弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

社会

2024年4月23日

貧乏物語


(霧山昴)
著者 大河内 一男 、 出版 文芸春秋新社

 「貧乏物語」といえば、私も名前だけは知っている河上肇ですよね。
 大正6年に本が発売されると、それこそ飛ぶように売れて、広く読まれたそうです。どこの国でも「百万長者」と呼ばれる大金持ちは全人口の2%を占め、65%は極貧者、中産階級の下層を含めると80%になり、中産階級の上まで含めたら98%が貧乏人だということになる。
 これが大正から昭和初めにかけてのことです。
今では、トップの超大金持ちは何十億円もの資産をもち、タワーマンションに住んでいる。そして、多くの貧乏人は、エアコンもないような生活、食費も1日3食を満足に食べられない生活。年金がもらえない(無年金)か、もらえても月4万円ほど、生活保護を受けたら、もう少しまともな生活ができるのに、いろんな制約のある保護だけは受けたくないとして、月10万円以下で生活している人のなんと多いことでしょう。
 この河上肇博士は昭和4年から同5年にかけて、雑誌「改造」に『第二貧乏物語』を連載し、同5年11月に本を発行したのです。ところが、河上博士の自慢の第2作は不評で、あまり売れませんでした。というのも、河上博士は京都帝大教授を止めてマルクス主義の実践家になろうとしていて、『第二貧乏物語』は、いわばマルクス経済学の解説本になっていたからです。
 『貧乏物語』において、河上博士は「貧乏」の原因として、貧富の差があまりに激しいこと、金持ちがぜいたく品をどんどん買いあさっていることをあげています。
 ところが、『第二貧乏物語』においては、マルクス主義の立場に忠実に立って、資本主義社会で多くの人間が貧乏人から脱け出せないのは、資本主義社会の本質的な制約だとしたのでした。
 日本の貧乏の原因は低賃金にあり、これを低賃金だと感じていない低い意識が問題だと著者は指摘しています。
 毎日の職場に不満があっても、ストライキをすることはなく、投票に行くこともない。そんなことで日本の状況の改善が図られるはずはありません。
 現在の日本では、「連合」にみられるように、労働組合といっても自民党と経団連にすり寄るばかりというのがほとんどのようですから、労働組合の存在意義を若い人たちが実感できるわけがありません。労働組合への加入率が低いのも当然です。残念でなりません。
 芳野会長は「反共」一本槍でやってきた経歴を買われて「連合」の会長に据えられましたが、ますます意固地になるばかりのようで、残念です。
 著者は私が大学に入ったときの東大総長でもありました。東大闘争が始まるなかで、みじめに引退させられました。残念というほかありませんでした。
 私の本棚に長く眠っていた本ですが、何か役に立つところはないかと頁をめくってみたところ、いくつか見つけたので紹介します。
(昭和34年10月刊。230円)

