弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

人間

2025年2月 8日

うんこの世界


(霧山昴)
著者 アダム・ハート 、 出版 晶文社

 子どもたちに大人気の「うんこドリル」の類の本ではありません。腸内細菌と健康について真面目に研究成果を紹介している本です。
うんこの固形物の3分の1、最大60%が細菌。
炎症性腸疾患(IBD)は増加傾向にある。
石鹸で手を洗えば下痢性疾患を40%も減らせる可能性がある。
細菌性胃腸炎は、たいてい、感染してから症状が現れるまでに1日ほどかかる。
衛生の観点から最善なのはペーパータオル。
目下の大問題は、最近の進化を通じた抗生物質耐性の獲得。
ピロリ菌は、40~50%の人の胃で見つかる。たいてい、子どものころに獲得している。そして、ピロリ菌の保菌者のうち、潰瘍を発症する人は10~15%ほどにすぎない。
 小腸は科学的消化と吸収を担っている。ここはとくに細菌のたまり場というわけではない。小腸にいる細菌数は1ミリリットルあたり1万個もいない。小腸にいる細菌が増えすぎると、栄養の吸収がうまくいかなくなり、問題を引き起こす。
 大腸は小腸の3倍の幅があり、消化系の最後の部分。大腸の役割は、水分を吸収し、残ったものをきれいに整ったうんこにまとめることにある。
 腸内の最近は消化を助けてくれる。たとえば、人間に吸収できるブドウ糖などの単糖に分解してくれる。また、粘液でよくみられる複雑な分岐構造をもつ炭水化物も分解できる。最終生成物としてブドウ糖ができれば、細胞はすぐにそれを利用できるので、人間にとってはありがたい。
 腸内細菌の消化活動の大部分は、糖分解発酵と呼ばれるプロセスにより、さまざまな種類の炭水化物を短鎖脂肪酸に変換することに関係している。
 ビタミンは、ごく微量でも体の機能に欠かせない働きをする重要な物質。しかし、人間は体内でビタミンを生成することはできない。ところが腸内細菌が、ビタミンをつくってくれる。
細菌は、食物に含まれる重要な金属を吸収しやすくしてくれる。カルシウム、マグネシウム、鉄など...。
 細菌は、食物を消化し、金属吸収を助け、ビタミンをつくるだけでなく、有害な病原性細菌の増殖を抑えるうえでも役に立っている。
腸内細菌の多様性と存在量は、人によって驚くほど異なっている。腸内細菌と免疫系は、かなり密接かつ重要な接触をもっている。腸内細菌は、その生息場所で免疫系と密接にかかわりあっている。
 肥満は1980年に比べて倍増している。世界人口の65%は食料不足より過食のせいで死亡する人のほうが多い国に住んでいる。20歳以上の成人の35%は過体重で、11%は肥満。4000万人をこえる5歳未満の子どもが過体重。子どもの肥満は虐待の一形態。
腸内細菌とヒトの精神状態とは興味深くつながっている。
 妊娠中に長期にわたって高熱を経験した女性の産んだ子どもは、最大7倍の確率で自閉症になる。
高級ヨーグルトを飲んでも、効果はない。その効果は実証されていない。
 要は、細菌の群衆がバランスよく生育し、維持されていることが宿主であるヒトの健康につながる、ということ。この本を読んでスッキリしました。
(2024年10月刊。2300円+税)

