弁護士会の読書
※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。
社会
2022年4月20日
ばらまき
(霧山昴)
著者 中国新聞・決別金権政治・取材班 、 出版 集英社
河井克行・元法務大臣と河井案里議員夫妻の大規模買収事件を取材、報道した地元・中国新聞の記者たちの奮戦記です。読んで本当に腹が立ってきます。それにしても、1億5千万円の出所が今なお明らかにされていないというのは、もどかしい限りです。
検察庁が河井夫妻を摘発して、辞職にまで追いやった点では高く評価できますが、肝心の安倍首相(当時)の関与と責任があいまいにされたのは、絶対に納得できません。
そして、この本の時点では、被買収の首長・議員40人のうち、わずか8人しか責任とって辞職していなかったのです。起訴されなかったのだから、辞職せんでもいいだろうと開き直ったのでした。でも、買収事案では、買収したほうも、買収に応じたほうも、どちらも処罰されるのが当然です。
その後、検察審査会の起訴相当議決をふまえて、検察庁は不起訴処分を撤回したようですが、遅きに失しています。
この本を読むと、岸田現首相も安倍元首相の意向にさからえず、案里候補の応援演説をしています。心ならずも、させられたのでしょう。みっともない光景です。
河井克行という人物は、「性格が悪い」、「上から目線」、「パワハラ気質」、「人の気持ちが分からないタイプ」、「地元事務所に人が根づかず、地代家老がいない」と、さんざんです。なので、あとは、札束に頼るしかなかったようです。
1億5千万円のうち1億2千万円は政党交付金、つまり私たちの税金が買収資金として「活用」されたのです。いや、買収資金は、内閣官房機密費だろうという指摘もあります。なにしろ月1億円(私たちの税金です)を首相や官房長官は領収書なしで使えるのです。買収資金にまわって何の不思議もありません。
こんな大規模買収事件をひき起こしていながら、自民党本部は誰も責任をとりません。とろうという気配もありませんでした。それもこれも、自民党が低投票率の上で、あぐらをかいているからです。有権者が投票所に足を運んで、こんな金権政治はダメだと意思表示しない限り、検察の捜査が腰くだけに終わってしまうのも当然なのです。
(2022年3月刊。税込1760円)
2022年4月15日
市民と野党の共闘
(霧山昴)
著者 児玉 勇二 、 梓澤 和幸 、 内山 新吾 、 出版 あけび書房
小選挙区制と低投票率によって選挙結果が相当ゆがめられ、これが日本社会の右傾化を加速させてきた。まったく同感です。
投票率は、今や60%を大きく下回って、55%にも届かない現状にあります。フランスの大統領選で投票率が下がったといっても、まだ70%というのにうらやましくて仕方ありません。
自民党は、絶対得票数は長期低落傾向にありますが、小選挙区制と公明党との提携によって長期政権を維持しています。自民党政権にしてみれば、低投票率が続き、野党が割れている状態が続けばいい。政権で有権者の支持を得る必要はない。つまり、何をしてもいい。アメリカの兵器を爆買いしたって、それで文句を言われて政権の座からひきずりおろされる心配はしなくていい。
なので、多くの国民に政治に「うんざり感」をもってもらい、野党のあいだに楔(くさび)を打ち込めばいい。道理で、連合の芳野会長は、自民党の希望するとおりを日々、実践しているわけです。
そして、メディアは、選挙のときも、まともな政策報道はしない。与党をちょっと批判すると、必ず野党も批判する。どっちもどっち、「野党の追及は迫力を欠いた」、いつも、まったくワンパターンの報道です。焦点をわざとボカシています。
たとえば、ウクライナ避難民を日本を外務大臣が政府専用機に20人だけ同行させて日本が迎えいれましたが、このことを日本のメディアは大きく報道しました。ウクライナの人々が国外の400万人(もっと多いのでしょう)も出ているというのに、日本は「20人」で、岸田政権はなんかやってる感を打ち出すのに成功しているのです。まったくバカバカしい話です。この「20人」が、何万人もの受け入れの先発隊だという位置づけは何もありません。「人道支援」として日本はいったい何をしているのか、問いかけもありません。日本のマスコミは全体として政府広報機関と化しています。
いったい、ヨミウリもアサヒもNHKもウクライナに特派員を派遣・常駐させて、現地の人々の声を日本に届けるべきではありませんか。なぜ、それをしないのでしょうか。
