弁護士会の読書
※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。
社会
2023年2月28日
カルトの花嫁
(霧山昴)
著者 冠木 結心 、 出版 合同出版
統一協会(教会ではありません)の信者になったカルト二世の体験記です。その壮絶というべき悲惨な体験談を読むと、かけるべき言葉が見つかりませんでした。
集団結婚式で韓国の男性と2度も結婚し、DV夫と甲斐性のない夫とのあいだで子どもをもうけます。何しろ、韓国では統一協会の信者勧誘のチラシの見出しは「結婚できます」、そして日本の賢い女性と結婚できるというのです。信仰しているふりをした男性が信者として結婚の相手になります。その男性を信仰の力で変えようとします。もちろん、そんなことができるわけもありません。貧しい山村の掘っ立て小屋、風呂どころか便所もないようなところに幼い子どもと住んで生活するのです。いやはや、信仰とは恐ろしいものです。
著者が目が覚めて統一協会と縁を切るようになったのは、教祖の文鮮明が肺炎にかかって、あっけなく死んだことからです。文鮮明が死んだのは2012年9月3日。不死身、神に守られているはずの「メシア」が、いともあっけなく肺炎で死んだのを知り、激しく動揺したのです。文鮮明はメシアなどではなく、ただの人間だった...。これを境に、洗脳は解けていった。
幼いころから信じていた絶対なるものが偽りであると分かったときの恐怖。受け入れがたい苦痛であると同時に、今までの人生をも否定しなければならない、それまでの人生が「無」になってしまうような恐ろしさがある。この瞬間を受け入れるには、とてつもない勇気がいる。いやぁ、本当にそうだろうと思います。これは大変なことだと察します。
親の力を借りなければ生きていけない年齢の子どもからしたら、それを拒否することは、生死にかかわる大問題だ。親から愛されたい、親の願いをかなえたい、そう思うのは当然のこと。宗教二世の子どもたちは、親からの愛情を求めてカルトを選択するしかない。高校生のころは、自分のすべてを犠牲にして信者となった母の言うことを聞いてあげることが、美徳であり、親孝行であると勘違いしていた。ずっと「良い子」を演じていた。
合同結婚式の前に、文鮮明は「日本人には、選民であるうら若き韓国の乙女を従軍慰安婦として苦しめた過去の罪があるため、韓国の乞食と結婚させられたとしても感謝しなければならない」と言った。選ばれた著者の結婚相手が、まさしく、そのような人物だったのです。著者は統一協会の信者時代をふり返って、こう書いています。「私は、ちょっとやそっとのことでは驚かなくなっていた。わざと心を鈍感にすることで、自分の精神が崩壊するのを防いでいた」。うむむ、なーるほど、そうなんでしょうね。
統一協会は家庭を大切にしようと叫んでいます。それで、それを自民党も受け入れています。しかし、現実は統一協会の信者の家庭はほとんどボロボロになってしまいます。だって、お金はとりあげられ「勤労」奉仕させられて、子どもたちとゆっくりすごすヒマもなくなってしまうのですから...。
この本の最後に、統一協会を抜け出せたら、「めでたし、めでたし」で終われるということではないとしています。安陪元首相を殺害した山上容疑者の母親は、今なお信者であり続けているようです。何千万円ものお金を統一協会に差し出し、生活保護を受けながら細々と暮らしているようです。一家の中に2人も自死した人をかかえて、平穏な生活が送れるとは思えません。なにより、腹を割って話せる友人がいない状況が一番つらいのではないでしょうか...。宗教(カルト)二世のかかえる問題点がよく理解できる本です。
(2022年11月刊。1400円+税)
2023年2月15日
ある行旅死亡人の物語
(霧山昴)
著者 武田 惇志 ・ 伊藤 亜衣 、 出版 毎日新聞出版
古ぼけた、風呂もないアパートで病死しているのが発見された74歳の一人暮らしの女性。部屋の金庫の中には、なんと現金3400万円が入っていた。しかし、本人の身元を確認できるようなものは何もない。尼崎市は、とりあえず行旅死亡人として扱うことにした。
行旅(こうりょ)死亡人とは、病気などで亡くなった人が、住所、氏名などの身元が判明しないため、引き取り人不明の死者をあらわす法律用語。死亡場所を管轄する自治体が火葬し、官報に死者の身体的特徴や発見時の状況、所持品などを掲載(公告)して、引き取り手が現われるのを待つ。
