弁護士会の読書
※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。
社会
2021年4月15日
ロッキード
(霧山昴)
著者 真山 仁 、 出版 文芸春秋
1976(昭和51)年7月27日、田中角栄は迎えに来た東京地検特捜部の松田昇検事とともに車に乗り込み東京地検に出頭した。午前7時27分のこと。弁護士3年生の私は、この日、たまたま東京地裁に裁判があって行ったところ、東京地検前は黒山の人だかりでした。角栄逮捕後まもなくのタイミングで通りかかったというわけです。田中角栄を連行した松田検事は横浜修習のときの修習指導担当検事でした。
580頁もある部厚い、この本は角栄逮捕に疑問を投げかけています。ロッキード事件において、田中角栄は、本当に有罪だったのだろうか...、という疑問です。
田中角栄がアメリカの事前了解をとらずに日中国交を回復したのがアメリカ政府の逆鱗に触れたからという説が有力ですが、本当にそうなのかということです。
キッシンジャー国務長官が田中角栄を「嘘つき」だとして嫌っていたのは事実のようですが、もともとアメリカ政府の高官は、みんな、日本と日本人を属国、言いなりになる連中だと軽蔑していたわけです(残念ながら、今もです...)ので、本当にそれが理由になるものかというのは、再考の余地がありそうです。
ロッキード事件の丸紅ルートを担当した元最高裁判事(園部逸夫)は、「フワフワと現れて、フワフワと消え去った事件」だったと語った。田中角栄にまつわる被疑(告)事実は、信じられないほど、曖昧だったという。いやあ、本当にそうなんでしょうか...。
アメリカのロッキード社は自社機の売り込みのために総額30億円の賄賂(わいろ)を日本政府高官にばらまいた。そのうちの5億円を田中角栄はロッキード社の代理人である丸紅(商社)から受けとった。賄賂の金額の単位は「ピーナツ」と書かれていて、日本法にない「嘱託尋問」がアメリカで行われて有罪認定の「証拠」になるなど、異例の展開だった。
日本側の捜査に、アメリカは、司法省、SEC、そしてFBIまで、とても協力的だった。これがアメリカ側の意図をいろいろ推認させることにもなったわけです。
キッシンジャーも、田中角栄をはじめから嫌っていたのではなく、当初は、使い勝手が良い人間だとみていた。
田中角栄は日中国交回復を実現したが、熱心な中国シンパだったわけではない。
しかし、日本が独断専行したこと、これがアメリカ、キッシンジャーには許せなかった。日本は、いかなるときでも、アメリカの方針に服従(盲従)すべき存在なのだ...。キッシンジャーは怒った。
この本において、5億円というのは、角栄にとっては「はした金」でしかなかったというのが、大きな意味をもって書かれています。ええっ、5億円が「はした金」なんですか...、声も出ませんよね。
「バカッ!オレがそんなもの(5億円の賄賂)をもらうとでも思うのか。なんで一国の総理大臣が、そんな外国(アメリカ)の一私企業のために、お金をもらわなければいかんのだ」
角栄は本気で怒っていたという。5億円というのは、経団連がもってきた「総理就任祝い」でしかない。
「総理大臣の仕事は、絶対に戦争をしない、国民を飢えさせてはいけない、これに尽きる。それ以外は、些末(さまつ)なこと」
これが角栄の口癖だった。いやあ、これは立派です。アベやらスガに呑み込ませ、言わせてやりたいセリフですよね...。
5億円を角栄は4回に分けて、現金で受けとったというが、それは奇妙だ、信じられないという提起があります。でも、まあ、弁護士である私は、ちょっとおかしいけれど、完全否定の根拠としては乏しいとしか言いようがありません。世の中は不可解なことだらけなのですから...。
