弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

社会

2020年9月 5日

少年と犬


(霧山昴)
著者 馳 星周 、 出版 文芸春秋

著者のいつもの作品とは一味ちがっていて、ともかく最後までぐいぐい作中の世界にひきずり込まされ、読ませます。
タイトルからして、犬派の私を惹きつけますので、本屋で買い求めるや帰りの電車のなかで一気に読了しました。いつもなら途中でウトウトすることもあるのですげ、いつのまにか終着駅にいて驚いたのでした。
末尾の初出誌『オール読物』によると、最尾の「少年と犬」が実は真っ先に書かれたものだということです。人間のほうは6篇全部が異なるのですが、犬は同じですから、モノ言わぬ犬が主人公のようなものです。しかもこの犬はとても賢くて、人間のコトバも気持ちも全部お見通しで、迫りくる危険を察知(予知)する能力の持ち主です。小説とはいえ、犬の生態そして人間との深い関わりがよく描けています。
犬を取り巻く人間世界は総じて悲惨です。自己責任で社会から冷たく切り捨てられた家庭が次々に登場します。そこらあたりは、切ないというか、やるせない気分になってしまいます。
そして、この主人公の犬にはマイクロチップが埋められていて、それで素性が判明し、同時に、このストーリーの落ちが明かされるのでした。これ以上のネタバレは読者の読む楽しみを一つ奪ってしまいますので、やめておきます。
私も犬を飼いたい気持ちはありますが、年齢と旅行できなくなることを考え、あきらめています。犬派として、たっぷり犬を堪能できる小説でした。最新の直木賞受賞作品ですが、文句ありません。
(2020年8月刊。1600円+税)

2020年9月 4日

共感経営


(霧山昴)
著者 野中 郁次郎 ・ 勝見 明 、 出版 日本経済新聞出版

コールセンターの受注率が高くなるのは、オペレーターのスキルとは何の相関もなく、主な要因はオペレーターのその日の幸福度による。休憩中にオペレーター同士の雑談が活発なときは、コールセンターの集団全体の幸福度が高く、受注率も高い。そして休憩中に雑談がはずむのは業務中のスーパーバイザー(管理者)の適切なアドバイスや励ましの声かけにある。
なるほど、ですね。やっぱり、人間として大切にされているという実感があれば仕事もはかどるというわけなんですよね。
人間関係の本質は共感にある。外から相手を分析するのではなく、相手と向きあい、相手の立場に立って、相手の文脈の中に入り込んで共感すると、視点が「外から見る」から「内から見る」に切り変わり、それまで気づかなかったものごとの本質を直観できるようになる。そしてペアが出来上がると、二人称の世界となり、新しい発想が生まれる。
ニッサンの「ノート」eパワーは、ブレーキを踏まずに車を「止める」ことができる。回生ブレーキは、エンジンブレーキより3倍以上の制動力が生まれる。そのため、市街地だと、オートマティック車に比べて、ブレーキの踏み替え回数が7割も減る。eパワーは、ハイブリッドと呼ばず、eパワーという固有名詞のままを名乗った。モーター駆動の走り味に乗った人が感動してくれる。ええっ、どんな乗り心地なんでしょうか...。
バンダイのカプセルトイの「だんごむし」は、2018年8月から2019年5月までの10ヶ月間で100万個を売りあげた。実物のダンゴムシを10倍に拡大し、丸まる仕かけを組み込んで立体化した。
ポーラの薬用化粧品は、シワを改善する医薬部外品として承認されたものだそうです。人の皮膚にシワができるメカニズムを15年かかって解明したのでした。ポーラ化粧品は全国に4万5000人もの販売員がいるそうです。たいしたものです。
シワの部分には白血球の一種である好中球が多く集まっている。好中球からは、好中球エラスターゼという酵素が出る。そして、ニールワンというアミノ酸誘導体を合成した素材が抑制剤として有効なことを発見した。そして、ついにリンクルショットとして売り出した。
リンクルショットの開発チームには、やり抜く力、自制心、意欲、社会的知性、感謝の気持ち、楽観主義、好奇心の7項目すべてがあった。
共感による一体感から来るパワーを「同一力」と呼ぶ。人は相手に共感して一体感を抱くと、相手の目標が自己の目標と同一化し、達成に向かって強く動機づけられる、と同時に、自発的な自己統制が働く。同一力による自己統制であるから、誰も他人から統制されているとは思わない。誰もが高い当事者意義をもって実践知を発揮するようになり、それが未来創造を加速させる。このようにしてメンバー相互のあいだに強い統制力が働く集団は生産性も高くなる。
共感経営というのは初めて聞くコトバでしたが、書かれていることは、しごくもっともなことだと思いました。企業は株主のもうけだけをみていたらダメ。顧客も従業員も大切に扱うことで生きのびられる。このことを改めて教えられた本でもありました。
(2020年7月刊。1800円+税)

