弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

社会

2021年5月26日

沙林、偽りの王国


(霧山昴)
著者 帚木 蓬生 、 出版 新潮社

オウム真理教の犯罪を医学者の立場から詳しく追跡していった労作です。もちろん著者も作家であると同時に著名な医師です。
残念であり、不思議なことにオウム真理教という、いわばインチキ宗教、人を救うのではなく、平気で何十人もの罪なき人々を殺害した集団に日本の最高学府を経た人々が多かったという事実です。東大理Ⅲ、医学部卒も2人いるそうですし、青山某は京大法学部出身の弁護士でした。
この本は、歴史的事実をもとに、小説として構成したフィクションだと著者が初めに断りを書いています。それにしても歴史的事実のほうは全部が実名ですので、オウム真理教とはいかなる集団だったのか、よくよく理解できる構成・ストーリー展開です。
私は、麻原以下の死刑執行に反対でしたし、今でも処刑すべきではなかったと考えています。処刑してしまえば、みんな過去の歴史になってしまいます。でも、オウム真理教は今も名を変えて存在しています(盲腸のように役立たない存在とみられてきた公安調査庁を起死回生させ、今やその存在意義となっています)し、問題を風化させて(忘却の彼方へ追いやって)はいけないと考えるからです。
オウム真理教は熊本でも大きな問題を引きおこしました。1990年から波野村で5万坪の土地を取得して教団の建物をつくり、信者が住みはじめたのです。そして、村民は追放運動をはじめ、裁判にまでなりました。1994年8月、オウム真理教は波野村から9億2000万円をもらって出ていきました(和解成立)。びっくりするほどの巨額です。
1995年1月17日、阪神・淡路大震災が起きた。そして、3月20日(月)朝、東京の地下鉄でサリン事件が起きた。さらに3月30日(木)朝、警察庁の国松長官が自宅を出たところを狙撃され、瀕死の重傷を負った。この犯人はプロの狙撃手としか考えられなかった。オウム真理教の信者にそんな人間がいるのか...。
警察はオウム真理教の信者であった警察官を取り調べていましたが、ついに起訴することができませんでした。犯人はオウム真理教の信者ではないという本があり、かなりの説得力があります。
林郁夫は慶応大学医学部を卒業し、その父も兄夫婦も医師。
教団ナンバー2の村井秀夫が教団総本部前で衆人環視の中で右翼・暴力団の男から牛刀で刺殺されたのも不可解な事件だった。
坂本堤弁護士一家を殺害したオウム真理教の犯人は6人(村井秀夫、早川紀代秀、新実智光、中川智正、岡崎一明、端本悟)。中川は、背広のポケットに塩化カリウム溶液の入った注射器3本を入れていた。岡崎が坂本弁護士の首を絞め、中川が本人の都子(さとこ)さんの首を絞めた。都子さんは、「子どもだけでも助けて」と叫んだのに、中川が子どもの鼻口を押さえ、新実がけいれんした子どもにとどめをさした。いやはや、本当にむごいことをする連中です。涙が出てきます。
都子さんは、1985年4月28日に大牟田であった全国クレサラ交流集会に参加して、受付を手伝ってくれました。10月20日、坂本一家の葬儀が横浜アリーナで行われ、弔問客は2万6千人に達した。私も行きたかったです。
麻原智津夫は金の亡者だった。修行の名目で在家信者から、数十万、数百万円単位でお金を吸い上げた。教祖の血を飲ませるとひとり百万円、教祖が入浴したあとの湯も高額で売りつけた。電極付きのヘッドギアは在家信者には1千万円で買わせた。
教祖・麻原の妻・松本和子に子どもがいるほか、石井久子は公然たる愛人であり、3人の子を産ませている。そのほか、少なくとも2人の愛人がいて、女性信者にはひとりずつ、2時間の「説法」に及んでいる。
化けの皮をはがされた麻原の反応は、まずは怒号。次は支離滅裂の弁明。そして最後は、何やら自分流の呪文らしいブツブツ。これら一連の反応は、すべて生きのびるためのあがきであり、窮余の一策としてのブツブツは、あわよくば精神異常の診断をかちとるための詐病だった。
2018年7月6日、7人に死刑執行された。新実54歳、井上嘉浩48歳、中川55歳、早川68歳、麻原63歳、遠藤誠一58歳、土谷正実53歳。20日後の7月26日、6人の死刑が執行された。林泰男60歳、岡崎一明57歳、横山真人54歳、広瀬健一54歳、端本51歳、豊田亨50歳。
麻原と遠藤は最期まで反省せず、林泰男は不明、あとの10人は罪を悔いた。
上川陽子法務大臣による死刑執行は政治的意向が働いた。この人の頭のなかは、残念ながら、それだけのようです。社会に責任を果たしているとは思えません。
大変な労作です。著者に敬意を表します。
(2021年3月刊。税込2310円)