イギリスのジョンソン首相がウクライナのキーウに飛んで、大統領と会った映像が流れましたが、日本の岸田首相はなぜウクライナに飛ばないのでしょうか。
日本のメディアの質の低さを本書は厳しく批判しています。まったく同感です。
日本のマスコミは改革をあおる新自由主義が今なお大好き。維新の会って、公務員を叩き、保健所を減らす一方で、カジノ優先、弱肉強食の政治にひたすら突きすすもうとしているのに、話題性があって、「売れる」というだけで重宝しています。ひどい話です。
日本は、世界でもっとも選挙制度が複雑怪奇だ。これは、国会が小選挙区と比例代表制のミックスであるのに、地方選挙は、大統領選挙の首長選挙と、大選挙区制の組み合わせとなっていることを指しています。それもあって、立憲民主党は、国政選挙では自民党と対立しながら、地方の首長選挙では共闘するという不思議な現象が起きるわけです。
この本の基調は、野党共闘は失敗だったのではなく、大きな成果があげたこと、しかし、ままだ克服すべき課題の大きい、未熟なものだったということです。これまた、同感です。
関西、とりわけ大阪では維新の票は岩盤化していて、67万票前後で、固定化している。都心の高層タワーマンションや郊外の戸建て住宅に住む「勝ち組」意識を抱いた中堅サラリーマン層や自営業上層の人々。彼らは税金の高負担への不満、高い税金を「喰いつぶす」年寄り、病人、貧乏人へ怨嗟や憎悪の感情をもっている。その情念を維新は、かきたてて、社会的分断を意図的につくり出している。「大阪都構想」で維新が敗北したのは投票率が7割近くまで上がったことによる。維新も自民党と同じく、投票率は低いほど良いのです。
7月に予定されている参議院議員選挙に向けて、強固な野党共闘ができて、自公政権を退場に追いつめるのか、いよいよ正念場を迎えています。
ロシアのウクライナへの侵略戦争が1ヶ月以上続いていて、日本も「核武装」しようなどという危険な間違った声が出ているのを、私は本当に心配しています。軍事で対抗しようとしても、日本を守れるものではありません。そんな幻想はきっぱり捨ててほしいものです。
敬愛している内山新吾弁護士(山口県)から贈呈うけました。ありがとうございます。
(2022年4月刊。税込1760円)
2022年3月24日
「日本」って、どんな国?
(霧山昴)
著者 本田 由紀 、 出版 ちくまプリマー新書
日本って、すごい。日本は世界一すばらしい国。今でもそんなこと思っている人は、ごくごく少ないと私は思います。企業も以前ほどパッとしませんし、なにより、なんでも「自己責任」を追及しようとする、ギスギスした社会の雰囲気が私にはたまりません。もっと、子どもたちがのびのび暮らせる、ゆとりある社会にならないものでしょうか。
日本の若者が政治離れになっているのは、アベ・スガ政治という、いくら国会で嘘を言っても平気なサイテーの首相をあきるほど見せつけられたことも大きいと思います。そして、アメリカの兵器「爆買い」は喜んでしても、学校の少人数学級はなかなか実現しない、大学の研究予算も切り下げ、学術会議の任命を拒否して理由も言わない、学問の世界まで政治が支配しようとする。嘘つき政治家は開き直ったままで、処罰もされない。若者じゃなくてもホトホト嫌になりますよね...。
小学校・中学校の教員をもっと増やして、1クラス30人以下にすれば、子どもたちに目が行き届くようになりますよね。日本の教員は、文字どおり世界一多忙。文科省のしめつけで、報告書づくりに追われているようです。教員に余裕がないので、ガンジガラメの拘束で生徒をしばろうという発想になります。頭髪の型なんて、どうでもいいでしょ。下着や靴下の色と形を規制するなんて、およそバカげています。
高校入試があるのは世界中あたりまえと思っていると、アメリカもイギリスも地域の高校に入試なしで進学できる。韓国も高校入試は廃止されて、抽選制度になっている。
うひゃあ、これは知りませんでした。
そして、日本の高校には厳然たる格差が存在します。家庭が豊かで恵まれている生徒がたくさん集まる高校の生徒の成績は良く、生活が苦しい生徒ばかり集まっている高校の生徒の成績は一般的に良くない。
そして、日本の企業のレベルもずいぶん低下してしまった。
日本は、世界の経済構造の変化についていけていない。子どもたちの頭が自由な発想できるように訓練されていないので、独創性が乏しくもなっている。そうすると、そんな社会ばかりを抱えた企業は将来性がない。
全国の企業の社長の平均年齢は1990年に54歳だったのが、2019年には60歳になった。経営者の高齢化がすすんでいる。
