弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

社会

2021年8月27日

変貌する日本の安全保障


(霧山昴)
著者 半田 滋 、 出版 弓立社

これだけ爆発的にコロナ禍が深刻化しているのに、政府は依然として国民に自粛を求めるだけ、外出するな、帰省するな、デパ地下へ行くな...だけ。オリンピックを強行して、お祭り気分を盛り上げておいて、それはないでしょ。「自宅療養」というのは、入院治療の拒絶ということを、政府もマスコミも国民に正直に伝えるべきです。
そして、コロナ禍対策のためのお金はつかわず、相変わらず中国・北朝鮮の脅威をあおり立てて軍事予算だけは増大させています。お隣の韓国政府は国防費をけずってコロナ禍対策にまわしました。当然です。国家を守る前に国民の生命・健康を守るのが政府の責務なのですから。ところが、日本ではコロナ禍の深刻化するなかでも辺野古新基地建設は中断することもなく進められています。ひどい話です。
著者は軍事問題に精通した日本有数のジャーナリストです。今は、法政大学などで学生にも教えていて、本書はその授業を再現したという体裁ですので、基本から軍事の常識を学ぶことができます。
アメリカが日本を守ってくれていると、ほとんどの日本人は誤解・錯覚していますが、駐米大使、外務事務次官をつとめ、ミスター外務省とよばれた村田良平(2010年死去)は、次のように語っているとのこと。
日米安保条約にもとづくアメリカ軍の基地の主目的は、もとより日本の防衛にあるのではない。アメリカは、日本の国土を利用させてもらっているから、その片手間に日本の防衛も手伝うというもの。そして、日本が世界最高額の駐日アメリカ軍の経費を負担しなければならない義務など、本来ない。もはや、アメリカが守ってやるというアメリカの発想を日本は受けるべきではない。日本の自尊心を保つためには、アメリカとの「良識をこえた特殊関係」ではない日本のほうが良いと考えるべきで、その溝があまりにも大きければ、日米安保条約を廃棄するリスクをとるほかない。
なんと、なんと、日本はアメリカの奴隷ではないのだから、もっとはっきりアメリカに対してモノを言うべきだと、元「ミスター外務省」は明言していたのです。知りませんでした。なんとなくアメリカは日本を守ってくれているなんていう幻想から、日本人は一刻も早く脱却すべきなのです。
同じように、コロナ禍対策を日本政府はきちんとやってくれるだろうという甘い幻想に浸っている場合ではありません。投票所に足を運んできっぱり「ノー」という意思表示をしないと、スガのような無能なダメ政治家と政府によって多くの国民が死に至ってしまいかねません。
北朝鮮の軍事能力も紹介されています。自然災害もあって、食糧不足が深刻化し、兵士は援農や建設工事にかりだされているようです。総兵力119万人といっても、装備の多くは旧式。空軍のパイロットの年間飛行時間はわずか20時間。これでは戦えるはずがありません。
しかし、怖いのは、特殊部隊が8万8千人もいるということ。日本は日本海側にたくさんの原子力発電所がありますから、そこを狙われたら日本はイチコロです。テポドン、Jアラートで日本政府は日本国民を脅しつけましたが、現実的な危険が原発にあることをマスコミ操作で「スルー」してしまいましたし、相変わらずしています。
アベ前首相が歴史も憲法も学んでいないことはよく知られた事実ですが、ポツダム宣言についても平気でデマをとばしていたのですね。
「ポツダム宣言というのは、アメリカが原爆を落としたあと、『どうだ』とばかり叩きつけたもの」
しかし、ポツダム宣言が発せられたのは7月26日で、原爆投下(8月6日と9日)よりも早い。アベは、歴史を知らない「歴史修正主義者」だ。これが悲しい現実です。
軍事問題というと、なんだか敬遠して専門家にまかせようという風潮があります。でも、毎日の生活は戦争のない、平和を前提としているのですから、目をふさぐわけにはいきません。350頁ほどもある大部な本ですが、やさしい語り口で展開していきます。あなたも、ぜひ読んでみてください。
(2021年4月刊。税込2750円)

