弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

社会

2024年8月31日

トヨタ、中国の怪物


(霧山昴)
著者 児玉 博 、 出版 文芸春秋

 日本を代表するメーカー(トヨタ)の社長が創業家の一族で占められているのは、私も本当に不思議な現象だと思います。創業家の持ち株はわずか2%ほどなのだそうです。
 豊田章一郎、英二、そして章男...。能力があろうとなかろうと、豊田家に生まれたというだけで社長になれる(なる)なんて、まったくおかしなことです。
 トヨタの社長だった奥田碩も同じことを考えていたようですが、結局は、追われてしまいました。同じく社長だった張富士夫は、この本によると豊田一族には逆らわなかったようです。
 先日、豊田章男でしたか、社長報酬(年間)が株式配当を含めて34億円だと発表されました。トヨタの数値ごまかしが暴露されたにもかかわらず、です。これは、株式配当は少しでも多くしてもらいたいという大株主の意向だそうです。従業員の賃金アップなんか、どうでもよく、ひたすら株式配当アップしか考えない巨大な株式投資集団がいるわけです。
 この本は、トヨタが中国進出するにあたって、中国で生まれ育った日本人(服部悦雄)の半生をたどったものです。大変興味深い内容でした。
 服部は日本人の両親のもと、中国で生まれ育っていますので、ネイティブの中国語を話します。小さいころから、日本人の子どもとして迫害され、また文化大革命も経ています。服部が生きのびられたのは、ひとえに学業成績が優秀だったからのようです。それでも、北京大学には受験すら認められませんでした。
 服部は、こう言います。
 「日本人は中国人を分かっていない。本質をちゃんと見ていないから、中国人のこと、中国共産党のことを見誤る」
 私も『トヨトミの野望』は読んでいますが、この本のなかに服部について「八田」として登場しているものの、事実に反することも多いようです。服部は残留孤児ではないし、中国人の名前を持たない。なーるほど、です。
 奥田碩は、「創業家に生まれただけで社長になるのは、おかしいのではないか。豊田家は、本当に必要なのか?」と常々言っていたし、章一郎をトヨタから遠ざけようともした。創業家は、旗のような特徴的な存在であるのが望ましい。つまり、経営には口を出してはならない。そう考えた。
 中国に進出するのを決める会議で、豊田英二は、こう言った。
 「中国では、小さければ、つぶされる。大きすぎれば、取られる。それを覚悟でやるか!」
 最高幹部だけが集められた会議に服部は特別に参加が認められた。服部の肩書は「トヨタ中国事務所総代表」(2001年)。トヨタの中国進出を可能にした男は、豊田章男を社長にした男でもあったことがよく理解できました。トヨタという超大企業の一断面を知りました。
(2024年3月刊。1700円+税)

2024年8月20日

葬儀業


(霧山昴)
著者 玉川 貴子 、 出版 平凡社新書

 後期高齢者(75歳以上)が800万人いるという日本です。これからますます葬儀業が栄える。そう思っていましたが、どうやら、この本によると、そうでもなさそうです。
これまで葬儀業の市場は2兆円から1兆6千億円という幅のある市場だと考えられてきました。ところが、葬儀一式費用が150万4000円から下がり続けているのです。今では112万円ほどになっています。人口の多い都市部では家族葬が定着しているので、これからも単価は上がらないとみられています。
 葬儀業の所管は厚労省かと思うと、そうではなく、サービス業として、経産省の管轄だというのにも驚きました。
コロナ禍で死亡した人は1万7千人弱。その全員が病院で亡くなっています。遺族は病院で最期を看取ることが許されませんでした。
そして、今や、家族葬が全国平均で65%(東京で52%)。一日葬(通夜なし)が10%、直葬(通夜も葬儀もなし、火葬のみ)が12%。これが最近の実情。
 葬儀の商品化は明治以降というのではなく、すでに江戸時代、関西に始まっている。いやあ、これは知りませんでした。
今ではネットで調べて葬儀社を依頼するというのが多くなりました。葬儀社は、許認可登録事業制ではない。
葬祭ディレクターという資格制度があるそうです。1級と2級があります。厚労省が認定します。
葬儀社の新規参入問題として、冠婚葬祭互助会と農業協同組合(JA)が取りあげられています。私も、少し前には冠婚葬祭互助会をめぐるトラブルにいくつも関わりました。毎月支払う会費では、とてもまかなえない高額の葬祭費を請求されたり、脱会したいのに出来ないと言われて高額の解約料の請求を受けている、そんな苦情(相談)でした。最近は、とんとありません。
私の住む団地では、昔は近所の人が亡くなると、隣組で受付・接待することになっていて、そのためのお茶碗なども隣組にありました。みんな高齢化してしまって、ずいぶん前から葬儀社に頼んでやってもらうようになりました。
日本社会が隅々まで変わりつつあることを実感させられる一つの現象を認識させられました。
(2024年5月刊。1100円+税)