2021年5月19日

ブラック霞が関


(霧山昴)
著者 千正 康裕 、 出版 新潮新書

慶応義塾大学法学部を卒業して厚生労働省に入り、18年半ものあいだキャリア官僚(総合職)として働いてきた体験にもとづいた本です。
つい先日、厚労省の官僚たちが送別会で23人も夜中まで銀座の居酒屋で飲食していた事実が暴露され、世間のひんしゅくを買いました。しかも、クラスター発生とは...。開いた口がふさがりません。官僚の厳密なチェックを経て国会に提出された法案に多数の誤字等の誤りが判明したのも強い衝撃を与えました。
いずれも内閣人事局も官庁全体の人事を手中にして統制をきかせているはずなのに、いかにもタガがゆるんでしまっている状況です。いったい、官僚たちのホコリはどこに行ってしまったのでしょうか...。かつて、ほんのちょっぴりだけ官僚志向だったこともある私としては、情けないというか、腹立たしい思いに駆られます。
厚労省時代、著者は週の半分は終電過ぎまで働いていて、深夜のタクシーで帰宅していた。残業時間は、月に150時間から、国会審議のときには300時間...。信じられません。霞が関ではサービス残業が横行していて、本当の労働時間は公表できない。これまた、異常です。
幹部公務員は、土日にも国会議員からケータイに電話がかかってくるので、気の休まる時間がない。上から下まで余裕がなくなっている。
パワハラするような職員(公務員)には、仕事ができる人が多い。そして、パワハラする人に限って、先輩には丁寧だったりするので、上からは見えてこない。
最近の若手女性職員は、自分のライフデザインと合わないことを理由として離職するケースが多い。職員全体の働き方が変わらないかぎり、女性活躍など、実現できるわけがない。
公務員の定年を延長すると、現実には若手・中堅にしわ寄せが来て、いま以上に疲弊し、離職者が増加するだろう。それは、鉱務崩壊を招く。
うむむ、そういう視点をもたないといけないのですね...。
キャリア官僚の1割は体調を崩して休んだ経験がある。いやはや、これはひどい職場です。いつまでも、そんな職場であっていいわけがありません。
キャリア官僚の志願者はどんどん減っている。志願者は1998年度に5万5千人、2020年度は1万7千人弱。この20年間に3分の1になってしまった。これはこれは...。
キャリア官僚がやりがいのある仕事だと学生に見えなくなったことに原因がある。
それはそうでしょうよ。国会で平然と苦しいウソの答弁をさせられる。そのうえ、残業ばっかりで、給料は高くない。こんな仕事を誰が希望しますか...。
私は、官僚を全否定するつもりはまったくありません。そうではなくて、内閣人事局で人事を一元管理して、シロをクロに、クロをシロに言い換えさせられ、上にゴマをする人だけが出世するようなキャリアシステムをすぐにやめて、官僚は国民に対してのみ責任をもつという、本来の姿に戻るべきだと言いたいのです。
(2021年1月刊。税込858円)

