福岡県弁護士会 宣言・決議・声明・計画

声明

2007年6月22日

犯罪被害者刑事手続参加制度に関する法律成立に抗議する声明

2007年(平成19年)6月21日
                  
福岡県弁護士会 会長 福島康夫

 昨日、国会において「犯罪被害者等の権利利益の保護を図るための刑事訴訟法等の一部を改正する法律」が成立した。この法律は、裁判員裁判対象事件や業務上過失致死傷等の事件について、裁判所に参加を申し出た被害者やその遺族に対し、公判への出席、情状に関する事項についての証人に対する尋問、被告人質問、証拠調べ終了後の求刑を含む弁論としての意見陳述を認める制度であるが、当会は、本年3月8日及び同6月6日の二度にわたって、この創設に反対する会長声明を発した。
 にもかかわらず、同法が成立したことは誠に遺憾であり、強く抗議の意を表明する。
 同法に定められた犯罪被害者参加制度には、
 (1)真実の発見に支障をきたす
 (2)法廷を報復の場にしてしまうのみならず無罪推定の大原則を根本的にゆるがし近代刑事司法の基本構造を根底からくつがえす
 (3)被告人の防御権の行使を困難にする
 (4)少年の刑事事件ではさらに深刻な萎縮効果を及ぼし適正手続きに反する事態を生じる
 (5)事実認定に悪影響を及ぼし裁判員制度が円滑に機能しなくなるおそれもある
などの重大な問題があり、この制度は、我国の刑事裁判に対し、看過し得ない重大な悪影響を及ぼすものである。
 当会は、今後、政府及び国会におかれて、以上のような同法の重大な問題点を徹底的に究明され、裁判員裁判が実施される前に同法の抜本的な改正がなされることを強く求めるものである。

2007年6月 7日

被害者の参加制度関連法案衆議院可決にあたっての声明

2007年(平成19年)6月6日
                 
福岡県弁護士会 会長 福島康夫

 衆議院は、2007年(平成19年)6月1日、「犯罪被害者等の権利利益の保護を図るための刑事訴訟法等の一部を改正する法律案」(以下「法案」という)を可決し、参議院に送付した。
 この法案は、裁判員裁判対象事件や業務上過失致死傷等の事件について、裁判所に参加を申し出た被害者やその遺族に対し、公判への出席、情状に関する事項についての証人に対する尋問、被告人質問、証拠調べ終了後の求刑を含む弁論としての意見陳述を認めるものであるが、当会は、この法案の定める犯罪被害者等の刑事手続参加制度(以下「被害者参加制度」という)には、次のような問題があり、その創設に反対するものである。
(1)法廷を報復の場にしてしまい近代刑事司法の基本構造を根底からくつがえすことになる。
  わが国では、検察官が訴訟遂行を独占する仕組みをとっている。これは、犯罪被害者やその遺族(以下「被害者等」という)による私的報復を禁止し国家が加害者を処罰することによって、被害者等と加害者との報復の連鎖を防いで社会秩序の安定を図ろうとするものである。それによって、被害者等は加害者の再報復から守られることにもなる。
  したがって、現行法上、被害者等の意見や処罰感情等は、公益的立場である検察官を通じて理性的に訴訟手続に反映させることが予定されている。
  ところが、今回衆議院で可決された法案は、刑事訴訟手続の場に私的復讐を持ち込み、報復の連鎖を招く危険性が高い。
  このことは、無罪推定原則に基づき裁判官の予断と偏見を可能な限り排除しようとする近代刑事司法の原則にも反することになる。
(2)被告人の防御権の行使を困難にし真実の発見に支障をきたす。
  近代刑事司法は、被告人に十分な防御の機会を保障することによって、真実を発見し適正な量刑を行なおうとするものである。
  ところが、被害者等が被告人と法廷で対峙し被告人が被害者側からの感情も交えた厳しい追及にさらされることになれば、被告人は萎縮してしまい自らの正当な反論もできなくなる可能性がある。
  さらに、被害者等が不意打ち的な訴訟遂行を行うことも予想され、被告人側は、これら全てに対して防御することを余儀なくされ、防御すべき対象、争点の拡大がもたらされる可能性もある。
  このような事態は、被告人の防御活動を著しく困難にし真実の発見と適正な量刑にも支障をきたすことになる。
(3)少年の刑事事件ではさらに深刻な萎縮効果を及ぼし適正手続きに反する事態を生じる。
  上記のような事態は、被告人が、心身ともに成長過程にあって精神的・心理的に未発達な少年の場合には、さらに深刻である。
(4)裁判員制度に悪影響を及ぼすおそれもある。
  以上のような事態は、2009年(平成21年)から実施が予定されている裁判員裁判にも重大な悪影響を及ぼす可能性がある。
  すなわち、被害者等を訴訟に参加させ感情的な訴訟活動を法廷に持ち込めば、市民たる裁判員は目の前の被害者等の感情的な訴訟活動に混乱し、過度に影響を受けて冷静かつ理性的な事実認定が困難になり、かつ、量刑においても過度に重罰化に傾くことは容易に予想される。