この本は、民間機の導入により、軍用機の売り込みのほうが本命だったのではないかと指摘しています。さもありなんですよね。P-3C、F35、ともかく、とんでもない「金喰い虫」を日本はアメリカから次々に買わされているのです。そちらで巨額のお金が動いているのは事実でしょう。そんな軍事予算偏重なので、福祉・教育予算は削られる一方なんです。この軍事予算の黒い疑惑を日本のマスコミは、ほとんどメスを入れ、報道することがありません。残念です。
ロッキード事件の陰にかくれてしまった重大なことがあるという著者の指摘は、今なお莫大な軍事予算がアメリカがらみで増大中でもあり、大いに共感できます。
(2020年2月刊。税込2475円)
2021年4月13日
ぼくがアメリカ人をやめたワケ
(霧山昴)
著者 ロジャー・パルバース 、 出版 集英社
著者は1967年9月に日本にやってきました。私が、その年の4月に福岡から上京して大学生としての生活を始めたころになります。私は6人部屋での寮生活をはじめて、人間の社会というのを少しずつ分かっていきました。
著者は1944年生まれですから、私より4歳だけ年長です。21歳のとき、アメリカを離れて自分探しの旅に出たのです。日本で宮沢賢治に出会い、人生における意味と目的を発見したのでした。
著者がこの本で言いたいことは、みんなが自分なりにグレイト(great)な人生を送ることができる。それは、「情け心、ミンナニデクノボートヨバレテモとホメラレナクテモ」という気持ちにあふれた人生をさす。そうなんですよね...。
著者はユダヤ人です。ユダヤ人の天職は三つ。医師、弁護士そして公認会計士。
なるほど、アメリカの有力法曹にはユダヤ人が多いようです。
ところが、著者は、三つのいずれにもなりませんでした。
著者は、謝る理由なんかないと確信していても気前よく謝罪しようとする性格だそうで、それが「根拠のない謝罪」をする国である日本での長年の暮らしで役に立ち、日本文化に同化するための助けとなったのだろうとしています。
うむむ、残念ながらあたっていますよね...、と書いて、いやいや日本の首相は違うぞと、思い直しました。前のアベ首相は妻を「私人」だと言いはり、今のスガ首相は長男について「完全に別人格」と開き直って、苦しい弁解も謝罪もせずに強行突破を図ったのでした(ています)。日本人を代表しているはずの首相がそうだとしたら、ちょっとばかり認識を変える必要がありますよね...。
アメリカでは偽善の上に二つのアメリカが成り立っている。表向きの上品ぶったアメリカと、裏の悪徳だらけのアメリカ。
そうですね、トランプ前大統領はその二つを見事に結合させていましたね。
著者は生前の井上ひさしと親交があり、小沢昭一とも面識がありました。
ソ連の偉大なスパイだったゾルゲを助けた尾崎秀実(ほつみ)について、祖国を愛するあまり、祖国がアジア太平洋地域で無数の人々を犠牲にするのを許せなかった英雄として、現代日本人は大いに讃えるべきだと強調しています。私も大賛成です。
あまりにも多くの罪なき日本人を死に至らしめた人間こそ「売国奴」と言うべきですから、死刑となった東条英機を見直す前に尾崎秀実こそ英雄として見直さなければなりません。売国奴なんて、とんでもありません。
ベアテ・シロタのことも紹介されています。日本国憲法に人権条項を盛り込むことに功績のあるユダヤ系アメリカ人です。この「シロタ」というのは、孤児を意味していて、ユダヤ系の名前としては珍しくないということを始めて知りました。
著者は、日本人と暮らしてみて、度を越した謙遜はうぬぼれの印だということもあることが分かったといいます。ヘイトスピーチに走る日本人は、まさしくうぬぼれに溺れたかっているのでしょうね。日頃、職場で認められていない自分を鼓舞するため、他人をおとしめてヘイトスピーチをして、自分を高くもちあげようというのです。まさしく、さもしい根性です。
日本とは、どんな国なのか、アメリカを対比させながら考えている貴重なヒント満載の本でした。
(2020年11月刊。1800円+税)
2021年4月 8日
にほんでいきる
(霧山昴)
著者 毎日新聞取材班 、 出版 明石書店
外国から来た子どもたちは日本語が話せないまま、放置されているのではないか...。