2021年5月18日

忖度しません


(霧山昴)
著者 斎藤 美奈子 、 出版 筑摩書房

反知性主義なるコトバは、私には、まったくピンとこないものです。いったい、誰が何を批判しているのか、さっぱり予測できません。
創価学会支持を高言している佐藤優は、結局、自公政権つまり与党支持者と考えるしかないと思うのですが、アベ政権を批判しているようでもありました(佐藤優の本をちゃんと読んでいるわけではないので、あくまで印象です)。
安倍晋三を批判する人を反知性主義の人たちと決めつけられると、違和感があります。いえ、ありすぎます。だって、安倍首相のやったことは、黒を白といい、「丁寧に説明する」と言いながら何も説明せずに時の過ぎるのをひたすら待つだけだったではありませんか。そこに知性のカケラもないことは明らかです。それを、なんだかこむずかしく「反知性主義」なんてコトバにしてしまうと、かえって、多くの国民は戸惑うだけなんじゃないでしょうか...。
やはり、物事はズバリ言えるときにはもってまわった言い方をせず、ズバリ、「ウソをついたらいけない」、「説明になっていない」と批判すべきです。
佐藤優のコトバは、もってまわった表現で、結局のところアベ政治の本質を擁護しているとしか私には思えませんが、どうなんでしょうか...。
この本の著者は、いつも歯切れよく時評をコメントしていますので、いつもいつも目を大きく見開かされる思いです。
コロナ禍は、おさまるどころか、急激に広がり、医療崩壊に日本中が直面している。ところが、政府のやっていることは相も変わらず「自粛」一辺倒。PCR検査はやらない、ワクチンの接種はいつになるか分からない。だけど、オリンピックはやる。「ムダ」な医療機関の整理・統合は既定方針どおり進める。
本当に日本の政治はまちがっています。アベ・スガ政権による大々的「人災」が進行中としか言いようがありません。
マスコミは、飲食店の「自粛」が徹底しているか「見守り隊」が点検してまわっているのを、さも行政が何かやっているかのように報道します。とんでもない報道です。その前に政府がやるべきことがあることを、なぜ厳しく追及しないのでしょうか、摩訶不思議としか言いようがありません。PCR検査を徹底させる、ワクチンをきちんと確保、病院で治療を受けられるようにする。これが政府の当然の使命です。ところが、どれもやられていません。なぜマスコミは厳しく糾弾しないのでしょうか。オリンピックにしても、聖火リレーの報道なんか止めて、オリンピックそのものを中止せよとなぜ言わないのでしょうか...。
「反中」、「反韓」、「反野党」。これをやっていると売れるとマスコミ経営陣はみているというコメントを読みました(本書ではありません)。戦前の大本営発表を無批判にたれ流していたマスコミの愚行を繰り返してほしくありません。マスコミに働く人々に、もっと現実を直視して、スガ政権に忖度しない報道をしてほしいと切に願うばかりです。
(2020年9月刊。税込1760円)

