弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

社会

2024年4月29日

絶滅危惧個人商店


(霧山昴)
著者 井上 理津子 、 出版 ちくま文庫

 私は少し前まではコンビニなんて利用しないぞ、と決意していました。しかし、今では、コンビニ愛好者の1人になってしまっています。だって、コンビニではない個人商店が全然ないからです。否応がありません。
 商店街は、全国どこに行っても、昼間からシャッターの降りているほうが多く、残念ながらシャッター街になってしまっています。
 近頃、マチにはやるもの、コンビニ、ドラックストアーそしてコインランドリーです。町の様相がまったく様変わりしてしまいました。
 それでも、まだ健在な個人商店を訪れ、その歴史をたどっている本です。
東京の野菜市場は24時間営業なので、夜も営業をしている。そして、「先取り」という方法で真っ先にいいものを買い付けて確保することが許されている。
 千代田区神田に今もある豆腐店「越後屋」は、バブルのとき、地上げ改勢にあった。わすか23坪なのに、なんとなんと、5億円に始まり、7億、10億、15億、そして、ついに20億円近くまで買値が上がったとのこと。まさしく狂気の沙汰というほか、ありません。
 私の父は小売酒屋を営んでいましたが、税務署のニラみが効いていて、距離規制がありました。この本でわずか220メートルごとに豆腐屋の距離規制があるのを知りました。小売酒屋なら、酒税法の関係で少しは理解できますけど、小さな豆腐屋にまで距離規制があるなんて、信じられない思いがします。
 個人商売を大切にしたいものです。なんて言っても、もう遅いのでしょうね。
 私の小学1年生のとき、父が小売酒店を始めました。父は小企業で「長」として働いていましたので、庶民が客としてやって来たとき、頭が下げられませんでした。子ども心に、もっと「頭(ず)を低くしたらよいのにな...」と思って見ていました。
(2024年2月刊。840円+税)

2024年4月25日

在日米軍基地


(霧山昴)
著者 川名 晋史 、 出版 中公新書

 在日米軍は、日本を直接的に防衛するための存在ではない。この点について、多くの日本人が誤解している。
 日本にたくさんのアメリカ軍の基地があるおかげで日本の平和と安全が守られているというのはまったくの誤解であり、幻想にすぎません。
 このことは、当のアメリカ政府の当局者が何度も明言しています。ニクソン大統領の下にいたジョンソン国務次官はアメリカの連邦議会で次のように証言した(1970年1月)。
 「我々は、日本を直接に防衛するために日本にいるのではない。日本の周辺地域を防衛するために日本にいる」
 アメリカ軍は、アメリカの財産である在日米軍基地とそこにいるアメリカ人(軍人、軍属そして家族)を保護する。
 アメリカ軍は日本全土、とりわけ基地のない(日本の)地域を防衛する戦略は持っていない。アメリカ軍が責任を負う防衛範囲は、日本の重要な戦略地域、すなわち米軍基地その周辺である。
 「日本防衛」の問題について、アメリカが検討したことは一度もないし、日本防衛を支援するための部隊も展開していない。
 アメリカ軍基地などを身近にかかえている東京の現状は、まるでニューヨークに外国軍の空軍基地が3つ、海軍基地が1つ、ゴルフ場が4つあるようなものだ。
 本当に情けない実情です。「誇り高き日本人」が、なぜこんな事態を黙って見過ごしているのか、不思議でならないとされています。まったく、そのとおりです。自民党の政治家(岸田首相がその筆頭)や外交官が「誇り高き日本人」の名に価しないことは明らかです。
 普天間基地はアメリカ軍の基地とばかり思っていましたが、国連軍の基地でもあるのですね。
 そして、沖縄の海兵隊は1968年12月にアメリカ国防総省によって「不要」とされたのでした。
 辺野古につくろうとしている基地は海軍と海兵隊の複合基地であり、エンタープライズ級空母を収容できるもの。永久的なアメリカ軍の強大な基地がつくられようとしているのです。とんでもないことです。今の普天間飛行場にはない新たな機能が追加されるのです。つまり、普天間の「代替施設」ではなく、強大な「新基地」なのです。
 辺野古基地建設を政府(自民・公明党)が強引にすすめているのは、一面では、リニア新幹線と同じく、ゼネコンのための工事という面もあると私は考えています。そこにあるのは、莫大な税金のムダづかい、そして利権に群がる与党(自民・公明)政治家の醜悪な姿が隠れているのです。そんな辺野古基地建設はすぐにやめさせたい、やめるべきです。
 アメリカ軍と国連軍との関係も考察している本です。勉強になりました。
(2024年1月刊。1100円+税)

2024年4月24日

なぜ日本は原発を止められないのか?


