弁護士会の読書
※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。
社会
2024年7月27日
かくれ里
(霧山昴)
著者 白洲 正子 、 出版 新潮社
1971年に初版が刊行された本の新装版です。なので、「ゲバ棒を持った学生」という表現も出てきます。私の大学生時代のころ、大学を暴力で支配しようとした全共闘の学生を指しているのです。彼らのなかの多くは、今は立派に社会に貢献していますが、なかには暴力賛美を今も唱えている人がいたりします。残念です。
著者は1910年生まれで、1998年に亡くなりました。女性として初めて能舞台に立ったそうです。ええっ、能って男だけの世界だったのですか...。
この本は著者が1970年から71年にかけて2年間、「芸術新潮」に連載した随筆をまとめたものです。京都や奈良、北陸など、各地をまわってそこで得た見聞記が主体ですので、そのころの各地の風情がよく伝わってきます。
岐阜県可児(かに)町の山中に住む陶芸家(荒川豊蔵氏)の自宅を訪問して山菜尽くしの夕食をごちそうになっています。いろり端のある荒川氏宅は見事な茅葺(かやぶ)きの田舎家です。今も残っているのでしょうか。思わず見とれてしまうほど、堂々たる古民家です。
古い農村の行事には公開をはばかるものが多い。豊穣の祭りには、必ず性の身振りがつきまとう。それは神聖な行為であり、おまじないでもあった。だから、ふだんは厳しい男女の仲も、祭りの日は大目に見られた。要するに、性の開放があったということです。
日本全国の木地師には筒井、小椋(おぐら。小倉、大倉)が多い。木地師の本拠は近江の愛知郡小椋谷。木地師は椀をつくるかたわらで、能面も製作していたようです。
金勝(こんぜ)族は金属、丹生(にう)族は水銀、木地師は木材を扱っていた。そこへ大陸からの帰化人(今は渡来人と言います)が入ってきて、加工の技術を教え、器用な日本人は、たちまちそれを自分のものとした。
日本の仮面は、おそらく神像の代用品としてつくられ、神事から次第に芸能の世界へ移って行った。
丹は朱砂とか辰砂を意味し、その鉱脈のあるところに「丹生」(にう)の名前がついている。朱砂は煮詰めると水銀になる。古墳の内部に朱を塗るのは、悪魔よけと防腐剤をかねている。
丹生神社は全国に138ヶ所あり、半分以上が和歌山県に集中している。
僧侶と稚児の関係。戦国時代の武将が男色、同性愛にふけっていたのは有名です。たとえば、織田信長と森蘭丸です。最澄と空海は、泰範という弟子を争ったとのこと。知りませんでした。
「稚児灌頂」という文書には、一種の儀式にまで発展した、男色の秘戯が記してあるという。うひゃあ、そうなんですか...。師弟の間柄も、肉体関係を結ぶことによって、本当に血の通った伝授が行われたのだろうとのことです。
見事なカラー写真があって、目と心を洗い流してくれます。
残念なのは、頻繁に「にも関わらず」と書かれていることです。もちろん「関」は間違いで「拘」です。校正段階で正すべきでした。生前の著者の間違いをそのまま残すべきではありません。
(2021年4月刊。3400円+税)
2024年7月26日
tsmc、世界を動かすヒミツ
(霧山昴)
著者 林 宏文 、 出版 cccメディアハウス
半導体産業には莫大なお金がかかるのですね。
著者は日本が半導体産業の復活のために国の投じる3500億円では、TSMCの研究開発費の3分の2にもならないので、世界に追いつくのは無理だと断じています。
日本は、かつて半導体産業で世界をリードしていたが、今では見るかげもない。それは、設計と製造の分離という業界トレンドに乗り遅れてしまったから。日本は、過去・独自路線を歩み、産業も垂直統合型だったが、世界は分業制へと向かった。
日本の半導体産業が出遅れてしまった4つの原因。
その1は、財閥系企業の意思決定が非常に遅い。その2は、グローバル市場で戦える人脈と能力を経営者が持っていない。その3は、強烈な閉鎖主義で、独自技術に固執し、買収や合併を嫌がった。その4は、技術偏重で、マーケティングを軽視した。