 以上のように、被害者参加制度は、刑事裁判に対し、その本質に照らし看過し得ない悪影響を及ぼすものである。そのため、犯罪被害者等の中にも「被告人から落ち度を指摘されたり、その場限りの謝罪を受けたりして被害者が傷つく」「声を上げられない被害者が見落とされる」「法廷が復讐の場になれば憎悪の気持ち、苦しみも増すだけ」などという意見が出されている。
 このように刑事裁判の根幹に関わる重要な制度改革をわずか2週間程度の審議で決定するのはあまりに拙速過ぎ、慎重さを欠いている。
 なお、この法案には3年後に見直すとの条項が盛り込まれはしたが、法案に含まれる根本的な問題は単なる見直しでは解消できるものではない。
 当会は、犯罪被害者等の支援が重要であることを十分に認識し、これまでもそのような活動に取り組んできたし今後も取り組む所存である。しかし、以上のような問題をもった被害者参加制度の創設についてはこれを認めることはできない。
 当会は、本年3月8日に被害者参加制度の創設に反対する会長声明を発したところであるが、今回、衆議院において慎重さを欠いた法案の可決がなされたことは誠に遺憾であり強く抗議する。参議院におかれては、法案の問題性を十分に認識したうえで慎重に審議されるよう求めるものである。

2007年5月16日

少年法等「改正」法案に反対する会長声明

 本年4月19日,衆議院において,少年法「改正」法案(与党修正案)が可決され,現在,参議院において,審議が進められている。与党修正前の少年法「改正」法案に対して,当会は,平成17年以来,2度にわたって会長声明を発表し,少年法「改正」法案に反対したところであるが,以下の1から3までに記載のとおり重大な問題があり,あらためて,この「改正」法案(与党修正案)に対して反対するものである。


1 おおむね12歳以上という下限を示しながらも,14歳未満の低年齢非行少年の少年院送致を可能にするという厳罰化を定めていること
  そもそも,少年院は,一定の人格形成がなされていることを前提とし,主として集団的で,かつ,「厳しい規律」を前提とした矯正教育を行う施設である。ところが,14歳未満の低年齢の少年が非行を起こす場合の多くは,心身の発達状況や家庭における生育歴などに問題を抱えている場合が多く,とりわけ,重大な事件を犯すに至った低年齢の少年ほど,被虐待体験を含む複雑な生育歴を有し,このため,人格形成が未熟で,規範を理解し受け容れる土壌が育っていないことが多い。このような低年齢の触法少年に対しては,それぞれの少年が抱える問題に応じた個別の福祉的,教育的対応が可能な児童自立支援施設における処遇が適切である。
  少年院送致の年齢の引き下げよりも,児童自立支援施設の一層の専門性強化とこれに要する人的物的資源の充実が求められるところである。


2 触法少年に対する警察官の調査権限を付与していること
  そもそも現行法上,触法少年の行為は犯罪ではなく,警察官による調査になじむものではない。
  触法少年の特徴は先に指摘したとおりであり,そうした少年に対する調査は,福祉的,教育的な観点から,児童福祉の専門機関である児童相談所のソーシャルワーカーや心理相談員を中心として進め,その実態に迫っていくとともに,適切なケアを図っていくべきである。