(霧山昴)
著者 青木 美希 、 出版 文春新書

 自民党、そして公明党は老朽化した原発でも安全だという神話を広めています。
 この神話に乗って、日本のエネルギーを原発依存、原発の新増設に戻しているのです。なんと恐ろしいことでしょう。3.11なんてすっかり忘れ去ったようです。
 原発にミサイルが撃ち込まれたとき、日本はそのミサイルを防ぐことは出来ない。すると、3.11以上の大惨事になることは必至です。
 自衛隊の幹部もそれを認めている。「今あるイージス艦とパトリオットでは、1ヶ所か2ヶ所なら何とか守れると思うけど、日本にはたくさんの原発があるから...」。
 ところが、そんな「怖いことを語ってはいけない」という雰囲気がある。政府の常套(じょうとう)語です。人心にパニックを起こしてはいけないので、真実を語るな...。
 しかし、現実には、ロシア軍がウクライナに侵攻したとき、真っ先に占領したのはチェルノブイリ原発であり、ザポリージャ原発。ここは、今でも、いつミサイル攻撃を受けるか分からない状況にあります。
 北朝鮮が日本をやっつけようと思えば、日本海側に並んでいる、たくさんの原発のどれかにミサイルを撃ち込めばよい。それだけで日本はもう破滅してしまう。日本の国土と国民を本気で守ろうと思うのなら、これらの日本海側にある原発を一刻も早く完全撤去する必要があります。本気で日本を守ろうとしていないのに、軍備だけは大増強するのです。つまりは自分たちの金もうけのためです。
 先日の能登半島地震のとき、志賀原発が大事に至らなかったのは、本当に、運が良かっただけでした。
 福島第一原発で非常用発電機を地下に設置したのは、アメリカ式設計をそのまま採用したから。というのは、アメリカの原発は主として川沿いにあり、津波の心配はない。その代わりにハリケーン対策が必要なので、機器類は地下に置いておくのが安全なのだ。ふむふむ、なんでもアメリカ式なのは良くないというわけです。いつだって、何だって自分の頭で考える必要がありますよね。
 原発の地域振興で潤(うるお)うのは、たった一世代のみ。
 町は原発と生きていくしかないと言っていた双葉町は、人口7100人だったのが90人(うち60人は転入者)しか住んでいない。もともとの町民で戻ったのは、わずか0.4%だけ。いやはや、なんというあまりに悲惨な現実でしょうか。
 原発によって官僚「互助会」システムが出来て、維持されている。
原発推進派の学者は毎月20万円も東電系の法人からもらっていた。
原発産業関連で20万人が働いている。でも廃炉を目ざしても、それ以上の職場になりますよね。
「原発は安全、コストが安い、クリーンエネルギー」。これは全部ウソなのです。
一刻も早く、ドイツやイタリアのように、日本も原発ゼロを目ざすべきです。日本の国土と住んでいる人々の安全のためです。
(2024年2月刊。1100円+税)