在留外国人は過去最高の293万人(2019年12月)。
100の地方自治体に住民登録していた義務教育年齢の6~14歳の外国籍の子ども7万7000人のうち、就学不明(学校に通っているかどうか確認できない)子どもが2割、1万6000人。全国には2万2000人。その多くは、日本に「デカセギ」に来た外国人労働者の子どもだ。
久里浜少年院には、「国際科」がある。日本語のほか、ごみ出しなどのルールや日本の習慣・文化を教える。1993年に設置され、2020年までに300人が学んだ。
全国の1100超の自治体は、学校に通っていない子どもがどんな状況に置かれているか、まったく確認していない。
前川喜平・文科省の元事務次官は、外国籍の子どもの保護者にも就学義務があることを適用すべきだとしている。本当にそうですよね。便利な「人材」として受け入れたのは日本なのですから、その子どもに日本は責任をもつのが当然です。
法令に「外国籍を除外する」という文言はないので、当然のこと。まったくそのとおりです。人間を大切にしない政治はダメです。
子どもに通訳をつけてもダメ。通訳は、あくまで言語サービスであり、日本語教育ではない。うむむ、なーるほど、そうですよね...。
日本国内の学校や教室に通う日本語学習者は26万人。1990年度の4倍超。これに対して日本語教師が4万人のみ、しかも、その大半はボランティアと非常勤。
これはいけません。こんなところにお金を使わないなんて、政治が間違っています。人間を大切にするのが政治の役目です。
2019年に公表された日本語指導調査によると、日本語教育が必要な児童・生徒は5万人超(外国籍4万人超、日本籍1万人超)で、2016年の調査より7千人近く増えた。無支援状態の児童・生徒が1万1千人もいる。
15~19歳の不就学・不就労は、フィリピン16%、ペルー11%、ブラジル11%、ベトナム10%。学校に通っているのは、中国と韓国・朝鮮で8割超。ブラジル63%、フィリピン57%、ベトナム53%。
外国籍の生徒の高校中退率は10%近く、全体の7倍にもなる。
コンビニのレジに外国人が立ち、日本語で応対するのはもう日常の風景です。そんな彼ら彼女らが、どうやって日本語を身につけたのか、あまり考えたことがありませんでした。もっと小さい、小学生のときに日本に来たら、どうするのか、どうしたらよいのか、私たち大人はもっと周囲に目を配る必要があります。そして、そこにきちんとお金と人を手当てすべきだと改めて思ったことでした。
(2021年2月刊。税込1760円)
2021年4月 1日
政党助成金、まだ続けますか?
(霧山昴)
著者 上脇 博之 、 出版 日本機関紙出版センター
河井議員夫妻が有罪となり、どちらも議員を辞職しました。当然のことですが、問題は買収資金となった1億5千万円が自民党本部から出ていて、しかも、政党交付金という税金が使われていたのではないか、ということです。その点が解明されずに幕引きするのは許されません。
自民党の二階幹事長が「他山の石」と放言しましたが、まさしく「自民党の石」であって、他人事(ひとごと)ではありません。
河井夫妻も1億5000万円が自民党本部からもらったこと、そのうち1億2000万円が政党交付金だったことを認めています。
政党交付金は1994年の「政治改革」の産物です。政治腐敗を防止するため、政党を助成するという名目でしたが、「政治とカネ」のスキャンダルは今に至るも続いていて、まさしく「泥棒に追い銭」状態。
自民党の元議員たち(金子恵美、豊田真由子)は、選挙のとき実弾(現金)が飛びかっている状況を真のあたりにして驚いたと告白しています。自民党の金権腐敗選挙に私たちの税金が勝手放題に使われているというのですから、許せません。
政党交付金は、政党が消滅したとき、残金があれば国庫に返還すべきは当然です。ところが、この本によると、解散寸前に、あちこち勝手に「寄付」してしまって国庫に返還していないというのです。これまた許せません。プンプンプンです...。