2021年5月15日

波浮の港


(霧山昴)
著者 秋廣 道郎 、 出版 花伝社

著者は東京の弁護士ですが、伊豆大島の出身。波浮(はぶ)の港に生まれ、中学校を卒業するまで波浮の村で生活しています。その子ども時代の生活がゆったりと描かれていて、読む人の心をなごませてくれます。
高校からは都内の名門校である日比谷高校に入り、東大法学部を卒業して衆議院法制局に入ったあと弁護士に転じたのでした。私とは同期で、横浜で一緒に実務を修習しました。器械体操をしていたというので、運動能力は抜群で、修習生同志でボーリング場に行くと、いつも目ざましい高得点をあげていたのが印象的です。
生家は牛乳屋で、著者も牛乳配達の仕事をしていました。もっとも父親は著者が5歳のときに病死していて、長兄が父親代わりでした。
父親は早稲田大学法学部を卒業し、戦前は中国に渡って満鉄に入社し、戦前のうちに帰国して、戦時中は波浮の村長もしていたようです。
この本が面白いのは、著者がガキ大将として、2人の子分ともども遊びまわり、ときに悪さをしていたことが、手にとるように分かるところにあります。著者の温かい人柄がにじみ出た文章なので、読んでいると、子分の六ちゃんと史郎ちゃんとあわせて三人とも、いかにも愛すべきガキどもだったことがよくよくイメージできます。
伊豆大島の夏、そして春。子どもたちが嬉々として遊び呆けます。貝や魚をとって、磯の岩場で焼いて食べるのです。そして、春になると出てくる「ほんちゃん」というクモをケンカさせて遊びます。マッチの空箱に入れて飼い、そのお尻をなでると黒くなるのが面白いのでした。
小学校も中学校も1学年1クラス。9年間も一緒だと、みんなまる見え。
教師の紹介もなつかしさを感じさせます。昔の教師はゆとりがあったのでした。
著者の家族は波浮の港の開港者である秋廣平六(へいろく)の家柄であり、父親が村長もつとめていたので、ダンナゲー(旦那の家)として地域から尊敬されていました。それでも、お米は島外からの輸入品で貴重品なので、サツマイモを常食としていた(そのためおならが教室でオンパレードになっていたという愉快なエピソードが紹介されています)。そんな著者の家に傘がなく雨合羽もなかったというのです。
著者は小学2年生のとき、肋膜炎にかかって長く学校を休んで、孤独との戦いで想像力を豊かにした。それが結果的に幸いしたようです。また、九死に一生を得る経験を何度もしています。
この本で圧巻なのは、著者の両親が結婚する前にやりとりしていた100通をこえる恋文(ラブレター)の一部が紹介されているところです。そのころの両親の写真は、いずれも、まさしく美男・美女です。著者は父親似だと私は思いました。
秋廣平六は、上総国(かずさのくに。今の君津市)出身で、江戸時代末期に幕府の許可を得て、1千両近くの経費(今の10億円か...)で波浮港を掘削して、開港した。いま巨人軍で活躍している秋広優人選手も「秋廣平六」の末裔(まつえい)とのこと。
2010年の初版を改定増補した新版です。贈呈、ありがとうございました。著者の引き続きのご健勝を心より祈念します。
(2021年5月刊。税込1870円)

2021年5月11日

ストップ!! 国政の私物化


(霧山昴)
著者 上脇 博之 、 阪口 徳雄 ほか 、 出版 あけび書房

アベ前首相の国政私物化はひどいものでした。森友学園、加計学園、桜を見る会、アベノマスク...。どれもこれも刑事事件とすべきレベルのひどさですが、われらが東京地検特捜部は期待を裏切り続けてしまい、どれもこれも犯罪として立件することはありませんでした。情けない限りです。国家の不正を弾劾するという検察魂(たましい)をどこかに忘れてしまったようです。悲しいです。トホホ...。
そして、スガ首相。スガの息子が登場する総務省幹部の接待、これも見過ごせないレベルなのに、「私人」なので息子の国会証言はなし。あのカゴイケ氏も私人だったんですけどね...。
文部科学省のトップ・事務次官をつとめた前川喜平氏の告発の内容を知ると、うひゃあ、ひどい、ひどすぎると思わず怒りというより溜め息がもれてきました。
スガ首相が訪米したとき並んでいたのは和泉洋人、北村滋、もう一人でしたよね。和泉洋人というのはコネクティングルームで不倫報道されたりした話題の人間ですが、かなり悪知恵が働くようです。
文部科学省の事務次官の藤原誠は、本命でもダークホースでもなく、次官レースから脱落したはずなのに、スガに気に入られて、もう事務次官を2年もつとめている。問題は、その手法。定年延長をわざわざ2回もしていたというのです。検察庁法のときの黒川弘務については失敗したやり方が文科省では、先にこっそりやられていたというのです。ひどい話です。
「なんでも官邸団」というコトバが出てきます。霞が関は、いまや何でも首相官邸の言うことを聞く官僚ばかりになっているというのです。「ご無理、ごもっとも。無理が通れば、道理が引っ込む」。これでは官僚の世界はガタガタです。ホコリも何も、あったものではないでしょう...。
人事院総裁の一宮なほみもひどかったですね。私と同期の元裁判官ですが、恥ずかしげもなく、黒川氏の定年延長問題でアベ首相におスミつきを与えてしまいました。「恥」というものを忘れてしまった、つまらない人間になり下がったとしか言いようがありません。残念です...。
いま、スガ首相の下に、加藤官房長官がいますが、前川氏は、首相もスガ、官房長官もスガ、「スガスガ政権」になっている。ちっともすがすがしくないけれど...と、最大級の皮肉を投げつけています。まったくもって同感です。忘れてはいけないことが盛りだくさんの本でした。
(2021年4月刊。税込1760円)