2024年4月23日

貧乏物語


(霧山昴)
著者 大河内 一男 、 出版 文芸春秋新社

 「貧乏物語」といえば、私も名前だけは知っている河上肇ですよね。
 大正6年に本が発売されると、それこそ飛ぶように売れて、広く読まれたそうです。どこの国でも「百万長者」と呼ばれる大金持ちは全人口の2%を占め、65%は極貧者、中産階級の下層を含めると80%になり、中産階級の上まで含めたら98%が貧乏人だということになる。
 これが大正から昭和初めにかけてのことです。
今では、トップの超大金持ちは何十億円もの資産をもち、タワーマンションに住んでいる。そして、多くの貧乏人は、エアコンもないような生活、食費も1日3食を満足に食べられない生活。年金がもらえない(無年金)か、もらえても月4万円ほど、生活保護を受けたら、もう少しまともな生活ができるのに、いろんな制約のある保護だけは受けたくないとして、月10万円以下で生活している人のなんと多いことでしょう。
 この河上肇博士は昭和4年から同5年にかけて、雑誌「改造」に『第二貧乏物語』を連載し、同5年11月に本を発行したのです。ところが、河上博士の自慢の第2作は不評で、あまり売れませんでした。というのも、河上博士は京都帝大教授を止めてマルクス主義の実践家になろうとしていて、『第二貧乏物語』は、いわばマルクス経済学の解説本になっていたからです。
 『貧乏物語』において、河上博士は「貧乏」の原因として、貧富の差があまりに激しいこと、金持ちがぜいたく品をどんどん買いあさっていることをあげています。
 ところが、『第二貧乏物語』においては、マルクス主義の立場に忠実に立って、資本主義社会で多くの人間が貧乏人から脱け出せないのは、資本主義社会の本質的な制約だとしたのでした。
 日本の貧乏の原因は低賃金にあり、これを低賃金だと感じていない低い意識が問題だと著者は指摘しています。
 毎日の職場に不満があっても、ストライキをすることはなく、投票に行くこともない。そんなことで日本の状況の改善が図られるはずはありません。
 現在の日本では、「連合」にみられるように、労働組合といっても自民党と経団連にすり寄るばかりというのがほとんどのようですから、労働組合の存在意義を若い人たちが実感できるわけがありません。労働組合への加入率が低いのも当然です。残念でなりません。
 芳野会長は「反共」一本槍でやってきた経歴を買われて「連合」の会長に据えられましたが、ますます意固地になるばかりのようで、残念です。
 著者は私が大学に入ったときの東大総長でもありました。東大闘争が始まるなかで、みじめに引退させられました。残念というほかありませんでした。
 私の本棚に長く眠っていた本ですが、何か役に立つところはないかと頁をめくってみたところ、いくつか見つけたので紹介します。
(昭和34年10月刊。230円)

2024年4月18日

エッセンシャルワーカー


(霧山昴)
著者 田中 洋子 、 出版 旬報社

 先日、あるシンポジウムのタイトルを「エッセンシャルワーカー」とする企画がすすんでいると聞いて、私は疑問を投げかけました。
 たとえば、セクシャル・ハラスメントという言葉を初めて聞いたときには、とても違和感がありました。でも、今や、セクハラはパワハラと並んで、すっかり日常用語としての日本語で定着しています。今どき、パワハラって何?と訊き返す人はほとんどいません。
 でも、このエッセンシャルワーカーって、いったいどんな意味で、どんな職業をさすのか、パッと分かる人は少ないと思います。
 エッセンシャルワーカーとは、「日常生活になくてはならない仕事をする人」のことです。「社会機能維持者」とも言われます。
 その仕事とは、たとえばスーパーの店員であり、トラック運転手であり、保育士であり、教師であり、看護師などです。金融コンサルタントや弁護士、ファンドマネージャーは入りません。
 ところが、皮肉な現実があります。労働が他者の助けとなり、人々に便益をもたらし、社会的価値があるほど、それに与えられる報酬はより少なくなる。
 その反対に、無意味かつ他者の便益にならない労働ほど報酬が高くなる。このような倒錯した関係が成り立っている。
 まさしく、そのとおりなのが世の中の現実です。そして、それがひどいのが日本です。
エッセンシャルワーカーは、日々の生活を着実に支える、社会の潤滑油のような存在である。
 日本でエッセンシャルワーカーの処遇悪化がこの30年間で進んだことによって、日本の社会経済の基盤、ファンダメンタルズの長期的な弱化をもたらし、日本の世界的な地位低下をもたらす主要な要因となっている。
 日本の低賃金は、ますます進行し、主要因の中で日本だけが9%も下落している。アメリカは76%上昇し、ドイツでも55%上がっている。韓国では、なんと3.5倍になっているのに...。日本の世界競争力は35位と、過去最低に転落した。
 それもこれも、日本経団連と、それを下支えしている「芳野」連合のせいであることは明らかです。
 この本は、日本と比較してドイツが紹介されています。思わず目を見張るほどの違いです。
 ドイツは、パートとフルタイムとの区分がない。ドイツでは正社員は同じ場所で働き続けるのを基本とする。異動・転勤するのは一部の上級管理職だけ。
 さらに驚くのは、ドイツのマクドナルドです。ドイツでもマクドナルドに学生アルバイトが働いています。でも、使い捨て要員ではありません。教育・職業教育の一つとして働いています。その給与は、なんと月25万円です。これには思わず腰を抜かしてしまいました。時給にして1740円なのです。日本のように学生を使いつぶしてもかまわないというのではありません。
 自分たちの業界・企業イメージをいかにしていいものとするかにつとめているのです。
 若い人に投資し、次世代の担い手として、ていねいに育てていく。
いやあ、これが本当ですよね...。これを知ることが出来ただけでも、本書を読む価値がありました。
 日本では今も変わらず、「小さな政府」、「公務員の削減」が叫ばれ、実行されています。その弊害が市民生活の至るところにあらわれているのに...。
 郵政民営化で、郵便局は身近な存在ではなくなりました。国鉄の分割民営化によって特急・急行は減らされ、駅は無人化され、新幹線のホームに駅員はいなくなりました。そして、金持ちのための「七ツ星」のような超豪華列車だけが優遇されています。
 公務員の削減によって、相談員は非常勤であり、正規公務員ではありません。本当に残念です。
 軍事予算には財源なんか気にせずに大幅増額する一方で、人を教育し育成、介護する部門は財源がないとして削減するばかりです。その結果、日本経済の競争力が損なわれてしまいました。目先の利益しか考えられない財界、それに支えられている自民党、その「下駄の雪」の公明党。それにあきらめた結果の投票率の低下。ここをなんとか変えたいものです。
目からウロコ。大変勉強になる本でした。あなたに一読を強くおすすめします。目と心が洗われる本です。