2021年8月24日

「核兵器も戦争もない世界」を創る提案


(霧山昴)
著者 大久保 賢一 、 出版 学習の友社

これまで核戦争が実際に起きなかったのは、運が良かっただけという著者の指摘には、私もまったく同感です。同じことは、3.11の大震災による福島第一原発事故についても言えます。あのとき、アメリカ人は一斉に日本から脱出し、逃げ出したのですが、それはメルトダウンが関東一円を死の街にしてしまう危険が現実的なものだったからです。原発に欠陥があったから、なぜか水がたまっていて大爆発が起きなかったというのを知ったとき、私も心底から胆が震えてしまいました。これは樋口英明元裁判官も著書で強調しているところですが、そんな現実を少なくない日本人が忘れていて、安倍前首相の「アンダーコントロール」を真(ま)に受けているのが本当に残念です。
これまで核戦争が起きなったのは、核兵器が存在するおかげだ。平然とこのように言う人の神経が著者には理解できない、と言います。核兵器が存在していたから核戦争が起きなかったというのは、二つの現象を表面的に並べたたけで、論理的な説明にはなっていない。
著者は、こんなたとえ話を持ち出しています。「ニューヨークにワニがいないのは核兵器があるおかげだ」、「憲法9条は北朝鮮の核開発を止めることができなかった」、「お前が生きていられるのは、オレのいるおかげだ」。こんな異論が成り立つはずもない。まったくそのとおりです。
1980年6月、アメリカのカーター大統領の安全保障担当大統領補佐官のブレジンスキーは、深夜、軍事顧問からの電話で叩き起こされた。ソ連の原潜から220発のミサイルがアメリカ本土に向けて発射されたという。ブレジンスキーは、直ちに報復攻撃できるよう戦略空軍に核搭載爆撃機を発進させるよう指示した。次の電話では、ソ連のミサイルは2200発と告げられた。全面攻撃だ。ブレジンスキーは妻を起こさないことにした。30分以内に、みんな死んでしまうからだ。その後、3度目の電話があって、誤警報だと判明した。これは笑い話としてすませていい話では決してありません。いつでも、実際に、ちょっとした間違いから核戦争が起きる危険があるからです。
アメリカで起きた原発事故だって、そこで働いていた人々が故意に重大事故をひき起こした可能性があるとされているものがあります。ヒューマン・エラーというものです。
「俺はもつ、お前はもつな、核兵器」
アメリカやロシアなどの核兵器大国は自分たちが核兵器を持つのは正義だけど、他の国がもつのは不正義だなんて、一方的な論理にしがみついています。インド・パキスタン・イスラエルは、それが不満で核不拡散条約に入らず、北朝鮮は脱退してしまいました。
核兵器禁止条約は発効したのに、日本政府は今なお、背を向けたまま。
「かえって国民の生命・財産を危険にさらす」とか、わけの分からないことを言っている。要は、アメリカの核の傘のもとにいれば安全、アメリカに楯つくなんてもってのほか、という従属根性まる出し。そこには自主性のカケラもない。
「平野文書」なるものがあるそうです。私が読んだことがありません。日本国憲法をつくるときにマッカーサーとわたりあった幣原元首相の側近だった平野三郎という人が1951年に幣原本人をインタビューした記録のようです。
幣原は、戦争をやめるには武器をもたないことが一番の保証だと断言した。
幣原は「武装宣言」は狂気の沙汰であり、軍拡競争から抜け出そうという「非武装宣言」こそ世界史の扉を開くとした。今は夢想家のように思われ、あざけ笑われるかもしれないが、百年後には正しいことを言った預言者として正当に評価されるだろうと語ったというのです。まさしく先見の明がありました。
少しでもまともなことを言い、行動したりすると、自民党のタカ派からは、「あいつは共産党だ」と言われる。自分に反対するものは、みんな「共産党」と言うんだというエピソードも紹介されています。
そんなことでくじけてはいけません。正しいこと、必要だと思ったら、声を上げ、行動に移すことです。
著者は長く反核・平和運動に従事してきて、現在は日本反核法律家協会の会長もつとめています。もっと読みやすい編集・体裁にしてほしいと思いながらも、内容の重さにひきずられて読了しました。160頁の小冊子です。ぜひ、あなたもお読みください。
(2021年8月刊。税込1540円)