2024年4月18日

エッセンシャルワーカー


(霧山昴)
著者 田中 洋子 、 出版 旬報社

 先日、あるシンポジウムのタイトルを「エッセンシャルワーカー」とする企画がすすんでいると聞いて、私は疑問を投げかけました。
 たとえば、セクシャル・ハラスメントという言葉を初めて聞いたときには、とても違和感がありました。でも、今や、セクハラはパワハラと並んで、すっかり日常用語としての日本語で定着しています。今どき、パワハラって何?と訊き返す人はほとんどいません。
 でも、このエッセンシャルワーカーって、いったいどんな意味で、どんな職業をさすのか、パッと分かる人は少ないと思います。
 エッセンシャルワーカーとは、「日常生活になくてはならない仕事をする人」のことです。「社会機能維持者」とも言われます。
 その仕事とは、たとえばスーパーの店員であり、トラック運転手であり、保育士であり、教師であり、看護師などです。金融コンサルタントや弁護士、ファンドマネージャーは入りません。
 ところが、皮肉な現実があります。労働が他者の助けとなり、人々に便益をもたらし、社会的価値があるほど、それに与えられる報酬はより少なくなる。
 その反対に、無意味かつ他者の便益にならない労働ほど報酬が高くなる。このような倒錯した関係が成り立っている。
 まさしく、そのとおりなのが世の中の現実です。そして、それがひどいのが日本です。
エッセンシャルワーカーは、日々の生活を着実に支える、社会の潤滑油のような存在である。
 日本でエッセンシャルワーカーの処遇悪化がこの30年間で進んだことによって、日本の社会経済の基盤、ファンダメンタルズの長期的な弱化をもたらし、日本の世界的な地位低下をもたらす主要な要因となっている。
 日本の低賃金は、ますます進行し、主要因の中で日本だけが9%も下落している。アメリカは76%上昇し、ドイツでも55%上がっている。韓国では、なんと3.5倍になっているのに...。日本の世界競争力は35位と、過去最低に転落した。
 それもこれも、日本経団連と、それを下支えしている「芳野」連合のせいであることは明らかです。
 この本は、日本と比較してドイツが紹介されています。思わず目を見張るほどの違いです。
 ドイツは、パートとフルタイムとの区分がない。ドイツでは正社員は同じ場所で働き続けるのを基本とする。異動・転勤するのは一部の上級管理職だけ。
 さらに驚くのは、ドイツのマクドナルドです。ドイツでもマクドナルドに学生アルバイトが働いています。でも、使い捨て要員ではありません。教育・職業教育の一つとして働いています。その給与は、なんと月25万円です。これには思わず腰を抜かしてしまいました。時給にして1740円なのです。日本のように学生を使いつぶしてもかまわないというのではありません。
 自分たちの業界・企業イメージをいかにしていいものとするかにつとめているのです。
 若い人に投資し、次世代の担い手として、ていねいに育てていく。
いやあ、これが本当ですよね...。これを知ることが出来ただけでも、本書を読む価値がありました。
 日本では今も変わらず、「小さな政府」、「公務員の削減」が叫ばれ、実行されています。その弊害が市民生活の至るところにあらわれているのに...。
 郵政民営化で、郵便局は身近な存在ではなくなりました。国鉄の分割民営化によって特急・急行は減らされ、駅は無人化され、新幹線のホームに駅員はいなくなりました。そして、金持ちのための「七ツ星」のような超豪華列車だけが優遇されています。
 公務員の削減によって、相談員は非常勤であり、正規公務員ではありません。本当に残念です。
 軍事予算には財源なんか気にせずに大幅増額する一方で、人を教育し育成、介護する部門は財源がないとして削減するばかりです。その結果、日本経済の競争力が損なわれてしまいました。目先の利益しか考えられない財界、それに支えられている自民党、その「下駄の雪」の公明党。それにあきらめた結果の投票率の低下。ここをなんとか変えたいものです。
目からウロコ。大変勉強になる本でした。あなたに一読を強くおすすめします。目と心が洗われる本です。

(2024年3月刊。2500 円+税)

2024年4月16日

どうするALPS処理水?


(霧山昴)
著者 岩井孝 ・ 半杭真一 ほか 、 出版 あけび書房

 この本によるとALPS処理水の海洋放出はそれほど危険なものではないとのことです。本当に、そうだったらいいのですが...。
 私は、廃炉のためにもっとも肝心な燃料デブリに現状でまったく手が付けられていないこと、そして、その処理方策は何も具体化していないことが最大の問題だと考えています。
 故安倍首相は、東京オリンピックの前、原発は「アンダーコントロール」にあるなんて全くのデタラメを放言したわけですが、その嘘がウソとして日本人の共通思考になっていないため、原発再稼動なんて、とんでもない政策が再び進行しているのだと考えています。
 フクイチ(福島第一原発)事故で炉心溶融した1~3号機では、燃料デブリを冷却するために上部から現在も水を注いでいるため、これが汚染水となっている。つまり、汚染水はこれからもずっとずっと生まれてくるのです。
 1~6号機のプールからの燃料取り出が完了するのは計画どおりにうまくいったとしても、今から7年後の2031年。しかし、燃料デブリの取り出しは試験的には2021年に始まるはずだったのが、2024年の今もやられていません。著者は燃料デブリの全量取り出しの見通しはまったくないと断言しています。恐ろしいことに、これが現実なんです。だったら、原発再稼動の話が出てはいけないのです。ところが、日本人の忘却の良さを信用して(また、投票率が低いことを幸いとして)、原発事故なんか「なかった」、いやあったとしても「アンダーコントロール」、つまり何の問題もないかのような顔をしているのです。許せません。
 ALPSはフランス製かと思っていましたが、東芝と日立でつくられたものなんですね...。
ALPS処理水は、海洋汚染の原因となる放射性セシウムやストロンチウムなどが大量に含まれた高濃度汚染水とは明らかに違う。
 ALPSによってトリチウムが取り除けないのは、トリチウムは水溶けているのではなく、水分子(HTO)として存在するから。水分子として存在するものを水から取り除くことはできない。そうなんですか。知りませんでした。
 ALPS処理水も汚染水ではあるが、「処理途上水」とは異なっている。
 この本では、燃料デブリを無理して取り出さず、チェルノブイリのように「墓地」にして、長期保管監視することが提唱されています。私も、現実問題として、それしかないのかなと、今は考えています。
ともかく、原発(原子力発電所)なるものは、人間の手にあまるものだということは、はっきりしています。廃炉しかありません。
(2024年2月刊。1980円)