(2024年3月刊。2500 円+税)

2024年4月16日

どうするALPS処理水?


(霧山昴)
著者 岩井孝 ・ 半杭真一 ほか 、 出版 あけび書房

 この本によるとALPS処理水の海洋放出はそれほど危険なものではないとのことです。本当に、そうだったらいいのですが...。
 私は、廃炉のためにもっとも肝心な燃料デブリに現状でまったく手が付けられていないこと、そして、その処理方策は何も具体化していないことが最大の問題だと考えています。
 故安倍首相は、東京オリンピックの前、原発は「アンダーコントロール」にあるなんて全くのデタラメを放言したわけですが、その嘘がウソとして日本人の共通思考になっていないため、原発再稼動なんて、とんでもない政策が再び進行しているのだと考えています。
 フクイチ(福島第一原発)事故で炉心溶融した1~3号機では、燃料デブリを冷却するために上部から現在も水を注いでいるため、これが汚染水となっている。つまり、汚染水はこれからもずっとずっと生まれてくるのです。
 1~6号機のプールからの燃料取り出が完了するのは計画どおりにうまくいったとしても、今から7年後の2031年。しかし、燃料デブリの取り出しは試験的には2021年に始まるはずだったのが、2024年の今もやられていません。著者は燃料デブリの全量取り出しの見通しはまったくないと断言しています。恐ろしいことに、これが現実なんです。だったら、原発再稼動の話が出てはいけないのです。ところが、日本人の忘却の良さを信用して(また、投票率が低いことを幸いとして)、原発事故なんか「なかった」、いやあったとしても「アンダーコントロール」、つまり何の問題もないかのような顔をしているのです。許せません。
 ALPSはフランス製かと思っていましたが、東芝と日立でつくられたものなんですね...。
ALPS処理水は、海洋汚染の原因となる放射性セシウムやストロンチウムなどが大量に含まれた高濃度汚染水とは明らかに違う。
 ALPSによってトリチウムが取り除けないのは、トリチウムは水溶けているのではなく、水分子(HTO)として存在するから。水分子として存在するものを水から取り除くことはできない。そうなんですか。知りませんでした。
 ALPS処理水も汚染水ではあるが、「処理途上水」とは異なっている。
 この本では、燃料デブリを無理して取り出さず、チェルノブイリのように「墓地」にして、長期保管監視することが提唱されています。私も、現実問題として、それしかないのかなと、今は考えています。
ともかく、原発(原子力発電所)なるものは、人間の手にあまるものだということは、はっきりしています。廃炉しかありません。
(2024年2月刊。1980円)