3 保護観察中の遵守事項を守らない少年に対する少年院収容処分を導入していること  現行法においても,保護観察中の遵守事項違反に対しては「ぐ犯通告」制度が存在し,現行の保護観察制度は相応に機能している。
  ところが,本法案は,「少年院送致」を威嚇の手段として遵守事項を守るよう少年に求めるものであり,そうした環境では,真実の信頼関係は育たず,かつ,保護観察制度の実質的な変容を迫るものである。
  むしろ,保護観察官の増員や適切な保護司の確保といった現行の保護観察制度の充実をはかるべきである。


4 なお,本法案は,ごく限定的ではあるが,従前の検察官関与とは切り離して国選付添人制度を導入し,少年が釈放されたときにも国選付添人選任の効力が失われなくなったとの修正が入ったことは評価できる。  これは,当会が全国の弁護士会に先駆けて実践してきた身柄事件全件付添人活動が,ここ数年,全国に波及していく中で,これらの実績に基づいて有用性が証明され,国としてもその成果に配慮したことによるものであると確信する。その意味で,国選付添人制度の導入は,我々のこれまでの活動が実を結び,将来の全面的な国費による付添人制度への橋渡しになりうるものとして一定の評価をする。
  我々は,さらに,全面的な国選付添人制度の実現を強く求めるとともに,今後とも,少年付添人活動の一層の充実に努めていく決意である。


2007(平成19)年5月16日

福岡県弁護士会 会長  福島 康夫

2007年5月14日

憲法改正手続法の成立についての声明

2007年5月14日

福岡県弁護士会 会長 福島康夫


本日、参議院において、「日本国憲法の改正手続に関する法律案」が可決され、成立した。本年4月13日の衆議院可決からわずか1か月という早期の成立であり、参議院において慎重な審議がなされたとは言えない。
 国民投票法案に対し、当会は、2006年12月には意見書を、2007年3月と同年4月には声明を発表し、同法案には下記のような多くの問題点が含まれていることを指摘して慎重な審議を求めてきた。
 他方で、5月7日にはここ福岡において地方公聴会が実施されたが、一般の国民が公述人に応募したり自由に傍聴できるものではなく、当該公聴会が広く主権者たる国民の意見を反映する機会となったとは言い難い。また、当該公聴会における公述人の発言から、未だ、同法の内容について国民の理解が進んでいるとは言えないことも明らかになったところである。
 本日成立した国民投票法は、?罰則は削除したものの、主権者である公務員や教育者の地位利用による国民投票運動を禁止しており、制約しなくてもよい主権者としての意見表明の自由を広範に制約していること、?憲法改正案の広報を行う国民投票広報協議会の構成が、所属議員の比率によって選任されるため、国民に対して反対意見が公正かつ十分に広報されないおそれが強いこと、?国会の発議から国民投票までの期間がわずか60日ないし180日とされているため、重要な争点について国民がじっくり考えて意見を持つ時間が保障されていないこと、?過半数の賛成の対象が全有権者となっておらず、また最低投票率の定めすらないことなど、主権者である国民の「承認」を得るという点では重大な問題を残している。このことは、参議院の日本国憲法に関する調査特別委員会において、18項にも上る附帯決議がなされ、今後も検討することとされたことからも明らかである。
 当会としては、同法が、内容に多くの問題を残し、国民の理解も進まないまま、慎重な審議を欠いて成立したことにつき、遺憾の意を表明するものであり、併せて、国会に対し、この3年の間に、付帯決議がなされた事項にとどまらず、国民投票に国民の意思を反映することができるように、同法を抜本的に見直すことを強く要望するものである。
   以上

