福岡県弁護士会 宣言・決議・声明・計画

声明

2025年8月 7日

骨太の方針2025を踏まえ、いわゆる谷間世代の経済的負担や不公平感を軽減するための基金制度の創設を求める会長声明

 2025年(令和7年)6月、政府の「経済財政運営と改革の基本方針2025」(いわゆる骨太の方針2025)において「法曹人材の確保等の人的・物的基盤の整備を進める」「国際法務人材の育成」との記載及びその注記で「法教育の推進、公益的活動を担う若手・中堅法曹の活動領域の拡大に向けた必要な支援の検討を含む」ことが明記された。
 これは、2017年(平成29年)4月、裁判所法の改正によって、同年11月1日以降に採用された司法修習生(第71期以降)に対しては基本給付金などの修習給付金が支給されることとなった一方、2011年(平成23年)11月から2017年(平成29年)10月までの間に採用された司法修習生(新65期~70期、いわゆる「谷間世代」)には新たな給付金制度の遡及適用がなかったために生じた、谷間世代が無給での修習により重い経済的負担を負ったままに取り残されるという不公平な問題の解決策として、日本弁護士連合会(日弁連)、当会ほか全国の弁護士会、各弁護士会連合会、そして新たな給付金制度の実現に向けて活発に活動してきたビギナーズネットを挙げて取り組んできた谷間世代に対する修習給付金と同額の一律給付による解決、また、実質的に谷間世代への一律給付と異ならないような基金制度の創設を目指してきたことが反映された結果である。これまで谷間世代問題の解決に向けて寄せられた国会議員の応援メッセージは2025年(令和7年)5月23日時点で391通に達している。
 日弁連が目指す基金構想は、一律給付に実質的に代わりうる措置として、国からの交付金により日弁連又は日弁連が協力して設立する財団法人等に基金を設置し、その基金からの給付金をもって谷間世代の様々な活動、研修、技能向上などを、5年間の時限で集中的に支援することによって谷間世代問題の解決を図らんとするものである。
 近年、大規模自然災害や多くの社会問題が発生し、またわが国を支える中小企業も創業、事業承継、国際取引等の重要な局面に置かれている等々の状況の中で、弁護士に対するニーズはさらに高まりを見せており、この状況下で国民のための司法を維持強化するためには、全法曹の約4分の1に相当する約1万1000人を占め、今や司法の中核を担っている谷間世代の法曹が、かかるニーズに応じて諸課題により積極的に取り組むことができるようにすることが不可欠である。
 すなわち、かかる基金制度によって、谷間世代が、高齢者・障がい者支援、子ども対策・支援、災害支援、消費者問題等々の幅広い公益的活動や、行政機関や公私の教育機関の第三者委員会等の業務、中小企業のスタートアップ、事業承継、国際業務の支援、弁護士業務に資する日弁連等が企画する研修、資格取得や語学の講座受講等々に取り組むことを給付により支援して、谷間世代の多くが抱いている経済的負担や不公平感を軽減することにより谷間世代がさらに広く深くこれら諸課題等に積極的に取り組むことができることとなるのであり、これによって実現される国民の権利利益の保護、救済は決して小さくない。
 本来、法曹は三権の一翼である司法を担う重要な人的基盤であり、公費により養成されなければならない。一時的に公費による養成が途絶えた状態は修復されるべきであり、世代を問わず全ての法曹が公費により養成され、その公的役割を自覚し、十分に力を発揮することは、この国の司法制度を利用しもしくは司法の影響を受ける全ての人の利益となるのである。
 当会は、日弁連、全国の弁護士会、各弁護士会連合会とも力をあわせ、引き続き、谷間世代問題の解決に向けて一層の尽力を重ねる決意であるが、政府、国会、最高裁判所など関係機関におかれては、骨太の方針2025及び日弁連が提唱する基金制度の理念に即して、その早期実現に向けて必要な措置を講じて頂くよう強く求める。