橋下徹の「維新の党」は、解党する寸前に9912万円を寄付した。橋下徹は、国庫へ返還すると約束したのを平然と反故(ほご)にしてしまった。ひどい話です。「日本のこころ」(中山恭子)、「希望の党」(松沢成文)も同じでした。
政党交付金は税金を減資としていますから、説明(報告)義務があります。ところが、その内訳の一つ、「人件費」は、いつ、誰に、いくら支払ったという明細を記載しなくてもよいというのです。信じられません。
総額の8千億円をこえる政党交付の7割、6千億円近くは自民党に交付されます。消費税値上げを推進してきた自民党の活動資金の多くを私たち国民の税金が支えているというわけです。いわば自民党は国営政党なのですが、本当に私たち国民のためになる政治をしているとは、私には、とても思えません。コロナ禍の対策にしても、GoToトラベルとかイートとか、アベノマスクに始まって、一部の大企業などが不当にボロもうけして、肝心のPCR検査やワクチン確保は大幅に遅れ、医療・福祉は切り捨てる一方...、ひどい政治をやりたい放題です。
それもこれも、投票率の低さ、政治不信をあおるばかりの一部マスコミの論調に大きな原因があるとしか思えません。みんなで投票所に足を運んで、ダメなもの、嫌なものにはキッパリ「ノー」という意思表示をしないといけません。
改めて、怒りをフツフツとたぎらせてくれる本でした。あなたもぜひ読んでみてください。
(2021年2月刊。税込1320円)
2021年3月30日
菅義偉の正体
(霧山昴)
著者 森 功 、 出版 小学館新書
「庶民宰相」として高い支持率でスタートしたものも束の間、たちまちメッキがはげて正体があらわになって、支持率は低迷中。GoToトラベル、オリンピックにしがみついて、コロナ対策は国民の自粛まかせで、政府としての無策・無能ぶりには呆れるばかりというか、怒りを覚える毎日です。
前のアベ首相は、ペラペラペラと平然とウソをつきましたが、今度のスガ首相は、「ひたすら、何の問題もない」かのように装い、言葉で国民の前に立ち説明し尽くそうとはしません。
裏でコソコソと黒子役ばかりを演じてきたスガ首相は、表の舞台で語る才能もコトバも持ちあわせていないようです。平時ならともかく、コロナ禍の渦中にあっては、日本人全体の不幸を招く首相としか言いようがありません。
スガは、「秋田の農家の長男として生まれ、集団就職で上京...」と紹介されていたが、「集団就職」とは真っ赤なウソ。スガは、秋田の裕福なイチゴ農家で育ち、父親は町会議員を4期もつとめる町の名士(実力者)。高校を卒業して、集団就職ではなく東京の工場(段ボール会社)に就職したが、2年遅れで法政大学に入学した。
スガの母親も2人の姉も教員。スガ本人も北海道教育大学を受験したが失敗。イチゴ農家を継げという父親に反発して上京して就職した。集団就職とは関係ない。
法政大学法学部を卒業したあと、大学就職課に相談して、横浜選出の小比木(おこのぎ)彦三郎・衆議院議員の書生(秘書)になった。それがスガの政治家人生の始まり。
スガは総務大臣としてNHKの会長人事に口を出し、自民党によるNHK支配を強めていった。
橋下徹の「大阪・維新」と接近した。
沖縄では、翁長(おなが)県知事と対決した。
横浜にカジノを誘致しようとしている。これで横浜港のドン(藤木)とケンカ別れした。
GoToイートのおかげで「ぐるなび」は息を吹き返した。「ぐるなび」の滝はスガの強力な応援団の一人だ。
そして、楽天の三木谷浩史、金権腐敗の学者と目されている竹中平蔵...。また、スガを支える官僚としては不倫騒動で名前を売った和泉洋人、...。ろくな人物は周囲にいませんね。
菅首相の正体を知るには手ごろの新書です。
(2021年2月刊。税込1100円)
2021年3月27日
「パチンコ」(下)
(霧山昴)
著者 ミン・ジン・リー 、 出版 文芸春秋