2025年2月 3日

腸と脳の科学


(霧山昴)
著者 坪井 貴司 、 出版 講談社ブルーバックス新書

 現代日本人は、世界でも屈指の平均寿命の長さを誇っている。しかし、健康寿命(健康上の問題がなく日常生活を送れる期間)は、平均寿命よりも10年短い。その原因は、がん、糖尿病、肥満そしてアルツハイマー型認知症などにある。
怒りや不安、そして安心といった情動がかき立てられるような出来事が起こると、腸の活動が変化する。
脳にあるニューロンとグリア細胞と同じものが腸管神経系にも存在し、腸の蠕動(ぜんどう)運動などを自ら考えて調節するために機能している。腸の蠕動運動自体は、腸管神経系によって独立に調節されていて、ヒトの意思で自由に止めたり、あるいは動かしたりすることは出来ない。
 脳は交感神経や迷走神経を介して腸管神経系に指令を与え、機能を調節することができる。
 日本人の10~15%が過敏性腸症候群にかかっている。この過敏性腸症候群の患者では、副腎(ふくじん)は質刺激ホルモン放出ホルモンの影響で腸管の求心性迷走神経が過敏になっているため、ほんのわずかなストレスや情動によって便通異常が起こる。
 腸は、腸内分泌細胞から分泌する消化管ホルモンや腸から脳へのつながっている求心性迷走神経を介して脳へ情報を伝えている。
 脳腸相関とは腸と脳が相互に情報をやりとりしながら、お互いに影響を及ぼしあっているという概念。
腸内常在微生物叢(そう)を腸内フローラともいい、本書では腸内マイクロバイオ―タと呼ぶ。腸内マイクロバイオ―タは、ヒト自身が消化・吸収できない、さまざまな物質を分解している。腸内マイクロバイオ―タにはビタミンB類やビタミンKなどを産生するものがいる。腸内マイクロバイオ―タが産生した短鎖脂肪酸を体内のエネルギー源として利用し、ビタミンKには血液を凝問させるために利用している。
セロトニンやGABAといった神経伝達物質は、腸管神経系の活動を調節するために用いられている。住む国や地域、さらには人種によって腸内マイクロバイオ―タは大きく変化する。
 腸内マイクロバイオ―タのうち、20%が善玉菌で、10%が悪玉菌、残りの70%が日和見菌。
腸は、体内で最大のホルモンを分泌する内分泌腺。
 腸を整えるには、毎日、バランスの良い内容の食事をとり、ストレスと上手につきあい、運動をして、しっかり睡眠をとることが大事。安易に健康食品やサプリメントに頼らないこと。
 腸って本当に大切なんですね、脳と直結してるっていうのは、私の実感にもあいます。
(2024年12月刊。1210円)

2025年1月26日

高倉健の図書係


(霧山昴)
著者 谷 充代 、 出版 角川新書

 高倉健は無数の読書家だったことを初めて知りました。
 山本周五郎。「周五郎さんの言葉に励まされ、勇気をもらっていた」
時代小説を中心に、人生をひたむきに生きる人間の哀歓を描き出した山本周五郎は、高倉健がひときわ好きな作家だった。真田広之にも、「この本を読め」と言って渡している。
 三浦綾子。「いろいろな人間が出てきて、あえぎながらも乗り越えていく」
 「時間があったら本(活字)を読め。活字を読まないと顔が成長しない。顔を見れば、そいつが活字を読んでいるかどうか分かる」(内田吐夢監督)
 読書家の高倉健から、著者は「図書係」の役目をまかされた。1980年代後半のころ。
高倉健は、慎重に出演作品を選ぶことで有名だった。
 高倉健は、小学校に上がってすぐ肺浸潤に冒され、兄妹から離されて親戚のおじさんの家で闘病生活を過ごした。母親は毎日、ウナギを買ってきて、黒焼きにして食べさせ、肝まで飲ませた。そのおかげで健康を回復したものの、毎日のウナギは辛かった。それで高倉健にとって、川魚類は一番苦手な食べ物になった。
 高倉健は比叡山の滝に打たれに行ったことがある。滝行は、最初に右腕を出して流れ落ちる滝に当て、ついで左腕と、順に身体のあちこちに水をかけていく。そうしないと心臓麻痺を起こしてしまう。準備を終えると、滝に打たれながら合唱し、一心にお経を唱える。
 高倉健と取材旅行に行くと、「いつも一人で過ごす休暇と同じにしたい。散歩も自由時間も食事のメニューも」、「コーヒーは砂糖なし、ミルクたっぷりでお願いします」。「旅先に持ってくるのは、本と好きな映画のビデオだけ」、「好きな本を読んでぐっと来るものがあれば、その旅は最高だよ」。なーるほど、ですね。超有名人でしたから、ときどきは一人になりたかったのでしょうね。真似できませんが...。
 高倉健が亡くなって、もう10年がたつのですよね。すごい役者でした。『幸せの黄色いハンカチ』は最高でしたね。いい本でした。
(2024年11月刊。940円+税)