2025年(令和7年)8月6日

福岡県弁護士会

会長 上 田 英 友

今秋の臨時国会での再審法改正の実現を求める会長声明

いわゆる福井女子中学生殺害事件において、2025年(令和7年)7月18日、名古屋高裁金沢支部は、検察官の控訴を棄却する判決を言い渡し、1990年(平成2年)の一審無罪判決を支持した。2025年(令和7年)8月1日、名古屋高検が上訴権を放棄したことで、一審無罪判決が確定した。当会はいわゆる袴田事件の再審無罪判決に際して発した会長声明において、逮捕から無罪判決までに58年もの年月を要したことを指摘したが、本件についても逮捕から今般の控訴棄却判決の言い渡しまでに38年もの年月が費やされている。人生の多くを自己のえん罪を晴らすための闘いに費やさざるを得なかったその余りの残酷さは、袴田事件と同様、筆舌に尽くしがたいものがあるといわざるを得ない。
このように、えん罪被害者の救済が遅れる理由が現行の再審法の不備にあることは衆目の一致するところである。2025年(令和7年)6月18日、野党により衆議院に「刑事訴訟法の一部を改正する法律案」(以下、「本法案」という。)が提出され、その後、衆議院法務委員会に付託されて、閉会中審査となっている。本法案は、「再審制度によって冤(えん)罪の被害者を適正かつ迅速に救済し、その基本的人権の保障を全うする」という観点から、①再審請求審における検察官保管証拠等の開示命令、②再審開始決定に対する検察官の不服申立ての禁止、③再審請求審等における裁判官の除斥及び忌避、④再審請求審における手続規定を定めることを内容とするものである。これは、当会が2023年(令和5年)9月の総会決議及びこれに続く累次の会長声明で繰り返し求めてきた再審法改正の内容と軌を一にするものであって、高く評価できる。
 一方で、再審法改正に関しては、2025年(令和7年)4月21日以降、法制審議会刑事法(再審関係)部会(以下、「法制審部会」という。)において審議が行われており、本法案の定める4項目も審議対象となっている。
 しかし、上記4項目の改正に関して、まず、検察官と密接な関係を有する法務省が事務局を務める法制審議会が主導的な役割を担うことについて、えん罪被害者の適正かつ迅速な救済を目指すという観点において強い懸念を表明せざるを得ない。
 つぎに、再審法改正は、何よりもえん罪被害者の速やかな救済に資するものでなければならない。そして、上記4項目は、数多くある論点の中でも、えん罪被害者の速やかな救済を実現する上で根幹をなすものであるから、これらの点については、早急に法改正がなされるべきである。それにもかかわらず、法制審部会では、再審手続における証拠開示の範囲を新証拠及びそれに基づく主張に関連する限度にとどめようとする意見や、再審開始決定に対する検察官の不服申立てを禁止することに消極的な意見が見受けられた。これらを受けて、事務局を務める法務省が原案をとりまとめる形で、上記4項目の改正に関する是非を含む全14項目にも及ぶ論点が提示された。法制審部会での早期のとりまとめを目指すとしても、その法案化までにはなおも相当な期間を要することは明らかで、再審法改正が速やかに進む目処は立っていないと言わざるを得ない。
 このような状況に照らせば、えん罪被害者の早期救済のためには「国の唯一の立法機関」である国会こそ、速やかにあるべき再審法改正の方向性を示すことが重要である。多くの地方議会や首長、民間団体などからも広く支持が表明されていることは、その証左である。
 よって、当会は、国会に対し、速やかに本法案の審議を進め、今秋に予定されている臨時国会において本法案を可決・成立させることを求めるものである。

2025年(令和7年)8月6日

福岡県弁護士会

会長  上 田 英 友

2025年7月18日

生活扶助基準引下げを違法とした最高裁判所判決を高く評価し、直ちに判決を踏まえた是正措置を実施するとともに生活保護基準を適正に見直すよう求める会長声明

 2025年(令和7年)6月27日、最高裁判所は、大阪府内、愛知県内の生活保護利用者らが、2013年8月から3回に分けて行われた生活扶助基準引下げ(以下「本件引下げ」という。)に係る保護費減額処分の取消等を求めた訴訟の上告審において、厚生労働大臣による本引下げの違法性を認め、保護費の減額処分を取り消す判決(以下「本判決」という。)を言い渡した。
 本判決は、本件引下げの主な理由とされた「ゆがみ調整」(指数の適正化)及び「デフレ調整」(物価変動率=下落率の反映)のうち、「デフレ調整」について次のように指摘し、生活保護法3条、8条2項に違反して違法と判断した。
 すなわち、本判決は、まず、厚生労働大臣の裁量判断の適否の審理においては、本件引下げに至る判断の過程及び手続に過誤、欠落があるか否か等の観点から、統計等の客観的数値等との合理的関連性や専門的知見との整合性の有無等について審査されるべきであるという判断枠組を示し、その上で、「デフレ調整」に関し、生活保護法8条2項が最低限度の消費水準を保障するものであること、他方で、物価変動が直ちに同程度の消費水準の変動をもたらすものとはいえないことを指摘し、本件引下げにおいて国が物価変動率のみを直接の資料として基準生活費の改定率を定めたことについては、十分な説明もなされておらず、その合理性を基礎付けるに足りる専門的知見があるとは認められないことから、厚生労働大臣の判断の過程及び手続には過誤、欠落があったとした。
 全国29の地方裁判所に提起されていた本件と同種の訴訟では、最高裁判決前までの時点で、20地裁、7高裁において生活保護利用者側勝訴の判決が出されていた。本判決は、憲法25条が定める生存権保障の分野において、法の支配、法による正義を実現するという司法の役割が果たされたものとして高く評価することができる。
 本件引下げが実施された2013年8月当時、生活保護利用者は215万人を超えていたが、本判決によって補償措置を図られるべき対象はそのすべてに及ぶ。生活保護利用者に対する補償措置は、国及び各地方自治体の喫緊の責務である。
 また、当会は、これまでも繰り返し、生活保護基準の見直しを求める会長声明(直近では2025年2月19日付)を発出してきたが、本判決を受けて国が生活保護基準を見直すべきことは明確になったといえる。その見直しにあたっては、判断過程の適正の確保を求める本判決の趣旨を踏まえ、生活保護法3条及び8条2項の趣旨を十分に反映しつつ、生活保護利用者の実態を考慮できる適切な検討方法がとられなければならないといえよう。
よって、当会は、国及び各自治体に対し、本判決を重く受け止め、直ちに、訴訟の全面解決を図り、かつ、本件引下げによって減額された保護費の差額を支給するなど必要な補償措置の実施を求めるとともに、国の責任として判断過程の適正を確保しながら速やかに生活保護基準を適正な内容に見直すよう強く求める。