市町村別行旅死亡人数のランキングでは、あいりん地区をかかえる大阪市が一位で、市町村人口比でみると、自殺の名所・富士の樹海をかかえる山梨県鳴沢村が一位になっている。
この話の端緒(たんちょ)は遊軍記者が何か記事のネタになりそうなものはないかと、喫茶店で新聞を読んでいて見つけたもの。3400万円という大金がありながら75歳くらいの身元不明の女性とはいったいどういうことだろう...。記者の勘に訴えるものがあり、尼崎市へ電話してみると、相続財産管理人の弁護士に連絡してもらうことになった。やがて弁護士から「折り電」があった。この太田吉彦弁護士は前に久留米市で活動していました。
「この事件は、かなり面白いですよ」
年金手帳があり、労災事故にあっていることが判明していて、そしてアパートに40年も住んでいるというのに住民票は職権消除されていて、本籍地も不明なので、死亡届が出せないという。なので、相続財産管理人の弁護士は私立探偵にも依頼して調べてもらったが、結局、警察のほうでも捜査はしたようだが、これまた判明しなかった。
星形のマークのついたロケットペンダントが遺品の中にあり、韓国1000ウォン札があったことから北朝鮮とのつながりも想定された。
記者が沖宗のハンコを手がかりとして検索すると、沖宗の家系図をつくっている人がいることが判明したので、直ちにアタック。そして、広島へ現地取材。さすが記者ですね。この行動力がすごいです。
沖宗家の先祖は福岡藩士の武士ということです。
女性の部屋には大型の犬のぬいぐるみがありました。「たんくん」と名づけられていました。
サン・アロー社がつくった「サンディ」というものだと判明。ぬいぐるみは、可愛がっていないと、すぐに朽ちてしまう。でも、大切に可愛がると、30年でも40年でも保(も)つ。なーるほど、そういうものなんですね...。
そして、広島の沖宗氏より、記者へ母の妹だと連絡があったのです。すごいですね。まさしく大当たりでした。
そして、その結果、生年月日が判明すると、なんと74歳と思われていた女性は、本当は86歳だったのです。なんということでしょうか...。いくらなんでも、本人は12歳もサバを読んでいて、それがまかり通っていたとは...、信じられません。
新聞記者たちは、広島県呉市で「コミ」を始めた。「コミ」を始めた。「コミ」とは、「聞き込み」と略語。関東では警察と同じく「地取り」と呼ぶ。そして、死亡人の生家や同級生にもたどり着いたのでした。
結局、北朝鮮とも犯罪とも無縁だろうということになり、何らかの事情で、人づきあいを絶ち、現金を貯めながらも一人暮らしをしているうちに86歳で病死したということのようです。
いろんな人生があるのだと実感させられるルポタージュでした。電車のなかで一気に読み上げました。だって、いったい、このあとの展開はどうなるのか、知りたかったものですから...。
(2023年1月刊。税込1760円)
2023年2月 9日
日本インテリジェンス史
(霧山昴)
著者 小谷 賢 、 出版 中公新書
公安調査庁という役所があります。かつて、私のいる町にも検察庁の支部庁舎に公安調査官が部屋を構えていました。なぜ知っているかというと、そのころは年2回、三庁対抗ソフトボール大会をしていて、その公安調査官も出場しようとしたからです(出場はしていません)。名簿に載った気がします(うろ覚えです)。聞いて驚いたことを覚えています。
共産党対策を専門とする役所ですが、共産党が暴力革命を目ざしていないことがはっきりして、盲腸のような存在だとされて、無駄な公金支出はやめろと、廃止論が有力になったとき、それを救ったのがオウム真理教でした。でも、オウム真理教事件の解明に公安調査庁が役に立ったとはとても思えません。
今、ときどき問題になっているのは自衛隊幹部の情報漏洩事件です。いったい、誰に情報が漏らされているかというと、必ずしもロシア、中国、北朝鮮ということでもないようです。どうやら、軍事ビジネスの企業への情報漏洩らしいです。もちろん、そんなことは公表されていませんから、憶測でしかありません。
最近では、北村滋という警察庁出身の内閣情報官が突出して有名です。それにしても、アメリカを始めとして多くの国の情報機関がこの北村滋を頼りにして、オーストラリア政府は北村滋の退官後にインテリジェンス功労賞を授与したとのこと。これって、日本の情報をオーストラリアに売り渡していたということではないんでしょうか...。