2007年4月27日

死刑執行に関する会長声明

2007(平成19年)年4月27日

福岡県弁護士会 会長 福島康夫


1 本年4月27日、福岡拘置所の死刑囚を含む3名に対する死刑が執行された。
 日本弁護士連合会は、2002年(平成14年)11月の「死刑制度問題に関する提言」及び2004年(平成16年)10月の人権擁護大会決議に基づき、法務大臣あてに死刑執行停止に関する要請をしている。
 当会でも、九州弁護士会連合会と共に、2004年(平成16年)9月4日、「アジアにおける死刑―死刑廃止の胎動」と題して日弁連人権擁護大会に向けたプレシンポジウムを開催し、隣国の韓国及び台湾(中華民国)が死刑廃止立法に向けた確かな歩みをしている事例を紹介し、日本においても死刑廃止を含めた死刑制度の国民的議論の必要性を喚起してきた。
2 わが国での死刑執行は、1989年(平成元年)11月から1993年(平成5年)3月まで3年以上にわたって控えられていた。
 ところが、その後死刑執行が再開され、今回の執行を含め13年9ヶ月の間に、その被執行者数の累計は54名にも及ぶ。
 しかし、わが国では、4つの死刑確定事件(免田・財田川・松山・島田各事件)について再審無罪判決が確定し、死刑判決にも誤判が存在したことが明らかとなっている。
 そもそも、国際的には、1989年(平成元年)に国連総会において採択された死刑廃止条約が、1991年(平成3年)7月に発効して以来、死刑廃止が国際的な潮流となっている。その中で、1993年(平成5年)11月4日及び1998年(平成10年)11月5日の2回にわたり、国連規約人権委員会は、日本政府に対し、死刑廃止に向けた措置をとるよう勧告している。
 国内的にも、1993年(平成5年)9月21日の最高裁判決中の大野正男裁判官の補足意見では、死刑の廃止に向かいつつある国際的動向とその存続を支持するわが国民の意識の整合を図るための立法施策が考えられるべきであるとの指摘がなされている。それにもかかわらず、その後十分な議論が尽くされないまま死刑執行が繰り返されてきた。
3 このような国際的な潮流と国内的な状況を踏まえて、当会は、これまで、死刑確定者からの処遇改善や再審援助要請といった人権救済申立事件処理を通じて、死刑制度の存廃を含めた問題に積極的に取組んできた。
 そこで、当会は、これまで、しばしば、当会会長声明において、死刑執行に対して極めて遺憾であるとの意を表明し、法務大臣に対し、死刑の執行を差し控えるべきであることの要望を重ねてきた。
4 にもかかわらず、死刑制度存廃につき国民的議論が尽くされないまま、死刑の執行が繰り返されてきたのはまことに遺憾である。
 当会は、今回の死刑執行に関して、法務大臣に対し、極めて遺憾であるとの抗議の意を表明するとともに、更なる死刑の執行を停止するよう強く要請する。

長崎市長に対する殺害事件について厳重抗議する会長声明                                  

2007(平成19)年4月25日
   
福岡県弁護士会 会長 福島康夫

1 今月17日,JR長崎駅前で,伊藤一長長崎市長が,選挙期間中という重要な政治活動の最中に暴力団幹部から銃撃され殺害されるという事件が発生した。
2 報道によれば,暴力団幹部が長崎市に対して執拗な要求を行い,これを拒絶されたことに逆恨みをした挙げくの犯行とのことであるが,いかなる理由があろうとも,有無をいわさず暴力をもって政治活動を圧 殺するという行為は民主主義の根幹を揺るがす暴挙に他ならず,断じてこれを許すことはできない。
  また,このような行政の長である市長に対するいわれのないテロ・暴力行為は,公正公平であるべき行政の健全性を阻害するばかりでなく,行政関係者や市民に対して恐怖感を与え社会全体をも萎縮させる危険性がある。私たちは,その卑劣さに対して強い憤りを覚えるものである。
3 福岡県弁護士会会員一同は,基本的人権を擁護し社会正義の実現を図る弁護士の使命に照らし,民主主義社会に対する否定行為であるテロ・暴力を一切否定する。私たちは,市民や関係機関と団結して,暴力の追放と根絶のために最大の決意をもって臨むことを表明するものである。
 核兵器の廃絶と平和を世界に訴えてきた伊藤市長が志半ばにして凶弾に倒れられたことを深く悲しみ,衷心から哀悼の意を表する。
                 