2021年8月23日

国民食の履歴書


(霧山昴)
著者 魚柄 仁之助 、 出版 青弓社

明治になってから日本に入ってきた洋風調味料の御三家はソース、カレー粉、マヨネーズ。とはいっても、和食の伝統がこれら御三家によって破壊されたというわけではない。むしろ、それらを和食にうまく調和、同化させたのが現在の日本食。なーるほど、ですね。
インドのカレーと違って日本には日本のカレーがある。イギリスのウスターソースではない日本のソースがある。肉とチーズを食べるフランス人のマヨネーズと、魚と米を食べる日本人のマヨネーズが違っていて、何も不思議はない。なるほど、なるほど、そう言われたらそうなんですよね...。
本場インドでは、サラっとした「汁カレー」。イギリスは、バターで小麦粉を痛めたルウを使ってドロリとさせた。日本では、イギリス流のドロリとしたカレーこそがカレーであるというのが定着している。そうですよね、日本人にとって、カレーは、ドロリとしていなくてはカレーではありません。チキン、ポーク、ビーフが手に入らないときには、身欠きニシンを入れたカレーもあるそうです。戦前の大正時代の料理の本で紹介されています。
日本のマヨネーズは、欧米のマヨネーズとは異なる、独自のもの。マヨネーズが「自分でつくるもの」から「買ってくるもの」になったのは、戦後のこと。ええっ、戦前はマヨネーズは家庭でつくるものだったんですか...、それは大変でしたね。
絶対に油が分離しないスピードマヨネーズをつくる秘訣は、練乳(コンデンスミルク)をコップ3分の2杯だけ入れて混ぜること。練乳が乳化剤の役割を果たして、油の分離を防ぐ。ええっ、そんな裏技があったのですか...。
日本のソースは、初めのころはショーユ(醤油)からつくっていた。
日本のギョーザ(餃子)の大半は焼きギョーザ。私の大好物でもあります。大正13(1924)年には、東京に「ビターマン食堂」としてギョーザを食べさせる専門店があったそうです。1人あたりの年間ギョーザの消費量日本一は宇都宮と浜松で争っていましたが、何と宮崎が日本一になったというニュースが先日、流れていました。結局は、全国3位になったようです。
中国は水餃子が主であり、皮が厚い。かなり前に大連に行ったとき、何種類ものギョーザを食べさせてくれる店に案内されて、腹一杯、思う存分に焼きギョーザを食べることができました。ギョーザの命は皮づくりにある。西洋料理のラビオリは洋風餃子。日本のギョーザは皮が薄いのでおかずに適している。これは納得です。たくさん食べたいですから...。
肉じゃがが日本で「おふくろの味」となったのは1980年代だそうです。これには驚きました。たしかに、1960年代に東京で大学生をしていましたけれど、そのころ肉じゃがなんて聞いたことはありません。私のちょっとしたぜいたくな一品料理はレバニラ炒めでした。
料理本に「肉じゃが」が登場するのは1975(昭和50)年ころだったということです。私が川崎市で弁護士を始めたころになります。この本には、それまでの「肉豆腐」が「肉じゃが」に変わったという説を紹介しています。いずれにしても、川崎市内の居酒屋で「肉じゃが」を食べたことはなかったように思います。
なんだか読んでいて楽しくなる料理の本でした。
(2020年1月刊。税込1980円)