上が上なら、下も見習いますよね。つい、先日も幹部自衛官が複数名、逮捕されたと報道されました。でも、その背景も本質的問題も何ら続報がなく、明らかにされませんでした。
日弁連も反対した特定秘密保護法が規定されていますが、その運用状況は、まったく秘密のままです。日本政府は何でも秘密、秘密のまま、国民をあらぬ方向(政府の都合のいい方向)にもっていこうとする傾向が昔からとても強く、そのことについてマスコミが牽制的な働きかけをほとんどせずに、権力仰合あるいは追随して、そのうち国民が忘れ去るのを待つ、そして、次の話題に移っていくということが、あまりにも多い気がしてなりません。
安保三文書の意義と問題点を国会で議論することなく岸田首相はアメリカに飛んでいって逐一報告する。統一協会と自民党議員との結びつきを解明することもなく、不十分な立法をしてこの問題が終わったことにしてしまう。許せません。日本学術会議の6名の任命拒否の理由を明らかにすることもなく、この会議自体の抜本的改組を急ぐ。本当に今の自民・公明政権のやっていることは、ひどすぎます。国民に対する説明責任を果たそうとする気持ちがまったく欠如しています。にもかかわらず、NHKを初めとして、マスコミのほとんどはそれを問題としないままです。
日本のインテリジェンスにもっとも欠けているのは、コモンセンス(常識というか良識)ではないでしょうか...。
(2022年8月刊。税込990円)
2023年1月25日
宮本常一の旅学、観文研の旅人たち
(霧山昴)
著者 福田 晴子 、 出版 八坂書房
大変面白く、こんな旅をしている(いた)人がいるんだなと、ワクワクしながら一気に読み終えてしまいました。そして、こんな旅行をした人って、勇気があるし、身体も頑丈な人たちなんだろうなと思い、ついついとてもうらやましくなりました。
旅は貧乏旅行。ホテルでも民宿でもなく、どこかの民家に泊めてもらうのです。それは外国に行っても同じなのです。その土地の人々に受け入れてもらうのです。いやあ、たいしたものです。今は、内戦状態のところも多いし、物騒すぎて、とてもやれないように思えます。残念なことです。
日本の若者が、世界中にバックパックひとつで旅に出かけていきましたね。今は、どうなのでしょうか...。アメリカに留学しようとする日本人学生も激減したと聞いていますので、バックパッカーも恐らく減ってしまっているのでしょうね、本当に残念です。
この本の陰の主人公は宮本常一です。日本中の農山漁村を旅して歩いた、あまりに高名な民族学者です。民衆の生活の実際が文章化され、また、写真を撮って視覚化した偉大な学者です。この本の監修者である宮本千晴は、その子どもです。
宮本常一の父は貴重な心得を息子に申し渡しました。そのいくつかを紹介します。
時間にゆとりがあったら、できるだけ歩いてみること。お金をもうけるのはそんなに難しくはない。しかし、使うのが難しい。自分で良いと思ったらやってみよ。それで失敗したからといって親は責めはしない。人の見残したものを見るようにせよ。そのなかにいつも大事なものがある。あせることはない。自分の選んだ道をしっかり歩いていくことだ。
なかなかいい忠告ですよね、これって...。
宮本常一は、1000軒にのぼる民家にほぼ無料で泊めてもらった。いやあ、今でも、こんなことできるでしょうか...。ちょっと無理な気がします。
今もある超大手の旅行会社である近畿日本ツーリストは1966(昭和41)年に宮本常一を所長とする日本観光文化研究所(観文研)を設立した。そして、その機関誌として「あるくみるきく」が発刊された。
観文研は旅費と宿泊費を負担して、レポートを書かせて載せたのです。そのレポートは2度も3度も添削されました。
また、探検学校も1971年から1976年まで、全10回開催されました。行先がすごいんです。ボルネオ、ネパール、インドネシアの小スワンダ列島、アフガニスタン、カメルーン、パプワニューギニア、ケニア、台湾、インドです。この参加者は6対4で女性のほうが多かったというのにも驚きます。
福島県南会津にある「大内宿」は、江戸時代の宿場の姿が今に残るとして有名です。まだ私は行っていませんが、妻籠(つまご)と並んでぜひ行ってみたいところです。その保存に奔走した人(相澤韶男)の話も興味深いです。
モルディブ島に住み込んだ人(岡村隆)は、仏教遺跡を発見しています。