また、日本の労働者の賃金水準は低いまま抑えられている。社員には会社と対決する姿勢が決定的に弱い。労働者は、職場のメンバーと仲良くやれるかどうかに大いに関心をもっている。それは自律性・自由のなさにもつながっている。指示された仕事をそつなくやれたら誰も何も言えない、言わせない。
日本の高校生は、生きる意味の感覚や自己効力感はとても低く、失敗することへの不安がかなり強い。偉い人には、とりあえずしたがっておこうという感覚(意識)が若い人にはある。
あきらめてはならない。あきらめたら、すべては終わりとなる。自分だけが自由を勝ちとて幸福になることが目的ではない。
実は、あまり期待もせずに読みはじめたのです。ところが、著者の言いたいことは明快かつシンプルでもあり、ぐいぐいと引きずり込まれました。あなたも、ぜひぜひ読むように心から訴えます。とてもいい本なんです。日本における自分という人間を本当に知り、深く認識するための絶好の機会になると思いますから...。
(2022年3月刊。税込1012円)
2022年3月11日
彼は早稲田で死んだ
(霧山昴)
著者 樋田 毅 、 出版 文芸春秋
早稲田大学文学部といえば、昔も今もワセダのなかでも一目置かれる存在なのではないでしょうか。吉永小百合も女優活動の合い間に通学していましたよね。ところが、私の大学生のころは、革マル派が暴力支配しているという悪名高いところでした。暴力「的」支配という生やさしいものではなく、むき出しの暴力でもって文学部を支配していたのです。革マル派にクラスの中で批判的なことを言おうものなら、暴力的糾弾の対象となり、やがて授業を受けられなくなるのでした。
そんな状況のなかで起きたのが川口大三郎君のリンチ殺人事件です。1972年11月8日のことです。早稲田大学構内で学友と一緒に談笑していたところを拉致され、革マル派の支配する文学部自治会室でメッタ打ちされ、ついに虐殺されてしまいました。
革マル派は、川口君が中核派のメンバーで、スパイ行為をしたので原則的な自己批判を求めていたときに突然ショック死したと弁明しました。こんな弁明はあとの刑事裁判では事実として認められず、虐殺行為に及んだ学生たちは有罪になっています。その場にいた人間が「裏切」って自白したことから、虐殺行為の全容が判明したのです。
革マル派に対して、早稲田大学当局は批判するどころか、完全な癒着状態にあり、一般学生から徴収した自治会費(授業料と同時に1人1400円を徴収していた)900万円を革マル派に渡していた。革マル派の貴重な活動資金となっていたので、革マル派は当然、死守しようとする。
当時の村井資長総長は、革マル派による川口君殺害事件について、自らの責任はまったく問うことなく、まるで他人事(ひとごと)のような口ぶりでしかなかった。事件の原因について、「派閥抗争」とまで言った。
学生たちの怒りは大きく、革マル派を徹夜状態で学内の教室において缶づめにして追及していると、午前8時ころ、50人ほどの警察機動隊がやってきて、追及されていた革マル派6人を救出した。これは早稲田大学当局が警察に救出要請したのに警察がこたえての行動だった。
いやはや、一般学生に取り囲まれた革マル派が警察機動隊に救出されただなんて、ひどい話です。内ゲバがそこであっていたのでもなんでもありません。ただひたすら革マル派の虐殺行為についての追及・糾弾の集会があっていただけなのです...。
直木賞作家として有名な松井今朝子さんも、このとき早稲田一文の1年生であり、ノンポリ学生として革マル派による虐殺糾弾の学内デモに参加したとのことです。それほど盛り上がっていました。
そして、学生たちの怒りは革マル派自治会をリコールして臨時執行部を選出し、著者は委員長になるのです。ところが、大学当局は、なかなかそれを認めません。そして、革マル派はお得意のマヌーバーを駆使し、学生を個別撃破して、反転攻勢に出てきます。
そこで、革マル派の暴力に対して暴力で立ち向かうのか、という問題をめぐって著者たちの側で大激論となるのです。そのとき、著者は、あくまで非暴力を貫くべきだと主張しました。ここは本当に難しいところです。
東大闘争の最終盤で、東大駒場では全共闘の暴力に対して、クラス討論の結果として少なくない学生がヘルメットをかぶりました。身を守るものとしてのヘルメットです。神田で買ってきたと言う学生もいました。そして、そのヘルメットはセクトの色とは違うものにし、しかも、ヘルメットには「ノンポリ」とか「非暴力」といった自分の主張をマジックインキで書いて、セクトメンバーでないことをそれぞれ明らかにしていました。