2024年8月 8日

介護の裏


(霧山昴)
著者 甚野 博則 、 出版 文春新書

 この本によると、介護の質はケアマネ次第とのこと。しかし、そんな重要なケアマネを自由に選べないことが多い。いやあ、これは困りますよね...。
そして、介護サービスも幅がありますが、限度額ギリギリまで料金を上げる業者がいるのです。それは決して詐欺ではありませんが、介護施設と介護業者とが囲い込み、ひも付きという癒着をしているわけです。まあ、これは避けられないことでしょうね。
「サ高住」の監督官庁は国土交通省と厚労省。介護付き有料老人ホームや住宅型有料老人ホームは厚労省が管轄。介護付き、住宅型の施設は老人福祉法、サ高住は高齢者住まい法にもとづいて運用されている。
24時間介護スタッフが常駐する介護付き有料老人ホームは、入居時に数百万円から数千万円の一時金の支払いのうえ、毎月1人20万円が一般的。いやあ、これは大変なことですね...。いえいえ、入居時に数千万円の一時金が必要なうえ、夫婦あわせて50万円という施設はザラなのです。驚くしかありません。
私は今75歳、後期高齢者の仲間入りしましたが、なんと800万人もいるそうです。この介護保険の自己負担額を自・公政権は増加させようとしています。軍需予算を天井知らずに増やすときには財源のことは何も言わないのに、福祉のときだけ財源がないというのです。こんな不公平・不合理は許せません。団塊世代はもっと怒りの声を上げるべきですよ。昔、20代のころに行動したように...。
 東京や福岡には、入居一時金だけで3億円とかいう超高級老人ホームがあります。まあ、タワーマンションを購入できるスーパー・リッチ層ですね。
 「老人は歩くダイヤモンド」
 いやなキャッチフレーズです。介護保険の給付費は2022年度に11兆円。これで、金もうけしようというのです。嫌ですね...。
 それでも介護ビジネスは、まともにやっても決してもうからない。もうかるためには、人件費を削るしかない。そうすると、貧すれば鈍す、です。
 施設における高齢者への虐待が増えている。介護スタッフにまともな給料が支払われなかったとき、また、スタッフが確保されていないとき、虐待が起きるのは必然です。寝たきりで、文句を言わない入居者を囲っておくと介護報酬が業者に入ってくる仕組みが、虐待を生んでいる。いやあ、怖いです。まるで、「養鶏場のニワトリ」のようだ。いやはや、もはや人間扱いされていないのですね...。
 国が「自立支援」と言い出したのは、「高齢者介護になるべくお金をかけたくない」という本音のあらわれ。いえいえ、そうなら、それを止めさせる必要があります。声を上げ、行動するしかありません。自民党や公明党にまかせていたら、私たちのお先は真っ暗なんですから...。
(2024年6月刊。950円+税)

