弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

社会

2024年6月14日

密航のち洗濯


(霧山昴)
著者 宋恵媛・望月優太 、 出版 柏書房

 戦後(1946年)、尹紫遠は朝鮮から日本へ密航し、東京(中目黒当たり)で洗濯屋「徳永ランドリー」を営んだ。日本人の妻と結婚して子ども3人をもうけた。そして自伝的要素の色濃い作品を書き続けた。文筆では食べられないので、洗濯屋をした。
 1964年9月、53歳で無名のまま亡くなった。ところが、2022年になって、生前に書き続けていた日記が出版され、にわかに脚光を浴びた。
 植民地期に日本にやってきた在日朝鮮人一世が日本語で書いた日記はきわめて珍しく貴重なものとして注目された。
 この本は、2人の子どもの協力も得て、日記に登場してくる場所をたどったりして、当時の社会状況を明らかにしています。
 1946年の来日は、韓国の蔚山(うるさん)からの密航。沿岸警備隊に発見されないよう深夜に出港。小さな船に30数人の朝鮮人が乗っていた。このとき、洋上を飛びまわって監視している飛行機はアメリカではなく、イギリス連邦占領軍。つまり、イギリスやオーストラリア、ニュージーランドなど。
このころ、日本人が海外から大量に帰国していた。そのなかで、コレラが発生した。検疫のため、14日間上陸地にとどめおかれ、何事もなければ日本人は上陸を許され、朝鮮人は強制送還される。
 尹紫達は東京で生まれ育ったが、徴用を恐れて朝鮮に渡ったのだった。
 佐世保におけるコレラ患者の死亡率は日本人26.8%、朝鮮人32.6%。
 佐世保での死亡者27人のうち半数の死因はコレラで、残りの半数も栄養失調や急性大腸炎。幼い子どもたちの栄養失調死が目立つ。
 尹紫遠は、東京に戻ってから1年あまり、夕刊紙「国際タイムス」の準社員として働き、月給をもらった。
 日本人の妻・登志子と結婚したあと洗濯屋を開業した。妻の登志子は満州に渡っていたが、戦後、なんとか日本に帰国できた。裕福な家庭の令嬢として育ってきたが、朝鮮人と結婚するということで、実家とは断絶の関係となった。そして、尹紫遠と結婚したことから、登志子もまた朝鮮人とみなされた。
子どもは、両親の夫婦げんかが聞くに耐えなかったという。父親は「日本人の女が・・・」と言い、母親は「朝鮮人は・・・」と言って、ののしりあうのが嫌でたまらなかった。
「やっぱりブルジョアジー崩れの女はダメだ。おれの敵だ」と日記に書いたのでした。
息子は、日本の会社には入れないと分かっていたので、外資系の企業に入った。
このあと、逆転劇がありました。尹紫遠は「金さん」と結婚していて、そのままになっていたので、登志子の結婚は「重婚」ということになり、認められない。すると、登志子は初めから今までずっと「日本人」戸籍のままだったということになる。そこで、登志子たちは日本人であることが改めて確認されたのでした。
「日記」に書かれていることの大半は、お金の心配と妻登志子の悪口。拍子抜けしてしまうとのこと。
戦後日本における在日朝鮮人の生活状況を知ることができました。
(2023年3月刊。1800円+税)