2025年(令和7年)7月16日

福岡県弁護士会        

会 長  上田 英友     

2025年7月 1日

地方消費者行政の維持・強化を求める会長声明

1 令和6年版消費者白書によると、2023(令和5)年の消費生活相談件数は約90.9万件であり、前年の約87.6万件から約3.3万件、前々年の約85.9万件から約5万件増加している。また、被害額としても、2023(令和5)年の消費者被害額(既支払額(信用供与を含む。)は、過去最高の約8.8兆円であると報告されている。
 福岡県消費生活センターの統計によると、福岡県内における消費生活相談件数は、2019(令和元)年以降、約5万件を維持しており、直近5年間において減少傾向はない。そのうち、相談の傾向としては、SNSに関連する相談が2019(令和元)年の約3倍となっていること、高齢者からの相談が全体の7割以上を占める点検商法の相談が2022(令和4)年の2倍以上となっていることなど、従前の商法に加えて、若年者や高齢者を被害者とする消費者被害の増加やインターネットを利用した悪質な手口が広く波及していることがうかがわれる。そのため、地域住民の安全を守るためには、このような被害実態をいち早く把握し、専門的知見をもって対応できる身近な消費生活相談員という窓口の体制確保をはじめとする地方消費者行政の継続、強化が重要となる。
 福岡県の2023(令和5)年における住民10万人当たりの消費生活相談員数は、2.3人であり、全国平均(2.7人)を下回っている一方、2023(令和5)年における相談員一人当たりの相談対応件数は、411.2件と全国平均(300.3件)を大きく上回っており、消費生活相談員の負担は大きい。
2 このような状況の下、国は、地方公共団体の消費者行政、特に消費生活センター等で行われている消費生活相談の充実強化に向けて、現行の地方消費者行政強化交付金(以下「強化交付金」という。)等の財政支援策を継続してきたが、強化交付金には地方公共団体ごとに交付金の活用期限が定められており、活用期限を迎えると強化交付金は終了となる。
 この強化交付金を消費者生活相談員の人件費としている地方公共団体のうち、既に2024(令和6)年で約100の自治体が活用期限を迎えており、令和7年度末にはさらに約220の自治体が活用期限を迎えることになる。
 福岡県においても、2025(令和7)年度末に38の自治体、2027(令和9)年度末に7の自治体が活用期限を迎えることになる。
 今後、財源不足により相談窓口が縮小せざるを得なくなった場合、消費生活相談員の負担はさらに顕著なものとなる。
3 強化交付金の活用期限は、地方公共団体の消費者行政予算の自主財源比率を増加させるための呼び水として設けられたものであるが、地方公共団体の消費者行政予算は自主財源だけでまかなえる状況にはない。
そのため、国が活用期限を迎えた強化交付金の終了という事態への速やかな対応を行わない場合、地方公共団体において消費生活相談員の任用継続、維持をすることが困難になるという問題にとどまらず、地方消費者行政全体の衰退につながるおそれがある。
 したがって、地方公共団体が、消費生活相談員の安定的な確保と処遇改善をするなどして、地方消費者行政を安定して推進するためには、強化交付金の活用期限の延長、あるいは、強化交付金に代わる恒久的な財源を確保することが必要である。
4 また、現在、国が進めるデジタル技術を活用した電話と対面相談によらない消費生活相談体制のデジタル化(以下「DX化」という。)について、国の責任において予算措置を講じない場合、全部又は一部の地方公共団体において、DX化の費用を負担せざるを得なくなるため、地方消費者行政に悪影響が生じるおそれは否定できない。
 一般社団法人全国消費者連絡会の2023年度「都道府県の消費者行政調査報告書」においては、「相談業務デジタル化するとなると、多くの費用負担が見込まれる。それにより小規模自治体の相談窓口が縮小する恐れがある」などという地方公共団体からの不安の声が、現実のものとして指摘されている。
 特に、地方の消費生活相談業務に必要不可欠な「全国消費生活情報ネットワークシステム」(以下「PIO-NET」という。)刷新における地方公共団体の費用負担の問題は顕著である。PIO-NETに登録される情報は、相談現場における助言・あっせんのための情報としての役割以外に、法執行の端緒や立法政策の根拠となるという重要な意義を有するため、地方公共団体における入力事務に支障がでないように、国がその費用の全額を負担すべきである。
5 以上のとおり、消費者被害を防止・救済し、地域住民の生活の安定を担保するため、当会は、国に対し、
 ⑴ 地方公共団体が、地方消費者行政を安定して推進するための恒久的な財源の確保のための措置を講ずること(少なくとも、強化交付金の交付期限を延長するなど、消費生活相談員の安定的な確保と処遇改善に必要な予算措置を講ずること)
 ⑵ 国が進める消費生活相談業務のDX化に関連し、地方公共団体が、地方の消費生活相談業務に必要不可欠な「全国消費生活情報ネットワークシステム」(PIO-NET)の刷新・運用及び消費生活相談業務のデジタル化の構築・運営を行うための費用の全額を、国が負担する措置を講ずべきことを強く求める次第である。