それでも、長期的に取り組む必要のある半導体の精密機器や設備、光学、材料の分野では、日本は目覚ましい成果をあげている。たとえば、シリコンウェハー業界では、日本の信越化学工場が1位とのこと。日本も、まったくダメというのではなさそうです...。
この本を読んで驚いたことの一つが、TSMCは研究開発部門を年中無休の24時間体制で動かしているというのです。技術者は、2日出勤したら、2日休む、「2勤2休」制で仕事をするのです。製造部門で三交代制は珍しくありませんが、研究開発で三交代制を導入して、24時間ノンストップで研究開発を続けているというのです。これは、すごいことですね...。
TSMCの会議では、何も発言しなかった人は、次の会議からは出なくてよいとされる。ということは、会議に出席するためには意味のある発言を1回はしなくてはいけないというわけです。
台湾のIC設計会社上位10社のうち、台湾企業が4社を占めている。
TSMCは国営企業ではない。しかし、台湾政府が出資して設立し、手厚く支援した企業。
台湾は世界の半導体の7割を生産する力があり、そのなかでもハイエンドなプロセス技術(半導体の製造技術)の9割を独占している。
熊本にTSMCの工場が出来ることになって、地価が上昇し、マンションが次々に建っているようです。しかし、他方で、地下水汚染を心配する地元の声が上がっています。私も大丈夫なのか、不安なんです...。IC産業なしでは世界がまわらないことは分かりますが...。TSMCのヨイショ本です。
(2024年3月刊。2700円+税)
2024年7月23日
ルポ・低賃金
(霧山昴)
著者 東海林 智 、 出版 地平社
私が弁護士になったころは、偽装請負は職安法違反で告発することができましたし、私も労基署に告発してやめさせたことがありました。でも、今はできません。派遣制度が合法化されたからです。
私の周囲にも「ハケン」で働く人はゴロゴロいます。職場では「ハケンさん」と呼ばれ、名前では呼ばれない、職場の懇親会には参加できない。まさしく「モノ」と同じように使い捨ての存在でしかありません。その結果、どうなったか...。日本の企業の「モノづくり」の力は年々、衰えるばかりです。今では経営トップの報酬は1億円をこえるのも珍しいことではなくなりました。トヨタの会長は16億円、株の配当を加えると34億円の年収だそうです。日本もアメリカ並みの超格差社会になっています。一方、多くの労働者の賃金は正規も非正規も上がらないどころか、相対的には下がっています。
昔は、企業(会社)にも労働組合にも社会人として人を育てるという意識があったけれど、今はない。
百貨店のストライキが久しぶりにあって、ビックニュースになりました。そごう・西武労組は2023年8月に24時間ストライキを敢行しました。私を含め、大勢の人々がこのストライキに賛同し、支援しました。冷たかったのは、連合の芳野友子会長です。現場に足を運ぶこともせず、共闘をアピールすることもなく、見殺してしまいました。
ストライキは「迷惑」なものという「神話」にとらわれているのは、大企業の労働組合と連合幹部(芳野会長)くらいのもの。本当に残念ながら、そのとおりです。
2008年の年末から2009年の年始にかけて東京の日比谷公園で年越派遣材が開設されたのは当時のビッグニュースでした。このとき、当時の連合会長だった高木剛は恐る恐るながら現場に行って状況を確認したとのこと。それなりの見識があったことを私は評価します。
今の芳野・連合会長は自民党との連携に熱心、そして共産党を非難するばかりで、何ひとつ労働者を守るための労働組合らしい行動をしません。いったい恥ずかしさというのがあるのか、この人物が会長として君臨するのが労働組合の連合体だというのに、不思議でなりません。
「子ども食堂」や「大人食堂」などのフードバンクに対する食料の寄付量は、アメリカは739万トン、フランス12万トンに対して、日本は2850トン、アメリカの0.4%だけ。しかも、アメリカやフランスのフードバンクが集める食料の3割は政府が提供したもの。日本政府は何もしない。恐るべき「貧困」なのです。