2024年6月11日

中村哲さん殺害事件、実行犯の遺言


(霧山昴)
著者 乗京 真知 、 出版 朝日新聞出版

 2019年12月4日午前8時すぎ、アフガニスタンにおいて中村哲さんは出勤途上で銃撃され、護衛の警察官ともども殺害されました。この本は、この殺害状況を詳しく明らかにすると同時に、殺害犯人たちの素性を突きとめようとしています。
 この本を読んで浮かんだ私の疑問は2つ。その一つは、「犯人」は中村哲さんを殺す気はなかった、誘拐するつもりだったといいますが、銃撃状況は最初から全員を殺害するつもりだったとしか考えられません。護衛の警官はみな反撃するまもなく殺害されていますが、それは四方から一度に銃撃されたため、どの方向に反撃していいか分からなかっただろうとされているのです。誘拐なら、威嚇射撃をして、抵抗を抑圧して交渉に入るはずですが、そんなことはなく、「犯人」たちは四方から一斉に銃撃しています。
 また、その二は「犯人」の黒幕はパキスタン政府だという説が紹介されていますが、これまた本当なのでしょうか。クナール川の水をアフガニスタン側に導水したことをパキスタン政府は苦々しく思っていたというのです。それが中村哲さんを殺害する動機になるのか、私にはいささか疑問です。
 中村哲さんの出勤路はいつも決まっていたようです。近くの太い通りは、朝は一方通行になっていて通れず、別のルートは遠まわりになってしまうのです。
犯行グループは、通りに先回りしている待ち伏せ班と、待ち伏せ班の目の前に中村医師の車列が止まるよう進路をふさぐ白いカローラに乗った班と2手に分かれていた。彼らは、単なる強盗(犯罪)集団ではなく、計画的に中村哲さんを狙った。
 護衛たちは、反撃するまもなく、全員が撃たれた。四方から銃弾が飛んできたので、どこに撃ち返したらよいか分からないまま次々に殺害されてしまった。
そして、中村哲さんが、銃撃のあと、ふっと頭を上げ、左右を見渡した。それを見た「犯人」の1人の若い男が「日本人が生きている」と声を上げたので、それを聞いた自動小銃の男が四駆のフロントガラス越しに3発、中村哲さんに向けて弾を撃ち込んだ。
 そのあと、自動小銃の男は「全員死んだ。行くぞ」といって、中村さんの護衛人たちの銃を奪ったあと2台の車に分乗して現場から立ち去った。
 若い男は中村哲さんのことを「ジャパニ(日本人)」と呼んだから、標的が「日本人」であることを知っていたと思われる。
 この殺害現場の近く、50メートル先には、防犯カメラがあり、殺害前後の状況が残っている。防犯(監視)カメラは、アフガニスタンの田舎にもあるのですね・・・。
 中村哲さんを殺害したのは9人前後で、パシュトゥー語を話していた。
犯人の一人として疑われている人物がハズラット・アリ(57歳)という政治家です。クナール川流域における水や土地にからむ紛争にからんでいるそうです。
 主犯の一人と見なされたアミールは2021年1月に銃撃戦で死亡している。
 中村医師と同時に殺されたのは、運転手1人と護衛役の4人、計5人。護衛役の4人は、中村医師を守るために遠くから派遣されてきた警察官。
それにしても、中村哲さんを殺害するなんて、とんでもない馬鹿な男たちがいたものです。残念でなりません。私は中村哲さんが日本に帰ってきたとき、自宅のある大牟田で、JRの駅のホームに見かけたことがあります。日本は、中村哲さんのような平和的方法でこそ国際貢献をすべきだと思います。
(2024年2月刊。1600円+税)

2024年6月10日

カレー移民の謎


(霧山昴)
著者 室橋 裕和 、 出版 集英社新書

 ネパール人が営むインド料理店が日本全国に5000軒ほどある。
ええっ、そ、そんなにあるの...。インド料理って、インド人がやってるんじゃないんですね...。
 ネパール人は日本のインド料理店で8年とか10年のあいだ働いて、それから独立する人が多い。
ネパール人の人口3000万人のうち40%は貧困層。1人あたりの年間所得は20万円ほど。家族・親戚のうち、誰かは必ず海外で働いている。
 海外からネパール本国への送金額は1兆1千億円に直し、GDPの3割を占めている。ネパールは世界屈指の「出稼ぎ国家」。
在日ネパール人は15万6千人(2023年)。10年前(2013年)は3万人だったので、10年間で5倍に増えた。
 日本に来たネパール人10人のうち成功するのは2人くらい。ネパール人の営むインド料理店は必ずしもうまく行っているとは限らない。うまくいっている店は、地域の日本人としっかりつながっているところが多い。
ネパール人は安全運転、まず失敗しないことを選ぶ。なので、初めに入って学んだ料理を独立してからも同じもの(味)をつくる。そして、自分のまかないは、ネパールの家庭料理で、店でつくっているものとは全然違う。
 インド人は男性が稼いで女性を養う。でも、ネパール人は妻も働く、家族で働く。いま日本にいるネパール人の3分の1が「家族滞在」。インド人は、カースト制度の意識が反映して、自分の仕事しかしない。ネパール人は、ひとりで何でもやる。
 ネパール人は、インド人と違って食材のタブーがない。イスラム教徒のインド人は豚肉を扱えない。
 カレー屋は、ネパールの貧困を固定化する装置にもなっている。
ネパール人が来日するとき、紹介料として100万円以上支払うことが多い。
 日本のカレーは、どろっとしたものが多いのに対して、インドやネパールのカレーは、もっとスープ状のもの。
 「インネパ」なるコトバを初めて聞き、その内実を知ることができました。
(2024年3月刊。1200円+税)