2024年8月 7日

定年自衛官再就職物語


(霧山昴)
著者 松田 小牧 、 出版 ワニブックスPLUS新書

 自衛官の定年は55歳(2024年9月までは54歳)。ただし、将官は60歳。
 そうすると、まだまだ元気な定年後をいかに過ごすのか、真剣に考える必要があります。そのとき、定年後、何もしないという選択肢はおすすめできません。魚釣りざんまいの生活をしいているうちに社会的刺激がなくなって認知症になったという話も聞きます。やはり、何かしらの社会に関わる仕事をしたほうがよいのです。
 定年の早い自衛官だから、年金も早くもらえるとばかり思っていました。でも、年金は65歳からしかもらえないのです。そしたら、ますます働かざるをえませんね。もちろん、自衛官のトップ層は別格です。そんな心配は不要です。需要産業である三菱重工やら川崎重工に顧問として迎え入れられ、破格の顧問料が保障されます。
 潜水艦の保守・点検作業の関係で、川崎重工や三菱重工が現職自衛官に供応・接待している事実が先日から発覚しました。需要産業と軍部の癒着は戦前もありましたし、古今東西、あたりまえの現象です。要するに、口先では勇ましいことを言ってくるくせに、実は自分と身内の便益優先というのが、いつだって、どこだって悲しい高級軍人の現実なのです。
 自衛官が高給取りなのは昔も今も同じです。陸・海・空将は月給70万円から117万円、一左(昔の大佐)で40万円弱から54万円、1尉(少尉)で28から44万円。しかも、これに年4.5ヶ月分のボーナスが付加されます。そのうえ、イラクやジブチなどに赴任すると、さらに破格の危険手当が支給されます。
 そして、55歳で定年退職すると300万円の退職金がもらえます。
 どうですか、こんなに高給・優遇されているのに、近年、志望する若い人が激減しています。なぜ...。もちろん、戦争の危険が現実化しているからです。
 自衛隊の訓練の基本は何か...。要するに、人殺しの訓練です。それも、効率よく大量の人殺しができるようになる訓練です。ためらうことなく「敵国」人を殺さなければいけません。そして、それは当然、殺される危険も伴います。それでも上司の命令とあらば、四の五の言わず黙って従い、文句を言うことは許されず、ただ死ぬしかないのです。死んだら遺族は1億円もらえるぞ、靖國神社に祭られるぞ...、誰だって、そんなの嫌でしょ。私は、もちろん嫌です。
 定年した自衛官の再就職事情をピンからキリまで、知ることができる新書でした。
(2024年6月刊。1100円)

2024年8月 5日

病棟夫婦


(霧山昴)
著者 宮川 サトシ 、 出版 日本文芸社

 よく出来た、考えさせられる社会派マンガです。
もう十分に老年の夫婦が二人してガンにかかって、入院中です。病院ですから、ホテルと違って夫婦同室というわけにはいきません。どっちが先に逝(い)くのか、ちょっとした言い争いになりします。
 抗ガン剤の影響で食欲がなかったりします。
 病院食の塩気抜きだと味気ないので、白ごはんにふりかけをたっぷりかけて、看護師に叱られてしまいます。
遠くに住む娘は孫を連れて病院にまで面会に来てくれます。でも、もう一人の息子のほうは、ずっと自宅に引きこもっています。もう10年にもなります。家の中は両親が出たあとは、ゴミ屋敷状態です。ゲームざんまいの生活のようです。恐らく両親の財産と年金を頼りにしているのでしょう。
もう青年とはいえない年齢の引きこもりの男性は、私の身近に何人もいます。いろんな原因があると思いますが、この本では、親父が息子のやりたい道を「世間体(せけんてい)」を気にして「弾圧」したことによります。父親は息子のためを思ってというのですが、それは自分の見栄のためということが少なくありません。
夫婦の入院先の病院には小児ガンの子どももいます。元気だったのですが、ある日突然、亡くなってしまいます。その子の好きなゲーム機を買ってやったのに、手渡す前に亡くなってしまったのです。
 そして、いよいよ老夫婦は終末期を迎えます。主治医は転院を息子に言い渡します。
 そのとき、息子は、土下座して両親を同室にさせて下さいと主治医に頼むのでした。
 「こんな自分なんかの土下座になんの価値もないのは分かっています。それでも、これしか思いつかなくて、すいません」
 泣かせるセリフです。まもなく、夫婦はほとんど同時に、同じ病室で亡くなります。
 老親と引きこもりの子どもを描いたマンガとして、秀逸だと思いまいた。
 ひきこもっていた息子はマンガ家になるのです。自伝のように思わせるところが憎いです。
(2024年6月刊。814円)