2007年4月17日

国民投票法案の衆議院採決に対し反省を求め、参議院における慎重審議を求める声明

2007年(平成19年)4月17日

福岡県弁護士会 会長 福島康夫

本日、衆議院において、「日本国憲法の改正手続きに関する法律案」(いわゆる国民投票法案)が可決された。この採決は、拙速になされたものであると言わざるを得ない。
 当会は、2006年12月6日には国民投票法案に関する意見書を、2007年3月20日には国民投票法案の慎重審議を強く求める声明を発表し、国民投票法案には多くの問題点が含まれていることを指摘して慎重な審議を求めてきた。
 そのような当会の指摘にもかかわらず、本日可決された法案は、?罰則は削除したものの、主権者である公務員や教育者の地位利用による国民投票運動を禁止しており、制約しなくてもよい主権者としての意見表明の自由を広範に制圧していること、?憲法改正案の広報を行う国民投票広報協議会の構成が、所属議員の比率によって選任されるため、国民に対して反対意見が公正かつ十分に広報されないおそれが強いこと、?国会の発議から国民投票までの期間がわずか60日ないし180日とされているため、重要な争点について国民がじっくり考えて意見を持つ時間が保障されていないこと、?過半数の賛成の対象が全有権者となっておらず、また最低投票率の定めすらないことなど、主権者である国民の「承認」を得るという点では重大な欠陥を残している。
 また、公聴会が東京、大阪、新潟の3箇所においてしか実施されなかったことも遺憾である。ここ福岡を含む、より多くの地方において公聴会が実施されるべきであったのであり、わずか3箇所のみでは国民の意見が充分に反映されたとは言えない。
 参議院においては、衆議院の轍を踏むことなく、少なくとも、憲法改正という国家の最重要課題について、主権者の意思を反映させるという国民投票制度の本来の目的・趣旨を十分に生かすよう、広く主権者たる国民の声に耳を傾けたうえで、そもそも、いま法制定の必要性が果たしてあるのかどうかも含め、慎重に審議されることを強く求めるものである。

2007年3月20日

国民投票法案の慎重審議を強く求める会長声明

2007年3月20日

福岡県弁護士会 会長 羽田野 節夫

 現在、国会では、本年1月25日に上程された「日本国憲法の改正手続きに関する法律案」(いわゆる国民投票法案)が審議されている。
 本年5月3日の憲法記念日までに法案を成立させるという安倍首相の決意に合わせて、与党は強行採決も辞さないと報道されている。
 しかしながら、この国民投票法案は、決して単なる手続法案に過ぎないものではなく、今後の国のあり方を決める重要な意義を有するものであるところ、これまでの国会論議においても、当会が指摘した問題点の多くは未解決のままである。
 そもそも国民投票は、国民主権の原則にもとづき、最高法規である憲法の改正について、主権者である国民の意思を反映させる手続きである。したがって、国民が自由に自己の意見を述べ、また、他者の多様な意見に触れるなかで、自己の意見をじっくり形成するという主権者の自由な意見形成過程の確保とその正確な反映がもっとも重要である。
 ところが、与党の修正案では、?罰則は削除したものの、公務員や教育者の地位利用による国民投票運動を禁止しており、主権者としての意見表明の自由を広範に制約していること、?憲法改正案の広報を行う国民投票広報協議会の構成が、所属議員の比率によって選任されるため、国民に対して反対意見が公正かつ十分に広報されないおそれが強いこと、?国会の発議から国民投票までの期間がわずか60日ないし180日とされているため、重要な争点について国民がじっくり考えて意見を形成する時間が保障されていないこと、?過半数の賛成の対象が全有権者となっておらず、また最低投票率の定めすらないことから少数の賛成によって憲法改正がなされるおそれがあることなど、重大な欠陥がある。
 そもそも現在の国会とりわけ衆議院は、主として「郵政民営化」を争点として選出された国会であって、憲法改正に関する国民投票法案を争点として選挙されたものではない。このような重要な法案は、これを争点として選出された新たな国会で審議がなされるべきである。
 したがって、国民投票法案が、与党の思惑どおり十分な審議なしに強行採決されるとすれば、それは、将来なされるであろう憲法改正それ自体が、国民に十分な議論を保障せず、不十分な広報のもと、短期間のうちに成立させられる危険を示すものである。
 少なくとも、憲法改正という国家の最重要課題について、主権者の意思を反映させるという国民投票制度の本来の目的・趣旨を十分に生かすよう、広く主権者たる国民の声に耳を傾けたうえで、いま法制定の必要性が果たしてあるのかどうかも含め、国会において慎重に審議されることを強く求めるものである。
 