2008~2009年の年越し派遣材のとき505人がやってきたが、そのうち女性はわずか5人のみ(1%)。コロナ禍の1年目(2020年末)は3日間に344人が来て、そのうち女性は62人(18%)、2021年末には418人のうち89人が女性(21%)。今や、女性がどこでも2割を占めている。
労働者の平均年間賃金は、1991年を100として、2019年に、アメリカ141、イギリス148、ドイツとフランスは134に対して、日本105でしかない。つまり、30年たっても賃金はほとんど上がっていない。この間の物価上昇を考えたら、実質賃金は下がっているということ。
ところが、超大企業の現預金は48.8兆円から90.4兆円へ85%増加し、経常利益は91%増の37兆円に、また株主配当のほうは483%増の20.2兆円となっている。これに対して、人件費は、0.4%のマイナス。うひゃあ、恐ろしい現実です。いったい芳野・連合は何をしているのでしょうか...。
経営者も御用組合(連合幹部)も、「人を大事にしなくなった」のですね。日本企業が目先の利益のみを追い求めるようになって、世界的な競争力をうしなってしまったのです。本当に残念です。今、多くの人に広く読まれるべき本です。ぜひ、あなたも読んでみてください。
(2024年6月刊。1800円+税)
2024年7月10日
なぜ東大は男だらけなのか
(霧山昴)
著者 矢口 祐人 、 出版 集英社新書
私が57年前に東大に入学したとき、私のクラス(50人)の女性は2人でした。ちなみに、司法修習生になったときも、女性はクラス2人しかいませんでした。
2年生のとき、東大闘争が始まり、クラス討論をするなかで2人の女性の志向が判明しました。1人は全共闘支持、もう1人は民青(共産党)支持でした。どちらも都内出身だったような気がします。民青支持の女性とは一緒に行動することも多くて会話もしましたが、全共闘支持の女性とは、ほとんど会話した覚えがありません。大学を卒業して30年ほどしてのクラス同窓会に全共闘支持だった女性は出席していました。東京都庁に就職して、それなりのポストを歴任したのだと思います(なかなかのやり手だったという印象が残っています)。
東大の女子学生の比率は2割。しかし、東大だけではなく、京都大学も同じ。国立大学の女性比率はどこも4割に達していない。学部でみると、女性の比率がもっとも高いのは教育学部で45%。文学部は28%で、法学部は23%。
昔も今も東大に入るのにはお金がかかる。天性の才能だけではなかなか合格できない。テストに向き合う技術、それに関連する情報へのアクセス、両親と教師の理解と支援、それらを支える資金が必要。東大入学の上位高校には中高一貫が多い。そこは年間100万円ほどの学費、このほか寄付金を求められる。
東大は女性の入学を1946年まで認めていなかった。NHK朝ドラの「寅子(ともこ)」が明治大学に入学できたのは昭和のはじめでしたね...。
そして、今、東大は学費を年10万円も値上げしようとしています。とんでもないことです。これは東大がけしからんという前に、国の文教政策が間違っていることによるものです。軍事予算のほうには何兆円も惜し気もなく、湯水のように使うのに、肝心な人間の育成には「お金がない」と称して出し惜しみするから、こうなるのです。
大学生の授業料は無料にし、むしろ生活費を支給(貸与ではなく)すべきなのです。
これは夢物語でもなんでもありません。ヨーロッパでは国の発展のために必要な投資としてやっていることです。いわゆる「人材育成」は自己負担とし、何の役にも立たない軍事予算には権限なくムダづかいする。こんな支出構造は変える必要があります。
それにしても、東大生の政党支持率のトップが自民党だと聞いて、耳を疑いました。なんで、あんなデタラメ放題の政権党を若い人たちが支持するのか、信じられません。
ともかく、東大に限らず、大学ではもっと自由に伸び伸びと研究できる環境を早急につくり上げないと、日本という国の将来は真っ暗ですよ。多様性の確保こそ発展の保障なのです。
(2024年2月刊。1089円)
2024年6月28日
祝福二世
(霧山昴)
著者 宮坂 日出美 、 出版 論創社
安倍元首相を射殺した山上容疑者の裁判がようやく始まりそうです。