2020年8月25日

少女だった私に起きた、電車のなかでのすべてについて


(霧山昴)
著者 佐々木 くみ 、 出版 イースト・プレス

12歳の少女クミは、通学する山手線で6年間も痴漢被害にあい続けた。チカンはいれかわり立ちかわって続いた。
ところが、母親は、「あなたも悪いのよ。分かってる?」と、救いを求めた少女をはねつけた。教師も...。無理解な大人たちが少女の絶望を加速させる。
チカンというのは、カラオケ、テンプラ、そしてツナミと同じように国際的通用するコトバになっているとのこと。驚きました。
山手線というか、東京の電車内でのチカンは毎日、頻発しているようです。
ところが、100件のチカン摘発のうち、5件は冤罪の可能性があるという、チカン事件で無罪判決をかちとった弁護士の体験談もあります。満員電車を利用していますので、間違われる人も少なくないというわけです。
チカンにあった12歳の少女が自宅に戻って母親に報告したとき、母親はこう言った。
「あなたも悪いのよ。分かってる?だいたい、あなたは不用心なんだから...。......あなたの態度が男の人を無意識にでも惹きつけるのかもしれないわよ。これからは、もっと用心しなさい」
30歳になって母親に読んでもらったとき、母親は泣いた。母親は、スカートの上から一瞬、軽くなでるだけくらいと考えていたのだ...。
満員電車の中で、他の誰もが気がつかないなかで、痴漢は、9年間も、少女の胸を、背中やお尻を絶えず触り続けた。ところが、次の駅に到着すると、ぱっと何事もなかったように他の乗客にまぎれて降りていった。その顔を見ることはなかった。
母から怒られて、痴漢が自分を狙ったのは、自分のせいだと思った。こんな目にあわないように、自分が気をつけていなければならない。自分が悪いせいで被害にあっても、母からは怒られるだけだ...。
くみの通う学校は、とても保守的で、制服に関して厳しかった。ひざ下までの長いスカート、三つ折り靴下、こんな昔ながらの制服は、日本の痴漢にとって、別の時代から来た虚弱な天使に見えたことだろう...。
そして、くみは、力の乏しい、個性に欠けた外見の少女だった。きっとこの子なら、多少触ったところで、そんなに激しく抵抗もしないだろうと、多くの痴漢たちが思ったのだろう。
なるほど、この分析はあたっているように、私も思います。痴漢はきっとターゲットの少女をしぼっているはずです。
くみは、たくさんの痴漢にありながら、男性の外見から、どれが痴漢で、どれが痴漢ではないか、まったく見分けがつかなかった。痴漢の多くは、スーツにネクタイのサラリーマンだが、もっとカジュアルな服装をしている男性もいる。なかには、とてもおしゃれな人もいる。かっこいい人もいれば、普通の人もいる。10代くらいの若い人もいれば、老人もいる。30代から50代、一家の父親見える人たちもいる。親戚や友人に似ている人もいる。要するに、どんな人もいるのだ。
フランスで本になって話題になったものが、日本で刊行されたのです。残念ながら、一読に値する本だと思いました。
(2019年12月刊。1600円+税)