2025年(令和7年) 6月27日

福岡県弁護士会 会長 上田 英友      

2025年6月30日

死刑執行に抗議する会長声明

 本日、国内において1名の死刑確定者に対して死刑が執行された。前回の死刑執行は、令和4年7月26日であり、2年11か月が経過しての執行となった。国際社会から死刑廃止の要請もあり日本でも死刑が執行されない状態が続くと思われたが、突然の執行であった。
 たしかに、突然に不条理な犯罪の被害に遭い、大切な人を奪われた状況において、被害者の遺族が厳罰を望むことはごく自然な心情である。しかも、日本においては、犯罪被害者及び被害者遺族に対する精神的・経済的・社会的支援がまだまだ不十分であり、十分な支援を行うことは社会全体の責務である。
 しかし、そもそも、死刑は、生命を剥奪するという重大かつ深刻な人権侵害行為であること、誤判・えん罪により死刑を執行した場合には取り返しがつかないことなど様々な問題を内包している。
 人権意識の国際的高まりとともに、世界で死刑を廃止または停止する国はこの数十年の間に飛躍的に増加し、2024年の統計では、法律上及び事実上の死刑廃止国は145か国(死刑存置国は54か国)となっている。経済協力開発機構(OECD)加盟38か国のうち、死刑制度を存置しているのは3か国(韓国、米国、日本)のみであり、韓国では1997年以降、死刑が執行されておらず、米国では50州中23州で死刑が廃止、2021年7月には、連邦レベルでも死刑執行が停止されている。OECD加盟国のうち、日本のみが国家として死刑を執行している。
 このような世界の情勢もあり、日弁連が中心となり「日本の死刑制度について考える懇話会」が設置され、複数の国会議員や学識経験者、警察・検察出身者、弁護士、経済界、労働界、被害者団体、報道関係者、宗教家及び文化人など各層の有識者によって議論があり、同会は、2024年11月13日、報告書を公表し、「現行の日本の死刑制度とその現在の運用の在り方は、放置することの許されない数多くの問題を伴っており、現状のまま存続させてはならない」という基本的な認識を示した。
 当会においても、2025年1月29日に、死刑制度の廃止に向けて、本報告書の提言に沿って、早急に、国会及び内閣の下に死刑制度に関する根本的な検討を任務とする公的な会議体を設置すること、その結論が明らかにされるまでは死刑の執行を停止することを強く求める会長声明を発しており、これまでも1996年以降、死刑執行に対し、都度これに抗議する会長声明を発出してきたほか、2020年9月18日に「死刑制度の廃止を求める決議」を採択し、2021年8月25日には「米国における連邦レベルでの死刑の執行停止を受け、日本における死刑制度の廃止に向けて、死刑執行の停止を求める会長声明」を発出してきた。
 そこで、当会は、国に対し、今回の死刑執行について強く抗議の意思を表明するとともに、日本が、基本的人権の尊重、特に生命権の不可侵性の価値観を共有できる社会を目指そうとしている国際社会と協調し、国連加盟国の責務を果たせるよう、あらためて死刑制度の廃止に向けて死刑の執行を停止することを強く要請するものである。

2025年(令和7年) 6月27日

福岡県弁護士会会長 上田 英友      

2025年6月 5日

最低賃金額の大幅な引上げ及び地域間格差の解消を求める会長声明

福岡県においては、2024年10月、福岡県最低賃金を前年比51円増額の1時間992円とする改定が行われた。しかし、時給992円は、正社員を含むフルタイムの労働者(一般労働者)の1か月の所定内労働時間である148.7時間(「毎月勤労統計調査 令和6年分結果確報」)で計算すると月額14万7510円程度と、未だいわゆるワーキングプアと呼ばれる水準にとどまっている。
一方で原材料価格の高騰や円安状況の継続など様々な社会情勢の影響により、コメ価格の高騰をはじめ食料品・日用品や光熱費など生活関連品の価格が昨年に引き続き上昇傾向にある。厚生労働省の「毎月勤労統計調査令和6年分結果確報」によると、現金給与総額(事業所規模5人以上)での実質賃金指数は前年比0.3%減となり、3年連続での前年比マイナスとなった。このように、物価上昇に労働者の賃金上昇が追いついておらず、名目賃金から物価変動の影響を除いた実質賃金の上昇率はほぼゼロの状態が続いている状況を踏まえると、労働者の生活を守り、経済を活性化させるためには、全ての労働者の実質賃金の上昇を実現する必要があり、そのためには最低賃金額を大幅に引き上げて賃金全体の底上げを図ることが不可欠である。

また、最低賃金額を大幅に引き上げると同時に、最低賃金法第9条以下の地域別最低賃金制度を抜本的に見直し、地域間格差の解消に向けて全国一律最低賃金制度の導入についても検討されるべきである。
中央最低賃金審議会は、2023年度(令和5年度)、地域別のランク制度を4段階から3段階に改定し地域間格差の是正を図ったが、2024年度(令和6年度)の最低賃金は、最も高い東京都で時給1163円であるのに対し、福岡県では時給992円、最も低い秋田県では時給951円であり、地域間における時給格差(最大212円)は今もなお大きい。一方で、地域別の労働者の生計費は、都市部と地方の間でほとんど差がないという調査結果もある。そのため、地方の最低賃金額を大幅に引き上げることは喫緊の課題である。
地域の最低賃金の高低と人口の増減には相関関係があるとされており、最低賃金の地域間格差は、最低賃金が低い地域の人口減ひいては経済停滞の要因の一つともなっている。全国一律最低賃金制度を導入し、地域間格差を解消させることは、地域経済にとってもプラスの影響をもたらしうるものである。

一方で、昨今の人手不足、経営者の高齢化、働き方改革関連法への対応など、現在、中小企業を取り巻く環境は大きな変革期にあり、厳しい状態にあることは否定できない。そのため、日本の経済を支えている中小企業が最低賃金を引き上げても円滑に企業運営を行うことができるよう、国(及び地方自治体)において、十分な支援策を講じることも必要である。例えば、社会保険料の事業主負担部分の免除・軽減、賃上げを実施したすべての中小企業が対象となる利用しやすい助成金制度の創設、人件費及び原材料費等の価格上昇を取引価格に適切に反映させることを可能にするような公正取引規制の徹底などの支援策が考えられる。