2024年4月12日

記者狙撃


(霧山昴)
著者 中村 梧郎 、 出版 花伝社

 戦場では、たくさんの記者が狙撃されて亡くなりました。
 ベトナム戦争が終わったのは1975(昭和50)年4月30日のこと。私が弁護士になった翌年のことです。メーデーの会場でアメリカ軍がサイゴン(現ホーチミン市)からみじめに撤退していく状況を刻々と知らされたことを覚えています。
 その4年後、中国がベトナムに侵略戦争を仕掛けました。それを主導したのは、復活してまもなく中国の最高指導者となった鄧小平です。ベトナムがカンボジアのポルポト政権を崩壊させたことを恨みに思って、「ベトナムに懲罰を支えてやる」と高言したのでした。アメリカと長期の戦争でベトナム側は反撃できないだろうと見込んでのこと。中国はベトナムとの国境地帯に、北京以外の全軍区から60万人もの兵を動員しました。
 1979年2月17日未明、中国軍12個師団(6~10万人)がベトナムへ侵略を開始した。
 対するベトナム軍は軍の精鋭部隊はカンボジアに投入していて、正規軍では対応しなかった(できなかった)。地元の山岳地帯を熟知している地方軍、民兵、公安警察。いわば補助部隊で対戦した。ベトナム側は空軍も戦車部隊も出動させなかった。
 中国軍の戦法は朝鮮戦争のときと同じ人海戦術。進軍ラッパをプープー鳴らし、先頭の兵隊が赤い大きな軍旗を振りまわし、ワーッと喚声をあげ、「突撃」と叫んでやって来る。中隊規模の100人ほどの兵士が1列横隊で進軍して来る。これで敵を脅して戦意を喪失させようというのです。時代錯誤そのものです。
 対するベトナム軍は、タコつぼを握って分散して待ちかまえる。そして、「なるべく殺すな。手や足を狙って動けなくせよ。ほかの兵隊が負傷兵を担いで退がることになるから、戦力が著しく減退する」、こんな戦法で大きな成果をあげた。
 著者が高野功記者とともに中越戦争の最前線のランソンに出向いたのは1979年3月7日のこと。ランソンからほとんど撤退していた中国軍の一部がランソン市内に潜んでいたのです。行政委員会(市役所)の建物の2階から小銃で狙撃するチームと、前方の川の対岸の機関銃部隊という2重の攻撃隊形で日本人ジャーナリストを待ち伏せしていた。著者は、このように推測しています。
 殺された高野記者はベトナムに常駐している赤旗新聞の特派員でした。ベトナム戦争そして、中越戦争をいち早く報道する日本人ジャーナリストが邪魔だったのです。
 高野記者を狙った銃弾は頭部に命中し、即死でした。
 高野記者は1943年生まれで、当時35歳。1人娘(5歳)は、パパの死が理解できず、「パパはどこにいるの?」と言って葬式のときも探していたそうです。
 高野記者は4年でベトナム語を習得し、ベトナム語の達人になっていたとのこと。たいしたものです。
 なお、三菱樹脂事件で有名な高野達男氏が高野記者の兄だということを、私はこの本を読んで初めて知りました。私が大学生のころの事件で思想・信条による採用差別は許されないという画期的な判例を勝ちとった(と思います)人です。なにより画期的なのは会社と和解して復職し、子会社の社長まで務めていたということです。私も高野達男氏の話を聴いたことがありますが、闘士というよりいかにも穏やかで、知的な人でした。
 高野記者と行動をともにしていて、一瞬の差で生死を分けた著者が40年後に現場に戻った話も出てきます。そして、そのとき負傷したベトナム軍の兵士たちが無事だったことを知るくだりは感動的でした。
 ベトナム戦争そして中越戦争に関心のある人には必読の本です。
(2023年10月刊。1700円+税)