2024年4月12日

記者狙撃


(霧山昴)
著者 中村 梧郎 、 出版 花伝社

 戦場では、たくさんの記者が狙撃されて亡くなりました。
 ベトナム戦争が終わったのは1975(昭和50)年4月30日のこと。私が弁護士になった翌年のことです。メーデーの会場でアメリカ軍がサイゴン(現ホーチミン市)からみじめに撤退していく状況を刻々と知らされたことを覚えています。
 その4年後、中国がベトナムに侵略戦争を仕掛けました。それを主導したのは、復活してまもなく中国の最高指導者となった鄧小平です。ベトナムがカンボジアのポルポト政権を崩壊させたことを恨みに思って、「ベトナムに懲罰を支えてやる」と高言したのでした。アメリカと長期の戦争でベトナム側は反撃できないだろうと見込んでのこと。中国はベトナムとの国境地帯に、北京以外の全軍区から60万人もの兵を動員しました。
 1979年2月17日未明、中国軍12個師団(6~10万人)がベトナムへ侵略を開始した。
 対するベトナム軍は軍の精鋭部隊はカンボジアに投入していて、正規軍では対応しなかった(できなかった)。地元の山岳地帯を熟知している地方軍、民兵、公安警察。いわば補助部隊で対戦した。ベトナム側は空軍も戦車部隊も出動させなかった。
 中国軍の戦法は朝鮮戦争のときと同じ人海戦術。進軍ラッパをプープー鳴らし、先頭の兵隊が赤い大きな軍旗を振りまわし、ワーッと喚声をあげ、「突撃」と叫んでやって来る。中隊規模の100人ほどの兵士が1列横隊で進軍して来る。これで敵を脅して戦意を喪失させようというのです。時代錯誤そのものです。
 対するベトナム軍は、タコつぼを握って分散して待ちかまえる。そして、「なるべく殺すな。手や足を狙って動けなくせよ。ほかの兵隊が負傷兵を担いで退がることになるから、戦力が著しく減退する」、こんな戦法で大きな成果をあげた。
 著者が高野功記者とともに中越戦争の最前線のランソンに出向いたのは1979年3月7日のこと。ランソンからほとんど撤退していた中国軍の一部がランソン市内に潜んでいたのです。行政委員会(市役所)の建物の2階から小銃で狙撃するチームと、前方の川の対岸の機関銃部隊という2重の攻撃隊形で日本人ジャーナリストを待ち伏せしていた。著者は、このように推測しています。
 殺された高野記者はベトナムに常駐している赤旗新聞の特派員でした。ベトナム戦争そして、中越戦争をいち早く報道する日本人ジャーナリストが邪魔だったのです。
 高野記者を狙った銃弾は頭部に命中し、即死でした。
 高野記者は1943年生まれで、当時35歳。1人娘(5歳)は、パパの死が理解できず、「パパはどこにいるの?」と言って葬式のときも探していたそうです。
 高野記者は4年でベトナム語を習得し、ベトナム語の達人になっていたとのこと。たいしたものです。
 なお、三菱樹脂事件で有名な高野達男氏が高野記者の兄だということを、私はこの本を読んで初めて知りました。私が大学生のころの事件で思想・信条による採用差別は許されないという画期的な判例を勝ちとった(と思います)人です。なにより画期的なのは会社と和解して復職し、子会社の社長まで務めていたということです。私も高野達男氏の話を聴いたことがありますが、闘士というよりいかにも穏やかで、知的な人でした。
 高野記者と行動をともにしていて、一瞬の差で生死を分けた著者が40年後に現場に戻った話も出てきます。そして、そのとき負傷したベトナム軍の兵士たちが無事だったことを知るくだりは感動的でした。
 ベトナム戦争そして中越戦争に関心のある人には必読の本です。
(2023年10月刊。1700円+税)