2021年8月20日

パチンコ


(霧山昴)
著者 杉山 一夫 、 出版 法政大学出版局

ミン・ジン・リーの『パチンコ』を歴史的に裏づけるような本です。といっても、ミン・ジン・リーとは関係なく、著者は一貫してパチンコの歴史を追いかけてきました。私より少し若い団塊世代で、本業は版画家です。パチンコの詳しさは並はずれています。
昭和27年、パチンコ店は4万2000軒。前年は1万2000軒でしたから、4倍近い増加率。
電動化される前、左手でもてる玉数は10~15個、親指で1個ずつ玉入れ口に押し出し、それと連動させ、右手で打つ。素人は、どうがんばっても1分間に50~60発。ところが、パチプロは、その倍の120発を楽々と打っていた。
プロは1分間に100発以上打てたというのですが、これは素人でしかなかった私には、とても真似できません。西部劇に出てくるガンマンの早撃ちと同じです。
1973(昭和48)年に電動ダイヤル方式ハンドルが登場するまで、パチンコは親指でパチンと弾く、日本の大衆娯楽だった。
司法試験の受験生のころ、東横線の都立大学駅前で降りて都立図書館に通って勉強していたことがあります。駅前にパチンコ店があり、つい午前10時の開店にあわせてフラフラと入店しパチンコに撃ち興じたことが何回かあります。勉強しなくては...という罪の思いがありましたが、午前10時だと台が選べますので、ジャンジャンとチューリップが開いて、大当たりになり、チョコレートなどの景品をたくさん下宿に持って帰り、近くに住んでいた仲間に分けてやったことを覚えています。でもでも、こんなことをしていたら、とても勉強に専念できないと一念発起し、その図書館通いは止めました。
パチンコは、実は、日本人の発明。パチンコ産業のピークは1995(平成7)年で、30兆9020億円。これは、この年の国家予算の半分の規模。いまでは衰退産業とも言われているが、それでも年間20兆円の基幹産業である。
パチンコは日本の警察管理のもとにある。開業から、玉の大きさ、貸し玉の値段、出玉の数、景品の内容に至るまで、隅から隅まですべて警察が規制している。いわば、パチンコ産業は警察の利権の拠点と化している。警察の許可がなければ何ひとつできないのが、パチンコ店とパチンコ機。各県の遊技共同組合には警察OBが大量に天下りしている。いま自民党の平沢勝栄代議士が警察長の保安課長のとき、全国共通のプリペイドカードの会社を認可した。
パチンコ業界は自民党に多額の献金をしているし、朝鮮総連を通じて北朝鮮に送金してきた。これは、どちらも公然の秘密だった。
CR機の登場によって、パチンコは名実ともに日本の基幹産業になった。
電動式パチンコ台が導入される前、パチンコ店には釘師(くぎし)がいました。弁護士になった私の依頼者にもそれを職業としている人がいました。ほんとうにごくごく微妙な傾きで玉の動きを左右するというのです。
そして、パチンコ台の裏には大勢の人が働いていました。「島裏」の女性従業員が10万人もいたというのですから、驚きです。それを、パチンコ店は電動化、自動化していって、無人化したのです。よくぞここまでパチンコの歴史を詳しく調べたものだと驚嘆しました。
(2021年3月刊。税込3520円)

2021年8月10日

ある日の入管


(霧山昴)
著者 織田 朝日 、 出版 扶桑社

マスコミが報道しない、知られざる入国管理庁の実態をマンガでリポート。これはオビにあるキャッチフレーズです。本のサブタイトルは、外国人収容施設は生き地獄。
信じられないヒドイ処遇です。マンガなのでイメージがよくつかめます。そして、このマンガはプロの漫画家が描いたものではありません。本人が言うとおり稚拙な絵です。それだけにかえって迫真力があります。
東京は港区港南に東京入局管理局のビルがあり、建物の7階から上が収容施設になっている。近代的な外見の高層ビルだが、その内側は前近代的。
茨城県牛久(うしく)に収容送還専用の施設がある。JR牛久駅から路線バスで30分以上かかるところにある。2019年春、牛久の入管では、収容者による抗議のハンストがあり、最大時には100人もの収容者が参加した。
コロナ禍の下で、被収容者が解放され、2020年4月に224人いたのが、2021年2月には100人未満となった。その判別基準は明らかにされていない。
2020年6月にやってきた若い男性常勤医は驚くほど高圧的。
「犯罪者、私のいうことが絶対だ。嫌なら国に帰れ」
そして、制圧を先導し、自らも被収容者の身体を押さえつけたりしている。さらには、シャワーを2週間も使わせなかったり、外部からの差し入れを認めなかったり...。
入管当局は被収容者に対して「ルール違反」と言うけれど、本当は日本のほうが、世界の、国連の難民を受け入れのルールを守っていない。
被収容者たちは、「私たちは人間です」と叫んでいる。
入館の職員から「戦争がない国から来たのだから、難民じゃない」と言われたフィリピン女性がいる。フィリピンで反政府活動をしていたのに...。
難民認定の要件は、戦争があっている国に人に限られているわけではない。イラクやシリアなど、実際に戦争があっている国から来た人でも、日本はめったに難民として認めない。
日本の2019年の難民申請者は1万人をこしている(1万375人)。ところが、認定されたのは、わずかに44人。なんと認定率は1%にもならない(0.4%)。これは異常。ヨーロッパ諸国は毎年数万人の難民を受け入れている。
入管法違反は1万6千人超。そのうち不法残留が1万4千人超。不法入国は400人超で、不法上陸は140人。つまりビザのない外国人のうち不法入国はわずか3%のみ。
大半は、正規の観光ビザで入ってきて、オーバーステイになった人がほとんど。
高度成長期には、日本政府はビザを発給せず、黙認していたので、ビザがなくても警察につかまることはなかった。ところが不景気になったので、急にビザがないので犯罪者扱いするようになった。
日本の社会は、すでに、外国人労働者がいなければ機能しないようになっている。それなのに、外国人を差別したり、犯罪者視するのは人道に反するだけでなく、日本(人)にとってもマイナスになる。
入管に収容されているうちに亡くなる人が19人いる(1997~2021年)。大半は自殺または病死。2019年6月にはナイジェリア人男性がハンストを続けた結果、餓死してしまった。
入管の職員にひどい人が少なくないことは事実のようですが、なかには被収容者と仲が良く感謝されている職員もいるとのこと。マンガでも紹介されています。
目の前の仕事をこなしているだけで、入管制度について分かっていない職員がほとんどだと著者は書いています。きっとそのとおりなのでしょう。残念です。だったら、国民世論をぶつけるしかありませんね...。知られざる実態を広く世の中に知らしめる、いい本です。
(2021年2月刊。税込1430円)