佐賀県北方町連続女性殺人被告事件控訴審判決についての会長声明

2007年(平成19年)3月20日
             
福岡県弁護士会 会長 羽田野 節夫


 昨日平成19年3月19日、福岡高等裁判所は、1989年(平成元年)1月に佐賀県北方町において発覚した女性3名に対する殺人被告事件について、一審の佐賀地方裁判所の無罪判決を支持し、検察官の控訴を棄却する判決を言渡した。
 本件は、平成元年11月に、別件起訴勾留中の任意取調べに際し、被告人に被害者3名の殺害を認める上申書を作成させ、その後、被告人は否認に転じたため、その当時、逮捕、立件が見送られたにもかかわらず、その13年後の公訴時効完成直前に起訴された事件である。
 本件は、当初から起訴の13年前に作成された被告人の上申書以外には証拠がなかった事件であるが、一審の佐賀地方裁判所は、その上申書は違法収集証拠でありかつ任意性に疑いがあるとしてその証拠能力を否定し、平成17年5月10日、無罪判決を言渡し、今回の福岡高等裁判所も、佐賀地方裁判所の判断に誤りはないと判示したものである。
 本件は、任意取調べ中に犯行を認める被告人の上申書が作成されたが、佐賀地方裁判所は、この上申書の証拠請求を却下した決定(平成16年9月16日)の中で、平均12時間35分の長時間の取調べが連日17日間にわたって行われ、昼食も夕食も取っていない被告人を午前0時過ぎまで取り調べるなど、任意取調べの限界を超え、令状主義を甚だしく逸脱する重大な違法性があると指弾するなど、任意取調べの名を借りた違法な強制捜査がなされた事案である。さらに、同決定は、上申書のほとんどは、取調官から被告人に具体的な指示があって書かされたことは合理的に考えられると指摘しており、取調官の誘導と強制によって虚偽の上申書が作成されたと考えられる。
 このような令状主義を甚だしく逸脱し、違法性の高い取調べによって獲得された虚偽の自白上申書に基づいて本件被告人は起訴されたものであり、福岡高等裁判所が検察官の控訴を棄却する判決を言い渡したことは至極当然の結果と言える。
 しかしながら、違法な事実上の強制捜査によってその作成を強要され、かつ、当時の捜査機関でさえも立件を断念せざるを得なかった13年前の虚偽の自白上申書によって、被告人は、逮捕、起訴され、4年9ヶ月もの長期間、被疑者、被告人として筆舌に尽くしがたい身体的、精神的苦痛を余儀なくされたことは極めて不当であり、許し難いことである。
 本年2月23日に無罪判決が言渡された鹿児島選挙違反無罪事件や本年2月9日に富山地方検察庁が服役した被告人が無実であったとして再審請求をした富山強姦冤罪事件においてもみられるように、任意取調べに名を借りた強制的かつ違法な取調べがなされることがあるという実態に鑑みれば、本件や鹿児島選挙違反事件や富山強姦冤罪事件の被告人らのような犠牲者を二度と出さないためには、たとえ、任意取調べであっても、被疑者、被告人に対しては、取調べの全過程を録画・録音するという取調べの全過程の可視化こそが、必要不可欠であり、かつ、約2年後に施行される裁判員裁判が有効に機能するための前提条件であることが明らかになった。
 近時、検察庁において、検察官の取調べに関して検察官の判断によって必要な限度で取調べの録画の試行が開始されているが、違法捜査と自白の任意性をめぐる争いを防止するためには、警察、検察に限らず、取調べの全過程の録画・録音制度こそが必要不可欠である。
よって、当会は検察庁および警察庁に対し、取調べの全過程の録画・録音制度を速やかに実現することを強く求める次第である。