2025年1月 1日

お父さん、だいじょうぶ?日記


(霧山昴)
著者 加瀬 健太郎 、 出版 リトルモア

 お父さんはカメラマン。しかも、どうやら新聞社のような会社勤めではないらしい。昼間から家にいて、幼い子どもたちの写真を撮っている。そんな子どもたちが主人公の写真集みたいな本です。子どもは男の子ばかり3人。でも、この本には末っ子はまだ登場しない。男の子2人はイタズラ好きな、やんちゃで力があり余っています。
 私にも、孫2人が男の子なので、似た感じです。たまに同居して一緒に生活すると、それはもう朝起きたときから大変です。嵐が吹きまくります。それでも昼寝してくれるときは、午後、少しばかり静かになります。まさしく台風の眼のなかに入った感じです。でも、やがて目が覚めると、たちまち嵐の参上です。
 忙しくない写真家なので、よく家にいる。すると嫁さんに嫌がられる。気を使うからって...。
 そうなんですよね。だから私は外に出かけて列車に乗って喫茶店に入り、本を読みます。周囲に少しの雑音があったほうが読書に集中できます。ところが、元気のいいおばちゃんたち何人かが話し始めると、たまりません。さすがに集中できなくなるので、そそくさと立ち去ります。何事にもモノには限度というものがあります。
子どもたちの寝相が悪いのは万国共通なのでしょうか。私の子どもたちのときもそうでしたし、孫たちも同じです。いつのまにか、とんでもないところで寝ています。寝ている大人を乗りこえたりもします。
 私も、初めての子(長男)のときは、冬、布団からはみ出し何もかけずに畳の上に寝ていたり、お腹まる出しになっているのを見て、慌てて布団をかけてやりました。だけど、体温の高い子どもたちは平気なのです。それくらいで風邪をひくこともありません。それが分かったので、二番目の子どもからは寝相の悪いのを見ても、まったく心配しなくなりました。何事も経験がモノをいいます...。
庭に1メートルを超えるヘビが死んでいるのを発見したという。子どもが手に持ってぶら下げている。
 我が家の庭にも昔からヘビが棲みついています。死んだヘビをみたのも1回ありますし、ヘビの抜け殻も見ました。今のところに住むようになってまもなく、ヘビを見つけたとき、怖かったので、棒を持ってきて叩き殺してしまったこともありました。でも、あとで反省して、それからは見つけても殺さないつもりでやっています。ところが、夏、家人がヒマワリの下で雑草とりをしていて、ひょっと上を見ると、ヘビがヒマワリにぶら下がって昼寝していたそうです。ですから、茂みに入るときは物音を立てるようにしています。
 ヘビがいるのは、モグラがいるからです。ミミズもいたるところに穴を掘っています。自然と共存するって、案外、難しいものなんです。
 子どもたちは穴を掘るのが大好きです。庭に深い穴を掘って水を入れ、ちょっとしたプールをつくりあげたりもします。
子どもたちはすぐに大きくなります。まさしく、あっという間に大きくなってしまいます。もうすぐ、孫たちが遊んでくれなくなるのかと思うと、寂しいです。今のうちせいぜい楽しませてもらうつもりです。

(2021年5月刊。1760円)