20代で405日間世界一周、456日間で六大陸周遊を成し遂げた人(賀曽根隆)がいます。南アフリカではアパルトヘイトに直面しました。
山に熊を追うマタギの旅にどっぷり浸ったあと、38歳で明治大学の社会人入試を受け、ついに東大の大学院に入って、47歳で卒業して学者になった人(田口洋美)もいます。
そして、中央アジアにアレキサンダー大王の末裔の人々が住むカラーシャの集落に入りこんだ人(丸山純)の話も衝撃的です。
宮本常一は、1981(昭和56)年1月末に73歳で亡くなり、1989年に観文研は閉所した。
1冊の本を読むこと、1人の人間に出会うこと、一度の旅をすること、これらは等しく、まだ知らない世界を見せてくれる。
旅では、一寸先に何が待ち受けているか分からない。その未知を自分の足先で探りながら、一歩一歩、踏みしめて行く。旅学は、自分で考えて歩む力を育(はぐく)む方法だ。
それは寄り道だらけかもしれないが、ムダに見える部分は、人間性回復の余地だ。なので、現代社会には旅が効く。
ガーンと心を打たれた気のする本でした。
(2022年7月刊。税込2970円)
2023年1月24日
優良中古マンション、不都合な真実
(霧山昴)
著者 伊藤 歩 、 出版 東洋経済新報社
東京や福岡では、中古マンションの価格が上昇し、20年前の3倍になっているところがある。いやはや、とても信じられません。私の住む町では、値上がりどころではありません。なので、離婚のとき、住宅ローンとの差額が大きすぎて、その支払いをめぐって深刻な争いになります。要するに、借金(住宅ローンとマンションの時価との差額のマイナス部分)の押しつけあいです。
でも、優良の中古マンションで、老朽化を原因とする漏水事故が起きたら、どうなるか...。
マンションの給湯管は銅でできていて、曲がったところが劣化すると、ピンホールという針の穴ほどの小さな穴が開き、そこから水が漏れ出し、階下に被害を与えてしまう。
耐圧漏水テストで圧が落ちたら、100%加害者であることが確定する。
住戸内の配管は専有部だから、共有部とちがって所有者に管理責任がある。そして、原因が老朽化にあるときの配管修繕の費用に対応できる損害保険はない。
実は、加害者宅の修繕費用を加害者本人に負担させず、管理組合のかけているマンション総合保険でまかなう商習慣がある。
漏水事故の95%は上階の給湯管ピンホール事故。そして、この給湯管は100%、専有部内にある。
給湯管の材質は、2000年までは銅が主流で、それ以降は架橋ポリエチレン製になった。ホテルや病院など、非住宅用はステンレス管になった。穴が開く主要な要因は、水道水に含まれる残留塩素。そして、被膜を破る原因に溶残酸素。
マンションの管理会社にとって日常の管理業務は労働集約型で、利益が出にくい。しかも、カスタマーハラスメントが横行していて、大変なストレスがかかるため常駐の管理人の人材確保に苦労している。それに比べて、大規模修繕だと、「おいしい」。
2017年9月14日に確定した最高裁判決によって、一定の条件があれば、マンション管理組合の修繕積立金を専有部分の工事に使用することは違法でないとされている。
マンションの住人が、ある日突然、漏水事故の「加害者」になった体験にもとづいて調べあげた経過をたどった本です。大変勉強になりました。
(2022年10月刊。税込1650円)
2023年1月20日
検証・同和行政下の解放運動の光と闇
(霧山昴)
著者 植山 光朗 、 出版 小倉タイムス出版部
もう40年も前のことです。開業医の妻が相談があるとやってきました。話は、息子の結婚相手が部落出身の娘だと分かったので、やめさせたい、どうしたらやめさせられるか、というのです。私は呆れ、また怒りを覚えました。結婚は当事者の決めること、たとえ親であっても介入してはいけない。ましてや部落出身者を差別するなんてとんでもないことだと言って説教して帰ってもらったという記憶があります。それから40年たちましたが、そのあと1回も、そんな結婚差別に関わる話を聞いたことはありません。
30年前までは、あの地域は部落だと言う人がいました。でも、私の住んでいる町には、明らかに他と異なる雰囲気というところはまったくありません。実感として、部落差別は解消したと思います。いえ、一部には残っているのかもしれませんが、まったく気がつきません。