 日曜日、孫たちと一緒に庭でジャガイモ堀りをしました。大小さまざまのジャガイモが土の中から次々に出てきて、孫たちは大喜びでした。そばで見ていて、私までうれしくなりました。ジャガイモは失敗がありません(サツマイモは失敗します)。
 タマネギのほうも、すぐ脇に5本ほど収穫できました。新ジャガ、新タマネギをしばらく味わうことができます。

2021年5月 3日

愛をばらまけ


(霧山昴)
著者 上村 真也 、 出版 筑摩書房

大阪は西成(にしなり)区の釜ヶ崎にある小さなキリスト教の教会(メダデ教会)の牧師(西田好子さん、68歳)と信者たちの苦闘の日々が紹介されている本です。
西田牧師は、学校の教師を辞めて、関西学院大学(関学)で神業を勉強して牧師になり、60歳から西成で牧師として活動している。
釜ヶ崎は、かつては「労働者の街」だった。東京・山谷(さんや)、横浜・寿(ことぶき)町をしのぐ日本最大のドヤ街(簡易宿泊街)として、日本経済を下支えした。暴動もたびたび起きた。ところが、長引く不況と高齢化によって、今では「福祉の街」に変容した。住民2万人の4割超が生活保護を受給している。
メダデ協会のメダデって、聞き慣れない言葉だが、旧約聖書に出てくる人物の名前。ヘブライ語で「愛があふれる」という意味。
西田牧師は、野宿者に声をかけて信者を増やしていった。ところが、トラブル勃発。ケンカをふっかける者、暴れる者、酒やギャンブルにおぼれる者、ついには教会のお金を持ち逃げする者まで...。
西田牧師は、キリスト教の伝道とあわせて、福祉制度や酒・薬物依存症への対処法を学んだ。信徒と一緒に寝泊まりし、特売品を買い、病院に付き添い、働き口を探す。
24時間、365日、生活のすべてを教会にささげる。
釜ヶ崎での生活保護は野宿者も受給しやすくなった。
20人ほどの信徒は全員が生活保護を受けている。家賃などを差し引いて生活費に回せるのは月6万円。酒やパチンコ・外食にまわして散財したら、たちまち生活に窮する。
西田牧師は、聖人君子や聖母のイメージではない。本人も、派手な性格で誤解されやすいと言う。それでも離婚しながら、二人の息子を立派に育て上げている。失敗、失敗の人生と西田牧師本人は言うけれど、これも本人が選んだ人生なので、悔いはなさそう。
徘徊を繰り返す認知症の信徒、暴れる薬物依存症者、寝たきり患者の信徒...、20人の信徒に正面から向きあう西田牧師...。
「メダデ教会は、毎日が綱渡り。今日一日が無事に終わるのは奇跡やねん」
この本を読むと、まさしくその「奇跡」の連続のなかで、よくも心と身体の平穏がたもてるものだと驚嘆するばかりです。ナニワのおばちゃんって、すごいもんやなあ、とつい慣れない関西弁が口から出てきました。
こんな人もいるのか、ほなら、わたしも、もう少しがんばりまひょか...。
そんな気分にさせる本でした。読売新聞の大阪版で連載されて大反響を呼んだ記事が一冊の本にまとめられたものです。
(2020年11月刊。税込1540円)

