そして、著者は30歳になって、突然、本を読みたいという気持ちになり、それ以来、ずっとずっと一日も欠かさず本を読んでいます。この点は同じですが、私のほうは、大学に入って駒場寮で読書会に参加し、さらにセツルメント・サークルに入ってから、猛烈に本を読みはじめ、今に至っています。ですから、読みの深さはともかくとして、読書習慣のほうは、いささか私のほうが早く、そして長いのです。
次に、著者は大学の教員となり、学生に14年間教え、学生たちに教えられたとのこと。ここが、私とは決定的に違います。教えることは、教えられること。それは真理だと私も考えています。この人生経験の違いは、実は大きいのではないか...、と考えています。私にも50年近い弁護士生活はあるのですが...。
コロナ禍の下、毎日毎日、大変です。でも、毎日、すさまじい量の情報を前に、実は、その大半を私たちは忘れている。必要のないものを捨て、必要だと判断したものだけを記憶して、私たちは生きている。いつも、人間は、そうだった。本当、そのとおりだと思います。でも、忘れることができるからこそ、ストレスをほどほどに抑えて、長生きすることも可能になるのです。
コロナ禍の下、多くの人たちと同じように、暮し方を変えざるをえなくなった。
コロナ禍が終わって、早く元に戻ればいいっていうけど、本当に元に戻ったとして、かつては本当に充実していたのか...。いやあ、そ、それは難しい問いかけですよね。
知識が必要だ。誰でも、そう思う。けれど、本当に、心の内側からあふれるようなものなのか、そう思わなければ、どんな知識も、ただ紙に印刷された文字の連なりにすぎない。
23歳で刑務所の中で自殺した金子文子。その父親は刑事。父は文子を戸籍にも入れなかった。そして、娘を捨てた。いやあ、ひどい親が昔も今もいるものですね...。
「たのしい知識」というタイトルは、本当なんでしょうか...と、問い返したくはなります。私は、昔は私と正反対の全共闘の活動家だった著者を今では心から尊敬しているのです。著者の人生相談の深みのある回答には、いつもいつも感動し、しびれています。
この本も、大変勉強になりました。ありがとうございました。
(2020年11月刊。税込979円)

2021年10月 5日

権力は腐敗する


(霧山昴)
著者 前川 喜平 、 出版 毎日新聞出版

あの前川さんが、バッサバッサと権力の腐敗を切れ味も良く切り捨てていきます。
切られる相手の一人は、現在の文科省の藤原誠事務次官です。
安倍首相は、まったく独断で、科学的根拠もなく、手続的にみてもおかしい全国一斉休校を要請した。これは要請という名の指令だった。こんな官邸の独断による暴走について、藤原文科省事務次官は即座に応諾した。安倍首相に迎合したわけだ。
一斉休校は、子どもたちから学習の機会を奪い、学校という安全・安心な居場所も奪った。この人災の最大の責任者は安倍首相だが、それに追随した文科大臣、英断を気取った北海道の鈴木知事、東京の小池知事そして大阪の吉村知事の責任も重い。
前川さんは、もちろん文科省の事務次官をつとめた人です。ですから藤原事務次官は、その後輩にあたりますので、人事の流れをよく知る立場にあります。
「藤原君」はもともと事務次官候補ではなかった。別の人物が適任だった。ところが、「藤原君」は和泉洋人首相補佐官と親しい関係にあり、人事を巻き返すことに成功して、ついに事務次官となり、今なお事務次官の椅子にしがみついている。前川さんは嘆いています。そして、「藤原君」が事務次官になれたのは、法務省の黒川氏のときのような勤務・定年延長という裏技を繰り返したからだと解説しています。うひゃあ、恐ろしい...。黒川氏は新聞記者と賭けマージャンが暴露されて「自爆」してしまいましたが、藤原事務次官は今も健在。恐ろしいことです。
若者たちのなかに無関心・無自覚が広がっていることを前川さんは大変心配しています。これは、学校での人権教育や憲法教育が不十分であることにも原因がある。残念ながら、現代日本の若者には体制の現状を容認する傾向が強い。これは学校での政治教育の貧困に大きな原因がある。文科省は、、教師が右と言えば右を向き、左と言えば左を向くような、主体性のない生徒を想定している。
どうせ世の中は変えられない、どうせ世の中は良くならないとあきらめている人が多い。
「学習性無力感」と呼ばれる心理状態だ。しかし、人間は希望をもつことができる。人間は意思によって行動できる。
学習性無力感を克服するためには、小さな一歩を踏み出すことが大切だ。まずは選挙に足を運んでみよう。世の中は変えられる。あきらめてはいけない。
本当に、そうなんですよね。いま、私のすむ町にも夜間中学が復活しようとしています。いいことです。前川さんは、今も、福島市と厚木市で自主夜間中学のボランティア講師をしているとのこと。本当に頭が下がります。
安倍氏は口がうまいが、菅氏は口下手。安倍氏は嘘をつくのがうまい。菅氏は話す内容に一貫性がない。嘘をつきまくった安倍氏。何も言わない菅氏。どちらも国民への説明責任を果たしていない点では共通。
安倍氏は思い入れがないから、こだわりもなく、前言を放棄したり、放置したりできた。だから、前に言ったことについて何もしなくても、何の痛痒も感じない。無責任のきわみ。思い入れがないだけに変わり身が早いという「利点」もあった。菅氏は、自分にこだわりがあるため軌道修正ができない。いったい、この二人は、何のために政治をやっているのか。安倍氏は、名誉を得るための「家業」。菅氏は秋田で財をなした父親をこえる権力者になって「稼業」すること。父親を見返してやることが人生の目的になっていた。
なるほど、ですね。この比較・分析はとても納得できました。
アベ・スガが政権のあとも、自民党政権が続くとしたら、それはもう日本の行末は真っ暗です。そんなことにならないようにみんなが投票所に足を運ぶ必要があります。来たる総選挙で投票率75%を目ざす運動に心から賛同します。
(2021年9月刊。税込1760円)