統一協会のために一家が大変悲惨な状況に陥ったことから、その責任を追及すべく安倍首相を射殺したと伝えられています。もちろん私も、どんな事情があったとしても、「元首相暗殺」という手法を肯定するつもりはまったくありません。ただ、統一協会が昔も今も日本社会に多大な害悪をもたらした(もたらしている)団体、エセ宗教団体であることは間違いありません。
著者は統一協会の解散命令には反対のようですが、私は、一刻も早く政府は解散命令を出し、税法上の特典なんか統一協会から奪うべきだと思います。
それにしても、山上容疑者の母親は、今なお現役の信者のようです。本当に怖いことです。「洗脳」とは、こんなにも人間を変えてしまうものなのですね...。まともな判断力を奪ってしまう怖さです。
この本の著者も長く統一協会の信者として活動していて、今でも信仰を捨てたとしながら、この本の最後に「今は味方が少ないからこそ、統一協会を応援したいと私は思っている」と書いています。信じられません。
著者は、あるとき突然に統一協会を脱会したというのではないそうです。いくつかの出来事があって、次第に疑問がふくれ上がっていったとのこと。
その一つが、「祝福結婚」の実態です。韓国の結婚できない若い男性が日本人女性と結婚できると思って申し込むのです。その実例の日本人女性の話を著者は会って聞いたのでした。男性は信者でも何でもありません。片方が信者ですらない「祝福結婚」が存在することを知って、「祝福結婚」への意欲を完全に見失った。そして、それは「祝福二世」として生きつづける意味が崩壊したことも意味した。まったくショックだったと思います。
次に、文鮮明が、あわれみの涙をこぼした話。ある日本人信者が、寄付集めの物品販売を7年も続け、その間に新しい下着を買うことすらできなかった。それを聞いた文鮮明は「かわいそう」と泣いたという。しかし、著者はそれは違うと考えたのです。むしろ、堂々と、ほめたたえるべきではなかったか...。
「万物復帰」という物品販売・寄付金集めは、「救い」になるというのではなかったか...。文鮮明が「あわれみを感じて泣いた」というのは、「自己洗脳」が足りていなかったということではないか...。
日本人の信者には厳しい献金ノルマが課されるのに対して、韓国人信者には、そのようなものはない。日本人の著者からみると、韓国人は「選民」としてあぐらをかいているだけ。
統一協会の信者として活動するなかで、著者は自分の頭で考えることができなくなった。それは自己中心的だとして批判の対象にされるから...。
統一協会での物品販売活動は「堂々と嘘をつく」ことが基本。こんなのを「宗教」と呼んでいいのでしょうか...。
自民党議員の秘書には今も少なくない統一協会の信者がいて、彼らは相互に連絡をとりあっているとみられています。そんな秘書をかかえた自民党議員が、今なお夫婦別姓の実現を阻止しているのです。ひどい話です。
著者が出会った信者たちは、もともと真面目な、真面目すぎるほどの人たちがほとんどだったと思います。そのような人々を大切にすることは理解できますが、元凶である統一協会に「味方」するというのは、ぜひ考え直してほしいです。
なお、私は、「統一教会」という略称は間違いなので、使いません。教会ではないのです。
(2024年3月刊。1800円+税)
2024年6月23日
湖池屋の流儀
(霧山昴)
著者 佐藤 章 、 出版 中央公論新社
イモカリントは良く食べますが、ポテトチップスを食べることはほとんどありません。なんとなく油がきついといいうイメージがあるからです。
ポテトチップスは料理に近く、その延長のようなもの。湖池屋は、昔から、料理をつくるような感覚でポテトチップスをつくってきた。
ははん、料理をつくる感覚のポテトチップスって、一体どんなものなんでしょうか・・・。
日本中のじゃがいもを取り寄せて、何度も揚げて、ポテトチップスとして一番おいしいじゃがいもを探求した。
ふむふむ、これはすごいことですね。わが家の庭でも6月にじゃがいもを収穫して、美味しくいただきました。
いま、「湖池屋プライドポテト」なるものがあるそうです。すごいらしいです。なにしろ、他社100円のところを、150円にして、競争に打ち勝ったというのです。質が良くなければ、ありえませんよね・・・。