2021年5月 2日

マナーはいらない


(霧山昴)
著者 三浦 しをん 、 出版 集英社

小説の書きかた講座の本です。著者の体験にもとづいていますので、なるほどなるほど、ふむふむと思いながら読みすすめました。
私は『舟を編む』くらいしか著者の本は読んでいませんが、辞書をつくりあげていく世界が実感をもって伝わってくるいい本でした。
推敲が行き届いていない原稿は、草ボーボーの庭みたいなもの。
まったくそのとおりだと私も思います。そんな原稿を読まされるほうは辛いものです。ていうか、すぐに放り投げてしまいます。
推敲は、小説を読むひとのため、そして作者である自分自身の客観性を保つためにも必要。
一人称で書くと、どうしても視野が狭くなりやすく、物語に閉鎖感が出てしまう。それに外見について書きにくい。
そうなんですよね。なので、私も、今ではなるべく三人称で書いています。
では、三人称単一視点と三人称多視点はどうか...。ただ、いずれにしても、この小説は、誰が、誰に向けて語っているのかが難点となる。
うむむ、そこが難問になるのか...。
登場人物のセリフをどう書くか、他の文との組み合わせをどうするか、いつも頭を悩まします。
著者は、電車内で他人の会話に聞き耳を立てたとのこと。それによると、男コトバ、女コトバは、現代の口語表現ではあまり使われていない。会話は決して理路整然とはしていない、ということのようです。まあ、きっとそうでしょう。
私は電車で聞き耳を立てるというより、喫茶店で隣の人たちの会話を聞くともなく聞いています。本当は本を読んだり、書きものに集中したりしたいのですが、面白い会話だと、ついそちらに耳を傾けてしまうのです。なるほど、世の中では、そんなことが起きているのか、とても勉強になります。
ただし、小説内のセリフは、現実の会話よりは大幅に整理整頓されている。というのは、読者が、あまりに「まどろっこしい会話」を嫌がるからです。それはそうですよね。冗長さは嫌われます。
描写は観察が大事。注意深く自他を観察し、目に映ったもの、感じた気持ちを、脳内でなるべく言語化するよう努める。
ううん、これが大事だということはよくよく分かります。でも、それが難しいのです、トホホ...。ここに、私がモノカキから小説家に昇華できない弱点があります。
取材するときにはメモをとらない。そうなんですよね...。
想像力を構成する大きな要素である「言語」を獲得するには、時間がかかるし、経験が必要である。そうなんですよね。私は、まだまだだと自分でも思っています。でも、まあ、あきらめずに、書いていくつもりです...。
(2020年12月刊。税込1760円)