「在日」というと、今でもヘイト・スピーチの対象になっています。自らが大切に、愛されて育った実感がないまま、自分の抱いているコンプレックス(劣等感)のはけ口として「在日」を虫ケラよばわりして、うっぷん晴らしをしている哀れな人たちが少なからずいるという悲しい現実があります。
「在日」の人は、職業選択の点でハンディがあるのは間違いありません。弁護士の世界は少しずつ増えているとはいえ、まだまだ少ないです。医師は、昔から多いと思います。学者にも少なくないですよね。芸能人には美空ひばりをはじめ、日本の芸能界を支えていると思います。そして、財界にも孫さんをはじめ巨大な力をもっている人が少なくありません。そして、裏社会にも...。
弁護士を長くしてきて私も「在日」の人たちとの交流はずっとありました。なかでもパチンコ業界の人たちとは、今はありませんが、以前は何人も依頼者にいました。金融業者にも多かったですね...。
下巻は、日本社会における在日コリアンの複雑な心理が、見事に描かれていて、現代日本社会のいやらしさに、ほとほと愛想を尽かしたくもなります。でもでも、この本は決して、いわゆる「反日」の本ではありません。日本社会の複雑・怪奇な一断面が小気味よいほど切りとられ、物語となっています。
この本は、アップルTVで連続ドラマ化されているそうです。知りませんでした。テレビは見ませんので、無理もないのですが、アメリカで100万部も売れた本なので、それもありでしょう。
登場してくる男性たちが次々に死んでいき、残ったのはたくましい女性たちだけというのも、男性である私としては、少しはハッピーエンドにしてもらえないものかと、ないものねだりをしたくなりました。
ということで、下巻は車中と喫茶店で読みふけってしまうほどの出来でした。これほどの読書体験は前に紹介した『ザリガニの鳴くところ』(早川書房)以来でした。一読を強くおすすめします。
(2020年12月刊。2400円+税)
2021年3月26日
蘇る、抵抗の季節
蘇る、抵抗の季節
(霧山昴)
著者 保阪 正康・高橋 源一郎 、 出版 言視舎
60年安保闘争の意味を、今、問い返した本です。
私には60年安保は体験していませんので、まったく歴史上の話でしかありません。
保阪正康は戦前(1939年)うまれで、60年安保闘争のときには20歳。北海道出身で、西部邁(60年安保のころ、ブントの活動家だった。あとで保守へ転向)、唐牛健太郎(全学連委員長。右翼の田中清玄から資金をもらっていたことを告白)の二人を北海道時代に知っていたという。
1960年6月15日、京都府学連は、京都の円山(まるやま)公園に5万人を集め、反安保、反岸の大集会とデモ行進を敢行した。
すごいですね、5万人とは...。
高橋源一郎は1951年生まれですから、私のような団塊世代より少し下の世代となります。全共闘の活動家として、警察に捕まったこともあるとのこと。3度の離婚歴も踏まえているのでしょうか。人生相談の回答の奥深さには、いつも驚嘆しています。尊敬に値する人物として、私は高く評価していますが、今回の講演にも学ぶところが大でした。
高橋源一郎は、私たち48年生まれの世代について、「超まじめ」で「冗談が通じない」としています。ええっ、そ、そうでしょうか...と、反問したくなります。
年齢(とし)をとって、一番大切なことは、「教えてもらうことができるかどうか」だと言っています。教える人は嫌われる。なーるほど、ですね。私は、いつも若手の弁護士に法律そして判例を質問して、教えてもらっています。実際、知らないし、ネットで判例検索できないので、そうするしかないのです。私にあるのは経験だけです。
教わるというのは、実は能力。教わるには、柔軟な心、受け入れるマインド、消化吸収する能力が必要。教わるほうが、はるかに高難度な能力を要する。こっちが教わる気持ちでいると、学生たちも耳を傾けてくれる。教わる気持ちがないと、学生も聞く気がしない、そういうものだ。
これはまさしく至言です。