でも、差別は、いろんな場面で、現に日本社会に存在します。聞くに耐えないヘイトスピーチの対象となっている在日朝鮮(韓国)人への差別がなくなったとは、とても思えません。ゲイ(レズビアン)の人への差別、アイヌの人々への差別、そして「アカ」という思想差別も今なお強烈なものがあります。また、フィリピンやベトナム人などの東南アジアから働きに日本へやってきている人たちへの差別がないと言えるでしょうか。私は言えないと思います。
みんな違って、みんないいという金子みすずの言葉を実践するには、それだけ気持ちにゆとり(余裕)がないとできないように思います。自分が苦しいと、そのはけ口を求めて、誰かを見下して、攻撃する行動に走りがちになるのが人間の悲しい現実です。
「解同」の暴力と利権あさりは、私の町でも目に余るものがありました。私の住む町では「解同」の言いなりにならない社会党の地方議員が暴行される事件も起きました。なので、「解同」は怖いと思われ、かえって差別が温存される状況も続いていました。それも、今では過去のことです。国が、宣言したことは大変大きかったと思います。
1969年に始まり、全国4607の「同和地区」を対象に実施された同和対策特別対策事業は、33年間で16兆円を投入し、2002年3月、事業の所期の目的は達成したとして終結しました。総務省は、「国、地方公共団体の長年の取り組み等によって、劣悪な生活環境が差別を再生産するような状況は改善され」た。「特別対策をなおこれ以上続けることは、差別解消に有効ではない」としたのです。
この本で、著者は、「部落差別」は今では深刻にして重大な社会問題とはいえないとしています。たとえば、結婚について、20代、30代では8割から9割が結婚差別を体験することなく結ばれている。そして、部落差別は、人間として恥ずべき行為だとする市民的常識が確実に広がっていると強調しています。まったく同感です。
ところが、部落差別解消推進法が制定されようとしています。そこには、部落差別について、明確な定義がありません。そして、「差別意識」という個人の心の問題を法律で規制しようとしているのは問題です。抽象的で漠然とした法律は拡大解釈が容易ですから、非常に危険な法律としか言いようがありません。
私が弁護士になった年(1974年)11月に兵庫県立八鹿高校で、「解同」による教職員への集団暴行、長時間吊し上げ事件が起きました。このとき、白昼、大変な暴行、傷害事件が起きたのに、警察の対応は信じられないほど生ぬるく、しかも、一般の新聞・テレビはまったく事件を報道しませんでした。強烈な「解同」タブーがマスコミを支配していたのです。
北九州にあった「同和地区」では、10人に9人が中卒以下、新聞を購読している家庭も1割しかいなかった。ところが、生活が苦しいのに、生活保護の申請をする人は少なかった。
1964年、北九州市の生活保護率53%は全国平均の18%の3倍もの高さだった。
「解同」による暴力的な糾弾行動は善良な人々を畏怖させました。そして、幹部たちが利権あさりに狂奔しました。たとえば、「クジラ御殿」が有名になりました。
また、税制上も明らかに無法な特別待遇がまかり通っていました。北九州では解同幹部による「6億円の土地転がし」が発覚しました。そして、「解同」の糾弾の対象となった校長が自殺してしまうという悲劇が発生したのです。
八女市では、「解同」の支部役員が「差別ハガキ」を44通も自作自演していたという信じられない事件が発覚しました(2009年7月)。
小倉税務署長までつとめた「解同」顧問の税理士が脱税指南をしていたとして、実刑判決(2011年11月)が下されたことも忘れられません。
大阪に存在した旧「同和地区」では、今では9割以上の住民が地区外からの転入者になっている。もはや、「同和地区」の閉鎖的地域性は解消され、「地区」とは言えなくなっている。著者は、このように紹介していますが、私の実感にもあいます。
差別の解消は今でも大変な人権課題だと思います。でも、それは、部落差別だけではありません。人間の尊厳と個人の尊重の実現こそ目ざすべきだと著者が何度も強調しているのに、私も大いに共感します。
300頁をこす貴重な労作です。福岡自治研の宮下和裕事務局長の紹介で読みました。
(2022年11月刊。税込2000円)
2023年1月18日
国鉄
(霧山昴)
著者 石井 幸孝 、 出版 中公新書
JR九州の初代社長が自画自賛した本です。でも、私は内容にまったく賛同できません。公共交通機関であるという使命を放棄して、もうけの追求だけ。ローカル線を切り捨て、新幹線のホームに駅員を配置しないなんて、とんでもありません。そして、「七つ星」とか超高級列車を走らせ、ひたすら自慢する。本当に間違っています。