2024年12月24日

いのち輝け、二度とない人生だから


(霧山昴)
著者 蓼沼 紘明 、 出版 東京図書出版

 著者は満州開拓団の子として生まれ、父が兵隊にとられたため、日本敗戦より前に母と一緒に内地に帰ってきて命が助かったのでした。敗戦時まで満州にいたら、無事に日本へ戻れたとは限りません。
 そして、父親は兵隊にとられて乗り込んだ船が沈められるなか、海上を2時間も泳いで奇跡的に陸地にはい上がって助かったのです。すごい生命運です。
 満州では著者が赤ちゃんのとき、夜中にネズミに頭をかじられ、朝起きたら布団が真っ赤に染まっていたというのです。よくぞ助かったものです。
弟を戦争で亡くした母親はテレビに昭和天皇が登場すると、いつも怒りを爆発させた。
 日本を戦争に導いた責任が天皇にあるのは間違いありません。なのに、昭和天皇はアメリカ(マッカーサー)に守られ、自ら退位することもなく、むしろ戦争を止めた、平和主義者であるかのような顔をして、日本中を駆け巡り、手を大きく振って歓呼の声を浴びていたのです。許せません。
 伊丹万作(伊丹十三の父)は、「だまされた者の責任」を厳しく問いかけたとのこと。なるほど、よくよく考えもせず、批判力も思考力も信念も失って、家畜のように盲従していった国民にも責任の一端はあるでしょう。
 同じことが、先日の兵庫県知事選挙でも起きました。パワハラ知事を正義の味方かのように信じ込んで、それを助けようと投票所に駆け込んだ県民がなんと多かったことでしょう。ヒトラーばりに、嘘も百回繰り返すと「真実」になるというのを証明してみせたのです。おお、怖い世の中です。
 著者は東大に入って駒場寮では聖書研究会に入ります。私は「教行信証」など仏教系の本は読んだことがありますが、キリスト教系は昔から縁がありません。カトリックとプロテスタントの、血で血を争う戦争を繰り返してきたキリスト教は生理的に受けつけません。
 大学生のとき肺結核となり、療養所に入ります。そして退院してくると、学友から無理なアルバイトをしないですむように毎月カンパしてくれたというのです。これはとてもいい話ですね。たしかに、昔はそんな雰囲気がありました。
 東大闘争が始まると、全共闘の暴力に抗して著者はノンセクト・ラジカルとして民青と共同戦線をはってたたかったとのこと。そのころは、多くの学生がヘルメットをかぶり、ゲバ棒を持ちました。私も何回もそんな場面にいました。暴力には身を守る暴力が必要だと考えたのです。まったく、非暴力・無抵抗でいいとは思えませんでした。今も昔も、暴力は嫌なんですけど...。
 それから、著者は東京都庁に入り、裁判所に入り、司法試験も受験します。合格できず、伊藤塾の手伝いをするようになりました。ご承知のとおり、平和と人権を守る憲法の伝導師として大活躍している伊藤真弁護士の下で支えてきたのです。
 著者の思いのたけがぎっしり詰め込まれた460頁もの大作です。
 福岡で元裁判官の西理(おさむ)弁護士より贈呈を受けました。ありがとうございます。著者の今後引き続きの活躍を祈念します。
(2024年6月刊。1980円)

2024年12月14日

きょう、ゴリラをうえたよ


(霧山昴)
著者 水野 太貴(文) 、 吉本ユータヌキ(絵) 、 出版 KADOKAWA

 いやあ面白い、子どもって、ホント、天才です。
 私が一番気に入ったのは次のコトバ。お葬式で、お坊さんがお経をあげているのを見て...。
 「あのおハゲ、なんでわけわからないことを言ってるの?」
 「お坊さん」というコトバを知らない。でも、失礼のないように「お」をつけた。思わず笑ってしまいますよね、悪気のないことがアリアリですから...。
この質問に対して、「魂が天国に行けるようにしてるんだよ」と笑えると、「魂には足が何本ついてるの?」と子どもはさらに尋ねたとのこと。いやあ、鋭い質問ですよね。
 さて、この本のタイトル。何を植えたかというと...。パンジーです。なんでパンジーがゴリラになったのか。パンジーがチンパンジーになり、それを思い出せなかったので、サルに近いゴリラになったというわけ。連想ゲームもここまで来ると、たいしたものです。
 子どものころ、トウモロコシを「とうもころし」というのはよくある間違い。私の子どもは「ヘリコプター」を「へーくりっぱ」と言っていました。まあ、なんとか分かりますよね。
 「ひいばあちゃん、しんぱくないー!」
寒いの否定は寒くない。眠いの否定は眠くない。だったら、心配の否定は「しんぱくない」。「心拍ない」ではありません。
 「みず、いりたいです」
これは、水がほしいということ。「水がいる」と言ったので、ちゃんとお願いしなさいと言われて、「いる」に「~したい」がくっついて、「いりたい」になりました。なるほど、そうきたか...。
 「セミが鳴いているね」「セミさん痛いの?」
 鳴いているを泣いてると受けとめたのですね。
 「パパ、いらなかったよ!」
 これは家の中でかくれんぼをしていたとき、なかなかお父さんが見つからないので言ったコトバ。「いる」の否定なら、「いらない」。
 「また、よごれたラーメン、食べにこようね」
 このラーメンは、ドロドロしたこってり系のスープです。それを「汚れた」と表現しただけで、なんの悪気もありません。
子どもの言いまちがいには、コトバの本質が詰まっている。記憶のメカニズムのような認知能力も映し出している。
 思わず吹き出しながら一気に読んでしまいました。おかげで、ほっこりした気分に浸ったひとときになりました。おすすめの本です。
 