他人(ひと)の話をよく聞いて、そのうえで自分でよく考えてやってみる。年寄りが下手に口を出したらダメ。
なーるほど、ですね。異議ありません。40歳、50歳のころは知的に熱心ではなかった。人生も残り少なくなってくると、ますます知的欲求が高まってくる。まったく同感です。知りたいことがどんどん増えてきます。
コミュニケーションのとり方は、下の世代に尋ねること。聞きたいという欲望、これを知りたいという気持ちがないと、本当の会話は成り立たない。
二人の話に対するアンケート回答が面白いですね。74歳以下だと満足したというのが9割をこえているのに、その上の世代は厳しい評価が増えています。それだけ頭が硬くなっているということではないかと私は思いました。
全共闘運動については、昔も今も私はまったく評価していませんが、人間としてすばらしい人がいることは間違いないと考えています。
(2021年1月刊。税込1210円)
2021年3月21日
十の輪をくぐる
(霧山昴)
著者 辻堂 ゆめ 、 出版 小学館
「十の輪」って一体なんだろうと思っていると、二つの五輪、つまりオリンピックが二つ、1964年の東京オリンピックと2020年7月に予定されていた東京オリンピックのことでした。
1964年の東京オリンピックのとき、私は高校1年生で、10月にありましたが、テレビで見ていたという記憶はまったくありません。この本を読んで、大松(だいまつ)監督の指導による「東洋の魔女」チームがバレーボールで優勝したというのを思い出したくらいでした。
そして、2020年の東京オリンピックは2021年にコロナ禍のため順延になっていますが、コロナ禍が収束せず、ワクチンの手配も遅れているなかで、やれるはずもありません。そのうえ、森ナントカの女性蔑視発言は、オリンピック精神を遵守するつもりはまったくなく、ひたすら金もうけの機会をしかとらえていないハゲタカ利権集団によって貴重な税金がムダづかいされている姿をさらけ出してしまいました。医療・福祉で働く人々を置き去りにして、ゼネコンなどのためにオリンピック優先なんて、間違ってますよ。
ところで、この本は、福岡県大牟田市そして荒尾市が基本の舞台となっているのです。これには驚きました。主人公の一家が今すんでいるのは東京なんですが、認知症になった母親は荒尾出身で、その夫は三川鉱大爆発で亡くなったというのです。そのころ主人公は2歳で、新港(しんこう)町の炭鉱社宅に住んでいました。その前の三池大争議の話もエピソード的に出てきます。
大牟田・荒尾の方言も紹介されています。「きつか」(きつい)です。秋田は「こわい」、大阪は「しんどい」、そして、東京は「えらい」。
主人公の男性と娘はバレーボールに打ち込みます。男性は、妻とは大学生のとき、バレーボールを通じて知りあったのでした。そして、母親の猛特訓を受けてバレーボールにうち込んだのですが、一流選手になれる才能はないと見切ってスポーツ関連の会社に就職し、今では、年下の上司からパソコンの使えない無能な部下として、うとましく思われる存在になっています。ああ、なるほど、それってあるよね...、そんな展開です。
主人公の母親は、荒尾市郊外の農家の娘として、中学校を卒業すると、集団就職で名古屋の紡績工場につとめます。1956年(昭和31年)3月に荒尾駅から学生服姿の少年少女たちがSL列車に乗り込んだというのは、事実そのとおりだったと思います。私が大学生になった1967年ころも東京には東北地方からの集団就職の若者たちがたくさん来ていました。
主人公の母親は緑ヶ丘社宅が校区内になる荒尾第三中学校に通っていたという設定です。大牟田の中学校は私の通っていた延命中学校のように地名をつけていましたが、荒尾はナンバーで読んでいました(今も)。そして、お見合いの着物は大牟田の松屋デパートで買うのです。このデパートも破産して、今は広大な空き地のままになっています。