他社との安売り競争に巻き込まれたら、社員も会社も疲弊してしまって、泥沼にはまり込んでしまうだけ。
そうなんです。弁護士だって同じです。低料金で何でもやりますなんていうのは、いくらでも手抜きしますよといっているようなものです。
湖池屋は国産原料にこだわり、本物志向を創業以来貫いている。これは大いに評価できますよね。
日本人の味覚にあった、日本人が美味しいと感じるポテトチップスを目ざす。いやあ、いいですね、これって・・・。
物量で押しきるようなパワーマーケティングではなく、付加価値を生み出す経営。価値あるものを生み出してきちっと光る存在になる。そのために明快な商品をつくり出す。安売り市場なんか一切見るな。ライバル社と対極的な企業ポジションをつくって打ち勝て。原料となるじゃがいもは100%国産を貫く。そのためには、北海道、東北、関東、九州など全国の農家と提携する。
2017年2月に全国のコンビニで売り出した「プライドポテト」は、初年度だけで40億円もの売り上げを達成。いやはや、なんともすごい・・・。
新規社員を採用するときは、会話がちゃんと壁打ちになって返ってくることが前提。一言いえば返ってきて、返ってきたことを受け返すと、またはね返ってくる。人の言葉を受けとめる力、聞く力は、いま改めて大切だ。
モノづくりの最前線でがんばってきた人のコトバには、さすがに重みがあります。
(2023年12月刊。1600円+税)
2024年6月20日
公園の木はなぜ切られるのか
(霧山昴)
著者 尾林芳匡・中川勝之 、 出版 自治体研究所
東京でも大阪でも、そして福岡でも、公園の木がつぎつぎと大量に切り倒されています。
まず先行したのは、維新がリードする大阪です。なんと1万9000本を伐採します。「身を切る改革」ではなく、「木を切る改革」です。ひどいものです。
次は、インチキ経歴(「カイロ大学をトップで卒業」どころか、中退)の小池百合子の東京です。明治神宮外苑のイチョウ並木を切り倒して、伊藤忠商事の本社ビルの建て替え、三井不動産による再開発を進めようとしています。そして福岡は須崎公園です。
どうして、大阪も東京も、こんなに大量の木を伐採しようとしているのか・・・。その理由は、ズバリ、お金です。公園の維持・管理にあまりお金をかけたくない、そして大企業に公園を「切り売り」して収益事業の場を提供するのです。これまで、お荷物でしかなかった公園が自治体はガッポガッポと収益を上げる金の卵になるのです。いやあ、さすがは維新、そして小池百合子です。表ではキレイゴトを言っておいて、裏にまわったら、自分たちのフトコロだけは豊かにしようという魂胆です。
でも、公園って、住民の良好な生活環境のために、また災害時には避難場所になる防災拠点になるのです。それを目先の経費削減、民間事業者への収益の場の提供に代えるなんて、許されません。
もともと、大阪も東京も、緑が少ないことが問題なのです。それをさらに切り詰めてしまおうというのですから、ひどいものです。
この冊子を読んで、会計検査院が経費節減効果を疑問だとし、むしろ住民サービスの低下(約束違反)をもたらしていると指摘していることを知りました。それほど、大阪の維新、東京の小池百合子のやっていることはひどいのです。ごまかされてはいけません。
私が毎月1回、日弁連の会議のため上京するたびに足を踏み入れる日比谷公園も大改装中です。公園と銀座をつなぐ大型デッキを2ヶ所につくるんだそうです。私は、そんなデッキなんて必要ないと思います。
わずか60冊の小冊子ですが、公園の木を切り倒してはいけない理由が簡潔によくまとめられています。ぜひ、手にとってお読みください。
著者の尾林弁護士は、東大でセツルメント活動をしていました。その意味で、私の後輩になります。今も水問題など旺盛な活動を展開していて、日頃から大いに尊敬しています。
(2024年5月刊。990円)
2024年6月14日
密航のち洗濯
(霧山昴)
著者 宋恵媛・望月優太 、 出版 柏書房