2024年6月 9日

パラサイト難婚社会


(霧山昴)
著者 山田 昌弘 、 出版 朝日新書

 戦前の日本社会は「離婚大国」だった。明治時代も、その前の江戸時代も離婚は多かったのです。東北地方では2組に1組は離婚した。結婚が50万5千組で離婚は18万組ですから、およそ3対1の割合です(2022年)。
 離婚の8割は協議離婚で、裁判離婚は1%。私も常時、離婚裁判をかかえています(現在2件)。結婚して10年以内の離婚が半数に近い。私も、弁護士として、子どものいないカップルには気安く離婚するよう勧めています。
離婚の多くに経済問題がある。
 非嫡出子の割合は明治時代の半ばまで10%だった。今では2%。ところが、フランスではなんと60%にもなる。うひゃあ、これはすごいことですね。
 離婚は二極化している。富裕層と貧困層に離婚が多い。経済条件があまり変わらないからでしょう、きっと...。
 離婚は、今では「人生を左右する非常事態」ではなくなり、「人生の一大イベント」にすぎない。離婚は人生のステップアップなのです。ためらう必要はあまりありません。
 男性の3割弱、女性の2割弱が結婚せずに人生を終えている。
 生涯未婚率は、50歳の時点で「未婚」の人たちの割合をいう。
日本人の結婚観、そして離婚についての考え方は大きく変わりつつあるという実情がよく分かる新書です。
(2024年2月刊。990円)

2024年6月 8日

「漢語四方山話」


(霧山昴)
著者 一海 知義 、 筧 久美子・文生 、 出版 岩波書店

 呉(ご)音と漢音の由来(ゆらい)と相違点。
 呉音は昔の中国の南方音で、漢音は北方音が日本に伝わったもの。
 仏教は奈良朝より前、つまり漢音が日本に渡来するより前に日本に伝わったものなので、お経は呉音で読まれてきた。したがって、仏教関係の言葉はだいたい呉音で読む。
 792(延歴11)年以降、朝廷はこれから漢文は漢音で読むようにという布令を繰り返し発した。ところが、なかなか徹底しなかった。
 たとえば、元号についてみると、大正は漢音ならタイセイで、ダイショウは呉音。昭和も漢音ならショウカであり、呉音でショウワとなる。つまり、現実には、呉・漢混同で読まれている。
生は、呉音ではショウと読み、セイというのは漢音。
 漢文の読み方は、いろいろあって難しい。捲土重来は「けんどちょうらい」と読むべきもの、ただ、「じゅうらい」と読んだら間違いかというと、そうでもない。この語句は唐の杜牧(とぼく)の詩に由来するもので、土を捲(ま)きあげ、重ね来たらんという意味。
 傍若無人を、「そばに若い人がいない」などと間違って理解されることがある。本当は、「傍(かたわ)らに人無きが若(ごと)し」と読むべきもの。つまり、世間体を気にせず、心のおもむくままに自由に行動することをいう。
 御用は、もともとは皇帝が使用するもの、という意味の言葉。明治維新のころ、官尊民卑の風潮のなかで、政府のお先棒をかつぐ新聞は、自ら「御用新聞」という看板を掲げ、それによって民衆の信用と尊敬を得ていた。ところが、自由民権運動の高まりのなかで、「御用」の価値が逆転した。それから、「御用学者」というと、軽蔑の意味が込められて用いられている。
 不夜城というのは、たとえば夜の銀座を指して使われたりする。もとは、古代中国の幻の町につけられた名前。遊仙志向の方士が架空の世界をあたかも実在するかのように語り伝えてつくり出した地名。それが、唐の玄宗皇帝のとき、夜も昼間のように灯火が明るく輝いているという意味で使われるようになった。
 「春風に坐するが如し」とは、まるで春風にでも吹かれているかのような心地よさを意味している。
 漢語について、認識を深めました。
(2005年2月刊。2400円+税)