2021年4月27日

対米従属の構造


(霧山昴)
著者 古関 彰一 、 出版 みすず書房

読みすすめるほどに怒りが湧き立ってくる本です。もちろん、著者に対して、ではありません。日本の為政者と、それを無関心と棄権によって許している多くの国民に対して、です。
有名なアメリカの歴史家ジョン・ダウアーは、日本をアメリカの「属国」とみていた。ワシントンの基本的な戦略および外交政策に反対しないという意味で日本政府は従属的性格を有する。
戦後のアメリカは、植民地主義帝国ではなく、間接支配を特徴とした。親米政権とそれを担うエリート層を大切にする。
日本の領土は、日本政府を通じて、その全土がアメリカの「使用」の対象になっている。
ところが、日本人の多くは、「日本は従属国家だ」と正面切って言われると、抵抗を感じてしまう。そうなんですよね。そして、日頃ブツクサ言うくせに、投票所に足を運ぼうとはしません。
日米安保条約を日本国民の圧倒的多数が支持している。しかし、仮に日米安保がなくなったら、日本はどうなるのだろうと誰も考えない。そもそも、「仮に...」という発想がない。
非常時において、司令官は日本人ではなく、アメリカ人がなる。アメリカ人の司令官が日本軍を指揮するという本質は変わっていない。
朝鮮半島有事の際には、朝鮮戦線での米軍の指揮は米空軍が、日本防衛の指揮は在日アメリカ軍が指揮することになっている。
PKOについて、日本政府は「平和維持活動」と訳している。しかし、本当は「平和維持作戦」とすべきものだ。
平成の30年間は、日本にとって「平成は有事の時代」であった。これは、有事法が雨後の筍(たけのこ)のように誕生した1990年代以降の日本の状況である。
「平成」とは、新自由主義改革のなかで、「公社」の民営化、選挙制度改革、地方自治体の合併、司法制度改革(裁判員裁判、法科大学院)などの大改革がすすんだ時代だ。
そして、1989年に世界トップの座にあった日本の国際競争力は、新自由主義改革と有事法制下の軍事力の強化によって、30年後には30位へと転落した(2019年)。
ここでいう「国際競争力」とは、失業率、社会的結束度合い、腐敗、GDP、教育支出などの指標から算出した結果だ。したがって、平成とは、あらゆる面で「失われた30年」でもあった。
陸上自衛隊には、5方面隊があり、「分割」されていた。ところが、2018年3月に5方面隊すべてを統合する「陸上総隊」が新設され、防衛大臣の直轄となった。そして、この陸上総隊のなかに「日米共同部」が設けられた。それはアメリカ軍のキャンプ座間のなかにある。日米共同部とは対米従属を絵に描いたような組織だ。究極の「従属」形態の一つだ。
ドイツ・イタリアは施設整備費、従業員労務費、光熱水費のすべてをアメリカ軍に負担させている。韓国は光熱水費のみをアメリカ軍に負担させている。ところが、日本は、そのすべてを自らが負担し、アメリカ軍には負担させていない。
そこで、アメリカ軍の駐留経費を負担している額は、ドイツ16億ドル、韓国8億ドル、イタリア4億ドルに対して、日本は44億ドルと突出して高い。日本におけるアメリカ軍の駐留経費の75%は日本が負担している。
教育・福祉予算については、いえ司法予算についても、ひたすら削減を強いている日本政府は、アメリカ軍に対しては、どこまでもゲタの雪で、文句ひとつ言おうともしません。情けないかぎりです。
日本は、他国の追随を許さない、自発的にして傑出した対米従属国家というほかない。ホント、嫌になりますよね...。
日本人の核への無知、無頓着、無関心という指摘がありますが、日本の現実についても同じように言えますよね、残念ながら...。みなさん、ぜひ投票所に足を運んで、きちんと意思表示しましょう。私からの切なるお願いです。
(2020年12月刊。税込3960円)