2024年4月10日

日本の武器生産と武器輸出


(霧山昴)
著者 綾瀬 厚 、 出版 緑月出版

 いま、自民・公明政権は戦闘機を海外へ輸出できると閣議決定し、すすめようとしています。軍事産業を振興させることによって日本の産業を活性化する狙いもあるとみられますが、人殺しの兵器をどんどんつくって海外へ輸出して国を成り立たせようというのでは戦後、営々として築き上げてきた「平和国家・日本」という金看板を汚してしまいます。「戦争する回ニッポン」という、昔の、戦前の看板を復活させて、いいことは何ひとつありません。
 この本を読んで驚いたのは、第一次世界大戦が起きたあと、ロシアから日本へ武器輸入の要請が来て、日本がロシアへどんどん武器を輸出していたということです。まったく知りませんでした。ドイツの東部戦線で対決していたロシア軍は、兵器・装備の不足のため劣勢を余儀なくされていた。その結果、日本は大正4年におよそ1億円近い武器・弾薬をロシアへ輸出した。日本政府は、ロシアへ大量の武器・弾薬を輸出するため官民合同による兵器生産体制の確立を急いだ。
 次は、日本の武器輸入です。満州事変の前後ころ、日本は海外から武器を輸入していました。1930(昭和5)年は、イギリス、スイス、ドイツ、でした。1931年もトップはイギリスで、フランス、アメリカと続きます。1932年になると、フランス、イギリス、ドイツと、フランスが一番になりました。これは、イギリスに対日警戒感が強まったことがあるようです。
 イギリスは、この当時、世界最大の武器輸出国。武器を輸出して、相手国との経済的かつ軍事的関係の強化を図り、それによって覇権主義を徹底し、国際秩序の主導者としての位置を占めていた。
 それにしても、現代日本のマスコミの批判精神の欠如は恐ろしいと思います。
 戦闘機を海外に輸出するなんて、「平和な国ニッポン」という最大のブランドを汚すものでしょう。海外からの観光客を呼び込むのにも障害になるのは明らかでしょう。
 先日、政府は沖縄の諸島にシェルターをしてくるという方針を発表しました。正気の沙汰ではありません。いったいミサイルが飛んできたとき、シェルターがどれほど役に立つというのでしょうか...。そんな問題点をきちんと指摘もせず、シェルターの構想を恥ずかし気もなく、そのまま報道しているだけというマスコミの姿勢に私は納得できません。
 シェルターに2週間とじこもっていたら自分と自分の家族だけは助かる。そんなバカなことはないでしょう。
 戦前・戦後の日本の武器生産と武器輸出の事実を刻明に明らかにした労作です。
(2023年12月刊。3300円)

2024年4月 2日

宝塚に咲いた青春


(霧山昴)
著者 玉井 浜子 、 出版 青弓社

 宝塚歌劇団の女性が自死した事件について、劇団側は、なかなか事実関係を公表せず、遺族側の要求に真剣に向きあっていないという印象があります。解決が長引けば、ますますタカラヅカの印象・評判が低下していくだけなのではないかと思うのですが...。在籍している多くの若い女性たちの努力と苦労を生かす方向での早期解決を期待するばかりです。
 この本は戦前・戦後のタカラジェンヌの回想録です。昔も先輩には逆らえなかったこと、イジメがあっていたことが暴露されています。
 「あんた、生意気や」
 「感じ悪いなあ」
 「夜ウチとこの部屋へいらっしゃい」
 こう言われたら、一日中、生きた心地がしなくなる。何の根拠もなく決めつけられる。自分たちが上からされたことを繰り返して、いわば報復していたのだろう。
 夜お部屋へ来いというのは、最大のイジメ。6畳一間に上級生が5人か6人座っていて、入っていくと中央に座布団が1枚置いてある。入り口に座ると、真ん中へ来いと言われる。座布団を動かそうとすると、そこへ座りなさいというので、座布団の上に座ると、とたんに罵声をあびる。
 「なんや、あんた、上級生が座布団に座ってへんのに、一人で座ってええのんか」
 「生意気やで」
 「顔上げてみいや」
 「それなら、さあ、もう1枚お敷きあそばせよ」
 口答えできず、目を上げることも足を崩すことも不可能な姿勢のまま、上級生たちがあきるのを待つだけ。やっと解放されて自室に戻ると、心配した同級生が待っている。座布団の枚数がどれくらいイジメられたかのバロメーター。普通は3枚か4枚、最高は6枚。6枚の上に正座するのは難しいうえに、ずっとイヤミを言われる。情けないやら悔しいやらで、心のなかは煮えくり返るような思い。
 しかし、反省しているようなしおらしい態度を保ち続けるのは、苦しい演技力。
 そんなタカラジェンヌたちが1948(昭和23)年6月には3日間、ストライキをぶって休演したというのです。
 戦前も松竹歌劇団はターキーを団長としてストライキを敢行しています。やっぱりやるべきとき、たたかわなければいけないときには、ストライキも何でもやってみることなんですよね。
 