2021年8月 8日

使うあてのない名刺


(霧山昴)
著者 桃井 恒和 、 出版 中央公論新社

読売新聞の社会部記者から巨人軍社長になった著者のエッセイ集です。
この本を読んでいてもっとも驚いたのは、中国大陸での抗日戦の主役だった八路軍(パーロー。中国共産党の軍隊)の聶栄臻(じょうえいしん)将軍が日本人孤児の少女とツーショットでうつっている有名な写真がありますが、その少女を探りあてたのが著者だったという話です。ときは1940年(昭和15年)の写真です。
調査の結果、満鉄グループの華北交通の駅の助役夫婦が亡くなったことが判明し、その夫婦に美穂子という長女がいるというので、宮崎県都城市まで将軍とツーショットの写真をもって会いに行ったのです。すでに40年たっていて、本人には当時の記憶は何も残っていない。ところが、アルバムを見ているうちに、やっぱり間違いないと確信し、美穂子さんに将軍あての手紙を書いてもらった。そして、「写真の少女は私です」という大きなスクープ記事となって、美穂子さんは中国に招待され40年ぶりに将軍と再会したのでした。
私も、この写真は何回も見ていて知っていました(最近も福岡で展覧会が開かれていたと思います)。新聞社の取材力というのはすごいですね...。
著者が読売新聞の社会部長をしていたとき、新宿の歌舞伎町にある雑居ビルで火災が起き、44人が亡くなったが、死者の多くがキャバクラ嬢だった。この犠牲者を実名で報じるか匿名にするかというとき、悩んだあげく実名にしなかったというのです。
キャバクラ勤めは不名誉なことなのかという疑問を抱きつつも、遺族は、娘がキャバクラ嬢をしていて非業の死をとげたことが世間に知られたら、二重に悲しませることになりはしないか...。
私も、匿名にして良かったと思います。これは職業に貴賤なし、というのと違ったレベルの問題だと考えるからです。
著者が今、嫌いなものは三つ。ヘイト・スピーチ、ネット上にとびかう匿名の誹謗中傷、そして、上から目線の「寄り添う」という言葉の安易な使い方。いずれも、まったく同感です。
著者が読売巨人軍の球団社長に就任するときの話もまた衝撃的です。
「巨人軍のスカウト活動で不祥事があり、球団の社長も代表も辞めることになった」
上司はこう言って、一枚の紙を目の前に置いた。新しい球団社長が著者になっている。
「いつからですか?」
「明日から」
うむむ、人間社会の人事って、そんなこともあるのですね...。
ところで、この本のタイトルの意味は...。
著者が巨人軍を離れたのは、選手の野球賭博が発覚した責任をとっての突然の辞任。名刺はもう使えない。使うあてのない名刺を処分し、肩書のない名刺をつくってみた。でも、今度は使う勇気がない。
たかが名刺、されど名刺...。
もちろん私は弁護士という肩書のついた名刺を今も使っています。相談者の心配を打ち消すのに必要だと思えば惜し気なく、何枚だって名刺を渡します。でも、こんな人とは関わりたくないなと思ったら、決して名刺は渡しませんし、相談料もいただきません。
日弁連副会長としての苦楽をともにした須須木永一弁護士(横浜市)と同級生だということで贈呈していただきました。心にしみる話ばかりです。ありがとうございました。
(2019年2月刊。税込1760円)