政府は2024年11月22日の閣議決定で「2020年代に全国平均1500円という高い目標の達成に向け、たゆまぬ努力を継続する」としている。2029年中に現在全国加重平均1055円の最低賃金を1500円に引き上げるためには、本年を含め毎年89円の引上げが必要であり、この目標達成のためにも、充実した中小企業支援策が直ちに検討されなければならない。
当会は、引き続き、本年度、中央最低賃金審議会が、厚生労働大臣に対し、地域間格差を縮小しながら全国すべての地域において最低賃金の引上げを答申すべきこと、また、福岡地方最低賃金審議会が、福岡労働局長に対し福岡県最低賃金の大幅な引上げを答申すべきことを強く求めるとともに、国に対し、中小企業への十分な支援策を求める。

2025年(令和7年) 6月4日

福岡県弁護士会      

会長 上田 英友

2025年5月15日

5高裁での違憲判決を受け、直ちに、すべての人にとって平等な婚姻制度の実現を求める会長声明

1 同性間の婚姻ができない現在の婚姻に関する民法及び戸籍法の諸規定(以下「本件諸規定」という。)の違憲性を問う一連の訴訟において、2025年(令和7年)3月7日に名古屋高等裁判所は、憲法14条1項及び同24条2項に違反する旨の判決(以下「名古屋高裁判決」という。)を言い渡し、同月25日大阪高等裁判所も同様に、憲法14条1項および同24条2項に違反する旨の判決(以下「大阪高裁判決」という。)を言い渡した。
 一連の訴訟は、札幌・東京(一次・二次)・名古屋・大阪・福岡の各地裁の判決が出され、いずれも原告側が控訴していたところ、上記各高裁判決は、2024年(令和6年)3月14日の札幌高裁、同年10月30日の東京高裁、同年12月13日の福岡高裁に続く、高裁における4件目、5件目の判断であり、これで、控訴審が係属していた全ての高裁判決が出されたことになる(東京高裁には二次訴訟が係属中である。)。


2 名古屋高裁判決は、性的指向は自らの意思で選択や変更はできないことを認め、婚姻により両当事者が人的結合関係を形成することは、法律婚制度ができる以前から行われてきた人間の本質的営みであり、個人の人格的存在と結びついた重要な法的利益であると指摘した。そして、人間が社会的存在であり、人格的生存には社会的に承認が不可欠であることからして、そのような人的結合関係を社会的に承認されること自体も個人の人格的存在と結びついた重要な法的利益であるとした。
  それを踏まえ、本件諸規定が、異性間の人的結合関係についてのみ法律婚制度を定め、同性カップルが法律婚制度を利用する規定を全く設けていないことは、少なくとも現時点において、婚姻制度の制定については国会の裁量であることを踏まえても、なお、合理的な根拠を欠く差別的取り扱いであり、立法裁量の範囲を超えているとし、本件諸規定は憲法14条1項及び同24条2項に違反すると判断した。
  また同判決は、パートナーシップ制度等、法律婚制度以外の制度では解消できない様々な不利益があることや、同性婚制度を法制化しても弊害は想定し難いことなどを具体的かつ詳細に判示しており、国会に対し、早急な同性婚制度の法制化を強く促す内容となっている。


3 大阪高裁判決は、婚姻は性愛を基礎とする親族身分的人的結合関係を規定しているところ、異性カップルは婚姻をし、親族的身分関係を形成し、互いに権利と責任を負い、各種の法的効果を享受して安定した共同生活を営むことができる一方、同性カップルはこのような法的利益を享受することができず、このような区別取扱いは合理的根拠に基づくものとはいえず、法の下の平等に反する、として本件諸規定は憲法14条1項に違反すると判断した。
  また、相互に求め合う者同士が自ら選択した配偶者と婚姻関係に入ることができる利益は、 現代社会を生きる上での個人の人格的存在と結び付いた重要な法的利益に当たるものといえ、同性カップルがこれを享受することができないのは、性的指向が同性に向く者の個人の尊厳を著しく損なう不合理なものであるといわざるを得ない、として本件諸規定は憲法24条2項に違反すると判断した。
  なお、同判決は、同性婚の法制化に困惑し心理的抵抗を覚える国民に、冷静かつ寛容な態度を期待することは、かけがえのない個人を尊厳ある主体として重んじることを旨として家族制度を構築することを命ずる憲法24条の理念に沿うものである、同性婚に対する国民感情が一様でないことは、同性婚を法制化しないことの合理的理由にはならない、とも指摘した。前記名古屋高裁判決も同旨の指摘をしている。


4 一連の訴訟では、地裁レベルとしては、大阪地裁を除く4地裁5判決において、本件諸規定を違憲ないし違憲状態とする判断が出ていた。
  そして高裁レベルにおいては、札幌・東京・名古屋・大阪・福岡高裁と、控訴審が係属していた5つの高裁において、違憲判決が言い渡されるに至った。一連の訴訟で唯一、合憲判決であった大阪地裁判決も、大阪高裁判決によって覆された。
  当会は、これまでの会長声明において、本件諸規定を違憲とする判決が相次いでいることから、このような司法判断の流れは確定し、もはや動かしがたい、と指摘したが、今回の高裁判決により、司法判断の流れがさらに明確になったというべきである。  これ以上、法制化を遅らせてよい事情は何一つない。
  しかし、大阪高裁判決を受けて、林芳正官房長官は、「最高裁の判断を注視したい」とコメントしており、政府において、投げかけられている問題を自ら解決しようという姿勢は、残念ながら、全く見受けられない。
  同性婚制度が存在しないことによって、多数の人々が多大な苦難を被り、人権を侵害され続けている。これまでに示された違憲判決を見るとき、この状況を放置し、最高裁の判断が出るまで待つことは、政府や国会の責務の放棄であると言わざるを得ない。直ちに、同性婚制度を実現させなければならない。