2024年6月 6日

社会を変える学校、学校を変える社会


(霧山昴)
著者 工藤 勇一 、 植松 努 、 出版 時事通信社

 著者の工藤さんは、東京の麹(こうじ)町中学校の校長を6時間つとめ、定年後の今は横浜の中学・高校の校長です。
麹町中学校の校長として、学級担任制を廃止して学年担任制とし、中間・期末テストそして宿題を廃止して単元テスト・再テストをセットで導入し、校則を廃止し、また数学の一斉指導を全廃しました。いやあ、すごいことです。日本でも、校長がその気になれば、今だって、これくらいの画期的な革命は実現できるのですね...。ぜひ、全国の校長先生に勇気をもって追従・普及してほしいと思います。
 「先生が教えない授業」をすると、子どもたちが自分の意思で教師に質問するようになるそうです。子どもは、言われて嫌々やれば、教師への反発する気持ちが生まれるし、サービスに慣れ切ってしまった子どもは、他力本願で自己決定ができない。逆に自分の意思でやれば、とんでもない力を発揮する。なるほど、そうなんですね。自発性が大事なんです。
 親が先回りして、どんどんやってしまうと、子どもが自分で考えたり、リスクを取って挑戦することができなくなってしまう。子どもには、どんな小さなことでも、自己決定させることが大切。  
学年担任制にすると、子どもたちや保護者が相談したい教師を自由に選べる。すると、教師へのクレームが劇的に減る。教師のほうもメンタル的に解放されて、連携しやすくなる。たしかに教師が学校で伸び伸びしていると、子どもたちへの好影響は甚大だと私も思います。
 日本は明治維新から、ずっと毎年70万人ずつ人口が増加してきた。ところが、今では毎年80万人ずつ人口が減っている。山梨県クラスが毎年一つずつなくなっているということ。これは大変なことですよね。結婚しない、子どもをつくりたくないという主要な要因の一つに、若者に収入の不安定な非正規雇用が多いということがありますよね。
 もう1人の著者の植松さんは、北海道の赤平市で会社を経営している。この会社は小さいながらも、世界的に注目されているモノをつくっている。たとえば、低電力で強力なマグネットを発明したので解体した資材の中から、鉄だけを拾い上げる機械をつくっている。そして、その業界シェアは、なんと日本一。
 また、宇宙空間と同じ微小重力状態を地球上でつくり出せる実験装置を生み出した。これは世界に3台しかない。なので、アメリカの企業も実験したいと日本にやって来る。いやはや驚きますね...。
 植松さんは、大卒理系はすぐに「それは専門外です」とかいうので採らず、高卒文系の子を採用している。その豊かな発想を大切にしているというのです。
 植松さんは、大学に入るのに「学歴」という他者評価のためだけに行くのでは、時間とお金がもったいないと考えている。
 また、宇宙のことだけをやりたいと就職希望の学生がいたら、採用しないようにしている。宇宙専門の会社ではないから...。このように、植松さんの発想は「あたりまえ」ではありません。
植松さんの会社では「ベーシック」インカムの給料制度をとっている。具体的にはどうなっているのか、知りたいところです。
 植松さんが従業員を選ぶ基準は、雑談が弾(はず)む人、いい文章が書ける人である。
 国立大学の学費が再び値上げされようとしています。年に10万円も値上げするというのです。とんでもないことです。政府はオスプレイやトマホークを購入するのを大胆カットして、その分を教育・福祉にまわせば、値上げなんかする必要がないどころか、学費をタダにできるのです。すべては自民・公明の間違った軍事予算偏重政策のせいです。
 子どもにもっと「投資」すべきだし、豊かな発想を育てる環境を大人はつくりあげるべきだと、改めて痛感しました。
(2024年3月刊。1800円+税)