2021年8月 6日

「低度」外国人材


(霧山昴)
著者 安田 峰俊 、 出版 角川書店

「低度」外国人材とは、「高度外国人材」というコトバの反対にあるもの。
政府は高度外国人材を次のように定義している。学歴や年収が高くて年齢が若く、学術研究の実績や社会的地位をもち、日本語を流暢に話せて、イノベイティブな専門知識をもつ人たちのこと。日本の国家は、こういう人を歓迎する。
では、「低度」外国人材とは、容易に代替が可能な、劣位の人材で、日本の産業にイノベーションをもたらさず、日本人との交流もなく、専門的・技術的な労働市場の発展を促すこともなく、日本の労働市場の効率性を高めることもなく働いている人材。
日本国内で働く技能実習生は41万人、うち過半数の22万人近くがベトナム人(2019年末現在)。
2018年の1年間に失踪した技能実習生は9052人、2018年は8796人。そのほとんどが、あまりの低賃金に嫌気がさしたことによる。逃亡した技能実習生は、偽造の在留カードなどを使って建設現場などで働く。技能実習生のときに9万~12万円ほどの手取り月収が15万~20万円ほどになる。
不法滞在者やドロップアウトした偽装留学生たちのベトナム人たちが自称するのは「ボドイ(兵士)」だ。
われわれは労働力を招いたのに、来たのは人間だった。
このよく知られたフレーズが、ことの本質をよくあらわしていると思います。
群馬県南部の太田市・伊勢崎市・舘村市にはベトナム人が多く住み、群馬県大泉町には日系ブラジル人が多い。埼玉県西川口市には中国人タウン化している一帯がある。蕨(わらび)市にはクルド人、八潮(やしお)市にはパキスタン人のコミュニティが存在する。
いずれも、横浜や長崎の中華街をイメージしたらよいのでしょうか...。
日本国内にイスラム教のモスク(寺院)が、36都道府県で105ケ所ある(2018年末)。
ベトナム人実習生が住んでいるアパートかどうかを見分けるには...。
建物の前に自転車が異常にたくさんある。雨の日でもベランダに洗濯物が出ている。外出するときの服装は、ジャージとフード付きのパーカー。
ベトナムで働いたら、月収はせいぜい4万円から5万円くらい。逃亡したら月収が3倍になり、月に10万円をベトナムの親に送金できた。偽造書類は1枚につき数万円で購入できる。
日本で犯罪に走るベトナム人は、高額の学費を支払えない(支払いたくない)ドロップアウトした留学生と、逃亡した技能実習生が半分半分。
ベトナム人の犯行の手口はスーパーでの万引きが多い。私も2回ほど弁護人として体験しました。
日本に「合法的」に滞在して稼ぎを続けたいときには偽装結婚もある。
非正規雇用とあわせて外国人労働者の問題を抜きにして、日本の今後の労働運動をとらえることはできません。この点の理解が私たちにはまだまだと思いました。
(2021年3月刊。税込1980円)