2021年4月25日

森の記憶


(霧山昴)
著者 柴垣 文子 、 出版 新日本出版社

定年すぎた夫婦。子どもたちは結婚して家を出て、孫たちが遊びに来る。しかし、その両親はどうやら不仲らしい。思春期にかかった孫娘は表情に暗さがあり、屈託なかった小学生の男の子(孫)も口数が少なくなった。親は子どもの夫婦関係に口を出してはいけない。そう思っていても、ついつい口を出してしまう。
教員夫婦だったが、妻のほうは病気がちで早く退職して専業主婦になって、モノカキを始めた。文章を書いて、その状況描写に読者をひきずり込むためには、草花の名前や鳥の名前を知ったうえで、その違いにうんちくを傾ける必要があります。この本にも、たくさんの花、植物そして鳥の名前が登場します。
タラ、コミアブラ、コゴミ、ユキノシタ、ソヨゴそして野甘草。いずれも、タラを除いて、私には分かりません。タラの芽だけは見れば分かります。
ハッチョウトンボ、コゲラ、イカル、カワセミ、ヒヨドリ、ルリビタキ、オオタカ、コガモ、小サギ、カイツブリ、ノスリ、ヒドリガチ。イカルの声は優しい、なんて書かれても具体的なイメージはつかめませんが、ほんわかとした気分にはなります...。
そして、夫がお腹の調子がよくないと言っていたのが、病院に行くと、大腸ガンの末期だと判明する。すると、病院での光景、そして会話が展開していく。
小説というのは、こうやって情景を描写しながら書いていくものなんだね、そう思いながら、モノカキ志向の私は、頁をくっていきました。
自然との関わりあい、そして、社会といかに関わっていくか、病気になっても積極的に生きていこうとする夫のけなげな姿に心が打たれます。
同年輩、そして少し年下の知人にも病気とたたかいつつ亡くなった人が、もう何人もいます。70歳すぎたら、いつ、何が起きても不思議ではありません。いまも突然ギックリ腰のようになってしまいました。昨年は、椎間板ヘルニアで急に歩行困難になりました。
無理なく、でも、自分の思うように生きていきたい。そして孫たちとも一緒に遊んでいたい。そんな思いで毎日を大切にして生きています。しみじみと、そんな気にさせる本でした。
(2020年12月刊。税込2530円)

2021年4月23日

学問の自由が危ない


(霧山昴)
著者 佐藤 学、上野 千鶴子、内田 樹 、 出版 晶文社

菅(スガ)内閣はコロナ禍対策は、いつまでたっても無為・無策、もうどうしようもない無能政権としか言いようがありません。中途半端な経済対策優先で、PCR検査もワクチン確保も不十分なまま。経済的補償もせず、国民に自粛を強制し、首相官邸では酒盛りするだなんて、まるで狂っています。そして、アベのマスクに引き続いて「別人格」の息子を使った接待攻勢で国の政策を歪めても、「民間人」なので、国会への証人喚問なし(ええっ、籠池氏も民間人でしたが...?)。
そして、日本学術会議の任命拒否問題は、そのまま逃げ切ろうとしています。年間10億円も(!)出しているので、政府に任免権があるのは当然...。アベノマスクは400億円ものムダづかいしたのに...、内閣官房機密費は年間12億円が領収書不要で使い放題なのに...。おかしなことが、まるでそのまままかりとおるという変な日本社会です。
日本学術会議会員として推薦された6人の学者の任命を菅首相は拒否した(2020年10月1日)。これは「クーデタ」だ。現代のクーデタでは、軍隊は出動しないし、戒厳令がしかれるわけでもない。奇襲ではあるが、変化は緩やかに進行する。しかし、本質は同じ。秘密のうちに計画して奇襲の対象を1ヶ所に定め、人々は傍観者にされ、事件の真相が分かったときには国家と社会が覆されている。クーデタの成功の可否は、奇襲の対象をどこに設定するかにある。菅首相が対象としたのは日本学術会議だった。
この任命拒否に対しては、800をこえる学会200をこえる団体が抗議声明を公表した。科学者がこれほど大規模に連帯したのは、歴史上初めてのこと。
日本学術会議は、2008年以降、答申を一つも出していない。なぜか...。政府が諮問(しもん)しないから。日本学術会議は、政府からの諮問がなくても自発的に321もの提言・勧告を発出している。つまり、年間10億円の予算以上の働きはしているのです。そして、会員のほとんどは、手弁当で、学問の将来のために献身している。
日本国民の少なからぬ人々が学術会議の任命拒否問題の深刻さを感じていない。
この状況をどうしたら克服できるか...。ただ、警鐘を鳴らすだけではダメ。理由と根拠をあげて納得してもらう。そのとき、譲らない。妥協しないことが肝要。言葉をかみくだいて、広く一般の人に「納得して」もらえるのか...、にかかっている。
この大切な問題を風化させてはいけません。タイムリーな本です。
(2021年1月刊。税込1870円)

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