2024年4月10日

日本の武器生産と武器輸出


(霧山昴)
著者 綾瀬 厚 、 出版 緑月出版

 いま、自民・公明政権は戦闘機を海外へ輸出できると閣議決定し、すすめようとしています。軍事産業を振興させることによって日本の産業を活性化する狙いもあるとみられますが、人殺しの兵器をどんどんつくって海外へ輸出して国を成り立たせようというのでは戦後、営々として築き上げてきた「平和国家・日本」という金看板を汚してしまいます。「戦争する回ニッポン」という、昔の、戦前の看板を復活させて、いいことは何ひとつありません。
 この本を読んで驚いたのは、第一次世界大戦が起きたあと、ロシアから日本へ武器輸入の要請が来て、日本がロシアへどんどん武器を輸出していたということです。まったく知りませんでした。ドイツの東部戦線で対決していたロシア軍は、兵器・装備の不足のため劣勢を余儀なくされていた。その結果、日本は大正4年におよそ1億円近い武器・弾薬をロシアへ輸出した。日本政府は、ロシアへ大量の武器・弾薬を輸出するため官民合同による兵器生産体制の確立を急いだ。
 次は、日本の武器輸入です。満州事変の前後ころ、日本は海外から武器を輸入していました。1930(昭和5)年は、イギリス、スイス、ドイツ、でした。1931年もトップはイギリスで、フランス、アメリカと続きます。1932年になると、フランス、イギリス、ドイツと、フランスが一番になりました。これは、イギリスに対日警戒感が強まったことがあるようです。
 イギリスは、この当時、世界最大の武器輸出国。武器を輸出して、相手国との経済的かつ軍事的関係の強化を図り、それによって覇権主義を徹底し、国際秩序の主導者としての位置を占めていた。
 それにしても、現代日本のマスコミの批判精神の欠如は恐ろしいと思います。
 戦闘機を海外に輸出するなんて、「平和な国ニッポン」という最大のブランドを汚すものでしょう。海外からの観光客を呼び込むのにも障害になるのは明らかでしょう。
 先日、政府は沖縄の諸島にシェルターをしてくるという方針を発表しました。正気の沙汰ではありません。いったいミサイルが飛んできたとき、シェルターがどれほど役に立つというのでしょうか...。そんな問題点をきちんと指摘もせず、シェルターの構想を恥ずかし気もなく、そのまま報道しているだけというマスコミの姿勢に私は納得できません。
 シェルターに2週間とじこもっていたら自分と自分の家族だけは助かる。そんなバカなことはないでしょう。
 戦前・戦後の日本の武器生産と武器輸出の事実を刻明に明らかにした労作です。
(2023年12月刊。3300円)