5 当会は、2019年(令和元年)5月29日の定期総会において採択した「すべての人にとって平等な婚姻制度の実現を求める決議」において、憲法13条、14条、24条や国際人権自由権規約により、同性カップルには婚姻の自由が保障され、また性的少数者であることを理由に差別されないこととされているのだから、国は公権力やその他の権力から性的少数者が社会的存在として排除を受けるおそれなく、人生において重要な婚姻制度を利用できる社会を作る義務があること、しかし現状は同性間における婚姻は制度として認められておらず、平等原則に抵触する不合理な差別が継続していることを明らかにし、政府及び国会に対し、同性者間の婚姻を認める法制度の整備を求めた。また、前記一連の判決に対しても、それぞれ会長声明を発し、政府・国会に対し、同性間の婚姻制度を早急に整備することを改めて求めてきた。
  当会は、ここに改めて、政府・国会に対し、直ちに、同性間の婚姻制度を整備し、 すべての人にとって平等な婚姻制度の実現を図るように求める。


                     2025年(令和7年)5月14日
                       福岡県弁護士会      
                        会 長   上 田 英 友

2025年3月24日

日本学術会議の独立性・自律性を尊重すること等を求める会長声明

内閣は2025年(令和7年)3月7日、日本学術会議法(以下、「法」という。)の改正案(以下、「改正案」という。)を閣議決定し、国会に提出した。しかし、後述のとおり、改正案には、日本学術会議(以下、「学術会議」という。)に対して政府のコントロールを及ぼそうとする仕組みを法制化する内容が盛り込まれており、これらは学術会議が本来有するべき政治権力からの独立性・自律性を損なうもので、学問の自由を保障した憲法23条に照らして問題である。
そもそも学術会議は、「学者の国会」とも呼ばれ、「わが国の科学者の内外に対する代表機関として、」「わが国の平和的復興、人類社会の福祉に貢献し、世界の学界と提携して学術の進歩に寄与することを使命と」する国家機関である(法前文、2条)。
法の規定上、学術会議は、「独立して」、「科学に関する重要事項を審議し、その実現を図ること」等の職務を行い(法3条)、政府から「諮問」を受ける(法4条)ほか、諮問が無くとも「政府に勧告する」(法5条)権限を有しており、政府からの強い独立性と自律性を有している。
210名の会員の選定は、元来、各学術分野の研究者によって構成される学会の選挙によっていたが、1983年(昭和58年)の法改正により、学術会議の「推薦」「に基づいて、」「内閣総理大臣が任命する」(法7条2項、17条2項)現行方式に改められた。この改正が、内閣総理大臣による政治介入を招くのではないかとして問題となったが、中曽根康弘首相(当時)が「政府が行うのは形式的任命にすぎません。」と答弁し(同年5月12日、参議院文教委員会)、「推薦をしていただいた者は拒否はしない。そのとおりの形だけの任命をしていく」(同年11月24日、同院同委員会における総理府総務長官答弁)という運用がなされることにより、人事面での政府からの独立性が引き続き確保されてきた。
このように学術会議という学術組織にとって政治権力からの独立性・自律性が尊重されるべきことは、憲法23条が学問の自由を保障することに基づく。
本来、学問研究の真髄は真理の探究にあるが、その際には、時々の社会において支配的な価値観や政治思想、さらには時の政府の政治方針を批判的検討の対象とすることもしばしば起こり得る。
そうした場合に政府が自らに批判的な学術的営みに干渉することが可能であるならば、真摯な批判的検討による真理探究という科学の営みはゆがめられてしまい、「科学の発達向上」(法2条)等の法の目的もおよそ達し得るところではない。したがって、科学の発達のためには、学問研究の自由の保障が必要不可欠である。
先の大戦に至る経過において、学問研究の自由が圧迫され、これが全体主義の伸長をもたらす一因をなした。滝川幸辰教授がその学説を理由に政府から休職を命じられた京大滝川事件(1933年(昭和8年))や、「国体」に反する異説を唱えたとして美濃部達吉貴族院議員が全ての公職から追放された天皇機関説事件(1935年(昭和10年))は、その代表例である。憲法は、その反省のもと、学問の自由(憲法23条)を保障したのであり、自由な学問研究に対し政治的な干渉をしてこれを萎縮させることは、学問の自由を保障する憲法とは相容れないものである。
こうして確保された独立性・自律性のもと、学術会議は、年平均10を超える提言・勧告等の意見表明を発出したり(省庁等からの諮問に応えたものを含む。)、わが国の学術団体を代表して国際科学会議(現・国際学術会議)に加盟しその一員として活動したりする、等の活動を行ってきた。その活動は、政府からの財政支援が脆弱で活動の一部が会員の手弁当によらざるを得ないという点はともかく、特に問題とされるようなことはなかったものである。
学術会議に関して政治問題が浮上したのは、2020年(令和2年)、菅義偉首相(当時)が、新会員の任命にあたり、具体的理由を明らかにすることもなく、学術会議が推薦した候補者105名のうち6名の任命を拒否した際であった。この任命拒否に対しては、当会や(2020年(令和2年)10月28日「日本学術会議の推薦に基づく会員の任命を求める会長声明」)日本弁護士連合会を含む多くの学会や諸団体、世論から、抗議、反対が寄せられたが、その後に至るも政府は任命拒否した6名を任命することなく、任命拒否の理由を明らかにすることもないまま、法7条1項が定める210名の会員のうち6名が欠員という違法状態が継続している。
政府は、このような違法状態を放置し、かつその理由の説明も欠いたまま、「日本学術会議の在り方についての方針」(2012年(令和4年)12月6日、内閣府)、「日本学術会議の法人化に向けて」(2023年(令和5年)12月22日、内閣府特命担当大臣決定)、「学術会議の在り方に関する有識者懇談会」の設置(2023年(令和5年)8月29日第1回開催、2024年(令和6年)12月20日に最終報告書を公表)、と、一方的に学術会議の在り方を問題視してその法人化を図る方針を打ち出しており、このような経過からは、問題の焦点をずらそうとする政府の意図が窺われる。
改正案では、学術会議の設置形態を独立した法人とするほか、
(1) 内閣総理大臣が委員を任命する日本学術会議評価委員会を内閣府に置き、学術会議の活動計画や業務実績についての評価に関する報告を受け、学術会議に対して意見を述べることができるとすること、
(2) 内閣総理大臣が任命する監事が、学術会議会員等について、「不正の行為」「があると認めるとき」に限らず、「当該行為をするおそれのある事実があると認めるとき」や「著しく不当な事実があると認めるとき」にも、内閣総理大臣等に報告するものとすること、
が盛り込まれているが、これらの活動次第では、任命権を通じて内閣総理大臣が学術会議の活動にコントロールを及ぼすことが可能となる。
そもそも、学術会議が「国の特別の機関」として活動してきたがために問題が生じたという事態はなかったのであるから、学術会議を法人化すべきであるとか、最終報告書が提言する評価委員会や監事を設置すべきことを示す立法事実はない。
仮に、学術会議の組織形態等を改変するのであれば、学術会議が一貫して主張しているように(直近では2025年(令和7年)2月27日の学術会議会長談話「日本学術会議の法人化に関する法案の検討状況について」及び同年3月7日の同会長談話「日本学術会議法案について」)、(1)学術的に国を代表するための地位、(2)そのための公的資格の付与、(3)国家財政支出による安定した財政基盤、(4)活動面での政府からの独立、(5)会員選考における自主性・独立性、という5要件が満たされるべきである。改正案の内容は、到底これを満たすものではない。
以上より、当会は、学術会議の独立性・自律性を脅かす改正案に反対し、学術会議の独立性・自律性を尊重すること、また、会員任命を拒否されたままの6名を任命して違法状態を速やかに解消することを改めて求める。