2021年7月23日

あしたの官僚


(霧山昴)
著者 周木 律 、 出版 新潮社

いまどきのキャリア官僚の苦労話を描いた小説です。
20代の若手官僚が次々にドロップアウトしているそうです。忖度(そんたく)させられ、先輩官僚たちのぶざまな国会答弁の様子を直近で見せつけられたら、やってられませんよね。
内閣人事局が官僚の幹部人事を一元管理して支配するようになり、クロをシロと言い替えさせられても、それに抵抗できず、ヘイコラ従うしかないなんて、プライドが許せませんね。
しかも、政権トップが平気でウソをつく(アベ前首相)、まともな日本語で政策を説明できない(スガ首相)の下支えをさせられるのですから、やる気なくしてしまいます。
東大法学部は官僚の一大供給源でした(です)が、今では、官僚志向が急減しているとのこと、当然です。でも、笑ってすませてはおれません。官僚の質が低下したら、日本の政治の質が悪くなる一方ですし、ますます権力的発想ばかりになって苦しめられるのは、私たち一般国民です。
この本の主人公は、厚生労働省の若手キャリア官僚です。
霞ヶ関には、ポンチ絵なる業界用語がある。A4版のペーパー1枚で、図表(マンガイラストとグラフ)と簡潔な文章だけのプレゼン資料のこと。日弁連執行部も、国会議員向けにポンチ絵を作成しています。うまくポンチ絵をつくれる人がいて、何度も驚嘆しました。
霞ヶ関の人間(国家公務員)は、国会答弁より以上に、質問主意書を嫌っている。国会法によって内閣は7日以内に答弁しなければならないと定められているからだ。閣議を通す必要があるので、官僚は大変な作業になる。
日本の政治の劣化はひどいと私は思いますが、それを許しているのは、実は投票所に足を運ばなくなった多くの日本人です。今では投票率は良くて5割前後でしかありません。半分ほどの日本人が、あきらめ、政治に期待せず、投票所に行っていません。それが、今の自民党の金権政治を許していること、庶民いじめの政治を野放しにしていることに気がついていないのです。本当に残念です。
コロナ対策にしても、PCR検査をまともに実施せず、ワクチン接種は遅れ、飲食店に自粛を強要しながら給付金の支給は遅れ、感染しても入院できる病院がない、ホテルも確保されていない。なのに、保健所も病院も削減・減少の方針は堅持し、高齢者の医療費も2割負担となる。とんでもない政治が続いています。オリンピックを強行するのも、どうせ投票所に行かない人が半分以上いるんだからと、権力側はタカをくくって笑っているのです。
投票率が7割以上になれば、もう少し日本もまともになると思うのですが...。
(2021年3月刊。税込2090円)

2021年7月22日

鳴かずのカッコウ


(霧山昴)
著者 手嶋 龍一 、 出版 小学館

盲腸のような役所であり、おおっぴらに廃止論が出ていて絶滅寸前だったところをオウム真理教が救ったと言われているのが公安調査庁。その長官は法務省の検察官の指定ポストであり、私の同期も長官になりました。
「オレたちは防衛省の情報部門のように最新鋭の電波傍受装置や大勢の傍受要員は持っとらん。外務省のように何千という海外要員を在外公館に貼り付けることもできん。警察の警備・公安のように全国に厖大な数のアシもない」
「公安調査官には、ヒトもモノもカネも満足にない。いわば三無官庁やな。なによりイギリスのMI6やMI5がイギリス国民からうけているようなリスペクトを受けとらん」
「オレたちは、みな戦後ずっと鳴かずのカッコウとして生きてきた」
これでタイトルの意味がやっと分かりました。公安調査庁の別名なのです。
この本では、「現場での地道な調査を得意とする公安調査庁」として、好意的に紹介されています。本当でしょうか...。
私が司法試験に合格したあと、司法研修所に入所するまでのあいだに、公安調査庁の調査官が私たちの身元調査をしていました。それは家族構成というより、政治的な思想信条の傾向を調べることに主眼があるものです。今は、もうやっていないのでしょうか...。
公安調査官の給与は、一般の行政職より初任給で2万5千円ほど多く、率にして12%も高い。
自分が何者であるが、公にできない職業。その代償として報酬が上乗せされている。
初対面の相手に堂々と身分を名乗れず、所属する組織名を記した名刺も渡せない。
携帯番号からアシがつかないよう、公安調査庁は調査官の身元が割れないよう、安全な携帯電話を確保している。
公安調査官による尾行の様子が次のように紹介されています。
一番手は、マル対(監視対象者)にぴったりと寄り添って尾行する。接近戦を担うものには瞬発力、さらに機敏な判断力が求められる。二番手の尾行者は一番手を常にフォローして、マル対を見逃さないのを主たる役目とする。尾行時間が長くなると、タイミングを計って一番手と交代する。三番手は、現場責任者をつとめる。ゲンセキと呼ばれ、全体の状況を見渡せる場所に身を置いて指揮をとる。プラス・ワンの4番手は、予備要員。前の三人が尾行切りにあったときの切り札だ。
著者は、9.11のとき、NHKワシントン支局長でした。その経験をふまえた、軽くさっと読める小説になっています。でも、公安調査庁って、本当に必要な役所なのでしょうか...。
(2021年3月刊。税込1870円)