 庭のジャガイモを掘り上げました。今年は不出来じゃないかと心配していましたが、まあまあの収穫ではありました。
 でも、大きいのは赤い細い虫が食い込んでいて、中くらいのと小さいのばかりで、昨年ほどはとれませんでした。
 ポテトサラダは最高です。とはいうものの、私は「食べる人」なので、何でも美味しくいただいています。ブルーベリーがもう少しで食べられそうになっています。
 ノウゼンカズラの橙色の花が咲きはじめました。
 朝顔のタネをまいたら、少しずつ芽が出ています。夏の朝には、真紅の花がよく似合います。

2024年6月 4日

流出する日本人


(霧山昴)
著者 大石 奈々 、 出版 中公新書

 海外移住の光と影というサブタイトルがついています。
 最近は聞きませんが、少し前までは退職して年金生活者になったら、物価の安い東南アジアの国に移り住んで優雅な生活を送っている日本人高齢者がいるというのがニュースになっていました。でも、コトバも生活習慣もまるで違い、何より身近な友だちもいないなかで、何を楽しみに生きていくことになるというのか、私にはまったく想像できない話でした。
 通産省は「シルバー・コロンビア計画」なるものをすすめていたのですね。オーストラリア、カナダ、スペインなどに、退職した日本人の移住者村を建設して、老後の海外生活を支援する計画でした。でも、「老人輸出」とか「棄民計画」と批判されて頓挫してしまいました。当然です。そんなものがうまくいくわけがありません。思いつきで良いことは何ひとつないのです。  
日本人の海外移住は52万人。アメリカに41万5千人、中国に10万人強、オーストラリア10万人、カナダ7万人、タイ7万人。そしてアメリカには20万人以上の日本の永住者がいる。
海外移住するのは、女性のほうが多い。カナダでは8割近いし、オーストラリアでも7割が女性。
日本人の帰化率は5割に達しない。中国は7割、インドは8割近いのと対照的。
日本人の大卒率で海外に永住するのを希望するのは25%。
この40年間に、ワーキングホリデー制度を利用した日本人は50万人以上。
この30年間に、20万人の日本人女性が国際結婚によって海外へ流出した。
離婚をきっかけに単身で海外に出る日本人女性もいる。ただ、海外に移住したあと、クレ被害者となった女性も少なくなく、帰国したくても帰国できないというケースもある。
海外で暮らすことのメリットとあわせてデメリットも考えておく必要があることがよく分かる新書でした。
(2024年3月刊。840円+税)

 久しぶりに筑後川でしかとれないエツのフルコースをいただきました。刺身は、叩きみたいにしてミソだれで食べます。塩焼き、煮つけ、天ぷら、つみれ(団子)、どれも美味しく、すっかり満腹となりました。
 目下、6月中旬のフランス語検定試験(1級)を目ざして猛勉強中です。過去問が1995年からありますので、30年も受験していることになります。残念ながら、成績は低下する一方で、最高で5割近くまでいった(6割で合格)のですが、今や4割もとれず、3割ほどでしかありません。ボケ防止のつもりで、がんばっています。