2020年8月14日

勤労青年の教養文化史


(霧山昴)
著者 福間 良明 、 出版 岩波新書

吉永小百合主演の映画『キューポラのある街』が、今どきの若者にはまったく受けないというのです。「そんなに面白いとは思えなかった」といい、「共感できた」という反応は皆無だったとのこと。これはガーンと来るほど、ショックでした。
私の親は小売酒店を営んでいました。店の前に工業高校があり、たくさんの定時制の生徒が通学していて、そのなかに酒店でアルバイトをしている生徒がいました。本村(もとむら)さんという、いかにも真面目な生徒がいて、酒店は大いに助かっていたことを覚えています。
1960年代末ころ、定時制の生徒は全国に50万人ほどいた。ところが1970年代に入ると急速に減少し、1970年に37万人、1975年には24万人と半減してしまった。これは全日制高校への進学率の上昇が原因だ。
そして、定時制は、全日制に行けない人が行くところになってしまった。
私が川崎セツルメントのセツラーとして川崎市古市場で青年サークルに入って活動していたとき(1967年から69年ころ)、同じ町内に『人生手帖』の読者会である「緑の会」があり、私も、先輩セツラーに連れられてそれを一度のぞいたことがあります。
この本によると、『人生手帖』の最盛期は1955年ころで、8万部も売れていたとのこと。
『人生手帖』は1963年には、発行部数が3万部以下になっていたといいますから、私がのぞいたときには退潮期にあったというわけです。でも、狭い部屋にぎっしり地域の働く若者たちが集まっていて、熱気が伝わってきました。いかにも真面目に世の中のことを考えたいという雰囲気でした。
かつては格差にあえぐ状況が、ときに教養への憧れをかき立てていた。進学の望みが断たれても、読書を通して教養を身につけ、人格を高めなければならない。学歴取得や就職のための勉強ではなく、実利を超越した「真実」を模索したい。そうした価値観は、青年団や青年学級、定時制に集ったり、人生雑談を手にする「就職組」の青年たちに広く見られた。そのため、彼らは、日常の仕事には直結しない文学・哲学や時事問題などに関心を抱いた。
そうなんですね、青年の意識が時代の変遷とともに、こんなに変わるものなのか、つくづく思い知らされた新書でもありました。
(2020年4月刊。900円+税)

2020年8月10日

任侠シネマ


(霧山昴)
著者 今野 敏 、 出版 中央公論新社

ヤクザの世界をあまりに美化しすぎているとは思いつつ、高倉健の映画のイメージで、読みものとしては面白く読みすすめていきました。
世の中の諸悪の根源は竹中平蔵とか電通のような、人の不幸で金もうけをたくらむ連中が大手を振るっていて、マスコミが彼らを持ち上げ美化していることだと弁護士生活も46年になる私はつくづく思います。
この本でも、竹中平蔵のような人物が本当の黒幕として登場してきますが、彼らは決して自分の手を汚すことなく、濡れ手に粟のもうけだけをかっさらっていきます。そして、それをアベ首相が支え、マスコミが現代の成功者ともてはやすのです。ほとほと嫌になってしまいます。
この本は、映画館が倒産・閉館寸前になっているのを、なんとか立て直せないかというのが、メイン・テーマです。この本をこのコーナーで紹介したいと思ったのは二つあります。その一つは、映画館でみる映画の魅力。そして、二つ目は刑事司法の実際です。
「映画はな、いろいろなことを教えてくれるし、人生を豊かにしてくれるんだ」
「スクリーンに向かっているあいだは、現実を忘れさせてくれる」
「写真と写真のあいだに暗闇があり、目をつむっているのと同じだ。人間、目をつむっているときには夢を見ている。だから、映画は夢のメディアなんだ...」
昔のフィルムは、ニトロセルロースという材料で出来ていて、とても燃えやすかった。しかも、映写機のライトはものすごく熱を発したので、専門の技術がないと、フィルムが燃えてしまう。1950年代にアセチルセルロースのフィルムに変わった。でも、これは、すごく劣化するのが早かった。1990年代にポリエステル製に変わった。これは燃えにくく、安全。
今は、デジタルで上映する。データで配給されたものを入力してやり、ボタンをポンで上映可能だ。
誰も、自分が犯罪者にされたときのことを想像しない。だが、犯罪者とそうでない者を分ける垣根は普通に考えるよりも、ずいぶんと低い。言いかえると、人はいつ犯罪者になるか分からない。さらに、警察によって犯罪者されるのは、実際に犯罪者になるよりも、ずっと簡単だ。
身柄をとってしまえば、あとは人質司法と呼ばれる勾留、さらに勾留延長――くり返しだ。こんなことされたら、たいていの人は精神的に参って、嘘の自白をしてしまう。検察が何よりほしいのは、この自白なのだ。自白があれば、起訴にもちこめる。
裁判官は無罪か有罪かの判断など、しない。有罪を前提として、量刑のことしか考えないのだ。無罪かどうかなどを考えていては、いつまでたっても仕事は終わらない。
警察と暴力団の癒着の構造。今や、寿司の出前(配達)までも暴力団の事務所へは禁止されていることの問題点の指摘も登場し、詳しく解説されます。
軽く読めて、刑事司法の問題をもつかめる本になっています。
(2020年6月刊。1500円+税)