2025年(令和7年)3月24日
福岡県弁護士会
会長 德永 響

2025年3月21日

「大崎事件」の再審請求棄却決定についての特別抗告棄却決定に強く抗議する会長声明

1 いわゆる「大崎事件」の第4次再審請求事件において、最高裁判所第三小法廷(石兼公博裁判長)は、2025年(令和7年)2月25日付けで、再審請求を棄却した鹿児島地方裁判所(中田幹人裁判長)の原々決定を支持して即時抗告を棄却した福岡高等裁判所宮崎支部(矢数昌雄裁判長)の原決定を是認し、請求人の特別抗告を棄却した(以下「本決定」という。)。なお、本決定は、4名の裁判官による多数意見であり、原決定及び原々決定を取り消して再審開始を決定すべきとする宇賀克也裁判官による反対意見(以下「宇賀反対意見」という。)が付されている。
2 「大崎事件」は、1979年(昭和54年)10月12日に、原口アヤ子氏(以下「アヤ子氏」という。)が、元夫(長男)及び義弟(次男)と共謀して、義弟(四男)の頚部に西洋タオルを巻き、そのまま締め付けて窒息死させ、その遺体を、義弟(次男)の息子をも加えた4名で義弟(四男)方の牛小屋堆肥内に埋没させて遺棄したとされる事件であり、アヤ子氏に対する懲役10年の有罪判決が確定している(以下「確定判決」という。)。アヤ子氏は、一貫して無実を主張しており、満期出所後、3度にわたって再審請求を申し立てていた。第1次再審請求においては、請求審である鹿児島地方裁判所(笹野明義裁判長)が再審開始決定をしたものの、その即時抗告審である福岡高等裁判所宮崎支部(岡村稔裁判長)がこれを取り消し、特別抗告審である最高裁判所第一小法廷(金築誠志裁判長)も再審開始を認めなかった。第3次再審請求においても請求審である鹿児島地方裁判所(冨田敦史裁判長)が再審開始を認め、その即時抗告審である福岡高等裁判所宮崎支部(根本渉裁判長)もこれを支持したことから、再審開始の道筋がつけられたものと思われたが、結局、再審開始に至らなかった。
第3次再審請求においては、2019年(令和元年)6月25日に特別抗告審である最高裁判所第一小法廷(小池裕裁判長)が、再審開始を認めた請求審の決定やこれを支持した即時抗告審の決定を取り消さなければ著しく正義に反するとまで断じた上で、各決定を取り消し、再審請求を棄却するという前代未聞の不当な決定をなした。当該決定は、義弟(四男)の死因が出血性ショックによるものである可能性が高いことを指摘した法医学者の鑑定について、当該法医学者が遺体を直接検分しておらず、解剖時に撮影された12枚の写真からしか遺体の情報を得ることができなかったことなどを指摘して、証明力に限界があると説示し、死因又は死亡時期に関する認定に決定的な証明力を有するものとまではいえないとしていた。
3 今次の第4次再審請求は、高齢になり寝たきりになったアヤ子氏の強い願いを受け止めた親族により申し立てられたものである。
当会では、これまでにも「大崎事件」の再審請求事件についての決定に対して会長声明を発しており、確定判決の問題点を度々指摘してきたところである。
第4次再審請求においては、確定判決が認定した殺害行為時よりも早い時点で既に義弟(四男)が死亡していたことを明らかにする死亡時期に関する新証拠として救急救命医の鑑定書が提出されていたが、本決定は、これを死因に関するものと過小評価した上で、救急救命医が遺体を直接検分しておらず、解剖時に撮影された写真から得られる情報が限定的であり、証明力に限界があると説示している。新証拠の証明力を不当に低く評価している点で、上記の第3次再審請求における最高裁決定を無批判に追従したものとしかいえない。
そもそも、再審請求に際して提出される証拠については、いわゆる新規性を求められるのであるから、鑑定を行う者が遺体を直接検分していないことは当然に予定されている。それにもかかわらず、第3次再審請求における最高裁決定や本決定が新証拠である鑑定の証明力を攻撃する材料としていることは、再審制度の否定につながりかねないものであり、不当である。この点については、宇賀反対意見が、現在の医学の飛躍的発展により限られた情報から驚くほど多くの医学的知見が得られるようになったといえることから、鑑定を行う者が遺体を直接見分していないことなど依拠した情報が限定的であることをもって新証拠の証明力を低くする根拠とすることには賛同し難いと述べているところである。
本決定は、解剖をした法医学者の意見を所与の前提として、新証拠である救命救急医の鑑定書の核心につき、これが義弟(四男)の死因ではなく死亡時期を考察するものであるとの適切な評価を誤り、科学的・専門的知見に基づいた判断を行わず、「疑わしいときは被告人の利益に」という刑事裁判の鉄則に反し、再審請求を棄却すべきものとした各決定を是認しており、断じて容認できるものではない。
4 アヤ子氏が繰り返し汚された名誉の回復を速やかに図るべく、一刻も早く再審公判を行わなければならないことは言うまでもない。
当会としては、本決定に対しての強く抗議するとともに、再審開始決定に対する検察官の不服申立の禁止をはじめとする、えん罪被害救済に向けた再審法改正の早急な実現を求める次第である。