JR九州は、「鉄道会社」であるより「不動産会社」の道を選んだ(328頁)と得意気に言い切っているのにはゾクゾクとした寒気すら覚えます。関東・関西の大手私鉄グループにならった手法です。もうかればいいという発想しかありません。多角経営、利益率の確保、それだけです。
JR九州のスローガンは「お客さま第一」、「地域密着」。看板に偽りありです。
鹿児島本線の特急をなくし、新幹線のホームは無人化してしまう。駅の無人化もすすめ、ローカル線は切り捨て。これで、なにが「地域密着」でしょうか。
そして、JR九州ではありませんが、リニア新幹線なんて、不要不急かつ危険で赤字必至の路線に莫大な金額を投入しています。全国一本の国鉄だったからこそ、地方のローカル列車は存続できたのです。
労働組合の存在もまったく影が薄くなってしまいました。国労つぶしをすすめた著者は労働者にも権利があり、憲法で保障されているなんて、まったく念頭にないのでしょうね。
残念ながら、日本の社会を金、カネ、カネ本位というように、ダメにした張本人の一人としか言いようがありません。今なお、なんの反省もないので救いようがありません。
私は、国鉄の分割民営化は郵政民営化と同じく日本をダメにする大きな賭け、間違いだったと考えています。最後まで腹立たしさ一杯で読み通しました。
(2022年10月刊。税込1210円)
2023年1月12日
統一教会との闘い
(霧山昴)
著者 山口 広、 川井 康雄 ほか 、 出版 旬報社
統一協会(この本では、本当は統一協会だけど、世間に広く知られている統一教会とすると断っています)と長く闘ってきた全国300人あまりの弁護士による全国霊感商法対策弁護団(全国弁連)によって緊急出版された本です。さすがに、長年の取り組みを反映して、本文は170頁ほどですが、ずっしり詰まった内容です。
私がもっとも驚いたのは、2012年に死亡した文鮮明が教祖様であって、今も崇拝の対象とばかり思っていたのですが、今の代表者である韓鶴子は夫の文鮮明をけなしているということです。これには開いた口がふさがらないほどショックでした。
韓鶴子は、アメリカで三男・顕進派との訴訟において、文鮮明には「原罪」があった、この文鮮明の「原罪」は、「独生女」であり、無原罪である自分と結婚したことでなくなったと証言した。これまで、文鮮明こそ「再臨のメシア」であり、無原罪だとしてきた教えを根本から否定するもの。なので、これに反発して韓鶴子派から脱退した幹部もいるとのこと。いやあ、統一協会の創始者の文鮮明を、その妻だった韓鶴子が批判するだなんて...。内部亀裂の深刻さを物語っています。
そして統一協会は家庭平和連合として、あたかも家庭を守るように装っていますが、肝心要の文鮮明と韓鶴子の14人もの子どもたちは、両親から放ったらかされ、子育てに親が関わらず、信者まかせだったため、早死したり、事故死したり、浪費が激しくて社会的に能力がなかったり、散々のようです。実の母親と息子が利権争いをして、アメリカで10年以上も裁判を続けているというのも異常すぎますよね。
最近、統一協会の「二世問題」の深刻かつ悲惨な状況が明らかにされつつありますが、本当に育児放棄、家庭崩壊、借金まみれ、社会的にも孤立という状況に追いやられた「二世」たちは哀れとしか言いようがありません。そんな「二世」が5万人以上もいるというのですから、大変な社会問題として放置できないと思います。ところが、そんな統一協会の幹部たちが表向きでは家庭を大切にしようというのですから、まさしく憤飯ものです。
文鮮明は、日本を「エバ国家」と呼びました。韓国は「アダム国家」です。エバはアダムを墜落させた。「エバ国家」である日本は、「アダム国家」である韓国に侍(はべ)らなければならない。「万物復帰」として、サタンある日本の財物はすべて神(統一協会)の側に戻さなければいけないとした。
信者に対して、国民を欺して大金を奪うが、そのとき、小さな「悪」にこだわってはいけない、統一協会に尽くすという「善」をなさないことこそが、大罪だと統一協会は説きます。
冷静な頭で考えたら、そんなバカな...というところですが、もうろうとした頭になって聞かされた、有りがたい説教に、ついつい盲従させられてしまいうのです。