(2024年10月刊。1650円)

2024年12月 2日

体内時計の科学


(霧山昴)
著者 ラッセル・フォスター 、 出版 青土社

 私たちの身体は、しかるべき時間と場所において、適量の最適な資源を確保する必要がある。体内時計は、このニーズを予期することができる。体内時計は、単に時間を知らせるだけでなく、時間の予測や、少なくとも環境内の規則的な出来事の予測を可能にする。
 睡眠中に記憶のほとんどが確立され、問題が解決され、情動が処理される。さらに、日中の活動で蓄積された有害物質が除去され、代謝経路が再構築されてエネルギー貯蔵庫のバランスがとられる。逆に、十分な睡眠がとられなければ、脳の機能、情動、身体の健康はすべて、すぐに混乱をきたす。
 異常な睡眠は、心臓疾患、2型糖尿病、感染症、がんを引き起こしやすくする。
 睡眠は、目覚めているときの生活能力を規定し、睡眠不足や睡眠における概日リズムの混乱は、健康全般に甚大な悪影響を及ぼす。
 平均的な人間の脳には、86億本のニューロンがある。そのうちの5万本のみが、24時間周期の概日リズムを調整する「マスター生物時計」として、連携しあいながら機能している。
 この「マスター時計」は、視交叉上核(SCN)」と呼ばれる脳の部位に存在する。SCNには5万本のニューロンが含まれており、注目すべきことに、それらのおのおのが独自の時計を備えている。SCNは哺乳類における「マスター時計」ではあるが、唯一の時計ではない。おそらくあらゆる身体器官や身体組織の内部に時計が存在している。
 人間はノンレム睡眠中も、レム睡眠中のどちらにも夢を見る。しかし、レム睡眠中の夢は鮮明で、長く続き、複雑怪奇である。目が覚めても、しばらくは最後の夢を覚えていることがある。
 人間は、全人生の36%を睡眠に費やしている。睡眠とは、個体がうまく適応できていない環境内で活動することを避ける、身体的な不活動の時期を指す。この時期に、活動期に最適な結果が得られるようにする一連の基本的な生物学的活動が実行される。
 人間を含むほとんどの動植物において自己の概日リズムを昼夜のサイクルにあわせる、つまり「引き込む」ときのもっとも重要なシグナルは、光、とりわけ日の出時と日没時の光である。
 時差ボケは、睡眠と概日リズムの混乱をSCRDという。SCRDは、コルチゾールが関与する、さまざまな健康リスクを高める。
 不適切な睡眠はSCRDの重要な特徴である。交替勤務の年数、交替の頻度、1週間あたりの夜間勤務時間が増えれば増えるほど、がん発症のリスクは高まる。夜勤とがんの相関関係は非常に強い。
 年長者はコルチゾールのレベルが高く、そのためSCRDの影響を受けやすい。そして、それがストレスの増大、認知能力の低下、さらには記憶を司(つかさど)る脳領域の縮小につながっていく。
 天才として高名なアインシュタインは、夜の睡眠時間は10時間、そして日中は規則正しい生活を送っていました。天才の脳を動かすのには、夜の10時間の睡眠が必要だったというんですが、とてもマネできません。私は、7時間の睡眠と、ちょっとした「昼寝」を大切にしています。睡眠はとても大切にしています。ともかく睡眠不足では頭がまわらなくなるからです。
でも、アインシュタインのように10時間を確保しようとは考えていません。もちろん、天才ではありませんし...。
(2024年8月刊。2800円+税)