2021年9月30日

武器としての労働法


(霧山昴)
著者 佐々木 亮 、 出版 KADOKAWA

会社に人生を振り回されないため、労働問題の有力弁護士が教える「泣き寝入りしない」ための対処法。キャッチコピーは、法律を味方にすれば、自由もお金も手に入る。
私が弁護士になった1977年代半ばは労働組合に存在感がありました。総評(ソーヒョー)と言えば、「泣く子も黙る」という形容詞がついていたほどです。もっとも実際に泣いている子が黙ったとはとても思えませんが...。
そのころ東京に住んでいましたが、国電(JRではありません)がストで停まったり、ノロノロ運転するのをよく体験しました。フランスに旅行したとき(もう10年も行っていません)、地下鉄もフランス国鉄も、よくストライキで運休しているのにぶつかり、困りましたが、ああ、フランスでは労働組合が生きているんだねと実感させられました。
日本にもレンゴー(連合)という奇妙な団体があります。どうやら政府と一体化したいらしく、共産党を敵視する変な組織です。とても労働者の権利を擁護してたたかっているとは思えません。その端的な例が、非正規労働者の組織化に取り組んでいないことです。
この本は、労働法で定められた労働者の権利を守ってたたかう弁護士による実践的なアドバイスを紹介しています。いつまでも労働弁護士でありたいと願っている私も、初心に帰って、また間違ったアドバイスをしないように読んでみました。
正社員とか正規社員というのは法律用語にはない。
正社員であることの3要件は、第1に雇用契約に期間の定めがないこと、第2にフルタイムで働いていること、第3に直接雇用であること。
有期雇用の社員を契約社員と呼ぶことが多い。しかし、契約に期間の定めがない「契約社員」は無期雇用なので、更新というものがない。「フルタイムパート社員」というのはありえない。「アルバイト」は法律用語ではない。
「派遣社員」は、現に働いている会社の社員ではない。労働に対する賃金は実際に就業している派遣先会社からではなく、派遣元会社から支払われる。
私が弁護士になってからずっとずっと、労働者派遣事業は違法だと主張していました。ところが、今では、それが合法化され、まったくあたりまえの状況になっています。これは、労働者を使い捨てするものです。こんな企業風土で、日本が世界的な競争に勝てるととても思えません。
フリーランスで働く人は、雇用契約を結んでの働き方と比べて弱い立場にある。
外資系企業であっても、日本で働く限りは、日本の労働法が適用される。
「転籍出向しろ」という命令は「退職しろ」というのと同じなので、退職を業務命令できないように、転籍趣向しろという業務命令はできない。なので、拒否できる。拒否によって不利益を蒙ることはないはず。
派遣先企業は、簡単に派遣切りはできない。
派遣先企業は、派遣会社に休業手当相当額以上を賠償する必要がある。派遣先企業は、派遣社員に新しい就業先を見つける必要がある。
派遣社員として採用されたとき、業務委託契約を結ばされたら、それは偽装請負にあたって、違法になる。
派遣は雇用契約なので、残業手当の未払いは違法となる。
派遣社員に対して、派遣先企業への就職を禁じるのは違法。
派遣先企業に、採用・不採用を決める権限はない。なので、派遣社員の事前面接は禁止されている。履歴書の提出を求めることもできない。
整理解雇の4条件とは...。一に人員削減の必要性。二に、解雇を回避する努力。その三は、人選の合理性。そして第4は、労働者へきちんと説明できたのか...。
東京の若手の労働弁護士によるスッキリ分かりやすい解説文です。ぜひ、あなたも、ご一読ください。
(2021年3月刊。税込1650円)

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