統一協会は、文鮮明という男のホラ話を信じ込んで、本当に神が地上につかわした再臨のメシアだと絶対視する信者たちで構成されている。とはいうものの、教会のナンバー2だった郭錠煥が安倍元首相の襲撃事件のあと記者会見して「事件に責任がないとは言えない」と言ったり、大打撃を受けているようです。
そして、一般の信者も8割ほどは自分で脱会していると山口宏弁護士はみているそうです。脱会する気になったのは、文鮮明が本当はメシアなんかではなく、単なる「ハッタリかます欲ばりじいさん」だと分かったから、という話は、聞いていて本当にそのとおりだし、むなしい日々を過ごして哀れだと思いました。
統一協会の勧誘は、正体を隠して勧誘し、深みにはまっているところで文鮮明を登場させて、もはや抜け出せない状況に追いこむという巧妙なもの。
信者の8割は女性。青年(男性)のほうは、もっと綿密な教化システムがある。
統一協会問題が深刻なのは、自民党を丸かかえしていること、そして、自民党は今なお、統一協会と決別しておらず、関係を温存したまま、世間の忘却を待っていることです。その典型が萩生田光一政調会長です。萩生田議員は落選していたとき、統一協会の「教会」に何度も行って、「一緒に日本を神の国にしましょう」と言っていました。こんな議員を政調会長にしたままの自民党、そして自公政権が日本をダメにしてしまうのは明らかなのではないでしょうか...。
いずれ日本の国民は忘れるから、しばらく黙っておこうなんていう自民党の政治を、あなたは許せますか...。私は許しません。とてもタイムリーな本です。ぜひ、読んでみてください。
(2022年11月刊。税込1650円)
2023年1月11日
過労死
(霧山昴)
著者 過労死弁護団全国連絡会議 、 出版 旬報社
KAROSHIはカラオケと並んで世界に通用するコトバです。なんと不名誉なことでしょう。しかも、過労死の企業の典型といったら、なんと日本を支配する電通です。まったくひどいものです。
日本の過労死問題について、世界の人々の理解を広げるため、過労死弁護団は、1991年に「KAROSHI」英語版を刊行した。それから30年あまりが経過した今日でも過労死はなくなっていない。なくなっていないどころか、ますます増えそうな状況にある。
それというのも、日本ではあまりに労働組合が弱体化し、労組への加入率は激減したまま低迷し続けていて、ストライキは現代日本では死語も同然。
他人(ひと)への迷惑をかけたらいけないから、自分の権利主張も控えるのが当然だという風潮、他人の足をひっぱるのが「常識」になっている。いやいや、昔は日本でもストライキがあり、職場占拠も珍しくなかったのです。それは江戸時代の百姓一揆の伝統を良い意味で承継していたのです。でも、今では...。
過労死とは、働きすぎによる過労・ストレスが原因で死亡すること。この分野で第一人者である川人博弁護士は、過労死が現代日本では毎年1万件ほど発生していると推定している。厚労省が労災と認定する脳・心臓疾患や精神症疾患等の疾病(死亡を含む)は毎年800件で、そのうち死亡者は200件。これは氷山の一角。
過労死弁護団連絡会議が設立したのは1988年6月のこと。最初の10年間は、死因のほとんどは脳卒中や心臓病死だった。
1998年以降は自殺が急増した。そして、40代、50代の男性が多かった。
1998年以降は20代、30代の労働者のケースが増え、女性のケースも増えている。
過労死KAROUSHIは3K、Karaoke、Kaizenと並んで、世界的に有名な日本語。
日本の労働組合は、欧米に比べると、活動力が弱い。そのうえ、組織率は17%だけ...。
労働時間が1日に12~13時間、2週間連続勤務、月350時間労働、そして、年間4000時間をこえる過重労働。これでは病気にならないほうが不思議ですよね。
電通に入った東大卒の高橋まつりさんは、上司からのパワハラもひどく、24歳になったばかりのクリスマスの朝に、会社の借り上げ寮から投身自殺。
「今週10時間しか寝ていない。1日2時間の睡眠時間」なんて、信じられません。
ところが上司は、こう言ったのです。
「会議中に眠そうな顔をするのは、管理ができていない」
「髪ボサボサ、目が充血したまま出社するな」
「今の業務量で辛いのは、キャパ(能力)がなさすぎる」
まつりさんは、こう書いています。
「死にたいと思いながら、こんなにストレスフルな毎日を乗り越えた先に何が残るんだろうか」