2024年4月 2日

宝塚に咲いた青春


(霧山昴)
著者 玉井 浜子 、 出版 青弓社

 宝塚歌劇団の女性が自死した事件について、劇団側は、なかなか事実関係を公表せず、遺族側の要求に真剣に向きあっていないという印象があります。解決が長引けば、ますますタカラヅカの印象・評判が低下していくだけなのではないかと思うのですが...。在籍している多くの若い女性たちの努力と苦労を生かす方向での早期解決を期待するばかりです。
 この本は戦前・戦後のタカラジェンヌの回想録です。昔も先輩には逆らえなかったこと、イジメがあっていたことが暴露されています。
 「あんた、生意気や」
 「感じ悪いなあ」
 「夜ウチとこの部屋へいらっしゃい」
 こう言われたら、一日中、生きた心地がしなくなる。何の根拠もなく決めつけられる。自分たちが上からされたことを繰り返して、いわば報復していたのだろう。
 夜お部屋へ来いというのは、最大のイジメ。6畳一間に上級生が5人か6人座っていて、入っていくと中央に座布団が1枚置いてある。入り口に座ると、真ん中へ来いと言われる。座布団を動かそうとすると、そこへ座りなさいというので、座布団の上に座ると、とたんに罵声をあびる。
 「なんや、あんた、上級生が座布団に座ってへんのに、一人で座ってええのんか」
 「生意気やで」
 「顔上げてみいや」
 「それなら、さあ、もう1枚お敷きあそばせよ」
 口答えできず、目を上げることも足を崩すことも不可能な姿勢のまま、上級生たちがあきるのを待つだけ。やっと解放されて自室に戻ると、心配した同級生が待っている。座布団の枚数がどれくらいイジメられたかのバロメーター。普通は3枚か4枚、最高は6枚。6枚の上に正座するのは難しいうえに、ずっとイヤミを言われる。情けないやら悔しいやらで、心のなかは煮えくり返るような思い。
 しかし、反省しているようなしおらしい態度を保ち続けるのは、苦しい演技力。
 そんなタカラジェンヌたちが1948(昭和23)年6月には3日間、ストライキをぶって休演したというのです。
 戦前も松竹歌劇団はターキーを団長としてストライキを敢行しています。やっぱりやるべきとき、たたかわなければいけないときには、ストライキも何でもやってみることなんですよね。
 
(1999年11月刊。1400円+税)

 いよいよ4月、まさしく春らんまんです。
 桜は満開、チューリップも全開です。
 今年は桜の開花が例年より遅いかなと思っていましたが、3月末に一気に満開となりました。ソメイヨシノのほんのりピンク色の花びらを見ると、心が浮き立ちます。
 庭のあちこちにチューリップが全開しています。雨戸を開けると、元気なチューリップを眺めることができ、生きる元気をもらっています。
 さあ、今日も一日がんばろうという感じです。

2024年3月29日

「今どきの若者」のリアル

(霧山昴)
著者 山田 昌弘 、 出版 PHP新書

 「今どきの若者」をどうみたらいいのか、大変勉強になりました。
 でも、この本を読んで腹が立ち、許せないと思ったのは、「世代間対立」をあおる論稿です。萱野稔人という人物は津田塾大学の教授だというのですが、この人は、本当に学者なのか、典型的な御用学者じゃないのか、私はその知性の低さに恐れおののきました。
年金制度について、著者は、若者が高齢者の年金を負担するという前提で議論を進めています。どうして、高齢者の年金を若者に負担させなければいけないというのか、著者はその点に疑問を持とうともしません。自公・政権とまったく同じ発想です。
そして、批判しようとすると、それは「きわめて独善的だ」と、スッパリ切って捨てる。そこには国の予算のなかで、防衛予算が突出して増えていて、そこでは収支バランスなど、なんにも考慮させられていないことをまったく無視しています。許せません。
この著者にかかれば、大学生の学費を無償にしろとか、小・中学校の統合をやめろという世論についても、とんでもない「独善的」だということになってしまうのでしょう。
人間を大事にせず、防衛産業だけを重視・育成しようとする政治には目をやらず、それを当然の前提・聖域としておいて、「世代間の対立」だけをあおり立てる言説をバラまくだけの人間が学者だなんて、やめてほしいです。そんな視野の狭い「教授」様に教わる学生は可哀想としか言いようがありません。
さて、ここからは本書を読んでの感想です。
今どきの著者の置かれている経済的基盤が激変していることを改めて認識させられました。私が大学生のころ(60年近くも前のことです)は、教授料は月1000円(年1万2000円)、寮費も月1000円でした。育成会の奨学金は貸与制が月3000円、家庭教師が週2回で月8000円前後でした。「貧乏」学生(あまり余裕がないというレベルです)でも、なんとかアルバイトしながらも授業には出れました。
今は、年間の学費が何十万円もするので、奨学金では追いつくはずがありません。大学に通うために、「風俗」とかソープランドで売春するという女子学生がいても不思議ではありません。本当にひどい世の中です。自民党政権が大学を金もうけ優先で運営していることの当然の帰結です。
今の若い人は、認められたいけれど、目立ちたくはない。人前でほめられるのを「圧」だと感じる。ゲームやケータイ、そしてスマホによって若者が本を読まなくなったという事実はないとのこと。昔から本を読まない人は多かった。恐らくそれはそうなんだろうと思います。
ただ、はっきりしているのは、「本離れ」ではなくて「雑誌離れ」は劇的に進行していること、そして、書店がどんどん減っていること、これはどちらも重大な現象です。
この本を読んで驚いたことのもう一つが、大学4年生の男子のホストが、好きでもない女性とのセックスが辛いという告白です。ええっ、本当かしらん、とやっかみ半分で思ってしまいました。女の子をたぶらかしてホストクラブで大散財させて、売春させるホストクラブの摘発が相次いでいるというニュースが先ごろ流れていましたが、ホスト後の男の子のほうも辛いというんです。そうなんですか...。知らない世界がたくさんありました。
(2023年11月刊。980円+税)