2020年7月23日

山岳捜査


(霧山昴)
著者 笹本 稜平 、 出版 小学館

先日、たまたまテレビを見ていたら、若いころ登山に熱中していたという老年の社長が、一緒に山に登った仲間が何人も山で死んでいったという話をしていました。
十分な準備をして、訓練もしっかりしていても、落石や雪崩にあって生命を落としたり、ほんのちょっとの慢心から転落したりして、大勢の若者たちが生命を失っています。
本人がその危険を承知で登山しているのですから、誰も責めるわけにはいきませんが、他からみていると、あたら生命をそんなに「粗末に」扱わなくてもいいのに...、と思ってしまいます。
私は冬なら、ぬくぬくとした布団で、ぐっすり眠っていたいです。
この本は、冬山で遭難している登山客の山岳遭難救助隊が主人公です。ご苦労さまとしか言いようがありません。
ヘリコプターを飛ばせたら簡単なんでしょうが、冬山の吹雪のなかではヘリコプターによる救出もできないのです。結局は地上をはって進むしかありません。でも、ホワイトアウト、周囲がまっ白になって何も見えなくなったら、どうしますか...。
この本には、たくさんの耳慣れない登山用語が出てきます。
セルフビレイ......自己確保。
プロテクション......墜落距離を短くし、墜落のショックをやわらげるために登攀者と確保者とのあいだにとる支点。
落ちることを恐れていては、大胆なムーブ(体重移動)を試みられない。壁を登るとき、体や気持ちが萎縮すれば、かえって危険を招きやすい。
ワカンをつけてもラッセルは腰くらいまであるが、下りは登りと比べてはるかに楽だ。
怖いのは、乱暴な動作で雪崩を引き起こすことだ。
テントが押し潰されたら耐寒性は低下する。そして、雪に埋没したら酸欠に陥る恐れがある。
テントには保温性と通性という二律背反する機能が要求される。あらゆる条件で、この二つの要素を満たす製品はない。
救難の現場では、心拍停止後、おおむね20分が蘇生可能な限界だと言われている。
山岳遭難救助隊は自らが遭難しないことを第一義として考え救助に向かっているという当然のことがよく理解できました。現場は遭難するのも当然という状況にあったりするわけですので、それはやむをえない発想だと実感しました。
殺人事件の謎解きのほうは、今ひとつピンと来ませんでしたが、山岳遭難救助隊の大変さのほうは、ひしひしと迫ってきて、よく分かりました。
(2020年1月刊。1700円+税)

2020年7月22日

経済学を味わう


(霧山昴)
著者 市村 英彦・岡崎 哲二ほか 、 出版 日本評論社

東大の教養学部(駒場)で経済学がどのように教えられているのかを本として紹介している本です。
東大生(1年生と2年生)に大人気で、教室に入りきれず、立見の学生まで出ているようです。私のときはサムエルソン『経済学』がテキストでしたが、さっぱり理解できませんでした。
この本でも計量経済学とか難しい数式が羅列しているところは読み飛ばしてしまいました。この本は、現代の経済学は何を、どのように扱っているのかを教えてくれます。
現代の経済学では、「市場に任せるだけでは十分ではない」と考えられている。
まことにそのとおりです。市場にまかせていればいいというのであれば、政府は不要です。
経済学では、すべての個人が自分の利益を追求して行動すると、結果的に社会全体が望ましい状態に落ち着く。これを厚生経済学の基本定理という。
市場は効率的である。ただし、市場は万能ではない。所得と資産は、一見すると似ているが、内面的な性質は大きく異なっている。資産はストックであり、所得はフロ―である。
各人の効用にもとづき、各人の幸福を最大限実現できる社会にしようと考えるのが経済学である。
実社会のなかの人々の行動の結果として得られたのは観察データ。
何らかの人為的介入のもとに作成されたのが実験データ。
開発経済学とは、経済的にも独立を果たすためにはどうしたらよいかという課題を解決するためのもの。この開発経済学は1990年代まで衰退していたが、この15年間で一気に復活した。2019年には、この分野でノーベル経済学賞を受賞した。
この流れの記述のなかで、バングラデシュの貧困地域で、公文(くもん)式学習法が子どもの算数能力を改善するのに抜群の効果を示したことが紹介されています。そして、アメリカでも、アジア系の人々のなかに公文式学習法は高く評価され、人気があるというのを別の本で読みました。
経済学といっても、いろんな対象を扱い、いろんな手法があることがざっと分かりました。なるほど、これなら大学1年生とか2年生に人気のある授業だと思います。
(2020年4月刊。1800円+税)