将来ある若い女性をここまで追い込む会社に存在価値があるのか、疑ってしまいます。ところが、先日の東京オリンピックの汚職事件の主要な舞台もまた電通でした。
そして、アベ首相を押し上げていたのも電通。どこか、狂っているとしか言いようのない会社が日本を表でも裏でも動かしているのです。ここまでくると、日本の社会がおかしくなっている責任の一端が電通にあると言って、言い過ぎではないと私は思います。
労災認定された過労死は2002年の160人を最高に、近年は減少傾向にある。それでも2020年は67人もいた。過労自殺のほうは、1999年の11件が少し増え、過去13年間は63~99人で横ばい。2020年は81人。2020年の過労死と過労自殺者の合計148人は、業務上死亡802人の2割を占めている。
長時間労働は、うつ病、不安障害、睡眠障害の原因になる。
メンタルヘルス休職者比率の高い企業のほうが、時間の経過とともに企業の利益率は悪化していく。
では、電通はいったいどうなのでしょうか。相変わらず、超々大儲けしているように外見上は見えますが...。川人博弁護士は、過労死は、日本社会の構造的な原因によるものだと断言しています。本当にそのとおりだと思います。
労働組合なんて、あってないような存在と化している現代日本において、労働者が自分の生命・健康そして基本的な権利を守り、主張することがとても難しくなっています。でも、あきらめてはいけません。そのための手引書もたくさん出ています。ぜひ活用したい本です。
長年の知己である川人博弁護士から、本書の英語版と一緒に贈呈していただきました。ありがとうございます(英語版のほうの活用は検討課題です)。
(2022年12月刊。税込1430円)
2023年1月 4日
決戦!株主総会
(霧山昴)
著者 秋場 大輔 、 出版 文芸春秋
ドキュメント、LIXIL死闘の8ヶ月。辞任させられたCEOが挑んだ勝目の薄い戦いは、類例を見ない大逆転劇を生んだ。これが、サブタイトルであり、オビの文章です。
創業者の一族がいつまでも大企業を牛耳るというのは、まるで感心しませんが、天下のトヨタも相変わらず創業者一族がトップなのですから、嫌になります。こうやって、下々の庶民階級とは別レベルの上流階級が日本の支配層として君臨しているのでしょうね・・・。
創業家出身者といっても、株式自体は3%しか持っていないのです。なのに、天下の大企業を支配できるというのは、どんなカラクリがあるのか・・・。それも知りたくて読みすすめました。
3%しか持っていない少数株主であり、会社に顔を出すことも滅多になく、月の半分以上はシンガポールで過ごしているというのに、日本の大企業を牛耳って、自分の思うように動かすなんて、信じられません。シンガポールでは、骨董品を収集したり、プロの声楽家を呼んで発声練習したり、悠々自適の生活。こんな生活を送りながら、鋭敏な経営感覚を持ち続けるなんて、ありえないことだと、しがない弁護士でしかない私は思います。
ところが、世の中には、現場の実務なんて経営者は知らなくてもいい、大きな方向性を打ち出すだけでいい、そう考える人がいるのです。驚きです。
株主総会をめぐる死闘において、その背景にうごめいているのが弁護士。この本では、森・濱田松本法律事務所ともう一つ、西村あさひ法律事務所が登場します。CEOの解任が正当な手続を踏んでなされたのかどうかを検証する委員会が立ち上げられ、そこにも弁護士が関与しています。問題は、その内容を会社として、どういう形で外部に公表するか、です。あまりに会社に不利なないようだったら、会社としては隠しておきたくなりますよね。
財界、経済界の人脈は大切なようです。麻布・開成・武蔵という「私立御三家」の人脈、そして東大の人脈も登場します。私のような田舎の名もない県立高校の出身だと、人脈なんか、何もないわけです。大企業に就職しなくて本当に良かったと思います。
アクティビストとは「物言う株主」。臨時株主総会の開催要求を常に視野に入れている。
プロキシーファイトとは、委任状・争奪戦のこと。ここでも弁護士の助言が求められます。機関投資家は、アクティブ投資家と、パッシブ投資家に大別できる。
こんな有象無象と渡りあう仕事なんて、私は絶対やりたくありません。なんで、こんな職業に大勢の若い人が興味があるのでしょうか・・・。私には理解できません。地方で人間と向きあっていたほうが、やはり一番私の性にあっています。田舎で弁護士をやるって、本当に面白いのですよ・・・。
(2022年6月刊。税込1870円)