2025年(令和7年)3月21日

福岡県弁護士会

会 長  德永 響

2025年2月19日

福岡高裁判決を踏まえ、速やかに生活保護基準を見直すよう求める会長声明

2025年(令和7年)1月29日、福岡高等裁判所(松田典浩裁判長)は、福岡県内の生活保護利用者39名が控訴していた、2013年8月から3回に分けて行われた生活保護基準引下げ(以下「本件引下げ」という。)に係る保護費減額処分の取消等を求めた訴訟において、原告の請求を棄却した第1審判決を変更し、同処分の違法性を認め処分を取り消す判決を言い渡した。
 本件と同種の裁判は全国29の地方裁判所に提起され、本日までに、名古屋高等裁判所を含む19の裁判所において原告側勝訴の判決が出されている。福岡高等裁判所の判決は、これに続く20件目(高裁では2件目)の原告側勝訴判決である。
 本判決は、いわゆる老齢加算訴訟の最高裁判決等を参照しつつ、生活保護基準の改定をした厚生労働大臣の判断の過程ないし手続に、「統計等の客観的数値等との合理的関連性や専門的知見との整合性、被保護者の生活への影響の有無・程度等の観点から、憲法や生活保護法の趣旨・目的に反する過誤、欠落があったといえる場合には、裁量権を逸脱又は濫用したものと認めるのが相当である」と指摘しており、厚生労働大臣の判断過程に一定の限定を加えた点で評価できるものである。その上で、本件引下げの理由とされた「ゆがみ調整」及び「デフレ調整」のうち、特に「デフレ調整」について、厚生労働大臣が独自に用いた生活扶助相当CPIの算出に当たり一般世帯を対象とした家計調査に基づくウエイトを用いており、被保護世帯の消費構造を考慮しなかった点において、その判断過程に生活保護法8条1項の趣旨・目的に反する過誤、欠落があり、裁量権を逸脱又は濫用したものといえると認定した。
 当会は、本件引下げに先立つ2012年11月9日、「生活保護基準の引下げに強く反対する会長声明」を発出し、その後も、「生活保護基準のさらなる引下げを行わないよう求める会長声明」(2018年3月9日)、「生活保護基準の早急な引上げを求める会長声明」(2022年9月22日)を発出するなど、生活保護利用者の生きる権利の保障の観点から繰り返し警鐘を鳴らしてきた。被保護世帯の消費構造を踏まえない安易な生活保護基準の引下げを許さない本判決の姿勢は、高く評価されるべきである。
 国は、現在の物価高騰を受け、2025年度及び2026年度において2024年度の生活扶助基準額に一人当たり500円を上乗せすることを決めた(ただし、厚生労働省の推計では42%の世帯は増額にならない。)が、電気代や食料品代など生活必需品の物価高騰の実態に追いついていないことは明らかである。
 よって、当会は、国及び各自治体に対し、本判決を重く受け止め、速やかに本件引下げを見直すとともに、現在の物価高騰に対応する加算についても実態に即した内容とすることを強く求める。

2025年(令和7年)2月19日

福岡県弁護士会

会 長  德永 響

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