結婚相手の男性は、あとで酒乱のDV夫だという本性があらわれるのですが、明治小学校、白光(はっこう)中学校、「大牟田で一番優秀な三池高校」を卒業して、熊本大学工学部に進学したとなっています。なぜか、大学は中退して三井鉱山に就職し、晴れて職員になったものの、坑内で機械調査係員として働いているうちに三川鉱大災害で亡くなったという展開です。
私は、この「大牟田で一番優秀な三池高校」の出身です。私の同学年は東大に4人進学し、その前年も、あとの年も2人ずつ東大に入学しました。今では、志願者が定員より少ないという状況で、卒業生としては残念です。いろいろ原因はあると思いますが、反日教組の拠点高校になったのもその原因の一つではないでしょうか...。お隣の伝習館高校(柳川市)は、「叛逆」教師がいて裁判を抱えるほどもめていましたが、今では我が三池高校よりはるかに「優秀な」高校になっているのが現実です。
「羊のように従順な生徒たち」ばかりでは、発展性がないというのは、日頃たくさんの裁判官集団をみて、つくづく実感しているところです。
認知症で手の焼ける母親と主人公との葛藤が、掘り起こされていく過程は、実に読みごたえがあります。そこがメインテーマなのですが、そのネタばらしはやめておきます。
大牟田・荒尾に関心のある方も、ない方も、ぜひ、ご一読ください。
著者は東大出身の29歳の作家といいます。まったく脱帽するしかありません。
(2020年12月刊。税込1870円)
2021年3月19日
住むこと、生きること、追い出すこと
(霧山昴)
著者 市川 英恵 、 出版 クリエイツかもがわ
フランスでは冬の寒い時期には明渡の執行は法律で禁止されているそうです。ホームレスの人々が冬の路上で相次いで凍死したことから、それを防止するために法律が制定されたのでした。
日本でも、もっと住居の確保に力を入れるべきだと思います。少し前に、バスのベンチで寝ていたホームレスの女性が「目障り」だとして男性から殺害されたという事件が起きました。これもヘイトスピーチと同じように、現代日本から寛容の精神が薄れていることを象徴する事件だと思います。
この本は、借上復興住宅から居住している人々が追い出されようとしている現実について、そんなことを自治体がしていいのかと鋭く問題提起しています。
借上復興住宅とは、阪神・淡路大震災によって多くの住宅が全半壊し、復興住宅(公営住宅)の需要が高まったことを受け、被災自治体が直接建設し所有する住宅に加えて、URなど民間オーナーの所有する住宅を一棟または戸別に借り上げ、被災者に復興住宅として提供したもの。
神戸市は3805戸(107団地)を供給した。そして、この借上期間(20年間)の満了によって、居住者に対して、自治体が明け渡しを迫っている。今なお入居している人のほとんどは、年金暮らしか生活保護受給者。つまり、被災して自力再建が困難となった人たち。
ところが、20年たったから自治体の全部が居住者に明渡を求めているかというと、そうではない。宝塚市や伊丹市は、URと協議して全戸で入居を継続できるようにした。神戸市と兵庫県は80歳以上とか3つの条件を設定して条件に当てはまらない人だけに退去・明渡を求めている。ところが、西宮市は、無条件に全員退去を求める。このように自治体によって、対応が大きく異なった。恐らく首長の姿勢が反映しているのだろう。やはり首長がどっちを向いているかって大切なんですよね。大阪の維新の知事と市長のように、コロナ対策そっちのけで制度いじりばかりしているようでは本当に困ります。
住居や居住環境は福祉の基礎であり、安全性や構造だけでなく、住み続けることやコミュニティの維持も重要。
そうなんですよね。若いうちの引っ越しは苦もないことですが、年齢(とし)をとってからの転居は慎重に考えるべきです。住み慣れた我が家こそ心の安まるところ...、というのは真実だと、72歳になった私も実感として思います。
最近、フレイルというカタカナ語をよく見かけます。日本語に訳すと、「虚弱」という意味。これには、病気がちだとか、肉体的なものだけでなく、精神的なつよさも含まれるようです。身体的フレイルが3つのリスクを高める。うつも身体的フレイルのリスクを高める。