2024年6月 1日

あたりまえという奇跡


(霧山昴)
著者 山下 欽也 、 出版 センジュ出版

 「岩手・岩泉ヨーグルト物語」というサブタイトルのついた本です。
 51歳の著者が2億8千万円の累積赤字をかかえる会社の社長に就任し、3年目で黒字を達成して、今や年間20億円を売り上げているというのです。主力はアルミパウチに入った「岩泉ヨーグルト」。社員20人の社員をかかえているというのもすごいことです。
 舞台となる岩泉町は、岩手県の中央~東部の小さな町。人口は8千人ですが、本州の町の中では、もっとも広い面積を誇っています。といっても、町の総面積の9割以上は山林。
社長としての決断は、ヨーグルトに特化すること。牛乳ではもうからない(ヨーグルトのほうが利益率が高い)。
 岩泉ヨーグルトが他のヨーグルトと違うのは、必ず生乳、それも岩泉町とその近辺のホルスタイン牛の生乳を使うこと。
 他のメーカーのヨーグルトは粉乳を水で溶き、そこに乳酸菌を入れているので、水っぽいヨーグルトになる。
 生乳でこそ生まれる濃厚なコクと風味豊かな味わいがある。そして、後発酵と低温・長時間発酵。後発酵とは、生乳に乳酸菌を入れて、パック詰めにしたあとに発酵させるもの。発酵温度は33~35度。かなりの低温状態で20時間、通常の3~4倍の時間をかけて、じっくりと発酵させる。大量にはつくれないが、これによって酸味のないまろやかな味とコク、決して水っぽくない、しっかりとした食感をもつヨーグルトになる。
 凝固剤や酸化防止剤、香料などの添加物は一切使わず、ひたすら自分の力でヨーグルトが固まるまで、じっくりと待つ。
アルミパウチを使うと、酸素を通しにくいし、遮光性があるので風味が劣化しにくい。湿気も通しにくいし、香りを逃しにくくて、匂い移りも防げる。バリア性が高く、断熱性もあるので、熱がじっくり伝わる。アルミパウチの熱の伝導性が低温長時間発酵に最適。
生乳を生み出す牛は町有牛。町が所有して、酪農家に貸し出す。仔牛が生まれたら、町に返す仕組み。
 美味しい生乳を出してくれる牛を育てるためには、美味しい草が必須。そのためには、良質な土壌をつくる必要がある。1年を通して安定した品質の草を生産し、栄養状態のもっとも良いタイミングで収穫する。それを乳酸発酵させて飼料にする。なので牛乳が甘い。
 かつて60軒あった酪農家が、今では20軒にまで減少した。
大企業と同じ土俵には乗らない。大手と同じことをやっても絶対に勝てない。戦おうとしたら価格や量の競争になり、コストダウンに重きを置いて品質をあとまわしにしてしまう。それでは負けてしまう。
あの大谷翔平選手が何かのインタビューのとき、岩手県の名物として「岩泉ヨーグルト」をあげたそうです。すばらしいことです。
 「辞めたくない会社」を心がけている社長は、直感を大事にしています。そのためには、自分の目できちんと見て、触れ、食べて、しっかり観察して、自分なりに情報収集して、そのうえで直感に頼ったらいいと断言しています。傾聴に値するコトバですね。
ぜひ、「岩泉ヨーグルト」を味わってみたいと思います。
(2023年12月刊。1600円+税)

2024年5月12日

あっぱれ!日本の新発明


(霧山昴)
著者 ブルーバックス探検隊 、 出版 講談社新書

 日本のものづくりの力が最近いちだんと低下しています。企業がアメリカ流の労務管理で目先の利益ばかり追い、非正規社員を増やして若い人を使い捨てる企業風土から斬新なイデアが生まれるはずもありません。
大学もそうです。営利本位の大学運営は日本の発展を妨げるものです。一見すると役に立ちそうもない研究だって、やりたい人がいる限り自由にやらせたらいいのです。それくらいの包容力のない社会からは新奇(珍奇)な発明・工夫が生まれることがないでしょう。
でも、この本を読むと、そんな日本の現状ではありますが、まだまだ捨てたものではないと思わせてくれます。少しばかり安心もしました。
 いろいろすごい新発明が紹介されていますが、身近なところでは「地中熱」の利用というアイデアには驚かされました。竪穴(たてあな)式住居は私も復元家屋を見たことがありますが、その床は地面より低くなっています。
季節を問わず、深さ1メートル以下の地中の温度は15度ほどで一定(安定)している。これを利用した冷暖房にすると、CO2の排出量を大きく減らすことができる。東京スカイツリーの冷暖房ですでに利用されているそうです。
 地中熱を利用した冷暖房によってハウス内の温度を15度以上にキープし、福島県広野町では、皮ごと食べられる甘い高級バナナを育成中といいます。
 次は、ブラックホールならぬ「暗黒シート」。暗黒シートは光を反射しないので、黒々としている。ビロードのような不思議な感触。ザラザラではなく、ツルツルでもない。表面は、円錐状の穴で埋め尽くされた状態。光がこの穴に入ると、吸収されて出れなくなるので、暗黒になる。
 暗黒シートの現在の光吸収率は99.5%。つまり、0.5%はまだ光を反射している。水深200メートルの深海だと0.1%の反射率なので、そのレベルまで、あと少しのところ。
 暗黒シートはゴム製で、カーボン(炭素)を混ぜた黒いシリコンゴムを鋳型(いがた)に流し込んでつくっている。
 日本の学者の自由闊達な研究、そしてそれを支える企業の伸び伸びと働くだけの資金力の保証、ぜひとも応援したいです。
(2024年1月刊。1100円+税)