私は、闘争の中盤生のころ、銀杏並木での押しあい(もみあい)をしているとき(まだ全共闘のほうもヘルメットをかぶっているのは少なかったころです)、全共闘の学生がうしろの方から投げた小石が頭にあたって出血し、学内の診療所で頭を包帯でグルグル巻きにされて、いかにも「暴力学生」からのような格好で電車に乗ったり、とても恥ずかしい思いをさせられましたので、ヘルメットをかぶるのは当然でした。
そして、最終盤のときには仲間と一緒に私も角材を手にしました。本郷の図書館前広場の衝突時が初めてで、そのあと明寮攻防戦のときには、私が手にしていた角材を全共闘の学生に奪いとられて、うしろに下がりました。このように、革マル派のすさまじい暴力を前にして非武装で立ち向かうというのは、理屈ではありえても、実際にはとてもとても勇気のいることだと私の体験からも思います。
なにしろ、革マル派はいかにも場慣れした鉄パイプ部隊が襲ってくるのです。著者も、革マル派につかまり、この鉄パイプで打ちのめされました。
致命的なダメージを一瞬にして与える刃物や銃などの武器とは違い、鉄パイプは殺傷効果では劣るが、それだけに何度も振り下ろされることで、激痛とともにその恐怖で心身が冒されていく。まさに、あらゆる意欲が削(そ)がれていくのだ。これって、すごく分かる気がします。
著者は、早稲田大学を卒業して朝日新聞の記者になった。そして、当時の革マル派の自治会幹部(副委員長)だった「辻信一」にインタビューした。「辻信一」は革マル派から逃げてアメリカに渡り、今は学者になっている。当時の川口君虐殺について、心から反省しているとはとても思えない自己弁護を延々と述べてたてた(と私は受けとめました)。
早稲田大学当局が革マル派と縁を切ったのは1994年に奥島孝康総長となってから。それまで商学部自治会費として年に1200万円を革マル派に渡していたのをやめ、早稲田祭もやめた。いやはや、長い年月がかかったものです。
早稲田大学を正常化するために苦労し、今回改めて活字にして世に問うた著者の努力と心意気に心から拍手を送ります。全共闘をもてはやす人が今でも少なくありませんが、そのすさまじい暴力、「敵は殺せ」というスローガンとともに暴力を振るっていた全共闘の行為は根本から否定されるべきだと本書を読みながら改めて思ったことでした。
(2021年11月刊。税込1980円)
2022年3月10日
過労死・ハラスメントのない社会を
(霧山昴)
著者 川人 博 ・ 高橋 幸美 、 出版 日本評論社
カローシというコトバがカラオケと同じように日本を象徴するコトバとして国際的に通用するなんて悲しいですよね。
地方の高校から学年で一人だけ東大に入り、夢多くして天下に名高い電通に入ったのに、そこは高給取りではあっても鬼の支配するあまりにも苛酷で厳しい企業社会だったのです。1日の睡眠時間が2時間、1週間でも10時間しか眠れなかったなんて、想像を絶します。これで病気にならないほうが不思議です。
上司はこう言って責め立てました。
「きみの残業時間の20時間は会社にとってムダ」
「今の業務量で辛いのは、キャパ(能力)がなさすぎる」
「髪ボサボサ、目が充血したまま出勤するな」
「会議中に眠そうな顔をするのは管理ができていない」
いやあ、これってひどすぎます。この上司は部下の女子社員をいじめて自分のたまっているうっぷんばらしをしていたのかもしれません。東大卒で、若くて美人の女性社員にねたみもあったのでしょう。こんなパワハラ上司の下で働いていたら、もう病気になる前に辞めるしかありませんね。でも、その前に病気になって、自死に至ったのです。本当に残念です。
髙橋まつりさんは生きていれば今、30歳です。友人たちとたくさん楽しいことができたでしょうし、母親にもたくさん親孝行できたことでしょう。そのすべての可能性が奪われてしまったのです。
今では削除されたそうですが、電通の有名な「鬼十則」には、5番目に、取組んだら放すな、殺されても放すな、目的完遂までは...とありました。たかが仕事で「殺されても」なんて、電通って異常な会社というほかありません。
それでも、まつりさんの母親が川人弁護士と一緒に電通とたたかったおかげで「不夜城」といわれていた電通本社ビルの灯りは夜10時になると消灯されているそうです。当然です。
亡くなったまつりさんが超多忙だったのは、インターネット広告を扱っていたから。ネット広告は、反応が具体的ですぐ得られるので、それに即応して広告内容を変更しなくてはいけないので、エンドレスの作業を余儀なくされるから。なるほど、ここにもネット社会の恐ろしさがひそんでいるのですね。