(1999年11月刊。1400円+税)

 いよいよ4月、まさしく春らんまんです。
 桜は満開、チューリップも全開です。
 今年は桜の開花が例年より遅いかなと思っていましたが、3月末に一気に満開となりました。ソメイヨシノのほんのりピンク色の花びらを見ると、心が浮き立ちます。
 庭のあちこちにチューリップが全開しています。雨戸を開けると、元気なチューリップを眺めることができ、生きる元気をもらっています。
 さあ、今日も一日がんばろうという感じです。

2024年3月29日

「今どきの若者」のリアル

(霧山昴)
著者 山田 昌弘 、 出版 PHP新書

 「今どきの若者」をどうみたらいいのか、大変勉強になりました。
 でも、この本を読んで腹が立ち、許せないと思ったのは、「世代間対立」をあおる論稿です。萱野稔人という人物は津田塾大学の教授だというのですが、この人は、本当に学者なのか、典型的な御用学者じゃないのか、私はその知性の低さに恐れおののきました。
年金制度について、著者は、若者が高齢者の年金を負担するという前提で議論を進めています。どうして、高齢者の年金を若者に負担させなければいけないというのか、著者はその点に疑問を持とうともしません。自公・政権とまったく同じ発想です。
そして、批判しようとすると、それは「きわめて独善的だ」と、スッパリ切って捨てる。そこには国の予算のなかで、防衛予算が突出して増えていて、そこでは収支バランスなど、なんにも考慮させられていないことをまったく無視しています。許せません。
この著者にかかれば、大学生の学費を無償にしろとか、小・中学校の統合をやめろという世論についても、とんでもない「独善的」だということになってしまうのでしょう。
人間を大事にせず、防衛産業だけを重視・育成しようとする政治には目をやらず、それを当然の前提・聖域としておいて、「世代間の対立」だけをあおり立てる言説をバラまくだけの人間が学者だなんて、やめてほしいです。そんな視野の狭い「教授」様に教わる学生は可哀想としか言いようがありません。
さて、ここからは本書を読んでの感想です。
今どきの著者の置かれている経済的基盤が激変していることを改めて認識させられました。私が大学生のころ(60年近くも前のことです)は、教授料は月1000円(年1万2000円)、寮費も月1000円でした。育成会の奨学金は貸与制が月3000円、家庭教師が週2回で月8000円前後でした。「貧乏」学生(あまり余裕がないというレベルです)でも、なんとかアルバイトしながらも授業には出れました。
今は、年間の学費が何十万円もするので、奨学金では追いつくはずがありません。大学に通うために、「風俗」とかソープランドで売春するという女子学生がいても不思議ではありません。本当にひどい世の中です。自民党政権が大学を金もうけ優先で運営していることの当然の帰結です。
今の若い人は、認められたいけれど、目立ちたくはない。人前でほめられるのを「圧」だと感じる。ゲームやケータイ、そしてスマホによって若者が本を読まなくなったという事実はないとのこと。昔から本を読まない人は多かった。恐らくそれはそうなんだろうと思います。
ただ、はっきりしているのは、「本離れ」ではなくて「雑誌離れ」は劇的に進行していること、そして、書店がどんどん減っていること、これはどちらも重大な現象です。
この本を読んで驚いたことのもう一つが、大学4年生の男子のホストが、好きでもない女性とのセックスが辛いという告白です。ええっ、本当かしらん、とやっかみ半分で思ってしまいました。女の子をたぶらかしてホストクラブで大散財させて、売春させるホストクラブの摘発が相次いでいるというニュースが先ごろ流れていましたが、ホスト後の男の子のほうも辛いというんです。そうなんですか...。知らない世界がたくさんありました。
(2023年11月刊。980円+税)

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