2024年7月27日

かくれ里


(霧山昴)
著者 白洲 正子 、 出版 新潮社

 1971年に初版が刊行された本の新装版です。なので、「ゲバ棒を持った学生」という表現も出てきます。私の大学生時代のころ、大学を暴力で支配しようとした全共闘の学生を指しているのです。彼らのなかの多くは、今は立派に社会に貢献していますが、なかには暴力賛美を今も唱えている人がいたりします。残念です。
 著者は1910年生まれで、1998年に亡くなりました。女性として初めて能舞台に立ったそうです。ええっ、能って男だけの世界だったのですか...。
この本は著者が1970年から71年にかけて2年間、「芸術新潮」に連載した随筆をまとめたものです。京都や奈良、北陸など、各地をまわってそこで得た見聞記が主体ですので、そのころの各地の風情がよく伝わってきます。
岐阜県可児(かに)町の山中に住む陶芸家(荒川豊蔵氏)の自宅を訪問して山菜尽くしの夕食をごちそうになっています。いろり端のある荒川氏宅は見事な茅葺(かやぶ)きの田舎家です。今も残っているのでしょうか。思わず見とれてしまうほど、堂々たる古民家です。
 古い農村の行事には公開をはばかるものが多い。豊穣の祭りには、必ず性の身振りがつきまとう。それは神聖な行為であり、おまじないでもあった。だから、ふだんは厳しい男女の仲も、祭りの日は大目に見られた。要するに、性の開放があったということです。
 日本全国の木地師には筒井、小椋(おぐら。小倉、大倉)が多い。木地師の本拠は近江の愛知郡小椋谷。木地師は椀をつくるかたわらで、能面も製作していたようです。
 金勝(こんぜ)族は金属、丹生(にう)族は水銀、木地師は木材を扱っていた。そこへ大陸からの帰化人(今は渡来人と言います)が入ってきて、加工の技術を教え、器用な日本人は、たちまちそれを自分のものとした。
 日本の仮面は、おそらく神像の代用品としてつくられ、神事から次第に芸能の世界へ移って行った。
 丹は朱砂とか辰砂を意味し、その鉱脈のあるところに「丹生」(にう)の名前がついている。朱砂は煮詰めると水銀になる。古墳の内部に朱を塗るのは、悪魔よけと防腐剤をかねている。
 丹生神社は全国に138ヶ所あり、半分以上が和歌山県に集中している。
僧侶と稚児の関係。戦国時代の武将が男色、同性愛にふけっていたのは有名です。たとえば、織田信長と森蘭丸です。最澄と空海は、泰範という弟子を争ったとのこと。知りませんでした。
 「稚児灌頂」という文書には、一種の儀式にまで発展した、男色の秘戯が記してあるという。うひゃあ、そうなんですか...。師弟の間柄も、肉体関係を結ぶことによって、本当に血の通った伝授が行われたのだろうとのことです。
見事なカラー写真があって、目と心を洗い流してくれます。
 残念なのは、頻繁に「にも関わらず」と書かれていることです。もちろん「関」は間違いで「拘」です。校正段階で正すべきでした。生前の著者の間違いをそのまま残すべきではありません。
(2021年4月刊。3400円+税)