 大雨が降って大洪水となって大変でした。人吉ほどではありませんが、福岡県南部も被災者がたくさん出ました。2階にある私の法律事務所も雨漏りのため天井の一部が崩落するという被害が発生しました。
 いま、庭のあちこちにピンクのリコリスがすっくと立って咲いています。ヒガンバナ系統です。いつも夏到来を告げる花なのです。晴れ間のうちに、サツマイモの苗の手入れをしました。
 ヒマワリが少しずつ伸びています。炎暑の夏がやってきそうで、熱中症を本気で心配しています。

2020年7月19日

スマホの中身も「遺品」です


(霧山昴)
著者 吉田 雄介 、 出版  中公新書ラクレ

スマホは使えないし、使う気もない私ですが、世の中はスマホ「万能」かのような状況になっています。そして、スマホのなかに、何から何まで自己情報が詰まっているとしたら、それが本人が亡くなったあとどうなるのか、本書は鋭く問いかけています。
怪し気なサイトを利用していたことは知られたくないというのであれば、そんな情報は人知れず消えてなくなればいいだけです。ところが、積極財産に関するものであったとしたら、相続人にとっても大損失を蒙ることになります。なんとかして情報を再現しようとするのも当然です。ところが、それが意外にも簡単なことではないというのです。では、どうしたらよいのか...。
いま、遺品は目に見えているものだけではない。スマホやパソコンの中に保存されている写真やメール、各種のデータ、インターネット上にあるフェイスブックやツィッターといった自分のSNS頁などもれっきとした遺品だ。これらは、いわゆるデジタル遺品。
スマホのセキュリティは、かなり堅牢だ。データは暗号化されていて、特殊な鍵を用いて開かないと取り出せない。パスワードが分からなければ、第三者には開けない。FBIでも他人のスマホは開けなかったほどだ。
FX取引で遺族宛に高額の請求書が届くことは、めったにない。しかし、逆に仮想通貨交換業者に相続人が自己のものとしてできるのかということが問題になる。遺族が秘密鍵を知らないと、そのまま引き出せないことが起こりうる。ところが、税務当局は価値あるものとみなして相続税をかけてくるという悲劇が起こりかねない。
契約者本人が亡くなったら、その時点で残高を保有する権利は消滅してしまうという約款のものは多い。つまり、相続人に権利を渡すことは想定されていないのだ...。
著者は、やってはいけないことを指摘しています。①使用中のスマホをすぐ解約してしまうこと。②全体像を見る前に個別の処理をすすめていくこと、これらは、まずいこと。
スマホの中身が「遺品」だとして、その扱いに悩むことになるようです。
(2020年1月刊。880円+税)