2024年3月28日

限界分譲地


(霧山昴)
吉川 祐介 、 出版 朝日新書

 千葉県八街(やちまた)市と言えば、私の大好きな落花生の産地として有名です。その八街は東京に近い(?)ということで、バブル時代に大々的に宅地が売り出されました。
 1990年代前半、敷地60坪の建売住宅が3000万円から4000万円でした。そして、今は、200万円とか300万円で売りに出されているというのです。10分の1以下です。この本によると、土地の実勢相場は30分の1以下になっているとのこと。
 まあ、福岡県南部に住む私の団地も似たようなものです。買い手がないので、そのまま朽ちていっている家が団地内のあちこちにあります。
 成田空港の周辺にはスリランカ人の住民が多いそうです。
 先日、大川市の周辺地域の土地の売買について話していたら、買い手は外国人(東南アジアからの技能実習生の家にする)か、ヤクザの違法栽培工場(大麻の栽培)のために買われているという話を聞かされました。世の中はどんどん動いているのですね...。
 この本には「草刈り業者」という商売が登場します。遊休地で雑木が生えているのを草刈りするという業者です。1回の草刈りの代金は数千円~1万円といいますから、順当です。私も1回3万円ほどで依頼しています。
遊休地で問題なのは、この雑草伸び放題を何とかしてほしいという近隣からの要請は無視できないこと、そして固定資産税です。たとえ、年に数千円であったとしても、将来、転売できる可能性がなく、自ら使うこともありえないのなら、バカバカしい限りです。
 そこで、「負動産」の引き取りサービスをするという業者がどんどん増えて、広告を打っています。所有者に数十万円から数百万円の手数料を払わせて「引き取り」処分する業者が存在するそうです。
 たしかに、まったく売れない「負動産」も多いけれど、少し「お化粧直し」をしたら売却処分できる物件もあるというのです。まあ、なかには、そういう物件もあるだろうと思います。現に、私の住む古い「住宅団地」でも、いくつかは新築住宅が建って、転入者があるのです。
 「限界」分譲地といっても、いろんな要素があって、一概に決めつけられるわけではないことを知ることができました。著者の体験談もふくまれていて、面白い読み物でもありました。
(2024年2月刊。870円+税)