戦後(1946年)、尹紫遠は朝鮮から日本へ密航し、東京(中目黒当たり)で洗濯屋「徳永ランドリー」を営んだ。日本人の妻と結婚して子ども3人をもうけた。そして自伝的要素の色濃い作品を書き続けた。文筆では食べられないので、洗濯屋をした。
1964年9月、53歳で無名のまま亡くなった。ところが、2022年になって、生前に書き続けていた日記が出版され、にわかに脚光を浴びた。
植民地期に日本にやってきた在日朝鮮人一世が日本語で書いた日記はきわめて珍しく貴重なものとして注目された。
この本は、2人の子どもの協力も得て、日記に登場してくる場所をたどったりして、当時の社会状況を明らかにしています。
1946年の来日は、韓国の蔚山(うるさん)からの密航。沿岸警備隊に発見されないよう深夜に出港。小さな船に30数人の朝鮮人が乗っていた。このとき、洋上を飛びまわって監視している飛行機はアメリカではなく、イギリス連邦占領軍。つまり、イギリスやオーストラリア、ニュージーランドなど。
このころ、日本人が海外から大量に帰国していた。そのなかで、コレラが発生した。検疫のため、14日間上陸地にとどめおかれ、何事もなければ日本人は上陸を許され、朝鮮人は強制送還される。
尹紫達は東京で生まれ育ったが、徴用を恐れて朝鮮に渡ったのだった。
佐世保におけるコレラ患者の死亡率は日本人26.8%、朝鮮人32.6%。
佐世保での死亡者27人のうち半数の死因はコレラで、残りの半数も栄養失調や急性大腸炎。幼い子どもたちの栄養失調死が目立つ。
尹紫遠は、東京に戻ってから1年あまり、夕刊紙「国際タイムス」の準社員として働き、月給をもらった。
日本人の妻・登志子と結婚したあと洗濯屋を開業した。妻の登志子は満州に渡っていたが、戦後、なんとか日本に帰国できた。裕福な家庭の令嬢として育ってきたが、朝鮮人と結婚するということで、実家とは断絶の関係となった。そして、尹紫遠と結婚したことから、登志子もまた朝鮮人とみなされた。
子どもは、両親の夫婦げんかが聞くに耐えなかったという。父親は「日本人の女が・・・」と言い、母親は「朝鮮人は・・・」と言って、ののしりあうのが嫌でたまらなかった。
「やっぱりブルジョアジー崩れの女はダメだ。おれの敵だ」と日記に書いたのでした。
息子は、日本の会社には入れないと分かっていたので、外資系の企業に入った。
このあと、逆転劇がありました。尹紫遠は「金さん」と結婚していて、そのままになっていたので、登志子の結婚は「重婚」ということになり、認められない。すると、登志子は初めから今までずっと「日本人」戸籍のままだったということになる。そこで、登志子たちは日本人であることが改めて確認されたのでした。
「日記」に書かれていることの大半は、お金の心配と妻登志子の悪口。拍子抜けしてしまうとのこと。
戦後日本における在日朝鮮人の生活状況を知ることができました。
(2023年3月刊。1800円+税)
2024年6月11日
中村哲さん殺害事件、実行犯の遺言
(霧山昴)
著者 乗京 真知 、 出版 朝日新聞出版
2019年12月4日午前8時すぎ、アフガニスタンにおいて中村哲さんは出勤途上で銃撃され、護衛の警察官ともども殺害されました。この本は、この殺害状況を詳しく明らかにすると同時に、殺害犯人たちの素性を突きとめようとしています。
この本を読んで浮かんだ私の疑問は2つ。その一つは、「犯人」は中村哲さんを殺す気はなかった、誘拐するつもりだったといいますが、銃撃状況は最初から全員を殺害するつもりだったとしか考えられません。護衛の警官はみな反撃するまもなく殺害されていますが、それは四方から一度に銃撃されたため、どの方向に反撃していいか分からなかっただろうとされているのです。誘拐なら、威嚇射撃をして、抵抗を抑圧して交渉に入るはずですが、そんなことはなく、「犯人」たちは四方から一斉に銃撃しています。
また、その二は「犯人」の黒幕はパキスタン政府だという説が紹介されていますが、これまた本当なのでしょうか。クナール川の水をアフガニスタン側に導水したことをパキスタン政府は苦々しく思っていたというのです。それが中村哲さんを殺害する動機になるのか、私にはいささか疑問です。
中村哲さんの出勤路はいつも決まっていたようです。近くの太い通りは、朝は一方通行になっていて通れず、別のルートは遠まわりになってしまうのです。