2024年11月25日

私たちは電気でできている


(霧山昴)
著者 サリー・エイディ 、 出版 青土社

 人間が体内で電気を起こして(発電している)と聞いたとき、そんなバカな...と思ったことでした。でも、どうやら本当のようです。誰が、いったい、何のために体内で発電しているというのでしょうか...。
骨、皮膚、神経、筋肉など、人間の身体のすべての細胞は、さながら小さな電池のように電圧をもっている。この生態電気があるからこそ、脳は体全体に信号を送ることができる。
電気は、心と身体の病気を治療するため、いろいろな方法で利用されている。
 たとえば、パーキンソン病を治療するため脳深部刺激療法は、乾燥スパゲッティほどのサイズと形をした2本の電極を脳の深部に滑りこませて、病気の破壊的症状を鎮める。
 電気薬学は、米粒大の電気インプラントを体内の神経周辺に固定することにより、糖尿病やぜん息の回復につながる可能性がある。ラットやブタの実験では実証されている。
 人間の身体には発電所がある。体内の40兆個の細胞ひとつ一つが、それ自身の小さな電圧をもつ、小さな電池だ。
細胞が休んでいるとき、細胞の内側は、外側の細胞外液よりも平均して70ミリボルトほどマイナスに帯電している。
 生体電気は脳だけでなく、体内のあらゆる細胞に役立てられている。カエルを実験に使ったのは、カエルの神経は場所が特定しやすく、筋肉の収縮が見やすいから。カエルを解体してからも、最大44時間は、収縮が持続する。
 カエルが実験に大量に使用されるようになって、ヨーロッパではカエルが不足するようになった。
神経系は細胞から出来ているが、このことはなかなか気づかれなかった。ニューロンは、標準的な細胞のようには見えないから。
 イオンはプラスまたはマイナスの電荷をもつ原子。「細胞外液」に溶けているイオンは、海水の成分と非常によく似ていて、主にナトリウムとカリウム、このほかカルシウム、マグネシウム、塩化物が少しずつ含まれている。これらの物質の濃度が、電気信号の通過を許可するかどうかの主要な決定要因となる。
 ひとつの穴があいていると、カリウムイオンとナトリウムイオンが1ミリ秒につき、1万個から10万個の範囲でひとつの細胞に出たり入ったりする。
 ナトリウムチャンネルとは何なのか、突きとめると、つまりはタンパク質だった。
 イオンチャンネルは、ひとつのグループとしては30億歳くらい。植物も菌類も動物も、私たち人間の体内に既にあるものは...?
 膜を隔てたイオンを分離し、移動させることは、すべての生き物にとっての基本である。
 ペースメーカーを使用している人は、50万人に近い。ペースメーカーのもっとも一般的な用途は、遅い心拍数の速度を上げる。
 脳も電気を発している。このことは実験で確認された。
イオンチャンネル薬は、がん治療を前進させるもっとも妥当な方法である。
 生体電気的特性を使って、がん細胞を健康な細胞と区別できることが分かった。
 人間の生体の電気の働きについて、いろいろ役に立つことを教えてくれる本です。不思議だらけの本でもあります。
(2024年7月刊。2800円+税)