次は、電通ではない証券会社の話です。
「数字が人権」。ええっ、何のこと...。数字(業績)が取れないと、自分たちの人権が保障されない。休暇がとれない。残業をしなければいけない。さらには、殴る、蹴るの暴力を受けることすらある。うひゃあ、現代の証券会社って、昔のタコ部屋と同じなんですか...、ひどいものです。
ある高校生は、「鬼十則」の最後を次のように言い換えたとのこと。
辞職を怖れるな、辞職は進歩、積極の肥料だ。転職はキミの人生を豊かにする。
まったくそのとおりです。「鬼」のすむ世界からは、スタコラサッサと逃げ出しましょう。そんな会社にしがみついていてもいいことなんて、ひとつもありませんよ。人生は短いし、世の中は広いんですから...。
著者から贈呈していただきました。いつもありがとうございます。
(2022年2月刊。税込1760円)
2022年3月 9日
どん底に落ちた養分たち
(霧山昴)
著者 鈴木 傾城 、 出版 集広舎
パチンコ依存症の人がなぜ生まれるのか、この本を読むと、よく分かります。
パチンコ産業はひところの勢いはなくなり、もはや斜陽産業になっていると思っていました。ところが、あにはからんや、今でも相変わらず、ボロもうけしているというのです。そして、メジャーなパチンコ店は栄え、中小零細のパチンコ店は次々に倒産・廃業して消えているという、日本中でよくある光景がここでもあるのでした。
1000台未満のパチンコ店は減り、1000台以上の店は増えている。つまり、パチンコ店は大型店舗だけが生き残り、零細店はつぶれている。そのトップはマルハン。そしてダイナム、ガイア...と続いている。
日本最大のパチンコ店はさいたま市の大宮にある「楽園大宮店」。3030台もある。ここは地下1階から地上3階まであって、4フロアが機種ごとに区分されている。
パチンコ店「アイランド秋葉原店」には、2400人、4200人そして6074人という行列ができた。それも若者たちが並んだ。
映画「鬼滅の刃」は1日あたり2億円の売上収入だが、パチンコのほうは1日567億円。
凋落(ちょうらく)しているはずのパチンコ業界は歴代興行収一位の映画のなんと283倍もの売上をあげている。
世界でもっともギャンブル用電子ゲーム機が多い国は、日本。世界に788万台のギャンブル機のうち468万台が日本にあり、そのほとんどがパチンコ店。
世界でもっともギャンブル依存症の多い国は日本。日本には、280万人、いや536万人が依存症だと厚労省は推定している。少なくとも、日本には300万人近いギャンブル依存症の人がいる。この8割がパチンコ、パチスロによる。つまり、1店舗あたり58人のギャンブル依存症をかかえていることになる。
日本全国のパチンコ店は1万店を下まわっている。
ホームレスの人の92%はギャンブルの経験があり、そのうちパチンコは9割に近い。
パチンコ店内で、パチンコで負けた客が火をつける事件が、全国各地で、ときどき起きている。
パチンコは、最終的にはもうからない。もうかっているのは、店の経営者だけ。
新幹線のなかでガソリンをかぶって自殺した男性も、パチンコ依存だった。
パチンコを1日5時間以上もするという人は、明らかに依存症。パチンコで借金までかかえてしまったら、夜逃げ・蒸発するしかなくなる。
パチンコ業界を取り締まる側にいる警察は、パチンコ業界と癒着している。警察OBは、パチンコ店に天下りして、情報を古巣の官庁に売り込んでいる。警察OBにとって、パチンコ業界は本当にありがたい天下り先になっている。
政党への政治献金も共産党を除いて、自民党、維新の会と続いている。
ギャンブル依存から脱却するには、仲間が絶対に必要だから...。そして、ギャンブル依存からの脱却は、まずもって自分がギャンブル依存者であることを自覚すること。
パチンコ依存は、本人の意思だけで克服することは、ほぼ不可能。パチンコ依存を克服するには、家族や友人の協力が必要不可欠。家族も友人もいなければGA等の自助クループで仲間をつくることが有効。
今、福岡でもっとも稼いでいる企業は「品川・青物横町」に本社のあるタイラ・ベストビートという企業。これは「ワンダーランド」の経営主体。売上高は2742億円。九州最大の企業が、ギャンブル依存症の患者を大量に生み出している。トホホ、ですね...。本当にこんなことでいいのでしょうか。
(2021年10月刊。税込1540円)
2022年2月27日
世界を唸らせる切削、研削
(霧山昴)