犯行グループは、通りに先回りしている待ち伏せ班と、待ち伏せ班の目の前に中村医師の車列が止まるよう進路をふさぐ白いカローラに乗った班と2手に分かれていた。彼らは、単なる強盗(犯罪)集団ではなく、計画的に中村哲さんを狙った。
護衛たちは、反撃するまもなく、全員が撃たれた。四方から銃弾が飛んできたので、どこに撃ち返したらよいか分からないまま次々に殺害されてしまった。
そして、中村哲さんが、銃撃のあと、ふっと頭を上げ、左右を見渡した。それを見た「犯人」の1人の若い男が「日本人が生きている」と声を上げたので、それを聞いた自動小銃の男が四駆のフロントガラス越しに3発、中村哲さんに向けて弾を撃ち込んだ。
そのあと、自動小銃の男は「全員死んだ。行くぞ」といって、中村さんの護衛人たちの銃を奪ったあと2台の車に分乗して現場から立ち去った。
若い男は中村哲さんのことを「ジャパニ(日本人)」と呼んだから、標的が「日本人」であることを知っていたと思われる。
この殺害現場の近く、50メートル先には、防犯カメラがあり、殺害前後の状況が残っている。防犯(監視)カメラは、アフガニスタンの田舎にもあるのですね・・・。
中村哲さんを殺害したのは9人前後で、パシュトゥー語を話していた。
犯人の一人として疑われている人物がハズラット・アリ(57歳)という政治家です。クナール川流域における水や土地にからむ紛争にからんでいるそうです。
主犯の一人と見なされたアミールは2021年1月に銃撃戦で死亡している。
中村医師と同時に殺されたのは、運転手1人と護衛役の4人、計5人。護衛役の4人は、中村医師を守るために遠くから派遣されてきた警察官。
それにしても、中村哲さんを殺害するなんて、とんでもない馬鹿な男たちがいたものです。残念でなりません。私は中村哲さんが日本に帰ってきたとき、自宅のある大牟田で、JRの駅のホームに見かけたことがあります。日本は、中村哲さんのような平和的方法でこそ国際貢献をすべきだと思います。
(2024年2月刊。1600円+税)
2024年6月10日
カレー移民の謎
(霧山昴)
著者 室橋 裕和 、 出版 集英社新書
ネパール人が営むインド料理店が日本全国に5000軒ほどある。
ええっ、そ、そんなにあるの...。インド料理って、インド人がやってるんじゃないんですね...。
ネパール人は日本のインド料理店で8年とか10年のあいだ働いて、それから独立する人が多い。
ネパール人の人口3000万人のうち40%は貧困層。1人あたりの年間所得は20万円ほど。家族・親戚のうち、誰かは必ず海外で働いている。
海外からネパール本国への送金額は1兆1千億円に直し、GDPの3割を占めている。ネパールは世界屈指の「出稼ぎ国家」。
在日ネパール人は15万6千人(2023年)。10年前(2013年)は3万人だったので、10年間で5倍に増えた。
日本に来たネパール人10人のうち成功するのは2人くらい。ネパール人の営むインド料理店は必ずしもうまく行っているとは限らない。うまくいっている店は、地域の日本人としっかりつながっているところが多い。
ネパール人は安全運転、まず失敗しないことを選ぶ。なので、初めに入って学んだ料理を独立してからも同じもの(味)をつくる。そして、自分のまかないは、ネパールの家庭料理で、店でつくっているものとは全然違う。
インド人は男性が稼いで女性を養う。でも、ネパール人は妻も働く、家族で働く。いま日本にいるネパール人の3分の1が「家族滞在」。インド人は、カースト制度の意識が反映して、自分の仕事しかしない。ネパール人は、ひとりで何でもやる。
ネパール人は、インド人と違って食材のタブーがない。イスラム教徒のインド人は豚肉を扱えない。
カレー屋は、ネパールの貧困を固定化する装置にもなっている。
ネパール人が来日するとき、紹介料として100万円以上支払うことが多い。
日本のカレーは、どろっとしたものが多いのに対して、インドやネパールのカレーは、もっとスープ状のもの。
「インネパ」なるコトバを初めて聞き、その内実を知ることができました。
(2024年3月刊。1200円+税)