2021年7月16日

喰うか喰われるか


(霧山昴)
著者 溝口 敦 、 出版 講談社

山口組との取材つきあい50年の著者、本人も息子さんも山口組から刺されたこともある著者の半生(半世紀)を振り返った本です。
裁判の合い間、待ち時間にカバンから取り出したら、あまりの面白さに、裁判なんてそっちのけにしたいくらいになりました(もちろん、ちゃんと応答はしました。メシのタネですから...)。結局、何件かの裁判の合い間と終了後に読みふけり、ついには自宅に持ち帰って食後、一風呂あびて汗を流してさっぱりしたところで、結末まで読み通しました。
著者は山口組だけでなく、細木数子の正体を暴く連載記事も書いているそうです。細木数子については、本人自身がヤクザな人間であり、著者の取材を止めるため、現職の暴力団幹部2人を使い、それに失敗すると、6億円もの損害賠償請求を著者にではなく、講談社のみを被告として提訴してきたのでした。著者は、やむなく訴訟参加して、細木数子に逐一、詳細な反論をしたのです。すると、結局、細木数子は訴を取り下げざるをえませんでした。
著者の山口組の取材は、警察情報ではなく、幹部から直接聞き込みをしています。ですから取材源は絶対秘匿です。著者の口が固いことを見込んで、話してくれる幹部があちらこちらにいたのでした。
それにしても、この本のなかに大牟田を基盤としている九州誠道会(今は浪川会)のトップ、浪川政浩会長の名前を見たときには驚きました。山健組の意向を受けて著者と山健組との裁判の和解に向けた動きの仲介に乗り出したという話です。もちろん浪川政浩本人が出てくるのではなく、その意を受けた事業家が表に出てきてのことです。浪川は山健組の井上邦雄組長と非公表の兄弟分だというのでした。ただ、この和解はまとまりませんでした。そして、著者は井上邦雄組長について、何回も「男になれるチャンス」に出くわしながら、一度として腹を括った行動に出れなかった人間として鋭く批判しています。すべて御身大事の、その場しのぎの保身だったという手厳しい批判です。なので、井上邦雄をトップとする神戸山口組から「任侠山口組」が分裂していったと解説されています。
著者は取材の過程で、カネと性サービスは受けとったことがないそうです。それは、先輩からの「受けとったら記事が書けなくなる」というアドバイスを守っているのでした。
ノンフィクションの書き手として、一番大事なのは、事実に対するまじめさだ。なーるほどですね。ただし、著者は飲食の接待は受けています。これは、なるべく「お返し」する、おごったこともあったようですが、バランスを欠いた接待もあったのでした。なにしろ、銀座で1晩に200万円は暴力団幹部が使っただろうという接待も受けた場面が紹介されています。
そして、取材し、連載途中で、脅迫を受けています。そんなときには、自分一人で動いているわけではない、編集部で決めることと言って逃げることもあったとのこと。
著者の母親(故人)は共産党員で、目立ちたがり屋の面白がり屋で、葬式には日本共産党地区委員会から花輪が届けられた(この花輪の代金は実は母親が出していた)。そして、著者が山健組から刺されたとき、「溝口は共産党員だ。あの事件は迷宮入り」と公安ルートが放言して、まともに捜査しなかったとのこと。ひどい話です(著者は共産党員ではありません)。
渡辺芳則(山口組五代目組長)は組長の器ではなかった、殺された宅見勝が山口組を仕切っていたという内幕話も興味深いものでした。
まあ、ともかく並大抵の、生半可な度胸では山口組のノンフィクションなんて書けないと実感させられた本でした。著者のますますの健筆を大いに期待しています。
(2021年5月刊。税込1980円)

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