2024年7月26日

tsmc、世界を動かすヒミツ


(霧山昴)
著者 林 宏文 、 出版 cccメディアハウス

 半導体産業には莫大なお金がかかるのですね。
 著者は日本が半導体産業の復活のために国の投じる3500億円では、TSMCの研究開発費の3分の2にもならないので、世界に追いつくのは無理だと断じています。
 日本は、かつて半導体産業で世界をリードしていたが、今では見るかげもない。それは、設計と製造の分離という業界トレンドに乗り遅れてしまったから。日本は、過去・独自路線を歩み、産業も垂直統合型だったが、世界は分業制へと向かった。
日本の半導体産業が出遅れてしまった4つの原因。
 その1は、財閥系企業の意思決定が非常に遅い。その2は、グローバル市場で戦える人脈と能力を経営者が持っていない。その3は、強烈な閉鎖主義で、独自技術に固執し、買収や合併を嫌がった。その4は、技術偏重で、マーケティングを軽視した。
 それでも、長期的に取り組む必要のある半導体の精密機器や設備、光学、材料の分野では、日本は目覚ましい成果をあげている。たとえば、シリコンウェハー業界では、日本の信越化学工場が1位とのこと。日本も、まったくダメというのではなさそうです...。
 この本を読んで驚いたことの一つが、TSMCは研究開発部門を年中無休の24時間体制で動かしているというのです。技術者は、2日出勤したら、2日休む、「2勤2休」制で仕事をするのです。製造部門で三交代制は珍しくありませんが、研究開発で三交代制を導入して、24時間ノンストップで研究開発を続けているというのです。これは、すごいことですね...。
 TSMCの会議では、何も発言しなかった人は、次の会議からは出なくてよいとされる。ということは、会議に出席するためには意味のある発言を1回はしなくてはいけないというわけです。
 台湾のIC設計会社上位10社のうち、台湾企業が4社を占めている。
TSMCは国営企業ではない。しかし、台湾政府が出資して設立し、手厚く支援した企業。
 台湾は世界の半導体の7割を生産する力があり、そのなかでもハイエンドなプロセス技術(半導体の製造技術)の9割を独占している。
 熊本にTSMCの工場が出来ることになって、地価が上昇し、マンションが次々に建っているようです。しかし、他方で、地下水汚染を心配する地元の声が上がっています。私も大丈夫なのか、不安なんです...。IC産業なしでは世界がまわらないことは分かりますが...。TSMCのヨイショ本です。
(2024年3月刊。2700円+税)

2024年7月23日

ルポ・低賃金


(霧山昴)
著者 東海林 智 、 出版 地平社

 私が弁護士になったころは、偽装請負は職安法違反で告発することができましたし、私も労基署に告発してやめさせたことがありました。でも、今はできません。派遣制度が合法化されたからです。
 私の周囲にも「ハケン」で働く人はゴロゴロいます。職場では「ハケンさん」と呼ばれ、名前では呼ばれない、職場の懇親会には参加できない。まさしく「モノ」と同じように使い捨ての存在でしかありません。その結果、どうなったか...。日本の企業の「モノづくり」の力は年々、衰えるばかりです。今では経営トップの報酬は1億円をこえるのも珍しいことではなくなりました。トヨタの会長は16億円、株の配当を加えると34億円の年収だそうです。日本もアメリカ並みの超格差社会になっています。一方、多くの労働者の賃金は正規も非正規も上がらないどころか、相対的には下がっています。
昔は、企業(会社)にも労働組合にも社会人として人を育てるという意識があったけれど、今はない。
百貨店のストライキが久しぶりにあって、ビックニュースになりました。そごう・西武労組は2023年8月に24時間ストライキを敢行しました。私を含め、大勢の人々がこのストライキに賛同し、支援しました。冷たかったのは、連合の芳野友子会長です。現場に足を運ぶこともせず、共闘をアピールすることもなく、見殺してしまいました。
 ストライキは「迷惑」なものという「神話」にとらわれているのは、大企業の労働組合と連合幹部(芳野会長)くらいのもの。本当に残念ながら、そのとおりです。
2008年の年末から2009年の年始にかけて東京の日比谷公園で年越派遣材が開設されたのは当時のビッグニュースでした。このとき、当時の連合会長だった高木剛は恐る恐るながら現場に行って状況を確認したとのこと。それなりの見識があったことを私は評価します。
 今の芳野・連合会長は自民党との連携に熱心、そして共産党を非難するばかりで、何ひとつ労働者を守るための労働組合らしい行動をしません。いったい恥ずかしさというのがあるのか、この人物が会長として君臨するのが労働組合の連合体だというのに、不思議でなりません。
 「子ども食堂」や「大人食堂」などのフードバンクに対する食料の寄付量は、アメリカは739万トン、フランス12万トンに対して、日本は2850トン、アメリカの0.4%だけ。しかも、アメリカやフランスのフードバンクが集める食料の3割は政府が提供したもの。日本政府は何もしない。恐るべき「貧困」なのです。
 2008~2009年の年越し派遣材のとき505人がやってきたが、そのうち女性はわずか5人のみ(1%)。コロナ禍の1年目(2020年末)は3日間に344人が来て、そのうち女性は62人(18%)、2021年末には418人のうち89人が女性(21%)。今や、女性がどこでも2割を占めている。
 労働者の平均年間賃金は、1991年を100として、2019年に、アメリカ141、イギリス148、ドイツとフランスは134に対して、日本105でしかない。つまり、30年たっても賃金はほとんど上がっていない。この間の物価上昇を考えたら、実質賃金は下がっているということ。
ところが、超大企業の現預金は48.8兆円から90.4兆円へ85%増加し、経常利益は91%増の37兆円に、また株主配当のほうは483%増の20.2兆円となっている。これに対して、人件費は、0.4%のマイナス。うひゃあ、恐ろしい現実です。いったい芳野・連合は何をしているのでしょうか...。
 経営者も御用組合(連合幹部)も、「人を大事にしなくなった」のですね。日本企業が目先の利益のみを追い求めるようになって、世界的な競争力をうしなってしまったのです。本当に残念です。今、多くの人に広く読まれるべき本です。ぜひ、あなたも読んでみてください。
(2024年6月刊。1800円+税)