著者 浅井 要一 、 出版 幻冬舎
滋賀県長浜市にある精密加工の会社(トップ精工)の社長による本です。
タングステンやモリブデン、セラミックス、ガラスなどの難削材の精密機械加工の分野に特化し、特殊素材の加工技術を磨き上げている。2001年の設立当時は売上数千万円を突破した。リーマンショックで落ち込んだが、一般的な素材の加工から撤退し、特殊な素材の精密加工の分野だけに焦点をしぼり、2018年の売上高は20億円をこえた。また、特定の顧客に依存するのは危険なので、1社は20%までと、販路の分散を図った。
コールドスプレー装置とは、コーティング材料を固体状態のまま気体に乗せ、超音速で基材に衝突させて被膜をつくる装置。これは、熱による材料の特性変化を抑え、被膜中の酸化を最小限にとどめる効果がある。
トップ精工の強みに、タングステンやモリブデン、セラミックスやガラスといった硬脆(こうぜい)材料(硬くて、もろい素材)の精密加工に特化している点にある。
日本の部品産業が世界的にみて強いのは、加工技術が優れているから。とくに高精度が求められる精密加工の分野において日本は世界一。
特殊な技術を必要としない仕事は標準化され、経済合理性の観点から、生産コストの低い国にシフトしていく。
電子部品には、受動部品と納同部品の二つがある。受動部品とは、エネルギーを蓄積・消費・放出する機能がある部品のこと。抵抗やコンデンサ・コイルなど。
能動部品とは、エネルギーを出力する特徴がある部品のことで、トランジスタやIC、ダイオート、そして半導体など。わずか4年で受動部品のサイズが半分になってしまうといったように、電子部品産業では数年単位で小型化が進んでいる。すると、極小部品を正確につくるための製造装置が不可欠となる。次に、電子の部品を量産するための製造装置や検査装置が求められる。
日本のメーカーは、炭素繊維強化プラスチック(CFRP)を開発した。アルミよりも軽く、鉄よりも強い画期的な新素材。航空機関構造材の世界シェアの7割を日本の炭素繊維メーカーが占めている。
タングステンは融点が金属のなかでもっとも高い(3400度)素材。
日本が世界に誇る精密加工は、ミクロン単位の誤差が命とりになる。
過去の経験則や標準化された方法のみに固執するだけでは、解決策は見つけられない。機械加工の常識を取り払い、柔らかい頭で発想することで、解決に至るアイデアを想いつく。なーるほど、そうなんですよね...。
機械で指令できる最小単位の0.1ミクロンとした。0.1ミクロンの切り込みは、10往復してようやく1ミクロンになる。1ミクロンは1000分の1ミリなので、1センチだけ進むのに1万回も往復しなければいけないだろう...。
大丈夫、必ずできる。自信をもって取り組みをすすめる。途中で、「この方法ではダメだと分かると、そのやり方に執着することなく、さっと切り替えて、別の可能性を探る。柔軟な発想で臨機応変に対応できるかも、精密機械加工の成否を左右する。
わずか80人ほどの中小企業がこんなにも考えながら、精密加工の技術を特化させているのですね。驚きました。日本のモノづくり分野はコロナ禍でどこも大変な苦境にあると聞いています。そのなかでこれほどがんばっている会社があり、そこで多くの若者たちががんばっていることを知り、うれしくなりました。
(2019年11月刊。税込1540円)
2022年2月24日
機械式時計大全
(霧山昴)
著者 山田 五郎 、 出版 講談社選書メチエ
私は高級時計には関心がまったくありません。たかが腕時計に何百万円もかけるなんて、正気の沙汰ではありません。途中で停まったら困りますので、私は2万円ほどのクオーツ式の時計を2つもっています。3年くらいしたら新しく買い換えます。
連続窃盗事件を3年ほど前に担当したとき、ウブロという高級時計があるのを初めて知りました。被害者はIT関連の小さな会社の社長で、そこそこの高級マンションに住んでいて、高級時計をいくつも所持していて、それが盗まれたのです。そのまま質屋に持っていって自分の名前で質入れしたのですから、犯人が捕まったのも当然の事件でした。
腕時計に限っては、一度は絶滅しかけた機械式が高級品の代名詞となって、クオーツ式から売り場を取り戻し、何百万円もする機械式の時刻を数万円のクオーツ式であわせて喜ぶ時計好きが少なくない。90年代に入って、機械式時計の人気が復活した。
クオーツ式とは、水晶発振子の振動で調速する。電気で動く時計のこと。また、標準時電波やGPS信号を自動受信する正確無比な電波時計やGPSウォッチが数万円で売られている。