2007年3月 9日

犯罪被害者の刑事手続参加制度に反対する会長声明

2007年(平成19年)3月8日        

福岡県弁護士会 会長 羽田野 節夫  


1 声明の趣旨
本年2月7日、法制審議会は、故意の犯罪行為により人を死傷させた罪、強制わいせつ及び強姦の罪、業務上過失致死傷等の罪、逮捕及び監禁の罪並びに略取、誘拐及び人身売買の罪等について、参加を申し出た被害者や遺族(以下、被害者等という)に対し、「被害者参加人」という法的地位を付与し、被害者参加人としての公判期日への出席、情状に関する事項についての証人尋問、被告人質問、検察官の論告・求刑後に求刑を含む事実と法令の適用に関する意見の陳述等を認める制度の創設を求める答申(要綱(骨子))を法務大臣に提出した。
  しかし、当会は、このような刑事手続への被害者の参加を認める制度は、以下に述べるように、刑事訴訟の構造を根底から変容させ、被告人の防御権を危うくするものであり、その創設に強く反対する。
2 声明の理由
(1) 近代刑事司法の基本構造を根底から変容させる
わが国では、検察官が訴訟追行を独占する構造をとっているが、これは、近代刑事法が私的復讐を公的刑罰に昇華させ、加害者を国家が処罰することにより、被害者は加害者からの再復讐から守られ、被害者と加害者との報復の連鎖を防いで社会秩序の安定を図ろうとしたからである。そのため、被害者は事件の当事者ではあるが、刑事訴訟の当事者とすることなく、被害者等の意見や処罰感情等は、公益的立場である検察官を通じて理性的に訴訟手続に反映させることが予定されている。
しかるに、「要綱(骨子)」のような制度を創設することは、刑事訴訟手続の場に私的復讐を持ち込み、近代刑事司法が断ち切ろうとした報復の連鎖を復活させる事態を招く危険性が高い。
(2) 被告人の防御権の行使を困難にする
近代刑事司法においては、無罪推定原則により、予断と偏見を可能な限り排除して、被告人に十分な防御の機会を保障することによって正当な事実認定と量刑がなされなければならない。
しかるに、被害者等が訴訟の当事者として被告人と常時法廷で対峙し、被害者等から直接感情的な質問を受ける立場に置かれることになれば、被告人は、多大な心理的圧迫を受けて萎縮し、被害者側からの怒りや感情的な反応を恐れるあまり自由に弁解や反論をすることができなくなり、防御活動が著しく困難になる。そのような事態は、正当な事実認定と量刑の実現を阻害することになる。
さらに、被害者等が、検察官の訴追活動と異なる訴訟活動を不意打ち的に行うことも予想され、被告人は、これら全てに対して防御することを余儀なくされ、防御すべき対象、争点の拡大がもたらされる。このような事態は被告人の防御活動と弁護人による弁護活動に支障を来たすとともに、訴訟の遅延も招く可能性もある。
(3) 裁判員裁判に悪影響を与える
ところで、平成21年5月までに実施が予定されている裁判員裁判において、「要綱(骨子)」のような制度を実現した場合には、裁判に与える悪影響は甚大である。
すなわち、被害者等を被告人と対峙する訴訟の当事者として参加させることは、被害者等の応報感情を煽り、必然的に攻撃的、感情的な訴訟活動が法廷に持ち込まれることになる。そうなれば、裁判員裁判は、被害者等による復讐劇場又は糾弾劇場と化すことになる。そして、市民たる裁判員は目の前の被害者等の感情的な訴訟活動に混乱し、過度に影響を受けて冷静かつ理性的な事実認定が困難になり、かつ、量刑においても過度に重罰化に傾くことは容易に予想される。
また、被害者等の手続参加によって争点の拡大や訴訟遅延を来たすような事態になれば、公判前整理手続による適切な争点と証拠の整理と連日的開廷による充実した迅速な審理の理想に反する結果となる。
3 結語
これまで、ともすれば蚊帳の外におかれていた犯罪被害者等が抱える刑事裁判に対する不満を解消する方策の必要性を否定するものではない。
 しかしながら、以上述べてきたように、その方法として、被害者等の刑事訴訟手続参加はより一層の混乱を招き、制度としても相当ではなく、そのような制度の創設には強く反対する。

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