2020年7月16日

トラックドライバーにも言わせて


(霧山昴)
著者 橋本 愛喜 、 出版 新潮新書

トラック業務は、給料が安いのに過酷な仕事の代名詞となっている。
ドライバーの高齢化はすでに始まっている。50代以上で41%、60代以上だけでも16%。
トラックドライバーの職業病は、腰痛、睡眠障害、便秘そして歯の悪い人が非常に多い。ドライバーの喫煙率はかなり高い。
トラックドライバーの眠気対策は...。スルメをかむ。窓を開ける。飲み物、炭酸飲料、身体に刺激を与える。頬・腹・腿を叩く。居眠り防止センサーを取りつける。歌う。無料通話アプリで会話する。寝る。女性のあえぎ声を聞く。いやあ、いろいろあるんですね。
車内を常に少し寒くしておく。とくに足を温めるとすぐ眠くなるので、温風は足元にあてない。食事は少量にとどめる。
外国人のトラックドライバーは今後も増えないだろう。言葉の問題もあるし、試験は難しいし、日本的ルールも多いので...。女性には過酷な仕事。
トラックドライバーには延着が許されないのと同じく早着もやってはいけないこと。なので、「休憩」と称する時間調整を少し離れたところの路上でせざるをえない。
大型トラックは、どんなにアクセルを踏んでも時速90キロ以上は出せない。
日本の貨物輸送の9割以上はトラックが担っている。
宅配便取扱量は43億701万個(2018年度)。そのうち、トラック運送は99%にあたる42億6061万個。つまり、日本の経済はトラックによる物流が支えている。
そんなトラック運転手の過酷な実情を知ることができました。体験者が語っているので説得力があります。この本の要旨を私が依頼者であるトラック運転手に紹介したら、まったくそのとおりだと言ってくれました。
(2020年3月刊。760円+税)

2020年7月14日

秘密資金の戦後政党史


(霧山昴)
著者 名越 健郎 、 出版 新潮選書

冷戦期に活動した自民、社会、公明、民社、共産5党のうち、公明党を除く4党はアメリカとソ連から政治資金をひそかに導入していたことが、冷戦後解禁された米ソの公文書で判明した。疑惑が浮上すると、各党とも受け入れを全面否定し、日本共産党を除いてまともに調査しようともしなかった。
この本は、このことを詳細に紹介しています。その意味では、既に明らかになっていたこと詳しく裏付けているものです。ただし、岸信介については、アメリカの公文書が今でも全面解禁されてはいないようです。よほどの事情があるようですね...。
そして、共産党の野坂参三・元議長についても、アメリカのスパイ(情報提供者)だったことも、疑いにとどまっているとのことです。歴史においては、依然として闇のままというのは多いのですね...。
1963年、原水禁運動の対立のなかでソ連は日本共産党への資金援助を打ち切り、日本社会党に乗り換えた。
共産党の公式見解は党としてソ連に資金を要請したことはないし、党の財政にソ連資金が流入したこともないというものです。
岸信介については、CIAの暗号名すら今もって判明していない。それだけCIAとは深い関係にあったことを疑わせる。
野坂参三はキヨナガというCIAの「サムライ作戦」の対象になっていた。これまた、私は知りませんでした...。
CIAは、後藤田正晴とは深い関係を築いていた。
自民党へ投入されたCIA資金は54億円。今の価値にすると、10億円以上。
岸信介は、駐留米軍の撤退を求めたことからそれまで重用されていたものの、簡単に見捨てられた。これは、吉田茂と同じパターンだ。
吉田茂は、日本の急速な再軍備に反対したことから、アメリカが吉田を嫌い、退陣に追い込まれた。
CIAと自民党のあいだで行なわれたもっとも重要なやりとりは、情報とお金の交換だった。
アメリカはCIAを通じて、自民党に対して毎年200万ドルから1000万ドルの資金供給が定着し、慣例となっていた。自民党への資金の流れはCIAと駐日大使という二大ルートがあった。
大平正芳は、池田内閣の官房長官のとき、アメリカのCIAから「選挙に必要なら軍資金を供給する」という申出を受けたことがある。しかし、外国のお金は受けとれないと断わった、と述懐した。
CIAは首相官邸経由でも資金援助を行い、ハワイが受け渡しの場所だった。
アメリカの自民党への援助額は36億円とか54億円という、とんでもない巨額だった。これに比べると、ソ連から日本共産党へ提供されたのは9千万円であり、桁違いに小さい。
日本共産党へは1960年ころ、年に5万ドルとか10万ドルとされていた。
共産党は、これは野坂参三と袴田里見が個人的に受けとったものだと説明している。
そして、日本共産党の野坂と春日正一の会話までアメリカのCICに通報されている。つまりアメリカのスパイが共産党本部のトップ周辺にいたというわけです。
野坂参三がGHQのリベラル派のケーディズともよく会い話をしていたというのも初耳でした。世の中、知らないことは多いものですね...。
(2019年12月刊。1500円+税)

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