すべての機械式時計は、歯車の回転の停止と解放を一定周期で繰り返す「脱進機」と呼ばれる機構で、機械式はチクタク音のする時計とも言える。
機械式時計が、夏は遅れがちで、冬は進みがちになる理由の一つは、気温が上がるとヒゲゼンマイが伸びて柔らかくなる(弾性が下がる)ので、大輪の回転速度が落ち、気温が下がると逆の現象が起きるから。
21世紀に入って、ヒゲゼンマイが金属ではなく、シリコン製も登場した。シリコン製は、温度差だけでなく、磁気の影響も受けにくく、摩擦が少なく、しかも軽くて変形しにくい。
腕時計のほぼすべてが板バネを渦巻き状に巻いたゼンマイを動力としている。ゼンマイのトルク(駆動力)は長さに反比例し、厚さの3乗と幅に比例する。
表示時刻が夜20時から早朝4時までの間は、日送りしない方が無難。時刻や日付の逆回しは原則として禁止。機械式時計はムダに面倒くさいからこそ楽しい。
最後に、著者は投資目的で高級な機械式腕時計を定価以上で買わないようにと注意しています。下手にもうけ心で買うとケガをするというのです。きっとそうだろうと私も思います。腕時計は腕にはめて使うものなのです。大変勉強になる本でした。
(2021年9月刊。税込2805円)
2022年2月22日
プライバシーという権利
(霧山昴)
著者 宮下 紘 、 出版 岩波新書
インターネットが社会の隅々にまで浸透している現代社会におけるプライバシーを守る権利を考えている本です。とても勉強になりました。
FB(フェイスブック)で「いいね」を押した履歴を集めると、その人がどんな人か予測できるといいます。白人か黒人かは95%、性別は93%、ゲイであるか否かは88%の確率で予測できる。独身か既婚者か、喫煙の有無、飲酒の有無、宗教(キリスト教かイスラム教か)も予測できる。また、民主党支持か共和党支持かについても、85%の確率で予測できる。
私もFBは利用しています(見るだけです)が、これではうかつに「いいね」を押せませんね。
ナチスはユダヤ人迫害のとき、IBMからパンチカード読み取り機を購入し、個人情報を収集して分析した。それによって、ユダヤ人の中から誰を最初に資産没収、逮捕・拘禁、そして最終的に駆逐の標的にするかを決めた。
プライバシーの権利の核心にある利益は、憲法13条の個人の尊重の原理に照らした人格的利益と考える。データによる決定からの解放により、情報サイクルの中で人間を中心にすえて、本人自らがネットワーク化された自分を造形する利益、別の言い方では、自らの情報に関する決定の利益こそが現代的プライバシー権の中核をなしている。
日本の最高裁は、これまで一度も自己情報コントロール権を肯認していない。
ベネッセから個人情報が大量に漏洩した件について、ヤフーBBから500円の金券が配布されていたほかに、裁判所は5500円の賠償を命じた。
氏名、住所、電話番号、メールアドレスなどの単純な漏洩の被害者に対する慰謝料の相場は、1人あたり1000円から1万円となっている。1人あたりではたいした金額ではないとしても、企業にとって、被害者が多いと大きな金銭的負担を余儀なくされる。
破産者マップについて、インターネット上で公表するのは違法だけれど、DVDにして販売する行為は適法とされている。この両者の違いは、一体どこにあるのか...。
では、車に搭載しているドライブレコーダーによる常時撮影は、情報自己決定権の侵害にあたるという判決はどう考えてよいか。
自動顔認証カメラが空港に設置されようとしています。その正確性は99%。ところが、2019年には外国からの旅行者は4434万人いたので、44万人あまりの人々が、誤認されることになる。これって、とても怖い話ですよね。
自分のことを自分以上に第三者が知っているなんて、まさしく不気味そのものです。いやですよね...。現代社会に生きるうえで考えるべき視点の一つだと思いました。
(2021年2月刊。税込880円)
2022年2月 9日
「核の時代」と戦争を終わらせるために
(霧山昴)
著者 大久保 賢一 、 出版 学習の友社
日本反核法律家協会の会長として活躍中の著者が核廃絶の信念を披瀝するとともに、その現実性と必要性を力説しています。著者による半年前の前著より、体裁も内容も、とてもすっきりしていて、読みやすくなっています。
著者は冒頭部分で、34歳のころの、当時4歳の娘さんとの会話を紹介しています。