2024年10月28日

「よく見る人」と「よく聴く人」


(霧山昴)
著者 広瀬 浩二郎 ・ 相良 啓子 、 出版 岩波ジュニア新書

 著者の二人は、全盲の視覚障害者(男性)と聴力障害者(女性)です。
 伝音声難聴は補聴器で音を大きくできるが、もう一つの感音性難聴だと補聴器をつけてもことばは理解できず、役に立たない。私も難聴に困っています。
 「一目ぼれ」はありえないが、「一耳ぼれ」は頻繁にある。しゃべり方や声の質に魅かれる。目による読書は客観的に外から、耳による読書は主観的に内から作品世界に触れる。
 中学1年生の終わりに完全に失明した。原因は眼底出血。
パソコンの音声読み上げ機能を使って原稿を書く。点字で書いて音声で確かめる。点字は表音文字。点字の根底には、豊かな音の世界が広がっている。
全盲で京都大学文学部に入学した(1987年)。京大で初めての全盲の学生。そして京大居合道部に入る。視覚障害者なので、視覚情報に惑わされず、より深く自己の心と対話し、仮想敵に立ち向かうことができる。目に見えない敵を媒介として、己の精神を錬磨する。大切なのは闘魂。
その後も武道のいろいろに挑戦した。太極拳、テコンドー、ヨガ、合気道そして今は少林寺拳法。いやはや、すごいものですね...。
武道の稽古においてもっとも重視するのは音。道場に入ると、音の反響で自分の位置、壁までの距離を推測する。音の響きは道場の広さ、人数、天気などによって異なるので、気を四方八方に配って気配を感じとる。この心地よい緊張感が耳から全身に広がる。
 手話言語にも方言がある。手話も音声言語と同じく各地で自然発生的に表出される言語なので、世界共通どころか、国内共通でもない。うひゃあ、そ、そうだったんですか...、知りませんでした。
全盲でもテレビを「みる」。画面は見ずに(見えないから)、音声や雰囲気でイメージを広げて「全身でみている」。
 難聴者は「字幕メガネ」をかけて映画を楽しめる。動画で手話している様子を送る。これで、リアルタイプに使えるようになった。
世間では、障害者を十把一絡(から)げでとらえている。しかし、それは皮相的。
 「障害」を出発点として、共感力、コミュニケーション力を考えた新書です。大変興味深く読み通しました。
(2023年9月刊。940円+税)

2024年9月21日

思い出せない脳


(霧山昴)
著者 澤田 誠 、 出版 講談社現代新書

 私は名前を思い出せないということが多いです。これは。年齢(とし)とったからというのではなく、若いころからそうです。
 小学校の先生(教員)は、新学期の前に、顔写真と氏名を見比べながら、必死で覚えておき、初めての生徒たちを名前で呼んで安心させるという話を聞いたことがあります。
 年齢(とし)をとって衰えるのは、新しいことを「覚える力」ではなく、「引き出す力」だ。
 加齢によって脳の細胞は減っていく。とくに「海馬」の細胞は、他より減りやすい。その海馬は記憶の「引き出し」にも関係している。海馬の神経細胞は、記憶に関して重要な役割を担っているにもかかわらず、酸素不足やストレスに弱い。
 海馬の一部の場所では新たな細胞が生まれている。神経細胞は入れ替わらなくても、神経細胞を構成している成分は入れ替わっている。
数に限りのある神経細胞でも、組み合わせ次第でほぼ無限に記憶を保管できる。
 神経細胞が加齢で死ぬ主な原因は血流不足。糖尿病にならないように注意するのが重要。糖尿病は認知症のリスクも1.5倍高い。糖は血管を傷つける。
 感情は情動と気分が合わさったもの。名前だけが思い出せないのは、名前が意味記憶で、意味記憶が生存に必須ではない記憶だから、情動が働かず、脳にとって思い出しにくいということ。
 記憶に残るか残らないかは、情動の動きに関係している。睡眠不足は、思い出せない脳をつくる。睡眠は、脳の機能を回復させる、脳の老廃物を排出させる、記憶の整理・編集・定着が行われる。
 起きているときよりも、睡眠時に活動が上がる脳の部位がある。大脳辺縁系。これは情動を司る脳部位。長期記憶を形成するために、睡眠はとても重要。新しい技能をマスターするためには、よく眠ることが重要。睡眠薬では、自然な睡眠周期は現れないため、記憶の形成の面ではデメリットも生じる。
 人の名前がどうしても思い出せないときにどうしたらよいか...。それは、思い出そうとするのをやめること。周辺抑制が働いているので、それを解放したらいい。脳は非情ともいえるほど合理的だ。
 脳の話は、いつ読んでも面白いですね。
(2023年5月刊。980円+税)

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