2024年5月10日

死なないノウハウ


(霧山昴)
著者 雨宮 処凛 、 出版 光文社新書

 軍事予算ばかりが際限なく増大していっています。そのときは財源のことは誰も(マスコミも!)問題としません。政府(自民党も公明党)も財源がないとは絶対に言いません。年金やら教育そして司法予算のときは、財源がないから難しいというくせに...。
 そして、生活が苦しい人はますます増えています。そして、その多くが、残念なことに投票所に足を運びません。あきらめきっているのです。悪循環の典型です。
 みんなが今の悪政への怒りを投票所に行って投票で意思を表明したら、この日本だって劇的に変わるのですが...。
 先日の衆院補選で「自民党全敗」は、それを裏づけています。それでも、投票率は5割を切っていましたよね。長年の自民党支持者が怒りのあまり自民党に投票しなかったというのであれば、それは許せるのですが...。
 日本では年間150万人が死亡し、そのうち10万6千人が、誰も弔(とむら)う人がいない。うち「無縁遺骨」は6万柱。
1人暮らしの65歳以上の5割近く(46.1%)が貧困ライン以下の生活を強(し)いられている。
 著者は、50歳台を目前にした独り身、そしてフリーランスの文筆業。なるほど、生活は大変だろうと推察します。著者は19歳から24歳までフリーターでした(1994年から1999年まで)。よくぞ生きのびましたね...。
 著者の人生初の海外旅行先が北朝鮮というのには驚きました。また、サダム・フセインの長男ウダイ氏と会談したなんて、珍しい体験をしています。
 日本では、「何か」があれば、生活が根こそぎ破壊される層が膨大に存在する。これは弁護士生活50年、そして地方の小都市でしょぼしょぼと弁護士をしてきた私の実感でもあります。タワーマンションなんて、はるか彼方の遠い別世界の話です。
 日本は、メニューを1字1句まちがえずに正確に、しかも正しい窓口で「注文」できた人だけが利用できる制度が提供されるというシステムの国。なるほど、そうなんですよね...。
 初め「ムテイ」というコトバを聞いたとき、何のことか分かりませんでした。
 本当にお金がない人が病気にかかったとき、「無料低額診療」を受けられるシステムが日本にはあるのです。そんなことを知らない人がほとんどだと思います。もっと知られていいシステムだと私は思います。根本的には、そんなシステムなんか必要ないほうがもちろんいいとは思いますが...。
 生活保護は、持ち家があっても受給できます。これは、実際、私も何件も体験しています。東京都内だと3千万円以下の持ち家なら、そこに住みながら生活保護を受けられるのです。年金を受けとっていたら、その差額ということにはなりますが、それでも医療保護で自己負担なくというのは強い味方になります。
 この本には、入居時に6千万円を支払ったうえ、毎月35万円を支払うという高級な老人マンションに入居した人の話が紹介されています。トータルで1億円とか1億5千万円もかかるそうです。とてもとても、そんなところには住めませんよね。ところで、そんなところに入って、いい景色を毎日ずっと眺めていたら、刺激が乏しくて、認知症に早くなってしまわないか、心配します。著者が話を聞いた人は、結局、そんなマンションから早々に脱出したそうです。やはり実社会でもまれてきたほうが、生きているという実感がありますからね。
 私は、やはり、人間と人間の関わり、多少わずらわしいくらいの関わりがあることを大切にしたいです。生き抜くためのヒントがたくさんある本です。
(2024年4月刊。990円)

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