頭上を自衛隊の飛行機が飛んでいるので、娘さんが「何をしているの?」と尋ねたのに、「人を殺す訓練をしている」と答えた。「どうして原爆ってあるの?」「人を大勢殺せるようにさ」、「どうして人を殺すの?」「人を殺してでもお金もうけをしたい人がいるのさ」「じゃあ、お金なくしてしまえばいいじゃない」。
子どもの直観って驚くほど鋭いものがありますよね。この問答にもハッとさせられます。
著者が核兵器に反対するようになったのは、まだ幼いときに母親から「原爆で、人は蒸発して、石段に影として残った」と聞かされたからだとのこと。ところが、この旧住友銀行広島支店の入り口にあった石段の「人影の石」について、人間が蒸発するとは思えないと指摘されているといいます。知りませんでした。人が蒸発するような温度であれば、おそらく石の階段も蒸発するか、熔融するはずだというのです。なので、熱線のあたった部分と、そこに腰かけていた人間にさえぎられて熱線があたらなかった部分の違いだろうとのこと。なるほど、「蒸発」ではなく、そこにいた人は、吹き飛ばされてしまっただけなのかもしれないのですね。
そこで、著者は、どちらでもいい、その人の日常が、突然、理不尽にも奪われてしまった事実こそが問題だとしています。まったく同感です。
2019年4月、アメリカの連邦議会(下院)で、核兵器禁止条約を受け入れるよう求める決議案が提案された。その提案者であるジム・マクバガン議員は、次のように提案理由を述べた。
「核戦争は人類の生存を脅かす。結局、問われているのは、人類が核兵器を終わらせるのか、核兵器が人類を終わらせるのかということだ」
そうなんですよね。地球温暖化など地球環境の破壊が進行しているのも重大な問題ですが、緩慢なかたちで人類が生存できなくなるのか、一瞬にして人類が滅亡するのか、どちらも目をそむけるわけにはいかない重大な課題だと私は考えています。
それにしても、アメリカというのは本当に不思議な国ですよね。トランプみたいな、とんでもない人間が大統領になったりしますが、民主主義を守ろうという力もそれなりに強く、たくましいのですね...。
日本の青年・学生のなかに、「戦争はなぜ悪いのですか?」と真面目な顔で質問してくる人がいることが紹介されています。コロナ禍前から学生は忙しいし、政治に関心がなく、その多くはなぜか現状をなんとなく肯定し、同調圧力もあって自民党を支持するのが多数だということのようです。若い人の投票率は3割程度で、半分以上は投票所に行っていないという調査結果が紹介されています。本当に残念です。この本のなかで、昭和女子大の学生たちの取り組みが紹介されています。平和問題についての青年・学生の関わりを高めるにはどうしたらよいか、みんなで知恵を出しあうべきでしょうね。
コロナ危機の陰で核軍拡がすすんでいることに、著者は警鐘を乱打しています。これまた、まったく同感です。日本はコロナ対策ではアベノマスクや「GoToトラベル」にみられるように無用なことに大金をつぎこみながら、肝心のPCR検査やワクチン確保は後手にまわるとともに、保健所の廃止・統合をすすめ、医療機関も減らしつつあります。その一方で、「中国の脅威」をあおりたてて軍事予算はついに5兆円をこえて6兆円に迫りつつあります。オスプレイが日本本土をぶんぶんうるさく飛びまわり始め、コロナ感染の有力発生源であることが明らかなアメリカ軍基地について、日本政府は出入り禁止を申し入れることすらしません(できません)でした。
そして、今や、「敵基地攻撃」を国会で公然と口にしています。現実に攻撃されなくても(なので、正当防衛ではありません)、攻撃の意図があると認定したら(国会ではなく政府が勝手に)、敵国の領土にある施設を攻撃し、破壊する(安倍元首相は「殲滅(せんめつ)」という恐ろしい軍事用語を使っています)というのです。これはまるで先制攻撃、つまり戦争を仕掛けるのとまったく同じで、恐ろしいことです。狭い日本列島に住む私たち日本人は、どこにも逃げ場なんてありません。戦争になったらいけないのです。対岸の火事ではすまされません。
鳩山由紀夫・元首相は、「悪魔のペンタゴン」に敗北したと語っているとのこと。「悪魔のペンタゴン」なんて聞いたことはありませんが、政界・財界・官界の三角形にアメリカ軍とマスコミを加えたものです。ともかく、今の日本のマスコミはNHKをはじめ政権擁護が露骨すぎます。また、「ディープ・ステート」というコトバも出てきます。軍産複合体のことです。アメリカでは強大な力をもっているようですが、日本でも、そうなのでしょうか。
ともあれ、わずか170頁ほどの小冊子ですが、今回もまた大変勉強になりました。本書が広く読まれることを願っています。
(2022年1月刊。税込1760円)