2024年7月10日

なぜ東大は男だらけなのか

(霧山昴)
著者 矢口 祐人 、 出版 集英社新書

 私が57年前に東大に入学したとき、私のクラス(50人)の女性は2人でした。ちなみに、司法修習生になったときも、女性はクラス2人しかいませんでした。
 2年生のとき、東大闘争が始まり、クラス討論をするなかで2人の女性の志向が判明しました。1人は全共闘支持、もう1人は民青(共産党)支持でした。どちらも都内出身だったような気がします。民青支持の女性とは一緒に行動することも多くて会話もしましたが、全共闘支持の女性とは、ほとんど会話した覚えがありません。大学を卒業して30年ほどしてのクラス同窓会に全共闘支持だった女性は出席していました。東京都庁に就職して、それなりのポストを歴任したのだと思います(なかなかのやり手だったという印象が残っています)。
 東大の女子学生の比率は2割。しかし、東大だけではなく、京都大学も同じ。国立大学の女性比率はどこも4割に達していない。学部でみると、女性の比率がもっとも高いのは教育学部で45%。文学部は28%で、法学部は23%。
 昔も今も東大に入るのにはお金がかかる。天性の才能だけではなかなか合格できない。テストに向き合う技術、それに関連する情報へのアクセス、両親と教師の理解と支援、それらを支える資金が必要。東大入学の上位高校には中高一貫が多い。そこは年間100万円ほどの学費、このほか寄付金を求められる。
 東大は女性の入学を1946年まで認めていなかった。NHK朝ドラの「寅子(ともこ)」が明治大学に入学できたのは昭和のはじめでしたね...。
 そして、今、東大は学費を年10万円も値上げしようとしています。とんでもないことです。これは東大がけしからんという前に、国の文教政策が間違っていることによるものです。軍事予算のほうには何兆円も惜し気もなく、湯水のように使うのに、肝心な人間の育成には「お金がない」と称して出し惜しみするから、こうなるのです。
 大学生の授業料は無料にし、むしろ生活費を支給(貸与ではなく)すべきなのです。
 これは夢物語でもなんでもありません。ヨーロッパでは国の発展のために必要な投資としてやっていることです。いわゆる「人材育成」は自己負担とし、何の役にも立たない軍事予算には権限なくムダづかいする。こんな支出構造は変える必要があります。
 それにしても、東大生の政党支持率のトップが自民党だと聞いて、耳を疑いました。なんで、あんなデタラメ放題の政権党を若い人たちが支持するのか、信じられません。
ともかく、東大に限らず、大学ではもっと自由に伸び伸びと研究できる環境を早急につくり上げないと、日本という国の将来は真っ暗ですよ。多様性の確保こそ発展の保障なのです。
(2024年2月刊。1089円)