わずか90頁足らずの小冊子ですが、社会が敬うべき存在である団塊世代とその前の年金生活者の切実さを反映した貴重な冊子です。
(2019年1月刊。1200円+税)
2021年3月18日
どこまでやるか、町内会
(霧山昴)
著者 紙屋 高雪 、 出版 ポプラ新書
町内会長をつとめた体験にもとづく提言がなされていますので、とても説得力があります。著者は町内会はあったほうがいいというのが基本スタンスです。そして、ぜひ町内会活動を一度は経験してみてくださいと呼びかけています。生活の質が向上し、ひょっとしたら本業に役立つ新しいヒントが得られるかもしれないというのです。
町内会は、もともと任意加入であり、ボランティア。この原点にもどって、やりたい人がやりたいこと、できることをやるという、その程度の事業量に思い切って減らす。
まあ、口で言うほど実際にはなかなか大変だとは思いますが...。
分譲マンションには管理組合がある。これは区分所有法で義務づけられている組合で、強制加入団体。なので、マンションにある自治会が親睦団体であり、任意加入であるのとは、まったく違う。
管理組合は、資産としてのマンションの管理を目的としている。資産価値の管理のために管理組合は存在するものなので、自治会や町内会とは目的が違う。
ごみの収集は市町村の義務であって、町内会に入るかどうかはまったく任意。
行政から町内会への依頼は、年間1000件ほどもある。こりゃあ大変です。町内会は、行政からの依頼でない仕事もたくさんあります。
東京・中野区や横浜市では防犯灯のLED化にともない町内会の負担をなくし、自治体の負担だけにしている。
私の住む団地でも町内会に入らない人が増えて、入らない人の家の前にある街灯をはずしてしまうという話が出たことがありました。
「市政だより」などの行政の広報紙の配布も、今では町内会ではなく、行政がシルバー人材センターなどの業者を使って配布するところが多いようです。
行政区長は、公務員。なので、大宰府では行政区長に対して、年に70~230万円を支払っていたとのこと。しかし、福岡市は2004年に廃止している。
町内会の会計の私物化や横領というのも、実際によく聞きます。弁護士として相談に乗ったことが何回もあります。
私の住む団地も、ご多聞にもれず高齢化がすすみ、まず子ども会がなくなり、夏のラジオ体操や団地の夏祭り(盆踊り)がなくなりました。そして町内会が市の連合体から脱退しました。さらに老人会まで世話役の引退によって消滅してしまいました。
葬儀のときには昔は茶碗まで町内会でそろえて全員で対応していましたが、それもなくなり、今やゴミ出し当番が残っているだけになりました。それも、冬の朝、寒いのにいつまでやれるのかしら...、という心配な状況になっています。
町内会に悩む人向けの実務的な手引書になっている本です。
(2017年3月刊。800円+税)
日曜日の午後、久しぶりに庭に出ました。いま、たくさんのチューリップが咲いています。まだ全開ではありません。朝、起きて雨戸を開けると、朝露にぬれて、トンガリ帽子のような花弁のチューリップに出会います。陽が昇って暖かくなると花弁は開いていきます。不思議なことに蜂はチューリップの花弁には入っていきません。蜜が少ないのでしょうか...。
庭に出て雑草を抜いて、掘った穴に埋めていると、いつものジョウビタキがやってきました。ホントに1メートルほどしか離れていないところに止まって、「何してんの?」という感じなのです。とても可愛らしい、黄色と白のツートンカラーの小鳥です。もうすぐ北国に帰っていくと思います。
2月に植えつけたジャガイモの芽が少しずつ伸びています。5月にはきっと美味しい新ジャガを賞味できることでしょう。楽しみです。
というわけで、春はいいのですが、実は花粉症の季節でもあり、目が痛がゆく、鼻水すすってばかりです。何事も、いいことばかりではありません。