2024年3月13日

イスラエル軍元兵士が語る非戦論


(霧山昴)
著者 ダニ・ネフセタイ 、 出版 集英社新書

 「抑止力」という考え方はもうやめよう。これは著者の呼びかけです。本当にそのとおりです。
 抑止力とは、「ボクはキミより強いぞ」「いやボクのほうがもっと強いぞ」「いやいやボクのほうがもっともっと強いぞ」と、虚勢を張りあう、幼稚な「いたちごっこ」でしかない。
 2023年の中国の軍事費は30兆円で、日本の4.4倍。日本の自衛隊員は23万人なのに対して、中国軍は9倍の203万人もいる。日本が軍事費をいくら増やしたところで中国にはかなわないし、日本が徴兵制を導入して自衛隊員を増やしても、中国軍の人数に到達できるはずもない。
 もし中国との全面戦争になったら、日本は海岸線に原発(原子力発電所)がずらりと並んでいるから、その一つでもミサイルで破壊されたら日本は壊滅的な打撃を受ける。そしてダムもある。日本の南端にある島だけが攻撃の対象になるなんていうのは考えが甘すぎる。そして、日本の食料自給率は4割を切っている。戦争なんかできないし、続けられない国になっている。
 軍隊は国民を守るためにあるものではない。「敵」と戦争するだけの存在なのです。
 現在、イスラエルの人口は980万人で、うち200万人のアラブ人が住んでいる。学校は別々。
 イスラエルには徴兵制があり、男性は3年間、女性も2年間の兵役につく。徴兵後も予備役があり(女性は原則として、なし)、男性は一般兵だと40歳まで毎年1ヶ月の兵役につく。
 愛国心とは、聞こえはいいけれど、それによってほかの国を嫌うように変えるのは実に簡単。それで、戦争を起こすものは常に愛国心を利用する。
 戦争は人間の本能ではない。「敵」とは、つくられた概念。権力者が「戦争しかない」と国民を洗脳し、扇動するには、非道な敵、憎むべき敵が必要なのだ。恨み続けたら、次の戦争につながる。報復(復讐)の連鎖を断ち切る必要がある。
 平和憲法と被爆体験を踏まえて国内、近隣諸国、ロシアやウクライナと全世界に向けて平和への取り組みの呼びかけを発信するのは日本の使命なのだ。
 「武器を捨てよう」と全世界に呼びかけることこそ、平和憲法を持つ日本の政治家の任務なのだ。
 著者はイスラエルに生まれ育ち、超エリート軍人であるパイロット養成学校に入りましたが、パイロットにはなれず、空軍のレーダー部隊に入りました。そして兵役を終えて、世界放浪の旅に出て、ひょんなことから日本にやってきたのです。初めて日本に来たのは1979年10月のこと。ヒッチハイクして、1ヶ月を所持金3000円だけで日本全国をまわったそうです。たいしたものです。
 いやあ、実にすっきりよく分かる、反戦・平和を自分のコトバで語った本でした。あなたも、ぜひ、ご一読ください。
(2023年12月刊。1100円)

2024年2月20日

昭和史からの警鐘


(霧山昴)
著者 吉田 敏浩 、 出版 毎日新聞出版

 昭和史の暗部をえぐり続けた松本清張。「昭和史発掘」は、読んでいて心底まで寒気がしてきました...。そして、戦争体験を教訓として語り続けた半藤一利。この2人は、かつて、作家と編集長として共闘し、軍事(軍部)の復活に警鐘を鳴らすコンビだった。
 岸田首相は能登の大震災にはケチケチとお金を出し惜しみするくせに、アメリカの要求には、すぐにホイホイと応じています。信じられないほどの節度のなさです。
 まずは「トマホーク」を400発もアメリカの言いなりに購入しました。先制攻撃ミサイルそのものです。そして、欠陥機であることが誰の目にも明らかなオスプレイを購入し、それを受け入れる基地を佐賀空港そばに突貫工事でつくっています。いやはや、なんという税金のムダづかいでしょう。
 軍拡を進めて、最悪の場合には中国との戦争も覚悟しているというのなら、まずは原発(原子力発電所)を全廃すべき。原発をミサイルで破壊されたら、放射能汚染を喰い止める手段はなく、日本は壊滅してしまう。
 原発が日本全国、しかも海に面して50基以上ある。こんな国を「武力で」守ることはできない。原発に1発でも攻撃されたら、日本はもうおしまい。武力による国防なんて、無理なことは明らか。
戦前の日本は、日銀引き受けの国債によって軍事費を増大させて軍拡し、戦争を遂行していった。臨時軍事費特別会計として、軍事予算を特別扱いした。今まさに、岸田政権は、同じことを5年間で43兆円という巨額の軍事予算を特別扱いして実行しようとしています。絶対に許せません。
 軍隊は市民を守らない。これは歴史が証明していること。軍隊にとって、市民は邪魔者でしかない。「市民を守るため」というのは、単なる口実であって、いざとなれば、市民は安全地帯から追い出し、自分たちの楯として「活用」するだけの存在。それを証明したのが、戦前の沖縄戦の実際。
 日本人の多くは、自衛隊とアメリカ軍が私たちの平和を守ってくれるという幻想に浸りきっています。願望にすがって生きているのです。しっかり目を覚ますべきだと私は思います。
 「サンデー毎日」の連載記事が本にまとまっていますが、読ませます。そして、怒りがこみ上げてきました。
(2023年10月刊。2200円)

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