2024年6月28日

祝福二世


(霧山昴)
著者 宮坂 日出美 、 出版 論創社

 安倍元首相を射殺した山上容疑者の裁判がようやく始まりそうです。
 統一協会のために一家が大変悲惨な状況に陥ったことから、その責任を追及すべく安倍首相を射殺したと伝えられています。もちろん私も、どんな事情があったとしても、「元首相暗殺」という手法を肯定するつもりはまったくありません。ただ、統一協会が昔も今も日本社会に多大な害悪をもたらした(もたらしている)団体、エセ宗教団体であることは間違いありません。
 著者は統一協会の解散命令には反対のようですが、私は、一刻も早く政府は解散命令を出し、税法上の特典なんか統一協会から奪うべきだと思います。
 それにしても、山上容疑者の母親は、今なお現役の信者のようです。本当に怖いことです。「洗脳」とは、こんなにも人間を変えてしまうものなのですね...。まともな判断力を奪ってしまう怖さです。
 この本の著者も長く統一協会の信者として活動していて、今でも信仰を捨てたとしながら、この本の最後に「今は味方が少ないからこそ、統一協会を応援したいと私は思っている」と書いています。信じられません。
 著者は、あるとき突然に統一協会を脱会したというのではないそうです。いくつかの出来事があって、次第に疑問がふくれ上がっていったとのこと。
 その一つが、「祝福結婚」の実態です。韓国の結婚できない若い男性が日本人女性と結婚できると思って申し込むのです。その実例の日本人女性の話を著者は会って聞いたのでした。男性は信者でも何でもありません。片方が信者ですらない「祝福結婚」が存在することを知って、「祝福結婚」への意欲を完全に見失った。そして、それは「祝福二世」として生きつづける意味が崩壊したことも意味した。まったくショックだったと思います。
 次に、文鮮明が、あわれみの涙をこぼした話。ある日本人信者が、寄付集めの物品販売を7年も続け、その間に新しい下着を買うことすらできなかった。それを聞いた文鮮明は「かわいそう」と泣いたという。しかし、著者はそれは違うと考えたのです。むしろ、堂々と、ほめたたえるべきではなかったか...。
 「万物復帰」という物品販売・寄付金集めは、「救い」になるというのではなかったか...。文鮮明が「あわれみを感じて泣いた」というのは、「自己洗脳」が足りていなかったということではないか...。
 日本人の信者には厳しい献金ノルマが課されるのに対して、韓国人信者には、そのようなものはない。日本人の著者からみると、韓国人は「選民」としてあぐらをかいているだけ。
統一協会の信者として活動するなかで、著者は自分の頭で考えることができなくなった。それは自己中心的だとして批判の対象にされるから...。
 統一協会での物品販売活動は「堂々と嘘をつく」ことが基本。こんなのを「宗教」と呼んでいいのでしょうか...。
 自民党議員の秘書には今も少なくない統一協会の信者がいて、彼らは相互に連絡をとりあっているとみられています。そんな秘書をかかえた自民党議員が、今なお夫婦別姓の実現を阻止しているのです。ひどい話です。
 著者が出会った信者たちは、もともと真面目な、真面目すぎるほどの人たちがほとんどだったと思います。そのような人々を大切にすることは理解できますが、元凶である統一協会に「味方」するというのは、ぜひ考え直してほしいです。
 なお、私は、「統一教会」という略称は間違いなので、使いません。教会ではないのです。
(2024年3月刊。1800円+税)

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